××の先祖返りだった藤丸立香の話(未完)   作:時緒

13 / 19
第一話でちょっぴり言及した「言語の壁」が発生した話です。

何処の国・いつの時代のサーヴァントとマスター同士でも意思疎通には問題ないようですが(聖杯から与えられる知識のお陰?)、科学も取り入れてるし英霊の数が多すぎるカルデアならまあこういうエラーもありそうかな、と。

時間軸は不明ですが恐らくは1.5部辺りです。

※原典のカルデアでこんなバグは多分起こりません(多分)。
※逆ハーのつもりはありませんがやや鯖ぐだ(鯖→ぐだ)要素が強いです。
※オチが出来の悪いラブコメもどきです。大変申し訳ありません。


Extra Edition 主な操作とは関係がありません
言語調節機能がバグった話


 普通の朝だった。つまりはいつも通りの始まりだった。

 

 いつも通りの時間に意識を浮上させ、けれどいつも通りレムレムしているといつも通りの時間にマシュが来てくれた。これはたまにエミヤに代わったりタマモキャットが来てくれたり、あとはブーディカだったりマルタだったり玉藻の前だったり、はたまた溶岩水泳部の誰かだったりするのだが、少なくとも今日はマシュだった。

 溶岩水泳部に関しては起こしに来る、というより寝顔を眺めたり添い寝しに来るという意味合いが強いのだが、これは蛇足なので割愛する。

 

『おはよ、マシュ』

「おはようございます、先輩」

『ごめん、シャワー浴びるからちょっと待ってて』

「勿論です。外でお待ちしてますね」

 

 二つ返事で部屋を出たマシュを見送った立香は、すい、と水を蹴って水槽から顔を出す。

 今日もまた水槽で眠ってしまった。別に水槽で寝ることが悪いというわけではないのだが、朝起きたときに身体を一度拭いて、自立歩行可能になった状態で更にシャワーを浴びなければならないのは面倒くさい。

 レイシフトが休みの日の方が珍しいのだから、毎日ちゃんとベッドで寝るべきなのは分かっている。分かってはいるものの、側にぷかぷか浮かんでいられる水籠があるにも関わらず放置して寝る、というのが、どうにも本能に逆らっている感じがして気持ちが悪いのだ。

 

 つまるところ、藤丸立香の思考は多くが人間のそれであるが、やはり先祖返りらしく人魚の生態を覗かせることも多い。気がつけば鼻歌を歌っていることも最近増えた(ちなみにバリエーションはJ-POPが大半である。オタク文化に長年親しんでいるお陰でアニソンの割合高め)し、正体を隠すことが無くなってから少々大胆になっている自覚はあった。

 

「待たせてごめんね、いこっか」

「はい。今日の朝ご飯は玉藻の前さんが担当されていましたよ」

「ほんと? じゃあお味噌汁はお揚げかな。楽しみ」

 

 厨房を取り仕切るサーヴァントの半数が日本人(或いは日本をルーツにするサーヴァント)であるからか、カルデアの食事メニューは和食がそこそこに多い。日本人の立香にとってはそれだけでも嬉しいことだが、マシュも日本食を気に入ってくれているので更に喜ばしい。

 

「お味噌汁、私も好きです。日本人の大豆好きには驚きましたが」

「あー、そう言われると納豆も味噌も豆腐も全部大豆だね。あともやしと枝豆も同じ植物だし」

 

 日本人は水と米と豆があれば生きてけるかも、なんて冗談を飛ばしながら歩いていると、向かう先で何か怒声のようなもの、或いは悲鳴のようなものが聞こえてきた。それも複数。

 

「……うーん、猛烈にUターンしたい気分」

「気持ちは分かりますが先輩、それは問題を先延ばしにするだけかと」

「だよねー」

 

 是非も無し、と呟いて、心なしかのろのろと食堂に向かう。先のことを考えれば急いだ方が良いのだが、急いでものんびりしても結局待っている結果は同じだろうと踏んだ結果だ。

 一言でいうなら、「ぺろっ、これはトラブル」である。カルデアはいつでも大小様々、悲喜交々の事件であふれている。そして最初は蚊帳の外にいるはずのマスターは、気づけばその渦中に巻き込まれるものなのだ。

