超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed 作:シモツキ
万が一の事を考えれば、急いで発見した地点へ向かわなきゃいけない。でも同時に、即座に全力戦闘へ移行出来る位の余力は持っておく必要がある。だから急いで、でもスピードは出し過ぎずにわたしはリーンボックスへと向かった。
道中は、何もなかった。何かが起きたり、何かに邪魔されるような事もなく、一直線にわたしは武装集団が確認された地点、その周辺へと辿り着き……だけどそこにいたのは、武装集団だけじゃなかった。
悠然と空に立つリーンボックスのMGに、空も大地も薙ぎ払うような勢いで攻撃を仕掛けるキセイジョウ・レイに、その猛攻を躱し、凌ぎ、巧みに捌くもう一人のイリゼさん。わたしの本来の目的は武装集団の取り締まりと、国防軍への協力で……だけどそれが霞むような状況が、そこにはあった。
「どういう、事……?」
縦横無尽に飛び回り、凄まじいとしか言いようのない戦闘を繰り広げる二人の女神には、目を奪われる。前に戦った時はまだ本気じゃなかったのかって、こんな強大な存在を正面から倒さなきゃいけないのかって思うと、それだけでも冷や汗が肌を伝う。
でも今考えなきゃいけないのは、今後じゃなくて今の事。戦闘になるのは分かる。けどどうしてこの場にこの二人がいるのか。それは、はっきりさせておかなきゃいけない。
(…けど、どうすれば…幾ら何でも、これに割って入るなんて……)
悔しいけど、この戦闘に介入するのは無謀以外の何物でもない。それに武装集団も放置は出来ないから、そっちにも注意を払う必要がある。だから一先ずは、武装集団の動きに警戒しつつ、今得られる情報を集めよう。そう思ったわたしは、高度を下げつつ周囲を見回し…見てしまった。見つけてしまった。草原に落ち、光の粒子となって消えかけていた、「それ」を。
もう、原形なんて分からない。見ている間に、きっと完全消滅してしまう。そう思う程に、わたしが見つけた時点で消えかけていた「それ」。だけど、それが何なのか…元はどんな形をしていたのかが、わたしには分かった。一瞬で、想像出来た。だって、そこには紫と黒のパーツも残っていたから。何度も見た、わたしを抱き締めてくれた事もある、分からない筈のない存在だから。
ああ、そうだ、間違いない。あれは、お姉ちゃんの…お姉ちゃんの……
「…あ…あぁ…ああああああああああッ!!」
身体が内側から沸騰したような、煮え立つような衝動。自分でも分からない内にわたしはカニバルフォームを発動し、もう一人のイリゼさんへと斬りかかる。
理由は単純。もう一人のイリゼさんの方が、近かったから。どっちだったとしても、関係ない。
「……!」
「あぁ?なぁに、急に入ってきて…って、へぇ…その姿……」
「よくも…よくもッ、お姉ちゃんを……ッ!」
完全に背後からの、死角からの攻撃だったというのに、もう一人のイリゼさんは直前で素早く振り向き手にしたバスタードソードで防御。横槍を入れられる形となったレイは不愉快そうな表情を浮かべて…でも、わたしを見た途端にふっと変わる。嘲笑や侮蔑とは違う…冷静な、わたしの心を覗くような表情へ。…けど、だから…それが、何……ッ!?
「……驚いたな。これは、些か予想外だ」
「……っ…だったら…ッ!」
押し切ろうと力を込める。全身の力を剣へとぶつける。だけどわたしは逆に弾かれ、対するもう一人のイリゼさんの表情に変化はない。わたしの姿を見た時、少し目を見開いただけで…今の攻撃は、何一つとして響いていない。
それが余計にわたしの心を掻き乱す。怒りを、激情を、より一層呼び起こされる。その衝動をぶつけるように、弾かれたわたしはM.P.B.Lで光弾を乱射し、避ける両者に向けて追撃。トリガー引きっ放しで、全力で突っ込む。
「あはっ、怖ーい。無謀過ぎちゃって、ある意味こっわーい」
「五月蝿い…ッ!このッ、この……ッ!」
仕掛けた突撃は、両方に避けられる。けれどもう一人のイリゼさんは即座に避けたのに対し、レイは引き付けてから、ギリギリで避けてくる。
それがわざとギリギリにしてるんだって、煽ってきてるんだって事はすぐに分かった。…ッ…馬鹿にして…そっちだって、もう一人のイリゼさんには一撃も当てられてなかった癖に…ッ!
