あと頂いた感想への返信にも似たようなことを書きましたが、観察眼と直感力がナチュラルボーンEX。
まあ先祖返りって時点で本当に普通の性格ってのは無理でしたね。そらそうだ。
RPGのレアアイテムほど、個人の性格や価値観が強く出るものは案外珍しい。
いつ使うか、何処で使うか、何のために使うか、それとも最後まで使わないか。日本人の勿体ない精神がどのように発露するのかはプレイヤーによって大きく異なるところだろう。
まだまだ序盤も序盤、ポーションがなくなりMPも切れてしまった状態で、最後にセーブしたのもはるか手前。今更後戻りできるかよ、とばかりに使うも良し。
中盤に突然跳ね上がる敵の強さについていけず、訳も分からないままパニックのあまり起死回生の手段としてうっかり使ってしまう、も良し。
大事に大事に貯蔵しておき、ラスボスや隠しボスを相手取って大盤振る舞いするもよし。
どれだけリセットとリスタートを繰り返しても絶対に手を付けないのも良し。
ゲームシステム上貴重にも拘わらず、売れば二束三文のそれを「敵を倒して金を稼ぐのが面倒だから」「ちょっとでも金を稼いでおきたいから」と投げ売りしてしまうも良し。
では、この物語における主人公、先祖返りの両生類(自称)藤丸立香はどうか。
それが今回の話の根幹である。
「うへえ、やーっぱ
兵力で圧倒的に勝るケルト陣営、少なくとも現時点ではそれと拮抗しているエジソン陣営。
そして両方に与することなく独自の戦線を張る――ものの、主にケルトによって各個撃破されつつあるレジスタンスが、立香達を助けてくれた戦士ジェロニモの所属だった。
そこには彼の他に三人のサーヴァントが所属しており、しかしその一人であるインドの大英雄(またインドだ)ラーマはというと、ケルト陣営の『王』クー・フーリンの槍に穿たれ死にかけている。
相手がケルトならその代表的英雄がいない方がおかしいとは薄々思っていたが、とロマニが頭を抱えるには十分すぎる案件だ。
何せケルト英雄と言えばクー・フーリンだ。ケルトの戦士は一人一人があの通り凄まじい膂力を持つが、クー・フーリンはそんな彼ら百五十人が束になっても敵わなかったという逸話がある。
先日、ほぼ偶発的にまみえたケルトの勇士――フィン・マックールとディルムッド・オディナを始め、ケルトには他にも名だたる英雄達がいる。が、やはり武勇、武勲、そして武力では、誰と比べてもクー・フーリンに今一歩及ばない。
「クーはクーでも、アルトリアみたく反転したクーなんじゃない? 私達が把握してないだけでクーに元々そういう可能性があるのかも知れないし、或いはジャンヌの時みたいに誰かが聖杯に願ったとかね」
ちなみにモニター越しに話を聞いていたカルデアのクー・フーリン(達)は、『そっちの俺は何を考えてるんだ?』と心底首を傾げており、立香もそれには内心で酷く同意した。
クランの猛犬と謳われた彼は確かにバトルジャンキーなところこそあるが、基本は冷徹な仕事人であり、ゲッシュに殉ずる誇り高き武人であり、それでいて誰にも縛られず自由に生きる男でもある。類い希な英傑であるが、アルトリアやギルガメッシュのような『王』ではないのだ。それを自覚しているからこそ、アメリカにいるらしい『自分』の所業が理解出来ないようだ。
なお話は変わるが、カルデアにアルトリア・ペンドラゴン(アーサー王)はアルトリア・オルタが一人しかいない一方、ジャンヌ・ダルクは本来のルーラーともう一人、フランスで相対した記憶を持つアヴェンジャー、ジャンヌ・ダルク・オルタがいる。クー・フーリンは更に多く、冬木で出逢ったキャスターの彼と、同時に召喚されたランサーの彼、そして同じランサーでもう一人、影の女王スカサハの元で修行をしていた、年若い姿の彼がいる。
そして彼らのマスターたる立香は二人のジャンヌを『ジャンヌ』、そして三人もいるクー・フーリンのことも全員『クー』と呼ぶのだが――否、この話はいずれ別の機会にすることにしよう。
