いつの時系列なのかはよくわかりませんが第一部の後半辺りです。
本編に登場してない鯖や本編最新話時点でカルデアに呼んでいない鯖もいます。
微妙にですがザビ子の話題が出ます。
あと誰かは明言してませんが複数のサーヴァントによる鯖→ぐだであることが示唆されています。
「マスターの恋の話が聞きたいわ」
特異点の修復も一段落し、恒例の召喚やその他の雑務も一山超え。
珍しく、本当に珍しく誰かとの先約も無いオフを満喫しようと談話室に顔を出したのが、或いはまずかったのかも知れない。思いもかけない爆弾が、魚雷か、と疑う様なスピードでかっとんできたのだから。
「ミルク入れようか?」
「紅茶の濃さじゃないわ」
琥珀色の液体で満たされたティーカップを指させば、すげなく拒否され。
「水槽は海仕様だから川魚は無理だよ?」
「そっちの鯉でもないわ」
お約束のボケをかましてもあっさり切り捨てられた。
「マスターの此処空いてますよ」
「来いって呼んだのでもないわ! でもおひざは貸してちょうだい?」
ぽすぽすと揃えた太ももを叩くと、むくれながらもご機嫌で乗り上げてくるという芸当を披露。
うんうん、子供は素直が一番。ナーサリー・ライムは今日も可愛らしい。
「おかあさん、わたしたちも」
「いいよー」
ちょいちょいと腕を引っ張ってきたジャック・ザ・リッパーの猫ッ毛をよしよし撫でる。うーん可愛らしい。服装が幼女(外見)にあるまじき露出度でも、まごうことなき殺人鬼でも可愛いものは可愛い。可愛いは正義なのだ。立香はご機嫌で二人を交互に撫でた。
「マスター、そろそろ続きを話さない?」
「……ちぇー」
このまま話題をそらしきれてしまえればと思っていたが、この場にいるのがふたりだけでなかった以上無理だった。向かい側に座っていたマリー・アントワネットが、優雅にソーサーとカップを摘まんで微笑んでいる。その隣ではマシュが好奇心に目をキラキラとさせており、反対隣に座っている玉藻の前も似たような顔だ。マリーの背後に控えているシュヴァリエ・デオンは「諦めてください」と目で語っている。
うーん、これは分の悪い取り合わせ。
「そんなこと聞いても楽しくないんじゃない?」
「あら、そんなことないわ。恋の話っていうのはいくつでも、どなたのでも素敵なものよ」
「そりゃあマリーちゃんのは飛び切りロマンチックだからなあ」
何せ舞台はお城で、お相手は一歳年上、金髪の素敵な天才音楽家ときたものだ。たとえ中身がクズ(当事者談)でも一枚の絵にしたいくらい素晴らしいエピソードだろう。
「うふふっ、そういえばマスターたちもご存知だったのよね。色んな人に自慢したかいがあったわ」
「アマデウスは聞く度に死にそうになってるけどね」
まあ、いつも大概人を振り回している天才にはよい薬だろう。立香はけろっとした顔で紅茶を口に含んだ。
鼻腔にふわりと抜ける香りはとても豊潤で高級感がある。これがフランス王室の愛した茶葉だからなのか、それとも淹れ方が此処までの差を生み出すのかはまだ分からない。
「んもうマスターったら! あんまり焦らしては困りますぅっ、私の尻尾もこの通りぴーんと! ぴぃーんときておりますのにっ!」
「玉藻ちゃんもこの手の話好きだねー」
わくわくとイヌ科(狐)らしく三本の尻尾をはためかせている玉藻の前は、此処ではない何処かの時空に『心に決めた人』がいるらしい。話を聞いているとどうにも女性のようなのだが、女性同士であることを気にした様子は見受けられない。神話の時代は寧ろ男女の性差などさしたる問題ではない(特に多神教において)ことも多いので、立香も敢えて気にしないことにしている。
……現実逃避ではない。断じて。
「しかし恋、恋ねえ」
そろそろ誤魔化すのも難しくなってきた。立香は観念して記憶の糸を辿り始める。恋、初恋。幼い頃。ふむ、と顎に手を当てる彼女に部屋中の視線が集中していく。