「そうやって、ちょろちょろ避けるんだったら…ッ!」
付かず離れずの距離で、わたしの視界からギリギリ出ないような位置取りで、当ててみろとばかりに動き回るレイ。…気に食わない。不愉快だ。心が苛立って仕方ない。
その苛立ちをぶつけるように、わたしは射撃を連射から照射へ移行。カニバルフォームの力を惜しげなく注いで、レイを追って薙ぎ払う。
流石にこれだけで捉えられるとは思わない。けど点ではなく線の、面の攻撃ならこれまでのようにはいかない筈。そして避ける為に大きく動く瞬間を狙って、今度こそあの憎たらしい顔を……そう、思った次の瞬間、わたしの身体は大きく吹き飛ばされる。
「……っ、ぐッ…!?」
思考よりも早く身体が反応し、照射を止めたM.P.B.Lを掲げた事で何とか左上方からの攻撃に対し防御は成功。でも衝撃は殆ど殺せず、一気に下へと落ちるわたし。そのわたしへとすぐに肉薄し、追撃を掛けてくるのは…もう一人の、イリゼさん。
「どう、してッ…邪魔を……ッ!」
「そんな制御の失われた攻撃を看過など出来ん。ここには人がいる、それすらも忘れているのだとしたら、尚更な」
「……ッ…別に、忘れてなんか…ッ!」
押し付けられるバスタードソード。それは重く、押し返せない。…でも、引くもんか。あれは、もう一人のイリゼさんがやったかもしれないんだ。だったら、もう一人のイリゼさんだとしても…許すもんか…ッ!
留まる事なく膨張する衝動。燃え上がるような激しい怒り。それをぶつける為に、わたしは更に力を込め…そんな中、頭上から聞こえてくる声。
「うっわ、必死過ぎてかっこわる〜い。…けど丁度良いし、あんたこいつの相手しておいてくれる?負ける気なんかしないけど、こいつを倒すのはちょーっと時間がかかりそうだし、正直こいつがやる気なさそう過ぎて、ちょっと冷めちゃったしぃ」
「な……ッ!?逃げる気…!?」
「飽きたから帰るっつってんのよ。不満なら追ってきたら?追って来られるなら、ですけどねー」
憎たらしさしかない、間違いなく捻じ曲がっている性根が形になったかのような笑みを浮かべて、レイは反転。前の時のように飛び去るレイを追おうとするわたしだけど…もう一人のイリゼさんは、退いてくれない。
「…何なんですか…何なんですかッ、貴女はッ!まさか、レイの……」
「抜かせ、そんな訳があるものか。…あの出来損ないが再び人に凶刃を向けるというのなら、いつ如何なる時であろうと確実に潰す。それ以上でも、それ以下でもない」
「なら…お姉ちゃんは…お姉ちゃんの事は……ッ!」
「姉?…あぁ、そうか。そういう事か。…愚かなものだ。あの場での反応と反射はそれなりのものだったが、それを出来損ないの為に使うなど…女神でありながら、討つべき邪悪を庇うなど、愚かな判断にも程がある」
「なら、やっぱり…貴女が、お前がッ、お姉ちゃんを…ッ!」
淡々と、何の悪びれもなく、ただ事実を述べるかのように発された言葉。…それが、そんな態度が、許せない…お姉ちゃんの事を碌に知らない癖に、こっちから話をしようとしても取り合わない癖に、現れては好き勝手するだけの、訳の分からない存在の癖に、偉そうな事を言うのが…自分こそが正しいみたいな言い方をしてくるのが、不愉快で不愉快で堪らない…ッ!
