××の先祖返りだった藤丸立香の話   作:時緒

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思ったより早くあげられたアメリカ編です。
この辺りは要所要所を抑えつつそれなりに続きものとして書きたいと思います。

前までの話でちょっと書きましたが、これ以降の話は若干「鯖ぐだ」?ぽい描写が増えます。
親愛とか友愛が大多数なのは変わらないと思いますが一部恋愛感情込みになる場合もある、かも?(不透明)

「人魚」要素も多くなったり少なくなったり。

そして連載として設定が肉付けされるにつれてぐだ子ちゃんの性格が原作と違ってきているところもありますが、そこらへんは広い心でお許しいただけると嬉しいです(とても今更)

※今回の話は一部地の文が割と下品です。カレーを食べる前と後に読まない方が良いかと思われます。
※結局「何でも許せる方だけどうぞ」になります。


Chapter 1-5 坩堝かサラダボウルかで世代が別れる国
超音波注意報が発令されました


 特異点へのレイシフトの数は既に両手の指では足りない。聖杯を回収したあとでも僅かな異常を感じその調査をすることもあったし、時折不意に発生する微細な特異点を修復しに赴くこともある。カルデアゲートを通って向かう修練場については、もう何度潜ったか数え切れない。

 それでも新たな特異点――これで五つ目にもなるが、どうしても緊張はする。

 

「わー、ギル様がお見送りなんてめっずらしー」

「光栄に咽び泣いても構わんのだぞ、雑魚?」

「咽び泣くより先に悪寒がするかな。レイシフト先でいきなり爆弾とか降ってきたりし、ったたたたた! いたい!」

「おーおー、間抜けな顔によく伸びる頬よな」

 

 相も変わらず凄絶に美しい笑みを浮かべるギルガメッシュの周囲は、まるで穴が空いたように人気が無く、静まっている。元よりそこに立つだけで人に頭を下げさせてしまうようなカリスマの持ち主であることに加え、彼の気質は十人いれば十五人が「暴君」と断言するレベルの暴君だ。既にエルキドゥと友情を結んでいることは会話の端に上った彼の名前で知っているが……。

 つまるところ、ギルガメッシュ王はエルキドゥとの出会いによって「元々あった名君の資質を覗かせるようになった」だけであり「慈愛に満ちた心優しき王に変貌した」わけではなかったのだろう。歴代の中国王朝では大概ボロクソに言われている秦の政策の多くを後から興った漢が流用した例からも分かるように、名君と暴君は紙一重なのだ。

 

「よく伸びる、ってか伸ばしたんでしょーよ……ご自分のクソ力わかっててやってるのがまた……」

 

 などと文句を言いつつも、立香にとってこの清々しいまでの暴力的ゴーイング・マイウェイは見ていて気持ちがいい。だからアンデルセンに対してそう思うように、どれだけアイアンクローやヘッドロックをくらわされようが彼のことはそれなりに好きだ。口に出したら「不敬」の一言で足蹴にされそうなので、流石に言わないが。

 

「せ、先輩」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ほっぺ千切れてないならまだ平気」

「千切れてなくても今のはアウトだと思いますが……」

 

 とはいえマシュにとってはどうしても「先輩に不当な暴力をふるう怖い英霊」という認識が強く、それでいて他のスタッフからすれば「時々はわけのわからないことをやるけど基本的に滅茶苦茶怖い王様」でしかない。おまけにこれまで特異点修復には全く協力せず、マスターの見送りにさえ一度も来たことが無かった彼が今この場にいるということが、既にレイシフト前から相当な違和感となってこの場に突き刺さっているわけだ。

 

「えっと、事前に繋げとく魔力パス、は……」

 

 そんなわけで、いつもならそれなりに賑わいを見せるレイシフト前の管制室は、常とはまた違う緊迫に包まれている。気にしていないのは渦中のギルガメッシュと立香だけで、周囲は固唾を呑んで彼らのやり取りを見守っていた。

 

「クー・フーリン[ランサー]、アルトリア・ペンドラゴン[セイバー・オルタ]、諸葛孔明[キャスター]、ハンス・クリスチャン・アンデルセン[キャスター]、それから……」

 

