超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed 作:シモツキ
──うずめの、誕生日。女神の誕生日に、俺は呼ばれた。どこにでもいる…かどうかは分からないが、特別な立場や実績がある訳じゃない俺が、国の長の誕生日に呼ばれるなんて、思いもしなかった。思いもしないというか…普通はあり得ない事だろう。呼ばれたっつっても招待状が来たとかじゃなく、雑談の延長でそういう話になったってだけだがほんとにこれは凄い事だ。
…と、その日振り返って思った俺だが…よくよく考えたら、それを言ったら国の長とのんびりと二人で雑談する事自体、普通にあり得ない事だ。偶然の出会いが何度も続いて、こうして自分達の意思で会うようになって、雑談をする事が特別でも何でもない、普通の事になっている…それが今の、俺とうずめなんだから。
けど、あり得ない事だろうがそうじゃなかろうが、そこは大事じゃない。大事なのは、うずめが呼んでくれて、俺が祝いたいって思ってるって事だ。誕生日ってのは…誰にとっても、特別なものだと思うから。
「…うん、これだな」
誕生日が段々と近くなってきたその日、俺は出掛けていた。うずめへの贈り物…誕生日プレゼントを探す為に。で、意気揚々と出掛けた俺だが…これが思った以上に難航した。
なにせ、何を上げたら良いかが分からないのだ。同性ならともかく、異性が好むもの…っていうのは意外と難しいもので、「嬉しくないけど折角くれたんだもんな、喜ばないと…」みたいな気を遣わせちゃったら申し訳ないどころの騒ぎじゃない。同様の理由でありきたり…っていうか、普段から普通に買ったりするようなものも避けたいところだし……欲を言えば、マジで喜んでもらいたい。気に入って使ってもらえるものとか、部屋に飾ってもらえるものとか、そういうものを贈りたい。そう思って、自分でハードルを上げたものだから、中々「これだ」っていうものが見つからず…気付けば夕方になってしまった。想定を大きく超える時間がかかり……だがそのおかげで、俺は見つけられた。これだ、って思えるものを。
見つけたのは、オーダーメイドのアクセサリーを作ってくれる個人経営の店。オーダーメイドなら唯一性があり、尚且つアクセサリーというジャンルからピンときたもののあった俺は、早速入り、注文をした。オーダーメイドなだけあって、値段はそれなりに高くなってしまったが…うずめに唯一無二の贈り物が出来ると思えば、そんなのは全然苦にならなかった。むしろ、俺をひやっとさせたのは…時間。
「危ねぇ…ほんと、ギリギリ間に合うタイミングで良かった……」
時は経ち、今日は誕生日当日。俺は店で完成したアクセサリーを受け取り、その足で教会へと向かっていた。当たり前だが、オーダーメイドっていうのは時間がかかるもので、受け取りが当日となってしまった。でも逆に言えば、店主さんが当日には間に合うようにしてくれた訳で、その事を深く感謝したいと思う。
(うずめ、喜んでくれると良いな…)
自分的にはベストな贈り物だが、喜んでくれる確証はない。どう思うかを考えると、今の時点からもう緊張する。
けどそれは、渡す瞬間にならなきゃ分からない事。今考えても仕方ない訳で、ならばと俺は気にしないようにしつつ軽く走って教会へ……
「──ウィードさん」
「へ……?」
突如聞こえた、俺を呼ぶ声。驚きながらも立ち止まり、声のした方を見ると…そこにいたのはイストワールさん。何かあったのか、彼女は裏路地に繋がる道にいて…何だろうかと思いつつも、呼ばれた俺は彼女の方へ。
「突然呼び止めてしまって申し訳ありません。…教会に、行くおつもりでしたか?」
「そう、ですけど…」
「うずめさんに、ご用ですか?」
真剣な表情で訊いてくるイストワールさんに、俺は首肯。いきなり街中で呼び止められ、しかも説明もなくこんな事を訊かれたら困惑するし…当然、思う。これは何か、あるんだなって。
でもまだ、内容までは分からない。何か問題が起こってるのかもしれないし、そうじゃなくてうずめにサプライズで何かを計画してて、その協力をしてほしい…みたいな話の可能性も十分にある。だから頷いた俺は、次の言葉を待ち…イストワールさんは、言う。
「ウィードさん。無理を承知で、お願いします。…諦めては、もらえませんか?」
「え……?」