何が、何が原初の女神だ。そんなに偉そうにしたいなら、勝手にどこかでしてればいい。それも出来ずに、ちゃんとした対話もせずにただ力を振るって、それで無理矢理自分の考えを通そうとしてるんだったら、そんなのはただの身勝手な……
「落ち着け、プラネテューヌの女神候補生よ!貴女は恐らく、思い違いをしているッ!」
「……っ…!?…思い、違い…?」
──次の瞬間、不意に響いた空からの声。よく通るその声に、引き付けられるようにして視線を上げれば…そこにいるのは、あのMG。
「えぇ。…パープルハート様は生きておられます、残念ながら無事…とまではお伝え出来ませんが」
「…本当、ですか…?」
「無論です。そうでしょう?」
「ああ、彼女は生きている。曲がりなりにも女神だというのであれば、あの程度で死ぬものか」
滞空を続けるMGのパイロットの声に答える為か、もう一人のイリゼさんはわたしから離れるように軽く跳躍。そのまま構えを解き…でもわたしに、それへ応じるつもりはない。
彼の、MGのパイロットの発言を疑うつもりはない。でもだからって、ただそれだけで矛を収める?…出来るもんか。出来る訳がない。だとしても、もう一人のイリゼさんがお姉ちゃんを傷付けた事に変わりはないんだから。
「…………」
「さて、時に女神様。私はあの武装集団を制圧せねばならないのです。邪魔はしないで頂けますかな?」
「制圧、か。それは……」
「ご安心を、人命最優先である事は、グリーンハート様からも申し付かっておりますので。…人の問題を、同じ人が解決する。それは、女神様の望まぬところで?」
「…いいや。その精神は紛う事なく素晴らしいもの。女神は人の助けになる事が使命ではあるが…私の手出しを望まないというのであれば、それに異を唱える理由はない」
「そうして頂けると助かります。そしてパープルシスター様、ここは矛をお納めを。この対立…事情を知らぬ者に見られるのは女神様としても不味いのでは?」
もう一人のイリゼさんから手出ししない、という意思を引き出したMGのパイロットは、続けてわたしへと進言。その冷静な口振りは、まるで思考も冷やされるようで…わたしはそれまであった勢いを削がれる。
確かにその通り、この状況を見られるのは不味い。お姉ちゃん達ならまだ偽者がいる、って事にしてあるけど、そこにイリゼさんは含まれていないし…何より情報じゃ、ここに来るのは『部隊』の筈。つまり、このままだと他の人にも対立を見られかねない訳で……あぁ、そうだ。彼の言う事は、筋が通っている。
「…分かり、ました」
「ご理解頂けて、私も一安心です。流石は聡明なパープルシスター様」
(…この人は、一体どこまで状況を…?…それに…あぁ、何してるんだろう、わたし……)
M.P.B.Lを降ろし、カニバルフォームを解く。途端に頭が冷静になって、自分の軽率な選択、感情に任せた行動をしてしまった事、その情けなさが一気に心へ襲い掛かる。それに…カニバルフォームになってからのわたしは怒りばかりで、それをぶつける事ばかりを考えていて、全然お姉ちゃんの事を心配していなかった。お姉ちゃんの事よりも、もう一人のイリゼさんへの怒りがわたしの心を占めていた。本当に大切なのは、恨みや怒りを晴らす事じゃなくて……お姉ちゃんの無事を祈る事な、筈だったのに…。
*
目が醒めると、最初に目に入ったのは見覚えのある…でも慣れてはいない天井だった。
頭がぼんやりしている。思考も記憶もはっきりしていない。ただでも、今わたしが身体を横にしているのは事実。だからわたしは、ゆっくりと身体を起こして…するとすぐに、かけられる声。
「…気が付いたんだね、ねぷっち」
「…くろめ……」
振り向けば、そこにいたのは少し顔色が悪いように見えるくろめ。更に軽く見回せば、壁や内装にも見覚えはあって……あぁ、ここは…。
「…わたし、いつの間に寝てたのかしら……」
「…覚えてないのかい?」
「えぇ、寝起きだからかぼんやりしてて……」
「そうか…。…すまなかった、ねぷっち。オレは君に、酷い事をしてしまった…」
「……?何を言って……」
