超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed 作:シモツキ
諦めてなどいなかった。女神である私に、諦めるなどという選択肢はなかった。だが…無謀極まりない、机上の空論も甚だしい策以外、思い付くものもなかった。それ程までに追い詰められ、絶体絶命の状況に私は置かれていた。
それでもその策に、可能性に賭け、崖から手を離した私。そこに現れたのは、飛来し、落ちる私を掴んだのは…私ではない、もう一人の私。現代の信次元に存在する…もう一人の、イリゼだった。
「良かった…間に合った……!」
左手で私の事を強く抱き締めながら、イリゼは言う。喜びに溢れた…されども泣き出しそうな、そんな声で。
「…イリゼ…ど、どうして…ここが……?」
「砂煙が、見えたから…オリゼに何かあったんじゃと思うと、心配で、心配で……っ!」
初めに抱いたのは、疑問。本来のオデッセフィア程の面積はなくとも、浮遊大陸は広い。その中で、どうやって場所を特定したのか、それがまず頭に浮かんだ。
それに対する回答は、砂煙…即ちあの出来損ないの攻撃による影響が、目印になったのだという事。それと共に、心配していたのだと言われ、その思いが言葉から、感じるイリゼの熱から伝わってきて……だがその直後、電撃がイリゼを襲う。
『……っ!』
「あっはぁ。絶体絶命のピンチに駆け付けるなんて、随分とドラマチックじゃなーい?」
「…キセイジョウ・レイ……」
私を抱えたまま、斜め上方へ上昇する事でイリゼは回避。そこへ声を投げかけてくる出来損ないは、再びあの嘲笑を浮かべており…イリゼは、睨む。左腕で私を抱え、右手で得物を構えながら。
「けど、あんたも馬鹿な事をするわねぇ。弱い方の白髪女神もいるなんて知らなかったし、私は今気分が良かったんだから、見て見ぬ振りをすれば死なずに済んだってのに」
「…抜かせ。助けが必要な者がいて、助けられる場に自分がいるのなら、まず助けるのが女神の…いいや、正しい女神の在り方だ。それに、死なずに済むだと?ありもしない未来を語ったところで、それには何の意味もない」
「はっ、吠えるわねぇ。あ、もしかして弱い犬程よく吠えるって言葉は、あんたを指して生まれたんじゃないのぉ?」
不快な声で嘲る出来損ないに対し、イリゼは毅然とした態度で言葉を返す。凛とした、威風堂々とした、力強さを思わせる姿で。
それを見て、ふと思う。本来の私も、人々からは、こう見えていたのだろうか、と。自分自身では分かる筈もない、他者から見た自分は、こうであったのだろうか、と。
「ま、そんなのはどうでもいいわ。それより…私、そいつに無様で惨めな終わりをプレゼントするところだったのよねぇ。だから、引き渡してくれない?そうすれば、今回だけは邪魔した事も許してあげるわよ?」
「そんな提案を聞く道理も、貴様の下賤な行いを看過する理由もない。もしも貴様が、貴様の言葉をこの私が訊くと思っているのなら…考え方を、改める事だ」
「あぁそう。ぶっちゃけ差し出すなんて思ってなかったから、別にいいんですけどねー。あ、けど逆に差し出す展開とかも、あるなら見たかったかもしれないですぅ〜」
態度を一切崩さぬまま、イリゼは次なる言葉も一蹴。出来損ないもまた、予想通りの回答がきたとばかりに軽く流し、緊張感のない口振りを見せ…だがその瞳は、イリゼを敵としてしっかりと捉えていた。イリゼを油断させる為の方便か否かは分からないにせよ…あの出来損ないは、間違いなく臨戦状態。
