TSロリが逝くダンまちゲーRTA   作:原子番号16

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長らくお待たせしました。

※編集ミスにより一時的に非公開にしました。申し訳ありません。




幕間『ある夜、迷宮の中』

 

 

 

 【一意専心(コンセントレイト)】が使えない。

 それを自覚したとき、フリューは言語化できない衝撃を受けた。

 一時的に集中力を高めるその【スキル】はシンプルかつ強力で、幾度となくフリューの助けとなった。ヒュアキントスなどの他冒険者から『技量お化け』と恐れられた要因でもあり、これを使い倒すことで、なけなしの【器用】を稼いだりもしていた。

 それが、唐突に失われた。

 原因不明の弱体化に、フリューはただ己への失望と不安を募らせていた。

 

 だが、

 

 『【スキル】が使えなくなるのは、そう珍しくない』

 

 不安が限界に達し、親しい神物に【スキル】の機能不全を打ち明けてみれば、彼らは事もなげにそう言ってのけたのだ。

 午後の茶会の様相である。

 本拠から診療所に顔を出していたアポロンと、労働の合間に一息入れていたアスクレピオスが、何やら思い悩んでいるらしい小人族のために突発的に開催したアフタヌーン・ティー。

 ほどよい価格の紅茶が香り立つ空間で、二柱とひとりは卓を囲んでいた。

 

 『種族特性に由来する【スキル】───つまりは獣人の【獣化】や狐人(ルナール)の【妖術】、鉱人(ドワーフ)の【力補正】にエルフの【魔力補正】やらは、まあ言葉のままそいつの種族に由来するスキルなので、よほどのことがない限り機能する訳だが……』

 『それ以外の、いわゆる()()()()()()()というやつはそうも限らない。特に、フリューの【一意専心(コンセントレイト)】は機能不全になりやすいタイプなんだ』

 

 語りながら、太陽神は羊皮紙に筆を走らせる。眷属の【ステイタス】を仔細に把握している主神が、(くだん)の【スキル】を書き起こす。

 

 

一意専心(コンセントレイト)

・超集中。

・行使判定の達成値は精神状態に依存。

・《器用》値によって基準値減少。

・連続発動困難。失敗(ファンブル)時、一定時間理性蒸発。

 

 

 『見れば見るほど』とアスクレピオスが嘆息する。『典型的ではある』とアポロンも同意する。

 おろおろするフリューに、さてどう説明しようかと顔を見合わせて───アスクレピオスが嫌悪感に耐えられず顔を逸らしてアポロンは涙目になったが───ともかく、アスクレピオスが先に切り出したのだ。

 

 『この【スキル】が使えない理由は、お前の言い分を聞く限り明白だ。単に、行使判定とやらにひっかかってるんだろう。そして、つい先日からひっかかるようになった理由だがこれも明白だ。これも僕が言うか、親父?』

 『いや。私が話そう。……フリュー、間違っていたら言ってほしいのだが、君の言葉からして、君は疑似的な死を迎えるためにこの【スキル】を使っていたんじゃないか?』

 『───っ』

 

 まさに言い当てられて、ただ息を飲んだ。

 フリューの専心は、元はタケミカヅチとの鍛錬や書物の写生などで培われた技能だが、その原動力となったのは『消えてしまいたい』という願望だった。

 ある一点に意識を収斂させ、際限なく己を削って世界から自分という存在を消失させることで、極限の専心を目指すのがフリューの専心であり、だからこそフリューはこの【スキル】を好んでいたのだ。

 そう考えれば、機能不全になる理由は確かに明白だった。

 

 消えてしまいたいから、発現したスキルだ。

 消えたくなくなったら、当然使えなくなる。

 つまりは、七年間抱き続けた大願を破棄した報いだった。

 

 『白状してしまえば、私は嬉しく思っているよ』

 

 と、アポロンは言った。

 複雑な顔をするフリューとは対照的な、穏やかな表情だった。

 

