超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed   作:シモツキ

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第百七十五話 『私』の存在理由

 原初の女神。オリジンハート。今の…後世の信次元では、私はそう呼ばれているらしい。信次元の歴史上、最古の…始まりの女神だから、後の世の女神と差別化する上で、そのように称されていると聞いた。原初、オリジン…名前としては単純明快なもので…けれど、名前は関係ない。必要なのは、名前ではなく力。人を守り、導き、幸せに暮らせる世を作る力こそが、女神にとって必要なもの。

 だから、私は驚いた。未来に当たるこの時代の在り方に。私が守護者、指導者としての座を降り、違う女神が統治している事に。私からすれば、今の時代の女神はあまりに弱く、不真面目で……しかし私は見落としていた。理解していなかった。私の知る、私の守る人々と、今の時代を生きる人々の望みは、違うのだと。違う在り方の女神を望み…当代の彼女達は、ちゃんとその望みを体現した女神であると。純粋な力はまだまだでも…人を思うその心は、心の強さは、純然たる女神そのものだと。

 だから、私は認めた。彼女達の在り方を、彼女達は女神として相応しいと。その上で、私もまた…全ての人を救い、守り、導く女神の在り方を、限りない女神の力を示そうとして…結果、女神としての姿を失った。人々を、信次元を守れたとはいえ、これはあまりにも情けなく……だからこそ、一刻も早く取り戻さなくてはいけない。…私は、女神は……人の、理想なのだから。

 

「──ぴぁっ!?あっ、うぇっ!?ふぇぇ!?」

 

 突然聞こえた、がさがさという音。それは間違いなく、草や枝が揺れて擦れ合う音で……私はびっくりしてしまった。びっくりしてびっくりして、跳び上がってしまった。

 身体をびくびくさせながら、ばっと振り返る私。けれどそこには何もおらず……恐らく、ただ風が吹いただけ。

 

「…う、うぅ……」

 

 何でもない事は分かった。されど、身体の震えはまだ収まらない。それどころか、どんどん目頭が熱く…涙が出てきそうになってくる。何とか深呼吸をして、泣いてしまう事だけは避けたものの……情けない。風が吹いて、草木が揺れるなんて極々ありふれた、自然な事。なのにこうも驚き、怯えてしまう自分が…どうしようもなく、情けない。

 

(…やっぱり、私は…人の姿の、私なんて……)

 

 私は何故、自分に人としての姿があるのか分からない。シェアエナジーの量に気を付ける必要がある、イリゼや他の面々にとっては、能力への制限と引き換えに消耗を大きく減らせる人の姿は、間違いなく便利なもの。けれど、私には…望まれ生まれた経緯の関係もあり、常に膨大な量のシェアエナジーを有し続けていた私にとっては、人の姿は不要な存在。実際、これまでこちらの姿が必要になった事などなく…実用面での利点がないどころか、このように欠点だらけの精神状態になってしまうのなら、本当に必要ないと私は思う。

 

「…すぅ、はぁ……よ、よし…っ!」

 

 だが、それを今考えても仕方ない。考えたところで何も変わらないのだから。

 それより考えるべきは、やるべきは、本来の力を、私を取り戻す事。その為に私はここにいて…その為にイリゼも、私でない私も手を貸してくれている。

 

「い、イリゼも今、頑張って探してくれてる筈、です…!だから、私も……!」

 

 自分へ自分を鼓舞する言葉をかけ、胸の前で両手を握って、私は進む。

 もう一人の私…私の事をそう呼んだイリゼは、確かに私であって…同時に、私ではない。彼女自身、自らを複製体と言っていたように、感覚的に私そのものではないと分かる。悪い言い方にはなるが、劣化コピー、簡易複製…イリゼの言う、彼女を創り出した『私』が私より大きく劣っている存在でもない限りは、イリゼとはそういう存在だと言わざるを得ない。加えて私に、彼女を創り出した覚えなどなく、だからこそ初め私にはイリゼが、異質な存在にも見えていたが……今は、彼女へ対する思いが段々と変わってきている。

 もう一人の自分だからか。現代の女神への見方が変わったからか。それとも、ある意味彼女は私の「子」とも呼べる存在だからなのか…分からない。分からないが…この思いは決して、まやかしではない。そんな気がする。

 

