超次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth3&VⅡ Origins Exceed 作:シモツキ
負のシェアの城。恐怖、悲しみ、怒り、悪意…凡ゆる負の感情が元となった負のシェアエナジーが意図的に集められ、凝縮され、形となった闇の浮遊城。その暴走により引き起こされた、次元中を…否、別次元や別世界すら飲み込まんとする絶望の中から差した光。
それは紛れもない、善意の…喜びや感謝、尊敬や信頼といった、凡ゆる正のシェアエナジーによって織られたような、強くも暖かい光の帯。内側から負のシェアエナジーを溶かすように、影に光が差すように、光が外へと伸び、負のシェアの城を…暴走していた負のシェアを解き放っていく。
その光、その輝きが、希望そのものである事は、見る者全てに伝わっていた。頭ではなく、心で皆が理解していた。そして、その光は終わらせる。災厄を、絶望を……長きに続いた、信次元の人々の営みが停止したあの日からの、戦いを。
*
誰一人として、くろめすらも予想しなかった、最後の戦いが終わった。うずめ達の…人と女神の勝利で、決着した。広がっていく光を見て…そう、感じた。
「…ほんと、凄ぇな。女神って」
「…あぁ」
少しずつ、空に溶けていくように消え始める負のシェアの城。同じように消えていく、負常モンスター。皆が、緊張の糸が切れたように座り込む中、俺は見上げながら少し歩き…そう呟いた。
くろめはそれに、小さな声で答える。見てはいないが、頷きもしたような気がする。
「…本当に、凄いな。これだけのものを見ると、あんな光を見せられると…思い知るよ。オレは一体、何をしてたんだろうって……」
「くろめ……」
聞こえたその声、沈んだ声に視線を下ろせば、くろめが浮かべているのは悲しげな顔。憂いとも違う…これまで積み上げてきたものが、懸命に作り上げてきたものが、簡単に…それより遥かに美しい何かに塗り替えられてしまったような、そんな表情。
…俺には分からない。くろめの感じる無力感や喪失感に、共感出来るような経験なんてしてこなかったから。でも…言葉だけじゃなく、心も沈んでいる事は分かる。そして、思う。俺はくろめを、元気付けたいと。
「…くろめは、こっからだろ?」
「え…?」
「くろめの…いや、俺達の時間はやっとまた動き出したんだ。色々変わっちまったが、こうしてまた一緒にいられるようになったんだ。だったら…俯かないで、前を見ようぜ?…見つめる先にあるのが、くろめが見なきゃいけないのか何なのかは、俺には分からないけど…さ」
「…ウィード……」
言葉と共に、俺は笑いかける。俺には女神の様な力も、イリゼ達のパーティーメンバーの皆の様な強さもない。でも、くろめを想う気持ちならある。これなら誰にも負けないと自負している。だからその気持ちを、想いを伝え…最後にくろめを、しっかりと見つめる。
見つめ合う事、数秒。俺の事をじっと見返してきたくろめは、沈黙の末に小さく息を吐き…笑う。まだ元気だとは言えない、自嘲気味な…ただそれでも、さっきよりは明るい顔で。
「…そう、だな。嘆いたって、俯いたって、何も変わらない。変わらないどころか…それは背を向ける事だ。向き合うべき事から、目を逸らしてるのと同じ事だ。……あぁ、そうだ。何をしたって、何を思ったって、変わりはしない。変わらないし、変えられないんだ。オレがした事も、失ったものも…オレが……」
語る言葉からは、感じる。くろめが言い訳も、自己弁護もせず、今ある現実を…自分のしてきた事を受け入れてるっていう事が。良いとか悪いとかじゃなく、事実として…くろめはちゃんと、今の信次元を見ているんだ。
だとしたら、その表情は明るくなくても、悪いものじゃない。安心…とも違うけど、これならきっとと俺は思い…最後まで聞き届けようとした、その時だった。
「……は?」
「…ウィード?急にどうし──」
「くろめッ!」
自分でもよく分からない内に、ふっと感じた何か。それに引き寄せられるように顔を上げた俺が見たのは…空から飛来する、岩の様に大きな土塊。
「んな……ッ!?」
それに気付いた時、反射的に俺はくろめを突き飛ばしていた。完全に不意を突かれた形のくろめは飛んで、尻餅を突いて、浮かぶ表情は驚愕から怒りのそれへ変わり…次の瞬間、目を見開く。…くろめも、気が付いたらしい。
もう俺は…今度こそ俺は、失いたくない。致命傷すら何とかなる再生力があれば、多分潰されても大丈夫。……そういう思考は、一切無かった。気付いた時にはもう、考えるより早くそうしていた。くろめを逃していた。
(…あぁ、そういや二回目だ。こりゃまた怒られるな…くろめにも、多分またうずめにも……)
突き飛ばしてから思い出す。俺はうずめにも一度、同じような事をしたと。ネプテューヌは落ちる宿命?…か何かを背負ってるらしいけど、誰かのピンチにその相手を突き飛ばし、自分が代わりに…なんて事はそうそうない筈だし、それを二度も経験するなんて、俺もそういう宿命を背負ってるんだろうか。…だとしたら、嫌過ぎる。
でもまあ、後悔はない。あの時も、今も、間違った行動をしたとは思わない。もしこれで元通りにならず、そのまま絶命したら、流石に……いや、しないな。死んでも死に切れない位、「ここまできて、こんなところでかよ…」って気持ちにはなるだろうが、後悔はしない。俺はまだまだ、守られる側だろうが…それでも俺は、くろめを…くろめとうずめ、二人を守りたいんだから。だからどうなろうと、後悔なんて……
「…女神、なんだから…うずめも…女神なんだからぁぁぁぁああああああッ!」
「──え?」
大丈夫だ。そう伝えたくて笑みを見せた瞬間……くろめの身体を包んだ光。その光と共にくろめは飛び立ち…土塊は、砕け散る。一撃で……くろめの放った、拳によって。