 『今のフリューは、消えてしまいそうにないからね』

 『……でも、【スキル】が使えないのは、困ります。なんとかして、もう一度使えるようにならなければ……』

 『でなければ、【剣姫】と共にいられない?』

 『っ……』

 

 結局、それが不安の核心だった。

 フリューの友人。彼女の星。金色の風を纏う、未完の英傑。

 彼女の隣に立つと、そう決めたのだから、相応の力を示さなければならないのに。

 既に足りていないところから、さらに差し引かれてしまえば、十把一絡げの小人族(パルゥム)でしかないというのに。

 なんて情けなく脆弱なのだろうと、フリューは己を糾弾してやまないのだ。

 

 『少し、話をしようか』

 

 ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 伏せていたかんばせをあげると、子供程の背丈の男神が新しいティーポットを用意していた。ふわりと広がる花の香りは、際限なく沈んでいく心身を慰撫してくれるようだった。そっとカップに口つければ、じんわりとした甘味が口内を染め上げ、濁りを残すことなく、鮮やかに消えていく。

 

 『フリュー、君は私の司る事物を知っているかな?』

 『もちろんです、アポロン様。太陽を司る神様と聞いています』

 『概ねその通りだが、少し違う。予言と牧畜と音楽とかの芸能活動、疫病と医療、あとは羊飼いの守護者だったりする。更に言えば、太陽というよりどちらかと言えば光明の方が近くて、太陽のシンボルを背負うようになったのはヘリオスのやつが……』

 『……。……欲張り?』

 『つまり、結構色んな物事を司っているんだ、私』

 

 宇宙の裏側を垣間見たような顔で固まるフリューをほんの少し愉快に思いながら、アポロンは言葉を続ける。

 

 『だが、下界に降りた私はこれらのほとんどを失った。当然、それが神々のルールで、私も例外ではない。神の力(アルカナム)とともに多くの権能を封じられ、私はただのアポロンとなった』

 『……それは』

 

 たかが【スキル】と神の【権能】。重ねるには、あまりにも規模が違いすぎる。

 けれど、あえてアポロンはこのように表した。

 獲得した能力の欠落、その無力感というものを、私も知っているのだと。

 

 『───君の瞳に、私はどう映っている?』

 

 と、アポロンが言った。

 

 『数々の権能を失い、悲しみに暮れているように見えるかな? 全知零能の身に成り下がり、未知の暗がりに怯えるような? こんな境遇に陥るのなら、下界になど降りなければよかったと、後悔しているように思うかい?』

 『いいえ。おれはアポロン様が、この下界でどんな時間を過ごしたのか、全然知りませんけど……』

 『そう。私は、喜びに満ち満ちている。なぜなら、失ったことで、より素晴らしいものを得られたからだ』

 

 例えばそれは、権能を失ったことで見出(みいだ)せた、『情愛の心』である。

 例えばそれは、古くより光明と予言の神に信仰を捧げ続けた信徒とのふれあいである。

 例えばそれは、美ショタに狂った時に頭をひっぱたいて本拠までひきずってくれる愛しい眷属との出会いである。

 

 いずれも、天界では決して得られなかったものだ。

 いずれも、権能を失ったからこそ得られたものだ。

 

 だからこそ。

 

 『【スキル】の喪失は、なるほど悲しいことだ。けれどあえて、私はこの悲劇を()()と呼ぼう。なぜならこれは、君が生きたいと願った証左に他ならないからだ』

 『だからこそ、私は君に更なる躍進を期待しよう。なぜなら、はっきり言って、()()()()()()()()()()()()()()だからだ。なんぞ集中力を上げる技能が失われたらしいが、君は冒険者で、魔術師だろう? 手元の札はいくらでもあるのだし……むしろ、それらを見直すいい機会になるんじゃないかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 『───キュイイイイイイッ!?』

 

 深夜の迷宮に、その叫喚はよく響いた。

 ダンジョン中層域、二十四階層。

 『下層』を目前とする大樹の迷宮最深部で、一方的な戦いが行われている。

 蹂躙されるのは雄鹿のモンスター、《ソード・スタッグ》。刀剣を思わせる角を持ち、これによる突撃(チャージ)を得意とする、搦手使い(いやらしいやつ)の多い中層域では珍しく真っ当に強いタイプの怪物。