まだ寝る前の事をいまいち思い出せないまま言葉を返すと、くろめは一度伏し目がちになり…それからわたしに、頭を下げてくる。座ったままではあるけれど、深く深く。
当然それにわたしは困惑。何故謝られてるのか分からないのに頭を下げられても、「えっ?」…としか思えない。
そもそも、どうして今謝るのか。このタイミングで謝るなんて、それこそわたしが寝ている間か、寝る前に何かあったとしか……
「……──ッッ!……ぁ、え…?」
「…思い出したみたいだね。いや、やっと頭が本調子になってきた…と言うべき、かな」
次の瞬間、頭に強い衝撃を受けたかのような感覚と共にわたしは思い出す。犯罪組織残党の制圧、乱入してきたもう一人のイリゼとレイの交戦、その末にくろめが狙われ、咄嗟にわたしは突き飛ばし……そして、斬り落とされたわたしの左腕。
半ば反射的に、わたしは自分の左側を見る。右手で肩を掴む。でも……そこには、あった。二の腕から続く…わたしのものではない、けどわたしに繋がった左手が。
「…これ、は……」
「…お詫び、だなんて言い方はしないよ。君の失ったもの、その時の痛みに比べれば、きっと釣り合わない。だけど…せめてもの罪滅ぼしとして、ねぷっちにはその『腕』を使ってほしい」
「…どういう、事…?」
「ねぷっちは、違う場所の『俺』を知っているだろう?なら、分かる筈さ」
「分かる筈、って…まさか……」
恐る恐る力を込めれば、左手が握られる。持ち上げてみると上へ動き、肘を曲げようとすればその角度は鋭角に。思った通りの…というより、当たり前の動きを紫混じりな藍色の腕はしていて……だからこそ、余計に混乱する。
そんな中で、くろめが口にしたのは『うずめ』の事。一体それはどういう意味なのか、わたしは思い出すようにして考え……気付く。
「…妄想能力で、作り出した…って事…?」
「そういう事さ。本当は、見た目も普通の腕の様にしたかったんだけど…そこは上手くいかなくてね…」
「…でも、待って…うずめの妄想能力は……」
「任意には使えない筈、なのにどうして『狙ってやった』ように言えるのか、かい?」
残念そうに言うくろめに対し、抱いた疑問。けれどそれを言い切るよりも早く、先回りしてくろめは問い掛けてくる。そしてそれに頷くと…くろめは口元に、意図の読めない笑みを浮かべる。
「やっぱり、変化はなし、か…まあ、あんな環境では無理もないと言うべきかな」
「…何の話?」
「独り言さ。…っと、質問に対して答えていなかったね。けど、もう分かっているだろう?」
「…えぇ。くろめは…狙って妄想能力を発動出来るのね」
答えはまだ聞いていない。でもその口振りは、もう答えているようなもの。
まさかとは思いつつも、わたしが言ったくろめへの回答。それにくろめは、頷く事で肯定する。自分はその力を任意に扱えると、妄想を介して現実へ干渉、改変出来るとわたしへ示す。
「…凄いわね…任意に使えなくても、強力な力である事には変わらないのに、それを自分の意思で使えるなんて…それこそ、無敵の能力じゃない」
「ふふ、そう思うだろう?…けど、現実はそう上手くもいかなくてね」
「…何か、問題があるの?」
「あぁ。嘗てはオレも、意識して使う事は出来なかった。けれど、いつしかこの力を自覚し、任意に使えるようになって…けれどそれと引き換えになるように、いくつかデメリットも生じるようになったんだ」
妄想を現実に反映させる。つまりそれは、「こうであってほしい」を、本当にする力と言っても過言じゃないし、もしそれを任意に使えるのなら、無敵以外の何物でもない。例えばだけど、「自分はあらゆる存在、あらゆる現象に害されない」…たったこれだけの妄想を現実にするだけで、少なくとも物理的に傷付けられる事はなくなるし、『害』の解釈次第で、もっと幅広いものから守られるんだから。
でも、問題があるの?…と聞きながらも、わたしは多分あるんだろうなと思っていた。じゃなきゃ、もう一人のイリゼ相手に撤退なんてしない筈。そしてその予想は当たっていたらしく、くろめは答える。
「まず任意に使えると言っても、ぱっと発動出来る訳じゃないからね。妄想に集中しなきゃいけないから、戦闘中に使おうものなら、その隙に攻撃されてお終いさ」