「…くろ、め……?」
「はぁ…はぁ……」
息を荒くしながら、翼を広げ空に立つくろめ。その姿は、くろめであってくろめじゃない。間違いなく、紛れもなく…今のくろめの姿は、女神のそれ。俺の知る、女神としての姿のうずめ…オレンジハートに比べるとずっと瞳や髪の色が暗色ではあるけど、それを除いた外見や、纏っているもの…プロセッサ・ユニットに関しても、色合い以外はほぼ同じ。何より……雰囲気が、完全に女神のものとなっていた。
「…まだ、うずめだって…女神、だもん…女神、なんだから…果たさなきゃ、だよね…うずめがしてきた事の責任を…じゃなきゃ本当に…うずめは……」
「……っ!…と、と……っ!」
ゆっくりと拳を下ろしながら、くろめは呟く。きっと俺へじゃなくて、自分に向けて…自分と、自分がしてきた事に向けて呟き…落ちる。女神化が解け、倒れるように落下する。
何とかその下に滑り込んで、俺はキャッチ。事切れたような解け方で不安になった俺だが…くろめは笑う。また、さっきみたいな自嘲的な笑みで。
「やっぱ今のオレじゃ、この程度みたいだな…。…でも…ちゃんと、守れたぜ…?こんな短い時間でも…ウィードを」
「…だな。助けられたよ、くろめ。やっぱ…どんなになっても、どんなに変わっても…くろめもうずめだ。俺にとっての、格好良い女神だ」
女神化した事で少しだけ昔の…嘗ての自分を思い出したように、くろめの笑みは勝気そうなものへと変わる。それを見て、俺も笑い…俺の気持ちを、素直な思いを、向けた笑みと共に伝えた。その時見えた、くろめの照れ臭そうな顔に関しては……役得って事にしておこう。
そこで駆け寄って来てくれる、同じ場にいた大きいネプテューヌ達。俺もくろめも問題ないという事を俺は伝え…もう一度、見上げる。広がっていく、広がり続ける…奇跡の様な、光の帯を。
*
闇の中から溢れ出した光は、戦場を超え、四大陸を超え、信次元の全てへ広がっていく。歪みが正されるように、霧が晴れるように消え始めている次元の門へも流れ、伝い、繋がっていた次元や世界へ光が届く。負常モンスターを中和するように、包み込むように、希望という光が煌めく。
「……っ、ぅ…」
戦いが収束した戦場の一角、開けた地上。そこで、一人の軍人が目を覚ます。
「ここは…俺は……。……ッ、そうだ…俺は…!」
彼がいるのは、自機のコックピットの中。ぼんやりとした思考で見回し、頭を働かせ…思い出した。自分が意識を失う直前の事を。信仰する女神達を送り出す為、力を振り絞り…その末に、死んだ『筈』である事を。
「…運良く助かった、って事か…?いや、だが…空だぞ…あそこから落ちたっていうのに……」
「──えるか、おい…!頼む、応答してくれ…!」
「……!あ、あぁ聞こえてる!…というより、お前も無事だったのか…!?」
困惑する中、聞こえたのは仲間の声。通信機越しの声に彼は応答し、安堵と驚きを同時に抱く。仲間が生きているのは嬉しい事だが…同じように落ちた筈の彼が、自分共々生きているというのは、偶然にしては出来過ぎている。そう思い、もう一度コックピット内を見回し……気付いた。自身の周囲の状態…その異常さに。
「…これ、は……」
主に目線の高さやその上を見ていた時には気付かなかったもの。それは、血溜まり。状況的に考えれば、自分のものとしか思えない、多量の血。
普通ならばそれは、どう見ても出欠多量で死んでいる量。だというのに自分はどこも身体が痛まず、怪我らしき傷すらない。
激しい違和感を抱きながらも、何とか生きていたハッチを開き、彼は外に出る。出て…漸く知る。自機の、あり得ない状態を。
「…奇跡…だってのか……?」
外から見た彼の機体は、間違いなく大破状態。四肢は吹き飛び、バックパックは砕け散り、胴体部も激しくひしゃげた、無残な有様。
にも関わらず、コックピット部分だけは無事。そこだけは、まるで再生でもしたかのように原型を保っており……彼の口から出たのは、奇跡という言葉。真偽の程はさておき、彼からすれば、見たものも、自分や仲間が生きている事も、奇跡だとしか思えなかった。
「グリューン15の生存確認!これより救援に向かいます!」
「こちらアルブス小隊θ!全員生存につき、母艦へ帰投する!」
「凄い…飲み込まれた艦の搭乗員も全員無事です!皆、生きてます…!」
各国からも、各国の軍でも上がる、同様の声。死んだ筈の人間、失われた筈の命が確かにそこにいる、呼び掛ければ声が返ってくる…それは嬉しくも尋常ならざる事であり……人々は、思い出す。先にも同様の事が…死者の復活という、次元の法則すらも凌駕するような出来事があった事を。
そしてこれも、本質的には同じであると…次元中の人々が生み出した、希望というシェアが生み出した奇跡の力であると分かったのは、暫く先の事である。
*
思いが紡いだ一振りの剣。形を持った、希望そのもの。その希望に断ち斬られ、解き放たれ、負のシェアの城の核は…広がり続けていた絶望の中心は、闇色の粒子となって消えた。ゆっくりと、消えていった。
やっと、終わった。終わらせる事が…守る事が出来た。消えていく闇を見て、私はそう感じる。ただ終わっただけじゃない。皆の希望は、繋がる思いは、シェアの奇跡となって……救いにもなったって、確信がある。
だから後は、帰るだけ。前みたいに、それが出来ずに呑まれかけるなんて御免だし、同じ轍を踏む気もない。その為に私は、踵を返して離脱を……しようとした瞬間、周囲の空間が崩れる。通常の空間に戻り、直後に床も…というか、壁も天井も崩れ去る。
「なぁッ!?ちょぉぉ!?」
いきなり足場がなくなった事で、目を剥く私。核が解き放たれたんだから、こうなるのは当然とはいえ…影響が出るの、早過ぎない…!?
