マレーシア国家代表、アイシャ・ビンティ・ルガールとの親善試合のため簪、虚、本音を連れクアラルンプールへやってきた楯無。試合では見事勝利を収め、その日の夜はご好意によりアイシャの実家に宿泊した。

そんな中、動物の写真を見ていた本音が「野生動物が見たい」と言い出した。楯無がアイシャに聞いてみると、タマンヌガラ国立公園という場所が動物を沢山見れると聞かされた。

すっかり乗り気になった4人は滞在期間を延長して一路タマンヌガラ国立公園へ向かうことに。しかし待っていたのは想像を絶する過酷な環境。そして楯無達から『野戦病院』と形容された観察小屋、ブンブンに泊まり込んだ2日目の夜、腹痛という爆弾を抱えていた楯無に試練が襲いかかる——

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更識楯無 最後の誇り

 

午後10時半過ぎ、ジャングルの夜は深い。小屋には窓もなければ電気も通っていない。ベッド代わりの代物などただの板、手元にある灯りは懐中電灯の光だけという環境の中、簪は夜深まるジャングルに目を向けて身動き1つ取らずに動物が現れるのを待っている。

 

 そして、懐中電灯の灯りに照らされた楯無の顔は切羽詰まったそれに等しかった。

 

「どうしました…お嬢様…」

 

 虚が問いかけると、灯りに照らされた楯無の表情は切実さを増す。

 

「トイレがしたい…………大っきい方……」

「………………………」

 

 絶対笑ってはダメだと、虚と本音は肩を震わせる。

 楯無のお腹の調子が優れないのは今に始まったことではない、マレーシアに到着してこっちずっとこの調子だ。昨日も今日も持参してきた正露丸を飲んでいる。

 それでもマレーシア国家代表を真っ向勝負で破り今日ここまで持ち堪えた辺り楯無としての意地があったのだろう。

 

 しかし、もう限界であった。

 

「行ってくればいいじゃないですか」

「怖くていけない…」

「……………」

 

 何故だろう。笑ってはいけないのに笑いがこみ上げてしまう。それもこれも無駄に真剣で切実な、腹痛と戦っているのか俯いている楯無のせいなのだが。

 

「お嬢様なら大丈夫ですよ」

「じゃあ虚ちゃんちょっと行ってきなさいよ…!あんな怖いトイレないわよ!?」

 

 普段より明らかに余裕がない楯無に言われるがままに虚と本音はドアを開けて外にあるトイレの方を見やる。

 

「見えた?トイレ」

「あぁ、あれですか」

 

 確かに真っ暗なぶん昼間見た時より恐さはあるが、それでも大したことはない普通のトイレである。昼間見た時は水洗という事実に意外だと思ったのは余談。

 

「虚ちゃんや本音ちゃんはアレ行けるの?」

「いや行けますよ」

「いけるよ」

 

 虚と本音の即答を前に楯無は「嘘でしょ?」と驚いた表情を浮かべる。

 

「大体お嬢様は一体何が恐いんですか?」

 

 危険な動物に怯む彼女ではないはず、虚が何気なく聞いてみると楯無はしどろもどろになりながら目を逸らす。

 

「いや…それは……」

「多分…アイシャさんの家で見た映画だと思う」

「簪ちゃんそれは言わないお約束よ!?」

「映画…?あ、アレですか?」

 

 映画と言われて虚と本音にはピンとくるものがあった。それはアイシャの実家に泊まった際にテレビでやっていたホラー映画、マレーシアでも『めちゃくちゃ怖い』と話題になった映画で実際かなり怖かった。

 楯無達も例に漏れず怖い思いをしたが、まさか更識の長がそれでトイレに行けないとなった時には呆れる他なかった。

 

「仕方ないでしょ!?怖かったもの!」

「気持ちは分かりますけど…」

 

 楯無は必死に訴えるが、お腹の痛みは悪化していく。

 