『聖杯……確かにあっちにあるならそういう使い道も出来るだろうね。ううっ、嫌だなあ……単純に有象無象の兵士を生み出すだけでも厄介なのに、黒幕側に都合の良いクー・フーリンがあっちにいるなんて……』
「まあフランスと似たようなモンでしょ。いるもんはいるんだから仕方ないって」
『それはそうだけどさあ……』
ロマニが疲れた顔で呻いた。
ちなみにケルトの無限に出てくる兵士は聖杯よりもっとえげつない原理があるのだが、それを一同が知るのはもっと後のことである。
「マスター、そろそろ」
「あ、うん」
インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公を赤子宜しく背負い込んだナイチンゲールが、きびきびと立香に目を向ける。ピンクブロンドの髪が日の光を浴びてとても美しいのだが、鋭く光る紅い瞳が立香にのんびり見とれることを許さない。
「はいラーマ君口開けてー」
「ま、またそれか……むぐっ」
心臓を破かれ、傷口が決して塞がらないゲイ・ボルグの呪いに苦しむラーマの口に立香が押し込んだのは、一見すると紅い宝石だった。丸く研磨された大粒のピジョンブラッド・ルビーにも見えるそれは、アーモンドチョコレートより一回りほど大きい。
「ちゃんと噛んでね。胃液でコーティング溶けないから、それ」
「む……ぐ」
パキン、とラーマの口の中で硬質なものが割れる音がする。ごく、と何かを呑み込んだラーマの顔から、青白さが僅かに取り払われる。
「……よく効く薬だ」
はあ、と息をつくラーマ少年。燃えるように長い髪を腰まで伸ばした中性的な美少年で、同じ色の瞳は弱りながらも生命力に満ちている。一言で称するなら週刊少年ジャ○プの主人公として文句の無い印象だ。セイバー、つまり武器が剣という辺りも勇者っぽい。伝承からしててっきりアーチャーだと立香は思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。
あとはそう――肉体的全盛期にあたる二十代から三十代の姿を取ることが多い他の英霊達と比較し、どう見ても十代の姿で現界しているのが、気になると言えば気になるか。
「それは良かった。ダ・ヴィンチちゃん謹製だから効果が無いとは思ってなかったけどね」
背負われていて患部を確認することは出来ないが、悍ましいほど痛ましいラーマの傷口は、今ばかりは侵食を止め、血も一時的にだが固まって止まっている。出来れば全快して欲しかったが、かのゲイ・ボルグの傷に(ラーマ自身の意思力と生命力あってのことだが)僅かでも対抗できているという成果が得られただけでも上々だ。
「実に画期的な薬です。マスター・立香、これは一体どのような薬品なのですか?」
「厳密に言うと薬品じゃないんだ。実は……あっ、ねえねえジェロニモ、もしかしてアーチャー二人がいるのってあそこ?」
立香があそこ、と指さしたのは遠くに見える集落だった。気のせいでなければケルトの襲撃を受けているようだが。
「……ああ、そうだ。済まないが少し急ごう。まずは二人と合流して……ナイチンゲール?」
「もういないね」
うーん、流石はバーサーカー。抱えている患者の安静よりも目の前の
「い、急ぎましょう先輩! ナイチンゲールさんは大丈夫だと思いますがラーマさんに無理をさせるのは悪手です!」
「確かにねっ。じゃあアルトリアとクー、先攻よろしく! 孔明先生は後衛よろよろ!」
「――よっしゃ、任せろ!」
パスを繋げていた英霊三人が閃光と共に顕現する。先駆けるランサーのクー・フーリンを追うようにアルトリア・オルタが駆けていくのを、孔明――の力を宿した疑似サーヴァント、ロード・エルメロイⅡ世もといウェイバー・ベルベットがげんなりと見やる。
「何ぼーっとしてんの先生。こんな距離空いたらバフ届かないよ?」
「お前は僕にアレを追いかけろっていうのか……」
