□【到極魔蓋 アイラマティ】
色とりどりな結晶が所々に生えた、見渡す限りの真っ白な大地。
そこを、【魔眼匠】アイラと瓜二つな女性――アイラマティが歩いていた。
もちろん、本当にこのような場所を歩いているわけではない。
アイラマティ――【未完之魔眼】は生まれついての人工知能ではあるが、人間であるアイラの意識のほとんどを模倣して組まれた影響か、情報を処理する際にこうして、人間でも理解可能な視覚情報などへ変換して行うことを好んでいた。
白い大地は、視覚化されたアイラマティの演算領域であり、データ領域。
色とりどりな結晶は、記録されたスキルやモンスター――そして、思い出の情報だ。
かつては所狭しと並んでいたそれらも、今となってはぽつりぽつりと点在するだけ。
それでも、その風景を見るアイラマティの顔には、悲しみや絶望の色はなかった。
ただ少し寂しげに微笑みながら、結晶の1つ1つ、大地の隅々まで
……どれくらい経ったか。
現実におけるコンピューターと同等、いや、それ以上の演算速度であるため、現実時間に直せば数分も経っていないだろう。
アイラマティは大地の果てへとたどり着いていた。
そもそもがアイラマティの演算領域を可視化しただけのこの世界において、その果ての先は存在しない。
――そのはずだが、今日は違った。
そこには、"黒"と"闇"があった。
なにも見えない――つまりは、アイラマティが可視化できるほどのデータを得られていない状態ではあったが……それでも、なにかがあることだけは確かだ。
アイラマティには、その正体がもう分かっている。
《コネクト・カリキュレーター》によって接続した〈エンブリオ〉、【盲目視眼 ティレシアス】の演算領域だ。
接続したといっても、見ての通り、アイラマティが相手方の内部を推測することすらできないほどにデータを得られていない。
その原因は明白で、接続時、【ティレシアス】側がこれ以上の接続を
情報を送り合い、互いに演算処理の肩代わりをできる程度には繋がっているが、逆に言えば、それ以外のほとんどの接続が切られている状態である。
「……私ね、最初に接続したとき、ちょっと見えちゃったんだ」
少しの時間眺めた後に、
「彼から話を聞いて、見間違いかも、なんて思ったんだけどさ。
今、こうして注視して。確信に変わったよ」
届いていると、そう直感しながら。
「
『――……』
静寂。
それでも微動だにせず待つアイラマティに……闇の中から浮かび上がる
やっぱり、と、自分の推測が間違っていなかったことに頷く。
すぐに接続を切られてしまったため、確証は持てなかったが……アイラマティは気づいていたのだ。
ティレシアスの演算領域にて、自らと似通った存在――人格プログラムが稼働している、と。
このシルエットこそが、その人格プログラムだ。
演算領域同様、ハッキリとした形を作れるほどの情報を渡してこないため、ぼんやりとした輪郭のみの描写ではあるが、それでも、言葉を交わそうという気持ちにはなったようだ。
「親睦を深める雑談……は要らなそうかな。
それじゃあ、単刀直入に聞いちゃおっか。
――なんで、〈マスター〉に自分のことを明かさないの?言えないわけじゃないよね?」
アイラマティがわざわざ確認しに来たのは、ただの興味本位というわけではない。
少し形は違えど、"マスター"が存在し……その"マスター"を支え、助けることを存在意義に持つモノとして、問いただしに来たのだ。
なぜ、隠すようなことをするのだと。そんなことせずに、全霊をかけて"マスター"のために動くべきではないのか、と。
『――貴女は、〈エンブリオ〉という存在について、どの程度知っていますか?』
『……伝承で聞いたことと、さっき君の〈マスター〉に聞いたことぐらい。ほとんど知らないも同然かな』
返ってきたのは、答えではなく問い。
だが、それが無意味な引き延ばしや回答からの逃げではなく、話を進めるために必要な前置きだと理解したアイラマティは、素直に返答する。
『私たち〈エンブリオ〉はかつて、半物質半情報共生体と呼ばれていました。
この名が示す通り、私たちにとって物質と情報はどちらも等しく、重要なものです。
それは、現時点においては管理AI以外に知る者はほぼいない、〈エンブリオ〉の根幹情報。
いずれは一部のメイデンやアポストルが進化に伴って獲得するものではあるが、サービス開始間もない現在ではそれもそういないはずの情報を、ティレシアスは語りだした。
『私もそうでした。
送られてくる言葉は無機質なテキストデータであったが……アイラマティはその中に、どこか女性的な気配を感じ取った。
〈エンブリオ〉にも性別の概念があるのかな?などと考えつつも、今はティレシアスの話を理解するため、そちらに演算リソースを注力する。
