Muv-Luv Alternative Plantinum`s Avenger 作:セントラル14
[1999年8月22日 国連軍仙台基地 第3演習場]
『エリアD-6に感あり!』
対AH戦闘訓練が開始されて10秒も経たない内にその報告は伊隅少尉から入る。
跳躍ユニットの熱源と音紋を拾ったらしく、すぐさまその情報はデータリンクから共有された。
エリアD-5にアンノウンの表示が浮かび上がるが、ピアティフ少尉の指示が飛ばされる。
『エインヘリヤル2より各機、行動停止!』
すぐさま打って出るのかと思いきや、全く逆の指示が出される。少し戸惑いつつも、命令通り、その場で立ち止まり、周辺警戒を始める。
データリンクから来ている情報から察するに、砲撃やトラップによる陽動ではない。となると、本当に白銀中尉は開始早々、大胆な動きをしたというのか。しかしながら反応をキャッチしたエリアは、私たちの現在地から離れているため、複数機による多角観測はできない。
足を止めて、センサ感度を最大にする。周辺警戒は怠らず、センサの数値からは目を逸らさない。
「……動かない」
動かない。白銀中尉はエリアD-5から動かないのだ。しかも主機も落とさず、堂々とそこにいるらしい。ここからは目視で確認できないが、おおよその位置は割れていた。ピアティフ少尉曰く、「D-5は工場跡。見通しもよく、周りは盆地になっていて位置取り的には不利」とのこと。仙台基地に来たばかりの私や伊隅少尉では分からないことだが、地の利がある少尉がいるのならば、そうなのだろう。
『多分"あれ"ね……』
『多分、というのは?』
ピアティフ少尉は苦虫を噛み潰したような表情でそんなことを呟く。
『D-5の工場跡なのは間違いないわ。多分、陣取っているのは倒壊した建物のあるエリアの中心。あそこは近くの障害物まですぐには行けないところで、外からエリアに侵入した相手は、自分の身を隠しながら接近できるところなの』
「つまり……?」
『私たちに先制攻撃させる気なのよ。わざと自分に不利な位置を取って』
意味が分からない。それが私の率直な感想だった。
先程のピアティフ少尉の反応から察するに、このような動きをするのは初めてではない様子。現に彼女は溜息を吐き、困った表情をしていた。白銀中尉の行動への対策に困っているのだろうか。
しかし彼女の考えるところは私には分からないものの、やることは1つしかない。このような状況になっていたとしても、結局のところ白銀中尉は待ちの状態。ならば、白銀中尉の思惑通り、その誘いに乗ればいい。
『こうなってしまっては、作戦どうこうも言ってられないね』
『えぇ。だから、当初の予定通りに動きましょう』
伊隅少尉の進言により、方向性は決まった。作戦通り、短期決戦で中尉を攻め落とす。
『もう隠れている必要もないわ。全機最大戦速!』
『「了解!」』
F-15EJ f/AN4の跳躍ユニットを唸らせ、機体を浮かび上がらせる。
『兵器使用自由! 伊隅少尉と私で七瀬少尉を支援しながら、エリアに突入するわ』
※※※
小高い丘を飛び越えるとすぐ、眼下には工場跡が見える。寂れてボロボロになった建物が立ち並ぶその一角は、工場が何棟も倒壊してできた平場がある。その中心に白銀少尉の機体がいた。
突撃砲を構えることはなく、自然体の姿勢でその場に立ち尽くしている姿は、本当に対AH戦闘訓練中なのかと疑いたくなる。ロックオンはおろか、レーダ走査すらしてない様子で、こちらのパッシブソナーにしか感はない。
静かに接近することはなく、堂々と戦域に突入した私たちは、打ち合わせ通りの陣形で突撃を開始する。
菱形隊形で突入しはじめると、私はすぐさま後続機よりも増速して一直線に白銀機へと肉薄する。
「エインヘリヤル4、バンデッドインレンジ!