「集中が必要…確かにうずめも、実現する時の妄想は暫く耽ってた場合だけだったわね……」
「それに、必要なのは曖昧な『想像』じゃなくて、はっきりとした『妄想』なんだ。だから例えば、『鉄を斬れる剣』みたいな物なら比較的簡単に作れるけど、『どんな物でも断ち斬れる剣』というのは難しい。具体的であればある程妄想は明確になるけれど、抽象的だとどうしてもぼんやりしたままの妄想になってしまうからね」
「はっきりした妄想…って事は、そもそも実現し辛いものがあったりもするの?」
「鋭いね、ねぷっち。…その通り、オレが考える事で発動する以上、オレが知らない事を実現するのは不可能だし、オレが深層心理で無理だと思っている事は、どれだけはっきりした妄想をしても、現実にはならない。…とまあ、ここまでは出来る出来ないの話だけど…出来たとしても問題はあるのさ。さっきは集中しなきゃいけないから戦闘中には向かないと言ったけど、他にも……」
次々上がる、能力の欠点。早い話が「何でもかんでも現実に反映出来る訳じゃない」という事らしくて、それならこれまでの事もある程度納得がいく。それにまだ欠点があるらしく、くろめは言葉を続けていたけど…その途中で、突然沈黙。
「…くろめ?」
「…すまない…少し、待っててくれないかな……」
どうしたのかしら、と見つめる中、ゆっくりと立ち上がるくろめ。よく見ればその顔色は、さっきよりも悪く…部屋を出て行った数十秒後、遠くから聞こえてきたのは嘔吐らしきの謎の音。まさかと思って待っていると、その数分後にくろめは戻ってきて…力なく笑う。
「…この通り、妄想を実現した後は、倦怠感や嘔吐感に襲われてね…しかも今回は女神に対して使ったからか、普段より強く出ている気がするよ…」
「そう、だったの……」
「まあ、これに関しては気にしないでほしい…理由は、分かるだろう…?」
「…お互い女だもの、流石に分かるわ」
「助かるよ…。…ふぅ…話を戻すけど、これもあって本当に戦闘中には向かない力なんだ。…そして、もう一つ…さっきも触れたけど、自覚して使うようになってからは、実現した妄想へ微妙な『ズレ』が生じるようにもなってね。必ず起こる訳じゃないけど、何を条件にズレるのかはまだ理解し切れてないし、どうズレるかも分からない。根本が覆るようなズレはまずないとはいえ…不確定要素があるというのは、怖いものさ」
自らを落ち着かせる為か一息吐き、最後まで行われた能力の説明。細かく教えてくれたおかげでよく分かったし…正直に言うと、嬉しくもあった。だって、欠点や弱点を話してくれるって事は、それだけわたしを信用してくれてるって事だから。それが、こういう形で、っていうのは複雑だけど…それでもやっぱり、嬉しさはある。
「…さて。それじゃあ説明も終わったところで…ねぷっち、もう少しその腕を動かしてみてくれないかな」
「ちゃんと動くか、どこまで動くかを確認したい訳ね。良いわよ」
肯定を示す頷きを受けながら、わたしは脚を下ろして立ち上がる。それからまずは一通り動かし…続いて素手で、更には大太刀を持った状態で確かめる。それを、大体数分程続けて…くろめに返答。
「…うん。普通に動かす分には、問題ないわね。ただ…全力で動かそうとすると、ほんの僅かに遅い…っていうか、反応が遅れてるような気がするわ」
「…そう、か…本当に、すまないねぷっち…代わりになるものを、と思ったけど、これじゃ……」
「…ううん、違うわくろめ」
遅れと言っても、些細なもの。日常生活どころか、対モンスターだって気にならない位の、僅かな遅れ。でも、本気の…全身全霊をかけなきゃいけないレベルの戦闘であれば、その遅れが決定的な差に繋がるかもしれない。…そんなわたしの考えが伝わってしまったのか、くろめは表情を曇らせ、ほんの少しだけど俯く。
だから、わたしは首を横に振った。そうじゃないと、くろめの言葉を否定する。
「確かにわたしの左腕は、貴女を助けようとして斬られたわ。でもそれはあくまで、わたしがした事。わたしの意思で、わたしがしたいと思ってやった事。だからくろめが負い目を感じるのは、少し違うわ」
「…けど、オレは……」