「悪いけど…いてもらっていい?」

「いいけど、ここで照らしといていいの?」

 

 懐中電灯が持っている本音が聞く。

 

「うん、そのくらい照らしてもらった方がいいわね」

「いいですよ。そのくらい」

「いい?ごめんねなんか」

「どうせ寝られませんし」

 

 お腹を抑えた楯無は懐中電灯で照らされた灯りを頼りに外のトイレへと向かう。虚が「大変ですね…」と小言を漏らす中楯無はトイレへ到着、しかし何故かドアは閉めていない。

 

「あの、ドア閉めてください」

 

 虚に言われるまま楯無はドアを半開きのところまで閉める。

 

「閉めて下さいって!」

「これくらい開けといたっていいでしょ」

「開けておいてじゃないよ。こっからたっちゃん丸見えなんだよー」

「別に私達しか居ないんだしいいじゃない」

 

 虚と本音とボヤきあいながら楯無はとうとうズボンを下ろす。

 

「やめてよ下ろすの!!」

「仕方ないでしょ!?」

「閉めてから下ろしてよ!」

「無理だって!!」

 

 本音が目の前で行なわれる光景に赤面させる横で楯無は便器に座り込む。

 

「やだよ、私のところからモロに見えるんだよ!」

「本音そんなに照らさなくてもいいから」

 

 布仏姉妹が引き気味になっているとトイレの中から重苦しい溜め息が聞こえてくる。

 

「駄目、出ない」

 

 当たり前の感想を前に虚と本音は思わず吹き出してしまう。

 

「そりゃ見られてますもの…こんなに……」

「無理よ見られてたら絶対出来ないわよ」

「でも、もう恥ずかしいとか言ってられませんよ」

「もちろんよっ……」

 

 楯無の声が一瞬上ずり、「息んだ…」と本音が口元を抑える。そして聞こえてきたのは今の心境を語る哀しい声であった。

 

「虚ちゃんもう最悪よ……。まさか…この歳になって…見守れながら、トイレしなきゃならないなんて……」

 

 最高に哀しい声色で語る楯無にもう布仏姉妹の笑い袋は限界を迎え、虚と本音は完全に吹き出してしまう。

 

「出してくださいお嬢様ッ」

 

 あまりにもあんまりな声援に楯無も弱々しく「分かってるわよ…」と答えるが、段々惨めになってきたのか嗚咽交じりの呻き声がブンブンに響き渡る。

 

「もう痛々しくて…」

 

 本音もボロボロになっていく楯無へ哀しい表情を向ける。

 

「お嬢様今度インフィニット・ストライプスの企画で歌出すんですよ……。良い声で唄うんですよこれが…」

「やめてよ出ないでしょ」

「大丈夫ですよお嬢様。私は、いや、私達はいつでも見てますから」

「いや見てなくていいの。いてくれ!って言ってるの私は」

 

 その間も楯無の崩壊は進み、「え”あ”っ」「んえっ…」という嗚咽がハッキリ聴こえるまでに壊れ始めていた。

 

「出たッ!出たわよ虚ちゃん!」

「そんなこと言わなくていいですから…」

「ちょっと立つわよ」

「へぁ?」

 

 素っ頓狂な声を発する本音を他所に楯無は立ち上がりお尻を拭く。

 

「赤裸々すぎて……もう気の毒で気の毒で…」

 

 泣きそうになっている本音を堪らず虚は一喝する。

 

「本音泣いちゃダメ!」

 

 しかし本音の目には涙が浮かび始める。

 

「(´;ω;`)ウッ…」

「お嬢様だって頑張っているのよ!!泣いちゃダメでしょ!」

「あははははははは!!」

 

 ついには楯無も笑い出す。

 

「照らしてあげなさい。照らしてあげるの」

「てっ…、てっ…(´;ω;`)」

 

 本音はポロポロ涙を流しながら、懐中電灯の灯りをトイレへと向ける。

 