じっと俺を見つめ、神妙な面持ちのまま言うイストワールさんの言葉を、一瞬俺は理解出来なかった。すぐに理解は出来たものの…意味は理解出来ても、今度はその理由が分からなかった。
「あ、諦めてって…どうして、そんな……」
「プラネテューヌ…ひいては信次元全体の為です。その為に、諦めてもらいたいのです」
「信次元の、為…?…それじゃ、全然分かりませんよ…。どういう事ですか…俺が行かないのが、信次元の為になるだなんて……」
理由は教えない。イストワールさんは、そんな様子じゃなかった。…けど、信次元の為と言われても分からない。求められている事と、その理由が、全くもって繋がらない。
「…もしや、俺が何か悪かったんですか…?俺が、うずめに悪影響を……」
「いいえ、そうではありません。…むしろ、貴方はうずめさんにとって、貴重な存在でした。各国の女神の皆さんや、他の親しい方々と同じように…いえ、ひょっとするとそれ以上に、ある時は息抜きに、ある時は支えに、ある時は活力になってくれていたと、わたしは思っています。教祖として、わたしは貴方に深く感謝しているのです」
「だったら、なんで……」
「だからこそ、です。貴方はうずめさんにとって、大きな存在になっている。だからこそ、今貴方がうずめさんの味方になってしまったら、肯定してしまったら、いよいようずめさんは止まらなくなる…その時点で、誰にも止められない状態にもなり得るんです」
俺の存在によって、いよいよ止められなくなる。だから駄目なのだとイストワールさんは言う。……駄目だ、分からない。というかそもそも、間違いなくそもそも、俺には知識が足りていない。この話をする上では、前提となる知識が多分あって…それが俺にはないんだ。
「…どうして、今日なんですか…よりにもよって、なんで今日……」
「分かってくれとは言いません。ですが、わたしも…生半可な気持ちでは、ないのです」
「……俺が説得するじゃ、駄目なんですか?どういう事なのかは全然分かりませんが、要は俺が肯定しなきゃ…否定すれば、いいんじゃないんですか…?」
「駄目です。勿論、貴方の言葉が、説得が功を奏する可能性もありますが…うずめさんは、女神です。対してウィードさんは、あくまで人間です。個人間の話ならともかく、女神としての…思想や展望の話において、貴方はうずめさんを説き伏せられますか?」
「……っ…」
これが、真剣な頼みである事は分かってる。伝わっている。けど俺だって、そう簡単には引き下がれない。今日これからするのは、しようとしていた事は、今日じゃなきゃ意味がないんだから。…そんな思いがあるから、俺は食い下がり…だが、イストワールさんの返しで言葉に詰まる。イストワールさんも真剣だと分かってるからこそ…根拠もなく、考えなしに、出来るだなんて返せない。
「…ごめんなさい、ウィードさん。これがどれだけ一方的で、不条理な話なのかは理解しています。事が済めば…済んで、しまえば…きちんと、どういう事なのかもお話します」
「…謝罪は、いいですよ。きっと俺には分からない、複雑で重要な事なんだろうって事位は、俺にも分かりますから。でも…やっぱり、俺は……」
「…教祖として、最後に言わせて下さい。今まで、うずめさんの側にいて下さり…ありがとう、ございました…」
「…イストワールさん…?それって、どういう……」
その言葉を最後に、裏路地から出ていくイストワールさん。それを聞いて…俺は思った。何かおかしいと。それじゃあまるで、うずめにこれから何かが起きるみたいじゃないかと。
当然俺は、追おうとする。…けど、止められる。いつの間にか、教会の警備員らしき人がいて…その人達が、立ちはだかる。
「ご自宅まで、お送りします」
「結構です…!俺は……」
当然、強行突破する事も考えた。でも、俺が教会へ行けないようにする為の人員なら、特に鍛えてる訳でも、戦闘の心得がある訳でもない俺が突破出来る筈がない。
ならば、声を出すのはどうだ。相手は教会の人間だと分かる服装をしてる訳じゃないから、騒ぎを起こせば……いや、これも駄目だ。それこそ相手は政府の人間なんだから、騒ぎを起こしてしまえばそれを理由に完全拘束されてしまうかもしれない。
「……すまないね」
「……っ!」
ぽつりと呟くように聞こえたのは、俺に対する謝罪の言葉。そんな事を言われてしまえば、尚更強引な事は出来ない。
…だったら、諦めるか?仕方ないなっつって、帰るのか?贈り物を持ったまま…終わりにするのか?