「(暴走状態で、かなり無理がかかってたって事…?…いや、とにかくそれより今は……)…って、うぇぇッ!?あ、やっ…嘘ぉぉぉぉッ!?」
考察をしてる場合じゃないと私は思考を打ち切り、一先ず滞空をしようとした。しようとしたけど…そこでリバースフォーム諸共、私の女神化も解けてしまう。
いや、こっちも分かってはいた。乾坤一擲、ありったけの力を注いで振り抜いた訳だし、そもそもかなりの長期戦をしていた以上、こうなるのも仕方のない事。…タイミングが悪過ぎる事を除くのなら。
「じょ、冗談じゃない…!何度かこういう経験もしてるとはいえ……高過ぎるんだけどぉおおおおぉ!?」
一瞬で上空へと置いてけぼりとなる、私の叫び。たとえ女神でも、人の姿じゃ飛ぶ事なんて出来ず…その内に聞こえてきたのは、私のものとは違う声。
「どわぁああああああ!」
「ねぷぅうううううう!」
「なんでこうなるのぉおおおお!」
「ネプギアぁぁぁぁ!それを言うなら、『なんでそうなるの?』だよぉぉぉぉ!」
「バラエティ番組の事言ってるんじゃないんだよぉおおおおぉっ!」
聞こえた声の時点で何となくそんな気はしていたけど…やっぱりそれは、うずめにネプテューヌ、ネプギアの三人。うずめは勿論、ネプテューヌとネプギアも女神化が解けていて…しかもそれは、私や二人だけじゃない。
「わぁああああぁぁっ!?ろ、ロムちゃぁぁぁぁん!おねえちゃああああんっ!」
「ふぇぇぇぇぇぇ……っ!(びくびく)」
「私は落ちる担当じゃなくて、下敷きになる担当なんだけどぉぉおおおお!?…って、そういう担当でもないわよぉぉぉぉッ!」
「お姉ちゃんは何を言ってるのぉぉぉぉ……ッ!?」
「……あ、ところでこの皆揃って大空から落ちていく光景、ちょっとタツノコ・レジェンズ作品のラストシーンっぽいですわね」
「今言う事じゃねぇよそれはぁああああああッ!」
色んな方向から聞こえてくる叫び。揃いも揃って、全員人の姿で落下していて…なんかもう、逆に笑えてきそうになる。全然笑えない状況だけど。洒落にならない状況だけど…!
「ね、ネプテューヌさん!ネプテューヌさんは落ちるプロですよね!?こ、こういう時はどうしたらいいんですか!?」
「いやプロではないよ!?ユニちゃんもちょっとおかしな事言ってるからね!?」
「…因みにプロは、それを本職としている者、特に専門的な資格や技術を要する職を生業とする場合に使うのが正確な使い方よ」
「おねえちゃん!?なんて今そんなはなししてるの!?」
「ほぇぇ…(こくこく)」
「ロムちゃん!?聞いてるばあいじゃないわよロムちゃん!げ、げんじつとーひしてる…!?」
もう状況は、完全にしっちゃかめっちゃかのカオス状態。妙な事を言ってる面々もそうだけど、ネプテューヌやラムちゃんが突っ込みに回ってるのも中々にカオス。…あ、いや…でもなんだかんだ、ネプテューヌはボケも突っ込みも沢山してるか…。それにブランもボケる時はボケるし、ユニやラムちゃんだって女神なんだから……
「……うん、至っていつも通りだねッ!」
『何がッ!?』
ぐっ!…と明後日の方向にサムズアップする私と、皆から返ってくる総員突っ込み。…うん、私も思考のネジが吹っ飛んでるね……。
「いやもうほんとにふざけてる場合じゃねぇって!…じゃあどうしろって言われたら、特に思い付かねぇけどよ…!」
「う、うずめの言う通りではあるわね…!冗談抜きに、可能性があるとすれば激突直前に女神化する事よ…!一瞬だったら、皆だって出来そうでしょ!?」
「同感ですわ…!冷静に、心を落ち着け、その一瞬を見極めるのですわ…!ギリギリになってからでなく、余裕のある内から激突の瞬間を──」
急転直下…解決云々というか、字面的な意味で思いっ切り急転直下の事態となってしまった事で大いにテンパっていた私達だけど、うずめの言葉で思考が正され、ノワールに頷く。
確かにそう。身体へのシェアエナジー供給そのものが潰えてる訳じゃないし、ギリギリまで耐えて、一瞬でも良いから確実に女神化し、そのままの墜落を避ける…というのが、今取れるであろう一番無難な策。そしてその一瞬を見極める為、見逃さない為、思考を切り替えた私達は視線を下に……
──どぉぉぉぉおおおおおおんッッ!!