「…え、えっと…こっち……!」

 

 イリゼは幾つか見当を付けてくれたとはいえ、その内容も一考の余地はあるとはいえ、これは理詰めで考えて答えを導き出せるものじゃない。そもそもあるかどうかも分からない手掛かりを探す以上、女神としての直感と本能に頼り、それを信じて進むしかない。

 今の信次元が求める女神像は、私の在り方とは違う。彼女達ならば、私がいなくともきっと人々を守れるだろう。だが、それは私が傍観者となる理由にはならない。私は女神。人の願いによって生まれた、人を守り、導く為の存在。だからこそ、一刻も早く取り戻さなくてはいけない。それが、私という存在の使命であり…意義なのだから。

 

 

 

 

 感覚を頼りに、オデッセフィアを再現した浮遊大陸の大地を回る。

 思えば、生活圏外を徒歩で回る事はあまりなかった。飛ぶ方が速く、地形にも影響されないのだから、わざわざ歩いて回ろうと思う事自体がなかった。

 

「…ふ、ぅ…はぁ……」

 

 雑木林を抜けたところで、吐息を一つ。続けて溜め息も一つ。

 こちらの姿でも一般的な人の平均を大きく上回るだけの身体能力があるとはいえ、本来の姿とは雲泥の差。体力含めて激減してしまっているこの姿が、この姿でしか活動出来ない事が、情けないだけでなく歯痒さもあり……されどそこで、私はその思考を止める。

 

「だ、駄目です…!こんな事を考えているより、探す事に集中する方が、よっぽど有意義、です…っ!」

 

 ふるふると頭を振って発展性のない思考を追い出し、気持ちを切り替えるように意気込む。どうも人の姿だと、思考回路…というより「思」の部分が後ろ向きになっていけない。そうならない為にも、余計な思考はしないようにしなくては。

 

「…次、は……」

 

 このまま進むか、左に行くか、右に行くか。それを決める指針は、私の直感と本能。故に、下手に考え込んだりせず、思考へノイズが入らないよう力を抜いて……

 

「──あっれぇ?原初の女神さぁん、こんなだっさい場所でピクニックですかぁ?」

「……ッ!?」

 

 次の瞬間、背後上空から聞こえてきた忌々しい声。反射的に反転しつつ前へ跳び、顔を上げた私が見たのは……やはりあの、人に仇なす出来損ない。

 

「あ?…なーんだ、よく見たら女神化してないじゃない。まさかほんとにピクニック?ぼっちピクニック?うわ、かっなし〜」

「…そっち、こそ…ピクニック、なら…人のいない、次元かどこかで…やって、もらえますか…?で、出来損ない、風情がいるだけで…この、綺麗な信次元が…穢れ、るんです」

「はっ、ピクニックなんて下らない事、あんたみたいな老いぼれ女神が……って、んん?」

 

 この出来損ないと対面した事で、私の心は冷めていき、代わりに不愉快さが登ってくる。見るだけで…否、この出来損ないが存在しているというだけで、腹立たしさが収まらない。

 とはいえそれは、これまでに始末出来ていない、私の落ち度でもある。…そう私が考えている中、不意に出来損ないは口を閉ざし……数秒の沈黙の後、品のない笑みを浮かべて言う。

 

「…そういえば、これまではずーっと女神の姿だったわよねぇ?で、確か前は、女神化が解けて落ちてったわよねぇ?あんたもあれでかなり消耗してるとは思ってたけど…もしかしてぇ、女神化出来なくなってるんですぅ?」

「……っ…!」

 

 あまりにも品のない、下劣な表情。にも関わらず、鋭く真実を言い当てるそのさまは、やはりどれだけ出来損ないではあっても、女神は女神という事か。…惜しい。そして忌々しい。その鋭さも、人の為に役立てていれば、幸せになれた人も数多くいただろうに…。

 

「あれあれ〜?無言って事は、もしかして図星です〜?」

「…答える価値のない相手、に…わ、わざわざ丁寧に、答える…とでも…?」

「…と、言いつつ反応しちゃう、お馬鹿なお婆ちゃんでした〜。お婆ちゃん、大丈夫?一人で帰れる?あっ、私がすり潰しちゃえばその心配はなかったわね。余計な心配しちゃってごめんなさぁ〜い」

 