根っからの魔術師である彼はサーヴァントになっても運動嫌いである。というか戦闘中はまだしも普段の生活を見ていると明らかに運動音痴の挙動をしている。折角脚が長いのに勿体ないことだ。
「インドア先生しっかりー! 骨くらいは拾ったげる!」
「鬼だなお前は!」
「失敬な。マジに鬼だったら毎日のように部屋に押しかけて延々ゲームする人をそのままにしといたりしませんよう」
「後で覚えてろよ! ああもう!」
捨て台詞を吐くや否や紅蓮のマントを翻し走って行く少年姿のサーヴァント。第二再臨の時は長髪の男性だった彼は、第三再臨から何故か十代の少年……それも声変わりさえ中途半端な頃の姿になってしまった。面影はあるが、精悍な美青年であったロード・エルメロイⅡ世と違い、今の姿は中性的で華奢、ともすれば少女のようにさえ見えてしまう。
深緑色のスーツと、それにはやや不釣り合いに映る豪奢なマント。身体的には未熟としか言えないその姿を何故再臨を繰り返した後に取ったのか……それが彼の口から直接語られたことは、まだない。
「ってセンセ本当に足遅くない? 何で
「うるっさいな! マジでお前後で覚えてろよ!!」
どうにも彼は疑似サーヴァントとしての意識が薄いらしい。彼に宿った諸葛孔明は合理的判断の下に一切の自我を封印して器に委ねてしまったらしいが、恐らくその弊害だろう。……などと言うと如何にもけなしている風だが、立香は例によってこの少年のことは結構好きである。彼も「臣下になるつもりは無いが良い関係を築きたい」と言ってくれているので、取り敢えず勝手に友達認定している。
そんな彼を敢えて「先生」と呼ぶのは……時計塔で教鞭を執っているという彼の魔術レクチャーが素人向けに的確だからだ。メディアやクー・フーリン(キャスター)もとても面倒見良く教えてくれるのだが、彼らは魔術の実力者であると同時に天才であり、そもそも魔術に触れてこなかった立香のような人間に教えるにはやや不適格なのだ。
「あっ、見てみて先生。キメラまでいるや」
「いるや、じゃない! 暢気過ぎるんだよお前は! 暇ならガンドでも撃って援護しろ!」
「カルデア戦闘服じゃないから無理! 瞬間強化するからセンセよろしく!」
「おまっ! お前! お前ってやつは! っ、後で覚えてろよ! ――計略だ!」
何だかんだ言ってちゃんと仕事はしてくれる辺り、流石はデミ・サーヴァント諸葛孔明である。
凪ぐように払われた手の先から風の刃が繰り出され、此方に向かってきていた敵の首が椿のようにぼとぼと落ちた。
カルデアとレジスタンスが手を組むに当たり、大まかに決まった方針は次の通りだ。
① ゲリラ戦を仕掛けている仲間と合流する。
② カルナ対策の切り札となるラーマを治療する。
③ ケルトの首魁(クー・フーリン)を暗殺する。
細かい説明は省略するが、まず①は成功した。
敵を攪乱することに長けていた二人のアーチャー、ロビンフッドとビリー・ザ・キッドの二人とは恙なく合流することが出来、更にはロビンフッドの知己だというサーヴァント二人とも何とか合流が出来た。戦力の増強としては上々の結果、というところだろう。
更にその過程において、ケルト側の実力者であったフェルグス・マック・ロイの撃破に成功。彼の証言によりケルト側には『王』のクー・フーリン以外に『女王』なる人物がいることも分かった。
そして、
「アルカトラズかあ。女の子閉じ込めるには場違いがすぎるよね」
かのアル・カポネを収監し、かつては脱獄不可能とさえ謂われた……二十一世紀のアメリカにおいてはただの観光地と成り果てているかの島で、フェルグスはラーマとよく似た少女を見たのだという。
あくまで敵の証言とはいえ、勇猛果敢、豪放磊落で知られたケルトの勇士が死に際に嘘をつくとは考えにくい。
その言を取り敢えず信用するとして、問題は残った②と③の進行である。
「私としては、部隊を二つに分けたい」
すっかり夜も更けた森の中で、ジェロニモが指を二本立てた。薄蒼の瞳に焚火の明かりが映り込み、何とも言えない色合いを醸している。