 

「おはよー」

「ああ、おはようマスター、丁度良かった」

 

 食堂の入口でいきなり誰かの宝具が飛んでくる、ということは幸いにして無かった。何故か厨房の方ではなく入り口で項垂れていたエミヤの様子が気になったが、今は良いだろう。それよりも、その隣にいたブーディカに「おはよう」と声をかけても、何故か困ったように笑うだけで終わらされたのが気になった。

 

「ブーディカ?」

 

 いつもなら弾けるような笑顔で「おはよ、マスター!」と挨拶をくれる筈の彼女が、こんな苦笑いを浮かべているのは珍しい。以前起こったシュメル熱騒動ではないが、まさか喉の調子でも悪いのかと、立香は勿論マシュも首を傾げる。

 

「今説明しよう、こっちに来てくれ」

 

 エミヤに促されるまま食堂に入ると、そこでは小規模なスーパーインド大戦……もといカルナとアルジュナが睨み合いをしていた。睨んでいるのは主にアルジュナだが、カルナは素で目つきが鋭いので何もしなくても睨んでいるように見えてしまう。

 とはいえ見慣れた立香にしてみれば普通の顔で、寧ろ歯までむき出しているアルジュナの方が余程怖い顔をしている。間に挟まれて何とか止めようとしているラーマの、如何にもうんざりした顔がいっそ哀れだ。

 

「おはよ、朝からどうしたの?」

 

 こういうとき、アルジュナに話を聞くのは駄目だ。感情的且つ一方的になっており、それは違う、とカルナが訂正を入れる傍から噛みついて話が進まない。かといってカルナに聞くのも駄目だ。彼は要所要所で「一言多くて一言少ない」ので、誤解を招く発言となってしまいアルジュナの怒りに火を注ぐ(油ではなく火そのものを注ぐというのがミソだ)。

 だから、まずは第三者のラーマに。立香がそう思ってポンポン肩を叩くと、ラーマは夕陽色の髪の間から如何にもほっとした表情を浮かべた。出典も時代も異なるというのに、同じインド出身だからという理由でいちいち彼らの間に立たされる優等生の気苦労がしのばれてならない。

 

 よしよし、仕方ないバトンタッチだ。そう思っていたのだが、

 

「���絖���������! 罘���純�紫��腥�鐔����――……」

「は?」

 

 ぽかん、と間抜けな顔をしてしまっているマスターに気づかず、ラーマは何事かをまくしたてている。だが分からない。彼が早口だからとかそういうことではなく、彼の話す言葉の意味が頭に全く入ってこないのだ。

 

 おかしい。声はいつものラーマなのに、姿だって普段と変わらないのに、何を喋っているのかまるで理解できない。いや、彼の顔色を見ていればなんとなく分からなくもないような気はするが……。

 

「鐚�鐚�鐃�鐃<……」

「�������! �����������腥���!」

 

 駄目だ、やっぱり分からない。更に言えば、横から割り込んで何か叫んでいるアルジュナの言っている意味も伝わらない。彼らの姿をした宇宙人がまくしたてているのだと言われたら信じてしまいそうだ。

 

「え? え? ちょっと待てどういうこと?」

 

 半ばパニックになりながら、最後に残ったカルナを見る。彼は立香達が来てから一言も話していない。一縷の望みをもって表情の薄いそのかんばせを仰いだのだが。

 

「…………………����」

 

 多分「すまん」とでも言われたのだろう。そんな気がするし、多分間違っていない。

 それが立香にもわかる言語としては、幾ら頑張っても聞こえてはこなかったけれど。

 

 

 

『トリスメギストスの一時的な機能不全』

 

 食堂どころかカルデア中をパニックに陥らせた『トラブル』の原因は、調査すると割とあっさり分かった。

 時代も地域も文化も世界観さえ違う場所から召喚された英霊達とマスターはシステム・フェイトの仲立ちによって契約しているが、契約したことで発生する諸々の必須事項(それこそ言語の問題や自分達とは異なる文化圏の英霊についての基礎知識など)はトリスメギストスがバックアップ・フォローしている。今回はその機能の一部に不具合が出てしまったらしい。

 

