異世界救済RTA   作:猫毛布

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データが消し飛んでいたので執筆RTAは再走しました(半ギレ

20/1/28
奴隷数の修正。ご意見くださった方ありがとうございます。


序盤中盤終盤、隙が無いよね。

 そろそろ終盤に差し掛かるRTAはーじまーるよー!!

 ブレザム君が帰ってきたのでようやく人族への侵攻を始める事が出来ます。まあ人族への物理的な侵攻はブレザム君がしていたので始まるというのは語弊がありますが……。

 人族同盟の邪魔に関してはハクメン率いる獣人族達がしてくれているので時間は稼げています。ある程度同盟関係の話を進めていないと面倒ですが、ハクメンならばその辺りを上手く調整してくれるでしょう。謀略関係トップの力ですからね……あれで戦争も個人戦力としても最高峰なハクメンさんの能力値おかしい……おかしくない?

 エルフとの交易関係に関しては私自身が動くしかないのでいつもの魔王不在の魔王城が完成します。内政関係はユディアに任せましたし、改築もトーンズに任せているので何も問題ありません! ガバはありません!

 予定通りエルフの森を燃やしてから四日が経過したのでフェメールも掌握が完了している事でしょう。魔王を倒していないとエルフ独裁ルートという誰の得にもならないルートに入ってしまいますので魔王討伐は必須だった訳ですね。他にも理由はありますが。

 エルフとの交易は有用な物が多いです。何よりも特産品であるエルフ織が最高すぎます。エルフ織と魔族特産の魔法石があれば大凡の魔法攻撃は防げますし、何より軽いので鎧の下に仕込める訳ですね。そんな状態で無双しても魔王の特殊魔法は防げないので速攻撃破の為に小剣を持ち出したんですけどね、初見さん。

 

 さて、エルフの森に到着した訳ですが、先日燃やしたのにも関わらず緑々とした木々が眼前に広がっています。幻影魔法への対策はまったくしていないので仕方ないです。

 

「あらぁ、魔王様? 人族の街へ行く予定でしたよね?」

 

 なので隣にいるユディアもきっと幻影魔法に違いない。そうだと言ってよ……。なんで居るんですかねぇ……。内政を頼んだユディアはどこ……ここ……? どうして……。

 いいえ、取り乱しました。ここでユディアを帰そうとしても時間の無駄ですし、何よりよくわからないけどユディアからの好感度が高い事も運が良かったです。この状態のユディアはコチラの命令を遵守はします。……遵守されましたか?

 ともあれ、内政を任せたので、きっと魔王城ではユディアに命令されたそこそこ能力値の高い夢魔達が挙って内政を仕上げている筈です。ありがとー中居さん!! フラッシュ!!

 四割ぐらいの確率でユディアからの命令も聞かない事は考えてはいけない。こんな所でガバとかRTA壊れちゃ^~う。

 

「だってお城に籠もっているよりも、魔王様の側にいた方が楽しいでしょ?」

 

 幹部の自覚とか、ないんですか?

 私に魔王の自覚があるかどうかは置いておくとして。ユディアの事なので仕事はキチンと熟してくれている筈です! それを信じないとここで再走案件です! 運ゲーは嫌いなので掌握ルートで安定を取っているというのに!

 ユディア一人ぐらい誤差なので続行します。長時間のRTAなので多少はね?

 

「それで、魔王様はこんな森に何用なのかしらぁ?」

 

 こ ん な 森 !

 いや、ユディアから見れば普通の森に映っているんだろう。たぶん幻影魔法が掛かってる事はわかっている筈なので何回か森を見ては眉を寄せてます。当たりを付けて排他的なエルフを想像して嫌になってるんですね。

 そんな排他的エルフは先日皆殺しにしたのでここには先進的なエルフが出来上がってます。やったぜ!

 ただここでフェメールがエルフ族を掌握出来ていない場合はエルフ族は次の朝を迎える事はないでしょう! 一つぐらい潰しても、バレへんか。

 フェメールなのできっかりと期日に間に合うように動いている筈ですのでその辺りは安心してます。彼女は元々エルフ族を率いるだけのカリスマはあるのですが老害達に押さえつけられていたので……。今はその老害達はいないので安心ですね!