 カルデアのバックアップがあるとはいえ、立香の魔力は(陸にいる限り)乏しい。故にレイシフトするとき、立香はマシュ以外に数名のサーヴァントを『スタメン』として選びパスを繋げておく。こうすることでカルデアに常駐する彼らの力をスムーズに借りられ、ある程度長時間顕現させても不都合が生じにくくなる。

 

 無論、戦況に応じて他のサーヴァントに切り替えることも出来るが、タイムラグが発生するため咄嗟の状況で使うことは難しい。だからこそこの『スタメン』選びはいつも立香に一任されている。ロマニもマシュもダ・ヴィンチも、立香の決定には最初から否やを唱えたことがなかった。

 

「ギルガメッシュ[アーチャー]。……ほんっとに呼びますからね、絶対来てよ」

 

 ぴ、と立香の少女らしいほっそりとした指が、ギルガメッシュの鼻先に突き付けられる。ざわ、と管制室が俄かにざわめいた。今まで一度たりとも特異点に同行しなかった英雄王への突然の(としか周囲には見えない)采配に落ち着く間もなく、笑みを浮かべたギルガメッシュの返答に彼らはまた肝を潰す。

 

「くどいわ、雑魚」

 

 かの王は重ね重ねの立香の無礼を見逃し、それどころか許容し笑みすら浮かべた。周囲はもう目を剥いて、「普段の行いが悪いから信用ならないんですよーだ」などと余計な口を叩きデコピンを受ける、人類最後のマスターを恐々として見守るしかなかった。

 

「おーい立香ちゃん、油売ってないで早くこっちおいで」

 

 万能の天才は、人類最後のマスターを童女を呼ぶように手招いた。立香も大人しくそちらに行く。もうギルガメッシュのことは振り返らなかった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん、何かあった?」

「勿論さ。さあ立香ちゃん、もうちょっとこっちに――手を出して」

「? うん」

 

 何の疑いも持たず右手を差し出す立香は、握手でもするつもりのようだった。ダ・ヴィンチはその手を義手でそうと掴み、「こっち」と柔い手のひらを向けさせる。

 

「まずこれが頼まれたもの。……それから『こっち』も」

「っ、これって」

「いやあ、苦労したよ。当時異端と散々言われながら解剖さえ嗜んだ身とはいえ――いや、だからこそかな。命を金で買えるなんて今も昔も思っちゃいないが、それでも君は替えが利かない。無駄打ちして何度も搾り取るわけにはいかないからね」

「……」

「だが、お陰でようやくアイディアが形になった。どの程度役に立つかは分からないが、『持っていきなさい』」

 

 

 

 聖杯戦争の崩壊によって黒く焼け焦げた冬木市、百年戦争の爪痕深きオルレアン、安定した帝政時代を謳歌していたはずの古代ローマ、大航海時代から切り離された果ての海オケアノス、霧深く闇深いヴィクトリア時代のロンドン。

 そして次の特異点は、なんとアメリカ大陸だった。アメリカの何処、ではない。北アメリカ大陸の半分、アラスカを除くアメリカ合衆国の領土ほぼ全てである。広さだけでいえば恐らくはオケアノスよりは狭いが、しかし船での移動が殆どだったあちらとは違い、此方は大半が陸路であることが予想される。

 

 この時点で立香は少々残念に思ってはいたが、それでも特異点は特異点である。独立した直後のアメリカといえば、血生臭いことを除けば西部劇の舞台である。ジェシー・ジェイムズ、ワイルド・ビル・ヒコック、ビリー・ザ・キッド、カラミティ・ジェーン、バッファロー・ビル……数多くのアウトロー達が夢を追い、野望を燃やし、享楽に耽り、流れ星のように生きて死んだ時代でもある。征服されたネイティヴ・アメリカンにしてみればたまったものではなかっただろうが、アメリカの成立と成長は確かに世界史に無くてはならないものだ。

 

 というわけで、オケアノスで一面見渡す限りの海を見たときほどではなくても、結果的に立香のテンションは上向きになりつつあった。なりつつあったのだが。

 

「到着早々流れ弾で吹っ飛ばされるとは流石に予想できなかった」

 

 アメリカ大陸に似つかわしくないレトロな雰囲気の兵士に襲われ撃退したまでは良かったのだが、まさかのフラグ回収の速さである。今頃モニターの前では愉悦王が腹を抱えて笑っているに違いない。

