Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年4月1日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊 グラウンド]
毎日予習復習を欠かさなかったからか、知識は皆に追いつきつつある。実習や訓練の方も最近は怒られることも少なくなってきた。小火器の扱いはもう問題ないところまでやってきている。
今日行われている試験は、私たちに知識がどれだけついているのかを確認するためのもの。思い返せばハンガーでうろちょろしていた時に、自然と使っていたものとかも出てきているのだ。知識として触れると、なんとなくで理解していたことがちゃんと知識として備わっていくことを実感する。今回の試験は赤点を取ることもないだろう。むしろ成績がいいかもしれない。
試験を簡単に片付けると、後は訓練に移る。今日は格闘訓練だ。始めはナイフの扱い方や手入れの仕方等を教わり、今はラバーナイフや組手で訓練を行っている。
この訓練は持久走と同じくらい私の得意としている訓練だったりする。理由は簡単だ。
「か、鑑が身体を揺らし始めたぞ!?」
「今日も出るのか!!」
既に一度組手を終えて見学している訓練兵の野次が聞こえてくるが、私には目の前の相手(平)しか見えていない。
「ちょ、鑑?! それは不味!」
「せいっ!!」
「ごっふあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
繰り出されたナイフの持っていない右拳が平くんの防御の全くされていない腹部に突き刺さってめり込む。そのまま勢いを殺さずに振り抜くと、彼はそのまま打ち上げられてしまった。一瞬で空高く舞い上がった彼は、すぐにシルエットも分からなくなる程遠くまで飛んでいき、落ちてくる様子もない。
「平も派手に飛んだわねぇ~」
「水月、何呑気なこと言ってるの?」
それを愉しげに見ている仲間たちはいつ落ちてくるだろうかなんて話しており、監督をしている教官たちももう慣れたと言わんばかりに空を見上げていた。
ほどなくして平くんは空から落ち、真っ逆さまにグラウンドに突き刺さる。痛そうではあるが、多分大丈夫だろう。これまでもタケルちゃん含む、何人も空を飛んでいる。曰く電離層まで飛んでいるらしいが、そこまで飛んでいるのだろうか。
「痛ってぇ……。流石は鑑だな」
「あはは……ごめんね~、いつもの調子でやっちゃって」
「地球は青かった……」
砂埃を払いながら立ち上がる平くんは、視線を教官の方へ向ける。先程までの組手で決着がついてないのは私と平くんのペアだけだった。教官たちは平くんが平気そうにしているのを確認すると、次の指示を出す。
結局組手ばかりやっていたが、訓練兵になってできるようになったことは多い。その中でも一番は、どりるみるきぃぱんちをコントロールできるようになったことだった。
前までは感情に任せてタケルちゃんのお腹を殴り付けていたが、今では意識的に打ち出すことができるようになった。だから平くんや他の仲間相手でも使えるのだ。ポコスカ私の頭を叩くタケルちゃんに一矢報いることができるようになったのは喜ばしいことではあるのだが、訓練兵になってからはめっきり顔を合わせることも少なくなったように思う。
「鑑、次はあたしよ!」
次の相手は速瀬さん。ナイフを構えながら闘気を体全体に纏っていくのが感じ取れる。
「よし!」
訓練兵を卒業すればタケルちゃんと一緒にいられる時間も増えるだろう。ならば早く修了すればいいこと。勉強はどうしようもないけど、頑張ればなんとかなるよね。
「かかって来なさい、かがm」
速瀬さんの腹筋辺りに私の拳がめり込む。
「テレシコワッ?!」
「水月ぃぃぃ~~~!!」
ポニーテールの訓練兵がまた、空を舞った。
遠くで監督している神宮司教官が苦笑いしているのが見える。これでも手加減している方なんですよ。
※※※
[1999年4月2日 国連軍仙台基地 第207訓練部隊ハンガー TF-403専用区画]
今日は訓練が休みだ。休みの日には基本的に勉強とやらなくてはいけないことをして過ごしているが、今日はキリのいいところまで勉強を済ませて通い慣れた格納庫に来ていた。いつもの国連軍C型装備ではなく、訓練兵制服で現れた私のことを整備兵の皆さんは少し驚いた顔をして見ていたが、すぐに各々の作業へと戻ってしまった。
ラップトップを片手にキャットウォークへ上がり、タケルちゃんの不知火にコードを繋いで情報を閲覧する。
訓練兵になってから、私のセキュリティパスは相変わらず閲覧権限の高いもののままになっていたものの、オルタネイティヴ計画に関わる情報は安々と見れるものでもない。こうして直接出向くくらいしか知ることができないのだ。
データの吸い出しを片手間に、機体に蓄積されている稼働状況を確認する。
どうやらここ最近、私が訓練兵になってからは戦地に行っていないようだ。ということは、ずっと基地内で訓練や香月先生のお手伝いばかりしていたのだろう。それだけを確認できれば、とすぐにアビオニクス系のシステムに入る。
気分転換に簡単なチェックをしてしまおう。そう考えてのことだ。
「……こんにちは」
「あっ、霞ちゃん。こんにちは。久しぶりだね~」
「……お久しぶりです、純夏さん」
