悪ならざる敵   作:百日紅 菫

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エピローグ

 「…久しぶり。神守少年、冬神少女」

 

 ガリガリに痩せ細ったオールマイト。ワンフォーオールという受け継がれる個性の残り火さえ失い、本来の姿であるトゥルーフォームが世に晒された彼は、引退したにもかかわらずヒーローコスチュームに身を包んでその場に居た。

 ヒーロー時に比べて萎んだ体にはあまりに大きいコスチュームには大小いくつもの傷があり、その全てが何かに斬られたものだ。

 

 「今になってようやく、君たちの近くに行けるな」

 

 旧春陽中学校。数年前に廃校となり、周囲一帯を立ち入り禁止区域にされたここには、ごく一部のヒーローだけが入れる。

 校門を一歩超えれば気温が下がり、もう一歩踏み込めば極寒の冬と化す。

 その寒さの根源の近くに、オールマイトはいた。

 

 校門を超え、校舎を通り過ぎ、敷地の奥に造られた広大なグラウンド。

 その中心に美しく咲き誇る、黒い灰を内包する青い氷の華。

 

 「今年は、いろいろあったよ。神守少年と同じ無個性の少年が、今は私の後継として頑張っている。私は個性を最後まで絞り切り、今では無個性みたいなものだ」

 

 中心の氷華だけではなく、グラウンドは氷で覆われ、その被害は氷華から離れた校舎まで届いている。さらには、この中学の上空の天候にまで作用し、立ち入り禁止区域一帯の天気は一年中極寒の曇り空で、時には雪や吹雪まで吹き荒れるという。

 その全ての氷雪が、個性を持つ人間にとっての毒。

 舞い落ちる雪の一粒に触れれば、触れた個所が凍り。凍り付いた地面や建物に触れて、この世を去った人間もいる。

 立ち入るだけで、何がいるわけでもないのに死の危険がある。ゆえに、立ち入り禁止にされているのが、この場所。

 雪華事件の最終決戦地であり、冬神雪と神守優の墓であった。

 

 「最早、私は過去の象徴で、多くのヒーローと、これからヒーローになる卵たちが私を超えていくことを願って、今は雄英高校で教師をしている。君たちが聞けば、私には向いていない、と言うのだろうね」

 

 名前が彫られた墓標などは無く、唯々、氷の華が枯れることなく、溶けることなく、消えることなく、咲いているだけの墓。

  

 「…あの時の闘いの真相を知る者は少ない。けれど、知っている者は皆、君たちに只ならぬ想いを持っている。君たちの強さに憧憬を抱き、君たちの信念に尊敬し、君たちの凶悪さに心を奪われ、君たちの関係性に涙する。そこにヒーローも敵も関係なく、だからこそ犯罪が増えたりもしたが、それはヒーローの罪だ。文句の一つも言える筈がない。ああ、言いたいのはそういうことじゃなくて」

 

 近づいてもなお、氷の華に触れることは無い。何故なら、氷華は二人だけの世界なのだ。ようやく掴んだ、二人だけの自由の結晶。それに触れることは、誰にも許されない。

 

 「今、巨悪として君臨していたオールフォーワンが捕まり、敵は一つの意思の元に集まっている。その為に、こちらも多くのヒーローを必要としている。ヒーロー飽和社会なんて言っていたのにな。だが、そうでもしなければならない程に、敵の組織は大きい。だから、今ヒーローを目指している卵たちの教育が急務となっている」

 

 オールマイトは座り込み、何も語らぬ氷の華に頭を下げる。

 墓に頭を下げるなど不毛。だが、この墓はただの墓ではない。

 この場の天候も含め、すべての氷雪は冬神雪だ。そこに比喩は含まれず、嘘偽りなく、すべてが冬神雪という、既にこの世を去った少女の個性だ。

 

 「その為に…」

 

 少しだけ言い淀んだオールマイトは、決意の表情で顔を上げる。

 

 「その為に、君たちとの闘いの全てを、彼らに伝えようと思う。平和の象徴が、無個性の人間に負けたこと。現トップヒーロー達が、冬神雪と神守優という、二人の少年少女に大敗したこと。この場で起きた全てを、嘘偽りなく、世に伝えようと思う」

 

 事件の全てを伝えるということは、今までの歴史が覆るということ。

 不敗のヒーロー。平和の象徴。

 正義の太陽だった存在が、無個性の少年少女に、何かを救うこともできずに敗北していた。狂信的な信者ならば卒倒するような事実だ。

 けれど、そうしなければならない。

 平和の象徴という、ナチュラルボーンヒーローでも、一人では救えないものがあった。複数のヒーローが協力しても、勝てない存在がいた。

 だからこそ、今後の敵との闘いでは、ヒーロー同士の協力や連携が大切になる。

 大いなる一ではなく、小さくとも一が集まる多が、今後は必要になっていくのだ。

 

 敵連合。

 

 オールフォーワンが育てたリーダーを筆頭に、裏の世界を牛耳る悪党たち。

 凶悪化しつづける彼らに対抗するため、ヒーロー側は学生たちにも多くの策を施している。一年生の仮免取得、ヒーローインターン、実際のヒーロー活動と遜色ない活動をさせている。

 その一環。

 ヒーローは人を助ける者。ヒーローは悪を挫く者。

 けれど、ヒーローもまた人間だ。

 弱者と同じ、悪と同じ、ちっぽけな人間なのだ。

 

 だからこそ、未来ある彼らに考えてほしい。

 答えが出ないままヒーローを引退した平和の象徴のように、救えたはずの人を救えないことが無いように。

 助けて勝つ、勝って助けることを目指すヒーローの卵たちに。

 正義。悪。罪。ヒーロー。敵。信念。

 何が正しくて、何が間違っているのか、一つとして正解のないこの世界で。

 一つの信念の下に、自らが定めた正義と悪に従って戦った二人の事を。

 

 

 「この場で、誰よりもヒーローだった君たちの事を」

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