すぐさま白銀機をロックオンすると、そのまま突撃砲の銃口を向けて射撃する。36mmチェーンガンが火を吹き、高速徹甲弾が白銀機目掛けて20発が飛翔する。
当たった。そう思った。距離は300mもない。着弾まで1秒もない。躱せる訳がない。そう思い込んでいた。しかし、白銀機はふわりと浮かび上がると、少しの動きだけで突撃砲の射撃を避けたのだ。
後方ではピアティフ少尉と伊隅少尉の2機が別れ、包囲陣を形成しようとしている。このまま最接近し、白銀機の動きを止めなければ、当初の作戦通りに事を運べなくなってしまう。
跳躍ユニットの出力を上げ、多目的装甲を前面に押し出す。他方向を注意する必要はない。撃たれるのなら、正面にいる白銀機だけだ。
「このまま押し込みます!」
『了解! こっちは任せてね!』
白銀機の後方に2人が到着。徐々に射撃や機動で白銀機の動きを封じ込め始める。こうなれば後は徐々に追い込むだけ。そう思っていた。
3方向からの攻撃に白銀機はすぐさま対応し始める。距離を詰めている私と、IFFの動かない圏内に入った瞬間に射撃を繰り出すピアティフ少尉と伊隅少尉。頭部はこちらを向いているのに、左右や後ろに目が付いているのかと思わせるような回避機動。バッタのように跳び回るが、一向に私たちへ反撃してこない。
『くっ……!』
ピアティフ少尉の話していたことを思い出す。これまでの訓練でも白銀中尉を撃墜することは出来なかった、と。中隊規模でもいいようにあしらわれ、遊ばれて撃墜された。
今になって分かる。それは本当のことだ。目の前で私たちの攻撃に掠ることもなく、白銀機は余裕も感じられるような動きをしていた。新任少尉の私でも分かるのだ。この人は教官や明星作戦で出会った衛士よりも何倍も強い、と。
『伊隅少尉! IFFを切って! このままじゃ、包囲の意味もなくなる!』
『でも七瀬少尉が!』
『こっちが当てなきゃいいの! このまま七瀬少尉には白銀中尉に喰らい付いてもらう!』
『了解!』
攻撃をしてこないのなら、多目的装甲は邪魔だ。突撃砲の弾も当たらないのなら、攻撃の手数を増やすしかない。
多目的装甲はそのままバックステップで少し距離を取り、その辺りに落とし棄てる。代わりに長刀を引き抜く。2人の通信は聞こえていたが、もうなりふり構ってなどいられない。このまま惹きつけて注意を引き、その間に2人に落としてもらう。
「私が撃墜されたとしても!」
跳躍ユニットの出力を上げる。巡行でもミリタリーでもない、限界近くまで出して突っ込む。長期戦にはならない。
「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『七瀬少尉!? 前に出すぎ!! そのまま引き付けて、接近戦はダメ!!』
一気に距離を詰め、クロスレンジまで入り込む。こうなれば、IFFを切った2人の攻撃で被弾するかもしれない。だが、ピアティフ少尉はそれも加味してIFFを切るように指示を出した。機体を前傾姿勢に倒し、しかし両腕の兵装は構えたまま。このまま長刀を振り抜けばいい。下手な剣術なんて必要ない。砲撃も意味はない。私の方はIFFを切っていないから、2人のIFFが邪魔をしてFCSにロックがかかる。
長刀の攻撃範囲に白銀機を捉え、そのまま横に振り抜く。
しかし、切っ先に捉えていた筈だが躱されてしまう。長刀で弾く訳でもなく、バックステップと巧妙な機動制御により空を切っただけだった。続けざまに反対から横に切り抜いたが、これも躱される。当たらない、捉えることもできない。これだけ近くにいながら、2機が牽制して行動範囲が狭まっているにも関わらず。
私の腕が悪いのか。それは当然だった。任官し立ての新任で、実戦経験も皆無。訓練は同じ土俵の訓練兵同士で、時には教官との模擬戦もあった。しかし、それを度返ししたとしても、白銀機にダメージを与えることができない。
『人のこと言えないが粗削りだ!』
オープン通信から白銀中尉の声が聞こえる。バストアップウィンドウに映るその顔は澄まし顔だった。3人を相手取っているにも関わらず、汗ひとつ浮かべていない。
『今度はこっちから行くぜ!』
突如として白銀機から攻撃が繰り出される。左腕の長刀をほとんど振りかぶることなく、私に向かって斜め上から振り下ろされる。
「ぐっ……?!」