「ラーマを連れてアルカトラズに行く方と、ケルト側に乗り込む方ってこと?」
「ああ。それが一番効率が良い。リスク分散という意味でもこれ以上にマシな案が無い」
具体的にはラーマとその看護をするナイチンゲール、そして立香、マシュがアルカトラズへ行くということらしい。そこに戦力的に近接担当があと一人欲しいということで、ロビンフッドの知己の一人……何故かドレスアップ姿で現界していた吸血鬼……もといドラゴン娘エリザベート・バートリーが選ばれた。
「『顔の無い王』のロビンフッドと『皇帝特権』のネロと……んー、まあこっちも適任ではあるかなあ」
焚火をぐるりと取り囲んでいるサーヴァント達を順繰りに見回し、立香はぼそりと独りごちる。
適任。確かに適任だ。
ビリー・ザ・キッドは早撃ち狙撃のプロ、ロビンフッドの知己その2のローマ皇帝ネロ・クラウディウス(何故かウェディングドレス姿で現界)は最優のセイバーでしかもスキルが強い。そして灰汁の強い彼らを摩擦無くまとめられるという意味でジェロニモは最適だ。
しかし、何故だろう。
「
「不満か?」
「ううん。そうじゃなくて」
引っかかる。小骨が喉に刺さったような感覚が消えない。有り体に言ってそう、気持ちが悪いのだ。
暗殺が、という意味ではない。今更暗殺に不快感を持っているわけではない。正面からぶつかろうが影から狙い撃とうが、結局戦争なんてものは勝てば官軍である。ラーマを此処までボコボコにする相手に戦い方を選んでいたら絶対に此方が殺されてしまうだろう。
そんなことは分かっている。分かっているのだ。
だからこの引っかかりは、手段の貴賤だとかそういう問題ではなく……。
「ごめん、気にしないで。大丈夫。……と、ラーマ君口開けて、時間時間」
「む……もう、か?」
「もう、だね。ほら早く早く」
駄目だ、こんな曖昧な不安を口に出しても良いことは何もない。ただ単に彼らの士気を下げるだけだ。
立香はゆるりと首を振り、無駄と分かっていたが笑っても見せた。
そして、いやいや開かれたラーマの口に『薬』を押し込む。
「変わった薬だね、何それ?」
「ああ、これ?」
見た目は宝石か、それを模した何かにしか見えないものを見て、ビリー・ザ・キッドが軽く首を傾ける。そういえば先程も聞かれたな、と立香は手の中に残った『薬』を見下ろす。
残りはわずか十と一。効果があることは今回の使用で十分分かったが、ラーマがこの状態である以上あまり無駄遣いは出来ない。
「……ないしょ! 暗殺成功したら教えたげる!」
「そう聞くと猛烈に胡散臭いっすねそれ」
ロビンフッドがいやーな顔をして立香の手元を見る。見た目だけは綺麗だから余計にそう感じるのかも知れない。立香は瓶を鳴らしながらカラカラ笑う。
「胡散臭いっていうならそうかもね。まあ人体に害は無いと思うよ、多分」
「多分て」
「多分とは何だ!? あだだだだだっ!」
現在進行形で該当品を飲まされているラーマが起き上がろうとして絶叫した。心臓が壊死しかけているというのに相変わらず元気である。空元気、なのは分かっているが。
「まあ治ったら教えるよ。多分教えるだけじゃ信じないけどね」
「めーっちゃくちゃ怪しいじゃないっすか……」
「怪しいだけで敵じゃないよ? それで許してよ、患者のモチベーション下げるの嫌だしさ」
胡乱げな表情を隠さないロビンフッドだが、表情が崩れていても普通にイケメンなのが恐ろしい。やや軽薄な印象も受けるが義理堅い性格のようだし、現世ならアイドル枠としてさぞ女性にモテることだろう。横のビリーも可愛らしい印象の美少年だし、何ならネロとエリザベートが組むよりこの二人がユニットをつくった方が(歌唱力的な意味で)きゃあきゃあ言われそうだ。
……とは、流石に言わないが。
「ねえねえ、ネロ、エリちゃん」
「うん? なんだマスター」
「ライブすんならさあ、音響機器とか立派なのあるんでしょ? リハーサルだけで良いからさ、今度付き合わせてよ」
「は?」
「はあ!?