(…んだよ、これ…意味が分かんねぇよ……)
分かってる。そうするのが、一番波風の立たない選択だと。俺は所詮一般人で、相手は教祖と、教祖からの指示を受けた人なんだから。…でも…そうしたとして、誰が得をする…?誰がそれで良かったと思う…?俺は嫌だ。イストワールさんだって、前向きな気持ちでやっているようには見えなかったし、この人達だって同じ事。誰一人、きっと望んじゃいないのに…どうして、こうなるんだ。
「…………」
だけど、俺にはどうする事も出来ない。どうにも出来ないまま、俺は促される事で家へと帰り……今は、夜。
電話をかける事を考えたが、今何かを…信次元の未来に関わる何かをしているんだとしたら、その邪魔をする事になる。そうならないよう、電話を受けてくれないかもしれないし…そもそも、電話でどうするのか。折角のプレゼントも送れない電話で、ただ言葉だけ伝えて…イストワールさんの考える事の邪魔もしたくないから、込み入った話になる前に切って……
「…だから、何だよ…何なんだよ、それは……ッ!」
寝転がったまま、俺は寝ているベットを叩く。こんな八つ当たりしたって意味ない事は分かってる。分かってるが…だったらこのやるせない気持ちを、一体どうすればいいって言うんだ。
そんなどうしようもない気持ちを抱えたまま、時間ばかりが過ぎていく。何もする気になれない、したい事があってもそれを出来ない、ただ気が滅入るばかりの時間が続き……気付けば俺は、寝てしまっていた。
「……っ、ぅ…」
自分でも起きているのか寝ているのかよく分からない、曖昧な状態。今の思考が現実のものなのか、それとも夢の中のものなのかもさっぱり分からない。ただ、夜だからか眠気があるのは確かで、気怠さもあって、そのまま俺はぼーっとし……
────ウィード…っ!
「……──ッ!?」
跳ね起きる。下から突き飛ばされたように、誰かに引っ張り上げられるように。
睡魔は、一瞬で覚めた。俺を呼ぶ声が、聞こえた事で。うずめの声が、どこかから俺に届いた事で。
(…空耳……じゃ、ない…!)
