Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
※この物語はフィクションです。実在する人物・団体・組織・国家等は架空であり、現実のものとは関係ありません。
[2002年1月2日 横浜基地 桜の木]
"昨日"の出来事で賑わいが収まらない横浜基地をバックに、俺は二人の女性と相対していた。一人は妙齢、国連軍制服の上に白衣を羽織っている。"ある計画"の責任者で、独り世界を救うために戦っている人。基地の副司令も兼任しているが、基地内で一番権力を持っている人でもある。
もう一人はあどけなさの残る少女、国連軍制服に改造を施している。頭には特徴的な大きな髪飾りを付けていた。
丘の上に立つ基地の周囲は、ずっと瓦礫と廃墟が続いている。否。まだ一週間前に侵攻してきた■■■■の爪痕や死骸の処理が終わっていない。
荒れに荒れた土地であり、人の住むことのできない場所とも言われている。しかし、俺にとってはかけがえのない思い出の詰まった場所。今いる桜の木の下も、この土地での植生は絶望的であると言われながらも、こうして生き続けている。きっと春には花を咲かせ、坂を彩ることになるだろう。
そんな桜の木の下で、俺は重々しくも口を開いた。
「後は、よろしくお願いします。先生」
「さようなら、ガキ臭い英雄さん」
薄れゆく俺の躰。タイムリミットが寸前まで迫る。今は存在しない、着慣れた"衛士訓練学校"の制服に身を包み、少女の方に声を掛ける。
「■。先生を助けてやってくれ」
「……はい」
「皆のこと、誇らしく語ってやれよ? 俺にはもう無理だからな」
「……はい」
少女はうつむきながら、俺の言葉に小さく答える。その表情がどうなっているかなんて想像に容易い。だが、俺にはもうどうしてやることも出来ない。
徐々に手の向こう側の透明度が高くなり、もう本当に時間がないことを知らされる。
透けていく俺の躰を見た少女は、スッと顔を上げる。大きな灰色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私、平和になったら海を見に行きます」
「あぁ。いっぱい思い出を作るんだ。■だけの思い出を」
限界まで薄れた俺の躰を、今度は光が包み込んだ。俺はそれでも、届く限り声を出し続け伝える事を諦めない少女の言葉に耳を傾ける。
「私、あなたがどこの"世界"にいても、ずっと見ています」
「……っ」
「私は──────あなたのことを忘れませんッ!! たとえ"この世界"の人たちが忘れてしまったとしても、私は忘れません!!」
もう少女も、妙齢の女性もぼんやりとしか見えない、声を遠くへ行ってしまって聞こえなくても、俺はずっと耳を傾ける。
「これが私の気持ちなのか、■■さんの気持ちなのかは分かりません。……ですけど、私はあなたのことが好きでした」
届くか分からない言葉を、俺は口に出した。
「そうか……ありがとう、■」
やがて二人の姿は見えなくなり、声も聞こえなくなった。光の世界の中、俺はずっと考えていた事を思い出す。
──────本当にこれでよかったのか?
"一度経験した世界"で得た力があった。だが、力があっても俺には覚悟がなかった。だから全てを失った。
全てを失って手に入れたモノは、人類に遺された時間の延長だった。
何もかも投げ売って、ただただひたむきに人類の勝利を、人類の存続のために独りで戦っている人を、また独りにして、全て押し付けて、俺は消えてしまってもよかったのか。
最初は帰りたいと思っていたはずなのに、あれだけ周囲に迷惑を掛けてきた結果が"これ"で本当によかったのか。
否、いいはずがない。
もし叶うのならば……。
──────俺はまただ戦える。
──────何もかも全て失って、全てあの人に押し付ける形で去ってしまうなんて嫌だ!!
──────やり直せるのなら俺は……ッ!!
──────■■ーーーッ!!!!
※※※
[1997年6月8日 横浜市柊町 白銀宅]
瞼が重い。それに温かい。布団の中にいるのだろうか。光の中で漂った記憶はある。その時、"何を考えていた"のかも思い出せる。だが、突然視界がブラックアウトしたのだ。しかし、目を覚ましてみると状況は一変していた。布団の中にいるのだ。
もしかして、ちゃんと俺は"戻れた"のかもしれない。だが、どうだろう。何かおかしい。"戻ってきている"のなら、今日は10月22日。ならば、俺の横にいるべき人がいるはずだ。勝手に家に上がり込み、あまつさえ俺の布団に入っていた──────■■。
目を開いて確認するが、両脇には誰も居ない。嫌な予感が頭をよぎる。確かに、光の中で願ったことはある。しかし、■■■■から開放された俺は"戻っている"はずなのだ。もし、万が一、仮に"戻らなかった"とすればどうする。
決まっている。俺のすることは決まっているのだ。
勢いよく起き上がり、壁に掛けてある服に手を掛ける。白陵柊学園の制服だ。身支度を整えて自分の部屋から出ようとしたその時のことだ。
劈くタイヤのスリップ音。朝にも関わらず大きな物音を立てた自動車が、俺の家の前に停まったようだ。
──────自動車が俺の家の前に停まった?!
状況が分からず少し慌てた俺は、脚を引っ掛けて転ぶ。どうやら床に落ちていたゲームガイを踏んで滑ったようだ。
俺がそんなことをしている間にも、状況は刻一刻と変化していく。
連打されるインターホン。どうやら家に両親がいたらしく、母親の声が下の階から聞こえてきた。
『はぁい、どちらさま?』
『私こういう者です以下省略!! 上がらせて貰うわ!!』
『あ、ご丁寧にどうも……ってちょっと待って!!』
聞き覚えのある声が家に侵入してきたようだ。母さんの能天気な声が聞こえたかと思うと、ズンズンと音を立てながら階段を登ってくる。そして、俺の部屋を勢いよく開いたのは……
「ちょっと来なさい!!」
「え? あ? ゆ、夕呼センセぇぇぇぇぇぇ?!?!?!」
主観時間、数分前に別れを告げた香月 夕呼であった。
俺は首根っこを捕まれて家の外へ放り出された。そして、投げられて激突した自動車の横で痛みに唸っていると聞こえてくる声。
「ちょっとコイツ借りていきます。詳細は追って手紙なり電話なりしますので」
「こ、香月さん?!」
「あ、鑑のお宅はどちら?」
「右隣ですが……?」
「では」
回復して立ち上がったのも束の間、今度は隣の純夏の家のインターホンを連打し、出てきた
「ぐぇ!!!」
「あいたーーーーッッッ!!!!」
放り投げられた純夏を受け止めたはいいものの、それなりに質量のあるものを受け止めるとダメージを受ける。よろけて自動車に凭れ、純夏が目を回している間にも話は進んでいく。
「鑑を借りていきます。詳細は以下略」
「以下略ってちょっと!!」
「さぁ、行くわよ!!」
自動車に押し込められ、タイヤスピンしながら自動車は急発進。柊町を駆け抜けて行く。
俺は状況を掴めないまま、夕呼先生に純夏共々拉致られてしまった。
「だ、誰か説明してくれぇ~」
俺の声は虚しく車内に響くだけだった。