「あんまり記憶にないなあ。保育園にいた男の保育士さんに懐いてた記憶はあるけど、初恋ではなかったと思うし……」
幼稚園や小学校の頃、バレンタインデーだのなんだのときゃあきゃあはしゃいでいた同級生を尻目に、カタログのお高めのチョコに目を輝かせていたことは覚えている。誰かにあげる、というのなら父親と兄しか選択肢はなかったし、あとは女子同士で交換したのが関の山だ。
中学生の頃はどうか。……似たようなものだ。一年ほど過ごした高校は食べ物の持ち込みが明確に禁止されていたということもあり、誰かに貰った記憶もあげた記憶も無い。
「日本の学校では、人気のある学生の下駄箱にラブレターやチョコレートが溢れんばかりに詰め込まれると聞いたことがあるのですが……」
「八割フィクション、二割実話かな。まずそこまでモテる人がいないし、美形で売れまくってる俳優の学生時代がそんなだったって話をたまに聞くくらい」
ついでに言うと、数時間以上もの間、下駄箱の雑菌まみれにされた食べ物は立香的にお断り申し上げたいところである。
「フィクションはフィクションだからね、マシュ。日本発の学園ラブコメで正しいことなんて『大概全員が制服を着ている』『夏にあっちこっちからミーンミンミンミーンって蝉の声が聞こえてくる』くらいだと思ってた方がいいよ」
「そうなんですか!?」
大体ああいうものは、現実世界のネタを更に誇張し、時に捏造していることが多い。生徒会にやたらと権限があったり、教師の独断であっさり生徒が退学させられたりするようなことはまず無い。文化祭の自由度は学校によって大きく差があるし、髪型や髪色、アクセサリーがそもそも自由にならないことも多い。
そもそも立香からすれば、ラブコメや少女漫画における顔面偏差値の厳しさは異様だと思う。「普通の子」という名目で紹介される主人公は、読者から見てどう見ても美少女だ。ライバル役で出てくる「学園一の美女」と並べても遜色があるようにはとても見えない(最近はその限りでもないが)。何故この顔で他にコンプレックスを持つのか、と心底疑問に思ってしまうことも少なくないのだ。
「人によってはそれこそフィクション顔負けの恋愛もしてるだろうけどねー。生憎私は縁が無かったよ、興味も薄かったし」
「あらあら。じゃあ特にお付き合いをしていた人もいないのね?」
「まあね」
自分で言っていてしょっぱい青春だとは思うが、特に気にしてはいない。いつの間にか背後に忍び寄っていた清姫が「つまりますたぁは未だ清い身体……?」と不穏な独り言を漏らしていたので、「よしよし黙ろうね」と軽くデコピンをしておいた。
「ていうか私の場合、体質が体質だからね。付き合う相手でも慎重に選ばないとまずいってのはあるかな」
「ああ、それはそうね」
マリーが得心したように一つ頷く。納得してくれて何よりだ。
恋人いない歴=年齢となってしまった理由は立香のこの性格が大いに関わるが、仮にこの手のことに興味深々だったとしても、迂闊に誰かと一線を越えられない理由が彼女にはある。
人魚の先祖返り。現代ではとうに『まやかし』の存在と定義された幻の血を引く藤丸立香は、海水を浴びるとたちまち本来の優美で幻想的な姿を取り戻す。彼女自身、塩水を好んで飲んだりと嗜好がやや『あちら』よりなところがあり、親しい人間の前であればあるほど気を付けていないとボロが出るタイプだ。自分でもその自覚と危機感があるからこそ、親しくなる人間を意識的・無意識的問わず選んでいる節がある。
「とはいっても、仮に言いふらされたってそうそう騒ぎになるようなことでもないけどね。十中八九ホラだと思われるだけだし、デジカメの登場で映像技術が発達してきてから誤魔化しやすくなったくらい。仮に海に入ってるトコ写真に撮られても『合成です』で済むから」
