超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed 作:シモツキ
この戦いには、手を出さないでほしい。最後まで、見ていてほしい。…お姉ちゃん達には、そう言われた。これは、守護女神としての戦いだから、わたし達の意思と正しさを貫く為の決戦だから、加勢はしないでほしいって。
その気持ちは分かっていたし、納得もしていた。だってわたしにだって、女神としてこれは譲れない、これは絶対貫きたい…って感じる時はあるから。わたしにも、女神の誇りはあるから。…だから、ここに来るまでは…戦闘が始まるまでは、そうしようと思っていた。
だけど、わたし達が見つめる中で繰り広げられたのは、殆ど勝敗が見えているような戦い。圧倒的な実力差の中でも折れずに喰らい付くお姉ちゃん達は、やっぱり凄いと思ったけど…必死に戦って、それでも届かないお姉ちゃん達を、何もせずただ見てるだけなんて…やっぱり違う、やっぱりおかしい、そう思った。このままだなんて…それこそ間違ってるって、わたしの心はそう感じた。
(そうだ。お姉ちゃん達には、お姉ちゃん達の…守護女神の貫きたいもの、正しさがある。だけどわたしにも、わたし達にだって、それはあるんだ…!なら……)
間違ってるから止めるんじゃない。このまま見てるのは嫌だから加勢したいってだけじゃない。ただ見ている、お姉ちゃん達にそうしてほしいって言われたからそうするなんて…それこそ女神じゃない。確かに…そんな気持ちで手を出すなんて、間違ってる。
けど、わたしの心には…皆の心にだってある。お姉ちゃん達や、もう一人のイリゼさんにも負けないと胸を張れる、本気の思いが。それを貫く為の事なら、躊躇う理由なんてどこにもない。そう気付いて、そう思い直して、わたしは皆に言おうとした。やっぱり、助けに行こうって。わたし達が正しいと思う事を、貫こうって。
でも…その瞬間だった。下手に左腕があるものと考えないよう、必要最低限の性能にしか用意しなかった(加えて高性能には出来なかった)お姉ちゃんのプロセッサの腕が砕け散り、それから立て続けの攻撃でお姉ちゃん達のお腹が貫かれたのは。落ちたお姉ちゃん達に、数え切れない程の刃が降り注ぎ……お姉ちゃん達を、血みどろの姿に変えたのは。
「…あ、あ…ああぁぁあぁ……っ!」
圧縮されたシェアエナジーの刃群が消えた事で、はっきりと見えてくるお姉ちゃん達の姿。…でも、はっきりとじゃなくたって分かる。分からない訳がない。それが…致命傷だって事は。
お腹の中がひっくり返りそうになる。視界が端から歪み始めて、心の中がぐしゃぐしゃに潰れて崩れていく。遅かった、間に合わなかった、何も出来なかった…そんな後悔が、失意が、絶望が内側から心に広がっていって……
「……──っ!」
だけど、次の瞬間わたしは気付いた。一瞬、ほんの少しだけど…お姉ちゃんの右手の指が、ぴくりと動いた事に。
広がりかけた絶望は一筋の希望に変わる。あぁ、まだお姉ちゃんは生きてる。まだお姉ちゃんを助けられる。だったら…まだ、終わってなんかいない。
「ユニちゃん、ロムちゃん、ラムちゃん…まだだよ、まだ…お姉ちゃん達は、生きてる…!」
「えぇ、アタシにも見えたわ…けど、このままじゃ……」
「…うん。だから…わたしたちが、おねえちゃんたちを…!」
「ロムちゃん…そうよ、おねえちゃんはわたしたちの大切なおねえちゃんだもん!助けちゃダメなわけ、ないじゃない!」
決意を声に籠らせるロムちゃんと、闘志を強く燃やすラムちゃん。酷い、なんて言葉じゃまるで足りない今のお姉ちゃん達を見て、それでも二人が怯えたり、怖気付いたりしないのは…きっと、今のわたしと同じ思いを抱いているから。
二人のその言葉を聞いたユニちゃんは、一瞬驚いた顔をして…でもすぐに、不敵に笑う。言うじゃない、二人共。…そう言うような笑みに変わったユニちゃんとわたしは頷き合い、わたし達四人で視線を交わす。もう、何も迷う事はない。やる事は、決まってるって。……だけど、
