「鬼滅の刃」世界のあの世が「鬼灯の冷徹」世界だったら   作:淵深 真夜

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ネタ自体は最初期からできてたのに、何故か機会を逃し続けてやたらと遅くなってしまった人のメイン回、やっと更新です。



「なんか善逸いたんだけど、あれなんでなんだ?」

「え? 本当にここに描くんですか? 茄子のあれを?」

 

 唐瓜はだいぶ色あせて剥落しているとは言え、元はちゃんとした画家が描いた大作であろう「針山と炎」が描かれた壁を指さし、鬼灯に確認を取る。

 というか、元の絵など関係なくそりゃ確認を取るだろう。GOサインを期待してではなく、何かの間違いだった中止を期待して。

 

「はい。さすがに200年も前に書いてもらったものかつ、雨風に晒されてボロボロですので、塗り直しは以前から決まってました。

 飛び出すようなインパクトがあるものを描いて欲しかったので、茄子さんのアイアン天照をぜひこの壁に描いてください」

 

 だが当然、唐瓜の望み通りの答えをこの鬼神にして奇人がくれる訳がない。

 

 唐瓜は「いいのかなぁ……」と不安になりながらも、それでも友人の絵が評価されるのは嬉しいので、最初から「でっけー絵が描けるの嬉しいな〜」と喜ぶ茄子と一緒に、絵の準備をする。

 

「鬼灯様も手伝ってくれるんですか?」

「はい。あと、狛治さんと宇髄さんも手伝ってくれます。あのお二人、方向性は全然違いますが絵心はありますので」

 

 茄子の問いに、他の者の名前も上げて答える鬼灯。

 茄子と唐瓜は、狛治に絵心があることを少し意外に思ったり、もう一人を誰だろうと思ってそれらも尋ねようとしたが、その前にその尋ねたい二人が到着する。

 

「鬼灯様ー、ペンキはここに置いて大丈夫ですか?」

「……いや確かに派手にボロボロだが、マジでこの上に素人の絵を描くのか?」

 

 ペンキ缶を両手で合わせて10個近く持ってガチャガチャ言わせながら狛治がやってきて、その後ろに同じぐらいペンキを持った大柄な男が、壁を眺めながら呆れたように言う。

 

 男は美丈夫と言い切れる容姿なのだが、それ以上に目立つ要素そろいだった。

 ターバンのように布を頭にきつく巻き、その上に輝石を嵌め込んだ額当て、更には左目にペイントを施したド派手な男の姿を確認し、鬼灯が小鬼達に紹介しようと振り返ったタイミングで、小鬼達は「えっ!?」と声をあげる。

 

 鬼灯と狛治がその反応にキョトンとし、派手な男もその声音に気づいて視線を向け、目をギョッと見開いた。

 

「!? 唐瓜と茄子!? 何でお前らがここにいるんだよ!?!?」

「いやそれはこっちのセリフですよ天元さん! 獄卒だったんですか!?」

「天元さんが公務員(ごくそつ)!? 大丈夫!? ちゃんとやれてる!?」

「そりゃ派手にこっちのセリフだこのド派手エキセントリックおたんちんがっ!!」

 

 どうやら派手な男こと宇髄 天元と小鬼コンビには面識があるが、お互いに獄卒であることは知らなかったらしく、それで驚いたようだ。

 宇髄が思いっきりブーメランな心配をしてきた茄子に殴りにかかるのを、鬼灯と狛治はまだ少しポカンとしながら見届け、友人のナチュラル無礼にため息をつく唐瓜に確認で尋ねる。

 

「芸術系のイベントか何かで知り合いました?」

「はい……。なんか気が付いたら、茄子と意気投合してました」

「だろうな」

 

 唐瓜の言葉に狛治は真顔で納得。

 実際、宇髄は茄子に拳骨を一発お見舞いして、そのままヘッドロックを掛けているが、どう見ても本気など一切出してない、じゃれあいのプロレスだ。

 

「えー、でも天元さん獄卒なんて地味とか言いそうじゃん!」

「地味な仕事も派手にこなしてこそ有能な男だろうが! っていうか、ここの壁画を描き直すのお前か!

 クソッ! おい、鬼灯! 俺のド派手爆裂アクションペインティングも採用してくれよ!!」

「「「ダメに決まってんだろ」」」

 

 完全に少し歳の離れた気のいいにーちゃんと、それに懐く子供みたいなやり取りをしていた二人だが、芸術活動で知り合ったからか、多少なりともライバル意識が宇髄の方にはあったらしく、茄子の方が新しい壁画の作者に選ばれたことを悔しがり、鬼灯に自分の作品を売り込む。

 しかし即答かつ、狛治どころか唐瓜にまでタメ口で却下された。

 

「何でだよ! 芸術といえば爆発だろ!!」

「「だからだよ!!」」

「天元さんのアクションペインティング、普通にダイナマイト使うもんなー。絵ができる前に壁が崩れるな」

 

 なおも「太陽の塔」で有名な芸術家の言葉を使って食い下がる宇髄に、狛治と唐瓜が一緒に突っ込み、茄子がのほほんと爆裂が勢いの例えではないことを証言する。

 

「宇髄さんは岡本太郎さんに謝った方がいいですね。直訳で曲解するな」

 

 トドメに鬼灯からも手厳しく突っ込まれ、宇髄は拗ねたように唇を尖らせたが、根は常識人寄りな為、これ以上ごねることはなかった。

 そして宇髄が黙ったので、鬼灯が改めて小鬼達に彼を一応紹介する。

 