 

 とにかくフェメールに私達が来たことを伝える必要があります。当然この世界には携帯電話なんて利便性の高い物が無いので扉をノックしましょう。

 目の前にある幻影障壁をですね、魔力を込めてノックしましょう!! 力加減も関係なく、力いっぱい殴りましょう!! そうしたら障壁は割れるのでそれに察知したフェメールが飛んでくる筈です。ノックしてもしもーし!!

 

「……あら、正体見たり、って所かしらぁ? 誰がしたのかしら?」

 

 おっそうだな! まったく! こんな酷い事を誰がしたんだろうな!

 広がる黒々とした樹木だった物を見ていると涙が出てきそうになります! 暫く出した事なんてありませんが。 ともあれ、そんな事はどうでもいい。重要な事ではない。今はフェメールが来るのを祈るだけです。頼むよぉ。

 エルフの森へと入るにも出入りが面倒なのでここで待つことにします。私が出て入るよりもフェメールが来る方が早いです。あと入ると普通にエルフから怯えられてエルフ族自体の好感度が減ってクソ展開になる可能性もありますあります!(一敗)

 さて、ぼんやりと待っていれば慌てて来たのかフェメールが息を切らしながらようやく到着しました。お前の到着を待ってたんだよ!

 

「まさかとは思ったが、やはり貴女だったか……それに後ろにいるのは、夢魔か? なるほど、貴女が魔王だったか」

 

 ならあの行動も理解できる、とか呟いているフェメールと後ろで私をジト目で見ているであろうユディアは無視しましょう。フェメールに関しては落ちる好感度がありませんし、ユディアの好感度はこの程度で落ちない事は知ってます!

 ここに来た理由はエルフの掌握が完了しているか否か、それとフェメールを含んだエルフ族を魔族の支配下に置くためです。正確には支配する訳ではなくて管理すると言ったほうがいいかもしれません。長命なエルフは事なかれ主義が多く、現状で魔王の庇護下に入っていなければそのまま生活した挙げ句に魔王へと矢を向けてくるので防ぐ必要があるんですね。

 

「……エルフ族の統治は出来た。が、魔族への屈服は少しだけ待って欲しい」

「あらぁ、ここで滅ぼされるのがお好みかしらぁ」

「既に死に体……殺されたエルフ族を魔族が庇護する真意を知りたい」

 

 金! 暴力! 交易! って感じでぇ。

 実際、エルフ族を庇護下にする意味はエルフ織以外にはそれほどない。エルフ織に関しても交易の利率がいいというだけで利益としては魔法石だけで事足りる。族長になって色々見えてきているフェメールだからこそ、そこに疑問を感じているし、族長としてエルフ族を簡単に差し出す訳にもいかない。滅びか衰退か、それも繁栄か隷属か。エルフ族にとって瀬戸際であるし、その言葉によって衰退の道は閉ざされているのも理解しているだろう。それでもフェメールは聴いてしまうのだ。彼女はそういう女性(ヒト)である。

 

「エルフ織の交易よ。エルフを支配下に置くのはそうしないと私に怯えて生活できないでしょ?」

「……よもや交易の為だけに族長達を殺した訳ではないな?」

「否定しておくわ。アレらは私にとって邪魔だったの。何よりも――」

 

 言っても意味がない事に気付いて口を閉ざす。これはフェメールに言った所で仕方がない。あの老害共のお陰で再走回数が増えてるんだよぉ! 無駄に生きて魔力溜め込んでるくせに魔王には屈服しないとか言いやがるしそのクセ人族にはすぐに助力する! 再走回数コワルルゥ。

 まあ既にいないエルフの事に関して言っても仕方ありません。鋳型も無いので他のエルフは安心です。ご安全に!

 

「……なるほど。わかった。そもそもコチラに選択肢は限られているしな。よろしく頼む魔王殿」

「えぇ、よろしく。エルフの長」

 

 これでエルフとの交易は結べたのでこれで残りの問題は人族だけになりました。ハクメンが上手く調整している筈ですが、なるべく急いで人族の街であるセルンラトへと向かいましょう。

 イクゾー! デッデッデデデデッ!