「…何度でも言うよ、皆。そうは、させない。それは…私が、許さない」
わたし達が立つ前に突き出される、一振りの長剣。それからゆっくりと振り向く剣の主…イリゼさんの表情に浮かんでいるのは、絶対の意思。
「イリゼさん…イリゼさんは、おねえちゃんたちを…助けたく、ないの…?」
「だったらイリゼちゃんは、このままでいいって言うの!?」
「…このままで良いとは思わないよ。ネプテューヌ達の事は、助けたいに決まってる」
『だったら…!』
「でも、それとこれとは別問題。…皆だって、分かってるでしょ?それが非合理だって、他人からは理解し難い事だって…譲れないものが、あるって事は。それが、それこそが正しいんだって、そう言い切れてしまう事が」
「…なら、これが…これがイリゼさんの、譲れないものですか?アタシ達に加勢…いえ、横槍をさせない事、最後まで『お姉ちゃん達と原初の女神の』戦いを貫けるようにする事…それが、今のイリゼさんの正しさですか?」
いつもの柔らかく、どんな話でもちゃんと受け止めてくれるイリゼさんとは違う…時々見せる、凛然とした雰囲気で以って、二人の思いへ『否』と告げる。
その言葉を聞いて、ユニちゃんはイリゼさんへ向き直る。わたし達を止めるイリゼさんもまた、その譲れないもの、正しいと思うものを貫く為に、こうしているのかと。
差し出された問いに、イリゼさんは何も言わなかった。何も言わずに…ただ静かに、頷いた。
「…分かりました。イリゼさん、それがイリゼさんの貫くものなら…もう、退いて下さいとは言いません」
「…………」
「だから……イリゼさん、いえ…女神オリジンハート。そこを退いて、もらいます。たとえそれが…イリゼさんと、戦う事になろうとも」
「…異なる道を歩む者同士が合間見えたのなら、選択肢は二つしかない。相手に譲るか、相手を押し退けてでも前に進むか。…ネプギアは…皆は、後者を選ぶんだね?」
「…はい」
もう、結論は出た。これ以上は、同じところを巡るだけ。だからわたしは、イリゼさんの意思を受け止めて…M.P.B.Lを、顕現させる。信頼する、尊敬しているイリゼさんじゃなくて…強大な一人の相手として、女神オリジンハートを見据える。
同じように受け止めた表情をしたイリゼさんからの言葉に、わたしは答える。皆もわたしの両隣に立って、無言の首肯で答えを返す。
「…そっか。なら……」
わたし達全員の意思を受け取ったイリゼさんは、一度目を閉じた。そうして瞳が再び開かれた時、イリゼさんが纏っていたのは一歩も譲りはしないという気配。
でも、それで良い。分かっていたから。その上で、貫くんだから。それが、そこにあるのが…わたし達の、正しさだから。そしてそれを示す為、わたしが動こうとした……その時だった。
「……え…?」
「…ネプギア?どうし…って、嘘……」
肩越しに、その先に見えたある存在に目を見開くわたし。驚きに気付いたユニちゃんもまた、同じ方向を見て…同じように、目を見開く。
まずわたし、次にユニちゃん、それからロムちゃんラムちゃんと驚きが続いて、わたし達全員が驚く姿を見たイリゼさんも、ふっと振り向く。…あぁ、そうだ…やっぱり間違いない。あれは、あの人影は……
「…イストワール、さん…?それに…教祖の、三人……?」
今もゆっくりと広がり続ける血溜まりの中で倒れ臥すお姉ちゃん達と、新たなバスタードソードを手に、お姉ちゃん達へと近付くもう一人のイリゼさんのいる、一つの浮き島。そこに掛かった虹の橋を渡って、お姉ちゃん達の下へと駆け寄ったのは…いーすんさん、ケイさん、チカさん、ミナさんの四人……教祖の、四人だった。
*
最後まで戦うと、決めていた。戦い抜くつもりだった。勝算の有無なんて関係ない。合理性とか、論理的とか、そんな事は一切考えていない。ただ、譲れないと、貫かなくちゃいけないと、心の底から感じていた。わたし達が、原初の女神に打ち勝つ事、わたし達守護女神だけで、原初の女神の正しさを超える事が、女神として絶対に果たさなくちゃいけない事だと…そう思って、原初の女神と戦った。