「面識はあるようですが、お互いに獄卒としては初対面のようなので、一応の紹介をしますか。

 こちらは宇髄 天元さん。たぶん既に想像ついてるでしょうが、彼も元鬼殺隊の獄卒です」

「でしょうね。っていうか、今思い出しましたけど、最新の地獄巡りで名前が出てましたね」

「そーいやそうだった。天元さんの階級何? 柱? ネズミ柱?」

「違ぇよ!! なんだその地味すぎる伊之助の下位互換みたいな呼吸の柱は!!」

 

 もはや亡者で獄卒している人物は、歴史や伝説上の人物でなければ鬼殺隊だと学習している唐瓜が、納得しながらつい最近に更新されていた動画を思い出す。

 茄子も言われて思い出したのか、そのまま率直すぎる仮称を口にして、宇髄はまた盛大にキレた。

 

 キレる気持ちはわかるが、茄子がネズミ柱と言い出した気持ちもよくわかる。

 宇髄の名前が出てきたのは、大焦熱地獄での刑罰として働くムキムキねずみーずという、ご覧の通り何もわからない謎の生物を育て上げた人物としてなので、この二人からしたら宇髄の適正呼吸はネズミかムキムキの二択だろう。ムキムキの呼吸って何?

 

 そんな謎すぎる二択から、まだマシな方という消去法でネズミを選ばれたなんて、幸いなのかどうかもよくわからないことを宇髄は知らず茄子をはたくが、茄子は全く動じもしなけれは懲りもせず、のほほんと「じゃあ何?」と聞いてきたので、宇髄は答えようとしたが、それより早く何故か鬼灯が口を挟む。

 

「祭りの神です」

「それも違ぇよ!! っていうかその自称忘れろ! あれは嫁が行方不明で派手にテンパってた時に言い出した自称だからマジで忘れろ!!」

 

 明らかに鬼灯が悪ノリでふざけて言ったのはわかったが、宇髄のツッコミで黒歴史化してるが本人の自称だったらしく、小鬼二人は困惑。

 嫁が行方不明という大事件から、テンパってたのは理解できるが、何でその経緯で自称が祭りの神となったのかが意味不明すぎる。

 実際、説明しても「炭治郎がいらん深掘りをしたから」としか言いようのないボケ連鎖の結果でしかない為、狛治は後輩の困惑を流して、話を先に進める為にとりあえず茄子の疑問に答えてくれた。

 

「天元、その辺にしとけ。鬼灯様もふざけるのはその辺で。

 そして茄子、唐瓜。天元は正しくは派手柱だ」

「お前もド派手に違ぇよ」

 

 しかしナチュラルに狛治もボケた。

 鬼灯と違ってわざとではないらしく、宇髄に指摘されて狛治は一瞬キョトンとしてから、気まずげに笑って彼は言う。

 

「……すまん、天元。お前の適正呼吸、何だった?」

「音だよ音!! 雷の派生で俺は音柱だ!!

 何だ!? そんなに俺の呼吸は地味か!? どいつもこいつも派手に覚えられねーってくらいに地味だってか!?」

「単純にあなたが派手派手うるさいからですよ」

 

 自分の適正呼吸も、それ由来の柱名も覚えてもらえてないことに割とガチで宇髄はキレて叫ぶが、鬼灯から身も蓋もない自業自得だと言い切られ、またしても宇髄は拗ねつつ自覚がある為大人しく黙る。

 この辺の常識的な所のせいで、他の柱達のぶっ飛び具合に負けて覚えてもらえないんだろうなと、唐瓜が地味に納得しつつ、宇髄に親近感を覚えてしまった。

 

* * *

 

 とりあえずの紹介を終えて、茄子のカオスな下絵を元に5人それぞれ壁画に手をつける。

 鬼灯と唐瓜は主にペンキを運んでやったり、パレットやら筆を洗うなどの作業だが、絵心があると言われた狛治と宇髄は茄子の指示に従って、壁画に色塗っていく。

 

 完全な感覚派の茄子が指示出しで大丈夫か? と唐瓜は心配したが、ダイナマイトを使ってアクションペインティングするが、根は常識人な宇髄が茄子の擬音だらけの説明を理解し、狛治に翻訳してくれているので、思った以上に作業はスムーズに進んでゆく。

 特に宇髄は茄子が勘で作った色を、完全に配合を見極めて再現してくるので、茄子や狛治はもちろん、特に芸術活動などしない唐瓜と鬼灯からも感心された。

 

「なんていうか、天元さん。この褒められ方は不服でしょうけど、地味な作業がめちゃくちゃ有能ですね」

「そうだよ。派手に不服なことに俺が派手に活躍できる場は、こういう地味すぎる裏方作業なんだよ」

 

 獄卒だと知る前、茄子との付き合いで行った芸術系イベントで知り合った時から、ド派手な物事が好きなのは知っていたので、唐瓜が気まずそうに言うと、絵の具を混ぜ合わせながら本当に不本意そうに宇髄は答える。

 

 実際、宇髄はしのぶや不死川のように特に何処の部署所属かは決まってない。閻魔庁と地獄の便利屋のようなポジションで、色んな部署で活躍している有能獄卒なのだが、唐瓜や本人が言う通り活躍の場は裏方だ。

 

「別にいいじゃないですか。裏方というか物事には下準備が一番重要であることを、あなたは生前の前職からよく知っているでしょう」

 

 不服そうな宇髄に、鬼灯はフォローというより「何が不満なんだ?」と言いたげに答えると、宇髄よりも唐瓜と茄子が「前職?」と食いついた。

 

「前職って鬼殺隊のことじゃなくて、その前ってことですよね?」

「え? 天元さん鬼殺隊の前は何だったの? 何やってたの?」

「うるせーな。鬼灯の言う通り地味な裏方仕事だ! 以上!!」

 

 唐瓜も茄子も特に他意のない好奇心で尋ねるが、宇髄は割と本気で煩わしそうに具体的なことは語らず、話を終わらせようとする。

 その態度に、鬼殺隊は基本的に鬼に大切な人を奪われた復讐者であることを思い出した唐瓜が、空気を読んで「……すみません」と謝り、幼馴染の口を塞ぐ。

 