『…………』
『………………』
『……………………』
……駄目だった。普通に墜落した。見極めるとかいう思考に切り替わった時点で、もう限界ラインを超えていた。
ネプテューヌと落下したぶりの、高高度からの地面激突。しかも今度は、守護女神も女神候補生もそれ以外も関係ない、全員での大激突。そして、全員で大地にめり込んだ結果……大の字をした人型の穴が、十個も出来上がってしまうのだった。
*
何とも情けない、穴を見ると恥ずかしくて仕方がなくなる、女神クレーター量産事件から十数分後。取り敢えずまあ、地上に戻った私達は、ウィード君達と合流した。
「うぅ、酷い目に遭った…」
「うん、何であの高さから落ちて『酷い目に遭った』で済むんだよ…どうなってるんだ女神ってほんと……」
肩を落とすうずめに対し、ウィード君が呆れ気味の表情で返す。…いや、無事じゃないよ?ボロボロではあるよ?…ボロボロじゃなくてバラバラになってない時点で、やっぱり無茶苦茶だって事なら、ぐうの音も出ないけど…。
因みにコンパ達は、一足先に戻っている。他二つの次元に行った皆もそうだけど、次元や歪みに干渉した事で何か不調が起きていないか確認する為に、戻っているっていうか戻ってもらった。でも、話した限りじゃ何もなさそうだったし、多分大丈夫だとは思う。
「…まあ、でも…皆無事で良かったよ。これで今度こそ…本当に、終わったんだよな?」
「…うん、終わったよ。やっと…ね」
尋ねるウィード君に、私が頷く。多分じゃなくて、本当にそうなんだと分かるから。
そう。色々あったけど、辛い事や大変な事も沢山あったけど…終わったんだ。だから、後は……
「……皆」
呟くように…でもはっきりとした声で、私へ呼びかけてきたのはくろめ。その声音だけで、くろめの真剣さが伝わった私達は、くろめの方へと向き直る。
「…オレは、オレの正しさを信じてきた。オレが正しいんだと、ずっと思ってここまできた」
『…………』
「けど…それだけじゃない。そうしている内に、どんどん立ち止まる事が出来なくなって、取り返しの付かない事もしてしまって…オレは突き進むしかないんだと、そう思うようになっていた。…ぼっこぼこにされて、恥も晒して、それで漸くちゃんと理解出来たよ。オレはオレの正しさを信じていたけど……同時に、信じていなきゃ心が持たない状態になっていたんだって」
本人の口から語られるのは、自分の心情や、振り返って分かった自分の在り方。それを語るくろめの顔は、少し影が差していて…だけど、ちゃんと『今』に向き合っている。そんな風にも、感じられた。
「…だけどもう、それもお終いだ。完膚無きまでに叩き潰されて、逆に憑き物が取れたっていうか…【俺】や、昔皆が言ってくれた事を、今はちゃんと受け止められる。少し癪だが…レイに言われた『独善主義』って言葉すら、今はその通りだと思えるよ。…全く、本当に彼女は他者を見下す割に鋭いというか、本質をよく捉えているというか……」
「…あの、くろめさん。わたしはくろめさんの事を、仕方ない…どうしようもない現実のせいでこうなった、ある意味被害者でもある人…とは思いません。思いませんけど……たとえ独善という形でも、周りを…皆を思っていた事は間違いないって、そう思います。そう感じられる事は、これまで確かにありましたから」
「ぎあっち…ふふ、ぎあっちは優しいね。ぎあっちも…他の皆も優しい。…皆優しいのに、オレの事を思ってくれてたのに、オレはそれを聞かず、間違っていると決め付けていた。…少しでも、そっちの方が怖くても立ち止まって振り返れば…こんな事にはならずに済んだのかもしれないのに……」
真っ直ぐ見つめ返すネプギアの言葉に、くろめは少しだけ笑い…それから浮かべたのは、憂いの表情。後悔や自責の念が浮かぶ、結果も現実も全て受け入れた者の顔。
そして一度口を閉ざしたくろめは、私達をゆっくりと見回す。一人一人と目を合わせ……言う。
「…オレには責任がある。女神としても、これだけの災厄を引き起こしたものとしても…どうしようもない程の、責任が。だから……オレの事は、好きにしてほしい。釈明も、命乞いもしない。もしオレの存在を許容出来ないなら、在るべきでないと思うのなら、今すぐここで──オレを、消してくれ」
「……っ!?くろめ、それは……!」
瞳にも声にも迷いのない、覚悟の決まったくろめの言葉。その言葉に、皆が息を呑み…真っ先に反応したのは、ウィード君。多分ウィード君は、その言葉を否定しようとして…でも、後に続く言葉はなかった。くろめの意思に気圧されたように、横から見えるのは歯噛みする表情。
…今の問いに、私が答えるべきだろうか。是非より前に、私の頭に浮かんだのはそんな迷い。国を守る女神ではない、統治する者ではない私よりまず、ネプテューヌ達が答えるべき問いなんじゃないのか。そう思って、私は守護女神の四人を見やると、四人は顔を見合わせていて…答えたのは、ネプテューヌ。
「…いや、まぁ…色々言いたい事はあるけど…消してくれ、って言われたら…ねぇ?」
「…ね、ねぇ…?」
「ほら、わたしとしては最高のハッピーエンドを望んでる訳だし、それは『悪は必ず裁く!』って訳じゃないんだよね。ウィード君の気持ちもあるし、女神としてももう悪い事をする気がない相手を、その場の判断で消すっていうのは違うっていうか…。それにほら、今は仲間なマジェコンヌの前例もあるし、少なくとも今すぐ…って気持ちはないかな。っていうか、皆が全力で、最後まで戦い抜いてやっと勝てたって時なんだから、そういう話はまた後で……」
「……っ…それは、駄目だ…駄目だねぷっち…!君の優しさはありがたい、けどオレはそんな簡単に許されちゃいけない…!消す気がないというなら、せめて殴ってくれ…!でなきゃオレの償いは、何も──」
朗らかに…という訳じゃない、どう答えるか迷いながら言ってるようなネプテューヌの回答。でもそれは理解の出来る内容だし、三人もそれで良いという表情をしている。ネプテューヌの言葉は、これまでと同じ「私達らしい」ものだと思う。