 

 

 

 


 人族に魔王復活の報は風の如く伝わった。当然その報せは民達には広まらないように王達により箝口令が布かれ、王達を悩ました。王達にとって魔王という存在は脅威であった。少なくとも魔族という相手に対しては強く出る事のできる人族ではあった。故に戦争という手段を用いて金銭を稼いでいた。兵力は金食い虫であったが、対魔族という大義名分は等しく人を騙し尽くしたし、戦争という物は技術の発展と同時に金銭を湯水の如く沸かしたのも事実である。

 けれど魔王という存在はその全てを否定する。人族全てへと牙を剥く。何より魔王へ対抗する為の兵力や兵站などが湯水の様に湧く訳ではない。限られた資源である。故に人族は勇者に頼るし、対抗策として聖女の準備もしていた。

 現状唯一魔王と対抗する手段である聖女を保持しているセルンラト王は魔王復活の報を喜びはしなかったも好機であると捉えた。争いの多い人族全ての同盟を築ける好機であった。

 

 国力の高いセルンラトだからこその思考であった。魔王という要素を無駄に使うつもりは無かった。少なくとも、聖女を保有しているセルンラトへ救助を求められるのは時間の問題であったし、魔王が動く前にセルンラト王は動く必要があった。

 報せを聞いたセルンラト王は即座に人族の王達へ向けて手紙を送る。内容は人族同盟の誘いである。これを蹴るのならば魔王に潰してもらえばいい。断られる可能性は限りなく少ないのだから考えるに値しない。

 

 運良く、というべきかある程度は当然のように各国からの返信はすぐに来た。全て了承の報せであったのもセルンラト王にとって僥倖であった。同盟内容はある程度決定しているも、他国の申し出を聞いておかなければ同盟を上手く使われる可能性もあった。

 綿密に、けれども迅速に。元々思い描いていた同盟図を描ききった。

 

 後に王族同盟と称される同盟である。

 

 人族は勇者が出現するまで耐えればいい。更に言えば人族全てが団結すれば魔王の侵攻も防ぐ事ができるだろう。今まで魔族領へと攻め入っていた軍の情報。そしてそれに対抗していた魔族軍の情報。人族へと攻め入った魔族軍の情報。そこから推察される魔族軍の総数と戦力。

 勝てはしない。魔王を倒さなくては勝ちではないというのならば、人族は魔王に勝つ事は出来ない。それこそ勇者が必要だ。聖女を出す事でも勝てるかもしれないが、あの少女にそれほどの力が無い事をセルンラト王は知っていたし、何より人族の同盟を結ぶ要因にしても魔王を倒してしまってはそれが崩れてしまう。

 

「待たせたな」

 

 開かれた扉の先には巨大な円卓が鎮座し、それを囲うようにして人族を治める各国の王達が椅子に座している。上座などない、それぞれが平等である証である円卓を囲う王達。

 空いた一席に座るセルンラト王は王達の顔を見渡し、ようやく自身の願いである同盟と平和が締結するのだと気を引き締める。小さく、気付かれないように息を吐き出す。

 セルンラト王が王達を見渡していると一人だけ異質な存在が何食わぬ顔で椅子に座っていた。金色の髪を頭頂から流した美しい女である。和装と呼ばれる艶やかな衣服を身にまとった女は懐から取り出した煙管を咥えて指の先で刻み煙草を丸めている。

 

「……失礼ながら、貴女は?」

「ほう? 儂の名はハクメン。主の代役じゃ」

「代役? 貴様は王では無いのか」

「然り。魔王への対策の方が儂よりも重要じゃろうて。案山子とでも思っていろ

 

 やはりその美しい顔はこの同盟にさっぱり興味が無いように思えた。刻み煙草を火皿へと乗せたハクメンは指先に小さな青白い焔を灯し、口から白い煙を細く吐き出した。

 セルンラト王は美しすぎる案山子から意識を外し、改めて意を決する。ようやく人族の夢が叶うのだ。案山子などに構う必要などはない。

 