 が、残念と言うべきか幸いと言うべきなのか、唐瓜の察したものや気遣いは完璧に空回っている。

 いや、宇髄にとって前職は語りたくない過去であるのは事実だが、唐瓜が想像したものとは違う。何より宇髄が話したくない理由は、壮絶な過去の悲劇を思い出すからとかではなく、単純に地味に面倒くさいからなだけ。

 

 なので、唐瓜の反応で彼の勘違いに気付いた宇髄が戸惑い、割と可愛がってる後輩を落ち込ませたことにオロオロしだしたので 、それを眺めていた狛治が少し苦笑してサラッと告げる。

 

「唐瓜、茄子。天元の前職は忍者だ」

「「忍者!?」」

 

 全く想像していなかった職を出されて、落ち込んでいた唐瓜も、口を抑えられていた茄子も同時に声を上げ、宇髄は渋い顔をする。

 

「え!? 忍者ってマジ! あの手裏剣飛ばして撒菱撒いてムササビみたいに飛んで蝦蟇に乗るあの忍者!?」

「ムササビみてーに飛ばねーし、ガマにも派手に乗らねーわ!!

 こうなるから地味に嫌なんだよ! 前職教えるのは!!」

 

 鬼灯の言う通り、下準備が何より大事な裏方仕事の代表みたいな職を告げられ、茄子は無邪気に興奮してベタな忍者像を期待し、それに宇髄はキレる。

 しかし茄子は「手裏剣とかは飛ばすんだ! それで鬼退治したの!? すっげー!!」と無邪気続行キラキラお目々で、宇髄に対しての少年心全開な期待と敬意が止まらない。

 

 もちろん派手好きかつ割と世話焼きな宇髄にとって、無茶な忍者像への期待は辟易するが、後輩からのこういう視線や賛辞は大好物なので、機嫌は一瞬で直ってドヤ顔で自分の引退戦である上弦の陸との話をし始める。

 唐瓜の方も興味深く聞きながら、どうやら自分の心配は杞憂であり、宇髄はただ単に目立たなくてなんぼな忍という職が不満だったのと、過剰な期待が嫌なだけだったのだと納得した所で気づく。

 

「……あれ? ……大正に……忍者?」

 

 唐瓜の気付きの呟きに宇髄も気付き、彼は自分の武勇伝をピタリとやめてそのまま唐瓜はもちろん、茄子からも目を逸らす。

 しかしもちろん茄子がその反応で、「あ、これ触れちゃダメな話題だ」という空気を読んでくれる訳がない。

 

「え? 大正ってまだ忍者いたの?」

「もちろん、いちゃダメですよ」

 

 むしろどストレートにお触りし、鬼灯が身も蓋もない返答する。

 そして鬼灯の答えに対して、茄子が出した結論はこちら。

 

「え? じゃあ天元さん、自称忍者?」

「俺を派手に痛い勘違い外国人みたいにするな!!

 時代錯誤な地味親父が派手に忍に固執して、明治どころか大正になってもクソ地味な裏稼業を続けてたせいだよ!!」

 

 茄子のやや引いたような視線と出した結論にキレて、宇髄はド派手に闇深い過去をぶち撒ける。

 唐瓜の方は割とこの辺りを察してたのか、茄子の後頭部をぶん殴って、「すみませんすみません!!」と平謝り。

 

 そして色塗りを続けていた狛治が、そんな三人に口を挟んだ。

 それは、唐瓜と言われて「触れちゃいけない過去に触れてしまった」とやっと気づいて、顔色を悪くしている茄子の為か。

 それとも、後輩にそんな気の使わせ方をさせたくなかった宇髄の為かはわからない。

 ただ単に、もはや反射の域にまで身についたようなものだから、口にしただけかもしれないものだった。

 

「唐瓜に茄子。そんなに気にしなくていいぞ。

 天元が忍者だって名乗らなかったのは、過去を深掘りして欲しくないからじゃなくて、嫁のことでギャーギャー突っ込まれたくなかっただけだからな」

「!? てめぇ狛治! なんでバラす!?」

 

 狛治はいつもの誰かをフォローする時の表情、困ったようにでも、優しく慰めるようにでもなく、むしろツッコミしてる時によく浮かべている、呆れたようなジト目で言い放った。

 

「「嫁?」」

「三人いるんですよ、この人に嫁」

 

 そしてキョトンとした顔でオウム返しする小鬼二人に、鬼灯はやはりいつも通りのローテンションでサラッと答える。

 

「「………………はあああぁぁぁぁっっ!??!」」

 

 一拍ほど間をおいて、小鬼達が困惑と妬みなんだから怒りなんだからよくわからない激情による声を上げた。

 

「嫁三人ってどういうことですか!? 大正で忍者やってる以上にダメだろそれ!?」

「嫁三人ってもしかして雛鶴さんとまきをさんと須磨さん!? あの三人嫁なの!? 天元さんを取り合いどころか天元さん蚊帳の外にされてたけど大丈夫!?」

「うるせーっ! だから嫌なんだよ前職以上に俺の出自やらを話すのは!!