だけど、敵わなかった。相手が強大な存在だと、まともにやり合って勝てるような相手ではないと分かっていたけど…わたし達四人で、原初の女神には手も足も出なかった。まるで、微塵も、届かなかった。辛うじて、直感と本能と勘でダメージを軽減するのが精一杯で……遂にはそれすらも破られた。投げられ、貫かれ、落とされて…わたし達に降り注いだ、刃の雨。絶望的な程の……力の差。
(…だ、め…力も…意識も……)
斬雨の中で、痛みはあっという間に消え去った。気付けばもう、痛みを感じる事もなくなっていた。ただただ全身を叩く、斬り裂き、穿ち、突き刺さっていく衝撃だけが響いてきて……それにわたしは、何もする事が出来なかった。
まだ、心は折れていない。まだ諦めない、諦めたくない。わたしは守護女神で、信次元の平和だって取り戻せてないのに…守りたいもの、やりたい事、進みたい未来だってあるのに……こんなところで、終われない。
……だけど、身体は動かない。どんなに力を込めても、指先一つ動かない。そもそも力が入らない。ただただ重く、鈍く…遠い。
「…ぁ…ァ……」
感じる気配。それは原初の女神のもの。力を込める、だけど身体は反応しない。
近付く足音。それもきっと、原初の女神。でも、何も出来ない。掠れた呻きのような声、前を向くだけですらあまりにも時間のかかる首の動き…たったそれだけの力しか、もうわたしには残っていない。
悔しい、悔しい、悔しい、悔しい。まだやれる、まだ諦められない、女神として…人に、皆に望まれた、国を守る使命があるのに、そうしたいって思いはあるのに、身体が動いてくれない事が。その思いを果たせる力が、ない事が。
(…これで、終わるの…?こんな、ところ…で……)
動かない。何も出来ない。それにそれは、わたしだけじゃない。ノワールも、ベールも、ブランもきっと、わたしと同じ思いで…皆もう、動けない。今はこんな近くにいる皆と、手を取り合う事すら叶わない。
段々、思考もぼんやり掠れていく。このまま手放してしまえば、これ以上この心が潰れてしまいそうな悔しさ、無力感からは逃れられる。でも…それだけは出来ない、したくないと心が叫ぶ。だってまだ、諦めていないのに…手放せる訳、ないじゃない。
あぁ、でも、どうにもならない。どうにも出来ない。思いも、信念も、何一つわたし達は……
「ネプテューヌさんっ!」
「……ぇ…?」
その瞬間、わたしの耳に届いた声。それはノワール達でも、ネプギア達でもない…ここにはいない筈の声。
初めは、聞き間違いだと思った。でも、違う。ぼやけるわたしの視界の中に…確かにそこに、いーすんがいる。
「…ぃ…す……」
「喋らないで下さい、ネプテューヌさん…!…大丈夫です。わたしはちゃんと、ここにいます」
情けない程に出てこない声をそれでも振り絞って、いーすんの名前を呼ぼうとしたわたし。そのわたしをいーすんは制止して…頬に触れる。
触れられている。その感覚は、よく分からない。でも、ほんのりと…触れる手は、温かい。
「ブラン様…!…良かった、ギリギリ間に合いました……」
「お姉様…!……っ…こんな、こんな姿になってまで…」
「ノワール…!…また…また無理をしたね、君は……!」
いーすんだけじゃない。他の、三人の教祖の声も聞こえる。その声、その内容を聞いて…やっとわたしは、皆がわたし達を心配して来てくれたんだって事を理解した。今の頭じゃそれまでは、どうしていーすんがいるのか本当に分からなかった。
「…イストワール。それに、君達は……」
見つめるいーすんの背後から、四人へとかけられる声。わたし達を見下ろす、その手にバスタードソードを携えたままの、原初の女神の声。
その声を受けて、いーすんはわたしから手を離す。にこり、と穏やかに微笑んで…それから原初の女神へ向かい合う。
「…こうして会うのは二度目ですね、イリゼ様」
「あぁ。君達は…そうか、やはり彼女達の家系も、今の時代にまで続いていたか…」