「では人族の為に同盟の話をしよう」

 

 同盟の主目的として、魔族への防衛が上がる。その中には魔族への攻勢も入り、勇者や聖女に頼らない戦争が前提となっていた。人族の兵力を総合すれば魔族の軍を押し返す事も可能である事はセルンラト王もわかっている。彼の目的はソレではないけれど。

 それぞれ、各国への交易。救援。人族同士での戦争を一時的に停戦。

 各国の王達が自身が如何に得をすべきか、腹を見せる訳でもなく耳心地のいい言葉の裏に隠された真意を突き出す。けれども他の王とてそれは本意ではない。当然、自分こそが得をすべきなのだ。

 聞くに堪えない言葉達を聞きながら、セルンラト王は王達の意見を纏め上げて人族にとって利益になるように折衷案を出す。案山子はそれを見てほくそ笑みながら白い煙を吐き出した。

 大凡の案はセルンラト王の予測通りであった。その中で唯一予測の外側にいる案山子へとセルンラト王は視線を向ける。記憶をどう捲ってみてもその存在に似た存在は在らず、けれどもこの場に当然の如く居座る()()。どの血統とも異色であるし、揃えた情報の中には存在しない美女。

 違和感が無い。彼女がいるのは当然である。そう判断する意識が僅かばかりの引っかかりを覚える。客観視した事実として、彼女がどこの出であるかなどわからない。確か「主の代役」と名乗っていた彼女はどこの国から来たのか。

 けれど、違和感が無い。それこそがセルンラト王に引っかかりを覚えさせた。

 話が一区切り着き、僅かばかりの間が開く。

 

「――さて、そろそろ貴女の事を聞かせてもらおう」

「儂は案山子じゃよ。そう思えと言ったじゃろう?

「そうはいかない。俺はこの同盟の盟主として聞く権利と義務がある」

 

 セルンラト王の鋭い言葉にハクメンはキョトンとした顔をして、クツクツと喉を震わせた後に堪えきれずに声を上げて笑う。その笑い声にようやく王達は驚いたようにハクメンへと視線を向ける。その姿すらハクメンの笑いを誘う。

 一頻り笑ったハクメンは溢れる涙を細指で拭いながら呼吸を整える。

 

「いや、すまなんだ。なるほど、滑稽と思っていたが儂の()()を破るか。これは愉快じゃ」

 

 整えた呼吸で煙管を咥えたハクメンは今までよりも深い煙を吐き出していく。吐き出した煙はまるで遺志を持つようにハクメンの周囲を囲い、隠す。煙の中からヌルリと出てきた煙管が円卓を叩き、煙が両断されてその纏まりを広げる。

 そこに在ったのは人ではない。九つの金色の尻を持ち、頭頂には三角の毛深い耳が一対生えている、見目麗しい獣人が在っただけだ。

 

「敬意を払い改めて自己紹介じゃ。儂の名はハクメン。金毛九尾の狐であり獣人族を治めておる」

 

 その九尾は改めて名乗り、いままでどのように隠していたのか有り余る存在感を身から溢れさせた。ゾクリと王達に冷や汗が流れる。よもや、と思った。この重圧こそが魔王だと、一人を除く王達は確信した。

 そんな中、たった一人だけセルンラト王だけはハクメンに対して内心で毒を吐き出す。このタイミングで、と。冷や汗も流れ出ている。王達のように重圧も感じている。自身ですら敵うか危うい存在。けれど、彼女は魔王なのではない。

 彼女は()()なのだ。彼女自身がそう言っていた。故に彼女は魔王ではない。

 

「もしや、貴様が魔王なのか?」

「クハッ! それは面白い冗談じゃが、残念な事に儂は魔王様では無い」

 

 愉快そうに煙管を指で弄ぶ九尾の狐はその細い瞳をセルンラト王にだけ向けていた。

 そう。けれどここにいる理由が問題なのだ。同盟締結前に現れた魔族軍の一角であろう人物。セルンラト王にとって最悪の事態であるのならばこの九尾の狐は人族の希望たり得てしまう。人族にとってそれは束の間の希望であるだろう。けれど、しかしであるこの同盟自体の意味を失い、先に待っているのは恐らく戦火。