 あと誰が嫁達から蚊帳の外だ!? 茄子お前マジで殴るぞ!!」

 

 唐瓜からも罪悪感や気まずさを吹っ飛ばして問い詰められ、茄子は宇髄の嫁とは知らなかったが三人とは面識があった為、失礼なんだか心配しているのか不明な事を尋ね、そしてやっぱり宇髄はキレた。

 そんなギャーギャー騒ぐ三人を、補佐官コンビが「やっぱりこうなるよな」と言いたげな目で眺める。

 

「さすがは妓夫太郎さんもフリーズさせた情報。

 普通にだいぶ重いわ闇深いわな宇髄さんの過去、全部これでもうどうでも良くなってしまいますね」

「大正時代で忍者やってたより、普通に意味不明ですからね」

 

 鬼灯と狛治が改めて、パワーワード過ぎる情報の感想を言い合いながら、休憩がてら説明に入る為に二人とも筆を置いた。

 

* * *

 

「宇髄さんの生まれ育った環境は、言ってみればカルト宗教2世です。

 忍者とはスパイの事ですから、明治に入っても裏で需要自体はあったのですが、戦闘特化は流石に銃火器などの近代兵器にお株を奪われ、その辺りの時流に乗れなかった宇髄さんの一族が余計に極端な方向に向かった結果、まさしくカルト宗教じみた蠱毒をやらかしてました。

 嫁三人も、とにかく強い子供作れ、産め、そして殺し合いをさせてより強い精鋭を作れって事ですね」

 

 それぞれその辺の岩やら新品のペンキ缶の上に腰を下ろし、鬼灯が照れてるんだか不貞腐れているのかな宇髄に代わって、彼の出自と嫁三人という羨ましいような、普通に大変そうで嫌なような関係の説明を簡素に語る。

 

 パワーワードに混乱していたが、だいたい唐瓜が察した通りの事情だった。

 しかしもう唐瓜には、相手の重い過去に対しての気まずさはない。

 唐瓜も宇髄の嫁達とは嫁とは知らず、彼の芸術活動の助手か何かだと思っていたが、雛鶴達とは面識があった。

 なので、四人の仲は非常に良好であることを知っているので、例え最初は政略結婚とも言えない酷い強要だとしても、今では全員幸せである事をなんの説明もなく理解し、宇髄自身も同情等は求めていない、むしろめちゃくちゃ嫌うタイプである為、彼は率直な感想を口にする。

 

「なんつーか、天元さんも狛治さんとかとは違う方向で同じくらい、裁判面倒くさかったでしょうね」

「そうですね。嫁三人は衆合案件なのかで十王たち、特に邪淫特化の宋帝庁が頭を抱えてました」

「そこ以外にもあるでしょ!!」

 

 しかし鬼灯は唐瓜の感想に同意しているのに、その同意は唐瓜の想定外な斜め上だった。

 

「いや、実は本当に天元の裁判で面倒だった所はそこなんだ。むしろそれ以外は、鬼殺隊の中では簡単な方だった」

「「えっ!?」」

 

 だがまさかの狛治から追撃で、鬼灯の感想が正しいと断言され、茄子もだいぶ困惑した声を上げ、宇髄は遠い目をしながら「そうなんだよなー」と小鬼コンビにも補佐官コンビにも同意する。

 

「いや俺としてはクソ親父のくだらねー執着で、暗殺依頼された他人どころか、実の兄弟も殺してるから、派手に地獄行きだと思ってたんだがな。

 地味に俺と同じような境遇の事例は十分あったから、普通にそこらはアッサリ決まって、ちょっと厳し目の死での旅と簡易地獄からの天国行きって、ほぼ最初から決まってたわ」

 

 サラッと兄弟殺しという、これまた超絶重い過去を告白されたが、宇髄はどう見てもその過去を苦いものとして認識していない。

 もちろん忍者としての演技力で、唐瓜達に見せていないだけかもしれないが、そうだとしたら狛治が痛々しげな目をするはず。

 しかし狛治の方も、宇髄の言葉に少し困ったような苦笑を浮かべているので、おそらくその殺してしまった兄弟とは死後に再会し、「あれはクソ親父が全部悪い」という結論で和解をして、本気で宇髄自身ももう気にしていないのだろう。

 

 なので唐瓜達も気にしないことにして、鬼灯に宇髄の裁判内容の詳細を尋ねた。

 

「宇髄さんのような境遇、偏った思想を逃げ場のない子供に押し付け、そしてその洗脳された子供が罪を犯すという事例は、残念ながら今も昔も後を断ちません。

 なので、当たり前ですが真っ当な道徳で育てられたのに罪を犯した人と、非道徳的な事を正しいと教えられてきた人は、同じ罪でも同じ罰を受けることはありません。

 ですが、後者の罪が軽くなるという訳でもありません。この場合は、累さんや妓夫太郎さんたち兄妹のように、まずは真っ当な倫理観などを学び直すところから始めます」

 

 鬼灯はまず、宇髄の意外と面倒ではなかった、既にフォーマットが完成されていた、彼と同じような境遇の亡者がどのような判断をされるのかを説明する。

 妓夫太郎たちとはまだ面識はないが、累とはつい先日の大事件になりかねた騒動で知り合っていたので、小鬼たちは「なるほど」と納得。

 

 そして茄子はまた、「ということは天元さん、最近まで賽の河原で石積みしてたの?」と言い出し、また「俺はちげーわ! この派手バカおたんちんが!」と宇髄に一発殴られた。

 

 もはや茄子はわざとやってないか? と疑うやりとりにまた狛治は少し苦笑して、話を続ける。

 

「賽の河原行きは、死ぬまでその洗脳が解けなかったり、洗脳自体は解けているが何が正しいのかわかってない場合だな。

 天元の場合は自力で異常な環境だと気付いて、そこから嫁と一緒に抜け出し、鬼殺隊として世の為、人の為になる行いをしてきたから、忍だった頃、父親の元にいた頃の罪はそこらで償っている。死での旅が厳しくなったのも、簡易地獄も、ほとんど俺と同じく本人が望んだから十王がくれた恩赦みたいなものだ」

 

 甘く思えるもしれないが、地獄に限らず刑に服すということは、加害者に反省を促して更生させる為のものである。

 無惨や剣術道場の連中のような、骨の髄からの他責思考持ちなら、被害者の鬱憤晴らしの意味合いしかなくなるが、それは例外というか論外。

 童磨? 鬱憤晴らしすら最難関だった人は、論外以前の問題です。

 

