しかし母が病気でこの世を去った後、彼女は父親の知り合いと名乗る者達に連れられてある屋敷へと連れてこられてしまう。
これはその屋敷での、彼女の出生の秘密と彼女が知らなかった家族とのひと時を巡る物語。
(私はフランスの片田舎で生活していたはずなのに、なんでこんなところにいるんだろう……)
金色の髪をなびかせながら少女はそんな事を思う。右を向けばどこかの絶景でも描いたのだろう風景画が飾られ、左を向けば贅沢な装飾のなされた壺が鎮座している。上を向けば煌びやかな光を放つシャンデリア、下を向けば泥一つついていないカーペットの敷かれた、これまた自分の顔が映りそうなくらいに磨かれた大理石の床。右から左、上から下まで明らかに自称村娘である少女がいるにそぐわない豪華な屋敷だった。
玄関から入ったところで待たされ、やる事がないので辺りをきょろきょろ見回しながら暇を潰す彼女だが、屋敷の中を見る、まるでアメジストのような美しい瞳に光はない。
というよりも彼女自身、何故自分が今ここにいるのかすらよく把握できていない。数日前に母親を病気で亡くし、父親がいないと聞かされていて他に身内も親戚もいない彼女が路頭に迷いそうになった時、突然訪ねられた相手が父親の関係者だと聞かされてあれよこれよの間に荷物を纏められてここに連れてこられていた。彼女の認識だとそんなところである。
「シャルロット様」
「……あっはい」
そんな事をボーッと考えていたところに突然声をかけられ、僅かに間を置いて気づいた少女――シャルロットは声をかけてきた初老の男性に向けて返事をする。その相手はシャルロットの様子を気にも留めていない様子で一礼した。
「旦那様がお会いになられるそうです。どうぞこちらへ」
「は、はい」
旦那様、つまり彼女の父親だという人だ。そんな人と突然直接会う事になると聞かされたシャルロットに緊張が走り、それに構わず彼女に背を向けて歩き出す老執事の後をついていく。
それから連れてこられたのは高級な木材を使っていると分かる分厚い扉。その前に立った老執事が振り返った。
「こちらが旦那様のお部屋になります。旦那様とお坊ちゃまからは使用人は部屋に入らないよう仰せつかっておりますので、私はここで」
「あ、はい」
優雅に一礼すると去っていく老執事。
(え? っていうか今お坊ちゃまって言った?)
てっきり父親と思われる人と会うだけかと思ったら、つまり自分にとって義理の兄か弟である相手とも同時に会わなければならないという事だ。そう思った瞬間余計に緊張が走るが、ここまで来て逃げ出すわけにもいかない。
(どうしてお母さんを捨てたのか、聞かなきゃ)
正直何故母が死んだ今になって迎えに来たのかと問いただしたい。シャルロットは来たからにはせめてそれだけでも聞こう、とむんと気合を入れ直して扉をノックする。
「……?」
反応がない。自分が来た事は知っているはず、というか呼びつけたのは相手のはずだが、それで反応がないのはおかしい。
「し、失礼しまーす」
礼儀的にどうかと思うが、ゆっくりと扉を開けてそーっと扉の隙間から部屋の中を覗き込む。
「さて父上、とりあえずその節操なく種をまき散らす玉さえ潰せば少しはおとなしくなるでしょうか? それをもって母上、そして義姉だか義妹だか知りませんがとりあえずその二人への贖罪といたしましょう」
そこには顔面ボコボコにされた壮年の男性が身動き取れないように十字架に縛り付けられ、その眼前で銀髪ショートの青年が彼の股間に狙いを定めながらゴルフクラブのアイアンを素振りしている光景があった。
「いや待って待って待ってぇぇぇぇぇっ!!!」
それを見た瞬間、シャルロットは大慌てで悲鳴を上げながら部屋に飛び込んでその凶行を止めようと試みるのであった。
時間を少々戻そう。
デュノア家の長――アルベール・デュノア。顎髭を生やした厳格な風貌を見せる彼は、貫禄たっぷりに高級な椅子に座ったまま、目の前に銀色の髪をショートカットにした鋭い目つきの青年を立たせていた。
「何か御用ですか、父上」
「うむ……お前に話しておかねばならない事がある」
青年の疑問の言葉にアルベールはそう答え、目の前にあるテーブルに両肘を乗せて両手を口を隠すように組むポーズを行う。
「ミシェル、実はお前には姉妹がいるんだ」
「……母上は不妊体質で、俺を産むのにも苦労したと聞いていますが?」
「いや、そういう事ではないんだ……」
アルベールの言葉に青年――ミシェルは目を細めてそう答え、その言葉にアルベールは首を横に振る。
「あれは、ロゼンダがお前を身籠る少し前の事だった……」
