「花陽、お誕生日おめでとう」
「う、うん。ありがとう」
「寒かったでしょう? さ、あがって」
「お、お邪魔します」
やや恐縮気味の花陽は、目の前で揺れる金色のポニーテールを追いかける。
そんな花陽の緊張を読み取ったのか、絵里は小さく笑う。
「もう、そんなに緊張する事はないでしょ?」
「そ、そうなんだけど……」
一年近く共にスクールアイドルとして活動をしてきたが、やはり花陽にとって絵里には憧れが強い。ちんちくりんな自分とは、色々と違う。
「それに今日は、花陽のお誕生日のお祝いで招待したのよ? 主役はあなたよ」
それで割り切れたら苦労しない。そういう性格なのだ。
──だが、
「花陽の為に、お米を買ってきたの。一緒に食べましょ」
「ご飯っ⁉︎」
好物が絡めば、話は別だ。
「え、ええ」
唐突な勢いにやや身を引いた絵里だったが、気を取り直して笑顔を向ける。
「ちゃんと花陽が喜んでくれるような、美味しそうなお米を用意したわよ?」
「あ、もしかして炊くところから始めるの?」
「そのつもりだったけど……もしかして、面倒だった?」
「全然っ! むしろ、ご飯は真っ白なお米を丁寧に研ぐところから始めないと! 美味しいご飯は、お米研ぎから!」
「そ、そうね」
自分にはない情熱を燃やす花陽に、絵里は苦笑いをしながら「こっちよ」とキッチンへ案内する。
「最初は手伝ってもらうくらいのつもりだったけど、任せた方が良さそうね」
「うん! 任せて!」
先ほどの気弱さはどこへやら。力強く頷くと袖をまくり上げる花陽。絵里から計量カップを受け取りお米が入った紙袋の前へ立つ。
そこで、
「──あれっ?」
動きを止めた。
「どうしたの?」
覗き込んだ絵里に、花陽は振り返る。そして紙袋を持ち上げると、
「絵里ちゃん、これもち米だよ?」
記載された表示を見せる。
「えっ⁉︎」
慌てて記載を見つめた絵里。確かにそこには、『もち米』と書かれている。
「あら、本当だわ……。……もち米じゃ、ふっくらしないわよね?」
「うん、まあ、もっちりはすると思うけど……」
「ご、ごめんなさい花陽。普段、あまり自分でお米って買わないから……」
「ロシアだもんね……」
フォローなのか分からない慰めをした花陽の目の前で、
「うぅ、せっかく花陽に喜んでもらおうと思ったのに……私ったら何してるのかしら……」
大きく肩を落とす絵里。
その姿を見て、
「……ふふっ」
花陽の口から小さな笑みが溢れた。
「……花陽?」
「あ、ご、ごめんなさい。──何だか絵里ちゃんでも、そんなおっちょこちょいな一面があるんだなぁって思って……つい」
「私は、花陽が思うほど完璧じゃないわよ?」
絵里は、ふ、と肩の力を抜くと、改めて花陽の手元に視線を下ろす。
「でもこれ、どうしようかしら……。ご飯にはならないのよね……?」
「大丈夫だよ、絵里ちゃん! 炊飯器でも、お餅は作れるの! お餅も美味しいもん!」
絵里ちゃんが用意してくれたんだもん、と花陽はボウルにもち米を注ぐと、慣れた手つきで研ぎ始める。
「…………」
それを横で見ていた絵里は、
「じゃあ、お餅に合いそうな具を探してみるわね。ふりかけとかは無駄になっちゃったけど……きっと他にもあるはずよ」
「──ん〜〜〜っ! お餅おいひぃ〜……」
出来上がった餅を頬張る花陽。
テーブルに置かれたのは、醤油皿。それと、少量ながら穂むらから差し入れされたあんこ。
「ごめんなさいね、海苔は置いてなくて」
「絵里ちゃん、苦手だもんね……。でも大丈夫! お餅は海苔が無くても美味しいから!」
両手で大事そうに餅を握りしめる花陽を、絵里は正面で眺める。
「絵里ちゃんは食べないの? お餅嫌い?」
「そうじゃないわ。そうじゃないけど、花陽を見てるのが楽しくて」
「へ?」
「花陽ほど美味しそうに食べる子、他に見た事ないもの。だから、それを見てるのも楽しいのよ?」
「そ、それはちょっと恥ずかしいよ絵里ちゃん……」
ややうつむき、それでも手に持った餅は口に運ぶ花陽を見て絵里は微笑んでつむじに手を乗せた。
「いいじゃない、誕生日なんだもの。遠慮なんてしたら、勿体ないわよ?」
優しく頭を撫でられ、花陽はややくすぐったそうに目を細めた。
「これからもよろしくね、花陽」
「うん、ありがとう、絵里ちゃん」