 上記の論外どもですら被害者の一面はあるので、仮に被害者の要望最優先にしてしまうと、それこそ自業自得な被害者によって不当に重い刑が望まれてしまう。

 なので宇髄は確かに犯した罪だけで考えると、地獄行きどころか火車の出張すらあり得るだろう。

 

 しかし彼は、任務で外に出た時など数少ない機会で、自分の世界は異常だと気付いて、逃げ出した。

 そこからごく普通の人間としての人生を歩んでも、宇髄を卑怯や無責任とは言えない。実際に彼は、父親に人生を奪われていた被害者なのだから、過去を全て捨ててなかったことにして、その人生を取り戻す為に生きてもそれは罪ではない。

 

 なのに宇髄は、望んで得た訳ではない、忘れたい手放したいと思うのが自然な、妻を含めた忍としての技量を全て使って、彼自身には何の恨みも因縁もない鬼退治に殉じた。

 優先順位は嫁が一番だったが、嫁のために一般人をわざと犠牲にしたことなどない。むしろ嫁の意思を尊重しつつ、遊郭潜入など嫁を利用して無辜の民を守っていた。

 

 そんな人生を送ってきたのだから、彼の手を汚した数だけで地獄行きを決めるのは、そりゃおかしい。

 狛治の言う通り、宇髄の少し課せられた罰は、ストレート天国行きだと彼自身が罪悪感で苦しむからこそ、自分を許し納得させる為に与えられた恩赦だ。

 

 そのことに唐瓜も茄子も、宇髄は変に照れて偽悪ぶる所を知っているので、「でしょうね」「だろうね」と納得し、宇髄はやや赤い顔で鼻を鳴らしてそっぽ向く。

 

「ちなみに簡易地獄は舌抜きだとして、死での旅はどうしたんですか?」

「殺した人の数だけ卵を用意して、それを割らずに守って、裁判を受ける必要がない再審の平等庁・都市庁・五道転輪庁まで行ってもらいました。

 この人の場合、しのぶさんのようにスキップしていい所も全部行くぐらいのペナルティにするつもりが、そもそもしのぶさんと違って身体能力が高すぎて、ペナルティになってなかったので更に条件をつけました」

 

 自分の質問に対して鬼灯から返された答えに、またしても唐瓜は「でしょうね」という顔をする。宇髄からしたらおそらくその課せられたペナルティ含めて、ようやくノーマルモードだろう。

 

 そして色々と納得したからこそ、唐瓜はこの情報も納得してしまう。

 

「……確かにこれ、面倒な要素は『嫁三人』ですね」

「でしょう」

「だろう」

 

 自分が突っ込んだ他の面倒な部分は、割と前例があったり、宇髄自身の善良さで簡単に済んだからこそ、この重婚が鬼灯と狛治が深々頷くほどに面倒な特例すぎる。

 いや、ただの重婚ならそれも別に問題はない。衆合と、あとは詐欺罪刑の地獄である大叫喚あたりに堕獄で終わる話だ。

 

「いっそ四人とも全く望んでいない関係だったとか、あるいは宇髄さんが白澤さんのような人で、父親の思惑関係なしのハーレムならまだ話は早かったのですが……」

 

 鬼灯は遠い目となって、宇髄の嫁三人がさらに面倒となった要因を口にする。

 鬼灯の言う通り、全てが掟だからと宇髄父に強要された関係ならば、それは宇髄が犯した罪と同じく、邪淫で裁くのはお門違いな話だ。

 

「ちなみに白澤様バージョンだと、天元さんどうなってたの?」

「嫁の方に同意がなかったり不満が多くあれば、ストレート衆合堕獄。

 全員同意の円満ハーレムでも、籍を入れられるのは一人だけなので、子供などに不利益が生じる不健全な関係であることは間違いない為、簡易地獄で舌の代わりにゴールデンボールをすっぽ抜きます」

「それ、やる側も地味に嫌だろ」

「派手に嫌だよ」

 

 後者のただのエロい人だった場合を茄子が尋ねると、鬼灯は淡々と男性陣が内股になることを話し出す。

 そして宇髄もちょっと下半身をヒュンとしつつも突っ込み、更に狛治から突っ込まれた。宇髄にとって派手は褒め言葉だから使いたくなかったのだろうが、狛治の言う通り地味どころか派手かつ盛大に嫌すぎる簡易地獄である。

 

「この方と嫁の関係は、須磨さん以外は積極的に望んだ訳ではないものです。ですが、結果として全員の同意あり円満ハーレムというハイブリットなので、十王はもちろん宋帝王や禊萩さん、そして漢さんさえも悩ませました」

「面倒かけて悪かったとは思うが、俺の所為じゃねーだろ。

 つーか、マジであれは呵責というよりただ単に嫌がらせとか罰ゲームだろうが」

 

 真面目な宋帝王やその補佐官である禊萩だけではなく、本猫は常に真面目だろうが、悩むくらいなら寝て忘れる猫らしい猫である漢ですら、宇髄の嫁三人はどうしたらいいかわからない案件だったらしい。

 そのことをしみじみ愚痴る鬼灯に、三人いるとは言え妻一筋であり、実は狛治に並ぶ愛妻家である宇髄からしたら、不仲だった方が裁判が楽だったと思える発言は流石に気に障ったのか、不満そう言い返す。

 

「須磨さんはノリ気だったんだ……」

「え? 天元さんが受けた呵責ってさっきのペナルティだけじゃないの? 金玉も抜かれた?」

「抜かれてねぇし噛みつかれてもねーわ! 須磨はちょっと蛇に絞められたけどな!!」

 

