Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年8月7日 国連軍久留里基地]
除染作業だけが終わっている機体の前で、私は呆然とそれを見上げていた。
"こんな想い"をしたのは何時ぶりだっただろうか。6年前、1993年だっただろうか。だが、あの時はそんな感傷のようなモノに浸っている時間はあまりなかったような気がする。ならば何時か。
大陸派兵から帰還し、白陵基地で衛士訓練学校の教官をするようになった頃からか。
十中八九そうだ。幾人も戦う術を教え、生きる術を教え送り出した教え子たち。一昨年、1997年からずっと心の内に隠しながら、夜な夜な吐き出していたあの時からだろうか。
あぁ、そうだ。いつも残される側で、見送る側だった。
《 ───神宮司ィィッッ!! 》
あれが最初だ。
私に向けられた光線照射の前に躍り出て庇った馬鹿。そこに残されたのは胸部に高熱高圧の光線を受けて融解した撃震。
《 神宮司教官、お世話になりましたッ!! 》
《 教えて頂いたこと、ひとつとして忘れやしませんよ! 》
《 へへっ、絶対立派な衛士になって見せますよ!! アイツは私が育てたんだ、って神宮司軍曹が胸張れるように…… 》
両手では数え切れないほどの教え子たち。まだあどけなさの残る、これから未来のある子どもたち。
《 あんたが証明してくれるんじゃなかったのかッ!! 》
《 多くの生命と引き換えに手に入れたんじゃなかったのか!! 》
分かっている、分かっているんだ。それでも、どれだけ教えても、手から零れ落ちる生命は二度と掬うことはできない。
アイツは今、何をしているんだろうな。
「……っ」
アレはこれまで私が教えてきた生徒の中でも、飛び切り突出した奴だった。
今、私は何を考えた。頭からその思考を振り払い、もう一度目の前のモノを見上げる。
私の機体。日本帝国の戦術機、不知火。最新鋭、それも特別製の機体。
もうこのまま教官として、延々と教え子たちを戦場に送り出すものとばかり思っていた私に与えられた機体。そして、特殊な装備を搭載した機体。
これを齎したのは私の腐れ縁で親友である香月 夕呼と身元不明の天才衛士白銀 武。
その白銀 武を、白銀少尉を、白銀君を私は。
「……」
これまで以上に私は考えてしまう。何としても連れ帰るべきだったのだろうか、あの時私が身代わりになっていればよかったのか、と。
頭の中の整理が何時まで経ってもつかない私の背後から足音が聞こえてくる。
誰が来たのだろうか。ここはA-01専用のエプロンだ。A-01の衛士でも来たのだろうか。それとも、これから私の機体の本格整備を行うからと整備兵でも来たのだろうか。
砂をコンクリートを踏み締める音は私の背後で止まる。
「神宮司大尉」
「その声は……白銀君?」
「神宮司大尉も、無事に帰還されていて良かったです」
「……」
「……純夏に聞きました。久留里基地に自動操縦で帰ってきた、って。何か損傷でも受けたのかと思ってましたが、純夏の言った通り、特に攻撃を受けているようには見えませんね。安心しました」
「……」
最初は言葉を失う。これまでしてきた思考も全て吹き飛び、私の背後にいる衛士の声がその全てを埋め尽くした。そして同時に、気恥ずかしさと情けなさに顔を見ることができない。私は一度、白銀君を諦めた。敵中で見捨ててしまった。
あれだけ残され、生かされた私が。多くの先達と同胞に託されたモノを持ちながらも、早々に見切りをつけてしまった。
見上げていた視線も自然と下を向き、足元へと向かう。
着替えることなく、強化装備のまま地面に座り込んでいる私。足そのものと足首を守るプロテクタが砂を踏み鳴らし、組んでいた手が自然と力んだ。
本当だったら謝りたい。見捨ててごめんなさい、と。だがそれはできない。
「ちょっと俺の昔話に付き合ってくれませんか? 何も返事をしなくても、俺はこのまま続けますけどね」
少しおどけながらも、背後の人は言葉を続ける。
「俺には恩師が2人いるんです」
そう切り出した白銀君は落ち着いた声をしながらも、どこか懐かしむような雰囲気だった。
「1人はまぁ、夕呼先生です。俺を拾ってくれた。あの人はいつも真面目なのかふざけているのか分からない態度ですけど、やることはやっているし、自分の"やらなければいけない"ことに必死になって立ち向かって進み続けている。目の前には敵ばかりで、仲間なんて数えるほどしかいない。そんな人」
普段から夕呼のことを「夕呼先生」と読んでいる白銀君。普通の軍人や衛士ならば『香月博士』や『香月大佐』とかなのに、何故か白銀君ともう1人は「先生」と呼んでいる。
しかしながら、白銀君が夕呼に対してそんなことを思っていただなんて、考えもしてこなかった。
彼女の前で一緒にいた時間はそれなりにあったが、いつも夕呼のいたずらに怒って悪態を吐いて年相応に叫んでいた。あれが本来の白銀君なのかもしれない、とも思った。
「もう1人は俺の先生」