「あー、そういえば昨日はシミュレーションルームが一つトんだっけ?」

 

 多くのサーヴァントを抱えるカルデアは、当然そのために消費される膨大な魔力を前提としたシステムで動いている。毎月の電気料金は、きっと一般家庭であった立香の経済状態からすれば破産するほどの巨額だ。

 しかしその分、多くのサーヴァント達がそれぞれ問題なく顕現し、戦闘し、そして真価たる宝具も使用できるよう、環境は万全に保たれている。

 

 が、昨日は所謂武闘派・体育会系とされるサーヴァント達が鍛錬中、何かの拍子に連鎖的に火をつけてしまったこと、そしてそこに普段なら交わらないバーサーカー勢だとか、あとは一部何故か古代王も加わってしまったのだ。そうなると少数派の真面目組だけではどうにもならず、寧ろ自分達の対応が如何にもないがしろにされることにやがてプッツン来てしまい、ついには自ら武器を振り回すようになる始末。

 

 ……思い返してみても、あれは酷かった。大○闘スマッシ○ブラ○ーズも真っ青の馬鹿騒ぎだった。まさかレイシフトもしていないのに令呪を全部消費することになるとは欠片も思っていなかった。シミュレーションルームは文字通り木っ端微塵となり、あと少し何かの威力が大きければ一番外側の壁にも大穴が空いていたほどだった。

 

 カルデアの設備は殆どが地下に位置しているから、下手なことをすれば雪と氷塊と土砂が一斉に雪崩れ込んでくる。当事者たちは勿論、率先して事態の炎上を謀っていた一部のサーヴァント(主に愉悦王)の首に「私がやりました」の木札を下げさせるだけの罰で済ませた、スタッフとマスターの恩情に彼らは心底感謝すべきである。

 

「つまり、放っておいてもいずれ解決する問題ということだ。あくまで一時的なバグであり、機械の整備不良でもなければウイルスが悪さしているわけでもないからね。逆に言うと、その『一時』が過ぎるまでは誰にも解決ができない。そしてその『一時』がいつ終わるのかは分からないときたもんだ」

 

 ダ・ヴィンチが相変わらずの微笑みに、しかしほんの少し苦みを含めて言う。ちなみに彼女は天才らしく現代英語を習得済みで、コミュニケーションに困ることは無かった。

 

「半永久的ってことはないよね?」

「流石にね。もしかしたら一時間後には元通りかも知れないし、逆に一週間経ってもこのままってこともあるだろう」

「厄介だなあ、それ」

 

 つまりそれは、普段通りのスケジュールがいつこなせるようになるのか見通しが立たないということだ。これでは特異点修復や周回どころか、まともな生活がちゃんと送れるかどうかも怪しくなる。

 

 たかが言語の問題と言うなかれ。大問題だ。かつてバベルの塔に雷が落ちたとき、神は「世界中の言語をバラバラにすること」を罰とした。これによって互いの常識は食い違い、諍いの種はそこかしこに蒔かれた。旧約聖書の物語が何処まで真実かはさておきとして、少なくとも聖書が成立した当時から「言語の壁」は深い問題として認識されていたという証左になる。

 

 国境の差、だけなら良い。それは立香とマシュそしてカルデアのスタッフ達が乗り越えたものだ。勉強がさほど得意でなかった(特に英語は苦手科目だった)立香が火事場の馬鹿力によって英語のリスニングとスピーキングを習熟したことで、彼女はものの半月程度で皆と問題なく会話が出来るようになった。これがもしフランス語、ドイツ語、中国語――或いは世界の隅っこで使われている独自言語だったとしても、それが現代の言葉であればいつかは習得できたことだろう。

 

 しかしながら立香とサーヴァント、特に古い時代の出身であればあるほど、この流れは通用しない。

 

 文語と口語、という言葉を聞いたことがあるだろう。江戸時代までの日本の書物は文語で書かれ、明治時代になって国語の科目が必修となったことで口語文体が成立した。此処までは良い。

 文語は書き言葉、口語は話し言葉。これだけを聞けば「昔の日本人は書き言葉と話し言葉が違っていた」という認識を持つだけで終わる。

 

 では問題、何故日本語は文語と口語に分かれていたのか。

 アンサーは単純至極、昔は「文語こそが口語であった」からである。

 