 嫁のうち一人が白澤タイプだったことに、唐瓜は反応が困っていたら、もう本当にわざとだろう茄子が余計なことを言って、宇髄に両ほっぺを引っ張られる。

 そしてついでに何故か、須磨はしっかり宋帝庁で漢と同じ役割の女性担当蛇獄卒である艶からジャブを喰らっていたという、無意味なカミングアウトまでしてくれた。

 

「じゃーなにしゃれたの?」

 

 宇髄にほっぺた引っ張られながら、十王達が苦し紛れに搾り出した呵責がなんだったかを茄子が尋ねると、宇髄はまた目を逸らす。

 今度は話したくない、気まずいという思いから目を逸らしていると言うより、何をどう話せばいいんだよ? と本人も戸惑っているからこそ、目を逸らしたように見えた。

 

「……強要による関係で、何もなければ天元達は普通に一夫一妻だっただろうから、罪に問うのはおかしい。

 だが、逃げ出した後に関係の精算をすることも可能だったが、全員納得済みだからで続けたのは、やはり健全とは言い難い。しかし合意で良好な関係である妻を、最低でも二人捨てるのは不誠実だ。

 ……だからまぁ……、先ほどの鬼灯様が上げたような簡易地獄はやりすぎだが、軽いものを課して、『どんな事情があっても重婚そのものが許された訳ではない』ということを示したんだが……」

 

 宇髄と同じように、狛治も説明に困り果てて中空に目をやり、歯切れ悪く言葉を続ける。

 宇髄に課せられたのは、イジメなどを苦にして自殺した者が、何のペナルティもなく天国や転生となれば、同じ環境でも自殺することなく生き抜いた者が、無駄に苦しんだということになるからこそ、現世の献血と同程度に血を抜くという簡易地獄と同じ意味合いのものだ。

 

 罰しないと、同じように複数人でもいいと同意もできたのに、真っ当な道徳を持っていたからこそ、愛し合っているのに別れた者たちが納得出来ない。

 故に課された、宇髄への罰は……。

 

「裁判自体は太山庁で終わるので、そこで出した結審は、ペナルティである再審の庁までの死での旅で獄卒たちに野次というかモテることに対するブーイングをくらうことでした」

「「なにそれやりたい」」

「すんな」

 

 だいぶカオスな罰に、思わず本音が飛び出る小鬼達。

 実際カオス極まりないが、宇髄の嫁三人問題で傷ついた被害者がいたとするならば、この罰に参加したがるモテない男どもなので、妥当と言えば妥当かもしれない。

 

「ちなみにそのペナルティ、嫁さん達もくらったんですか?」

「彼女達は宇髄さんと同じ『被害者と同じ数の卵を守って死での旅』が、宇髄さんと違ってベリーハードモードだったので、それで十分だろうとなりました」

 

 宇髄だけではなく嫁も同罪といえば同罪なので、唐瓜がちょっと心配して尋ねると、幸いながら彼女達はしていなかった。

 くノ一なので一般人より遥かに身体能力は高かったが、性別の差もあって流石に嫁達に卵のペナルティは、ちゃんとペナルティになっていたらしい。

 あとおそらくはあの世側も、女性に対してこの呵責なんだか罰ゲーム何だかは、したくなかったのだろう。

 

 男が男にモテることに対するブーイングは、酒の席での悪ノリ等でもよくあることであり、女が男にしたとしても、対象が自分を振った男とかではない赤の他人ならば、やはり悪ノリの域を過ぎない。

 しかし女性に対してならば、言う相手が同性でも異性でも、男に対して言っていたことと全く同じ内容だとしても、何故か非常に生々しくなり、一瞬でライン超えである。

 

 そもそも一人の男を三人で共有していた彼女達が、モテることで野次を飛ばされるのはおかしな話なので、やはりこの罰ゲームは宇髄のみ受けるべきである。

 そんな結論を唐瓜達にも出されて、宇髄は釈然としないまま、そろそろ休憩をやめて作業に戻ろうとした時。

 

「あ、そうだ思い出した。

 なあなあ、鬼灯さんよぉ。そういえばずっと前から聞きたかったことがあったんだ」

「? はい、何でしょうか?」

 

 ふとずっと前から、それこそこの罰ゲームを受けていた時から疑問だったが、尋ねる機会を逃し続けてすっかり忘れていたことを思い出したので、宇髄は鬼灯に長年の疑問をぶつけてみた。

 

「あの罰ゲームみてーな死での旅の時、なんか善逸がいたんだけど、あれなんでなんだ?」

「私が聞きたい。どういうことですかそれ」

「「「いたの?!」」」

 

 しかし宇髄の疑問は、晴れるどころか拡散された。

 

「いたんだよ。ずらっと並んだ獄卒達に混じって、あの汚ねー高音でめちゃくちゃ派手に俺を野次ってた。

 俺が卵割りそうになった、唯一にして最大の難所だったのがそこだよ」

 

 小鬼達どころか狛治も困惑して突っ込むと、宇髄も真顔で肯定。

 どうやら冗談ではなく、本当にいたらしい。

 

「……普通に他人の空似では?」

「俺もそう思って五度見した。何なら、『え? 善逸か? 何でいるんだ?』って聞いた。

 そしたら『いて悪いかもげろもげ散らかせイケメン!!』って返されたから、あれはマジで善逸」

 

 唐瓜が常識的な答えを上げると、やはり本質は茄子より唐瓜側な宇髄ももちろん同じことを考えていたが、二度見どころではない確認を取った上での本人認定だった。

 

「……善逸さん、前の体験学習の時聞いたけど、亡くなってまだ十年程度じゃなかったっけ?」

「……あぁ。天元が亡くなった頃は、まだバリバリに存命のはずだ」

「宇髄さんを野次りたいあまりに、臨死体験したんですかね?」

 