「あの、先輩は2000年代生まれのデジタルネイティヴでは?」
「おっと失言」
うっかり(書き手の)実年齢が出てきてしまったが、それはさておくとして。
「話を戻すけど、ちょっとそういう経験は出て来ないかなあ。悪いけど……」
「面白そうな話をしてるじゃない」
「あれ、メイヴちゃん」
撫子色の髪を靡かせた女王がサロン・ド・マリーに足を踏み入れた。型破りながらも作法はきちんとしている彼女だが、堅苦しいお茶会は苦手だと言って招待状を貰う頻度のわりに参加率は高くない。今回の途中参加は気紛れだろう。仮に招待状を貰ってなくても入りたいときは入ってくるのが彼女だ。
「クー(クー・フーリン・オルタのこと)とは一緒じゃないんだね」
「クーちゃんは他のクーちゃんたちと鍛錬よ。最初はついていくつもりだったけど、たまにはいいかと思って。お茶、私の分も出してもらえるかしら?」
「ええ、勿論よ。デオン、お願いできる?」
「承知いたしました」
流石は一流外交官でもあったシュヴァリエ・デオン。メイドの恰好をしたときのアルトリア・オルタより余程傍仕えとしてちゃんとしている。彼女のメイド服は似合っていて眼福といえばそうなのだが、メイドの働きはあまり期待できないのが残念だ。
「で、マスターの初恋がどうしたっていうの?」
「その話もう終わったよー。マスターは初恋らしい初恋ありません、で終了」
「終了させるんじゃないわよ。恋のない人生なんて戦士のいないお祭りみたいなものじゃない」
「そんなこと言われましても」
本当に思い当たらないのだから勘弁してほしい。折角終わったと思った話題を早速掘り返されたマスターはうんざりと肩を竦める。
「ていうか恋ってそんな簡単に出来るもの? 幼稚園の時に同級生の男の子にプロポーズされたことあるけどそんなときめいたりしなかったよ?」
「サラッと重要情報出しましたね先輩!?」
マシュの悲鳴が部屋中に響く。誰かが何かを割った音が聞こえた気がしたが、テーブルを囲む女性たちのカップに異常は無かった。空耳だったのだろうか。
「重要じゃないよーよくある若気の至りってやつ。そもそも私の初恋じゃないし。相手の子は、まあその、アマデウス程イケメンじゃなかったってのはあるかもだけど」
「そこでちゃんと言葉を濁す辺りマスターはお優しいですねえ。流石は私が見込んだイケ魂っ! きゃっ!」
何度も言うが、人間性底辺のアマデウスも顔立ちは王子様系のイケメンである。しかも当時から既に神童、神に愛された者として社交界で知られていた。子供だったからひたむきで純粋な面も強かっただろうし、そんな相手に青い瞳を輝かせて「結婚してあげる」なんて言われたら、多分立香も初恋くらい持っていかれただろう。但しイケメンに限る、という言葉はそうでなくては生まれない。
「ますたぁ、ますたぁ、そんな大切なことを……これは由々しきこと。わたくしより先にそのような無礼をしでかした不届き者の男は如何様にすればよろしいでしょう」
「どうもしなくていいよ。卒園以来会ってないし」
たとえ今は関わりがなくても、顔を知っている相手が焼死体で見つかるのは御免被りたいマスターであった。
「んー、でも一通り思い出してみたけどいまいちだなあ。期待に沿えなくてごめんね、ナーサリー」
「あら、そんなことないわ」
「ん?」
てっきり面白いコイバナが聞けなくてぶすくれているかと思いきや、ナーサリーは存外上機嫌であった。立香の膝をジャックと占拠した彼女は、あどけなくも時に厄介な満面の笑みを向ける。
「だって、マスターの初恋はこれからってことでしょう? これからとびっきり素敵な恋をするってことでしょう? もしそのお相手がカルデアの誰かなら、私達もそれが見られるってことだもの!」
「え……」