 セルンラト王にとって、それは避けるべき事態である。この同盟締結が完了していれば問題は無かった。

 

「……して、貴女はこの同盟に何用で?」

「なんじゃ、儂が魔王様を裏切ったとは考えんのか?」

「それは嬉しい報告だが、この同盟が締結してからでも遅くはない筈だ」

「……なるほどのぉ。まったく、どれほど見えておるのか」

「何の話だ?」

「安心せい、セルンラトの王よ。儂はこの魂の一欠片すら主に託しておる。裏切りなどはせんよ」

「なら貴様はなぜここに来た! もしや我々を殺しに――」

「儂がこの席にいるのは最初に言った筈じゃよ」

 

 セルンラト王だけはすぐにその言葉の意味がわかった。同時に席を立ち上がろうとしたが足に纏わりつく紫煙がそれを許してはくれない。ようやく焦った表情を見せたセルンラト王を見てやはり愉快そうに口で弧を描いたハクメンはゆるりと席を立ち上がる。

 

 重苦しい音を鳴らしながら扉は開かれた。

 扉に手を掛けていたのは紫銀の髪の美女である。男ならば誰しもが目を奪われてしまう美女。局部しか隠されていないような服とも言えない黒い革。くびれた腰からひょろりと伸びる太い尻尾と背中に宿る一対の翼が人間離れした美しさの証明のように揺れ動く。

 その後ろには、少女が居た。

 夜よりも黒い髪と黒曜石と同じほど底の見えない瞳の少女。身の丈に合っていない黒いマントを羽織った少女は裾で床を撫でながらハクメンが座っていた席に向かい、まるで元々自分の席であったかのように当然として座る。

 

「こんにちは、人族の王達。戦争を終わらせにきてあげたわ」

 

 そうして魔王は人族の王達へ口を開いた。

 ハクメンの時よりも正確に、そして強烈な恐怖。それが魔王である事の証明であるように。

 首筋に刃を突きつけられている感覚。明確な死という恐怖。セルンラト王の手が震え、それを隠すように拳を握りしめて平静をよそおう。

 これが魔王である。そう確信しているのはセルンラト王だけではない。全ての王が、この少女がこの場に存在しうる最強の生物である事を本能的に理解していた。

 

「……魔王殿、よろしいか?」

「この城にいる人ならユディアの力で少し眠っているだけよ。命に別状はない。当然、街も一緒よ」

「……そうか。なら良い」

 

 まるで先が見えているかのような物言いであったがセルンラト王の口から出なかった問の答えは提示された。最悪ではない。けれども自分達の答え一つで全てが最悪に転ぶ可能性など誰しもが理解した。

 生きている人、という存在は正しく人質である。

 

「さて、私は貴方達を今すぐに殺して人族を滅ぼせる訳なのだけれど。貴方達は一人でも私を殺す事ができるかしら? 簡単でしょう? 私のような少女の首を手折る事ぐらい」

 

 決まりきっている答えを求めるように魔王はそう口にした。

 この円卓を囲んでいる存在の中で魔王に相対する者などいない。彼らは勇者ではなく、王なのだ。自身が死ねば、歯向かえばどうなるかなど予想に難くない。

 数秒ほど、瞼を閉じて待ち、誰も立ち上がりもしない事を確認した魔王は驚きも彼らを窘める事もない。当然の事象を驚くほど少女は子供ではなかった。

 

「ではコチラの要求を三つ言うわ。一つ、奴隷になっている獣人族の返還」

「なッ!? そんな事をすれば我が国の労ど――」

「……ユディア、何か聞こえたかしら?」

「はて? 私には何も聞こえませんでしたわ」

「そう。ごめんなさい、セルンラト王。円卓を汚してしまったわ」

 

 肉塊に成り果てた王であった物は僅かばかりに生きていた証として痙攣を起こし、円卓に赤黒いテーブルクロスを広げていく。その肉塊の左右にいた王は顔を青くしながら魔王を見ているが当の本人はさっぱりと表情を変化させずに座っていた。