 ついでに言うなら気絶して目を覚ますや否や、はぐれサーヴァントとして顕現していた『白衣の天使』に腕を切除されそうになるとも思わなかった。

 そして復活して早々、これまたアメリカに似つかわしくないインドの大英雄に上から爆風をくらわされるとも思わなかった。

 

「特に最後のは駄目だね。向こうに殺す気が無かったから助かっただけだし、反省反省」

 

 うんうん、と頷いてもたれかかったのは冷たい石壁。人の頭の半分ほどしか隙間のない格子で外界と仕切られたそこはまごうことなき牢獄であり、立香は勿論マシュ、そして白衣の天使こと軍服を着たナイチンゲールそれぞれの魔力パスが無効化されている。

 ポンコツ魔術師の立香はさておき、サーヴァントすら封じ込めるこの術式、恐らく目の前にいる少女――の姿をしたサーヴァント謹製だろう。

 

「十九世紀のキャスターもなかなか捨てたもんじゃないでしょう?」

 

 エレナ・ブラヴァツキーはにこりと、一見すると無邪気に微笑んだ。幼い姿をしているが、それは本当に姿だけだと言うことはよくわかっている。ロンドンで散々辛酸を嘗めさせられたヘルター・スケルターを何体も同時に操って見せた、十九世紀を代表するオカルティスト。イギリスのSPRには随分泣かされたようだが、こうして英霊としてまみえたからには彼女をインチキ呼ばわりすることは出来ない。

 

「さいっあく、アメリカの物量作戦にインドのスケールのデカさとか凶悪にも程がある」

 

 とはいえ、捕まったことで色々と話も聞けて、それでいてこのアメリカのヤバイ現状も見えてきた。

 アメリカ国内における戦争といえばかの南北戦争だが、それよりずっと前の時代で火蓋が切られたこの東西戦争。

 

「戦術戦略何それ美味しいの? ごり押し人海戦術あとは個人の戦力で皆殺しYA-HA-! あとケルト以外は認めないから降伏してもぶっ殺☆ 野郎は殺すし女は犯すしガキでも家畜でも殺すYO☆ 何処から来てるのかは内緒だけど兵力はまだまだ尽きないし隠し玉もあるかもねー?」

 

 と、旅の恥をかき捨てすぎている東のケルト勢。

 それに対し西は

 

「アメリカ国民ではなくても忠誠を誓えば大丈夫! 時代は団結です! 朝から晩まで身を粉にして働いてアメリカ様に尽くしてくださいね! え? 過労死? やだなあそんなの幻想ですよ! お得意の大量生産大量消費でケルトとも張り合えます! え? 資源? なくなるのを気にしてたら勝てないじゃないですか!」

 

 の、まあこっちはこっちでアレなアメリカ代表。

 

 どっちがマシか? う○こ味の○んこかカレー味のうん○か選べと言っているようなものである。どっちもクソだ。結果的にどっちを選んでも明るい未来など見えない中で、取り敢えず味だけでも取り繕っている方を、と腐り切った魚の濁った眼で選ぶしか出来ない。

 

 しかもケルトはどうか知らないが、アメリカ側のトップはライオンと人間のキメラ……もとい英霊トーマス・アルバ・エジソンである。詳細はメインシナリオをなぞるばかりになってしまうので省くが、首から上が百獣の王で首から下がスーパー○ンというのが、なんかもう「ざ・あめりか」な感じというか何というか……まあ、残念である。色々な意味で。

 

 まあ何にせよやっていることがクソなら見た目がどうであっても大差は無い。

 

「ミス・立香。私が言うのもなんですが、淑女としてもう少し慎みを持つべきかと」

「ごめんなさーい」

 

 バーサーカーで顕現したためか生前からなのか、頭の中が九割八分「看護」「介護」「手当」で占められているはずのナイチンゲールに叱られた立香は少々反省した。反省次いでに現実逃避をやめ、脳細胞の働く方向を切り替える。

 

 さて、どうしたものか。

 

「思ったより冷静なのね。奥の手でもあるのかしら?」

 

 特異点を四つも攻略してきた人類最後のマスターは、本人の与り知らぬところでもはやいっぱしの軍師と化している。大概呑気かつ後先を考えない言動しか見てこなかったであろうブラヴァツキーは、がらりと雰囲気を変えた少女にすうっと眦を細めた。

 

「あったとしても絶対言わないし、無かったとしても狼狽えたら付け入られちゃうでしょ」

 