『1つが、才能。生まれる〈エンブリオ〉の形は、余人にはない特異な才能を、万全に生かすための"
1つが、願望。「誰かと繋がりたい」「でも繋がるのは怖い」「繋がったとしてもどうせ上辺だけ、利用するだけの関係で、心からは信用されない」……生まれる〈エンブリオ〉の形は、そんな不安や偏見、トラウマの混ざってしまった願望を、満たすための"
そして、最後の1つが――祈り。
……マスターは、これまでの人生において、母方の祖父母との繋がりがほとんどありませんでした。なぜだと思いますか?』
「んー、なんだろ?遠方に住んでるとか?」
『祖父がマスターのことを嫌っているんです。……"あいつは化け物だ"、と』
「……!?」
血縁に向けられたとは思えない、悪意の込められた言葉に、アイラマティは面食らう。
『マスターが物心付く前のことです。
マスターは母親に連れられ、祖父母の家へと遊びに行きました。
祖父母は歓迎し、マスターを囲んで談笑した後、所用で全員がマスターのみを残してその場を離れ――たまたま、1人戻ってきた祖父だけが、その光景を目撃してしまったのです』
「この子ったら、なにかあっても全然泣いたりしないのよ。もうちょっと分かりやすくなってくれるとありがたいんだけど」「なんだ、手がかからないいい子ってことじゃないか」「そうねぇ。あなたの時は本当に苦労したのよ――」……。それらは、先程されていた会話であり、多少声色は違えど、口調も抑揚も、それぞれ母親、祖父、祖母にそっくりで。
――その全てが、赤ん坊の葉月の喉から発せられていた。
『そこにはどんな意図があったのか……いえ、そもそも、意図なんてなかったのでしょう。
赤子の形成されきっていない曖昧な自我が、"聞こえた声を真似してみたい"と欲求を持った。
ただそれだけの話であり――それだけだったはずの話を、生まれつきマスターに備わっていた能力が、才能が、その欲求を実現させてしまった。悲劇に変えてしまった』
祖父は驚き、恐怖した。
さっきまで可愛がっていた孫は、その瞬間から彼の目には、人ならざるモノ――"怪物"としか映らなくなった。
結果として――祖父はその両手で、葉月を絞め殺そうとした。
間一髪で母親が気付き、止めに入ったため大事には至らなかったが、引きはがされた後も葉月に罵詈雑言を吐き続けた。
彼の中にはそうするだけの正当性があったが、先程の光景を知らない母親からすれば乱心したかのようにしか見えず、実の父とはいえ――いや、だからこそ、息子に浴びせる罵声を許せず、その後に葉月を連れて会いに行くことはなかった。
物心付く前だったことから、今の葉月にこの記憶は残っていない。
葉月から見た祖父は祖母の葬式で一度合っただけの人物であり、その際に向けられた気味の悪いものを見る目つきが唯一印象に残っているだけだ。
だが、祖父の発した剣幕と嫌悪に満ちた視線は、葉月の無意識へと刻み込まれた。
『マスターが人と関わることに不安を抱くようになったきっかけは、自分が向けた好意を、自分勝手な思いで利用され、踏みにじられたことです。
しかし、言ってしまえば
それさえなければきっと、そのイベントも"苦い思い出の1つ"として処理され、それまで通りに人と関わっていけたことでしょう』
それから、火篝――葉月が、不安を抱かずに接することができるのは、愛情を注いで育ててくれたと確信できる両親と、どんな時も共に育ってきた幼馴染の健だけになった。
高校に上がってから知り合い、一般的には既に友人とされる間柄になった玲奈と詩絃ですら、裏切られることを恐れ、友達と認めることができていない。
『……首を絞めて殺そうとする最中、祖父はマスターに、お前は"人の皮を被った化け物"だと叫びました。
それを受け、マスターの深層意識はこう考えるようになったのです。
他人に理不尽に害を加えられるのは、自分が人間じゃないから。
自分が他人を生半可なことでは信頼できないのは、その他人は人間だから。
ならばもしも、
きっと自分も、無条件で他人を信頼し、背中を預ける、そんな
――それは、願いよりもさらに純粋で、ただひたすらに救いを求める、まさに"祈り"と呼べる感情でした』
葉月が、自らに付きまとう変人の瑠衣を過度に突き放さず、交友を続けているのも、この祈りがあるからだ。
彼が普通の人よりも
『私は最終的にその祈りを選びました。
その情報を核に概要が形成され、私という〈エンブリオ〉は、マスターと同じ形質を持つ"
「でも、そうはならなかった」
『えぇ。確定される直前――新たな望みがマスターの中に生まれ、輝き始めたのです』
それは火篝が将都に住まう人々を目にし、この世界が本物だと確信した瞬間だった。