「いいのよ、くろめ。…わたしの腕一本で、貴女を守る事が出来た。流石にへっちゃらではないけど…守れたものと比較すれば、安いものよ」
「ねぷっち……はは、凄いなねぷっちは…こんなにも早く、またオレが助けられてしまうなんて…」
「だから気にしないの。くろめの気持ちは伝わってるし、これ以上言うなら、わたしもさっきの事を追求するわよ?」
「それは困るね…それなら、オレもこれ以上は言わないよ。……ありがとう、ねぷっち」
肩を竦めて言葉を返すと、くろめも苦笑いし…そして口にした、ありがとうという言葉。言わない理由まで用意してくれて…そんな思いが籠っているようにも聞こえたその言葉にわたしが微笑むと、くろめは「やられたな…」と言いたげな表情をしながら立ち上がり、やる事があるからと扉の方へ。
「…っと、そうだ。それはあくまで女神の姿の君に合わせたものだから、女神化は解かないでくれるかな?まあ、これまで通りにしていてくれればいいんだけどね」
「分かったわ、くろめ」
そうしてくろめは部屋を後に。わたしは残る形になったけど、わたしだってこの部屋でやる事なんてない。だから少し遅れる形で部屋を出ると…部屋のすぐ外、廊下の壁に背を預ける形で、腕を組んだノワールが立っていた。
「ノワール…聞いてたの?」
「えぇ。くろめの能力の事も、貴女の腕の状態もね」
「そう…ふふ、これはこれで案外悪くないでしょ?某寄生型イノセンスとか、王の右腕みたいで…って、後者は左右逆ね。まあとにかく……」
「…止めなさいよ、そういう言い方」
どこか不満そうというか、不機嫌そうな様子のノワール。それに居心地の悪さを感じたわたしは、一先ず冗談で空気を和ませようとして……けれど途中で、ノワールの言葉で遮られる。いつもの突っ込みとは違う、本気の声で。
「…ノワール…?」
「貴女、分かってるの?片腕を失ったのよ?そりゃ、くろめの力で代わりの腕が出来たとはいえ、失うような事態になった事は事実なのよ?」
「それは…そうね。でも、腕一本で済んだんだから良いじゃない。くろめは無事だったし、わたしだって元気。ベストな結果じゃないけど、間に合わなかった場合よりはずっと良い……」
「良い訳、ないでしょうがッ!」
「……っ!?」
そんなに悲観する事はない。最悪の結果ではないんだから。…わたしは、そう思っていた。そう思っていたから、それを口にして…だけど次の瞬間、叩き付けられるノワールの怒号。
「いつもそう、いつもそうよ貴女はッ!イリゼを追って負のシェアの柱へ突入した時だって、犯罪神の悪足掻きからネプギアを助けようとした時だって、今日だって…何でいつも、軽々しく自分を危険に晒すのよッ!犯罪神の時はまだしも、負のシェアの柱の時と今日は、無事で済む確信なんかなかったでしょう!?貴女が命を落とす可能性だって、十分にあったのよ!?なのにッ、なんでいつもそうするのよッ!なんで、そうして…そんな、何でもなさそうな顔をするのよ、馬鹿…っ!」
「…ノワール……」
わたしに掴みかかりそうな位の勢いで、堰を切ったように流れる、ぶつけられるノワールの言葉。怒り、不満…それに不安や恐れも混じった、ノワールの思い。キッと睨む真紅の瞳にも、ノワールの感情は籠っていて……段々と、その勢いは消えていく。わたしへ対する怒りより、不安な気持ちが上回るように、紡がれる言葉が萎んでいく。
……あぁ、わたしは馬鹿だ。ノワールに感情をぶつけられて、馬鹿だと言われて、わたし自身そう思った。どれだけ自分が愚かな行動を…どれだけわたしを思ってくれる人を心配にさせていたのかと、やっと気付いた。
これは、初めてじゃない。あの時も…イリゼとマジェコンヌを追って負のシェアの柱へ入ろうとした時も、これに近いやり取りを…同じように感情をぶつけられた。あの時わたしは、ちゃんと分かった筈なのに。わたしの行動が皆に与える心配を理解した筈なのに、またやってしまった。やらない方が良かったとは思わないけど…また、ノワールに辛い思いをさせてしまった。こんなにも思ってくれるノワールに、大切だと思ってくれてるノワールに。