管制ユニットの密閉ドアアームに腰掛けてながらラップトップを眺めていると、霞ちゃんが小さい手でうさぎ印のラップトップを抱えて現れた。どうやらタケルちゃんの戦術機に用があるらしい。
少し脇に避けると、空いた隙間に彼女は腰掛ける。二股に分かれているケーブルを差し出すと、アダプターに挿してラップトップを起動した。
「タケルちゃんの不知火でなんかあったの?」
「……OSのパッチ更新です」
「なるほどぉ。先行試験って訳だね。タケルちゃんじゃなければ墜落するかもしれないくらい致命的なエラーだったのかな?」
「……そういう訳ではありません。プログラムの軽量化です」
「私にはまだ早い内容だったよ……」
霞ちゃんの用事はプログラムの軽量化。CPUの性能が上がったとはいえ、タケルちゃんの機体に入力する命令はA-01の人たちよりも多い。先行入力とキャンセルを多様して複雑な機動制御を行っているので、繊細な動きをすればするほどコンピュータに負荷がかかる。その負荷をできるだけ軽くするのだろう。私が訓練兵になる前からも、霞ちゃんは定期的にXM3の軽量化パッチを作っていたのだ。今日も出来上がったものを導入しに来たのだろう。
私は小手先でコンボの組み合わせを見ていたけれど、どうやら使用しなくなったものがいくつかある。削除しながら霞ちゃんに話しかけた。
「最近の霞ちゃんは変わらないみたいだね」
「……はい。いつもと変わらず、白銀さんの演習管制や博士のお手伝いをしています」
「訓練兵になってからは色々大変だよ。お勉強ばっかりだし。運動は別に大丈夫なんだけど、武器の取り扱いとかそういう軍隊で必要な知識が足りてなくてね」
知ってはいるかもしれないが、そんなことを話す。
霞ちゃんは変わらずのようだ。やはりタケルちゃんの演習管制と香月先生の手伝いをしていた。
「……純夏さん」
「なに?」
「……もう少ししたら総合戦闘技術評価演習の予定を組み立てる、と博士が言っていました」
「それって」
「……"前回"も訓練を前倒しにしていましたが、今回も同じようにするようです。"かの部隊"の衛士不足を主な理由にするとのことですが、裏の事情はお察しだと思います」
「うん。何となく分かるよ」
急に真面目な話を始める霞ちゃん。誰かに聞かれないよう、気を使って直接的な言葉は避けて言いはしたが、私には分かるように考慮しているのだろう。
彼女の言うところの裏の事情というのは十中八九、涼宮さんのことをだろう。勿論、お姉さんの遥さんの方だ。総戦技での事故を理由に、衛士を挫折し、CP将校となったのが"前の世界"での話。今回はその事故を未然に防ぐことができる。果たして、歴史を変えてしまった場合はどうなるのだろうか。時々考えていることだが、結局のところ私が考えたところで、どうすることもできないという解答は出ている。
頭の中を切り替え、私のしなければならないことを確認する。
私はタケルちゃんの隣に立つ。ただそれだけだ。
「でも私がやることは変わらないよ。総戦技を突破して、後期課程に早く進む。戦術機に乗って、すぐに技術を身に着けて任官する。それだけだよ」
「……私もがんばります」
霞ちゃんが空き時間に自分のことをしているのは前々から知っているが、時々どこにいるのか分からない時もある。
目撃情報はあちこちで聞くが、何をしているのかまでは分からない。
何を頑張るのかは分からないが、霞ちゃんなら大丈夫だろう。私はチェックの終わった機体からケーブルを引き抜き、ラップトップ内に残ったデータを整理し始める。
「……そういえば純夏さん」
「どうしたの?」
その声に顔をあげて霞ちゃんの瞳を見る。
最近は割と表情豊かになった顔は、いつにも増して真面目なものになっていた。グレーの大きな瞳が私のことを捉えており、吸い込まれそうになる。すっと視線を額にずらし、再び瞳を見た。
霞ちゃんの様子は変わっておらず、小さい口から静かに言葉が繰り出された。
「……訓練兵は大変かもしれませんが、やることはたくさんあります。ですけど一番にしなくてはならないことを忘れないでください。あなたは白銀さんの願いのために繰り返しているんですから」
「霞ちゃん……」
「……"来たるべき作戦"には白銀さんは勿論参加しますが、純夏さんにも参加して欲しいです。お2人が横浜からいなくなったこの世界での大きな事象のひとつでもありますし、大きな改変点のひとつでもあります。恐らく今回の作戦でも、"あの攻撃"はあると思います」
「あの攻撃……」
米軍による無通告G弾攻撃のことだ。
「……作戦立案は既に終盤に入っています」
「だから総戦技を早めるんだね?」
「……はい」
「分かったよ。頑張ってできる限りのことをしてみるね」
「……くれぐれも身体には気を付けてください。……またね」
「うん、またね。霞ちゃん」
スッと立ち上がった彼女は、ラップトップを脇に抱えてキャットウォークから降りていった。その背中を目で追いながら、考えごとをする。
明星作戦まで、残り4ヶ月。それまでの間に総戦技と後期課程を修了し、任官しなければならない。今のままで本当に衛士になれるのだろうか。そもそも、私の衛士になる目的はタケルちゃんにしかない。私自身はどうなのだろう。本当に衛士になりたいのだろうか。それとも……。
不透明な感情を無理やり頭から振り払い、自分のラップトップの電源を落とした。少しは気分転換にもなっただろう。部屋に帰って勉強を再開しよう。そう考え、自分の部屋へ戻ることにした。