「とにかくぅ、私は楽しんでたところを邪魔された訳。しかも、気に食わない態度を取られて、あんた自体かなり嫌いな訳。だからぁ…二人纏めて、醜いミンチにしてあげるわッ!」
「……ッ!オリゼ、掴まって…ッ!」
勿体つけるように、言葉を溜める出来損ない。そして次の瞬間、出来損ないは叫び…一気に、一瞬でイリゼの前へと肉薄する。
振り抜かれた杖を、イリゼは寸前で回避。反撃の一太刀を放ちながら、イリゼは私に呼び掛け…直後に離脱。イリゼと私が一瞬前までいた空間を、撃ち込まれた電撃が駆け抜ける。
「ほぉら!格好付けた事言ったんだから、それなりには足掻いてよねぇッ!」
「ぐッ…はぁああぁぁッ!」
上下左右に飛び回る事でイリゼは追撃を避けるも、どうやらそれはただの陽動。回避行動を取らせていた間に出来損ないはイリゼへと肉薄し、シェアエナジーを纏った杖を叩き付ける。
それをイリゼは、長剣の腹で防御。一度は受け止めるも、膂力の差か少しずつイリゼは押されて…されどそこからイリゼは圧縮したシェアエナジーの爆発を用いて、逆に杖を押し返す。
「そうそう、頑張ってぇ〜。頑張れば、ちょっと位は当たるかもしれないわよ〜?あははははははッ!」
「ちぃ……ッ!」
攻守交代。弾き返したイリゼは踏み込み、初撃は刺突で、それを避けられれば斬撃で出来損ないを攻め立てる。対する出来損ないは防戦一方で、反撃に移る気配はない。しかしイリゼの顔に、余裕は皆無。
当然だ。この出来損ないは、反撃出来ないのではなく、しないだけ。わざと攻撃をせず、煽っている。それが出来るだけの実力が、実力差が、イリゼと出来損ないの間にはあり……そしてもう一つ、今のイリゼには全力を発揮出来ない理由が存在する。
「…イリゼ…わ、私を…私を、降ろして…下さい…!」
突進からの刺突を避けられたイリゼは、出来損ないが避けた先へ、宙に精製した剣を放つ。その中で、次の攻撃に移ろうとするイリゼへ、私は言う。
イリゼが全力を発揮出来ない理由、それは私の存在に他ならない。女神の身体能力を持ってすれば、一人分の重量など些細なもの。だが、抱える事で片腕が塞がってしまうとなれば話は別。今のイリゼは、ある意味隻腕状態であり…「私」という物体が密着している分、動き辛さは隻腕以上と言っても過言ではない。
ただでさえ、純粋な力の差が両者にはある。その上で、イリゼが私を抱えているとなれば、勝ち目などない。それは、イリゼも勿論分かっている筈で…だというのに、イリゼは首を縦に振らない。
「……っ…それは、出来ないよ…ッ!」
「で、でもっ…このままじゃ……!」
「分かってる…!私だって、時間を稼ぐからその間に逃げてって降ろそうと思ってたよ…けど……ッ!」
躊躇して抱え続けたまま、二人纏めてやられてしまうなど、あってはならない。そう私は伝えようとし…そこで、気付いた。あの出来損ないが、付かず離れずの距離を保っている事に。いつでも攻撃に転じられる状態である事に。
それは即ち、隙を見せられないという事。下手に私を降ろそうとすれば、間違いなくそこを突かれるという事。
(…情け、ない…私、が…め、女神の、私が…守られて…負担になって……)
もう今の嘲りには飽きたのか、再び出来損ないは攻撃を始める。私を抱えている事によるハンデは当然防御に回った場合もある訳で、今のイリゼは正真正銘防戦一方。攻撃を躱し、弾き、逸らして凌ぐも、少しずつ余裕がなくなっていく。遂には拡散した電撃が、イリゼを掠める。