アルベールは述懐を始める。
曰く、不妊治療の甲斐なくロゼンダとの間に子供が出来ず悩み苦しんでいる中、ロゼンダの親友でありその縁で自分とも交友を持っていた女性――マリアと愚痴ついでに一緒に酒を飲んでいた。その時酔った勢いで彼女と関係を持ってしまったとのことだ。
それから少ししてマリアが突如失踪。親友の失踪に大慌てしていたロゼンダに心当たりとしてそれを話した結果しこたまぶん殴られてマリアを探すように命じられたがなかなか見つからずに今に至り、つい数日前ついにマリアがいる場所が分かったらしい。
「しかし、既に遅くマリアは亡くなっていて、その娘だけが遺されていたらしい」
「それが俺の姉妹というわけですか?」
「確証はないが……お前と同い年だということはその可能性は極めて高い。マリアの失踪の直後、ロゼンダがお前を身籠った事が分かったのだからな……マリアは真面目な奴だ、親友であるロゼンダの夫である私との間に子を作ってしまったということで、ロゼンダに会わす顔がなかったのだろう……すまない事をしてしまった」
アルベールは若き日の己の過ちを悔いるように歯を噛みしめながら話し、ミシェルを見る。
「それで、その娘……シャルロットとこれから会うことにぐへぇっ!!??」
真剣な顔で話そうとするアルベールの目には、目の前にいる息子ミシェルの右ストレートが己の顔面目掛けて飛んでくる光景が見え、そう思ったのも束の間、拳が顔面にクリーンヒットして変な声を上げる結果になる。
「あれ申し訳ない父上何故か右ストレートが入ってしまったしかも拳が止まらないんだがどうすればいいんだろうか」
淡々とした台詞とは裏腹にトパーズのように美しい黄色の瞳が怒りに燃え、ミシェルの鉄拳が幾度となくアルベールの顔面に突き刺さる。
「なぁにがすまない事をしてしまっただこの種馬ァ! 母上を悲しませてその言いぐさはなんだテメエ!」
左手で父の胸倉を掴んで右の拳を連打するミシェルとなすすべなく顔をボコられるアルベール。
「しかもその相手は亡くなっていた上に忘れ形見を呼びつけたとかホントに何考えてんだ!? しかもそれを当日に俺に言うとかどんな神経してるんだ!?」
ミシェルからすれば父親が過去に不貞を働いたという告白の上に、その結果出来た異母姉(もしくは異母妹)と対面すると当日しかも直前に教えられたも同然。完全に怒りが爆発したミシェルの鉄拳が止んだ頃にはアルベールもグロッキー状態だった。
顔面ボコボコでグロッキー状態のアルベールを床に放り捨てたミシェルは父が趣味で購入したという、机の後ろ、ちょうどアルベールがこの部屋のさっき座っていた椅子に座ると背後に背負う形になる形で置かれた巨大十字架に目をつけて、どこからか縄を持ち出すとアルベールをその十字架に縛り付けた。
そしてアルベールの趣味のゴルフクラブからぶつければ痛そうなアイアンを持ってくるとヒュンヒュンと素振りを開始する。
「さて父上、とりあえずその節操なく種をまき散らす玉さえ潰せば少しはおとなしくなるでしょうか? それをもって母上、そして義姉だか義妹だか知りませんがとりあえずその二人への贖罪といたしましょう」
「いや待って待って待ってぇぇぇぇぇっ!!!」
容赦なく男の急所を潰そうとするミシェルだが、その瞬間部屋の扉が開け放たれ、大慌てで金髪の美少女が部屋に飛び込んできて彼を止めようとするのであった。
その姿を認めたミシェルはアイアンの素振りをやめて杖のように地面に立て、シャルロットを映したトパーズ色の瞳を宿す目を細める。
「君は?」
「あ、し、失礼しました! 私、シャルロットって言います。その、こちらの旦那様から呼ばれて……」
「シャルロット……ああ、君がこの種馬の被害者か」
「たね……」
ミシェルに見据えられたシャルロットは慌ててぺこりと頭を下げて挨拶、ミシェルがアルベールを見て吐き捨てるように返すとそのあんまりな言い方にシャルロットは絶句する。
「っていうかその人もしかしてお父さん!?」
「その通りだ。そしてどうやら君は僕の姉か妹らしい……突然の事に驚かせて申し訳ない。とりあえずこの種馬を去勢してから話し合うとしよう」
絶句後、彼の言葉の意味に気づいたシャルロットは目の前で顔面ボコボコ状態で十字架に磔にされているのが自分の実父(と思われる人)だと知ってまさかの姿に悲鳴を上げ、ミシェルがこくりと頷いた後、アイアンをゴルフスイングを行おうとするように振り上げる。
「いやお願いだから待ってください! とりあえず落ち着いて!!」