咄嗟に構えた突撃砲に長刀が当たる。すぐさま画面にアラートが出た。突撃砲が故障した。36mm、120mm双方射撃不能になる。私の装備する唯一の飛び道具が、一瞬で使い物にならなくなってしまった。
使えないのなら持っていても仕方のない突撃砲を投げ捨て、両腕で長刀を再度構えて攻撃態勢に移る。跳躍ユニットを正位置に戻し急制動。そのまま後方へ点火し、追い立てていた白銀機の方へと最接近した。
もう攻撃手段は長刀しかない。2人の包囲があったとしても、この数合で理解した。白銀中尉は確かに中隊規模を単機で相手取っても勝てる、と。たった3機相手であれば防戦であっても撃墜されることはないのだ、と。
『エインヘリヤル2より各機! 白銀中尉に攻撃させないよう、波状攻撃! 七瀬少尉は近接格闘戦を』
そうピアティフ少尉の指示が聞こえた刹那のことだった。
『……エインヘリヤル4、胴体断絶、衛士死亡』
呆気なく長刀で切り裂かれていた。
何時攻撃された。何時そんな動きがあった。何時やられた。そのような疑問が頭の中を駆け巡り、私は呆然と管制ユニットの壁面を眺める。
前髪から滴り落ちる汗。額は濡れ、いつの間にか痛くなるほど握りこんでいた操縦桿を持つ両手が震えていた。息は上がり、視界はぼやけている。
「強過ぎる……」
それが白銀中尉に対する私の印象だった。
その後、ピアティフ少尉と伊隅少尉が撃墜されたことを知らされたのは、私が撃墜されてから数分も経たない頃だった。
※※※
[同年同月同日 第5ブリーフィング室]
対AH戦闘訓練も終了し、強化装備から着替えて指定されたブリーフィング室に集まるよう社少尉から指示が出された。まだ白銀中尉は来ていないが、他の全員は揃っていた。社少尉は部屋の隅の机の陣取り、何やらラップトップを見ている様子。今回の訓練データを精査しているのだろう。
別の一角では私たち衛士が顔を突き合わせ、今回の訓練のことを各々振り返っていた。私は演習場から格納庫に戻ってくる間も、格納庫から着替えてこの部屋に来る間も呆然としていたようで、ここまで来た記憶はない。気付けば部屋の中でフライトジャケットに身を包んだ状態で立っており、ピアティフ少尉や伊隅少尉も同様の状況だった。
呆然としていたのは私と伊隅少尉だけだったようで、ピアティフ少尉は何か考えていた様子だったが、私たちがこっちに戻ってきたのを確認すると、今回の訓練の反省会が始まった。
「あれが……中尉の実力、なの?」
ぽつりと伊隅少尉が切り出す。それにピアティフ少尉はすぐさま答えた。
「えぇ」
その回答に私も伊隅少尉も息を呑む。
あれが白銀中尉の実力。私には彼がどのような戦場で戦ってきたかは大雑把にしか知らない。本土侵攻の際は、帝都防衛戦まで戦い抜き、その後も幾度となく出撃。それもそのほとんどが単機だった、と。どれだけいい戦術機に乗っていようが、どれほど仲間や友軍が近くにいようが、きっと戦場ではそのような些事はBETAの前には通用せず等しく死ぬ。それはただ運の良し悪しで決まること。それは訓練課程でも、たった一度の実戦経験でも解ったことだった。
それなのに白銀中尉は、そのようなことを物ともせずに戦うのだ。ツイているのかもしれないが、それだけでは何の証明にもならない。極東国連軍の特殊部隊が単機に一方的にやられるなんて話も、きっと今回の対AH戦闘訓練でもなければ与太話だと決めつけていたかもしれない。
「今回の戦闘開始から全機撃墜されるまでの時間は、およそ2分35秒。私たちが3機変則編成だったことを鑑みれば、よく耐えた方だと思うわ。これまでのA-01での平均記録は6分弱。12機で掛かってそれくらいということは、私たちは単純計算で1機に対して56秒使って倒されている。これまでが30秒程度だったことを考えれば、ね」
「12機を6分弱で……」
「最初の方は開始と同時に全兵装を排除して、短刀のみで戦われたこともあった。それでも5分はかからなかったの。彼が前線で戦っているところは見たことあるけれど、それは凄まじいの一言に尽きるわ」
「一緒の作戦に参加していたの?」
「えぇ、北関東戦線で。横浜が陥落する前の話だけれど、ね」
ピアティフ少尉は簡単に、何があったのかを説明する。
北関東戦線。長野辺りで侵攻が停滞し、一時は北進して佐渡島へ向かったBETA群が、今度は東京を目指して侵攻を開始した時のこと。一度東進したBETA群は秩父まで押し出すと南下を開始、そのまま神奈川まで南下していった。