女神は守るもの。助けるもの。だというのに、私は守られている。その為に、イリゼの負担になっている。加えて、降ろせない状況だという事も、気付くのが遅れてしまっていた。…これを無様と言わずして、なんと言う。あれだけ現代の女神達を否定し、イリゼの事も一蹴していた私が…今は何も出来ない、足手纏いでしかない。
「もう終わりぃ?まさか、そんな訳ないわよねぇッ!」
「しまッ…ぐぅぅ……ッ!」
迫りながら遠隔攻撃を続けていた出来損ないへ、攻撃と攻撃、その一瞬を突いたイリゼが反撃を掛ける。捻るような軌道で攻撃を避け、肉薄からの袈裟懸けを放つ。
だがそれは、出来損ないの罠だった。イリゼの刃が届く寸前に出来損ないの姿が視界から消え…次に聞こえたのは、背後からの声。イリゼは振り向くと同時に長剣を掲げた事で防御は出来たものの、耐える事は全く出来ずに私諸共撃ち落とされる。
「そういえばぁ、こういう攻撃するスキンヘッドがいるわよねぇ。まあ、力関係は真逆ですけどぉ!」
地面に激突する寸前、姿勢制御と共に一気に減速するイリゼ。されどそこに衝撃波を連発され、上昇を封じられる。イリゼは盾を精製し、破壊されそうになる度再精製する事で耐えるものの、衝撃はイリゼの全身を揺さ振り、イリゼの表情が歪んでいく。
一発毎に高度が落ち、遂にイリゼは地面に落ちる。そうなれば衝撃と大地に挟まれ、より直接的なダメージがイリゼを痛め付ける。…それでも、イリゼは私を離さない。私を庇い、自分への衝撃の緩和を二の次にして、私の事を守り続ける。私を手放してしまえば、この状況から脱する事も出来ただろうに。
「お似合いよ?そうやって、地面に這い蹲ってる姿がねぇッ!」
「……ッッ!がッ、ふ……っ!」
「うぁ……っ!」
何度目かの衝撃の末、不意にその連打が止まる。だがその直後、一際強い衝撃が全身を揺らし……砕ける盾。その寸前、イリゼは私を手放し、投げ…盾を砕いても尚力を残していた衝撃が、イリゼの身体へ襲いかかった。
余波が周囲の地面も砕いて、舞い上がる土煙。その中で聞こえるのは、イリゼの荒い吐息。
「はぁ…はぁ……」
「い、イリゼ……!」
地面を転がった私はすぐに立ち、イリゼに駆け寄る。イリゼも身体を起き上がらせて…笑う。
「…耐えた甲斐が、あった…これで漸く、オリゼが逃げられる……」
「……っ!」
盾の分減衰しているとはいえ、イリゼは攻撃を受けている。私を庇い、喰らっている。にも関わらず、イリゼが考えていたのは、私の事。
「…オリゼ。これが晴れない内に、出来る限り離れて。その後は、私が出来る限り注意を引き付けるから」
「そ…その、後は…どうする、つもり…ですか…?」
「その後?当然その後は、あの人に仇なす女神を討つに決まっている。……と、言いたいところだけど…流石に、今の私が一対一で倒すのは、難しいだろうね…」
「な、なら……!」
「大丈夫。倒すのは難しくても出来る事はあるし、何とかして私も撒くから。…死ぬ気はないよ。オリゼを逃がせるなら、私はどうなっても…なんて、思わない」
立ち上がったイリゼは、再び笑う。それは、相手を…私を安心させる為の笑みで…同時に、確固とした意思の籠った、信念の浮かぶ表情でもある。
その笑みは、温かい。されど、温かいからこそ…今の弱い私の心は、信じてしまいそうになる。私というハンデがなくなったところで元々の実力差は変わらず、更に一発受けてしまっているイリゼが一人で戦うなんて、あんまりにも無茶で……
(……あ、れ…?)