真っ直ぐないーすんの言葉に、頷く原初の女神。それから視線を動かした原初の女神は、恐らく三人を見て…もう一度頷く。納得したように、少し安堵の混じった顔で。
「何を…いや、そうか。そうだったね。教祖の家系は、元々地域一帯の有力者。そして僕達の家系を遡れば、紀元前にまで到達する」
「その通りだ。…君達の祖先、私の知る神宮寺、箱崎、西沢三家の者達は、皆聡明で人を纏め得る力があった。…今の、君達と同じように」
「…えぇ、お褒め頂き感謝するわ。母も、貴女にそう言われたと知れば、きっと喜ぶんじゃないかしら」
ゆっくりと視線を動かした原初の女神からの、讃える言葉。それに返すのはチカで…けど言葉と裏腹に、その声音からは全く違う思いを感じる。
「…退いて頂けませんか、イリゼ様」
「それは、矛を収めてほしい…という事だろうか」
「えぇ、その通りです」
『……っ…』
続けて発されたミナの言葉に、心が締め付けられる。…ああ、まただ。またわたし達は、庇われる。初めはコンパに、二度目はイリゼとおっきいわたしに、そして今はいーすん達に。
情けない。あんまりにも、不甲斐ない。それはわたしの、わたし達の役目なのに。皆を守る為に、わたし達女神はいるのに。
「…全く、本当に人に愛されたものだ。その点ではやはり、曲がりなりにも女神という事か。だが…すまない。今は、その願いは…たとえ人の、君達の頼みであっても、聞き入れる事は出来ない」
「…それは、何故だい?」
「この結果が、何よりの理由だ。これまでは、何とかなったのかもしれない。君達人の助力により、成立していたのかもしれない。しかしそれでは所詮、砂上の楼閣。敵わぬ敵が現れた時…いや、敵わないという状況が生まれる時点で、女神の務めを果たせてなどいない」
「そうですね。教祖として、共にルウィーを運営する身として、女神様達の力となれていたのであれば、嬉しいものです。…ですがイリゼ様。貴女の言葉からは、絶対的な…完全な女神以外は許さない、許されない、そんな雰囲気を感じます。…それが、イリゼ様の思う『正しい女神』の在り方なのですか?」
「無論だ。守護というのは、結果的に何かが残れば良い、最悪さえ回避出来れば良いなどという、甘いものではない。全ての人、全ての幸福を守り、取り戻す事が最低条件。その上で揺るぎない安心を、一切の不安なき今と未来を実現する事が出来て初めて、女神は守護者としての本懐を果たせる」
「…随分と、極端なものね。アタクシ達が…いや人が、そこまでを望んでいるとでも?」
「人の願いは、それぞれだ。一人一人、平和に感じる基準、幸せを感じる理由は違う。だが少なくとも、誰かが犠牲になっても良い、命さえ助かればそれで良い…そんな後ろ向きな、諦観混じりの思いが人々の総意だとは、断じて思わない。自分を愛し、家族を愛し、隣人を愛し、そしてそんな人々の幸せを願う…心の奥底にあるのはそんな思いだと、私は信じている。…故に、女神は絶対的であらねばならない。人々がそう思えるよう、前向きにいられるように」
聞こえてくる原初の女神の声に籠るのは、絶対の自信。強迫観念すらも感じない、極当たり前の事かのように、これこそが女神の正しい在り方だと言い切る。
…それは何も、間違ってはいない。平和な方が、幸せな方が、良いに決まってる。誰にだって、他者を思い、愛する心があるって、わたしも信じている。
(…でも、それは…本当に、女神としての思いが同じだって言うのなら……)
状況の変化に、その言葉に心を揺さぶられ、何とか意識は保てている。けれど代わりに、失意が段々と心の中へと絡み付く。
わたし達の正しさと、原初の女神の正しさは違う。そう思っていたから、まだ戦う事が出来た。違うものだから、わたし達の方が正しい筈だからと、踏ん張る事が出来た。…けど、同じ思いを持っているのだとしたら…それは本当に、わたし達が至らないだけ、彼女の言う『相応しくない』だけって事になる。力の足りない、多くの人の幸せを守れず、取り戻せていないわたし達は……原初の女神よりも、正しくなかったって…そういう事、なの…?