「すてきだわ! とってもすてき! ねえマスター、マスターはどんな方と恋をするのかしら?」
「それをマスター本人に聞かれましても……あっ、やばっ」
拙い。この流れは拙い。折角収束しかけていた流れが戻ってきてしまった。氾濫した川の鉄砲水みたいなものだ。ヤバイヤバイヤバイ。
「ごめん、ちょっと図書館に用事が――……」
「マスター?」
先鋒、メイヴ。
「いや、あの」
「ますたぁ?」
次鋒、清姫。
「だから」
「せ、先輩!」
中堅、マシュ。
「此処でおやめになるのはいけずが過ぎますわ、マスター?」
副将、玉藻の前。
「マスター、紅茶のお代わりはいかがかしら?」
大将、マリー。
「マスター」
「おかあさん」
そして、とどめとばかりにマスターの膝の上からどこうとしないナーサリーとジャック。
「……………………………………イタダキマス」
マスター、完敗。
これはもう、仕方ない。
いつの間にか「マスターの初恋(予定)を応援しようの会」になってしまったサロン・ド・マリーのお茶会。中央に座らされたマスター自身の目が死んでいることには誰も言及してくれない、哀しい乙女の園である。
「誰が好みかとか急に言われてもなあ」
思いつかない、と立香は首を横に振る。
これは方便でも何でもなく、立香はこれまで英霊達は勿論、身近なスタッフの誰かであってもそのような目で見たことはなかった。訳も分からず連れてこられたカルデアという組織、そして満足な説明も受けられないままに人理は焼却され、それを正すために走り続けてきた。スタッフも英霊も立香にとっては皆等しく『仲間』であり『同志』である。中には兄弟姉妹、師弟、親子のような関係を築いた者もいるが、生憎と心ときめかすような相手として存在を捉えた者はいない。
「嘘でしょアンタ。こんなにいい男が揃った環境で? しんっじらんない。どんだけ理想高いのよ」
「いやいや違うって。そんなおこがましいこと考えられないってこと」
「おこがましい?」
「おこがましいよ。だって英霊だよ? 歴史だの神話だのに名前や行いがばっちり残ってて、伝説にだってなってるような人たちだよ? いや此処にいるみんなもそうだけどさあ、そういう人を対等な恋の相手にする発想がそもそもないっていうか」
人類最後のマスターとはいえ、中身は所詮凡俗凡人である(自称)。寧ろその凡俗凡人ぶりが英霊達には珍しがられている節さえある(自己分析)。珍しいだけのつまらない、両生類であること以外は取り立てて面白味も無いのが藤丸立香という人間だ(自称)。神話に残るような美女、女傑とか比べるべくもなく退屈な女である(自称)。
そんな人間が、本人たちのいないところで「この人はタイプ。この人はパス」などと品評することはだいぶ失礼に当たると思う。そして英霊達の方だって、マスターとしてならまだしも恋愛の相手にこんなちんちくりんを選ぶなんてことはしないだろう。
「……一応聞くけどアンタ、それは本気で言ってるのよね?」
「本気も本気だって。幾らこれだけ美男美女に囲まれててもそこまで思い上がってないよ」
「そうじゃない! そうだけどそうじゃない!」
「? どうしたのメイヴちゃん、情緒不安定? もしかして生理?」
「こないわよ英霊に生理なんて! だから蜂蜜酒つくるのにも苦労したの! このおばか!」
「あいたっ!?」
コノートの女王のビンタは手加減されていてもそこそこ強烈である。首が千切れ飛ばなくてよかった。
「信っじらんない……何、この子もとからこうなの? それともカルデアの極限環境がこうしちゃったの?」
叩かれたのは立香だというのに、何故か蒼褪めるメイヴ。そして何故か一様に可哀そうなものを見る目で此方を見てくるサーヴァント達。あっ、清姫は何か嬉しそうですね。いつも通りでよかった。
「マシュ、どうなの?」