慌ててシャルロットがアイアンを持つ両手を押さえてその先を行わせまいと阻止、その姿にミシェルが驚いたようにシャルロットを見た。
「こんな無責任な種馬を庇うなんて……嗚呼、貴女はもしや我らが救国の聖女、ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりなのでは?」
「いやいきなり訳も分からず人を縛り付けて殴ろうとしてる光景見たら普通止めますよね!?」
ボケてるのか素で言っているのか判断出来ない真顔でそんな事を言うミシェルにシャルロット渾身のツッコミが突き刺さるのであった。
「えっと、あの、それで……貴方が私のお父さん、ということでいいんですか?」
「検査をしてみない限り断言はできないが……君はマリアの娘なのだろう? ならば間違いない」
シャルロットの必死の説得でどうにかボコボコにされた顔面以外は無傷で解放されたアルベールは、シャルロットから手当てを受けながら、彼女の聞いて当然の質問を肯定する。ちなみにそのすぐ横では未だにミシェルが光の消えたトパーズ色の瞳をしながらアイアンを素振りしており、アルベールは若干汗を流しながらの返答になっている。
ちなみにこの屋敷に来た時のような光を失ったアメジストの瞳は今のシャルロットに存在しない。というかさっきの衝撃映像でそれどころではなく、その瞳には光が戻っていた。しかしその光の中に僅かなり怒りの炎が混じった状態で、シャルロットはこの後どうなろうと聞かねばならぬ質問を口にする。
「……どうして、お母さんを捨てたんですか?」
「そんなつもりはなかった……と言っても言い訳になるな。マリアのかくれんぼの上手さも相当だが、彼女を見つけ出す事が出来なかったのは私の落ち度だ」
まさか孕ませた相手を探してくれと表ざたにするわけにはいかず、秘密裏の捜索になってしまったのは仕方ない。しかしそれでもなお愛した相手を探し出せず、再会が間に合わなかった事にアルベールの表情に陰りが走った。
「シャルロットさん。お気持ちは分かりますが、まずはともかくこの種馬をデュノア社の前に晒し首にしてから……」
「いやお兄さん? もそんな過激すぎる事はやめてくださいね!?」
ミシェルの相変わらず容赦ない言葉にシャルロットがツッコミを入れる。またもミシェルが「やはり聖女か……」と呟いて感極まった目を向けてくるがスルーを決め込んだ。
「ところで
母上、その単語にシャルロットがびくりと反応する。義兄なのか義弟なのか分からないがミシェルという青年は自分に好意的に接してくれており、むしろ父親に対する殺意が凄まじすぎて自分が緩衝材にならないと父親の命が危ういような気さえしてくるほど。
しかし母上、つまり彼の母親。自分にとっては母が不貞を働いてしまった相手の妻というド級の地雷になりかねない相手だ。意識しない方がおかしいだろう。
「ああ。もちろんロゼンダにも話しているが……遅いな?」
アルベールはどうやら妻――ロゼンダにも話は通している様子。しかし姿が見えない事を不審に思った時だった。
ふとミシェルがこの部屋の入口の扉に目を向けたかと思うと静かな足取りでそっちに歩く。アルベールとシャルロットがきょとんとしたように彼を目で追うと、ミシェルは静かに扉に手をかけ、ドアノブを捻ると同時に勢いよく扉を引き開けた。
「きゃあっ!?」
同時に、一人の妙齢の女性が小さな悲鳴を上げて部屋に倒れるように入ってくる、恐らくミシェルが開けた扉に体重をかけて聞き耳を立てているような状態だったのだろう。そんな女性をミシェルは呆れた目で見降ろした。
「母上、何をなさっているんですか……」
「母上!?」
ミシェルの呆れた声にシャルロットが再び反応する。母上、つまり彼女がアルベールの妻、そのロゼンダという女性に間違いない。そんな相手と心の準備もなしに出会ってしまったシャルロットに緊張が走った。
「マ、マリアの娘が見つかって……ここにいるっていうのは……本当?」
「はい。彼女がそのシャルロット。かの聖女の生まれ変わりではないかと思える慈愛の持ち主です」
相変わらずミシェルの自分に対する評価がおかしいとツッコみたいのだが、緊張のあまり声を出すどころか身じろぎ一つ出来ないシャルロットに、女性――ロゼンダは立ち上がって毅然とした格好になるとゆっくりとシャルロットに歩き寄る。
「…………」
「……え、えと」
シャルロットの前に立ったロゼンダは何かを見定めるように彼女をジッと見つめ、流石に困惑した様子のシャルロットが頬を引きつかせて声を漏らすが、その時ロゼンダの目からブワッと涙が溢れ出した。