「特に今は、良い時代だ。他人を思う余裕のない、それこそ自分の明日を確保するので必死だった、私が生み出されたばかりの頃とは違う…危機や悲しみがある中でも、誰かを思えるだけの人々が数多くいる、素晴らしい世界が広がっている。…そんな人々の思いが、潰れてしまう事などあってなるものか。万人全てが等しく尊い人々…それをたった一人として、失ってなるものか。そして、そんな人々の平和を、幸せな時間を守る為ならば…私は凡ゆる行為を、惜しまない」
「…故に、ネプテューヌさん達を…四ヶ国の守護女神を討つ。そういう事、ですか」
「そうだ、イストワールよ。如何に私と言えども…いや、女神たる私だからこそ、信仰がなくては、シェアがなくては力の全てを振るえはしない。そして彼女達が相応しくない存在であろうとも、君達の様に信仰している人々がいるのも事実。…故に討ち、彼女達を過去のものとしなければならないのだ。不満はあるだろう、すぐには信じてもらえないだろう。だが、どうか…私に守らせてほしい。幸せに暮らせる世界を、作らせてほしい。絶対に…後悔はさせないと、約束する」
そうして、そこまでを言い切って、原初の女神は頭を下げた。深く、誠実に…信じてほしいという、思いを込めて。
……何も、言えなかった。頭が働かない、喉や口が動かない…そんな事が理由じゃない。その一片の曇りもない、純粋な人を思う心に、返せる言葉なんて何もなかった。…わたし達より遥かに強い彼女が、そこまでの思いで…まだ多くの人と会った事もない筈の状態ですら、信次元全ての人を守りたい、幸せにしたいという思いを掲げて、貫こうとしているのなら…何一つとして、わたし達が敵うものなんてないんじゃないかって…本当に、そう思えてきてしまう。
多分…いや間違いなく、もし原初の女神がわたし達を討ったのなら、その後彼女は信次元の為に、これまで以上に尽力する。きっとそうなれば…今より多くの人が救われる。わたしを心から信仰してくれる人達が、それで良かったんだと思うかどうかは分からないけど…少なくとも原初の女神は、わたし達には届かない場所にまで手が届く。
(…皆が笑顔になれる、最高のハッピーエンド…そこに辿り着く為に、本当に必要だったのは…わたし達じゃなかった…もしも、本当にそうだとしたら…わたし達女神が、最後にするべき事は……)
心の中にあった火が、消えていく。人の未来を思うのなら、潔く託す事こそが正解なんだ…そう呟く声が聞こえる。わたしは自己犠牲は、自分はどうなってもって思いは、誰かを悲しませる事になるって知っている。だけどもし、もっと良い未来があるのなら…そこに、わたし達が不要だというのなら…わたしは、わたし達は……。
気付けばもう、わたしは力を込める事も、立ち上がろうとする事も止めていた。それをするだけの心の力が、消え去っていた。あるのはただ、目の前にある一つの『終わり』を見つめる思いと、後一欠片だけ残った、いつ消えてもおかしくない、
「…分かりました。イリゼ様の意思も、そのお心も。ですから、わたし達も…嘘偽りのない、心で以ってお返しします。イリゼ様、それがイリゼ様の願いであるというのなら……」
『お断り(です・だ・よ)』
(…ぇ……?)
──それは、響く一つの思いだった。わたしの心に、女神の心に強く響く……いーすん達の、言葉だった。原初の女神に対する…否定だった。
「…何故、だろうか。まだ信じられないという事は、重々承知している。それが理由であれば……」
「違うわよ、大違いだっての。…どうせ知らないだろうから教えてあげる。お姉様は素晴らしい女神よ。お姉様以上の女神なんて、いる筈がないわ。けど…はっきり言って、お姉様は女神として…いや人としてどうかと思う部分が、多分にあるわ。アタクシとお姉様は同好の士でもあるけど…趣味に感じて引いてる、いやドン引きする面も一つや二つじゃないのよ、本当に」
「ブラン様は、ご立派な方です。彼女の守護するルウィーの教祖である事は、わたしの誇りです。…ですが、胸の件であったり、魔法の件であったり、少々ブラン様はコンプレックスとそこからくる嫉妬が酷いと常々感じています。お気持ちは分かりますし、それが悪いとも思いませんが…夢見る白の大地を守護する身としては、どうなのかとも思いますね」
「女神の姿の際は言うまでもなく、普段からやけに自信家なのがノワールだ。まぁ、自信のない統治者は論外だろうけど…その割にノワールは常識的、いや平凡な思考をする事が多いから、どうも安定感はあっても突き抜けられない部分がある。しかも堅実な割に時々詰めが甘かったりヘマをやらかしたりもするから、全体的に言うなら空回りしてる事がほんとに多い」