 そんな彼等が徒党を組んで襲い掛かる先には、ひとりの槍使いがいた。

 

 「ンー、追加か。深夜のダンジョンは面倒だね」

 

 ごう、と風が吹いた。

 超絶の動体視力を有する妖精眼(グラムサイト)でさえ、その黄金の穂先は霞んで見えた。

 金色の斜線が夜闇に刻まれる度、槍衾(やりぶすま)のように立ち並ぶ剣の群れが砕けていく。数と体格で劣るはずの小人族(パルゥム)が、小柄な体格に不釣り合いな長物(ながもの)を巧みに操り、数で勝るモンスター共を圧倒している。

 小人族の英雄、【勇者(ブレイバー)】の二つ名を世に轟かせる第一級冒険者が振るう業物こそは《フォルティア・スピア》。かの勇鉄を骨子とする黄金の長槍は、血煙舞う戦場に在ってなおその輝きを損なうことなく、秘めたる勇気を証明する。

 脳裏に浮かぶのは予定調和の四文字。極めて熟達した冒険者の未来予知にすら思える機先は、命の奪い合いをありふれた舞台に塗り替えてしまうらしかった。

 

 『シィウルルウウウ……!』

 「おっと、《リザードマン》か」

 

 戦禍に誘われ、怯えるように立ち竦む剣鹿どもの合間から一匹のモンスターが現れる。

 一言で表すなら、それは直立した蜥蜴(トカゲ)だった。

 赤色の鱗を纏い、ぎょろりとした黄緑色の瞳を迷宮の暗がりに浮かび上がらせる、人型の怪物。

 瞬発力と耐久力を兼ね備えた五体はそれだけでも脅威なのに、あろうことかその右手には花弁のような盾(あるいは盾のような花弁)を、左手には茎のような剣を(あるいは───)装備しているのだ。

 『迷宮の武器庫(ネイチャーウェポン)』を活用してくるモンスターとして、この鱗を持つ戦士(リザードマン)はもっとも有名な一種なのだった。

 

 『シャアァッ───!!』

 『キュイイイイィッ!!』

 

 突撃は奇しくも同時だった。

 あるいは意図的な戦術だったのかもしれない。『上層』と『中層』のモンスターは知能が大きく異なり、それこそ白兵戦を誇る《リザードマン》ともなれば、簡易な戦術すら可能なのか。

 生き残りのソード・スタッグとリザードマンの攻勢を、頭目に率いられる雑兵を見紛ったのは、きっと自分が真の軍隊というものを知らないからなのだろう。

 だって、

 

 「ンー……」

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナは。

 ただ半歩、軸足をずらしただけで、迎撃準備を終えていたのだから。

 ひゅんっ、という音と共に一匹の雑兵が死んだ。

 続けて手のひらで鮮やかに旋回した槍の石突が雑兵の顎をしたたかに打ち据えて戦闘不能に追い込む。

 その反動を利用して、小さな身体が独楽(こま)のように回転した。

 深夜の迷宮に、三日月が生まれたのだ。

 宙を駆ける黄金の穂先は死神の鎌めいて《ソード・スタッグ》どもの命を刈り取り、そして、

 

 「むっ……!」

 『ギィイッ……!』

 

 がちり、と。

 《リザードマン》の剣とかち合って、火花を散らした。

 無論、拮抗はあり得ない。

 鱗持つ戦士とて【勇者】の前では雑兵に過ぎず、一秒後には五体を打ち砕かれているだろう。

 けれど、その一秒を待ち望む者がいたのだ。

 けたたましい、羽音である。

 一匹の巨大蜂(デッドリー・ホーネット)が、上空を飛び回っていた。無闇に仕掛けず剣鹿の群れが駆逐されるのを傍観していたのは、知能の証明なのだろう。けれど姑息に違いはなく、羽音を鳴らしながら赤子のような隠密を試みるこの怪物の存在を【勇者】が把握していなかったとは思えない。