 奥の手、あるにはある。この拘束を吹っ飛ばす程度の火力、そして一時的にでもカルナを抑える戦力――が、使えるかどうかは別問題だ。

 

 まずアルトリア・オルタ。彼女の宝具ならカルナとも渡り合えるかも知れないが、この拘束のせいでパスが機能せず呼び出すことが出来ない。パスを繋いだ他の殆どの英霊達も同様だ。

 

 唯一いけそうなギルガメッシュも駄目だ。彼には火力もあるし単独顕現スキルがある。この拘束を物ともせず出てきてくれそうではあるが、代わりにこの辺り一帯が焼け野原になる可能性が高い。

 というか相手は太陽神の息子、しかもランサーで顕現しているとなれば、彼の宝具は絶対にインドラから与えられた(押し付けられた?)神殺しのヤバイ槍だ。クラスもそうだが、神性持ちのギルガメッシュは相性が悪い。

 そして。

 

 なんとなく、なんとなーく相性が悪そうっていうか、良さそうっていうか。

 

 ギルガメッシュだけならまだ問題ない(わけではない)が、佇まいを見てわかった。寡黙で端的過ぎる物言いが正反対だが、カルナはクー・フーリンと同じ根っからの武闘派タイプである。武人、と言い換えても構わない。あの二人にガチンコやらせるとして、片方ならいざしらず両方に火が付いたらもう誰にも止められない。巻き込まれない保証が何処にも無い。

 

 混ぜるな危険、だ。絶対に。フリじゃなく。

 

「やるなら自爆覚悟かなー。流石に此処を半壊させて出るわけにはいかないからなー」

「ちょっと今聞き捨てならないこと言わなかった?」

「気のせいだと思うよ」

 

 立香はぺろりと舌を出した。見た目は子供でも中身は淑女、エレナは「おてんばなのね」と笑うばかりで苛立った素振りも見せない。

 

「ね、一つだけ良いかしら。立香、どうして貴方、協力を拒否したの?」

「変なこと聞くね。口だけで協力を申し出たって誰の利益にもならないのに」

 

 まず、エジソンの唱えていた理論は暴論にもほどがある。しかし彼のやっていることが全く無意味、かつ無益であるかは話が別だ。

 

 労働基準法何それ美味しいの? 疲労? 夢中になって仕事してたらそんなの感じないよね! とでも言いたげな、元祖ブラック企業どころかブラック国家丸出しで隠しもしないカレー味の何とやらである西側勢であるが、此方を仮にぶっ飛ばしたところで事態は恐らくよくならないだろう。

 

 何せ、東は(彼らの言葉を丸ごと信じるなら)「ケルト以外全員死ね!」なのだ。たとえ馬車馬も唖然とするほど働かせられるとしても、生きていける目は此方の方がまだある。今、カルデアが西と真っ向から敵対することは、その血生臭いケルト側に塩と米をセットで送るようなものだ。

 

「そこまで分かっていたなら余計に表向きだけでも協力すれば良かったのに」

「だから誰のためにもならないって。いずれ裏切るならこの先エジソンと和解する道は途絶える、一時的にでもこの国のあり方を認めたらナイチンゲールを独りにしちゃう、何よりケルトよりマシってだけで、こっちの空気の中に居続けたら全身に蕁麻疹出そう」

「疾病ですか? アレルギー症状があるようなら……」

「落ち着いて婦長、物のたとえです」

 

 ちゃき、と何故か拳銃を構えたナイチンゲールに対しホールドアップしてしまったのは殆ど反射だ。

 

「……なるほどね。でもそれを聞いて少し安心したわ。あの人、発明王としてのトーマス・アルバ・エジソンは子供みたいに純粋で面白い人なのよ」

「伝記読んだことあるよ。霊界通信機は私も見てみたかった」

「ふふっ。良い子なのね、あなた。……安心なさい。すぐに救いの手はくるわ」

 

 ブラヴァツキーはにこりと笑って去って行った。しかし彼女、見た目の年齢の割に随分きわどい格好をしているが、アレは生前の趣味なのだろうか。……可愛いしよく似合っているけれど。

 

 さて、とにもかくにもこれからのことを考えなくては。

 

「な、ナイチンゲールさん!? その銃をどうする気ですか!?