 つまり「文語」などと言ってはいるが、昔はあの文語体こそが真実日本語の書き言葉であり話し言葉であった。古の日本人は「エモい」の代わりに「をかし」を使い、「うわあ!」と悲鳴を上げる前に「あなや!」と叫んでいたのである。多分。当時の話し言葉のレコードなど無論残っていないが、それは恐らく間違いない。何故なら意図して文語と口語を分けることのメリットが少なすぎるからだ。

 

 平安時代の文学といえば「春はあけぼの~」から始まるアレか、或いは「今は昔、竹取の翁といふもの~」が大体思いつくだろう。教科書に載っているレベルの文章を一読して、100%過不足なく意味を理解した中学生が、果たしてどれほどいるだろう。そもそも今では廃れてしまったひらがな、使われなくなってしまった文法さえ多々あるというのに。

 

 最近は戦国武将が現代日本にタイムスリップするライトノベルなども多々あるようだが、もし我々が真実彼らに遭遇した場合、まずすべきは電化製品のレクチャーなどではなく猿でもわかる現代日本語講座である。

 

 前置きが長くなったが、つまりそういうことだ。

 同じ日本人であっても時代によってそれだけの差――異国の言葉といって差し支えのない差が生まれる。況やこれが外国、それも数百年前、ことによっては数千年前の人間相手であったとすれば、どうなるか。

 

「R0K0�0K00�0�0�0�?」

「すっごいねクー、宇宙語にしか聞こえない」

 

 結論から言おう、カオスである。

 

「サーヴァント化しても駄目です。皆さんの言葉も分かりませんし、私の言葉も通じません」

 

 カルデア内で珍しく大盾を抱えたマシュが弱々しく首を振る。

 

「拙いなあ、これじゃレイシフトどころじゃないや」

 

 一応だが、誰とも彼ともやりとりが出来ない、というわけではない。

 

 たとえば立香なら、日本人サーヴァントの中でも比較的近代――例えば新撰組のメンバーや維新志士達――の者達、エジソンを始めとした近代英語圏出身者、そして疑似サーヴァントの中でも依り代の自我が強く出ている諸葛孔明や司馬懿には、何とか話をすることが出来た。他、やはり近代ヨーロッパ勢には同地域出身のスタッフが何とかコミュニケーションを成立させている。また、一人だけだがチャイニーズのスタッフもおり、彼はモノクロ写真が存在する時代に生きた李書文とは会話が出来た。

 

 あとは事情を理解したサーヴァント達がある程度意思疎通が図れる相手(つまりそこそこ時代や地域の近い他サーヴァント)に事情を説明する。……そのような伝言ゲームを時間をかけて行うことで、混乱するサーヴァント達の何割かは落ち着かせることが出来た。 

 

「�����! ������罘����っ!」

「だから本当に分からんのよ、アルジュナ。落ち着いて」

 

 しかしながらこの通り中世より以前、特に古代や神代のサーヴァント達はどうしようもない。アルジュナを初めとしたインド系サーヴァントは勿論だが、後ろで不機嫌そうに顔をしかめている古代王達、あとはやれやれと顔を見合わせているケルト勢などは本当にどうしようもない。メソポタミアに至っては文字さえ完全には解読できていないのだ。これで意思疎通しろという方が無理がある。

 

 それでも、立香達にとって彼らの言葉が宇宙語そのものであるように、彼らにとっても立香達の言語はわけのわからない音の羅列そのものだ。聡明な方々が多いお陰で、彼らも「何らかの理由で言葉が通じなくなっている」ことは理解しているようだった。

 

「���っ、������……!」

 

 通じないと既に分かっているはずなのに、アルジュナにマスターはまだ何か言い募っている。どうどう、と両手を軽く挙げて見せると、酷く歯痒そうな、それでいて忌々しげにも見える表情を浮かべ、く、と唇を噛む仕草はまるで癇癪を起こした子供のようだ。本人は頑として認めないが、基本優等生然としている彼は時折こういうところがある。

 

 普段であれば落ち着け落ち着け、とお茶なり周回なり付き合うところなのだが、今はそれも出来ない。意味の分からない言葉で怒鳴り続ける彼の疲労も心配だし、怒鳴られる此方もストレスだ。