「はあぁあ!?」
「先輩っ!?」
ロビンやビリーはおろか、ジェロニモさえ目を剥いて立香を凝視する。敬愛する先輩がとうとうおかしくなったのかと、マシュに至っては真っ青だ。
「おおっ、何とも殊勝な心がけだぞマスター! うむ、リハーサルとは確かに本番の完成度を決める上で重要なもの! 第三者からの忌憚なき意見が聞けるのは有り難い!」
「やっだー子鹿ったら気が利くじゃない! そんなにアタシ達の歌が聴きたかったならもっと早く謂いなさいよ!」
「せ、先輩、先輩、どうしてそんな自ら寿命を縮めるような……自殺を考えるような嫌なことでもあったのですか……?」
可哀想なくらい顔色を悪くするマシュ。まあ気持ちは分かる。ネロはあまりにも退屈なリサイタルを延々開き続けたと史実に残っている歴史的音痴であるし、エリザベートの歌はあのアマデウスが「いっそ殺してくれ!!」と頭をかき毟るレベルである。
「嫌なことっていうならこの特異点の惨状が最悪にヤなことだけど、それは置いといて。まあ大丈夫だよ、私音波攻撃には結構耐性あるし、それにさあ」
「そ、それに……?」
「リハーサルでこの二人持ち上げまくってアンコールさせとけば、本番の時点でだいぶ疲れててくれるんじゃない?」
「っ……」
今の今まで立香の正気を疑っていたマシュの目が、ぱちり、と瞬きし……そしてじわりと涙ぐむ。
「歌が常人離れしてても喉は人並みに疲れるのは自分の身体で分かってるしね、何より験担ぎには丁度いいじゃん?」
胸の中に燻る不安感は未だに消えない。それどころか一息吸う度に大きくなっている気がする。どうしようもなく存在感を増すそれを呑み込んで笑うマスターの手を、マシュはキツく握った。
「先輩……不肖マシュ・キリエライト、これからもずっと先輩についていきます!」
「あっははは、大袈裟ー」
「大袈裟じゃないです! 先輩はマスターとしても人間としてもこれ以上無い立派な方です!」
「嬉しいけど文脈を考えると素直に喜んで良いか迷うね、これ」
まあ、マシュの元気が出たならそれで良いか。
「……」
「? なに、ロビン?」
「いや、アンタ実はすげー人だったんだなって」
「んんー? 中世ヨーロッパの義賊代表みたいな人に言われるのは流石にむず痒いぞ?」
というかこの人もそんなに音痴コンビの歌が嫌なのか。宝具がまさに声そのもののエリザベートと違って、ネロの宝具は寧ろもっと見ていたくなるような美しいものなのだが。
……そういえば。
「ロビンってさ、そもそも二人と何処で知り合ったの? 時代も地域も全然被らないよね?」
「へ? あ、あー……」
垂れ目がちなグリーンアイズがちらりと端を見やる。その表情はちょっぴり苦そうだ。
「……言わなきゃ駄目っすか?」
何だか歯医者で順番待ちをしている子供のようだ。可哀想になってきたので、立香は「いや別に」と自分で聞いた問いをあっさりバッサリ切り捨てた。
「ただの好奇心だから。聞けたらラッキーくらいな感じ」
「……そっすか」
サーヴァントの生前や、時折持って現界するらしい過去の聖杯戦争での話を聞くのは立香の趣味のようなものだ。話したくない相手に根掘り葉掘り聞かない程度の礼儀は勿論心得ているつもりである。
「そういえば、先輩の部屋には良くサーヴァントの方がいらっしゃいますよね」
可愛らしく体育座りをしたマシュの言葉に、うんと頷く立香。
「私が呼んだり向こうから来たり色々だけどね。私があっちに行くことも多くなってきたし。多いのは作家の原稿の手伝いとか、マリーちゃんのお茶会とか、アマデウスとのセッションとか、孔明センセのゲームの相手とか、あとは――――……んん?」
「? 先輩?」
そのときの感覚を敢えて文学的に表現するのであれば「稲妻が走ったような」であろうか。
もしくは頭に光った電球がぱっと灯る、あの古典的表現がまさにそのまま当てはまる。
「ジェロニモ、暗殺組のメンバーなんだけど、もう一人連れて行ってくれない?」
「もう一人?」
「うん、カルデア側のサーヴァントなんだけど――今回パス繋いでる中に、一人だけ単独行動がAの人がいてさ」
『立香ちゃん!?』
今まで静かだった通信機からロマニの悲鳴が響く。