「…駄女神、という表現はあまり好きではないのですが…悲しい事に、ネプテューヌさんを単語一つで表すなら、かなりこれが相応しいでしょう。はっきり言って、ネプテューヌさんの問題を挙げればキリがありません。最早逆に凄いと思う程、女神らしくないのがネプテューヌさんです。…尤も、それをわたしが許してしまっている部分もありますし、その中には魅力も含まれてはいますけど、ね」
原初の女神の言葉を遮ってまで四人や教祖が発したのは、わたし達への呆れや苦言。全く想像出来なかった流れに原初の女神が目を瞬かせる中、四人全員がかなりがっつり言ってくる。しかもいーすんに至っては、キリがないとまで言っている。
これは一体、どういう事なのか。歯に衣着せぬ物言いにわたし達が茫然とする中、いーすんは一拍置いて…続ける。
「…ですが、わたしも彼女達も、多くの国民が、ネプテューヌさん達を信仰しています。女神として敬い、信じています。…それが、何故か分かりますか?」
「…それは、他に選択肢が…彼女達の他の、彼女達以上の女神がいないから……」
「いいえ、違います。断じて違います。…えぇ確かに、イリゼ様はイリゼ様の時代において、正しい女神であったのでしょう。絶対の守護者、究極の指導者、完全完璧を思わせる存在こそが、在るべき女神の形だったのだと、わたしも思います。ですが、それは過去の事。貴女の生まれた、貴女の守護した時代の話。……いいですか、イリゼ様。わたし達が、今の時代の人々が望むのは──」
「共に手を取り、共に力を合わせ、時に悩み合い、時に笑い合い、共に同じ目標へと歩む……わたし達人と支え合う、支え合える女神なのです。そして、その点において……彼女達に至らない部分など、一片たりともありはしません」
……嗚呼、それはどれだけ響く言葉だろうか。どれだけわたしの心を震わせる…どれだけ嬉しい、思いだろうか。
本当に、わたしはいーすんに苦労をかけてきた。いーすんがいなかったらどこまで国営を出来ていたか分からないし、わたし達全員がいーすんにはお世話になっている。さっきの言葉も、酷いとは思ったけど…それだけの事を言う権利が、いーすんにはあると思っていた。
そんないーすんが、言ってくれた。わたしは、至らないなんて事はないんだと。こんなわたし達を、望んだ女神の在り方だと。そうであって、ほしいんだと。
「ノワールは、掛け替えのない僕の家族だ。この仕事を取ったら何が残るのか自分でも怪しいような僕を家族だと言ってくれる…大切な存在なんだよ」
「お姉様はお姉様よ。理由なんか必要ない、理由なんか言うまでもない……アタクシの、最高の、お姉様オブお姉様なのよ!」
「友達、家族、仲間…表現は色々とありますが、形は重要ではありません。わたしはブラン様を尊敬し、これからも共に在りたいと思っている…ただ、それだけです」
「…イリゼ様。わたしは貴女の事を、心から敬愛しています。わたしを生み出して下さった事、イリゼさんを生み出してくれた事、それ等は感謝してもし切れません。…ですが、それでも…わたしの、わたし達の『女神』をこれ以上傷付け、侮辱する事は……絶対に、許しません」
わたし達の前に、原初の女神の正面に並び立つ四人の教祖。わたし達を守る為に、わたし達を失わない為に、わたし達とこれからも歩む為に…いーすん達は、立ちはだかる。
その姿からは感じる。伝わってくる。いーすんの……ううん、皆の思いが。わたしを信仰してくれる、わたしにそれぞれの愛を向けてくれる、皆のシェアが。それは何よりも温かく、心地良く…力強い。
「…君達の気持ちは分かった。それ程の思いに背を向けるのは、酷く心苦しい。だがそれでも、それでも私は……」
「…待ち、なさい……ッ」
「……っ!?ネプテューヌ、さん…!?」
今回は確固たる意思がある。そう言うように、三度目となる今はここまでの言葉を聞いても尚、原初の女神は退こうとはしない。間違いなく、いーすん達を力尽くで捩じ伏せる…なんて事はしないだろうけど、その思いに背を向けてでも、わたし達を討とうとする。
もしそれが果たされたら、いーすん達の思いは叶わないものとなってしまう。届かなかったんだって事になってしまう。…それはさせない。そんな事、させていい訳がない。だから、わたしは、わたし達は──立ち上がる。
「…驚いたな。まさか、その身でまだ立ち上がるとは…」
「だ、駄目ですよネプテューヌさん!今、そんな事をしては……」