 

「ああ。何か意見や異論があるのなら言ってちょうだい。私は優しいから聞いてあげる」

 

 決して王達が動転する事を許さない意思のある声が鼓膜を揺らす。そしてその言葉の意味を履き違えような存在もこの場にはいない。

 

「そこの肉の国はセルンラト王が統治なさい。国境も近いでしょう? ああ、確か息子が居たわね。ソレに引き継がせてもいいけれど管理は必ず貴方がすること」

「……わかった。獣人族の奴隷の返還も了承するが、何人いるか確認する為に時間がほしい」

「726人よ。後で名簿も渡すわ。迅速な動きをお願い」

「なるほど……。それで、2つ目は何だ?」

「この同盟よ。私が貰うわ」

「巫山戯るな! 貴様は魔王であろう!」

「そうよ。私に屈服なさい、人族の王達よ」

 

 それは事実上の降伏宣告である。ザワつく王達の中でセルンラト王だけは魔王へと視線を向けていた。その真意を探る為に。

 もしも魔王が御伽噺のように混沌を求めるのならば、この同盟自体を反故にすればいい。もっと言えばこのように問答などせずに自分たちを刈り取ればそれで済む話である。それを出来るだけの力が魔王にはある。けれどそれはしない。

 

「魔王殿。貴女の目的が聞きたい」

「最初に言ったわ。この戦争を止める事。ああ、この同盟にある最初の一文は消させてもらうわ」

 

 手から溢れ出した黒い魔力が同盟書の文言全てを宙空に形作り、書き始めにある文言の一つが一閃される。

 それは魔族に対するという文言である。それが無ければ結束しない人族が形を変えて魔王という鎖で繋がれる。この場においてセルンラト王が取れなかった手段を魔王は迷わずに選択した。

 

「質問に答えるのが面倒だから言うけれど、魔族側が求める事は同盟の維持と奴隷の返還の二つ。ソレ以上は同盟の文言に従った交易もするわ。一方的に税を納めろとも言わない。貴方達にとって得しかないでしょう? さっさと首を縦に振ってくれるかしら」

 

 それは魅力的な言葉であった。人族にとって勇者が現れるまで間延びさせる為の、魔王が倒されるまでの同盟であったけれど、それが魔王の手によって握られ、勇者が現れるまでの時間を稼ぐ事ができる。

 加えて言うのならば、同盟という形を保っているのも王達にとって都合が良い。一方的な征服ではなく、同盟なのだ。人族は魔族に屈せず、面子を保つ事も出来る。

 人族の王達が断る理由など、何一つない。彼らは勇者ではない。民を抱える王なのだ。

 

「今、二つと言いおったな? 最後の一つは何だ?」

「これは私個人がセルンラト王に求める事よ」

「今更拒否はしないが、内容を聞こう」

「聖女をくださる?」

 

 ゾクリとセルンラト王の背中に怖気が走る。なぜソレを自分個人に言われているかが理解出来なかった。隠していた存在である。王達すら話に上げなかった聖女の話。情報は完全に掴まれていなかった筈である。

 けれど、それでも目の前の魔王は確かに唯一その存在を知り得ている自身に問うている。最初の獣人族は彼女の背後にいるハクメンが要因している。そして人族への希望は二つ目の同盟締結。これはセルンラト王の望みでもある。そして魔王への対策である聖女を求められる。

 もしも聖女が魔王の手に渡れば、人族は本格的に魔王への対応がなくなってしまう。けれど安寧を得る。聖女を渡さなければ待っているのは一筋の希望を残した滅亡である。

 故に、セルンラト王は負けを確信した。どうにかして出し抜く方法を頭の中で巡らせていたが、コレには勝てないと判断して笑ってしまう。

 

「同盟の仲だから言っているだけで、勝手に攫ってもいいのよ」

「いや。いい。場所を教えよう」

「それは構わないわ。通達だけしておいてくれるかしら?」

「ああ。わかった。……さてさて、どこから俺たちは魔王殿の手の平の上なのだ?」

「安心なさい。今からは手の中よ」

 