「ちょっと2人に申し訳ないんだけど…おしっこしていい…?」

「お 嬢 さ ま !!」

 

やがて水が流れる音が聞こえ、

 

「流れたわ!」

「流れましたか?やりましたねお嬢様!」

 

というやり取りの後にトイレから飛び出した楯無は大急ぎで虚達の元まで戻り外とを隔てるドアを閉めた。

 楯無にとって何か非常に大切なモノを失くし、ある意味地獄のような時間は結果的に快便で幕を下ろした。

 

 

 

 

「簪ちゃんは寝てたの?」

「うん、そこで少しの間」

「寝袋も敷かずに板のままで?」

 

 楯無の問いに簪はコクリと頷く。

 普段はインドアでこういったことに無縁な簪であったが、ここブンブンにおいては誰よりも早く順応していた。

 布仏姉妹が疲労でくたびれ、腹を下した姉とは対照的に簪はまだ比較的余裕があるのかケロっとしており、上はタンクトップというラフな姿で懐中電灯片手に動物観察に勤しんでいる。

 

「羨ましいです。私はもう身体がクタクタで…」

 

 虚はやれやれと肩を回す。

 

「虚ちゃんは順応できてないわね」

「できてないですね」

「全くダメねぇ虚ちゃんは」

「…………」

 

 いつもの調子が戻りかけている楯無へ虚は白い目を浴びせながら一言言い放つ。

 

「…更識刀奈、あなたはもう私達には逆らえませんよ何があったって」

 

 虚からのありがたいお言葉に楯無は「あははは…」と項垂れる。

 

「貴女はこのジャングルの中で…私達のライトに照らされながら何をしたんですか?私達に向かってそんな言葉を言っていいんですか?」

「虚ちゃん…貴女こういう時結構キツいこと言うわよね」

「ふふふふふ…」

 

 互いに吹き出しながら暫し膠着状態に。やがて楯無が口を開く。

 

「そうね……、いやでも私は!…私は、最後の誇りは持ってるわよ」

 

 座り込んだ楯無が力強く言い放つ。

 

「勿論ですよ…捨てちゃダメですよ」

「私あーしてなかったらそーゆーAV的展開になってたのよ?」

「いやそこはちゃんとトイレ行って下さい」

「でも私は、しっかりトイレでしたわよ!」

「それが当たり前なんですけどね…」

 

 キリッと力強く言ってみせる楯無をどこか憐れに感じながら虚は苦笑する。

 

「私の照らすライトでする勇気あって?」

「無いです…。誇りですね…最後のプライドでしたね…」

 

 こうして、ブンブンの夜は更けていく——

 

 

 

 

 

 

 

 

ブンブンには、それぞれのドラマがあります

 

寝れないと言って、最年長者だからと寝袋を渡したら最後までゆっくりと寝た者

 

寝れないなら私の寝袋使って言って人に貸し、自分は寒くて寝れなくて最後は死んでしまった者

 

怖くてトイレに行けないと、幼馴染みにトイレを見守ってもらいながらした女

 

ブンブンにはいろんなドラマがあります。そんな中で、みんな必死に動物を観察します

 

ブンブン・ブラウ、朝の5時半

 

動物は、1匹も出ません

 

 

 

 

「何しにきたのよ私達は…」

 

 




余談①
実は一夏も「国家代表同士の試合を見て勉強になれば」と連れてくる計画があったが千冬からノーが入り実現しなかった。結果として散々な目に遭ったため「連れてこなくて良かった」と楯無達は回顧している。

余談②
ブンブンから脱出した後、楯無のお腹の調子は戻り、日本へ帰るまで腹痛に悩まされることは無くなった。このことについて楯無は「多分早く日本に帰りたいと身体が訴えていたのかも」と述べている。

そして本編の方
(https://syosetu.org/novel/199738/ ) もよろしくです

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