当たり前だが、ここにうずめはいない。教会の近くでもないんだから、普通は聞こえる訳がない。
けど俺には、確信があった。自分でもよく分からないが…今のはうずめの声だと、俺を呼ぶうずめの声なんだと、はっきり思えていた。
時計を見れば、もう日は変わっていた。でもそんなの関係なしに、俺は家を飛び出す。飛び出し、走り…されど、向かう先は教会ではない。
「はっ…はっ……!」
俺は走る。街の外へ、生活圏外へと向けて。どうしてそっちに行くのか、何を根拠にしているのかも、分からない。分からないが…今足が向かう先に、うずめがいる。そんな気が、俺にはしていた。
「……っ!…けど……!」
走り続け、俺は生活圏外へ。途中何度もキツくなり、その度に歩いて…でも止まる事はせず、進み続ける。
暫く走ったところで、視界の端に映ったのはモンスターの姿。生活圏外なんだからモンスターがいるのは普通の事で、一瞬俺は迷ったが…まだ距離はあるから、そのまま足が向かう方向へ走る。走って、走って、歩いて、走って、歩いて、走って……行き着いたのは、洞窟の様な場所。
(…こんな場所に、うずめが…?…でも、この感覚は……)
訳が分からない。けど、心は確かに感じている。あの声と、今俺の中にある感覚は、間違いじゃないと。
足元に気を配りながら、俺はその中に入り、進んでいく。緩やかだが、地面は下り坂になっていて…奥の方は、完全に地中なんだろう。
本当に分からない、理解が出来ない。なんでうずめが、こんなところにいるのか。クエストだっていうなら、こんなにも静かなものだろうか。
「(…まさか……)うずめ…っ!」
段々と不安になってくる。悪い想像、縁起でもない思考が頭の中を占めていき…俺は思ってしまった。俺に聞こえたのは、うずめからの助けを呼ぶ声だったんじゃないかと。
そう思うと、居ても立っても居られなくなる。何の力もない俺だが…それでもうずめが助けを求めていたのなら、放っておける訳がない。放っておける筈がない。
だから俺は、また走る。途中で転んだって、怪我したって良い。骨折り損のくたびれ儲けになったとしても、うずめが無事なら喜べる。そうだ、昨日は何も出来なかった。出来なくて、辛くて、不甲斐なかった。だからこそ、今日こそ、今度こそ…俺は、俺は……
…………そう、思ってる時だった。うずめの事で頭が一杯で、周りへの意識が完全に欠落していた…その時だった。
「……ぁ…ぇ…?」
急に、突然に、後ろからの衝撃が走る。押されるような感覚があって、足元が覚束なくなって…膝を突く。そのまま俺は、前へと倒れ込む。
最初は、不注意で何かに身体をぶつけたのかと思った。だからすぐに立ち上がろうとし…けれど、身体に力が入らない。
(……血…?)
何が起きたのか分からない中で、段々と背中が熱くなってくる。起きた事を確かめようと、俺は背中に触れ…感じたのは、生温かくぬめる感覚。何だと思って手を見れば…付いていたのは、べったりとした赤い液体。
手だけじゃない。気付けば俺の下からも、少しずつ同じ液体が…血が、地面に広がり始めていた。
「…ぅ、ぐ……」
喉の奥から込み上げてくるものがあって、吐き出せばそれも血で。不思議と痛みはなくて、熱さだけで…でも逆に、手や足の先はゆっくりと熱を失い始めている、そんな気がする。
何故、こうなったのだろうか。自分でもおかしいな、と思う程冷静な頭で俺は考え…すぐに、理解する。
(…あぁ、そっか…馬鹿だなぁ、俺は……)
俺を襲った衝撃の正体、それはモンスターだった。先程俺が見つけた…けれど大丈夫だろうと無視したモンスターが、どうやら俺をつけてきたらしい。
注意する事を忘れてたから、うずめの事しか頭になかったから、全く気付かなかった。…まあ、仮に気付いたとしても、見るからに強そうなこのモンスターを、俺が何とか出来たかは怪しいものだけど。
「…それ、より…行かねぇ、と…この、先に…きっと…うずめ、が……」
力を込める。立ち上がれない。もう一度力を込める。立つだけの力が出てこない。ならば仕方ないと、俺は這って、這いずって進む。