 しかし事実として、巨大蜂は硬直した槍使いを襲撃したのだ。

 ぎらりと鈍く光を放つ毒針。【耐異常】を持たない冒険者を速やかに絶命させる致命の一刺しが【勇者】の首筋に迫り───

 

 「《導き(Lead)たまえ(me!!)》」

 

 ボッ、という生物を殺害する音が連続した。

 自分が投げ放った短刀が《デッドリー・ホーネット》を撃ち落したのと、金の槍が《リザードマン》を灰に帰した音だ。

 しばらく、辺りに静けさが満ちた。

 生物の気配のしない夜のダンジョンを見回して、戦闘終了を確認する。

 

 「うん、いい援護だ。ありがとう、助かったよ」

 「……その」

 「いや、大した技量だ。アイズが惚れ込むのもわかるよ。気を抜いたら僕もファンになってしまいそうだ。【スキル】を失ってなおこの腕前、素晴らしいの一言だよ」

 「ごめんなさい、やめてください……」

 

 ───ひんっ、と喉の奥から喘ぎ声を漏らして、自分はただ懇願した。

 この『褒め殺し』が始まって数十分。この深夜の散歩の思惑───『アイズの役に立てるという証明』をしたいのだと、己の恥部を晒すような羞恥に耐えながら語った自分に、【勇者(ブレイバー)】は何の説明もなしにこんな仕打ちをしていた。

 先程のようにわざと見せ場を用意して、過剰に持ち上げてくる。かの【勇者】にありったけの美辞麗句で飾り付けられるのは、他人であればむしろ至福なのだろうが、自分にはとてもつらいことだった。

 自分はアイズの隣に立つには弱すぎて、けれどあの子の隣に居たいから、至らない身を綺麗に見せようとしているのに。

 【勇者】はただそのままの振る舞いに、惜しみのない賞賛を贈ってくるのだ。

 なんてひどい。横暴だ! いい歳したオトナが子供をからかってそんなに楽しいか!

 これでも───これでも、泣き出したくなるのを必死に堪えて、話してやったというのに!!

 

 「……嫌いになりますよ……?」

 

 ……たぶん。今の自分を(やしろ)の神様方が目撃したなら、大層驚かれるだろう。

 瞳にうっすら涙を湛え、頬を紅く染め上げて、きっと誰かを睨みつける、だなんて!

 そんなの、まるで……まるで、些細な自尊心を軽んじられて拗ねてしまうような、ただの子供みたいじゃないか。

 

 「おや、ふふ。嫌いになるのかい?」

 「すでに、かなり嫌いです。あなたと話をしていると、おかしくなりそうだ」

 「それは悲しいな。未来ある若者に嫌われるのは、年長者にとって耐えがたい苦痛だからね」

 

 「まあ止めるつもりはないけど」等と(のたま)同族(パルゥム)に、よくもいけしゃあしゃあとっ、と叫ぼうとする口をなんとか押さえつける。

 当人は相も変わらず微笑んだまま、凪いだ湖面めいた碧眼を見せている。

 手のひらの上で踊らされている、いやそこまで露悪的ではないけれど、なんというか全部オミトオシみたいな感じでとてもいやだ。

 

 「まあ聞きなさい。君の様子からしてもうすぐ目的地らしいから、この辺りでちょっとお話をしたいんだ」

 「さっきの言葉を忘れましたか……?」

 「覚えているとも。そして、この話を語り終えた時、その評価をくるっと裏返して見せると保証しよう。今から話す物事は、確実に、今の君に必要だ」

 「…………わかりました」

 

 勇者の要請に応じて、その場に座り込む。への字に曲がる口許を元の無表情に戻すのにかなり苦労した。自分が思っているよりも、自分はこのフィン・ディムナという人物が嫌いになっているらしかった。