A-01は北関東防衛戦に参加し、秩父戦域に配備された。白銀中尉はその際、A-01に編入。遊軍として戦う。
当防衛戦にてA-01は連隊規模でありながら、それ以上の働きを魅せ活躍。特に白銀少尉は単機遊軍として陽動や光線級吶喊を敢行。爆撃機部隊による制圧に貢献。対AH戦闘訓練でA-01を圧倒していたが、この任務でBETAに対してもその力量は計り知れなかった。
「……それが白銀中尉」
「えぇ。最初はA-01の皆も半信半疑だった。香月博士に連れられて来たという新任少尉というのが触れ込みだったから、というのもあるけれど。だけど、実際に戦えば否応にもその実力は見る羽目になった。XM3なんて新OSの性能のお陰だとか、ビギナーズラックだとか、色々言われていたけれど、それはただ新任少尉に数的有利な私たちが言いようにやられた言い訳でしかなかったの。だから結局皆、それを引っ括めて"変態衛士"って呼んでたわ」
小さく息を吐いたピアティフ少尉は話題を切り替える。
「さて、白銀中尉が来る前に私たちだけでデブリーフィングをしちゃいましょう。まぁ、結局言えることはあまり多くはないけれどね。そもそも私以外、白銀中尉との交戦経験がない訳だし。だから2人は感想と、私に対する指摘を。私は2人に対するフィードバックを。これでも中尉との交戦経験はある方よ」
私は伊隅少尉に一番目を譲る。
「じゃあ私から。感想は……いつの間にか撃破されていたから何とも言えないのだけれど、3機に包囲されても掠り傷ひとつ付けられなかった、というのが……。私は後方とはいえ、それなりにBETAとの戦闘も、練度の高い部隊との対AH戦闘訓練を受けているのに……。いくらXM3があるとはいえ、あれだけ動けるというか、あれだけ避けられるというのが信じられなかった。ピアティフ少尉に関しては、どうとも指摘できないなぁ。そもそも白銀中尉の対策は少尉の中で確立されているものがあっただろうし、どうすればいいとか現状、何も思いつかない」
次は私の番だ。
「私は、主攻として白銀中尉の矢面に立っていました。……あれだけ攻撃されても反撃をほとんどしなかったし、数度の攻撃だけで私を撃墜された。私が新任衛士だからといえばそれまでかもしれませんが、不意を突かれた訳でもなく、圧倒されて落とされた訳でもない。ただただ、直感的に強すぎる、と思いました。ピアティフ少尉に関しては、私も何も言えません。包囲時の援護や指揮に関しては、お2人が気を使われていたということもあってやり易かったです」
伊隅少尉と私の感想は同じだった。あっという間に撃墜された、ということもある。交戦はしていたものの、恐らく伊隅少尉も状況は私と同じだったか、それ以上に短時間で撃墜されていたからだ。
「最後に私。2人がそう思うのも仕方のないことね。……白銀中尉に関しては、訓練を重ねて関わっていけば自ずと分かってくることもある、と思う」
少し自信なさ気だが、それしか言うことがないのかもしれない。
「伊隅少尉に関しては、これまで連携を組んだ訓練をしてこなかったけれど、即席分隊でも何とか息を合わせることができたわ。帝国軍後方の会津基地所属だったとはいえ、前線での戦闘や対AH戦闘訓練の経験は積んでいるでしょうから、"連携を想定していない僚機"との最低限の同調はできるようね。私はA-01が長いから、一定の経験を積んだ衛士としか部隊を組んだことがなかったので、その辺りは不安だったのよ。助かったわ」
「ありがとう」
「ただ、それだけよ。あくまで教本から少し足の出た応用しかできない、そう感じたわ」
「っ……」
「衛士の能力と練度は例外を除いて実戦経験に比例するわ。今回の戦闘で分かった。中尉からも指示があったけれど、私がエインヘリヤル2である理由は、実戦経験と帰還回数を考慮したもの。多分、任官も私より後じゃないかしら?」
ピアティフ少尉は毅然とした態度でそう言った。伊隅少尉の捉え方次第では不和を招きかねない言い方だったが、伊隅少尉はそれを黙って受け入れていた。戦闘中の動きは周りを見れなかったが、恐らくピアティフ少尉がカバーすることが多かったのだろう。