「大丈夫、よ…いーすん…だって、わたしは…女神、だもの…。…でしょう…?皆……」
身体は思い。僅かでも動かすと、感じなくなっていたと思っていた痛みが全身に走り、それだけでも意識が飛びそうになる。…でも、そんなの関係ない。これまでぴくりとも動かなかった身体で立ち上がれた事、肉も骨もズタズタなのに身体を支えられる事…そんな事全部、どうだって良い。大事なのは、こうして立ち上がった事。いーすん達の思いに、応える事。
地面を踏み締める事で倒れそうになる身体を支え、わたしは言葉と共にゆっくり振り向く。振り向いた先、そこにいるのは…わたしと同じように、全身ボロボロの身体で立ち上がる三人。
「言ってくれるじゃない、ケイ…ほんっ、とうに…貴女の言葉は…心に、響くわ…」
「そんな事を…思っていましたのね、チカ…全く…わたくしは良い妹分を、持ったものですわ…」
「嫉妬深くて…悪かったな、ミナ…ったく…尊敬してるのが、自分だけだと思うなよな…」
見つめるいーすん達の前に。いーすん達を背にするように、もう一度わたし達は並び立つ。もうまともに構える事も出来ない大太刀を握って、垂れた血で赤く染まる視界の中で原初の女神を見据えて…わたし達は見せ付ける。まだ、わたし達は…終わりなんて、しない事を。
「…止めておけ。人の思いに応える姿は正しくとも、その身体で今更何が出来る。ここまでの言葉を、思いを向けてくれる人の前で更に傷付き、更に悲しませるつもりか?」
「今から、討とうとしておきながら…よく言う、ものですわ……」
「なに、自分が勝つ前提で言ってんのよ…勝手に結果を決めないでくれる…?」
「ならばどうする。その身体で、勝つ気だとでも言うか」
「うっせぇな…分かってんだろ…わたし達は、わたし達の信念を貫く…そんだけだって……」
発される言葉はその通り。この状況で、わたし達に勝ち目があるなんて言う人がいたら、多分その人は合理性のない理由で発言をしている。
だけど、わたし達は女神。わたし達には、思ってくれる人達がいる。これまでは、原初の女神に対して意思を貫く事、わたし達の正しさを見せる事にばかり目がいっていて、強大な原初の女神ばかりを意識していて、一番大切な事を…どうしてわたし達が戦うのか、わたし達をわたし達で在れるようにしてくれているのは一体なんなのかを、失念していたけど……今はもう、違う。
「滅多に素直な事を言わないケイが、何の躊躇いもなく私を掛け替えのない家族だって言ってくれたんだもの…それに応えないなんて、ブラックハートじゃないわ…」
「チカの思いは、もうわたくしの心の中…チカの気持ちが、今わたくしを立ち上がらせてくれた…だからこそ、返すのですわ…グリーンハートの、全てで以って…」
「ここでやられちまったら、確かにミナを悲しませるからな…だから負けねぇんだよ、だから勝つんだよ…わたしを思ってくれる、ミナの為に…」
『それに…待ってくれている人も、信じてくれている人達も、(私・わたくし・わたし)にはいるん(だもの・ですもの・だからな)…ッ!』
ノワールが、ベールが、ブランが啖呵を切る。ただ偏に、皆の思いに応える為に…これからも皆と支え合う為に、女神の意志を輝かせる。
そしてそれは、わたしも同じ。わたしを信じてくれる、わたしを支えてくれる、皆の事を心の中に思い浮かべて…生まれた思い、その全てを力に変える。
「いーすんが、わたしに立ち上がる力をくれた。ここにはいない、だけどわたしの事を思ってくれる皆が、わたしに勇気を…強さを、くれる。だから、わたしは負けないわ…パープルハートは、負けはしない…!」
「…まだ限界は、先にあると言うか」
「…残念だけど、もうとっくに限界には到達してるわ…その限界までの力も、もう出せない…。…だから、超えるのよ…その限界を、今のわたし達を…ッ!出来ないなんて事はないわ、諦める理由なんてどこにもないわ…!だって、わたし達の事を信じてくれる人達が、次元中にいる。わたし達は、皆の思いを力に変える、思いが生み出してくれた女神。そしてここは、願いが奇跡に届く信次元よ…!だったら…わたし達に出来ない事なんて、何もないッ!」
心に感じる、心に届く、わたしを思う全ての思い。それこそが、わたしの力。無限の強さ。だからわたしは宣言する。原初の女神に、この信次元に、言い放つ。これがわたし達の……在り方だって。そして、わたしが言い放ち、わたし達が信念を天へと掲げた次の瞬間……わたし達は、光に包まれる。強く、優しく、温かい…思いの、シェアの光に。