そこまで考え、そこまで思い……私は、気付いた。私の中にある思い…その存在への、違和感に。
女神が人に仇なす存在と戦うのは、当然の事。その為に、人の幸せの為に女神は存在するのだから。無謀な戦いをし、それによってその命を散らすのは愚かな事だが、意味があるのなら、僅かでも人の為へと繋がるのなら、幾らでも戦うべきなのだから。そして、どれだけイリゼが無茶し、危機に晒されようとも、それは女神として、当然の務めを果たしているだけなのだから、何も思う必要はない。
だと、言うのに……今、私の心は傷んでいる。私は今、もう一人の自分を……複製体のイリゼを、心配している。そんな事はあり得ない…私という女神からすれば、それは道理に合わない事なのに。
「……どう、して…」
「え……?」
「どうして…イリゼは、私を…私を、守ろうと…してくれるん、ですか…?私は…人じゃない、です…イリゼにも、酷い事、言いました…な、なのに…なのに、どうして……」
私を背にするように立ち、構えるイリゼ。そのイリゼに、気付けば私は訊いていた。どうして、と。戦力にならない、女神の務めをまともに果たせてもいない私を、何故守ろうとするの、と。イリゼからすれば私が本来の姿に戻れる保証はない、期待値の低い事の筈なのに……どうして私を思ってくれるの、と。
分かっている。今の状況を考えるなら、こんな問いに時間をかけず、言う通りにするべきだと。足手纏いである自分は早々に離れる事こそが、賢明な判断だと。…分かっているのに、それが理解出来ない私じゃない筈なのに、私は訊いてしまっていて…イリゼは、ぴくりと肩を揺らす。私の声が届いたみたいで、肩を揺らして、肩越しに私へと振り向いて……言う。
「…だって、大好きだもん。オリゼは、私が望んでいた、会いたいと思っていたもう一人の私とは、違うのかもしれないけど…それでも、オリゼはもう一人の私だもん。私を生み出してくれた、大切な大切な……かけがえのない、家族だから」
「──ぁ…」
言葉と共に送られたのは、照れ臭そうな笑み。柔らかく、子供っぽく……心から私を慕ってくれる、守護者でも統治者でもなく、『家族』としての笑顔を、私に送ってくれる。
それは、私が知らなかったもの。家族というのは人のものであり、女神にそんなものはないと…いやそれ以前に、自分とは結び付きもしなかったもの。イストワールに対しても、特別な存在だとは思っていたけど、その感情は親愛と呼べるものなのかもしれないけど……家族という言葉が、思いが、はっきりと心に浮かんだのは…これが、初めて。
「ここは任せて、オリゼ。これ以上、オリゼは……私のお母さんは、傷付けさせない」
そう言って、イリゼは飛び立つ。軽く地を蹴り、砂煙の中から出て…そこから一気に、家族。空へ、あの出来損ないへと向かっていく。
(…私は…私のするべき、事は……)
いつの間にか、一つになった考えと心。これまでは乖離していた、考えている事と、心の反応が、自分でも気付かない内に一つになっていて…それは、続く。
もう、イリゼを止める事は出来ない。いや…最初からきっと、イリゼを止める事なんて出来なかった。それだけの思いが、イリゼの心の中にはあるから。
なら私も、いい加減覚悟を決めないと。どんな姿になっても、どれだけ情けなくても、私は女神。だったらその務めを、責務を、私がいる意味を……
「……違う…」
それは、違う。私が人の願いで生まれた、人の為の存在である事は変わらない。何よりも大切なのは、人の幸せで、その為の護り手であり導き手であるのが女神で、それは絶対不変の真理。
だけど、それでも違う。私自身、これにちゃんとした理由なんて見出せない。正しいなんて自信はなくて、間違っているような気さえする。でも、でも…私は、私は……ッ!
(──イリゼを、助けたい…!)
私に生み出されたと言う、もう一人の私。もう一人の自分としても、事実上の母としても、私を慕い家族の愛を向けてくれる、今ここにいるイリゼ。そんなイリゼを、助けたい。私の心は、確かにそれを望んでいる。確かにそれを、願っている。
だったら、どうする?女神は人を守るものであり、同じ女神を守るものではないのだからと、抱いた思いを否定する?思いがあっても、今の私にはどうする事も出来ないからと、抱いた気持ちを諦める?