「……っ」
先生、という言い回しに違和感を持つが、その真意はすぐに分かる。
「聞いたことがあります。神宮司大尉は元々教員志望だったって」
「……」
何故それを知っているのだろうか。確かに私は教員志望だった。そのために勉学に励み、大学入学だって決めていた。だがそれも、BETAの"お陰"で考え方の根本から変えられてしまった。
子どもたちに教える以前の問題、BETAという未曾有の未確認な敵をどうにかしなきゃいけない。凡人の私でも簡単に想像できることだった。
だからその一助になろうと、大学の合格通知書を破り捨てて訓練学校の門を叩いた。
「その恩師、先生は色々なことを教えてくれました。勉強はもちろんですけど、生き方、戦い方、心の持ち方も」
それは一体どのような先生だったのだろう。そう考えてしまう。勉強も軍人としての知識も全て教えたというのは、普通の訓練学校の教官ではない、ということなのだろうか。
なるほど。考えるまでもない。白銀君は今でこそ国連軍少尉をしているが、私が出会った時はまだ徴兵年齢でなく、志願すらできない歳。何かしら特殊な背景があるのかもしれない。
「何でもないことでも褒めてくれて、悪いことをしたら本気で怒って、怒っていたら困った顔をして宥めてくれて、落ち込んでいたら傍にいて励ましてくれて、泣いていたら黙って膝を貸してくれました」
何と理想的な教師なのだろう。その白銀君のいう先生は、とてつもない人格者だったに違いない。
私もそういう先生になりたかった筈だ。
「その先生がある時俺に言ったんです。『臆病でも構わない。勇敢だと言われなくてもいい。それでも何十年も生き残って、ひとりでも多くの人を守って欲しい……』って」
「唐突な初陣で生き残った俺に、そう言ったんです」
自分の初陣のことを思い出してしまう。
訓練部隊が丸々実戦部隊として編成され、大陸派遣軍に組み込まれたこと。その部隊の隊長を任されたこと。その初陣で仲間を全て失ったこと。
白銀君の初陣がどのようなものだったかは想像できないが、あの口ぶりからして凄惨たるものだったことは想像に容易い。
聞いたことがないから一度は聞いてみたい気もするが、果たして白銀君は話してくれるのだろうか。このような状況でしか言わないとなると、話し辛いことなのだろう。
「……確かに神宮司大尉は俺を見捨てました」
「っ……」
あのような話をした後、一気に今へ引きずり戻される。
横浜ハイヴの第7層で錯乱した白銀君を私は見捨てた。心情として、助けようとはした。機体から降りて気密装甲兜も被せた。しかし時間が、BETAがその後の作業を継続させることを許さなかった。
時間やBETAを理由にしてしまえばそれまでだが、それでも切り捨てた事実は変わらない。
「だけど、それは軍人として、衛士として正しい判断です。目先のことに囚われず、何が最善なのか、何が人類のためになる選択なのか」
それは方便だ。それは結局のところ、白銀君が帰還できたという結果論があるから成立するに過ぎない。
「俺が死んだとしても、神宮司大尉が生き残ったのなら、それで救われる人がいる。2人とも死ぬより、1人生き残る方が、それだけ誰かを守る力であり続ける。俺の遺したモノを、神宮司大尉が引き継いでくれる。俺のやり遂げたかったことを、神宮司大尉に肩代わりしてもらえる」
白銀君はそう言うものの、私は彼が何を背負っているのかを知らない。夕呼に仕える元少年兵が、何のために"計画"の一端を任されているのかは分からない。それに私には彼のような戦術機を操る技術を持っていない。私は知らなさすぎるのだ。
「あなたの想いを託した
想いを託した。白銀君は何を言っているのか。"
理由はすぐに分かる。先ほど出てきた恩師だろう。
白銀君は分かっていた、知っていたのだろう。夕呼から聞かされていたのかもしれないが、私が元々教員志望だったということを。その恩師と私が何処かしら似ていたのかもしれない。
どのような人物なのかは分からない。具体的には分からなくても、きっとその恩師も私と同じように教員志望で衛士になり、教官となったのだろう、と。
だからこそ、教育に関して恩師は人一倍想いを持っており、それを白銀君は感じ取っており、同じものを私からも見出していた。目の前にいた少年兵を持つ主人に激憤した私から。
「……」
先ほどから白銀君は何も言わない。聞こえてくるのは戦術機の稼働音と遠くから聞こえてくる喧噪だけ。
「白銀君?」
もう先ほどまで頭の中を占めていた考えは小さくなっていた私は、顔を上げて後ろを振り返った。
何故そのようなことを話してくれたのか。これまで昔話なんて1つもしてこなかった白銀君は、何故急に話そうと思ったのか。私を励ますために話したのかもしれない。もしそうだと言うのならお礼が言いたい。
しかしそれはあと一歩のところで届かなくなるかもしれなかった。
「べ、BETA!」
私に背を向け、近くに落ちていた戦術機の装甲片を持った白銀君が、BETAに立ち向かっていた。