 

「落ち着いてってば、もう」

 

 言葉が分からないならこうだ――立香はよいしょと身を乗り出すと、自分の頭の天辺より高いところにあるアルジュナの唇を、ぷにりと強めに突いてやった。

 

「��……!?」

 

 今のは分かった。「何ですか!?」とかそういう感じだ。大仰に仰け反ったアルジュナの耳が仄かに紅いように見える。

 おや、と首を傾げる立香を余所に、アルジュナは白い衣を翻し足早に何処かへ去って行く。追いかけようか、呼び止めようかと迷って、けれどそうしたところで何も伝えられないと思うとそれは出来なかった。

 

「何、今の反応?」

 

 まさかとは思うが、照れたのだろうか? いやそんな馬鹿な。全盛期の若い姿で現界しているとはいえ、彼は享年百歳以上のご長寿英雄である(異父兄のカルナも同様)。おまけにマハーバーラタでは彼に四人もの妻がいると書かれていた(しかもうち一人は兄弟五人で共有している)。

 いやしかし、そうでないとしたらあの耳の赤みは見間違い? いやでも、考えてみれば古代インドなら男女のスキンシップなど、それこそ夫婦間くらいのものだろう。小娘とはいえ赤の他人たる女にいきなり触れられたらああもなるかも知れない。

 

 ……謝るべきだろうか? 言葉が通じるようになってからになるが。

 

「どうしよう?」

 

 通じないのも忘れて同じインド勢を仰ぎ見ると、カルナは相変わらずの無表情、ラーマは何故か可哀想なものを見るような目で此方を見ていた。

 

 

 

 トリスメギストスが本調子に戻るまで、ひとまずレイシフトは中止となった。何せマスターとサーヴァントの間で意思疎通が出来ないのである。戦闘中の指示は出せないし、出しても通じないし、何かの食い違いで互いの絆に亀裂が入ることさえ考え得る。となれば、互いに危険を冒してまでレイシフトすべきではない。

 

 仕方がないし、誰が悪いということでもない。寧ろ降ってわいた自由時間を楽しむくらいの図太さが必要なのだと言うことは分かっている。分かっているのだが。

 

『困ったもんだ』

 

 暇である。何せマスターの一日は過密スケジュールが基本で、オフといいつつ大体何か予定が入っていることが常だ。しかし言語が通じないという根本問題のせいで、そうした忙しさは突然鳴りを潜めてしまった。何もしなくていい時間というものがこんなに苦痛に感じるのは、一体どれくらいぶりだろう。

 

 暇ならそれで良い。寧ろゆっくり休めそうだ、と不謹慎ながらも思っていたのは最初の一日だけだった。二日目からは退屈で、四日目の今日はもう持て余した時間そのものが憎らしい。

 いつもなら頼まなくても突撃してくるサーヴァント達さえ今は遠慮しているし、食堂や談話室でぎゃいぎゃい喧嘩をするのが常の者達も、何故かヒートアップするより先に此方の顔を見て寂しそうにする始末。喧嘩の原因が分からない以上仲裁も出来ないので仕方ないのだが、あんな顔をされるくらいならいっそ部屋の一つでも吹き飛ばしてほしいとさえ思ってしまう。

 

「××××! ×××――――!」

「☆☆! ★★☆★★!」

『わぁお』

 

 ノックも無しに部屋に飛び込んできた音痴コンビ……失礼、エリザベートとネロの二人が水槽の前できゃいきゃい何か騒いでいる。ネロは何故か水着だ。片や十六世紀ハンガリー、片や一世紀古代ローマとお互い全く言葉は通じていない筈なのだが、何故か噛み合っているように見える。

 しかし二人は通じ合っているとして、立香には相変わらずイントネーションの違う宇宙語×2である。この二人が揃っているからにはどうせ次のライブ関係なのだろうが、主題が分かったところでどうしようもない。

 

 困って首を傾げる立香を余所に、再び合図も何もなく扉が開く。

 

『あれ、アルトリアにジャンヌ?』

「文字化ã 字匑」

「‚È‚ñ‚Æ‚©‚µ‚Ä‚­‚ê! ‚¿‚å‚Á‚Æ!」

『だからわっかんないってばー』

 