あまりにも重い動き。普通の一歩分を進むだけでも大変で、どんどん身体の熱がなくなっていく感覚があって、少しずつ思考も、意識もぼんやりとしていく。
だけど、進まないと。だけど、行かないと。だって、きっと…その先で、うずめは待っている。昨日来なかった俺を、まだ信じてくれている。だったら応えなくては、だったら今度こそ会わなくては。それが俺の…俺はうずめを……
「…うず、め……」
そうして俺は、行き着く。もう殆ど意識も身体の感覚もなく、まだ五体満足なのか、それともモンスターに半分位喰われてるのかも分からないまま、そこへ行き着く。
顔を上げる。身体に残る最後の力で顔を上げ、消えぬ感覚を頼りに手を伸ばす。
最後に見たのは、巨大な結晶。温かく、なのに寂しい光を帯びた結晶と、そして──。
*
俺は、思い出していた。振り返っていた。あの時俺が取り戻した記憶…その最後にあった事を。それは夢の様で、他人の出来事の様で…けど、俺の記憶だ。俺という人間が、最後に信次元でしてきた事だ。
「……ウィード…」
すれ違いざまに、うずめからかけられた声。任せたという言葉。それに俺は頷いて、うずめからの意思を受け取って…もう一人のうずめの、くろめの前に立つ。
「…うずめ」
そう呼ぶと、うずめはぴくりと肩を震わせる。殴られ倒れた状態から起き上がり、割座の様に脚を地面につけたうずめが、俺を見上げている。
向けられた瞳に浮かんでいるのは、一言じゃとても言い表せないような感情。色んな思いが籠っていて…その中にはきっと、怒りや拒絶の感情もあるんだろう。
「信じられないか?…信じられないよな。俺が、ここにいるなんて」
「…それは……」
「別に、躊躇わなくたっていいさ。普通はそう考えるのが当然だよ。だって…普通に考えりゃ、もう俺はとっくに死んでる筈だもんな」
もう、俺自身は飲み込んでいた。そういう状況にあって、それが疑いようのない真実だったから、時間経過で自然と飲み込めていた。…俺は既に、死んでいる筈だ、と。
直後、後ろからどよめく声が聞こえてくる。それは至極当然の事で…だから俺は、振り返って言う。
「皆、今まで黙っててごめん。隠してた訳じゃないけど…俺は今よりずっと前、うずめがプラネテューヌの守護女神だった頃の人間なんだ。…いや、人間だったんだ、って言うべきかな…」
「……っ…そっか、だから貴方は、初対面の筈のくろめを知っているような素振りを…って、待って…人間『だった』って、どういう事…?」
「そっちについては、俺も予想の域を出てないが…致命傷を受けても回復する、っていうか映像の巻き戻しみたいに『直る』身体なんで、どう考えても普通の人間のものじゃないだろ?」
軽く肩を竦めながら、驚くネプテューヌの問いに答える。多分、他にも皆気になる事はあるだろうし、後々答えようとは思うが…今は、うずめだ。
(…まぁ、尤も…死んでる筈ってのは、もう一つ理由があるんだけど、な)
視線をうずめに戻しながら、俺は心の中で呟く。これもまあ、重要な話だが…それよりもやっぱり、今はうずめなんだ。…やっと、こうして話せるんだから。
「…今更、なんだよ……」
「…だよな。ごめん、あの時行けなくて。今更になって、うずめの前に現れて」
「…もう、いいさ…言ったろ、今更だって……」
「……っ…【オレ】…!」
向かい合った状態からうずめは目を逸らし、自嘲するように小さく笑う。その反応に対し、俺の後ろにいたうずめは声に怒りを籠らせながら前に出ようとし…それを俺は、手で制する。肩越しに振り返って、見つめる。…俺に、任せてくれ、と。
「…ウィード……」
「…うずめ。俺は向こうの次元で、あの崩壊に向かう世界で、うずめと色んな事をしてきたよ。どこかに人はいないか探して、その中でモンスターと戦いになったり、食料調達に苦労したり、崩壊に巻き込まれて危機一髪になったり…本当に、色んな事があった。出会いも、苦労も、協力も……本当に、さ」