……違う、そんな訳ない。私を信じてくれる人達は、自分達だけ守ってくれなんて考える、そんな器量な心の持ち主じゃない。無理だから、仕方ないから、諦める……女神である私が見せるべきなのは、示すべきなのは、そんな希望のない世界じゃない。だったら、答えは……一つ。
「……関係、ない…ここが、私の統治する時代じゃなくても…女神の姿に戻れない、その理由すらも分からなくても…何の根拠も、なくっても……」
もう煙幕としてはほぼ機能しない、砂煙の中から、私は歩き出す。戦いの影響が及ばない場所へ、背を向けて逃げるんじゃなく……戦いへと、イリゼの下へと向けて進む。
この時代に、今の信次元へと飛ばされた事で、私は人の可能性を…やっぱり人こそが、何よりも強く、優しく、美しい存在なんだと再認識した。自分以外の女神と出会い、戦い、言葉を交わす事で、今の人々の信じる思いに触れる事で、女神の在り方も一つではないと知った。そして……もしかすると、私がこの時代にいるのは、意味があるのかもしれない。何かの力の影響、というものとは別に…名前を必要としなかった、ただ女神であらんとした私が、オリジンハートという……イリゼという女神になるという、そんな意味が。
ならば、これは再スタートだ。こうして一度は足が止まってしまった私が、より強く、より高く翔ぶ為の、新たな
「──女神の前に、不可能はないッ!」
────そして私は、芽生えた自我の意味を知った。思いを抱く、女神として…願いを以って、舞い上がる。
*
前に一度だけ、イストワールさんの事を「お姉ちゃん」と呼んだ。何だか恥ずかしくて、イストワールさん呼びが完全に定着していて、その時以降本気でイストワールさんの事を、姉として呼んだ事はないけど…ずっとずっと、抱く思いは変わらない。
今日私は、オリゼの事を…もう一人の自分を、お母さんと呼んだ。やっぱり照れ臭くて、間違っていないとはいえもう一人の自分を母と呼ぶのも何だか不思議で、これからは一貫してお母さんと呼ぶ、なんて事はない気がするけど……そう呼んだ事で、確信した。この思いは、家族への愛は、本物だって。
姉がいる、母がいる、家族がいる。その母を守る為に、私は戦っている。ならば、恐れる事はない。勝つのは難しい戦いでも……負ける気なんか、微塵もしない。
「天舞陸式・皐月ッ!」
「無駄だっていうのが、分からないのかしらぁッ!?」
長剣を振り上げ、翼に圧縮シェアエナジーの解放を受けて一気に肉薄。斬撃自体にも同様の加速を乗せて、本気の一撃を叩き込む。
レイもまたこちらを見据え、突進からの横薙ぎで迎撃。激突の瞬間、レイの杖は一瞬揺れ…けれど、押し切れない。瞬間的な威力や衝撃で言えば、私が持てる技の中でもトップクラスな陸式でも、真っ向から迎え撃たれると阻まれてしまう。
「無駄か否かは、貴様が決める事ではないッ!」
「あぁそうだったわね。私が決めなくたって、結果が示してくれるんだものッ!」
力尽くの突破は無理だと理解した私は長剣を手離し、瞬時に両手へ短剣を精製。離した得物の下を潜るように懐へと飛び込むと同時に、逆手持ちでの同時斬りを仕掛け、それも後ろへ下がる事で避けられたとなれば、私は回し蹴りで今し方手離した長剣の柄尻を打ち、一直線に蹴り飛ばす。
私には見えた。レイがぴくりと眉を動かすのが。されどその直後、続けてレイは口元を歪め、長剣を打ち返してくる。それも、電撃を浴びさせた状態で。
「今度はどこぞの第二の呪文風、な〜んちゃってねぇッ!」
「く……ッ!」
随分と大手雑誌が好きだこと、とでも言い返してやりたいけど、電撃を付与されたせいで少々厄介。得物とはいえただ掴む訳にはいかず、二本の短剣を投げ当てる事で一度地上に落とし、長剣を取りに行く…と見せかけて突進をかける。
長剣の代わりとして、バスタードソードを二本精製。この時私の頭に浮かんでいたのは、オリゼの事。
(私にオリゼ程の力はない。経験も、シェアエナジーの量も、色々な面で劣っている。けど…私だってイリゼだ、オリジンハートだ。この名前は、偽りじゃない…ッ!)