 むすっとした顔のアルトリア・オルタ。そして語調を強めて何かを話し始めるジャンヌ・ダルク・オルタ。ワントーン高いジャンヌの声が耳に障ったようで、アルトリアが低い声で何か茶々を入れる。内容はさっぱりだが大方お上品なスラングだろう。ジャンヌは耳ざとくそれを拾ってまた何か怒鳴り返す。

 が、内容は分からない。相も変わらずさっぱりと。

 

『おちつけって。訳も分かってないマスターを挟んで喧嘩せんでくれ』

 

 喧嘩ばかりする癖に何故か一緒に行動することの多い彼女達だが、言葉が通じないにも拘わらず喧嘩だけは出来ているのだから、もうある意味ソウルメイトなのではないだろうか。本人たちに聞かれたら一斉に両側の頬を抓られかねないことを考えながらも、しかし分からない新たな宇宙語二つに挟まれた立香は困惑するしかない。

 ちなみにブリテンの公用語はブリテン諸語といい、現代でいうところの英語とは異なる。

 

『どーせいっちゅーねん』

 

 思わずなんちゃって関西弁にもなろうというものだ。尾びれでパシャパシャと水面を叩いてみても、喧嘩がヒートアップしてきた彼女たちの耳にそんな些末な音は入らない。これはもう一人一人が疲れ果てるまで待つしかないのかと溜息をついたそのとき。

 

「マスター! 入りますね! 沖田さんですよーっ!」

『そーちゃん!?』

 

 救世主、到来。

 そんな言葉が脳裏をよぎった。桜色のセイバーもとい新撰組一番組組長、沖田総司。史実では男性とされているが――まあそんなことは此処カルデア、というか英霊達の間では珍しくない。

 

「おやおや騒がしいですね? はいちょっと失礼しますよー」

 

 ぐいぐいとアルトリア・オルタ達を押しのけて此方に進んでくる様はとても病弱スキル持ちとは思えない。その力強さと輝くばかりの笑顔が今とても頼もしい。立香は水槽から身を乗り出して『どうしたの?』と尋ねた。

 

「沖田さんからお茶のお誘いですよ、マスター。残念ながらノッブも一緒ですけどスポンサーは奴なんで! なんか良い茶葉とお饅頭があるそうなのでたかりましょう! 秘蔵の練り切りもあるとか!」

『ほんと? 行っていいの?』

「もっちろん! ていうかマスターもいないのにアイツと二人で茶ぁしばくなんて御免ですって!」

 

 君達そんなこと言って大概一緒につるんでるけどなあ、とは言わない。その代わり『じゃあ、お言葉に甘えて』と水槽からざばりと上がった。

 幕末を生きた沖田は勿論、安土桃山時代の信長はやはり日本語のニュアンスが現代人のそれとは大きく異なるのだが、それでも全く分からないというわけでもないので安心だ。時折「あれ?」と思う言葉はあるが、そんなものはお互い様なので各々が気にしないようにすれば良い。

 

 とにかく、お茶だ、お饅頭だ。何より母国語で話せる数少ない相手のお誘いだ。尾びれの水分を拭き取ろうとバスタオルに伸ばした手が、がしりと横から掴まれて止まった。

 

「å­—å­—å­—å­—åŒåŒ åŒ」

『わ……! あ、アルトリア?』

「北å­」

『うわっ! とぉっ!?』

 

 ざっばん! と水が大きく波打つ。悲鳴を上げ終える頃には立香の身体は水槽から引き揚げられ、米俵のようにアルトリア・オルタの華奢な身体に抱えあげられていた。

 

『ちょ、アルトリア濡れてる濡れてる! なに? なに? どうしたの?』

 

 びしょ濡れの尾びれでぶっ叩くわけにも行かず、上半身だけで抵抗しようとするも上手くはいかない。そもそも抱えあげられている理由も分からず必死に首を巡らせると、そこでは何故かアルトリア・オルタを背にしたジャンヌ・オルタが旗を構えていた。

 

『え!? なに? なにごと!?』

 