 この感情を他の小人族(どうぞく)に知られたなら、きっと呆れられるか軽蔑されるのだろう。彼の言葉は全て正しく、その行動は正しく英雄を名乗るに相応しい。現に、『目的地』を伝えないまま淡々と先導して迷宮を移動してきたにも関わらず、残りの道程がほんの僅かであることを察してのけている。中層に至るまでの判断も素晴らしく、彼が迷宮都市でも随一のリーダーであることに疑いの余地はない。

 そんな人物が種族の矢面に立とうとしている。なんともありがたい話だ。

 それを踏まえた上で、今のところ勇者はひどいと思っているだけだ。

 

 「ありがとう。さて、何から話そうかな……うん、時間に追われる状況じゃなかったら色々話したかったけど、この場では要点をひとつに絞ろうか。ずばり、君に足りないものだ」

 「それなら、数えきれない程にあります」

 「()()だよ。君は面白いくらい自己肯定感に欠けている。有り体に言えば、自信がなさ過ぎるんだ」

 

 一瞬、何を言われているかわからなかった。

 

 「それは、反論させてください。自分が出来ることは、わかっているつもりです」

 「へえ?」

 「己は何も出来ない無能だと決めつけて、膝を抱えて(うずくま)ることだけはしちゃいけないと、随分前から誓ってます。……その上で、自分には足りないものが多すぎるという事実を……受け止めかねているだけです」

 「それはおかしな話だ。君の言葉が真実なら、【()()()()()()()()()()()()()()

 「……どういうことです」

 

 自分は、気づけない。

 勇者の碧眼が相も変わらず揺るぎないせいで、軽口でも叩くみたいな口調に欺かれて、致命の間合いに踏み込まれたことを(かい)せない。

 はたして一族の英雄は言葉の槍をゆるりと構え、

 

 「【魔法】は発現者の心からの願望をゆりかごにして生まれるモノ。ならば、《魔力》に極めて優れた君が真に願ったなら、とっくのとうに『アイズに並び立てる理想の自分になる魔法』を得ていなくてはおかしいだろう?」

 「───」

 

 あっさりと、幼子(わたし)の破綻を貫いた。

 

 「似た事例はいくつもある。例えば【フレイヤ・ファミリア】のLv.5のひとりは自己の人格を殺戮者に変貌させる精神魔法を持っていると聞くし……ちょっと外れるけど、僕も同じような発想の魔法(ヘル・フィネガス)を発現させている。更に言えば、そもそもの話、『それ』の達成方法は異なるだろうが、『理想の自分になる魔法』は極めてありふれた【魔法】だ」

 

 炎の球を投げつける魔法が『炎で敵を打ち倒す自分』を叶えるために生まれたとして、なんの矛盾があるだろう。

 『爆発的に力を高める魔法』も『大怪我すら治す魔法』も、そのゆりかご(はじまり)は『そう在りたい自分』という願望(ゆめ)なのだと。

 つらつらと言葉を続けて、勇者はそっと私を指差したのだ。

 

 「───だから、何かしら【魔法】を得ただろうと思ったんだ」

 

 運命の夜を共に超えて、あなたの隣を歩むと決めて。

 その時点で、何か規格外(アイズ)に比肩するための【魔法】を発現したに違いない、という過去の勘違いを勇者が告白する。

 だってそうでなければ並べない。無才非力の小人族(パルゥム)が縋れるモノは【魔法】しかない。───普通の小人族であればそう考えると、一族の英雄は断じたのだ。

 

 「でも君は【魔法】を発現させなかった。今まで君が語ってくれた話と合わせて、これが意味することはひとつだ」

 「っ……」

 

 息を呑む。

 今の今まで有無を言わさないような語りをしてきた彼が、その碧眼を「心の準備はいいかい?」と気遣うように揺らしたから。

 それはつまり、次の一言(ひとさし)が重い一撃という証左。

 

 

 「君は、君自身でも伺い知れない心の奥底で自分を冷静に見定めていて、『アイズに並び立てる』こと自体は実現可能と断じている」

 

 「だから、君を苛んでいる不安は『非力ゆえにアイズの隣にいられないこと』なんかじゃない」

 