「まりもちゃん! 逃げてッ!!」
「な、なんで……!」
「いいから! じゃなきゃ、ライフル!! 遠隔でもいい! コイツを!!」
のそのそと這うように歩く1匹の兵士級が白銀君を襲い殺そうと近づいてきており、白銀君はそれに必死に抵抗していた。装甲片を振り回しながら近づけさせまいと。
私は反射的に遠隔操縦に切り替える。戦術機は衛士が乗っていなくとも、簡単な操作なら遠隔でも行うことができる。それは射撃も他ではなかった。
照準をBETAに向けて発砲する。刹那、兵士級の身体に大穴が空き、辺りに肉片と体液を撒き散らした。
「ふぅ~、助かりました」
装甲片を放り投げ、笑顔の白銀君。
「なんで、こんなところに兵士級が?」
「帰還した機体に張り付いていたか、どこかから侵入したのかもしれないわね」
機体から基地内にBETA侵入を知らせて警戒態勢を取らせながら、私は彼の身体を見る。
みたところどこか怪我をしている様子もなく、精神的にも何かあるようには思えない。
ハイヴ内でああなったのは何だったのだろうか。普段通り振る舞う白銀君には、あの時の様子は感じられない。何故あの時錯乱したのか、何故あの時"少女"の名前を呼んだのか。
「何にせよ、良かったです」
「何が?」
「そりゃあ、神宮司大尉の様子が戻って」
「え、あ……」
遠くから短距離跳躍でやってきた機械化歩兵が周辺警戒を始め、A-01からも2機が辺りを見渡し始めている。戦術データリンクからは周辺にBETAの影は映らないものの、もしかしたら単独個体がいるかもしれない。
兵士級の死体から離れ、私の不知火に近づきながら話す。話すと言っても、先ほど白銀君が話していたことを深堀する気は何故か起きない。どうしても聞きたい訳ではなかったが、何故か聞きたいと思わなかった。
「……神宮司大尉も無事に戻れてよかったです」
「第7層から単独で地表に戻るのはそこまで大変ではなかったわ」
一心不乱に来た道を戻っただけだ。道中で遭遇したBETAも多くはない。単独でも対応可能な量だったような気がする。
それに新型爆弾のお陰か第2層と第3層の中間辺りまでは地表からえぐり取られたようになっていたというのもある。実際、ハイヴ内を飛び回っていた時間は短かったと思う。
「……ごめんなさい」
「どういう意味です?」
意識すれば思い出す。やはり、あそこで起こったこと、私がしたこと。自然と視線が地面の方を向いていた。
私は白銀君を見捨てた。その事実が心を蝕む。
「こんなことはこれまでもあった。けれど、今度ばかりはどうしても……」
彼は何も言わない。ただ、私へと近づいてくる。そして、私の頬を両手で包んで正面を向かせる。
目の前にはまだ垢ぬけていない何処にでもいそうな少年が真面目な顔をしていた。
「下を向かないでください。後ろ向きなことを考えないでください」
「卑怯者と言われてもいいじゃないですか。そんなのBETAにでも喰わせておけばいいんですよ。それでも神宮司大尉が納得しないと言うのならアレですか? 俺が殴ればいいんですか? 罵ればいいんですか? それで気分が晴れるとでも? 冗談じゃないですよ。言う訳ないじゃないですか。頼まれたって言いませんよ。誰が神宮司大尉のことを悪く言うと? あなたの教え子たちは言わないし、A-01の連中は思いすらしない。現にここに駆けつけたA-01の衛士は心配しています。教官が酷く落ち込んでいるって。むしろ、誰が落ち込ませたんだって、俺にキリキリと金切声をあげて怒りをぶつけてきます」
「……そう、ね」
「やっと笑ってくれましたね」
「あ……、」
にかっと笑った白銀君はすぐに困った表情に変わる。
「さぁ。戦闘が終わっても、仕事はまだまだありますよ。手始めにそこの2人を殴り飛ばすことからですかね?」
白銀君の後ろに立っている不知火が少したじろいた。XM3搭載機ということもあって、旧OSよりも動きが機敏かつ人間的になった戦術機が、衛士の思考をトレースして動く。
「速瀬少尉と鳴海少尉です」
「ありがとう」
刹那、オープン通信に入ってきたのは、その2人だった。
『げっ!?』
『し、白銀!! 余計なことを!!』
「知りませんよ。実際、俺に怒鳴り散らして注意散漫になってたんですから。さっきからお2人の上官がコールしてますよ。急に許可なく飛び出して何してんだ! って」
網膜投影の端に映る2人の顔が歪む。
「は~や~せ~?」
『うひぃ?!』
「な~る~み~?」
『ひぇ?!』
真っ青な顔をする2人とは対照的に、ニヤニヤする白銀君。ここは白銀君に乗っからせてもらおう。
「私は警戒中に気を散らすなとあれほど教えた筈なんだが~?」
『『す、すみません!』』
怒気を乗せて私は声をあげる。
「貴様ら、機体から降りたら矯正してやる!!」
そんなことを叫びつつも、私の心の中は穏やかだった。何故なら、そこまで心配してくれる教え子を持てて嬉しかったのだ。
しかし気付かなかった。この時、白銀君は少し寂しそうな表情をしていたことに。