だけど、くろめはそれに納得していなかった。それじゃ駄目だと、せめて殴るだけでもと食い下がり、言葉を続け……
──ようとした、時だった。ふっと地を蹴り、くろめへ肉薄したネプテューヌが……一目で渾身のものだと分かる程の、全力の右ストレートをぶち込んだのは。
「ぁ、ぐ……ッ!?」
鈍く渇いた音が響き、殴られた頬を起点にくろめの首は思い切り回り…数歩後ろへ蹌踉めく。打撃が貫通した結果、吹っ飛ばなかった…そんな風に思わせる程の一撃が打たれ…ネプテューヌが横に逸れると同時に、後を追うように踏み込んだノワールもまた、右ストレートを打ち込む。左頬ではなく右頬に、先のネプテューヌの一撃に負けず劣らずの威力と速度を持った拳を、くろめの顔に喰らわせる。
それにより、また数歩蹌踉めくくろめ。そのくろめを受け止めたのは、先回りしていたベールで…受け止めたと思った次の瞬間には振り向かせ、無防備な胴にすれ違うような動きでのボディーブローを浴びせる。くろめの身体がくの字に曲がる程に、そのまま拳が背を貫いてしまうんじゃと思わせる程に、ベールの拳が腹部へと食い込み…今にも倒れそうなくろめの懐に、ベールの側をすり抜けたブランが迫る。
そして最後に放たれる、ブランからのアッパーカット。くの字に曲がった身体を、そのまま逆向きにへし折らんばかりの突き上げが、顎を捉えた拳が振り抜かれ、天を突き……くろめは、倒れた。受け身も何もない、ただの人型の物体にでもなってしまったかのように、背中から思い切り倒れ、頭を打ち……意識を、失う。
「……ふざけないでよ、くろめ」
茫然とする私達の前で、ネプテューヌがくろめに近付き、胸ぐらを掴んで、起き上がらせる。目を覚まさせる。…怒りを孕んだ、静かな声を上げながら。
「…ねぷ、っち……」
「くろめ、償いって言った?自分が苦しめた人や、奪った命の償いとして、自分の命を差し出そうとでも思ったの?……ふざけないでよ…ふざけないでよ、くろめ。わたし達の大切な…誰にだってかけがえのない命を全てを、自分一人の命で償おうだなんて…自分の一人の命で等価値になるだなんて思ってるなら……わたし達は、くろめを許さない」
「……ッ…オレは…そんな、つもりじゃ…」
「…そのつもりなく、そんな事を言ったの?…これ以上、同じ女神として失望させないでよ…それ以上、言う気なら……」
普段のネプテューヌとはかけ離れた、女神の姿で敵と正対する時なんかよりもよっぽど底冷えするような、限りない怒り。国民を…数え切れない程の人を苦しめ、たとえ救われたとしても一度は確かに失われた命を愚弄したくろめへの、同じ女神だからこその糾弾。
それ以上言うなら。その先の言葉は分からない。ネプテューヌは…守護女神の四人は今、どこかオリゼがくろめを見る時の目と似ていて…だから続く言葉は、オリゼが言うような言葉だったのかもしれない。
「…そう、だな…すまない、ねぷっち…。どうやらオレは…やっぱり、独り善がりらしい…。……もう二度と、こんな事は言わないよ。…絶対に、言いはしない」
「…うん、なら良し!」
「…ははっ、本当に優しいな、皆は。オレは君達の心の傷すら抉り出して、利用までしたのに……」
「あー、うん。それに関してはそれはそれで殴りたいかも?…っていうのは置いといて…まぁ、なんだかんだ言ってもさ……」
なら良し。その一言で片付けたネプテューヌと、肩を竦めた三人を見て、凄いなと渇いた笑いを漏らすくろめ。そんなくろめに、ネプテューヌは笑いかけて……言った。
「──友達、でしょ?わたし達は、さ」
「……──ッッ!…それは、だって…その、言葉は……」
目を見開き、一瞬言葉を失い……それからくろめが見せたのは、泣き出しそうな顔。そのくろめへ、四人は優しく微笑んでいて…四人とくろめの『友達関係』。その意味を知ったのは、それから少ししてからの事だった。
「……話は付いたようだな」
「……!オリゼ…!」
袖で顔を拭って、くろめが雰囲気を立て直したところで、空から聞こえた一つの声。それはもう一人の私の声で…降り立ったオリゼは私に小さく頷くと、くろめの方を向く。
「彼女達の言う通りだ。人の命は、人の未来の幸福は、何かで建て替えられるものではない。ましてや貴様の様な出来損ないの命でなど、贖えると思った時点で人への侮辱以外の何物でもない。どれだけ貴様の命を重ねようと、たった一人の命にも釣り合いはしない。…彼女達がいなかったのであれば、既に貴様の存在はここになかったと思え」
「…自覚は、しているよ。その出来損ないという言葉も、甘んじて受け入れる」
「そうか。…だが、何であろうと、何があろうと、私が貴様を許す理由はない。人に仇を成した時点で、貴様の存在に価値などない」
その言葉と共に、オリゼは手にしたバスタードソードを向ける。許す気など毛頭ない、そんな意思をくろめに見せ…くろめもそれを、否定しない。
ならばこのまま、くろめはオリゼの刃を受け入れたのか。…それは、違う。
「…待ってくれ、オリゼ。オリゼの…貴女の言う事は分かる。俺だって、くろめのした事が許されざる行いだと思っている。……だけどくろめは、俺の大切な相手なんだ。何があっても、守りたい女神なんだ。だから……」
「斬ると言うなら、まず自分を斬れ、と?…勇ましいな。だが無意味だ。相手が人ならば、その言葉は受け入れるが…君はそうではない。君が邪魔するというなら、君諸共斬るだけ……」
オリゼとくろめの間…向けられた刃の真正面に、ウィード君は立つ。恐れのない目で、オリゼの前に立ちはだかる。それは、ウィード君に特異な力があるから?…いや、違う。たとえそんなものがなくても、ウィード君はそうしていた。声からそれが、伝わってくる。