パワーでの突破が無理なら、スピードで勝負…という訳ではなく、二本のバスタードソードで次々仕掛けつつも不規則に圧縮シェア解放による加速を交え、その圧縮の度合い…つまり押す力の加減も変える事によって、レイの対応能力に負荷をかける。予想の出来ない、下手に予想しようとすれば思考が混乱してしまいそうな程の、超変則的連撃を放つ。
当然こっちも、思考をフル回転させなきゃいけない。身体の負担も生半可じゃない。けど、出し惜しみをすれば…押し切られる。
「あーあー頑張っちゃってぇ。幾ら馬鹿でも、流石に勝てる相手じゃないって事位分かったんでしょ?なのにまだやる訳?」
「目の前の勝敗だけが、全てではない…勝つ事も、負ける事も、いや戦いそのものが、目的を果たす上での手段に過ぎない…貴様であっても、その程度は分かると思うのだがな…ッ!」
「あはっ、何それ弱者の詭弁?まあ確かに、手段と目的は違うものだけどぉ…結局『負けても目的が果たせれば〜』なんて、負けた奴の負け惜しみだってーのッ!だってそれは勝てないから、勝てない中で目的を果たす方法を必死に考えて行き着くものでしょッ!」
回避を主体に適宜防御していたレイへ、少しずつ攻撃が近付いている。少なくとも、効果的とまでは言わずとも通用している。ならばこのまま、調子は崩さずペースを崩し続ける攻撃で…そう思った次の瞬間、レイは向こうから距離を詰めてきた。私は反射的に二本での振り下ろしをかけ、突き出された杖とせめぎ合う形になり…内心で歯噛みする。せめぎ合いになったら連撃も振る速度も関係なくなり、私の変則的な攻勢が途切れてしまうから。
武器をぶつけ合いながらのやり取り。確かにレイの言う事も間違ってはいない。勝てるのが一番だけど、勝てないから…って思考は実際色んな場面で色んな人がしてるだろうし、負けるが勝ちなんて言葉もあるけど、大概その言葉が用いられるのは相手や周囲、もっと言えば全体の調和を大切にする場合であって…邪魔者は全て叩き潰す、文句や不満を持つ者も力で捩じ伏せる、何よりそうするだけの力があるレイならば…「負けても」なんてのは、負け惜しみにしか聞こえないんだろう。
そしてそれが、レイの本質の一端なんだろう。その強さが、精神の歪みや悪意を成立させている。結局力で解決出来てしまうから、自らの正当性を疑わない。…だと、すれば……。
「…哀れなものだな」
「…あ?」
「哀れだと言ったのだ。同情も、情状酌量の余地も、微塵も感じないが…貴様は、哀れなものだ」
「……はっ、さっきまで惨めに這い蹲ってた奴がなーに言ってんのかしらねッ!」
わざと力を抜き、跳ね飛ばされる。追撃の魔法を武器の射出で迎撃し、ある瞬間から正対したまま逆噴射の様に加速。一気に地上へと迫り…回転するが如く振り向いて、バスタードソードを手離し地面へ突き刺さっていた長剣を掴む。そのまま再び上を向き、再上昇して向かっていく。
(…そろそろ、それなりの距離にまで逃げられたかな…うん、きっとオリゼなら大丈夫。だからここからは、私も……)
向こうが何と言おうと、私の目的はオリゼと共にこの窮地を脱する事。それが出来れば、敗走したって形になっても構わない。
とはいえ、その敗走だって楽じゃない。注意を逸らすか、私を見失わせるか…それも一瞬ではなく、もっと長い時間成立させなきゃ逃げられない。
「……あぁ、それと…一つ、勘違いをしているのなら訂正しておこう」
「はいはい今度はなんですかねぇ?」
「戦闘は手段に過ぎない以上、勝利に固執する事はない。勝敗が重要ではない場合は勿論……勝ったところで、旨味が薄い場合も、な」
「…はー…じゃ、私も一つ教えてあげる。私、そうやってイキってる奴を叩きのめすのが、凄ぉく好きなのよねぇッ!」
だからこそ、私は煽る。相手を出し抜き離脱するのなら、相手に「負ける気なんかない」と思わせる事こそが重要だから。
電撃を避け、接近する。剣と杖で打ち合い、武器を放ち、本気でダメージを狙っていく。
(畳み掛ける。誤認を重ねる。そしてこれが、数十手先の為の最初の一手……ッ!)