それで、良いのかよ。そう言うようなうずめの声を受けながら、俺は前にいるうずめへ語りかける。語ると同時に、自分でも振り返る。大変で恐ろしい事も色々あって…それでも、かけがえのないものも沢山得られたと思っている、あの次元での日々の事を。
「そこでのうずめは、ここにいるうずめは、記憶喪失だった。記憶がないから知識や過去の経験を活かす…なんて事碌に出来てなかったと思うし、女神化だって制限が強い状態だった。そうなりゃ当然、本来のうずめよりは弱いよな。一般人レベルな俺が言う事じゃないけど…これは、間違いないと思う」
「……それが、何だって言うんだ…」
「あぁ。俺が見る限り、うずめは本来のうずめより弱かった。…でもさ、そんなうずめでも、俺や海男を守ってたんだ。出来る事を駆使して、一人じゃどうにもならない事は協力もしてもらって、一日一日を、向こうの次元での明日を掴んできた。ネプテューヌ達と仲間になれたのは、皆の方から歩み寄ってくれた…って部分も大きいとは思うが、そういううずめだからこそ、記憶がないなりに女神として『守る』事に一生懸命だったからこそ、信用を得られたって部分もあると俺は思ってる」
ま、俺が知り合ったのはその後だから、断定は出来ないけどな。…そう続けて、一度俺は言葉を区切った。
うずめは独りよがりというか、何でもかんでも自分が…と抱え込みがちな節がある。協力してもらう時も、ありがとうよりすまないって言葉が、先に出てくる傾向がある。そしてそれは、今なら分かる。記憶の有無に関係なく、それが『天王星うずめ』という女神の性質なんだと。
でも、性質自体に記憶の有無は関係なくても、思考や向かう先には大きく影響していたんじゃないかと思う。殴り合いの中でも言っていたが…記憶のないうずめは、記憶がなく、過去の自分…いや、今も含めた自分自身を頼り切れないからこそ、どうしても協力してもらわざるを得ない事が多かったからこそ、少しずつ協力を優先するように、周りを頼るようになっていった。逆に、記憶を失わなかったうずめは、自分の力を知っていて、自分へ絶大な自信があるからこそ、独りよがりな部分が悪い方へ…一人で考えて、一人で迷って、一人で追い詰められて、協力が…周りの力が見えなくなっていた、そういう事なんじゃないだろうか。
「…うずめはさ、強いんだよ。それは思想とか、能力とか、そういう部分じゃない。もっと普通の部分で強くて、その時点で十分頼れる、格好良い女神だったんだよ。…今も、昔も」
「…けど、それだけじゃ……」
「あぁ、分かるよ。うずめは優しくて、責任感が強くて、変なところで頑固だもんな。女神が直々に、しかも一般参加みたいな感じで、ボランティアの草毟りするとか、訳が分からねぇよ。今だから言うけど、絶対もっと女神ならやる事があると思うぞ?」
「う…あ、あの時はそういう気分だったんだよ…良いだろ別に、本来の仕事サボってた訳じゃないんだから…」
「ははっ、別に悪いとは言わねぇよ。言わないし…うずめが信用されてたのは、きっとうずめがそういう女神だからだよ。強さじゃなくて、絶対的な何かがあるからじゃなくて、国の長じゃなく一個人として何かしよう、何かしたいって思いを大事にするから、そこで出来る限りの事をするから、俺も、イストワールさんも、同じ守護女神の三人も…皆が、うずめの事を信じてたんだ」
皆の様に、俺は戦う事は出来ない。でも、話す事は出来る。語りかける事は出来る。昔を、あの頃を知っている存在として。嘗てのうずめと、同じ時を生きていた一人として。
昔俺は言われた。俺に、うずめを説き伏せる事が出来るのかと。あの時は、出来るとは言えなかったが…あの時は無理だったが、今は違う。これは、思想でも理念でもなく…俺個人の、うずめとの話だから。
「…信じてたって言うなら、どうして……」