 「君の不安はおそらく───『いつかアイズに捨てられるんじゃないか』だ」

 

 

 「……それは……」

 

 彼の言葉を飲み込むのに、少なくない時間を必要とした。

 後から思えば、それはきっと、理解したくなかったからだ。

 だって、勇者はこう言ったのだ。

 ───お前は、お前の弱さを呪っているのではなく。

 ───お前を救った英雄(アイズ・ヴァレンシュタイン)に、不信感を募らせているのだと。

 

 「アイズは君を無二の戦友と認めている。けれど、君はアイズをどう思っているんだい? 固い結束で結ばれた友人だと、神に誓えるかな?」

 「……それは……いや……そもそも、違う。()は……以前あの娘にも言ったように、たまたま一番最初に助けられただけで……彼女はこれから、もっとたくさんの人を救うのに……」

 「聞きたいのは予想じゃなくて感情だよ。と言っても、そんな表情(かお)をしてるのに、わからないはずはないだろうけど」

 

 ……わかってる。分かっている。

 一言話す度に、この小さな胸が裂かれるように痛むのだから。

 けれど、認めてしまえば───裂かれるどころか砕け散って、二度と戻らないような気がした。

 だってそれは、神の愛を疑うようなことだから。

 

 「……嗚呼───」

 

 そう、神の愛を疑うような。

 

 「……私は、あの娘の、アイズのためなら、なんでも出来る。アイズが求めたなら、なんだってする」

 「だろうね。君がアイズを見る目は、どこぞの美神の眷属みたいだから。そう求められたなら、君は何も躊躇うことなく命だって捧げるだろう」

 「……アイズのためなら死んでもいい。けれど、だから───アイズに()()()()()()()()()()、きっと死にたくなる……」

 

 太陽を見ているだけなら良かったのだ。

 手の届かない中天にそれは座していて、言葉もなく、感情もなく、ただ恩恵のみを与えてくる。かつての英雄と、ただ救われる集団でしかない無辜の民のように。

 けれど、もしも太陽に愛を囁かれたなら?

 中天に座するだけの輝きに、遍く人々に熱を差し出す上位存在に一個体として認識され、寵愛されたなら?

 その上で───その愛を失ったなら?

 耐えられるはずもない。特別という名の熱を永久に失ったなら、己の運命を嘆きながら凍え死ぬしかない。

 

 「怖い……」

 

 アイズに力を求められて、共に歩むと誓った事に後悔はない。それだけは許されない。アイズがそこに在れと求めてくれるなら、私は万難を糧にして彼女の隣に佇もう。

 けれど、『もういらない』と言われて何も求められなくなったなら、私はきっと駄目になる。

 たまたま英雄に救われただけの何者かではなく、アイズの愛を知ってしまったフリューガーは、その喪失に耐えられない。

 

 「自覚してくれたようで何より。これで次の話に進められる。その恐怖を克服する方法を教えようじゃないか」

 「っ……それは?」

 「確固たる自信。または自負。つまり、『自分を信じること』だよ。そもそも、君はアイズの信頼を失うことを恐れているけど、裏返せば『アイズからとても信頼されている』んじゃないか」

 「───」

 「だから───君は、英雄に愛される自分を誇りに思っていいんだよ」

 

 愛の喪失に怯えるのではなく、愛されているという事実を自信に変えれば良いのだと。

 小人族の英雄として、都市最大派閥(ロキ・ファミリア)の頭領として、多くの信頼を背負う【勇者(ブレイバー)】はそう断言した。

 

 「君に必要なものは『自負』で『自信』だ。僕の目が正しければ、アイズは君を深く信頼している。それはもうかなり信頼していて、僕達……僕とロキ、リヴェリア、それにガレス……この一年間アイズと日常でも冒険者としても関わってきた面子と同等の信頼で、これはとても、本当に、すごいことだ。言葉足らずなあの娘に代わって、僕が保証するよ」