 さらに茄子が、善逸の享年に気付いて確認を取ると、狛治が余計に困惑しつつ、なおさらいる訳がない要素を肯定し、鬼灯は「まぁ、善逸さんならやるかもな」と雑な納得と結論を出した。

 

 なお、宇髄が亡くなった頃には既に善逸は禰豆子と結婚しており、子宝にも恵まれていた。

 臨死体験してまで、野次る必要ないだろ。

 

 結局、宇髄の疑問は晴れなかったので、この壁画作業が終わった後、彼は善逸に連絡を取って本人に確認してみた。

 善逸本人は「いや何それどういうこと?」と、鬼灯達と同じく困惑していたが、禰豆子の方が「そういえば宇髄さんの四十九日の夜、なんかやたらと寝言で宇髄さんに文句言ってた」という証言が取れ、鬼灯の雑な結論がほぼ確定してしまった。

 

* * *

 

「––できた」

 

 しばし雑談を交えながらも続けた作業が、茄子の宣言によって完成された。

 

「これは……何というか……」

「くそっ! やっぱり『本物』は違うな……」

 

 完成した壁画、茄子のオリジナルキャラ……キャラ? のアイアン天照をメインに、そのアイアン天照に焼かれ、地獄の妖魚に襲われている亡者、さらにその周りを取り囲む、植物の方の茄子に胡瓜に鬼灯、後よく見たら「ウォーリーを探せ」のようにいる狛犬とムキムキネズミなどを改めて眺め、狛治はコメントに困り果て、宇髄は本気で悔しげに茄子の才能を認める。

 

「題は『お野菜と新鮮な魚介類のおりなす黒々とした地獄の……」

「長い長い! 長い上にラーメンの具材っぽい」

「いいですね、斬新斬新。私も手伝えて楽しかったです」

 

 割と見たそのまんまなタイトルに唐瓜は突っ込むが、鬼灯はそのラーメンみたいなタイトル含めて気に入ったらしく、表情はいつも通りだが明らかに機嫌が良さそうだ。

 しかし鬼灯と宇髄は気に入ってるし、唐瓜と狛治も良さはちょっとよくわからないが、地獄絵なのに賑やかで楽しげなこの絵は普通に好きなのだが、一般受けはしなさそうだなとも思う。

 

「……俺、前の『針山と炎』の絵もよかったと思うんですけど……、アレは誰が描いたんすか?」

 

 なので少しクレームが来ないか心配になったのか、唐瓜がふと前の壁画の作者を尋ね、鬼灯はサラッと答えた。

 

「……あぁ、葛飾北斎ですけど……」

 

 しばし沈黙。

 

「「「S級国宝に値するじゃないっす・ねぇ・ですか!!!」」」

 

 作者名を正しく理解した瞬間、唐瓜だけではなく宇髄と狛治まで鬼灯の胸ぐらを掴んで突っ込んだ。

 

「っていうか、狛治お前も知らなかったのかよ!?」

「二百年前に描いてもらったとしか聞いてないし、その頃俺は獄卒どころか猗窩座だ!!」

「諸行無常色相是空」

「塗っちゃいましたよ!? 北斎の上におたんこ茄子を!!」

「若い才能も大事にせねば」

 

 三人がかりで、現世のスペインで起こったキリスト画とんでもやらかし修復と同じようなやらかしを指摘するが、GOサイン出した本人はどこ拭く風。

 

 唐瓜は「訴えられません!? 日本文化……え〜と……あの世美術協会とかなんかそんなのに!」と心配しているが、実の所あの世だと作者が転生してない限り健在なので、現世ほど作品の保存に力を入れていなかったりする。

 そして本人が見たらという真っ当な気配りと心配も、まさかの北斎漫画連載という情報をぶち込まれて、「それどころじゃないから大丈夫」とされてしまった。

 

「いいのかそれで……」

「っていうか、北斎の引っ越し癖をどうするつもりなんだ編集部」

「「「天元さまーっ!」」」

 

 脱力しつつも狛治は突っ込み、もはや壁画のことは忘れて、北斎トリビアを思い出して宇髄が心配していると、元気の良い声音三つが宇髄を呼んだ。

 声がする方に、宇髄だけではなく全員が顔を向けると、そこにはわかっていたが休憩時に話題に上がっていた嫁三人……だけではなかった。

 

「天元様ー! 差し入れ持ってきましたー! 絵は出来ましたかー?」

 

 ニコニコ楽しそうに笑って、風呂敷に包まれた重箱を掲げて須磨は駆け寄る。

 

「え? 唐瓜と茄子? 獄卒だったのお前ら! 特に茄子!!」

 

 続く気の強そうな見るからに姉御肌なまきをが、宇髄と同じく面識があった小鬼達に気付いて驚いていた。

 

「ほら、隠れてないで出てきなさい」

 

 そして凛とした美貌の雛鶴が、自分の後ろで隠れている子供の背を軽く叩いて、出てくるように促すと、その子供はおずおずと顔を出した。

 黒髪の、宇髄によく似た7歳くらいの子供だった。

 

「誰? 天元さんの子供?」

「俺の子供や孫は、幸いながら早死にしてねーよ。弟だ」

 

 茄子がその子供のことを尋ねると、宇髄はやはりサラッと答える。

 流石に色々わざととしか思えない、宇髄をキレさせる発言ばかりをしていた茄子でも、この時ばかりはしっかり空気を読んで「ふーん」で終わらせ、彼は唐瓜達と一緒に嫁達が持ってきてくれた、差し入れとしてのおにぎりなどを喜んだ。

 

「……あの、に、兄さん……」

 

 そして宇髄の「弟」は、竹の皮で包んだおにぎりを抱えて、遠慮がちに兄に呼びかける。

 人見知りや気弱な性格というより、本当に兄に対して遠慮している、距離感をつかみかねているようにみえた。

 