「次、七瀬少尉。七瀬少尉は新任少尉としては肝が座っていると思う。白銀中尉の前情報は私から聞いているというのに、私から前衛を任せられても怯えることなく戦いに挑んでいたわ。アレの矢面に立って
「はい」
「後、私の命令を無視したことも気になるわ。七瀬少尉には白銀中尉の情報が少なかったとはいえ、先任であり隊長である私の命令を無視することは看過できない。警戒するべき相手であることは再三伝えた筈よね?」
「……申し訳ありません」
「まぁ、今後はやらないでね。今後の部隊行動の際、中尉の言葉は絶対よ。彼は確かに若いけれど、TF-403を任されている衛士。香月博士の信頼も厚いと聞くわ。香月博士との関係性を考慮すれば、相当な実力者であり立場も私たちの想像もできないところにいるのは確かよ。それに私たちは特殊部隊であるということもあるわ。A-01よりも特殊な部隊、そこを理解しなくてはならない。その証拠に、A-01は部隊損耗が激しいけれど、TF-403はそれと比べ物にならないわ。何故なら、私たちが編入されるまでは白銀中尉、たった1人だけだったのだから」
そう締め括ると、ピアティフ少尉は改めて私たち2人の顔を見る。
「2人に共通して言えることとしては、仕方ないにしても、XM3を十全に使いこなせていないこと。まだ順応と慣熟が始まったばかりだから仕方ないにしても、物にしなくては生き残れない。A-01にもXM3が配備されているけれど、配備以降から損耗率は低下したとはいえ、現在は連隊規模から大隊規模まで落ち込んでいるわ。それだけ過酷な戦場で戦っているのよ。早急に順応を済ませること。慣熟に関しては私も人のこと言えないから、一緒にやっていきましょう」
XM3、新OSを使いこなせていない。それは仕方のないことだろう。伊隅少尉に関しては数日の猶予があっただろうが、私はたった数時間のシミュレータ訓練のみだ。実機に関しては今回のぶっつけ本番。よく初歩的なミスをしなかったと褒めて欲しいくらいだ。しかし、ピアティフ少尉の言っていることは最もだろう。早く順応と慣熟を済ませなければ、いざ実戦になった際に生きて帰れない。
ある程度3人だけのデブリーフィングが終わると、遅れて白銀中尉がブリーフィング室に到着した。私たちはここに来ても息が上がり、額に大粒の汗を浮かべていたというのに、彼は涼しい顔をして現れた。
「あ、俺が最後ですか。すみません」
「いえ、問題ありません」
「そうですか? じゃあ、デブリーフィングを始めましょうか」
そう切り出すと、部屋の隅でラップトップを触っていた社少尉が動き出して、前半の機動データと後半のデータを白銀中尉に見せる。それを見てすぐ、中尉は私たちの方を見る。
「……まぁ、こんなもんでしょう」
それだけを言った。
「あの……それだけですか?」
伊隅少尉が尋ねる。
「うん? それだけです。前半の機動データは霞が解析してフィードバックするだろうし、後半は歓迎会兼交流会みたいなものです。まだ一回目ですが、何となくお互いのことが分かったんじゃないですか?」
飄々と言う白銀中尉。しかし一瞬で真面目な顔をして言うのだ。
「XM3の順応と慣熟を急ぐ必要はあります。伊隅少尉と七瀬少尉は仕方ないにしても、ピアティフ少尉はA-01での経験がありながらもまるで駄目です」
「申し訳ありません、白銀中尉!」
「今後の訓練はXM3の順応と慣熟を重点に、ピアティフ少尉は基礎からやり直しです。2人に教えるのは、自分のためにもなるでしょうからそのように」
「了解しました」
口調と表情、姿勢を崩さずにピアティフ少尉の粗を突いた。ピアティフ少尉はそれに応え、やり直し、再教育を命令された。私の目から見ても、ピアティフ少尉は旧OSではできない動きをしていたような気がする。しかし、彼から見ればそうではないのかもしれない。
その後もXM3が絡むような事項の指摘はないにしても、私たち3人に対するで指導という名のデブリーフィングは続いた。訓練部隊にいた頃のような汚い暴言は飛んでは来ないものの、3人を相手してよく見ていると思うほどだった。まるで教官のような。
「以上です。何か質問は?」
ひとしきり私たちにフィードバックを行った後、質問はないかと投げかけてくる。
この時、私は関係ないことを考えていた。白銀中尉についてだ。