 そしてその戦闘態勢のジャンヌ・オルタの向こう側では、笑顔をびきりと引きつらせた沖田が仁王立ちしている。その傍ではネロとエリザベートがぎゃあぎゃあと姦しく何かを騒いでいるが、そちらはやはり理解不能だ。しかし意味は分からなくてもこれだけは分かる――一触即発であると。

 

「Ӗ¡‚ª•ª‚©‚ç‚È‚©‚µ‚Ä‚­‚ê」

「ええ? なんです? エイリアンの言葉ですか?」

「nŽ­‚¶‚á‚È‚¢‚́H」

「わっかんないですねー。マスターも沖田さんも日本人なんでぇー、日本語喋って貰えますかー?」

 

 煽ってる煽ってる沖田さんめっちゃ煽ってる。立香はもう顔面蒼白だ。言葉が分からなくても悪意は伝わる。案の定部屋の空気はどんどん悪くなっていて、肩越しに振り返るジャンヌ・オルタの背中からはもはや黒い炎が立ち上っているかのようだ。

 あ、やめて! 総ちゃん鯉口切らないで! ネロも剣出さないで! エリちゃんこの部屋は防音じゃないから歌わないで! 通りかかった誰かがしんじゃうう!!

 

「あっ」

 

 アルトリア・オルタの衣装に水分が吸い取られたのか(礼装をタオル代わりにしたのは申し訳ない)、下半身の鱗がおもむろに融け消え始める。一つになっていた尾が二本の脚に分かれ、上半身のきわどいところをかろうじて隠していた紗も崩れていく。

 

 つまりどういうことか。

 たぐいまれな金髪美女に俵抱きされたすっぽんぽんの完成である。

 

「ちょっ、ちょちょ、待って待って待って。流石にこのカッコでこの大勢は流石にはず――……」

「先輩! 先輩大丈夫ですか!? 入りますね!」

「失礼、マスター。先ほどから随分騒がし、い、が……」

「オウ、ジーザス」

 

 ああ、何というタイミング。何という人選。流石は幸運E。貧乏くじを引くことに定評がありすぎる男。マシュと一緒に来たがためにノックのタイミングを与えられなかった彼に幸いあれ。

 

「……えーと」

 

 凍り付いた部屋。その中でまるでゾンビのような顔つきで入り口付近を睨むサーヴァント達。咄嗟にマシュがかばっているのは台所の守護者であるが、キッチンでは最強の彼もマスターの部屋では、そして女性ばかりが相手となれば分が悪い。

 

「――――令呪をもって命ず! アーチャー・エミヤ、全力でここから逃げろ!」

「感謝するマスター!! 謝罪と埋め合わせは後で必ず!!」

「★★? ☆☆☆★……★」

 

 あ、今のエリザベートの科白はなんとなくわかった。「乙女の柔肌目の当たりにしておいて生きて帰れると思うなよ」的なやつだ。カーミラになる前の彼女は割と王道少女漫画的な路線の恋愛観を持っているのである。

 

 ちなみにこの程度のラッキースケベ(ラッキーかどうかは分からないが)、割とレイシフト先ではよくあることだったりするので立香は割と動じていない。寧ろ似たようなことがいちいち起こるたびに目くじらを立てる女性サーヴァント達(と、保護者気質の男性サーヴァント)についていけないことの方が多いのだが、それはまあ良い。

 

 問題はこの後だ。

 

 脱兎のごとく逃げ出したエミヤ。鬼の形相でそれを追いかける女性五人。先頭を走ったのはセイバー屈指の機動力を誇る沖田だ。エミヤが上手く逃げられるかどうかは分からない。クラス相性が有利に働くことを祈るしかない。何せ彼女達全員を抑え込むには、残り二画ではとても足りない。

 

「せ、先輩……私は……」

「巻き込まれるから此処にいて。『いまは遥か理想の城』使えるなら追いかけてもらうトコだけど」

「すみません……」

「いや良いって。ていうかごめん、私も余計なこと言った」

 

 珍しく迂闊なことを言ってしまった。立香は決まり悪くなって頭を掻く。挨拶も無しに突然マシュの中から退去していたギャラハッドに思うことこそあれ、マシュがそれを気に病むようなことは言うべきではないのに。

 