「愚問です、マシュ。我々は何とかして此処から出なくてはなりません」

「ままままさか此処で撃つつもりなんですか!? 駄目です! 跳弾したら先輩がっ」

「おおっと命の危機」

 

 此処で食らったら本格的に患部を切除する羽目になりそうだ。立香は「落ち着いてよ」と取り敢えずナイチンゲールの前で手を振る。

 

「少しだけ私に任せてくれる?」

「先輩、何か考えが?」

「まあね。半分くらい他力本願ではあるけど」

 

 救いの手がくる、とブラヴァツキー……エレナは言っていた。彼女は生前の親交もあってエジソン側に与しているようだが、彼のやり方そのものを信奉しているわけでは無いということは先程のやりとりで十分分かっている。

 

 となれば、やることはひとつだ。

 ぐ、と背筋を伸ばす。声帯を開く。腹に空気をためて、

 

「Hum――――……♪」

 

 吐く(うたう)

 

「――――♪ Lu――♪ Lu……♪ Uh――――♪」

 

 言葉としての意味は成さない旋律。鼻歌と呼ぶには些か存在感が大きく、それでいてただの音の固まりめいた、眠たげなささめき。鼓膜を徒に刺激せず、それなのに何処までも響くような。

 

「――ふむ」

 

 高く低く、時にこそばゆげな笑い声にも似た旋律が途切れたそのとき、覚えの無い声が牢の外から聞こえてきた。浅黒い肌に特徴的な民族衣装を纏った男性が、ナイフを片手に立っている。

 

「こういった救命信号を受けたのは初めてだ。一種の海洋動物のようだな」

「当たらずとも遠からずかな」

 

 薄蒼の瞳が不思議そうに立香を見つめるが、立香はそれには応えずにこりと笑った。

 

「それより貴方は? 見たところネイティヴ・アメリカンのサーヴァントだよね?」

 

 アメリカは白人の開拓者によってつくられた国だが、その白人からの侵略に抵抗し、果敢に戦ったネイティヴ・アメリカンは決して少なくない。コーチズ、シッティング・ブル、ジェロニモ、ジョセフと、カウボーイ達と同じく此方も枚挙に暇が無い。

 

 周囲からよく「何故そんな余計なことばかり覚えているんだ」と(主にアンデルセンに)苦言を呈される立香だが、流石に彼の衣装や立ち振る舞いから何処の誰かを割り出すことは出来ない。首を傾げる立香の視線はともすれば不躾だったが、男は気分を害した様子も無く「ジェロニモ」と名乗った。

 

「ジェロニモ! アパッチ族のシャーマンですね!」

 

 間違ってもケルト、そしてエジソンにも率先して与しない名前が出てきたことで、マシュもほっと安堵の息をつく。ナイチンゲールは少しだけ訝ったようだが、彼女も最後は納得して一緒に脱出することを合意してくれた。

 

「まずはそこの見張りを一掃する。だがそうすれば確実にカルナが気付くだろう。マスター・立香、サーヴァントの召喚はもう可能か?」

「大丈夫だよ。ええと、アルトリア! と、アンデルセン!」

 

 牢であまり大人数を呼び出すのも危ない。カルナ()対策の最適解たるアルトリア・オルタ、そしてアンデルセンが、青い雷を纏いながら姿を現す。

 

「呼び出すのが遅いんじゃないか、マスター」

「逆だ。何故このタイミングでしかも一番に呼び出した。原稿が遅れるぞどうしてくれる!」

「ごめん、ちょっと後手に回りすぎた。でももう平気、此処から出たらすぐスキル解放して宝具の準備をしておいてくれる?」

「いいだろう」

「おい無視するな。厭世家でもそれなりに傷つくぞ」

 

 殆ど銀色になった金髪をまとめ上げ、黒いドレスを纏った麗人は、一つ頷いてうっすらと笑う。微笑というにはやや酷薄な雰囲気だが、美しい。身体の年齢は十六歳程度と聞いているが、こうしてみると大人びていてとても綺麗だ。冬木で敵対したときはひたすら恐ろしかった魔力の奔流も、味方となればこれほど頼もしいものもない。

 

「では急ぐぞ、牢の出口を塞がれては厄介だ」

 

 ジェロニモの先導で走り出す一行。一番潰されては困るマスターを真ん中に据える陣形を自然に採る辺り、流石と感心すべきか申し訳ないと内省すべきか迷うところだ。

 