「…ごめんなさい…でも、ノワール…ノワールだって、それが出来る距離なら、出来る状況だったら、そうしてたでしょ…?」
「…それは……」
「…でも、ノワールの言う通りよ。わたしが軽率だった。わたし自身を、客観的に見られてなかった。だから…もっと言って、もっとぶつけて。今は、どんな罵詈雑言でも、幾らでも受け入れるわ」
「…何よそれ…私に言葉責めでもしろっての…?後、そういう事言うなら、普段の不平不満も纏めて言うわよ…?」
「うっ…そ、それは勘弁して頂戴…そっちは果てしない気がするから……」
ぷいっと横を向き、横目且つ半眼で言ってくるノワールの恐ろしい一言に、わたしは思わず後退り。速攻の前言撤回は情けない事この上ないけど、流石に普段の不満は想定外だし…そう思っていると、ノワールから聞こえてきたのは小さな嘆息。本当に貴女は仕方ないわね…そう言いたげなノワールに両手を合わせて、ジェスチャーでもう一度わたしが謝ると、それを見たノワールは更に嘆息。
「あぁそうよ、私ならあんな事しない…とは言わないわ。言わないし、言えない。けど……」
「分かってるわ、ノワール。……強く、ならなきゃよね…もっと強くならなきゃ、どこかで誰かを心配させる。ノワールの言った通り、わたし達自身が命を落とす事だってある」
「キセイジョウ・レイに、もう一人のイリゼ。あの時のマジェコンヌに、犯罪神。…悔しいけど、私達より強い存在はいるんだものね…ユニ達は、私達を目標にしてくれてるけど…私達だって、もっと強くならなくちゃ…」
そう。結局のところ、心配させてしまうのは強さが足りないから。もしあの時、わたしにもう一人のイリゼを迎撃出来るだけの力があれば、それだけの力があると思ってもらえていたら、こんな心配をノワールにさせる事はなかった。女神には強さがなくちゃ、大切なものを守れないのは当然だけど…周りを安心させる事だって、強くなくちゃ出来やしない。
「…ベールとブランにも謝りなさいよ?しんぱ…ごほん。焦ったのは、私だけじゃないんだから」
「(あ、言い換えた…別に言い換えなくてもいいのに…)えぇ、ちゃんと謝るわ。それと…ありがとう、ノワール。ノワールが言ってくれなきゃ、わたしはきっと気付いてなかったし、思い出してもいなかったわ」
「ふ、ふん。ほんと貴女は世話が焼けるわね。…後…左腕、少しとはいえ遅れるんでしょ?…なら、万が一の時は私が貴女の左を守ってあげる。感謝しなさいよね」
「ノワール…勿論よ。ノワールが守ってくれるなら、何があっても安心出来るわ」
「うぐっ……と、当然よ当然!けど基本は自分で何とかしなさいよね!理由はどうあれ、こうなったのは貴女の責任なんだから!」
ノワールが守ってくれる。こんなに安心出来るものはない。そう思ったから素直に気持ちを伝えたのに、ノワールはむしろ怒り出して、そのまますたすたと廊下を歩いて行ってしまう。…ほんと、素直じゃないわよね、ノワールって……。
(…でも、本当に…強くならなきゃ、いけないわね…じゃなきゃ、安心してもらうどころか…大切なものだって、守れないんだから)
立ち去っていくノワールを見やりながら、ふと持ち上げる今の左腕。…正直な事を言えば、複雑な気持ちはある。わたし自身の左腕はもうなくて、今あるのは違う存在なんだという、異物感が心にはある。本当に、助けられて良かったと思っているけど…こういう思いがあるのもまた、紛れもない事実の一つ。
今回は、何とかなった。でも今後また、同じような事が…それ以上のピンチが、あるかもしれない。だから、もっと強くならなくちゃ。技術でも、戦術でも、駆け引きでも何でも…とにかく強くなって、もっと守れるように、もっと安心させられるようにしなくちゃいけない。だって、それが……女神ってものだから。
今回のパロディ解説
・某寄生型のイノセンス
D.Gray-manの主人公、アレン・ウォーカーの左腕に宿る能力の事。でもあんなに硬そうな感じじゃなく、今のネプテューヌの左腕はもっと滑らかな感じです。
・王の右腕
ギルティクラウンの主人公、桜満集の右腕(とある台詞)の事。イメージとしては、こちらに近いつもりです。勿論、だからって能力が宿っていたりはしませんが。