 同盟書の主の名前を自身に書き換えた魔王はその羊皮紙を丸めてユディアへと渡し、ユディアがセルンラト王へと渡した。羊皮紙はやはり先程決めた内容と寸分違わない。違うのは盟主の名と一番最初の文言のみ。これを魔王が元から準備しているのだからセルンラト王は笑うしかない。

 あの魔族軍の攻勢。魔王復活の報。王達の反応速度。どれもが自身の流れだと思っていた。けれどそれは違う。全てはこの少女の手の上でしかなかった。

 敗北、であるがセルンラト王にとってそれは新鮮で心地良い感触であった。

 

 笑みを薄っすらと浮かべながら羊皮紙に署名をするセルンラト王を静かに見ながら魔王は表情を変える事なく細く息を吐き出して、小さく吐き出す。

 

「……貴方に勝つのは時間が掛かったわ」

 

 署名を募るユディアにも、後ろに控えいたハクメンにも、そして本人であるセルンラト王にすら届かない言葉は煙管の煙のように宙空に浮いていた同盟の文言と共にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は静寂に包まれる教会が好きだった。

 日課になった神への祈りも好きであった。聖女と謂われる少女は軟禁にも近い状態であったけれど、教会のシスター達も好きであったし、この生活に不満など無かった。

 自分の存在意義を考えた。聖女と持て囃される自分は遠くない未来で魔王と相対するのだろう。そして魔王を倒せと命じられている。けれど、それが本当に正しいのかが聖女にはわからなかった。

 もしかしたら、と考えた。きっと御伽噺で語られるような魔王であっても平和を愛する筈であると確信していた。

 聖女は世界を愛していた。だから平和を願い、そして自分にはソレを叶えるだけの役回りもあった。だから平和を願い続けた。

 

 静かに舞う埃が月光に反射される。神にどれほど願っても通じないかもしれない。現に戦争は起きている。そして人族同士の争いは終わる事がない。

 けれど少女には神に祈る事しかできない。この教会から出る事など世界が許しはしない。

 苦しそうに、扉が声を上げながら開く。

 普段ならば誰もこない夜だというのに、扉は開かれた。影になって見えない姿を少女は目を凝らして見つけようとする。

 小さな足音と布を引き摺る音。影から現れたのは夜の帳を一身に映した少女であった。表情をどこかに忘れてきてしまったのか気怠げに開かれた瞳を聖女へと向けていた。

 

「約束を守りに来たわ」

 

 約束。聖女にとってそれは魔王を倒すというセルンラト王との約束以外に無い言葉であった。けれど、それは自身が守る物であり他者が守る物ではない。故に、それは違う。

 ならば彼女の言う約束という物を聖女に心当たりはない。なんせ少女の顔をいくら見ようが初めて見た顔なのだから。

 

「あの、失礼ですが……どなたですか?」

 

 黒の少女はその言葉に歩みを止め、二回ほど瞬きをして、小さく頭を振った。

 

「はじめまして、聖女様。()()()は魔王と呼ばれる存在よ」

「は、はじめまして魔王様。えっと、聖女、です?」

 

 なるほど、彼女が魔王なのか。と聖女は思う。本当にそれだけを思い、自己紹介を交わした。魔王と聖女の初会話というのは随分と間の抜けた会話であるが、魔王は慣れているのか言葉を続ける。

 

「私が貴女を拐うわ」

「セルンラト王が許さないと思います」

「許可は貰っているわ。あとは貴女だけよ」

 

 それが何を示しているのかは聖女は理解出来なかった。

 外の世界は見てみたい。どれほど世界を愛してみても外の世界は知らないのだ。それでも、世界は愛するに値した。だから愛する世界がどんな世界かを見てみたかった。

 聖女は差し伸べられた手へと視線を向け、魔王の顔へと視線を向ける。

 自分と同じぐらいの年齢の少女。その表情はさっぱり変化がないけれど、瞳の奥底が揺れ動くのがわかった。

 

 だから、聖女はその手を重ねた。

 


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