 持ち物没収されて無くてよかったー……。

 

 出口ではどうせカルナが待ち構えている。相性だけなら此方が超克だが、まともにぶつかればアルトリアもただでは済まないし、今エジソン達の戦力を不用意に削るのも悪手だろう。ケルトは此方の事情などお構いなしなのだろうし。

 

「アルトリア。先にこれ渡しとく」

「? 何だこれは」

「耳栓……?」

 

 首を傾げるアルトリア。横から覗き込んで嫌な顔をするアンデルセン。どうやら彼は何となく嫌な予感を感じているらしい。全くもってそれは正しいので、敢えて突っ込まないことにする。

 

「つけておいて。此処から出る前に必要になるだろうから」

「……どういうことだ?」

「あとでわかるよ、良いからちゃんとつけてて」

 

 何一つ没収されなかったポケットの中身を手探りし、アルトリアの手に落とす。怪訝そうな顔をする彼女に「あとで」と言い置き、何度か頭の中で繰り返したシミュレーションを今一度思い描く。しかしそれは立ち塞がった機械の兵によって妨害されてしまい、立香は思わず盛大な舌打ちを零してしまった。

 

 

 

 既に何度か繰り返し、さぞ読む方々も飽き飽きしていることだろう。しかし敢えてもう一度繰り返す。

 

 

 この物語において、藤丸立香は人魚の先祖返りである。

 しかし人魚という単語から分かるとおり、彼女の特殊性はもっぱら水――もっと言えば海水が無ければ発露しない。海水でそうするように淡水でいつまでも泳いではいられないし、人間の姿をしているときに幾ら血を採ってもそれはただの人間の血に過ぎない。そして、魔力回路も礼装を使ってやっと初級魔術が使える程度という体たらくだ。

 

 しかし、たとえ人の姿を取っている今でも使える特技、と呼ぶにはやや微妙だが、そういうものがある。少なくともそれは常人のそれからは逸脱しており、彼女自身はなるべく人前で出さぬよう封印しているものだ。

 

「やはりジェロニモ、お前か」

「マハーバーラタの大英雄とこんな形で会いたくは無かったが」

 

 外は既に夕暮れだった。上手く逃げられれば夜の闇に紛れて逃げおおせることが出来るだろう。

 それにはまず、目の前のヤバい火力のランサーをどうにかしなければならないのだが。

 

「マシュ、マシュ」

「……せんぱい?」

 

 アルトリア・オルタは既に聖剣に魔力を込め始めている。盾を握り直すマシュの肩を叩き、立香はそっとマシュの耳に『オーダー』を囁いた。

 

 ……本気出す気ないなこれ、ラッキー。

 

 エレナと同じような心境なのか、此方を殺すつもりだけはなさそうな大英雄を伺う。おのおののサーヴァントが武具を構える中、礼装のポケットから取り出したものを握り直した。

 

『マリーちゃんそれよく歌ってるよね』

『マスターも覚えてみない? 一緒に歌えたら嬉しいわ』

『お誘いは嬉しいけど』

 

 空気が張り詰める。橙色の夕焼けが刃を照らす様はいっそ美しく、こんな場面でもなければうっとりと見入っていたかも知れない。……次の機会が、あると良いのだけれど。

 

「行くぞ!」

 

 咆哮めいた鬨の声。まるで空を飛ぶように軽やかな跳躍を見せたカルナが、まずは魔力を放出させた――今にも宝具を撃たんとしているアルトリアを狙う。

 

「させません!」

 

 飛び出したマシュが槍の切っ先をさばく。盾の丸みに滑った矛先は、しかし大きく逸れること無く今度は槍の中央を突く。盾は勿論崩壊することはなかったが、伝わった余波にマシュは顔をしかめた。

 

「やぁあ!」

「遅い」

 

 連撃を防ぎきって盾を振りかざすマシュ。重たい一撃はしかしカルナの装備さえ掠めない。とん、とバックステップで距離を取った彼の背後にジェロニモのナイフが迫るが、此方も避けられた。

 

「緊急回避!」

 

 紙一重でナイフを避けたカルナの腕が投擲姿勢に入る。立香の魔術援護を受けたジェロニモが横に転がるようにして避けた場所に、本当に槍で開けたのかと疑いたくなるような大穴が空いた。