 何かにつけて他者を愚弄しなければ、この出来損ないは話す事さえ出来ないのか。女神でありながら、何故ここまで歪み腐ったのか。

……いや、理由はないのかもしれない。神次元という世界では、女神は後天的になるものであり、誰もがなれる訳ではないという。ならば、あの出来損ないはそもそも相応しくなかったという事だろう。なるべきではない存在がなってしまった結果と思えば、納得も出来…だがそうだとしても、許す事はない。如何なる理由、如何なる経緯があろうとも…人に仇なした時点で、許される筈がない。

 

(…け、ど……)

 

 始末するのは規定事項。されど、今の私にあの出来損ないとまともに戦う力はない。認めるのは癪だが、その戦闘能力がイリゼ達を大きく超えているのは間違いない。今の私とあの出来損ないとでは…策や駆け引きではどうにもならない程の戦力差がある。

 

「…って、訳でぇ…全力のあんたをぶっ潰したいところだったけど、全力を出せないあんたを踏み潰すのも面白そうだから、今から一方的に嬲らせてもらうわ。あんただって、そっちの方がいいでしょ?だってそれなら、全力を出せていれば…って負け惜しみ出来るんだものねぇッ!」

「……ッ!」

 

 許す気など毛頭ないが、今戦う事は賢明ではない。だがこちらの状態を見抜かれている以上、仕掛けてこない筈もない。そして、予想した通り……ぐにゃりと口元を歪めた出来損ないは、空から私は電撃を放つ。

 それは、巨大なモンスターの一撃にも匹敵するような、鮮烈な攻撃。生半可な存在であれば、避ける事も耐える事も叶わず、ただ貫かれて終わる一撃。されどもその電撃は…この私の身には、届かない。

 

「……あ?」

「ふ……ッ!」

 

 左に跳び、電撃を避ける。続く二歩目で地面を蹴り上げ、三歩目で木の幹を捉える事で三角飛びへと移行し、一気にあの出来損ないと同じ高さへ。腕だけでなく全身を使い、捻りも加えた渾身の打撃を側面から打ち込む。

 私には見えていた。この出来損ないの、視線の動きや呼吸の状態、頭の頂点から手足の先へ至るまでの、凡ゆる動作が。故に、私には分かっていた。どこへ、どのように仕掛けられるかが。そして、攻撃の前に攻撃を見切れているのであれば、タイミングを合わせて避けるだけの事。どれだけの力があろうと、正しく見えているのなら、それが純粋な攻撃であれば…対応出来ない道理はない。

 そうして放った右の拳。今の私が引き出せる、全力の打撃。…しかし、攻撃は止められる。

 

「…ふぅん。ま、女神化出来なくたって知識や経験は変わらないものねぇ。けど、ざんねぇ〜ん。その程度の攻撃は、無駄なのよッ!」

「ち……ッ!」

 

 拳を受け止めた杖をそのまま振り抜かれ、跳ね返される。当然飛べない私はどうにも出来ず、滑った後を残しながら何とか着地。

 直後、次なる攻撃が降り注ぐ。先程は見切れたものの…あれは互いに万全且つ向き合った状態、謂わば初期状態だからこそ出来るもので、もう上手くはいかない。となれば出来るのは、逃げる事だけ。

 

「あははははッ!一方的にやられる痛さと怖さを教えてあげるわ!まあ尤も、私は一方的にやる側しか知らないんだけどねぇッ!」

(この、出来損ないに…私が…に、逃げる事しか、出来ないなんて……ッ!)

 

 次々放たれる攻撃を既のところで避けながら、距離を取るべく走る。次の動きを確認しながら逃げる余裕はない。直感と勘で避けるしかない。

 地面が砕かれ、草木が焼かれ、視界も効き辛くなる。とはいえ、これは結果的にそうなっているだけで、私の動きを阻もうとする意図はないだろう。あの出来損ないが、これだけ有利な状況で、そんな策を講じる筈がない。

 

「ぐっ、ぅ……!」

「ほらほらぁ、もっと必死に逃げなきゃ黒焦げになってお終いよ?これまで散々私を不愉快にさせてきたんだから、もうちょっとは足掻いてくれないとねぇ?」

 