「……お前が作ってくれたのか?」

 

 宇髄の問いに、弟は俯いて答えない。頬に赤みはなく、照れていると言うより恐れているように見える反応。

 そんな弟の反応に対し、宇髄は相手と目線を合わせるようにしゃがみ込み、大きな手で弟の頭をわしゃわしゃと撫で回した。

 

「ありがとな!」

 

 嬉しげに笑って礼を伝える兄に、弟はぎこちなく笑う。

 表情はこれで合っているのだろうか? と不安がっているようにも見える程、その笑みは固くて本当にぎこちない。

 それでも宇髄は、そして嫁三人も、きっと狛治や鬼灯だって嬉しく思っているだろう。

 

 ……宇髄 天元には兄弟が九人いた。

 しかし15歳を超えれた者は、たったの二人。

 時代についていけなかった、忍という存在に固執し続ける父親の妄執、苛烈な訓練や任務によって七人が亡くなっている。

 宇髄自身が、手にかけたものだっている。

 

 そんな兄弟達だったが、死後に再会して兄弟は唐瓜達が想像した通り、「クソ親父が全部悪い」と結論を出して和解している。

 

 ……自分と同じく生き残った、二つ下の弟とも。

 

 父親の複写。

 ひたすらに無機質で空っぽだった、あんな風に生きたくはないと、嫁と一緒に逃げ出した一番の要因であった子供。

 間違いなく自分と同じ、被害者でもあった家族。

 

 自分が見捨てた弟と死後に再会した時、あの世がこの弟にどんな裁きを下したかを知った時は、普段の素直じゃなさもカッコつけな性分も吹き飛んで泣いた。

 抱きしめて泣き続けた。

 

 教えられて享年の姿ではなく、幼児の姿で賽の河原にいた弟を抱きしめて、宇髄は泣いて十王と、偶然にすぎないであろう一つの結果に感謝した。

 

『宇髄さんや妓夫太郎さん兄妹のような、そもそもの環境が悪すぎて、真っ当な倫理観など持ち得ないという人は、基本的に子供の姿になって賽の河原行きです』

 

 15になる前に亡くなった兄弟はともかく、20を過ぎた弟が賽の河原にいると聞いた時、鬼灯が説明してくれた。

 現世で伝わる「親不孝な子供が堕ちる地獄」は間違いであり、本来の役割として賽の河原と、そこにいる子供の条件。

 

『しかしそれらは、環境が悪すぎて大人になれなかったと判断されたからこそ判決です。

 ……「大人になれた」というチャンスを、自ら捨てたと判断された者は、侵した罪による罰を受けます』

 

 精神的に子供だから、子供であることを利用され続けた者だからこそ、与えられる温情だと教えられた。

 

『これはその基準の一つであり、それだけで賽の河原行き条件から外れる訳ではありません。

 むしろそれも被害の一つとして数えられる場合が多いものです。

 それでも、間違いなくそれは『大人になれた』チャンスの一つです』

 

 弟は被害者として、学び直せる機会を得た。

 父は罪人として、地獄に堕ちた。

 複写だったはずの二人を分けたのは、ただの偶然。

 父の苛烈すぎる訓練による弊害で、父の自業自得かもしれない。

 それとも本当にただのタイミングが悪かっただけかもしれない。

 

 それでも……それでも「それ」は、弟にとって蜘蛛の糸になってくれた。

 

 

 

『––子供がいる場合、その人はもう搾取される被害者(こども)ではなく、大人になれたはずなのにならなかった加害者として扱われる場合があります』

 

 

 

 弟に子供はいなかった。

 できる前に弟が鬼籍に入った。

 

 弟は自分と違って、「大人になれた」チャンスが悉くなかったということを、あまりに哀れで残酷な生涯であったと認識する前に、喜びが先に湧き上がった。

 

 被害者が被害者のまま、加害者に転じるという所まで父の複写とならず、死後ではあるが救いを得たことが嬉しくて仕方なかった。

 

 ぎこちなくて、居心地悪そうでも、賽の河原の石積み期間を終えて、転生までの猶予期間に自分の元で暮らしてくれる事を選んだことも、

 今の後取り候補として、相応しくないおにぎりを作ってくれたことも、

 自分の「ありがとう」に、慣れてなくても「笑う」という表現をしようとしてくれていることも、

 

 どんなにぎこちなくても、それでも「兄弟」として側にいてくれる事が、嬉しくてたまらない。

 

「……あの、兄さん。あれ、何ですか? 兄さんが描いたんですか?」

「え? ……いや色塗りは確かに手伝ったが、あれは派手に知らねぇ。マジでなんだあれ?」

 

 なので宇髄は弟から受け取った包みを開いて、おにぎりを頬張る。

 茄子が「群青の代わりにいけるか」と、語感だけでやらかした黒縄地獄の岩絵の具を鬼灯が拝借して完成した、本当に手首を噛みちぎってくる真実の口と化したアイアン天照に弟はドン引き、自分も困惑しながら。

 

 ドン引きしている弟と、少し塩気が強すぎるおにぎり。

 どちらもあまりに有機的で、人間らしいそれらに思わず宇髄の口からそれは溢れ出た。

 

 例え死後に地獄に堕ちたとしても、幸せだと言い切れる生涯だった。

 それでも、生前はついぞ言えなかったことが、あまりにも自然に溢れた。

 

 

 

 

 

「あー……、生まれてきて良かった」

 

 

 

 

 

 兄の唐突な、亡者が言うにはおかしな発言に弟は目を丸くする。

 おかしげに、ほんの僅かだが口元を綻ばせて。





宇髄さん家のコソコソ噂話は、次の投稿に合わせるといつになるかわからないから、ネタバレ防止に数日程度の間を置いて追記する予定です。
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