 「だから、君はそれを受け入れるだけでいい。難しいだろうけど、そうしなきゃいけない。自分のことを、いずれ英雄に至る少女に名指しでばっちり見初められていて、ついでに多くの神々の寵愛を受けている、とてもすごくてスーパーな小人族なんだと自覚しなきゃいけない。未来の英雄の隣に我が姿ありと、彼女の信頼を受け止められるようにならなきゃいけないんだ」

 「そうでなければ───たとえ世界を滅ぼせる力を得ようとも、君の不安は拭えない」

 

 「───あぁ……」

 

 目の前で、勇者が膝を折り、目を合わせて語りかけてくる。

 その言葉は正鵠を射ていて、それだけで私の心にすとんと収まるような喜びに包まれるけれど、いくつか足りないものもあった。

 ……彼の言う通り、私は、アイズの隣にいられるほどの力がないことではなく、アイズに失望されることを恐れていた。これは、間違いない。けれど、それだけではないのだ。

 私は───()()は、男で在りたくて、けれど、それはとても不安定で、砂上の楼閣のように容易く崩れ去ってしまうから、しっかり(おのれ)を保てない自分がよわっちくて脆弱でずっと不安で怖くて恐怖していて、きっと【一意専心(スキル)】が使えないのも単純に一心に集中できる精神状態じゃなくなっているからで。

 自分が今まで神々(ほしぼし)に向けていた信仰のような感情を、まだ幼いアイズに向けてしまったから、不変の星々(かみがみ)には決して届かないこの想いもどんどん成長していく少女には容易く触れられてしまうことが■くて───

 

 「……わ、たし、は」

 「うん」

 「……私は、私を、信じるべきなのでしょうか」

 

 たとえ不安定でも、いつか来る日まで(おのれ)を貫けると。

 たとえ不鮮明でも、ずっと英雄の戦友(ともだち)でいられると。

 そういう自分で在れることを、自分は強いと信じるべきなのかと。

 

 「概ねその通りかな。もちろん、べき、ではなく自然にそう思えるのが理想だけどね。ただ、それが難しいなら、とりあえずの策は提示できる。月並みだけどね───」

 

 

 歴戦の冒険者に曰く。

 自分を信じられなくても、自分を信じる誰かを信じることは出来るだろう、と。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そもそもこの散歩、僕に信じてもらうのが目的なんじゃないか」

 「……そうですね。武器を用意する。その過程で力を示し、あなたの信頼を得る。それが、当初の目的でした」

 「僕の信頼を得られれば、アイズに失望されても近くにいられるって?」

 「───泣きますが。よろしいですか」

 「許してほしい」

 「許します」

 

 フリューが平静を取り戻した後、一行はこの深夜の散歩の目的地へと歩を進めていた。

 モンスターとの遭遇はない。占星術師の先導にフィンは何も言わずに追従する。聡明な彼は、フリューのやりたいことを既に看破していた。

 すなわち、強力なモンスターを倒し、そのドロップアイテムで武器を得る。

 力がなければ武器を使えばいいじゃないの精神は、フィンも絶賛するところだった。

 お金は力なり(マネーイズパワー)などと露骨な事を言うつもりはないが、彼我の差を武装で埋めるという発想は実に小人族(パルゥム)的でグッドである。

 

 「とはいえ、そろそろ聞いておかないとだ。今回の遠征はあくまで人魚の討伐。その責任者として、本命に支障をきたしうる行動は控えさせなきゃいけない。……要するに、なにを倒すんだい?」

 「すぐにわかります」

 「おっと」

 

 碧眼を軽く見開いて、フィンはおどけるように驚いた。この純朴な少女なら、聞けば素直に教えてくれるものだと思っていたのだ。

 この頃になると単純にフリューと話すのが楽しくなってきた彼は、そのまま口を開こうとして───その瞳に、本物の驚倒を浮かべた。

 

 「……本当に? いや、君の占星術の腕を疑っていた訳ではないけど、そういう話じゃない。現在この世に存在するか不明な、見たこともないモノをきっかり探し当てられると?」

 「占星術の便利さを見せれたなら、よかったです。ただ、()()()()()の言う通りの無法な代物でもありません」

 