 直撃は何とか避けられていても、余波が身体を掠めていく。へし折られた木や、砕かれた石の破片が飛んで、それが私の身体を切る。

…あの出来損ないは、わざと避けられる可能性のある攻撃を仕掛けている。それも、反撃や私を見失う危険を冒す事なく、生かさず殺さずで少しずつ削っていき、安全且つ確実に私を始末しようという策略ではなく…間違いなく、私をいたぶる為に。

 全く以って下劣な思考。だが、こちらとしては手痛い策。容赦無く、大技で一気に仕留めようとしてくれた方が、それなりに遮蔽物もある今は身を隠し易い。目的は違うにしても、その為の行動によって可能性を潰されていく私は、逃げながらも少しずつ追い詰められていく。

 

(このままじゃ…何か…何か、手は……)

 

 頭をフル稼働させ、視線を走らせ、逆転とまでは言わずとも、この窮地を脱する手がないか考える。…されど、浮かばない。考える余裕すらないのではなく、考えても思い付かない。

 思えば、こうも追い詰められ、逃げる他ない状況になど、これまでなった事がなかった。どうにもならない状況など、経験した事もなかった。ならば、どうする。或いは…どうしようもない?…いいや、違う。そんな事、あってはならない。絶望的と言っても過言ではない程の状況である事は認めるにしても、人の守り手たる私が諦める事など……

 

「…な……ッ!?」

 

 木と木の狭い間を、半身ですり抜けた私。地に足を突き、指先で踏ん張り、加速をしようとし……だが、その先に地面はない。私が出た先にあったのは、崖。後数歩も走れば、足場のなくなるような場所。

 このまま転落すれば、軽傷では済まない。それ以前に今宙に出てしまえば、攻撃を避けようがない。どう転がってもこの先には終わりしかなく、私は身体を捻る。振るようにして捻る事で無理矢理方向転換し、踏ん張ったままの足で地面を蹴って別方向へ行こうとして……次の瞬間、炸裂する地面。

 

「あぐっ…、──ッ!」

 

 当然それは、出来損ないからの攻撃。衝撃波で私が行こうとした先を打ち抜き、地面を炸裂させる。近距離、それも正面の衝撃は流石に避けようもなく、私の身体も宙に浮く。

 ダメージ自体は、痛いで済む程度。であれば着地と同時に今度こそ別方向へ…と考えていた私だが、気付く。自分の下に、もう地面がない事に。自分が、崖側に吹き飛ばされていた事に。

 身体が落下を始める中、咄嗟に伸ばした右手。その手は辛うじて崖を掴み、転落は免れる。…だが……。

 

「わー、間一髪ぅ〜。後ちょっとでも遅れてたら、そのまま下に落ちてたわねぇ?」

「……っ、ぅ…!」

 

 悠々と崖に降り、私を見下ろす影。心底愉快で仕方ないとばかりに、両の口角を吊り上げる出来損ない。

 崖を掴む直前に、下も見えた。下まではかなりの距離があり…尚且つ下は、岩の大地。やはり、まともに降りられるような場所ではない。

 

「(崖を、伝って降りていくのは…それをただ、眺めてる訳ない……むしろ、ここから一撃…)つぁッ…!?」

「私、ちょっと気になってた事あるのよねぇ。そうやって崖を掴んでる状態って、全体重が片手にかかってる訳でしょ?なら、その状態で手を踏まれたら、二人弱の重みがかかる訳よねぇ?じゃ、やっぱり痛い?痛い〜?」

 

 私を支える右手に走る、鋭い痛み。真上から右手を踏まれ、地面と挟まれ、全体に…特に指の関節へと、裂けるような痛みが襲う。

 それと同時に、これまでに負ってきた無数の傷も痛む。これまでは回避と走る事へ向いていた意識に、最悪の形で余裕が出来た結果、全身が沁みるようにひりひりとする。そして、傷口が…更には目頭も、熱くなる。

 

「…ぅ、あ…ふく、ぅ…っ……」

「だからどうなの…って、あれあれぇ?もしかして、泣きそう?泣いちゃう〜?うっわ、惨め、無様、恥晒しぃ〜!どうしよう、流石にこれは私でも同情しそうになる位、超絶哀れなんですけど〜?ねぇねぇ今どんな気持ち?」

 

 あぁ、駄目だ。それはいけない。この出来損ないに追い詰められ、痛め付けられ、それで泣いてしまうなど、あってはならない。

 女神は人の理想の体現であると同時に、国の象徴でもある。故に、女神の勝利は国民の名誉でもあり、女神が無様を晒せば、それは国民へ恥をかかせる事にも繋がる。だからこそ、あってはならない。既に私を思う人々の信仰心に泥を塗るようなさまを晒しているのだから、これ以上恥を晒せば…私自身が、私を許せない。

 だが、どうしたらいい。今の私に、女神としての「力」を失った私に…何が、出来る…?