翻弄されたと見せかけて、防御を選ぶ。諸に吹き飛ばされたように見せる為、姿勢を崩す。そこから追撃してくるであろう瞬間に、圧縮シェア解放で一気に近付き、右手の長剣で攻撃……と見せかけて空振りさせ、見切ろうとしていたレイの対応を狂わせる。
そして私は左手を握る。これこそが、本当の一手目。避けられようと、止められようと、構わない。この打撃を放つ、その時点で一手目は完遂し、そこから次に繋がって……
「なーに企んでるか知らないけど……対応出来んのよ、バーカッ!」
「がぁ……ッ!?」
左手を突き出そうとした、瞬間だった。身体全体を回して放つ、空中でのサマーソルトキックが、私の顎へ打ち込まれたのが。
がくんと視界が上空に向き、頭が揺れる。私の身体も回り…大きな隙を、晒してしまう。
決して策は悪くなかった筈。駆け引きにだって、ミスはなかった。でも、単純に…純粋に、読み違えてしまった。反射神経や反応速度を始めとする、レイのそもそもの能力を。
「まずは一発ぅ。さっきの衝撃波を合わせれば二発ぅ。そしてこれが、もーっと痛くて辛〜い三発目ぇッ!」
揺らぐ視界の中で私は歯を食い縛り、何とか立て直そうとする。間違いなく、次の瞬間にはもう攻撃が来る。間に合うかどうか分からないけど…間に合うように、対応するしかない。
聞こえる不快な、レイの声。きっとくるのは、これで終わらせる位の重い一撃。けど防御してやる。塞ぎ切ってやる。私は玉砕なんてしないんだから。そうオリゼに伝えたんだから。だから私は、私の中の力を掻き集め、全力で防御の為の一手に……
──移ろうとした。けれど、移らなかった。移る必要が、なかった。だって、レイから放たれた攻撃は……私に届く前に、斬り裂かれたから。
「……はぁ…?」
「…え……?」
確かに、撃ち込まれていた鮮烈な電撃は斬り裂かれた。斬られ、逸れていった。それは分かる、見れば分かる。でも、そうした存在が…斬った存在の事が、一瞬分からなかった。
でも、知っている。その存在を、その人の事を。誰よりも近く、文字通り自分自身の事として、感じている。だって、その存在は…真っ白な髪をなびかせ、水晶の様な剣と翼を有する、その人は……
「う、そ…オリゼ……?」
もう一人の私、なんだから。もう一人の私にして、複製体ではない私…オデッセフィアの女神、原初の女神……オリジンハート、オリゼなんだから。
「な、なんで…逃げたんじゃ、ないの…?…い、いや…というか、それ以上に…その、姿は……」
「イリゼ。気になるのは分かるが、今はそれよりもすべき事がある…そうだろう?」
「……──っ!」
敵がまだいるというのに、あまりにも茫然として、ぽかんとしたまま聞いてしまう私。するとオリゼは、片手を私へと向け、私の問いを制止し……落ち着いた声で、私に言う。
でも、違った。これまでとは違った。これまでとは違って……信頼が、あった。それだけで、それを感じただけで、私の心は一杯になり…けど、その通りだ。今はそれより、するべき事がある。
私はオリゼの横へ、オリゼの隣へ。オリゼと共に並び立ち……オリゼと共に、言う。
「…やるぞ、イリゼよ。もう一人の私よ」
「あぁ。正しき女神の在り方を見せよう、もう一人の私…いや、オリゼ」
相手は強大な存在。女神の中でも、特に常軌を逸した存在。だけど…もう、負ける訳がない。負ける筈がない。だって、私が今並び立つのは、最強にして最高の女神、オリジンハートなんだから。そして…私はその複製体であり…私もまた、オリジンハートなのだから。
今回のパロディ解説
・こういう事するスキンヘッド
DRAGON BALLシリーズに登場するキャラの一人、天津飯の事。要は新気功砲でセル第二形態を足止めしていたシーンですね。レイの場合は足止めではありませんが。
・そして私は、芽生えた自我の意味を知った。
カードファイト‼︎ヴァンガードのユニットの一つ、オルターエゴ・メサイアのフレーバーテキストの一つのパロディ。オリゼ、久し振りにまたメサイアパロをしました。
・どこぞの第二の呪文
金色のガッシュ‼︎の主人公の一人、ガッシュ・ベルの呪文の一つ、ラシルドの事。盾ではなく杖で打ち返してますが、電撃を付与して跳ね返すといえばこれですね。