 フィンの目には確かに「それ」が見えていた。小人族は種族的な特徴として視力に優れるのでそれ自体は関係ない。

 問題なのは、『中層全域で僅か数本』で『お目にかかることすら稀』な『レアアイテム』を、『一切の事前情報なしで』探し当てたということだ。

 もちろん、フリューが語ったように、占星術にそこまでの力はなく。

 

 「簡易的な儀式も含め、それなりの費用は投じましたが……最後の決め手は、きっと【幸運】に恵まれたのでしょう」

 

 あっさりそう言い切って、眼前の敵をねめつけた。

 

 フリューの視線の先には、『木』があった。

 大樹の迷宮にあってなおその『木』は(おお)きく、そしてたくさんの『実』を宿していた。

 そして、その『実』は『宝石』だった。

 

 「……宝石樹」

 

 文字通りの『金のなる木』。宝石樹が実らせる色とりどりの宝石は極めて貴重であり、ダンジョンのもたらすアイテムの中でも随一の額で売買される。その理由は宝石樹の出現自体が極めて稀なこともあるが、それを大きく上回る要因がひとつある。

 

 「勝算はどれほどかな?」

 「勝ちます(十割)

 「ンーなるほど。じゃあ、危なくなったら介入しよう」

 

 宝石樹には、守護者がいる。

 古今東西、あらゆる冒険譚におけるお約束に違うことなく。

 迷宮の秘宝の傍には、宝の番人(トレジャーキーパー)がいるのだ。

 

 

 『■■■■■■■■■■──────────────』

 

 

 それは、震えるようにして瞼を上げた。

 長らく開くことのなかった緑の瞳が、不遜な盗人を照準する。

 それは全長10M(メドル)を超える巨大な身体をしていたため、起床するのにとどろくような轟音を必要とした。

 深夜の迷宮に響き渡る騒音に、しかし応じるモノはいない。獲物の気配に喜び勇んで馳せ参じる有象無象は現れない。

 なぜなら、それが動いたのなら、冒険者は必ず絶命すると本能で理解しているからだ。

 やがてそれは長い眠りから解き放たれ、いつでも戦闘に入れる体勢、待機状態に移行した。

 その佇まいが()()()を巻くようなので、それを『蛇』と呼ぶ者もいるだろう。

 緑色の体表とあまりの威圧感から、それを『樹木の精霊』と誤認する者もいるだろう。

 けれど、否。否、否、否! ───それと対峙するフリューは、理性で、肌で、掌で、それが何者なのかを理解する。

 

 蛇のような体躯を持ち、秘宝たる大樹を守護する怪物。

 その名を───『グリーンドラゴン』

 大樹の迷宮において『最強』とされる緑の竜に、ギルドが定めた潜在能力は、L()v().()4()

 およそ二階梯の差を誇る竜種をしっかと見詰め、フリューはもう一度、掌で鞘を撫でた。

 

 「……お前程じゃないな」

 

 いまや灰と化した宿敵に想いを馳せ、フリューは一歩前に進み出た。

 それが戦闘開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フリュー→アイズの感情は、アイズのところをフレイヤ様に置き換えると分かりやすくなります。

フレイヤ様に愛されてとても嬉しい。
フレイヤ様の愛を失ったら耐えられない。
それだけの話です。

なので、フレイヤ様の眷属(オッタル他)をよく知っているフィンは、とても簡単なことを伝えようとしています。

神の愛を失うのは、とても恐ろしいだろうけど、フレイヤ様の眷属は全然、全く、そんな事は考えていないのです。
『私は美の女神に愛されている』という確固たる自負こそが、彼等を強壮な戦士(エインヘリアル)にしているのですから。
フィンは『"あの"アイズに好かれてる時点でとても凄いからめっちゃ自信に思っていいんだよ』ということを、複雑怪奇な心をしているフリューに伝えようとしていたのです。

次回はもはや虫の息と化しているRTA要素を補完するため、木竜さんに騙されてもらう回を予定しています。
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