「どうして理解してくれなかったんだ、か?…それは、予想で言う事しか出来ないが…うずめこそ、皆を理解出来てたか?皆に傷付いてほしくない、皆を自分が守りたい…その気持ちは分かるよ。でもそれは…皆だって、そうなんじゃないのか?うずめは、自分はどんだけ辛くても構わないみたいに思ってたみたいだけど…俺は嫌だ。俺はうずめに傷付いてほしくないし、うずめ一人が全部抱える世界なんて、真っ平ご免だ。俺だってそうなのに、三人がそうじゃないだなんて思うのか?『自分が楽になるなら、うずめに全部押し付けても良い』なんて…あの三人が、考えると思うのかよ」
「……っ…それは…そんな事は…」
「…ないよな。うずめも含めて守護女神の四人は、普段は馬鹿な事をやって、これが国の長で大丈夫なのかよ…って思わせる事も度々あって、だけど何かあれば協力して、どんな問題や脅威に対しても正面から突き崩してきた…そういう、女神様達だったんだから」
守りたい。その思いが、間違いである筈がない。でも…ただ守られるのは、苦しいものだ。何より命が、安全が大事だってのはその通りだと思うが…それだけじゃ、人も女神も駄目なんだ。心があって、思いがあるから…守られるだけは、何も出来ないのは、辛いんだ。…それをもっと早く、俺じゃなくても誰かが伝えていたら、何か変わっていたのかもしれない。でも、変わっていなかったかもしれない。どうなのかは…分からない。
けど、言える事はある。どっちだったにせよ…それは、過去の事だ。今の事でも、ましてや未来の事でもない。
「だからさ、うずめ。俺はうずめが間違ってたなんて言わねぇよ。でも、周りが、皆が間違ってたとも思わない。ただ、うずめは自分の思いが…自分の守りたいって思いがいき過ぎてて、皆の思いが伝わらなかった、ただそれだけで……」
「……それだけで、あるものか…」
言い切ろうとした俺の言葉を、うずめが遮る。遮って、俺を睨む。…でも、そこにあるのは悪意じゃない。感じられるのは…黒い感情なんかじゃない。だって…うずめは、今にも泣きそうなんだから。
「オレは、俺は…ずっとずっと、辛かったんだ…分かってもらえなくて、信じてたのに裏切られて、苦しかったんだ…!それでも俺は俺を信じてたから…俺なら皆を守れるって、最後には幸せに思ってもらえるって、そう思って頑張って…犠牲だって、払ってきたんだ…!それが、ただそれだけだなんてあるものか…!だったら、そう言うなら…どうしてあの日、来てくれなかったんだよ…!俺は信じてたのに、待ってたのに……!」
「それは……」
止められてたからだ。事情があったんだ。…そう言うのは容易い。けど…それじゃあ話が終わるだけだ。俺は言い訳する為に、釈明する為に来たんじゃない。だから俺は、出かかった言葉を…飲み込む。
「…そうだな。その通りだ。俺はうずめを裏切った。うずめの期待も、信じてくれた気持ちも、全部」
「……っ!なら…どうして、今になって出てくるんだよ…っ!なんで、【俺】の側にいるんだよ…っ!どうして俺に、声をかけてくれるんだよ…っ!あのままなら、あの日のままなら、俺は…天王星うずめは、ウィードに裏切られた…それだけで、それだけの話だったのに…なのに……っ!」
真っ向から返した、嘘も言い訳も何もない言葉に、うずめは目を見開き…俺に、言葉をぶつけてくる。なんで、どうしてと。最初に言った通り、『今更』過ぎる言葉に、うずめは拳を握り締め、何度も何度も地面を叩く。
きっとうずめは、今のうずめに対しては、嘘でも耳触りの良い言葉の方が良かったんだろう。でも俺は、そうしなかった。だって…俺はうずめに、伝えたい事があるから。本当に伝えたいのは…ここから先の思いだから。
大きくでも小さくでもなく、俺はただ深呼吸。吸って、吐いて、しっかりとうずめを見つめて…言う。
「俺には、責任があると思ったんだ。どんな形であれ、今のうずめに関わりのある人間として、女神のうずめを知っている人間として、真実を、俺から見えていた世界を、どうすれば良かったのかを、ちゃんとうずめに伝えなきゃいけない……
……なんて事は、どうでも良いッ!そんなの、俺が知った事かッ!」
静かに、溜めるように、一言一言ちゃんと言って……そうして俺は、否定した。どうでも良いと、知った事かと、ここまでの話を全部投げ捨てる。