 

「あー、やっぱ調子乗ってる奴に現実を分からせるのって気分良いわぁ。夢見がちな馬鹿を減らせる訳だし、流石女神なだけあって私正しい事しちゃってるわ〜」

「…現、実…?正しい、事…?……腐り、過ぎると…ち、知能指数まで…落ちる…ひぐ……ッ!」

「えー、何か言ったー?言うならちゃんと大きな声で言ってくれないと、聞こえないんですよー?…ふぅ、ほんっと漸くストレス解消出来たわ。気分爽快って、こういう事を言う訳ね」

 

 手の甲を集中的に踏み躙られ、言葉が続かない。ほんの少しでも気を緩めれば、涙が落ちてしまいそうになる。そんな中、踏み付けるこの出来損ないは、気分良さげに髪を払い……そうして不意に、足を退ける。

 脈絡のない、突然の行動。訳が分からず、私が見上げれば…出来損ないは、言う。

 

「ねぇ、命乞いしてよ命乞い」

「…な、にを……」

「何ってぇ、だから命乞いよ。今の状況、どう考えたってあんたの死は免れないでしょ?だ・か・らぁ、万に一つの可能性に賭けて、命乞いしてみたらどうだって言う優しい女神様からのお言葉なんですよぉ。鬼の目にも涙って言いますしぃ、もしかしたら助けてもらえるかもしれないじゃないですかー」

「…………」

「あはっ、意地張っちゃってダサ〜い。どうせここで意地張ったって誰も見てないんだから、あんたの末路なんて私の気分次第でどうとでも語れるのよ〜?それこそ、今以上に惨めな事だって語れる訳。だったら生き残る可能性に賭けた方が賢明だと思うんですが、違いますぅ?ほらぁ、何でもしますから命だけは助けて下さいぃぃ〜、って言ってみなさいよぉ!」

 

 命乞いをしろという、論外な要求。当然そんな要求、考えるまでもない。馬鹿馬鹿しくて、反吐が出る。

 痛みを忘れそうな程冷え切る私の心と、再び私の手を、今度は指を一本ずつ踏み付けてくる出来損ない。…正直、崖もいつまで掴んでいられるか分からない。

 それでも私に、命乞いをするなどという選択肢はない。死んだ方がマシなどとは思わないが、女神が国民に望まれてもいない、或いは忘れ去られた訳でもないのに死ぬなど、その務めを放棄する愚行以外の何物でもないが、命乞いなど考えない。私の愛する、私を信ずる人々の為に…死も、命乞いも、全て私は拒絶する。

 

「……ふぅん…あくまで屈しないって訳。それはまた、格好良い姿ですこと。…どうせ人間なんて身勝手で、勝手に期待して、勝手に『こうあるべき』って押し付けて、その癖気に入らないと被害者ぶる、碌でなしが歩いてるような存在なのに」

「……そ…そう、見えて…いるん、ですか…?人が…人々、が…。…だと、したら…やっぱり……貴様は、どうしようもない…出来損ない、だ…ッ!」

「…あ、そ。私には、あんたの方が出来損ないに見えるけどね。だってあんた、生きてるって感じしないし。ま、どっちにしろこれから死ぬんだから、それはどうでもいい事か」

 

 ふっと他者を見下す嘲笑が消え、どこか遠くを見るような瞳になる。その時発された言葉は、まるで心情を吐露しているようで…されど、その言葉を聞こうとも、私の中にある認識がより一層固まるだけ。どうしようもなく、どこまでいっても、骨の髄まで出来損ないは出来損ないだと、そう思うだけ。

 返された、言葉の意味は分からない。分かったのは…もう、いたぶるつもりもないという事。

 

(…こう、なったら…やっぱり、崖を……)

 