『ちょっと待て立香ちゃん! それは拙い! 色んな意味で拙い! 隠し球を此処で使うって意味でも彼を一人で野放しにするって意味でも悪手でしかない!』
「ドクターってもしかしてラスボスに殺されそうになってるのにエリクサー使わないタイプの人?」
セーブデータ頼みじゃやりがい無くない? と首を傾げる立香。勿論ロマニは『そういう問題じゃない!』と狼狽えたまま言うが、立香にとって彼の懸念は無用そのものだ。
RPGのレアアイテムほど、個人の性格や価値観が強く出るものは案外珍しい。
いつ使うか、何処で使うか、何のために使うか、それとも最後まで使わないか。日本人の勿体ない精神がどのように発露するのかはプレイヤーによって大きく異なるところだろう。
では、この物語における主人公、先祖返りの両生類(自称)藤丸立香はどうか。
実は既にサラリと述べたことではあるが、彼女は敵がどんなレベルであろうと「HPがピンチで他のアイテムもなくMPも切れてる? じゃあ使うしかないじゃん」と特に葛藤も無くマルボタンを押すタイプである。
「大丈夫だよ、約束したもん。それに言っちゃアレだけど、そもそも暗殺自体が一か八かの賭けなんだよ? 成功率あげとくに超したこと無いじゃん」
『それはそうなんだけど……!』
「だーい丈夫だって。最悪ケルトの巣穴になったワシントンが焦土になるだけでしょ」
『それはそれで凄くヤバいことなんだけどな!?』
ジェロニモは立香達を『最後の一手』と称した。そして言葉にこそ直接しなかったが、自分達が捨て駒になる覚悟を決めている。
『替えの利く』サーヴァントが犠牲になり、『代わりのいない』マスターが生き残る。そんなことは何度もあったし、きっとこれからもあるのだろう。
それでも、今此処に、それを回避しうる手段があるとすれば。
「で、どうかなジェロニモ。あと一人、アーチャーなんだけど戦闘力は保証するよ。残念ながらクセの強さと自分勝手さと派手さも最強だけど」
「……後半が不穏すぎるんだが」
「それはホントごめん。でも此処取り繕っても召喚して秒でバレるんだ」
何なら召喚されてすぐの高笑いで察せられる。間違いなく。
「……ふむ」
期待と不安を両方上げてきた立香の言葉に、ジェロニモはかつて無いほど悩んだようだった。悩んで、悩んで……それでも五分程度で顔を上げると、「頼む」と一つ頷いてみせる。流石は最も有名なネイティヴ・アメリカンの戦士、ここぞというときの決断が早い。
「おっけー任せて。ってわけでギル様、ギル様、ギルガメッシュ様ー、出番ですよー!」
「は?」
令呪の刻まれた右手を軽く振りながら、かの古代王を極めてぞんざいに呼びつける。何故かロビンフッドが妙に頓狂な声を上げたが、取り敢えずは聞こえないふり。
戦闘中でもピンチでも無い場面に呼びつけられることを渋るかという懸念は一瞬浮かんだものの、間髪を容れずに走った青い稲妻にそれはすぐ払拭される。
ぶわり、と周囲の空気を巻き上げて姿を現したサーヴァントはひとり。
黄金色の髪に、紅玉色の瞳、類い希な美貌、そして一級品の彫像を思わせる――……。
「あれ?」
思わせ、る?
「小さい……?」
目の前に現れたサーヴァントに、見覚えは無かった。しかし全く知らない別の誰かと見なすには、彼はあまりにもかの王に似ていた。人外めいた美貌も、その色彩も。しかし、その手足は細く、筋肉はまだ殆ど無く、背丈はせいぜい立香の腰元ほどしかない。
そう、つまり。
「こんにちは、マスター」
声変わりさえまだ遠い少年は、立香の顔を見上げて困ったように微笑んだ。そして、
「ボクのことは……そうですね、気軽にギルくん、と呼んでください」
遠回しにだが、認めた。自身が正真正銘、立香と契約しているサーヴァント……英雄王ギルガメッシュ本人であることを。
このカルデアまだギル君いなかったんだよ、という話。
子ギルとギルガメッシュは別々に召喚できるわけですが、別個の存在としてマスターが認識するきっかけが欲しくてこうなりました。
どうでもいいですが書き手はラーマ×シータ固定穏健派です。
第五章で出てきたシータ妃めちゃくちゃ可愛かったんですがなんとか再登場しませんかね…?