『え……?』
「知るかよ!だって俺、元一般人だぜ!?世界の在り方とか、正義とか、女神とはとか、そんなの一般人の範疇じゃねぇって!てかそもそも一般人の責任って何だよ!?…いやあるかもしれないけど!自分は知らない、自分の責任じゃないっつって知らんぷりするより、自分なりに出来る事はないか考える世界の方が、絶対良いに決まってるけど!でも違ぇんだよ!俺が今、うずめに伝えたいのは!俺がずっと、うずめに言いたかったのは!そういう事じゃ、ねぇんだよッ!」
「え、いや、あの…ウィード……?」
「黙って聞け、うずめッ!」
「ひゃ、ひゃい…!」
前からも後ろからも、茫然とした視線を感じる。まあでもそりゃそうだ。こんな某RからMにグランプリを切り替えた大声突っ込み芸人みたいなテンションの急上昇を見たら、誰だって茫然とする。俺も茫然とする。
けどこれは…俺だって、積み重ねあっての事だ。あの日から、届けられなかったあの日からずっとずっと長い時間が経って、漸く辿り着いたからこその、思いなんだ。だから俺はうずめを一喝し、黙らせ、側に寄る。片膝を突いて、うずめを見つめる。
本当に、長い時間が経ってしまった。本当に、今更だと思う。でも…確かに今、俺はうずめの目の前にいる。あの日言えなかった、あの時今度こそと思って、それでも届けられなかった思いを、漸く伝えられるんだ。だからこそ、俺は…精一杯の思いを、気持ちを込めて……
「……凄く、物凄く遅くなってごめん。だけど、言わせてくれ。届けさせてくれ」
「────誕生日、おめでとう。うずめ」
俺は、差し出す。あの日に届けられなかった贈り物を。うずめへの、プレゼントを。
それは、髪留め。うずめのトレードマークとも言える…嘗てのうずめ、記憶のないうずめは二つ、失うことのなかったうずめは一つ付けている、三角の髪留めに似た、俺からうずめに贈る思い。俺が記憶を取り戻す鍵となった…ずっとずっと、渡したかったもの。
……あぁ、やっと渡す事が出来た。やっと伝える事が出来た。やっと…あの時止まってしまった、終わってしまった続きの時間を、俺は歩み出す事が出来た。
「……っ、ぅ…なんだよ、それ…そんなの、こんなの……」
差し出された髪留めを前に、うずめは目を見開く。見開いて、震えて、そして……
「──馬鹿、野郎…遅いんだよ……来るのが、遅過ぎるんだよぉぉ…っ!」
溢れ出した涙と共に、崩れていく。うずめを囲っていた、うずめ自身が作っていた、心の壁を。自らを縛る、過去という鎖を。
俺はうずめを、抱き締める。もう、言葉は必要ない。今度こそ……届いたんだから。
「待ってたんだから…うずめ、ウィードの事…ずっとずっと、待ってたんだからぁ……っ!」
「ごめん、ごめんなうずめ。それに…ありがとな、ずっと待っててくれて。ずっと…信じてくれていて」
訊くまでもない。本当は、心の奥底では、うずめは信じてくれてたんだ。根拠なんか、必要ない。俺はうずめを信じているんだから。
渡した事で、俺の時間は再び動き出した。そしてきっと、うずめの時間も動き出した。あまりにも多くの時間がかかり、あまりにも多くのものが失われてしまった。だけど、それでも……俺とうずめは、ここにいる。確かな思いが、繋がりが──ここには、あるんだ。
今回のパロディ解説
・(…んだよ、これ…意味が分かんねぇよ……)
魔法戦争の主人公、七瀬武のアニメ版における台詞の一つのパロディ。これ、使おうと思えば使える機会は多そうですね。「分からない」という状況さえあればいけますし。
・某RからMにグランプリを切り替えた大声突っ込み芸人
お笑い芸人、おいでやす小田こと小田芳裕さんの事。徹頭徹尾シリアスな中で、ちょっと魔が差してギャグシーンを入れてみました。無論意味のあるハイテンションですが。
・誰だって茫然とする。俺も茫然とする。
ジョジョの奇妙な冒険 ダイアモンドは砕けないに登場するキャラの一人、虹村形兆の名台詞の一つのパロディ。ほんとに自然に出たネタです。気付けばパロになってました。