 結局、まともな打開策など思い付かなかった。唯一あるのは、可能性があるのは、手を離して落ちる事だけ。

 だが勿論、ただ落ちるのではない。崖から身体が離れないようにしつつも壁面を蹴り、位置を変え続ける事で追撃を避ける。地面に落ちる寸前には壁面を真横に蹴り、身体の向かう方向を下から横は強引に変えて、地面を転がる事で勢いを逃がして極力ダメージを減少させる。…実際にそれが上手くいく確率など、考えるのも馬鹿馬鹿しくなる程低いのだろうが…それ以外に、道はない。

 

「一応同じ最古の存在のよしみで、最後に何か言いたい事があったら聞いてあげてもいいんだけど…って、どうせないわよね。こんな奴とは口も聞きたくない…その点だけは、意見が合うでしょ?だから……さようなら、クソ女神」

 

 必要なのは、僅かでも追撃されるまでの時間を作り、距離を稼ぐ事。手放すのが遅くなれば、撃たれて終わり。かといって早過ぎても、即座に対応されるだけ。ギリギリのギリギリ、寸前で手放さなければ、意表を突く事など出来ない。

 そしてその判断の瞬間は、すぐにやってくる。自らの提案を途中で取り止め、出来損ないはその手に持った杖を向ける。杖は力を、電撃を帯びていく。

 十中八九、失敗するのだろう。分の悪いどころか、愚かな賭け以外の何物でもない。あまりにも情けなく、恥ずかしいが…怖くて怖くて、泣きたくて泣きそうで仕方ない。今の姿の、弱い私の心は、失敗の事しか見えていない。だが、だとしても…やるしかない。私は女神なのだから。人を守り、導く…その為に、いるのだから。

 

(そうだ、私は…それこそが、私の……)

 

 弱い心を気力で捩じ伏せ、私は見る。攻撃を、出来損ないを……一瞬を、見切る為に。

 そんな中で、私の頭の中にこれまで出会ってきた人々の顔が流れていく。これが、走馬灯というものだろうか。こんな時でも人々は、私を勇気付けてくれるのか。そう思うと、嬉しく、光栄で…だがその中には、彼女達も…イストワールとイリゼ、私が創り出した存在と、私ではないもう一人の私の姿も、確かにあった。…これは、どういう事か。確かに二人も、私とは特別な関係にある存在だ。されど守るべき、愛すべき人々と同列ではない。にも関わらず浮かんだ、その理由は……。

…そう、考えようとした私だが、そんな事はしていられないと、本能が叫ぶ。私の本質が、この姿でも変わらない私という「女神」が、今だと叫ぶ。そうだ、私が行うべきは一つだけ。死ぬ事も、媚びる事もなく、女神の責務を貫く事だけ。そしてその為に、私は崖から手を離し……

 

 

 

 

 

 

もう一人の私(イリゼ)ぇぇぇぇええええええええッ!!」

 

 

──そうして聞こえたのは、響いたのは、届いたのは……あの時も、《女神化》が後一歩で途切れてしまった時にも聞こえた気がする、私の声だった。もう一人の…もう一人の私の、叫びだった。

 飛び退く出来損ないと、煌めく光の如く飛来した女神。水晶を思わせる刃は振り抜かれ…直後再び、女神は飛ぶ。落ちていく私に迫り…次の瞬間、下へと向かっていた私は止まる。その手で掴まれ、支えられ…宙で、その手の中に抱かれる。

 私を見るのは、安堵に満ちた、目尻に涙の浮かんだ瞳。向けられているのは、良かったと私へ伝えるような笑み。微塵も予想しなかった事に、驚き以外の何物でもなかった出来事に、思考が鈍化していた私は、そこまで見てやっと気付いた。……イリゼが、私を…複製体の、もう一人の私が、私を助けてくれた事に。




今回のパロディ解説

・「〜〜一方的に〜〜教えてあげるわ!〜〜」
機動戦士Zガンダムの主人公、カミーユ・ビダンの名(?)台詞の一つのパロディ。ざまぁないぜならぬざまぁないわ、とかもレイには似合いそうですね。

・「〜〜ねぇねぇ今どんな気持ち?」
アイドルユニット、TOKIOのメンバーの一人である、国分太一さんの、ガチンコファイトクラブにおける発言の一つの事。ネットスラング同様、完全に煽りで使ってますね。
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