そのウィード君に対し、ならば纏めてとオリゼは返し…だけど、それ以上の言葉はなかった。そこまで言った時点で、まずうずめが、続いて皆も同じように立ちはだかり…私もオリゼの横に立って、言葉ではなく行動でオリゼを止める。…ウィード君の、私の友達を斬ると言うなら、私だって黙ってはいない。そして、私達全員の意思を見たオリゼは……手にした剣を、手放す。
「…ふっ。大きいネプテューヌ君の存在は当然だが、他の者達の存在にも思うところが生まれるとは、な…。……安心すると良い、私に彼女を斬る気はない」
「……っ!じゃあ、くろめは……」
「されど、許す訳でもない。ただ、滅したところで何にもならないというだけだ。今も尚、人に仇為さんとするなら斬り伏せていたが…そうでないなら、人に尽くせ。人の安寧に、人の幸福の為に事を為せ。貴様の消滅など無価値だが、人の為の行いには価値がある。そして…間違っても、存在し続ける事が罰だと、贖罪だなどとは思うな。それは日々を懸命に生きる、生きたいと思う人への嘲りだ」
悪くはない。そんな風に小さく笑ったオリゼは、再びくろめへ鋭い視線を向け…だけど、言った。斬りはしないと、はっきり答えた。勿論それは、あくまで人を中心とした、くろめを『人に仇を為した女神』という記号的にしか見ていない言葉ではあったけど…選択は選択。それに皆、ほっとして…大きいネプテューヌは、くろめへと抱き着いた。
「うぅ…良かったよぉくろめ〜!なんだかんだあったけど、色々あり過ぎたけど…やっと、やっと……」
「ねぷっち…。…あぁ、ありがとうねぷっち。君には本当に、助けられた。行動としても…思いとしても」
「そんなの全然良いんだよ!わたしだって、くろめの友達なんだから!」
「う…や、止めてくれねぷっち…そう言われると、また泣きそうになる……」
強く抱き締める大きいネプテューヌの言葉に、くろめも満更ではない様子。この結末は、きっと大きいネプテューヌも望んだ事で…彼女の思いを守れた、叶えてあげる事が出来た。そういう意味でも…くろめに関しては、これ以上ない決着じゃないかと、私は思う。
ふと空を見上げれば、もう負常モンスターの姿はなく、負のシェアの城も大半が消えている。元々が巨大だったから、完全消滅にはもう少しかかりそうだけど…もうこれで、全部終わったも同然。だから後は帰るだけ。皆の待つ場所に帰って、協力してくれた皆に感謝を伝えて、笑い合って…そんな風に思いながら、私はオリゼの方を振り向き……気付いた。オリゼの…もう一人の私の身体から、少しずつ光の粒子が離れ、消えていっている事に。
「……え…?…オリ、ゼ……?」
「……あぁ。どうやら…時間の様だな」
「…じ、かん……?」
ざわり、と心の中で生まれた不安。呼び掛けた私に対し、オリゼは自分の身体の事に気付いたようで…分かっていたとばかりに、淡々と呟く。
でも、私には分からない。時間も、オリゼの落ち着きも…何一つ、理解出来ない。
「お、オリゼさん?それは……」
「君達も皆分かっているだろうが、私は元々この…今の信次元にいた訳ではない。少なくとも今ここにいる私は違う。恐らくだが、あの大陸を出現させる際、信次元における最古の国…即ちオデッセフィアの要素が紛れ込んだ、或いは意図的に情報を利用した事が切っ掛けで、私もこの時代に引っ張り込まれたのだろう。そして、そうであるが故に、その力は失われ、継続させていた負のシェアの城も消えた事で…私も、私の在るべき場所に戻るという訳だ。私が《女神化》により改変した、あのもう一つオデッセフィアと違って、な」
ネプギアからの問いに、オリゼが答える。その内容は、理解出来た。理屈は頭が理解した。…だけど、受け入れない。受け入れていない。私の心は、それを何一つとして。
「…どうにも、ならないの?」
「ならないさ。いや…ならないのではなく、する気がない。君達に国があるように、私にも国が…そこに私を信じ、願ってくれる人がいるのだから、私は帰らなくてはならない」
「…そう、だよね…うん、分かった。女神としてそれは…譲れないもんね」
次に言葉を交わしているのはネプテューヌで…ネプテューヌは、守護女神の四人は女神化する。女神化し、手を差し出す。
「…色々あったけど…ううん。色々あったからこそ、学ばせてもらったわ。女神の在り方、女神の信念、女神の強さ…沢山の事を、貴女から」
「貴女だから、オデッセフィアを…今よりずっと過酷な時代の人々を、守る事が出来た。人の繁栄が始まった。私は、そう思っているわ」
「わたくし達の信じる道と、貴女の信じる道は違うもの。されど、わたくし達は歩み寄る事が出来た…だからこそ、言わせてもらいますわ。貴女を、尊敬していると」
「これからも、わたし達は人を、国を、信次元を守るさ。何があっても、どれだけ困難でも、絶対に折れたりしねぇ。だから…信じてくれ」
「…私は、君達に出会えて良かった。君達と出会った事で、女神の在り方も、人の在り方も、より深く理解する事が出来た。君達という、心から信頼出来る友を得られた。…約束しよう。私は必ず、人の歩みを、未来へと向かう人々の世界を、終わらせたりはしない。必ずや、未来に届け…後の女神に、その先にいる君達に繋げてみせる」
一人一人と握手を交わし、オリゼと四人は言葉をかけ合う。それが済むと、オリゼはネプギア達女神候補生の四人の方を向き…同じように女神化した四人と、頷き合った。原初の女神であるオリゼと、現代の女神である皆は、女神としての最後の交流を交わし合った。
そうしている間にも、少しずつオリゼから光が離れていく。まだオリゼは、オリゼの姿をしているけど…分かる。このままでは、消えてしまうと。
「出来れば今の時代の人々を、もう一度見て回りたいところだが…それは贅沢というものか。ここまで、私の心には収まり切らない程の人の輝き、尊さを見せてもらったのだから…これを胸に、私は戻るとしよう。…イリゼ、私は……」
ぽふり、と私の肩に乗せられる手。オリゼの温かい手。見れば、オリゼは柔らかな表情をしていて……だから私は、それを遮る。オリゼの言葉を、その先の行動を。
