これ以上は自分の解釈違いとか色々あるので打ち切りとなります。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
「はい。皆さんびっくりし終わった? 話に戻るから集中プリーズ」
何とも言えない空気が満ちる会議室で、立香のパンパンと手を叩く音が妙に響く。
「これ以上は推測を通り越して憶測になるから、一旦アルジュナの目的が『カルナとの敵対』ないし『再戦』であると仮定して話をします。
察しのいい人たちにはわかってもらえると思うけど、仮にこれが正しいならもう話し合いとか生ぬるいことは言ってられないわけ。どうあってもぶつかるしかない。そして、ぶつかるならこれはもうカルナに任せるしかない。私達としては甚だ不本意だけどね」
「待ってください先輩。そこまで分かっているならなおさら話し合いが出来るのではないですか? 先輩の仮説が事実とすれば、アルジュナさんも人理修復の重要性は理解しているはずです」
「うんうん、マシュってば素晴らしい。その疑問はとてもよくわかる」
出逢った当初、何処か情緒に乏しく感情の浮き沈みが薄い子だな、という感想を抱いた可愛い後輩は、今や相対したことも無い古の英雄の感情さえ慮ろうとしている。渇いたスポンジが水を吸収するかのように。
……であれば、何故彼女はもっと早くそのように情緒を成長させなかったのか。それはいつか聞かなければならないことだろう。立香はそこまで考えてから、一旦話の筋にそぐわないそれを棚の上に置いた。
「私もね、たとえばアルジュナがあっさり『カルナとの再戦を所望する』とか『グダグダ言ってないでカルナを出せ』とか言ってたら話し合いの目はワンチャンあったと思うんだ。でもアルジュナはそう言わなかった。これが『話し合いはムリゲー』って思う根拠」
「……ええと」
「ちょっと話を戻そうか。ジェロニモとロビン曰く、アルジュナの目的は『言えない』もの。何故言えないのかといえばアンデル先生の言葉を借りると『恥ずかしい』または『口に出すには問題がある』から。細かい感情は置いておいて、一言でまとめるなら『後ろめたい』と言い換えられるね」
たとえば、もしアルジュナが「カルナと再戦させろ。あんな決着は認めない」とあっさり口にしていれば、それはアルジュナにとって何ら恥ずべきものではない。他人が聞いてどう思うかは別にしてだ。
しかしアルジュナは少なくとも、アメリカ市民を守ろうとするエジソン側、或いは人理を守ろうとするカルデア側に、そのような理由で敵対することは「後ろめたい」と思っている。
「先輩、ですが、もし先輩の仰る通りなら……」
「逆にちゃんと聞いてくれるのではって? まあ私もその可能性あるかなとはちょっぴり思ってたんだけどね。でも駄目だと思う。カルナから聞いたアルジュナ像を踏まえるとそれは奇跡的な可能性だ」
全員の視線が再びカルナに集中する。が、十数秒待っても彼は首を傾げるばかりで口を開かない。立香は「はい注目ー」とまた手を叩いた。
「カルナの話を抽出して私なりに組み上げた印象だけど、ハッキリ言ってアルジュナは病んでますか? ってレベルでカルナに拘ってるし、本人のプライドも月に届くくらい高い。クル・クシェートラでの横槍・妨害・ハンデの塊みたいな決着なんて認めない、なんていきり立ってても全く不思議じゃないくらいね。この辺はカルナがどう思ってるかは関係ないよ。本人が納得する、しないの問題だから」
というか実際問題として、カルナ本人が生前の不遇を全く意に介していないので、(諸々の推測が正しければ、だが)この二人は生前の延長で何処までもすれ違っていると言える。
ただ、これについてアルジュナを責めるのはおかしい。もしも立香がカルナの立場であれば「あのときインドラが」とか「あのときパラシュラーマ(カルナに奥義を忘れさせる呪いをかけたバラモン。なお、理由はだいぶ言いがかり)が」とか延々と恨みに持っていたかも知れない。寧ろその可能性の方が高い。それを全く気にせず「あれはもう終わったこと」と割り切っているカルナの精神性が異常に崇高だ。
しかもパラシュラーマの件については寧ろ自分に非があったとさえ思っているようだし、正直立香は彼と話をしていると半分くらい気が遠くなることがある。カルナという英霊はこれまでも様々な聖杯戦争に参加しているようだが、歴代のマスターたちは一様に苦労したのではないだろうか。主に精神的な意味で。
……閑話休題。
「でも英霊ってのは誰かに召喚されないと再戦どころか現世で活動も出来ないし、普通にしてたら同じタイミングに同じ場所で召喚なんてまずありえない。なんせ聖杯戦争の英霊は七人で、英雄の数は古今東西併せて数千じゃきかないし、アマデウスやアンデルセンみたいに一般的な『英雄』のカテゴリから外れたメンバーを考慮に入れたら数万でも怪しいくらいだもん。母数に対して確率が低すぎるんだよね。
だからこそ彼は、アメリカの崩壊も人理の崩壊もそっちのけ、世間様が抱く『英雄アルジュナ』としての理想像も正義も全部かなぐり捨ててケルトに与したんだと思う。千載一遇のチャンスを逃さないためにね」
となれば、そこまでの覚悟を持って人理の敵に回った人間の意志を、口先だけの話し合いで鞍替えさせるなど無理に決まっている。戦って無力化してじっくり説得……ならまだいけるかも知れないが、ただでさえスケールの違うインド神話、その中核を担う大英雄相手に手心を加える余裕が此方にあるわけもない。
「ギル様チャレンジはもう使っちゃったし?