「ちょっと疲れちゃったのかも。ごめんマシュ、何か急ぎの用事?」

「あ、いえ。先輩の部屋が何やら物々しい雰囲気だったので。余計なお世話かとは思ったのですが……」

「ぜーんぜん、助かったよ。ありがと」

 

 お陰でエミヤが尊い犠牲(と書いて生贄と読む)になってしまったが。

 

「なんかさー、みんな突然部屋に来て好き勝手言うんだけど……悪いけどホントに分かんないんだよね。言葉が通じないっての嘘だと思われてるのかなあ?」

「それは無いと思いますが…‥」

「だよねえ、だってサーヴァント同士でもちぐはぐしてるし」

 

 普段ならそれなりに楽しい筈のドタバタだが、意思疎通が不可能となると途端に気疲れの度合いが大きくなる。言葉とはかくも大切なものだったのだな、と立香は改めてバベルの塔を崩した神の怒りの大きさを思い知った。

 

「多分、皆さん寂しかったのだと思います。ここ数日随分我慢されていたようですし……」

 

 今日はちょっと何かが切れちゃったんだと思います。マシュはそう言って困ったように笑った。元より責める気も無かったが、そんな風に言われるのは些かむず痒い。

 

「んん、あんまり自意識過剰になるのもどうかとは思ってたけど、私ってば大事にされてたんだねえ」

「それは勿論! 先輩は私達全員の大切な人ですから!」

「わーんマシュだいすきィ!」

「先輩――――!!?」

 

 バスタオル一枚を巻いただけのマスターから全力の抱擁を受けたマシュがオーバーヒートを起こして倒れてしまうのは、この二秒後のことである。

 

 ちなみにカルデア全体を襲った未曽有の障害は、この日の夜に無事解消された。そしてそれから暫くは用も無いのに「マスター」「マスター、ちょっと」と立香を呼びつけるサーヴァントがやたらと増えたり、普段は用事が無ければ来ないサーヴァントがマイルームに延々居座ったり、更には中世以前のサーヴァントを中心に「サルでもわかる日本語講座」が定期的に開催されるようになったり、果てには

 

「マスター、マスター、ラテン語を学んでみぬか? 今なら余が直々にりすにんぐのレッスンをしてやろうぞ」

「ラテン語って難しすぎて『ギリシャ語使うからいいや』って東ローマでポイされちゃった言語なんですが」

「此処にいましたか、マスター。これをどうぞ」

「……なんとなくわかるけど一応聞くよ? この人を撲殺できそうなレベルの分厚い書籍は何?」

「私とラーマ殿が夜なべしてまとめた『犬でもわかるサンスクリット語』テキストです」

「やっぱりそうか! やらない! ぜったいやらないからな私は!」

 

 このように自分達の言語をここぞとばかりに学ばせようとする者達も一部現れたりと、なかなか混沌とした状態が続いたのだが、これはまあ仕方のないことだろう。

 

「いやあ、今日も大人気だねえ立香ちゃん」

『嬉しいけど! 嬉しいけどこれ以上勉強はしたくないです! 英語だけでゆるして!』

 

 頭がパンクする! と立香は部屋の水槽に引きこもり叫ぶ。ばしゃんっ! と一際強くたたかれた水面から、大粒の飛沫が抗議するように部屋中に撒き散らされたのだった。




マリーちゃんモーション変更決定おめでとうございます(本編に関係のない祝辞)。
てっきりアマゾネスドットコムの開始と同時にアップデートされるもんだと思ってたのですが違いましたね。
インフルで寝込んでましたがだいぶ良くなったのでスマホは覗いてるお陰でアマゾネスドットコム全クリしました。

ちなみに今回出てきたサーヴァント、半数以上がうちにはいません。つらい。

ていうかアーラシュさんとかエウリュアレ様とかアマデウスとかナーサリーライムとかモーション早く変えて欲しいサーヴァントいっぱいいすぎて……まあでも我らがアルトリアさんの変更がつい最近でしたし、まだまだ先は長いんでしょうね。

アマデウスとか二部一章で……ねえ?(聞くな)
知名度的にはさておきサリエリさんのが星の数も多いしモーション凝ってるし……がんばろーぜホント。

待ってます。
待ってます。(大事なことなので二度言いました)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。