 更に、

 

「うっそお!」

 

 近づきたくもないような熱線がカルナの目から放出され、じゅう、と嫌な音を立ててジェロニモの髪を焼く。信じられない。目からビームとか何処のロボットアニメだ。

 

「ってボケてる場合じゃないか! 全員そのまま!」

 

 やはり長引かせるのはこちらの振りにしかならない。万事休すとばかりに立香は手に持っていたものを投げた。勢いよく振り返ったカルナの目の前で、カツンッ、と音を立てた何かが地面に転がる。

 

「なんだ?」

 

 カルナ自身にぶつかるような勢いも無く、地面に転がったのは二つのガラス玉。

 

「アンデルセン!」

「いいだろう、少しばかり誇張して書いてやる!」

 

 羽ペンが走り、味方サーヴァント全体にバフがかかる。相手の急所へのダメージを跳ね上げるものだが、黄金の鎧を持つ不死の相手に何処まで通用するかは分からない。

 なのでまあ、念には念、だ。

 

「マシュ!!」

「っ、はい! 総員待避! 待避――!!」

「何?」

「耳を塞いで地面に伏せてください!!」

 

 まずマシュが、そして一瞬遅れてジェロニモがカルナから距離を取る。予想外なマスターの指示に訝るカルナ。それを余所に、立香は先程牢でしっかり温めて置いた喉を開く。

 

『歌は割とね。ただその、』

『昔、普通に歌ってたつもりなのに両隣の友達が脳震盪起こしたことがあってさ』

 

「Ah――――――――!!」

 

 共振、あるいは共鳴と呼ばれる現象がある。

 あらゆる物体は衝撃を与えられると振動するが、この振動とはつまり「物が変形して元に戻ろうとする動き」と言える。そして全ての物体には、「最も変形が起こりやすい衝撃」というものが存在する。これが肝となる。

 

 テレビのバラエティ番組などで、声だけでグラスを割るという芸を見たことがある者もいるだろう。あれはつまり、グラスが最も変形しやすい振動を声(音による衝撃)で作り出し、それによってグラスを破壊する。音とはつまり音圧であり、空気を押す力のことだ。

 グラスを叩いたときと同じ高さの音を声として発することで、グラスが最も壊れやすい振動を与え続け、自壊させる。あの芸はつまりそういう種で、音感と声量の合わせ技で初めて成り立つものだ。

 

 そこで、今し方立香の投げたガラス玉が出てくる。

 立香は歌唱力に自信がないわけではないが、絶対音感の持ち主などでは断じて無い。日常の音を聞いてそれをピアノで再現する技など出来るわけもない。音楽の成績は合唱への非協力的な態度からあまり芳しくなかった。

 

 あのガラス玉は当然ただのそれではなく、立香が発案しダ・ヴィンチが形にした使い捨ての魔術礼装もどきだ。割れれば発動し、割れなければ何ということもないただのガラス玉。先程カルナが図らずも証明したとおり、弾き飛ばして割ってくれればまだしも、届かなかったり避けられてしまえばどうということもない。

 

 だがしかし、幼稚園児の頃に両隣の子供を失神させるほどの声量があれば、数メートル離れたそれを触れずに割ることも可能となる。そしてその共振周波数は、レイシフト前に嫌というほど身体に叩き込んでおいた。

 

「っ、なに……!?」

 

 仕込まれた術式は大きな効果を持つものではない。通常のエネミーにせいぜい重傷を負わせる程度……とくればサーヴァント、それもカルナほどの英霊に深手を負わせるには到底至らない。

 しかしそれでも、脳を直接シェイクするような高周波に加え、完全に不意打ちとなった魔術による追撃は大英雄の足を止めるに至った。

 

 そしてその僅かな隙を、今か今かと出番を待っていた黒き騎士王は見逃さない。

 

「卑王鉄槌、旭光は反転する。――光を飲め! 『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』!」

 

 黒い光、という一見矛盾した力の奔流が、辺りの土や空気や草木も巻き添えに迸る。それがカルナに届くまで見届けることなく、一行は立香の「撤退! てったーい!」という(やや間抜けな)号令に従ってその場を走り去ったのだった。




戦闘シーンくっそ難しい。練習します。

タイトルにそぐわない妙にシリアスなラストで終わってしまった……。

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