「…嫌だよ……」
「…イリゼ」
「嫌だ…嫌だよオリゼ…!私はオリゼと一緒に居たい…!折角、折角出会えたのに…折角会えて、話せて、仲良くなれて…やっとやっと、ここまで来たのに…なのに、なのに……っ!」
オリゼの手を振り払い、逆に私がオリゼの両肩を掴む。私の気持ちを伝えるように、消えていくオリゼを引き留めるように。
「…私も、名残惜しさがないと言えば嘘になる。だが……」
「だったら行かないでよ!それに、イストワールさんやセイツの事は!?二人だって、オリゼの家族でしょ!?私達の家族でしょ!?なのに、何も言わずにだなんて……っ!」
「…分かっている。二人には、本当に申し訳ないと思っている。だから…勝手だが、二人に伝えてくれ。私は君達が家族になってくれて…私を家族だと思ってくれて、本当に嬉しかったと。家族の事など考えもしなかった私に、家族の幸せをくれて…ありがとう、と」
「……っ!言わない、そんなの知らない…ッ!オリゼが、どうしても戻るつもりだって言うなら……」
あまりにも優しく穏やかな言葉で、一層私はオリゼの思いの強さを感じさせられる。言葉じゃ止められない、そう感じた私は右手を離し、あの時の事を…奇跡そのものであるあの光を掴んだ時の感覚を思い出す。
私は分かっている。あの光が、あのシェアが起こすのは、奇跡であると。その奇跡を以ってすれば、オリゼの思い…オデッセフィアに戻らなくてはという意思と、私の行かないでほしいという思いを完璧に両立させる方法だって実現出来ると。…でも……
「……ッ…どうして…!」
「…無駄だ、イリゼ。先の光の事であれば…あれは次元中の人々の心に希望が、諦めんとする思いがあったからこその存在。危機を乗り越えた今、あの光の残滓…あの希望によって生まれたものは残ろうとも、今一度という事は出来やしない」
「そんな…だったらくろめ!くろめの能力なら……ッ!」
「イリゼ!」
「……っ!」
心がぐちゃぐちゃになっていく中、私は何とかオリゼを引き留めようとする。その為の方法を考える。
だけどそこで、覇気の籠った声が響く。その声に私が固まると…また、オリゼの手が肩に触れる。今度はさっきの私の様に、両手が私の肩を掴む。
「言っただろう、イリゼ。私には、守るべき人々が…私を必要としてくれる人々がいる。…引き留めないでくれ、イリゼ。同じ私ならば、送り出してくれ。…私は君の事を、見損ないたくないんだ」
「…で、も…だけど…嫌だ、嫌だよぉ…!私はずっとずっと…ずっとずっと、ずっとずっと…私の過去と、私の家族と一緒にいたかったのに…だから、イストワールさんの事が本当に大切で…オリゼと出会えた事も、セイツも家族だったって分かった事も、本当に嬉しかったのに…なのに、なのに……っ!」
「…イリゼ……」
もう感情を、涙を抑えきれず、嗚咽を漏らして私は泣く。涙が零れ、止まらなくなる。ネプテューヌの声が聞こえたし、私を心配する皆の視線も感じていたけど…友達や、仲間がいるから耐えられる。…そんな風には、思えなかった。皆の事も大切だし、大好きだけど…友達や仲間は、家族の代わりになりはしない。こうしてオリゼに出会い、前よりも家族が増えて、その上で家族を失いそうになっている今だからこそ…分かる。本当に、それ程までに…私にとって家族は、別格の存在なんだと。
そんな中で、ふわりと全身に感じる温かさ。全身を包む、優しい感覚。気付けば私は、オリゼに抱き締められていて…その胸の中で、もう一人の自分にして母でもあるオリゼの胸で、私は更に涙を流す。
「イリゼ。思いは、繋がりは、直接会えるかどうかが重要なんじゃない。思い合っている限り、繋がりは途切れない。…それともイリゼ、イリゼの言う家族の繋がりは、離れているだけで消えてしまうものなのかな?」
「違う…そんな訳、ないよ…でも、それでも一緒に居てほしいの…オリゼが戻るなら、私だって……」
「…本当に、そう思っているのか?その先の言葉を…言えるのか、イリゼ」
言えなかった。一緒に行くという言葉は、出てこなかった。昔は、そんな風にも言えたけど…今は言えない。今はもう、この時代に私を信仰してくれる人達がいて……その人達の事は、裏切れない。裏切りたくない。…付いていくという選択肢を上回る程に、女神としての私の思いは強く、揺るがないものになっていた。
だからこそ、分かってはいる。私が信じてくれる人を裏切れないように、オリゼだって裏切れない事を。笑顔で送り出す事こそ、今出来る一番の選択だって事を。…だとしても、そう割り切れないのが心。それが私の、偽りのない思い。
「…大丈夫、大丈夫だイリゼ。家族と言っても、私は君やセイツを創り出した覚えはないが…君やセイツを創り出した私は、君達の事を思っているのだから。でなければ、あの場所に言葉や思いを残すものか。シェアエナジーの供給源だけ用意すれば良いものを、そうしなかったのだから……家族の思いの強さ、繋がりの深さは、心配する事などないんだ」
「違う…違うんだよぉオリゼ…!私は…私は……っ!」
「──それに……最後じゃ、ないさ。これが最後になど…なってなるものか」
「え…………?」
ふっ…と私の耳元に顔を寄せたオリゼの、囁くような言葉。それを聞いた私は、目を見開く。…それは、今の私にとって希望となる言葉だから。信じたい、思いだから。
「…本当、なの……?」
「本当だ。イリゼが私を思ってくれるように…『もう一人のイリゼ』も、君の事を本当に思っているんだよ、イリゼ」
「……っ…!」
そうして、オリゼは私を離す。いつの間にか、オリゼの姿は透ける程まで消えていて、私は手を伸ばしそうになって……だけど、踏み留まる。オリゼの思いを、女神の信念を穢さない為に、これ以上オリゼを困らせない為に……何よりオリゼの言葉を信じて、私は止める。私はもう…オリゼを、引き留めない。
代わりに、私は女神化をする。私の…オリジンハートの本来と姿となって、オリゼと向き合う。目元を拭って、ちゃんと見て…笑う。