「え? ええと、あの……私はカルデアで初めて先輩に会いましたので……ただその、冬木の街でキャスターのクー・フーリンさんに助けられた時からスタンスに変化はさほど無いように思います……」
「絶望的じゃないのそれ! 冬木のレイシフトってアンタ以外サーヴァントいなかったやつでしょ!? そんな危機的状況を颯爽と助けに来てくれたクーちゃん(はぁと)にキュンと来てないとか乙女として死んでるわよ!!」
「あのねメイヴ。事実だから敢えて反論はしないけど私にも傷つく心はあるんだよ?」
勿論、レイシフトして一命をとりとめたは良いものの、右も左も分からない小娘二人を助けてくれたクー・フーリンに立香はとても感謝している。彼はそのあとも縁を辿ってすぐカルデアに来てくれたし、マスターたる立香を「導くもの」としてそこにいてくれる。魔術の師の一人でもあるし、頼れる相談役だ。
しかし、恋愛の相手として見ているかと言われれば否、否である。そもそもその点に関していえば、当たり前のようにマシュの尻に手を伸ばしたふしだらさの方が先に思い出されてしまうほどだ。
「マスターはそういう冗談を言う人は好みではないってことね」
「好み以前の問題のような気がするけど、まあそうかな」
一応補足すると、少なくともクー・フーリンは一度立香が怒って以来そういうことはしていないので、立香ももう特に気にしてはいない。
「基本的に一夫一婦制、不十分とはいえ男女平等が当たり前の世界で育ったからね。そういう意味だとあっちこっちに現地妻がいたり、不倫は文化とか浮気が当たり前、みたいな人は遠慮願いたいかなあ」
「わかるわ、マスター。一途な人は素敵だし、一緒にいて安心できるものね?」
うんうんと慈愛に満ちた表情で頷くマリー。脳裏に思い描いているのが初恋の少年か、それとも婚姻を結んだブルボン朝国王陛下なのかは彼女のみぞ知ることである。
「浮気者、既婚者、恋人あり……この辺を全部省くとそれなりに減るわね、候補」
メイヴがひーふーみーと指を折って数える。誰の顔が浮かんでいるのかは怖くて聞けない。
「でしょうねえ。英霊とは英雄、英雄とは古今東西色を好むものですから。妾を囲うことが常識であった時代も長いですし。そういえば、あの品行方正なアルジュナさんさえ四人も妻がいたそうですねえ」
「玉藻ちゃんそれ本人の前で言わないでね。アルジュナの地雷は一にカルナ、二にカルナ、三四がカルナで五に奥さんだから」
「寧ろアルジュナさんの地雷原をそこまで占拠してるカルナっちさんはなんなんです?」
「本人曰く『宿痾』だそうだけど、まあそもそも気が合わないっていうか。あれで実は不気味なくらい似てるところもあるんだけど、その分だけ反発も多いみたい。言ってみれば磁石みたいなもんだよ。知ってる? あれって周期的にNとS逆になるんだって」
「先輩のその発言もアルジュナさんの虎の尾を踏みそうなんですが……」
「黙っててねマシュ。アルジュナほんとにそういうとこしつこいから」
あとアルジュナはちょっと手が滑った程度でレイシフト先の地形を更地にする男であるので、皆が思うほど品行方正でもない。許容範囲を超えると結構簡単にテンパるので、立香は寧ろそういうときの彼の方が好きだったりする。ついついカルナと一緒に悪ふざけしてしまうのも大体それが理由だ。
「話を戻すけど、昔って医療技術も大したこと無かったし、結婚適齢期も今より低くて結婚は義務みたいなもんだったでしょ。恋人もなしに未婚のままで一生を終えた人の方が少ないんじゃない?」
「アンデ……」
「それ以上はいけない」
幾ら伝記に掲載されていても人の一生をどうこういうのはよろしくない。マスターはすかさず人差し指を立てた。玉藻の前はこういうところ容赦が無い。
さて、そろそろ紅茶も無くなってきた。宴もたけなわである。