ってわけで、こっちへの被害を防ぐためにも私含めた第三者がアルジュナに口出し手出しをするのは悪手だと思う。下手に突いて逆鱗に触れたら跡形もなく吹っ飛ばされるよ、きっと」
雷神インドラの息子にして破壊神シヴァの加護を受けている男など下手な核兵器より恐ろしい。怒りを買ったが最後、小指の先が残るかさえ怪しいところだ。
「そう悪いことばかりではない。仮にマスターの推測が正しいなら、我々にとってはチャンスでもある。少なくともカルナがアルジュナを引き付けている間は、彼の弓が此方に飛んでくることは無いのだからな」
孔明が眼鏡のフレームを押し上げた。流石は疑似サーヴァントとはいえ世界屈指の軍師、このメンバーの中では一際合理的である。立香もこっくり頷いた。
「というわけで皆さえ異論なければ、問答無用でカルナに対アルジュナ戦を引き受けて貰う作戦……っていうにはお粗末だな、まあとにかくその方針を推したいマスターです。ちなみにカルナにはこの辺だけもう話をしてます」
「何ぃ!? ちょっと待ちたまえ、そういうことはまず大統領を通すものではないのかね、副大統領!?」
「え? 副大統領ってこういう暗躍が仕事じゃない?」
広いテーブルがちょっぴり震えるような大声で抗議するクリーチャー、もといエジソンが、マスターの言葉で影を背負って突っ伏する。あーもー、とエレナが面倒くさそうにその背中を撫でて励ましていた。
「いやいや落ち込まないでよ。最終決定権は勿論エジソンだってば。エジソンが絶対嫌だっつーなら私も無理強いしないよ。ただ、これ以上の案を出せと言われても浅学菲才の私にはちょっと無理」
「むっ……」
こんなことを言うと方々から非難を浴びそうだが、話し合いの通じない圧倒的な暴力を相手に取れる手段は二つに一つ。油断しているところに寝首を掻くか、同じだけの力で拮抗させるかしかない。そして最初の一つは既に失敗しており、であればもう二つ目しかない。
人類最後のマスター、藤丸立香は基本的に現実を見る人間である。
「エジソン」
「……むうっ」
カルナが背中を壁からはがした。そして真っ直ぐエジソンの、ライオンベースのくせに妙に表情豊かな顔を見つめる。同じことを立香がしたら三秒で噴き出しそうだが、施しの英雄は真面目な顔をそのまま続けていた。色んな意味で凄い。彼の精神はきっと日本刀のように違いない。
「か、カルナ君、私は……」
「お前の懸念はもっともだ。今やお前が背負うのはアメリカという大国のみならず、人類が長きにわたり紡いできた人理そのもの。オレ如きに重要な役割を任せるなど抵抗があろうというものだ」
いや、それは無い。
恐らくカルナ以外の全員が此処で心を一つにしただろう。施しの英雄、マハーバーラタの悪役でありながら現代に至るまで根強い人気を誇る彼は、何故か妙に自己評価が低い。身分を盾に正当に評価されない時間が長すぎたのだろうか。本人が謙虚であっても卑屈さを感じさせないのが救いだが、何にせよそこはかとなくインドの闇を感じてしまう。
「だがすまない、サーヴァントとしての役割も責任も理解した上で、それでもオレはアルジュナのことに関しては極めて狭量だ。情けないことだとお前は呆れるだろうが」
「い、いや、違うぞカルナ君、私は何も……」
カルナの淡い色の瞳がじっと、それはもうじっとエジソンを見つめる。そして立香が「よく笑わないでいられるなあ」と先ほどと同じ感心をした頃、エジソンはぐるぐると唸り声交じりにようやく是と答えたのだった。
とまあ、そんなこんなで「カルナさんにアルジュナさんを抑えて貰おう作戦」……という、作戦と呼ぶには極めて原始的な手段を取ることにしたアメリカ・カルデア連合軍であったのだが。
「うーん、まさにスーパーインド大戦」
渾身の力、全身全霊をもってぶつかり合う2人……否、もはや2柱と称しても過言ではない宿痾同士の戦いを遠目に、立香はぽつねんと呟いた。
大峡谷そのものがまともな形を遺してくれるかさえ怪しい有様だが、これ、本当に大丈夫なのだろうか。
歴史の修正力とやらも、この有様には流石に文句の1つでも出てきそうだ。まるでスプーンで掬われたゼリーがしのように崩れ、抉れていく地形。立香はははっ、と乾いた笑いを漏らさざるを得なかった。