『この世界で生まれ、過ごしてきた貴女からすればあまり愉快なことではないとは思いますが……当初、マスターはただゲームを遊ぶような軽い気分でこちらの世界を訪れました。
しかしそれがむしろ、不安や恐怖といったフィルターを通してしか生身の人間を見ることが出来なかったマスターに、人の持つ輝きというものを直に感じさせ、魅了させたのです。
その結果、これまで遠ざけるだけだった人間と関わり、"共に生きていきたい"と、そう願うようになりました。
けれど、それは同時に、強い後悔を抱くことにも』
「後悔?なんで?」
『〈マスター〉という存在は、あちらの世界から初めてこちらの世界に来る際、活動する肉体を自由に創造できるんです。
ゲーム気分だったマスターは、その肉体すらも軽い興味本位で構成しました。
そこから生じる不都合もそうですが、なによりも、そうした軽い気分でこの世界に踏み込んでしまった自分を恥じたのです』
火篝の〈エンブリオ〉はもう存在を定義する直前まで来ており、そのまま進んでも、なんの不都合もなかった。
それでも変えることを選択したのは、新しく抱いた願いが、そこから派生した後悔すら含めて、"これから"を見据えた、未来に向けた感情だったからだ。
それまで選択しようとしていた、言ってしまえば、過去を慰めるためだけの祈りと比べて、どちらを選ぶべきかなど……〈マスター〉のことを想うのならば、考えるまでもないだろう。
『目に入るだけで自分の愚かさを想起させる肉体を見たくない。
けれど、この世界とそこに生きる人々の輝きは、より鮮明に見えるようになりたい。
相反する感情を解決する手段をマスターは求め――そうして、今の私が生まれました』
ふとした時も自身の身体が目に入らぬよう、視覚機能のない義眼への置き換え。
肉眼より詳細に周囲を見通すことのできる、視覚結界の獲得。
孵化の際、火篝が推察した通りの理由で――だが、
『マスターが当時望んでいたことは、確かにその2つです。
しかし、その根底にあったのは、また少し違った感情でした。
――1歩目から間違えてしまった自分は、これから先もまた間違えるかもしれない。
――あちらの世界で逃げてばかりいた自分には、この未知の世界で生きていける力がないかもしれない。
そんな自分でも、この世界で人々と共に生きていけるように、
故に、私はその願いを軸に据えました』
それは、これまでの進化においても表れている。
【小鬼】との死合を経て、火篝はこの世界での成長の方針を戦闘方面に定めた。
この世界の戦闘において重要視されるのは、ステータスとスキル、そして敵を知ること。
火篝が就いた【迎撃者】の性能が素のステータスに依存する面があることも踏まえ、第Ⅱ形態への進化では、戦闘の基礎を固められるよう、標準以上のステータス補正と視覚結界の《看破》機能を獲得した。
〈エンブリオ〉が、マスターのパーソナルではなく、マスターのした経験の中から"必要に駆られたこと"を解決するためのスキルを獲得するのはままあることだ。
だが、この進化で得たのは、"これから必要になりうること"であり、その範疇から超えている。
そのような進化をしたのも、その能力特性ゆえ。
TYPE:テリトリー・アームズ 【盲目視眼 ティレシアス】。
能力特性は、
ギリシャ神話において、ヘラの理不尽な怒りで盲目にされてしまったティレシアスが、それを憐れんだゼウスによって、今後も生き抜くための予言の力を与えられたように。
〈Infinite Dendrogram〉というこれまで生きてきたのとは違う世界で、〈マスター〉に足りぬもの――ステータスやスキルを捧げ、適応させ、抱いた願いを叶えながら生きていく助けとなる。
それこそが、【ティレシアス】の生まれた理由だった。
【盲目視眼 ティレシアス】
TYPE:テリトリー・アームズ
紋章:”目隠しをした占い師”
特性:世界適応
スキル:《見えざる瞳、視る異能》《祝罪は行いに呼応せり》
到達形態:Ⅲ
備考:半情報生命体である〈エンブリオ〉にとっては能力特性とスキルの情報的な差が近いほど無駄なくリソースを使えるため、能力特性に沿った方向性のスキルのみを得るのが基本であり、変に違う方向性のスキルを得ても、コストが重くなったり、出力が低くなったりするが
どのような方向性のスキルであっても、『火篝に必要なもの』でさえあればその全てが能力特性に近い判定になるため、さまざまな方向性のスキルを比較的手軽に獲得できる
もちろんそれぞれに特化したエンブリオたちには及ばないので、運用が下手ではただの器用貧乏だが
そこは火篝が上手くやるだろう、という【ティレシアス】からの信頼である