「…
「勿論、信じているさ。もう一人の自分なのだから、家族なのだから、信じるに決まっている。…どうか、イストワールやセイツと共に、人の幸福と安寧を、平和と希望を守り続けてくれ。いいや、違う…共に、守っていこう…
決意であり、覚悟であり…応援。オリゼと掛け合う、届け合う私達の思い。
もう、オリゼの姿は朧げになっている。それでも私は見続ける、思い続ける。そして……
「…頑張れ。待っているよ、イリゼ」
「頑張るから…!だから待っててね、オリゼ!」
……オリゼの姿は、もう一人の私の…この時代に現れ、人を思い、人の為に翔び続けた原初の女神は、消えた。光の粒子となって天空に舞い上がり……戻っていった。もう一人の私の、在るべき場所に。自分を信じる人達がいる…自分の時代に、自分の国に。
「…イリゼ、大丈夫…?…その…わたし達じゃ、力不足かもしれないけど…わたし達じゃ、代わりになんてなれない事は分かっているけど……」
「…案ずるな、ネプテューヌ。私は大丈夫だ。悲しさはある、寂しさもある。だが…私は今、ちゃんと前を向いている。今、私がいる…この時代で、この信次元で」
気に掛けてくれるネプテューヌの声に言葉を返し、皆にも笑みを返す。その時、一筋涙が零れたけど…もう、大丈夫。私にはちゃんと、見えているから。これから私が歩みたい、オリジンハートが歩むべき道が。私には分かっているから。その先にある、私が望むものが、望む場所が。
「…そう。だったら…帰るとしましょ、皆」
「そうだね。帰ろっか」
ゆっくりと頷いてくれたネプテューヌと、小さく肩を揺らして同意したネプギア。皆もそれに首肯をし…振り向く。
「……あ…」
「…おねえちゃん?どうか、したの…?」
「や…ひょっとしたら、だけどよ…やっぱりオリゼは、イリゼを生み出したオリゼなんじゃねぇかと思って、な」
『……?』
そこで突然ブランが言った言葉。でもそれだけじゃ分からず、私達が小首を傾げていると、ブランは続ける。
「要は、考え方の問題だ。わたし達はこれまで、イリゼを知らねぇって事から別次元の存在だと考えていたが…イリゼを生み出さなかった次元のオリゼじゃなくて、イリゼを生み出す『前』のオリゼだったとしても、辻褄は合うって事だ。んで、現代でイリゼに出会った事が、後にイリゼを生み出す事の切っ掛けになったとか…は、考え過ぎだと思うか?」
「それは…いや、待って下さいまし。その場合、イリゼはどうなるんですの?イリゼの存在がイリゼを生み出す切っ掛けならば、その切っ掛けになったイリゼは誰が生み出したんですの?その前の時間軸のオリゼ…と考えると、無限に続いてしまいますわよ?」
「私も同感よ。卵が先か、鶏が先か…生物的には卵が先になるけど、この場合はほんとに答えが出てこない思考になっちゃうんじゃないの?」
「タイムパラドックスの問題か?ま、そりゃそうだが…そもそも時間を超えてる時点で、普通の認識や解釈が通用するのか?そういう『普通』から離れたところに時間跳躍はある以上、因果関係が無茶苦茶なまま成立する事だってあるだろ。…つっても、ここまで全部想像に過ぎないがな」
いきなり始まった、私の出生に関わる思考の議論。ネプテューヌ二人やロムちゃんラムちゃん、うずめなんかは完全にぽかーんとしていたし、ブランの言う通り今のは想像に過ぎない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、少なくともこの場で調べる術はない。
ただ…それを聞いた私は、こう思った。もしそうなら…私を生み出したのは、後の時代への保険として、何かあった時に人を守れるようにって理由らしいけど…それとは別、気持ちの部分で、私に出会い、共に過ごした日々の事が影響しているのなら…それは凄く、嬉しいな…と。
「…まあともかく、帰るとしようか、皆。……沢山の人が、待っているだろうから、ね」
この話の当事者である私が言った事で、終了する会話。元々帰るつもりだった事もあり、皆頷いてくれて……そうして私達は、帰還する。
本当に、沢山の事があった。これまでの戦い、これまでの脅威に負けず劣らずの日々で…でもその中で、多くのものが生まれ、多くの絆が紡がれた。だから今も、信次元はある。だからこそ信次元は、これからも進む。
そして…私達は、帰る。人と女神が支え合い、共に歩む場所に。皆が待つ場所に。私達の────皆の居場所に。
今回のパロディ解説
・「〜〜『なんでそうなるの?』〜〜」、バラエティ番組
バラエティ番組、コント55号のなんでそうなるの?…の事。なんでそーなるのっ!…というフレーズが私の頭の中にはあります。…伝わったいるでしょうか。
・タツノコ・レジェンズ作品
Infini-T Forceの事。ラストシーン…の通り、最後に空からダイビング(?)するシーンですね。本編におけるこのシーンは、かなり前からパロディと共に考えていました。
・「〜〜オレを、消してくれ」
キングダムハーツシリーズの主人公の一人、ヴェントゥスの台詞の一つのパロディ。でもくろめの設定的には、くろめはヴェントゥスというよりヴァニタスですね。
・「〜〜勇ましいな。だが無意味だ。〜〜」
仮面ライダーディケイドに登場するキャラの一人、海東純一の代名詞的な台詞の一つのパロディ。でも、無意味と言いつつも実際には斬らないオリゼでした。
かれこれ二年以上かかってしまったOEですが、漸く…漸く最終話まで行き着く事が出来ました。読んで下さった皆さん、様々な形で関わってくれた皆さん、本当にありがとうございました!OEを、Originsシリーズをここまで書く事が出来て、本当に嬉しく、また安心している私です。
しかしシリーズを読んで下さっている皆さんならお分かりかと思いますが、まだエピローグやあとがき、各種設定紹介がまだ残っています。もう少しOEという作品は続きますので、宜しければ最後までお付き合い下さい。