「ふええぇぇぇっ!?」
突然泣き出した相手にシャルロットが変な声を上げるが、さらにロゼンダが抱きついてくると困惑のあまりに手足が勝手にじたばたするしか出来なくなってしまう。
「ああ、ああ! 間違いない! この子はマリアの娘よ!! マリアの若い頃にとてもそっくり!! 幼馴染として断言するわ!」
「おさななじみ?」
「ロゼンダとマリアは幼い頃からの親友だったんだ……」
「ええその通り! それなのに、アルベールは……あの子に手を出して……」
突如ロゼンダの声質が重くなり、彼女はシャルロットから離れると彼女の肩にポンと手を置いてアルベールをギロリと睨みつけた。
「アルベール。この件は貴方に責任があります。貴方は父としてこの子の養育をする義務があるのでは?」
「わ、分かっているとも……」
毅然として睨みながら問いかけるロゼンダにアルベールもこくりと頷く。だがロゼンダはそこに「ですが」と付け加えた。
「流石に貴方の不貞の子などと公表すればデュノア社に大打撃、シャルロットも余計な風聞を受ける可能性があります……この子は私の親友であるマリアの子であり、マリアが亡くなって身寄りがない事から私が引き取ると決めました。いいですね?」
つまりアルベールではなく、ロゼンダが引き取ると決めた事にするという話だ。余計な邪推をされる可能性がゼロとは言わないが、まさか主人の浮気相手の子供を妻の主導で引き取るというのはまだ思われにくい方だろう。
「え……えええぇぇぇぇっ!!??」
そこで声を上げるのは当然シャルロットだ。トントン拍子に話が進んでいくが、それに抗うようにシャルロットはロゼンダを見た。
「ま、待ってくださいロゼンダ……さん? 私はそんな……」
「心配はいらないわ、シャルロット。これでもデュノア社なんていう会社の社長なんですもの、子供が一人増えたくらい養う余裕はあるわ……もしもの場合はアルベールの毎晩の晩酌のワインと付け合わせのチーズ、そしてお小遣いをしばらく減らします」
「私の一日の楽しみが!?」
シャルロットの慌てての言葉にロゼンダは優しく微笑みながら答え、その内容にアルベールが抗議するように叫ぶがロゼンダが静かに「何か文句が?」と睨みつけるとしゅんとなって小さくなりながら「なんでもありません」と答える。完全に妻の尻に敷かれる亭主だった。
「シャルロットさん。もし何かあったら僕にご相談を、出来る限りお力になります」
「ああ、シャルロット……マリアが死んだのは悲しいけれど、貴女が生きていてくれてよかったわ……」
「…………」
ミシェルは先ほどまでの父に対する殺意はどこへやら、にこりと微笑を浮かべながらシャルロットを歓迎。ロゼンダも嬉しそうに優しくシャルロットを抱きしめる。アルベールがその家族団らんに混ざりたそうにしているがさりげなくミシェルが牽制しており、僅かに距離を置いておろおろするしか出来ていない。
もう逃げるなんて出来そうもなく、シャルロットは苦笑しながら空を、室内のため正確には天井を見上げる。
(……拝啓、お母さん……私、とても愉快な家族に引き取られたみたいです)
ふと「もしもロゼンダ(原作では子供が産めない体と断言されている)に子供がいて、さらにシャルロットの母親が親友のため彼女に対する敵意も霧散している(むしろ結果的にそんな事を引き起こしたアルベールの方に敵意が向いている)」というのを思いついたので書いてみました。
今回のある意味オリ主?のミシェル君の外見イメージはジャンヌオルタの男体化……のつもりだったんですが、ただのたまに超苛烈な基本好青年と化しました。どうしてこうなった?(汗)
ちなみに正式に「デュノア家の養女」として引き取られたのでそんな事は起きないと思いますが、もしも原作通りに「男に扮させてスパイとしてIS学園に送り込み、織斑一夏のデータを奪う」という作戦を企てた場合、アルベールは息子と妻にボコボコにされて磔にされて火炙りに処される、即ち
多分本作ではシャルロットはデュノア社所属のテストパイロット兼正々堂々とフランス代表候補生になって、デュノア社の広告塔及びフランス代表になるための修練としてIS学園に堂々と入学することになると思います。そしてプライベートでは個性豊かな家族へのツッコミ役として頑張ると思います。
今回は完全短編で続きは考えておりません。むしろこれで続きを書けとかどないせいというんだと頭を抱えます。
こんな短編ですがご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。