「……!…これは……」
全身を包む光の中で、聞こえたのは原初の女神の、驚嘆の声。凛々しく煌めく光の中で、心に感じるのは新たなる強さ。
光の外の事は分からない。でも今わたしに何が起こっているのか…それは、何となくだけど分かる。分かるし、確信している。わたしが至る、新たなわたし自身を。
心が晴れ、思考がクリアに冴える中、収まっていく光。そうして光の中から、皆の前に戻るわたし…いいや、わたし達。
「ぶ、ブラン様…その、姿は……」
「…ノワール、君…怪我が……」
「ああ、あぁ…お美しい、お美しいですわお姉様……!」
驚愕と感嘆の声につられて、わたしは振り向く。左右にいた皆は、確かに傷が癒えていて…その上で、姿が大きく変わっていた。
ノワールの全身を覆うのは、重厚な黒のパーツと青の布地。頭部プロセッサからはグラスパーツが伸び、背中に有するのは鋭角の翼。ブランの身体を包むのは、力強い白のパーツと水色の衣。兜をも思わせる帽子を備えるブランの、背中に広がるのは純白の翼。ベールのが肢体に纏うのは、無駄を省き洗練された黒のパーツと緑の装い。更に洗練された姿であると思わせるのは、幻獣を彷彿とする頭部プロセッサと、矛が如き二対四枚の翼。
変わっていたのは、わたし自身も同じ。極限まで余分を無くしたような黒のプロセッサ各部へ薄紫と水色が合わさり、内側からは嘗てない程の力を感じる。ちらりと後ろを見てみれば、そこには花弁の様になった翼。そして……
「ね、ネプテューヌさん…!」
「え?……あ…」
目を見開いたいーすんが見ているのは、わたしの左側。何かと思って見てみれば……そこには、あった。義手でもない、プロセッサによる代用品でもない…わたしの、本当の左腕が。何の遅れも何の齟齬もない…失う前と同じ、わたしの腕が。
「…あぁ、そっか…ふふっ、そういう事ね」
「…ネプテューヌ、さん…?」
「ね、皆覚えてる?わたしが前に一度、女神の力を失った時の事と…そこから皆の思いで、わたしが力を取り戻した事を」
『あ……』
今となっては懐かしい…喜びと恥ずかしさの混じった、あの時の記憶。多分、今起こったのもそれと同じ事。一つ、違う事があるとすれば…あの時は力を『取り戻した』訳だけど…今は先に、未来に『進んだ』。
「……ネクスト、フォーム…」
「…いーすん?」
「ネプギアさん達が得た力…それは正負どちらのシェアも自分への、一人一人の思いだと受け止め、今の先、今の向こう側へと至った力故に、ビヨンドフォームであると名付けられました。ならば、今の皆さんは…わたし達の、国民の、人々の思いに応えるべく限界を超え、わたし達と共に未来へと歩む為、より高みの段階へと…次の自分へと至った力だと言うのなら、ネクストフォームと言うべきではないかと、思ったのです」
「ネクストフォーム…ふふっ、良い名前じゃない」
即興だしシンプルだけど、悪くない…ううん、全然良い名前だ。そう思ってわたしは微笑み、皆に視線を向けると…皆も頷く。
そう。これは未来の自分へ…次の自分へと至った、わたしの力。そしてこの力で以って…今度こそ、わたし達は貫く。わたし達の…皆の女神である、守護女神の意志を。
「ふ、ふふっ…ははははははははッ!素晴らしい、素晴らしいぞ守護女神!人々の思いに応える為…いいや、人々の思いに応えた形として、本当に限界を超え、新たな自分、新たな力へと至ったか!ああそうか、ならば確かに認識を改めよう!今の時代と私の時代とでは、求められる形は違うのかもしれないと!だがしかし、それでも尚、やはり力がなくては守れない!人の未来は紡げない!故に…今一度、今度こそ、示してみるがいい!今の…この時代の、女神の在り方をッ!」
「えぇ、見せてあげるわ!今こそ示すわ!皆が望んでくれた…そしてわたし達が、真に望む未来をッ!」
初めて聞く感心したような笑い声を上げ、強く頷く原初の女神。そして彼女は…再び私達を見据える。今度こそ、本当の…在り方を示す、戦いであると。
わたし達も、構える。皆の思いに、信じてくれる気持ちに、原初の女神にも……応える為に。
今回のパロディ解説
・「…異なる道を〜〜前に進むか〜〜」
ガンダムビルドダイバーズシリーズの登場キャラの一人、クジョウ(キスギ)・キョウヤの名台詞の一つのパロディ。…こっちでも大バトルが…にはなりませんよ?
・「〜〜今こそ示す〜望む未来をッ!」
ヴァンガードシリーズの主人公の一人、新導クロノの代名詞的な台詞であり、複数のユニットのフレーバーテキストのパロディ。えぇ、何せ『ネクスト』ですからね。