「とにかくまあ、それ以上に具体的なことって言われてもまだピンとこないし、この話はもうやめよ? 恋ってするものじゃなくて落ちるものなんでしょ? マリーちゃんだってアマデウスや旦那さんを好きになろうと思って好きになったわけじゃないんじゃない?」
「あら? ――うふふっ、そうねマスター。その通りだわ」
ぱちり、とシルバーブロンドの睫毛に縁どられた眼をぱちくりさせたマリーが、ふ、と綻ぶように微笑む。好奇心旺盛な少女が少し大人になった印象を与える柔らかな微笑に、部屋の空気が僅かに変わった。
「……はーっ、もう、こういうグレーな決着のつけ方ばっかり上手いんだから、アンタは」
「マスターですから、これでも」
マリーが追及の手を引っ込めたことで不利を悟ったのだろう。メイヴがやれやれとかぶりを振る。立香はにんまりと笑みを深めた。
これで今度こそ、この話題は終わりということで良いだろう。
後日。
「式部さーん」
「あら、マスター」
最近カルデアに設置された広大な図書館。その主である日本最古の女流作家は、ほてほてと近づいてきた少女に表情を綻ばせた。人類最後のマスターである彼女は当然司書、改め紫式部のマスターでもあるため敬う相手である。が、それ以前に彼女は存外読書家で、それでいて本をとても丁寧に扱うという点でとても好感が持てる相手であった。図書室のマナーがしっかり守れる人だというのもポイントが高い。
夢にまで見た(サーヴァントは夢など見ないが)カルデアデビューは思っていたのと違うことも多かったが、マスターがこの少女であったことは大当たりだったと言えよう。
「これ、貸出お願いします」
「はい、少々お待ちくださいね。……あらこれは、少し珍しいジャンルですね」
司書は本を差別しない。本を丁寧に扱って返す限り読者もそうだ。しかしそれはそれとして、誰がどんな本を借り、読み進め、血肉とし、或いは意に添わぬと拒絶するのかは常に気にしている。
ちなみにこのマスターの場合、大抵は歴史書や神話の専門書、或いは時折趣味なのであろうライトノベルや漫画というラインナップが多い。
「マスターが恋愛小説をお読みになるのは初めて見ました」
「んー、まあちょっとね」
ちら、と金無垢の瞳をそらし、決まり悪そうに頬を掻く立香。サーヴァントの人外じみた美貌と比べて、何とも他愛なく手のひらで愛でたくなる可愛らしさだ。絶世などとは呼べる者ではないが、等身大の、地に足がついた人間の、気取らない可愛らしさに目を細めたくなる。
……と、
『――恋とは、するまでもなく落ちるもの』
「あら?」
「? どしたの?」
「い、いえ」
『自分で言っておいてなんだが、そんな突然やってこられても困るし万が一サーヴァントの誰かを好きになったらどうすればいいのか分からないし……今のうちにフラれる練習くらいしておこうかな。
そんなことを考えつつ、似合いもしない悲恋物語ばかり選んでしまったマスターなのであった』
「……」
「式部さん? 式部さーん?」
「はっ!!」
泰山解説祭――紫式部の傍にいる人間の思考や行動を、本人以外に見える形で解説してしまう呪い。主にサーヴァントが被害に遭うものだが、この場にいるのが彼女とマスターだけであれば当然マスターがターゲットになる。それにしたってこんなタイミングで発動するのはいかがなものかと思うが、いやそれより。
「あの、マスター」
「うん?」
「……私が言うのもなんですが、マスターはもう少し前向きに構えてよろしいかと思います」
「へ?」
首を傾げる立香相手にそれ以上何と言っていいかもわからず「はわわ」と狼狽える紫式部。うっかり覗いてしまった彼女の思わぬネガティヴ思考にどうフォローを入れたら良いものか、平安一の文豪は暫し頭を悩ませることとなった。
不穏な終わりっぽいですが本人はあっけらかんとしてるのでお許しください。
泰山解説祭めっちゃ便利ですね。うちにはいませんけど。