今日着任したばかりだが、疑問に思わない訳がない。白銀中尉は見るからに私と同年代。ピアティフ少尉や伊隅少尉は18を超えているだろうが、白銀中尉は18にもなっていないだろう。まだ顔立ちも垢抜けというか、幼さが残っているような気がする。こうして衛士強化装備や国連軍のフライトジャケット姿であれば猶のこと違和感があったのだ。
私だって年齢を偽って訓練部隊に入って任官したばかりの新任少尉だが、白銀中尉に関しては話が別だ。何時から衛士になっているかは分からない。帝国斯衛軍の衛士は衛士としての訓練を14歳から始めるという。帝国軍や極東国連軍の促成教育を受けていない彼ら彼女らは、十二分な訓練を積んで衛士となる。今となっては違うかもしれないが、私が入隊する時はそうだった。
中尉の過去や背景は今日会ったばかりの私には分からないが、国連軍にいる以上、元々国連軍に入隊していた可能性が高い。伊隅少尉や私を踏まえれば、帝国軍からの転属という線もある。
「……」
「ならこれで解散しますか? 一度昼食を摂って、また訓練ということで」
気になる。外見年齢と階級、衛士としての技量がちぐはぐだ。それは恐らくピアティフ少尉や伊隅少尉も疑問に思っている筈。
「あの、よろしいでしょうか」
「どうしました? 七瀬少尉」
思わず挙手をしてしまう。それに白銀中尉は一度下した解散を取りやめ、私の方を向いた。
質問する気はなかったのだが、こうなってしまえば、変にはぐらかしても仕方ない。
意を決して、私は白銀中尉に質問をぶつける。
「失礼だと思いますが、お聞かせください。白銀中尉のご年齢はいくつなのでしょうか?」
「は? あー」
白銀中尉も、想定外の質問が飛んできて少し困ったようだ。しかしすぐにその返答は返ってくる。
「今年で16になります」
その返答は想定内だった。そのような外見をしていて、18歳以上を答えられても、おおよそ信用することはできない。
ピアティフ少尉や伊隅少尉も驚いている。
もうここまで聞いてしまったのなら、気にすることもない。私は本題へと足を踏み込んだ。
「16歳なのに、何処でそこまでの技量を?」
「まぁ、色々とありまして。気付けばこのように」
私の質問を皮切りに、今度はピアティフ少尉から質問が繰り出された。
「とはいえ、色々あったにしては若すぎます。それこそ、何年も軍人をしていたかのような感じがします」
「元々戦術機適性は高いんです。それに、これでも新任少尉から叩き上げです。ピアティフ少尉も分かると思いますが、A-01のような部隊にいれば誰だってこうなりますよ」
答えた白銀中尉の顔に影が差し込む。だが、ここまで聞いてしまえば、誰も止まらない。
「戦術機の適性や機動制御はそうかもしれません。ですが、指揮能力や教導能力は別です。前にいた部隊の隊長たちの受け売りですが、それこそそういった能力は経験が物を言う、と。私はTF-403としての訓練は今回が初めてですが、白銀中尉には指揮や教導の経験があるように思えます。今回の対AH戦闘訓練に対するデブリーフィングの内容はさておき、随分と慣れているように感じました。それは訓練に対する意見どうこうではなく、訓練の纏め方や動きに関してです。訓練中は違和感はありませんでしたが、思い返せば不自然なくらいに自然と訓練をしていましたから」
「……」
白銀中尉は何も答えない。
そして私は2人の意見を総括して言う。
「まるで指揮も教導も経験があるような、戦歴の長いベテラン衛士のようでした」
そう言い纏めると、遂に白銀中尉は答えないどころか、何処か意識が別の方向へと向いてしまったようだった。
声をかけても何も答えることはおろか、反応が返って来ることもない。肩を揺すってみたりもするが、それでもこちらに振りむくこともせず、ただ呆然と遠い目をしているだけだ。
そんなタイミングで、社少尉が私たちに声をかけてくる。
「……時間も圧していますし、とりあえずお昼ご飯を食べてきてください。七瀬少尉の案内はピアティフ少尉たちにお願いします。私は白銀さんを見ていますので」
「え、えぇ、分かったわ。白銀中尉のこと、お願いね」
「……はい」
私たちは社少尉とよく分からない圧力のようなものを感じ、そこに白銀中尉たちを残してブリーフィング室を後にするのだった。
退室する際、一度振り返って2人のことを見てみるが、その少女はただただ彼の前に立っているだけだった。
その光景が私には不自然に思えて仕方がなかった。