オリジナルの恋愛、にもなって居ない未満モノです

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恋は始まってもいなかった

 付き合わないかと言われて曖昧な返事をしたのがいけなかったのだろう、だが、それを気にしていたのは最初のうちだけだった。

何故なら、男は社内でもイケメンと呼ばれて、仕事もできる、つまりモテ要素を元々備えており、複数の女性と付き合っているという噂がある、いや聞いたからだ。

 だから、彼女はほっとした、付き合わないかと言われた時、はははと愛想笑いをしただけで、相手はよかったと言いながら、自分の返事も聞かなかったからだ。

 恋愛だけが全てではないと思うのだが、この会社に入ってから周りの女性が恋愛に命がけという姿を見ていると驚きだ。

 でも、そこがなんだか微笑ましく可愛くも見える、そう思うのは自分が年寄り臭いというかどこか、冷めたところがあるからだろうか。

 

 「ねえっ、ミサキさん、今日、一緒に帰らないか」

 あと少しで仕事が終わる、ようやく帰れると考えていたミサキは声をかけられて、顔を上げた、自分に声をかけてきたのは彼だ。

 「ああ、山路さん、どうしたの」

 「一緒に帰ろうって」

 「ごめんなさい、用があって」

 「そう、なんだ」

 少し残念そうな顔をする、女性達はこの顔を見て恋に落ちるのだろうかと思ったとき、佐伯ーっ、と声がした。

 「ほら、これ食べといたほうがいいぞ」

 声をかけて来たのは巨体というよりは、かなり恰幅のいい、社内でもオタクだと言われている男性だ。

 「あんぱん、やったー」

 「集中力、これが一番だ、あんこだろ」

 「勿論、じゃ、行きますか」

 「い、行くって、どこへ」

 少し慌てた様に声をかけると佐伯美子は、にっこり笑い映画ですと答えた。

 「ふ、二人で」

 不思議そうに佐伯美子は男を見た、どうしたのと言いたげに。

 「よかったら、山路君も行くかい」

 「席、大丈夫なんですか」

 「一人ぐらい大丈夫だろう」

 太った腹を揺らしながら男は山路を見た、一瞬、怯んだ、何故と思ったのも無理はない、昼間は目立たず、騒ぐ事もない大人しい感じの男なのに、彼女と親しかったのかと驚いた、一緒に映画に行くほどに。

 もしかしてと思いながら、山路は誘いに乗ることにした。

 会社から出るとタクシーに乗り、映画館へと行くのだが、映画館の前、いや、上映中のポスターを見て山路は絶句した。

 アダルト映画、以下も昔のポルノ映画を彷彿とさせる様なタイトルに驚いた。

 しかも内容は未亡人と娘を手玉に取る若者の三角関係、昼下がりの情事という内容だ、一体、何故、こんな映画を、正直分からない。

 

 「山路さん、あたし達、指定席だから」

 入り口で切手を見せて中に入ろうとしたとき、言われて驚いた。

 一体どういうつもりなんだ、そんな感情が山路の胸に溢れたが、それは席に着くと別の感情に変わった。

 周りは中年男性もだが、若い女性もいる、こんな内容なのに一体何故、もしかして、ここは痴漢の発展場ではないだろうかと思ったぐらいだ。

 指定の座席に座ろうとして、周りの席がほぼ埋まっているのに気づく、通路側だが自分の隣は女性だ、しかも美人だ、少し緊張しながら山路は隣の女性に声をかけた。

 「すみません、この映画、人気あるんですか」

 自分を見た女性の顔に思わず、はっとした、怒っているのではないだろう、だが、何を言ってるのといわんばかりの不可解な表情なのだ。

 「集中したいんです、声、かけないで下さい」

 邪魔と言わんばかりの女性の返事に驚いて声が出なかった。

 そして、映画が始まった。

 

 セックスシーンが、エロがない、いや、直接的な表現がないのだ、それなのに、どうしてなんだ、いやらしいと思ってしまう、いや、自分の頭の中で想像してしまうのだ。

 映画が終わった後、場内はしんとなった普通なら席を立つ人間がいても不思議はないのに誰も立ち上がろうとしない、何かあるのだろうかと山路が思ったとき。

 「出たい、出たい」

 ぽつりと呟く声に山路は隣を見た、彼女は何を言ってる、そのとき、スクリーンの前に女性が立った。

 「皆様、ポスターとパンフレットをお求めの際、握手会のチケットですが」

 そんなのがあるんだと思った山路だが、このとき、拍手でお迎え下さいと言われてスクリーン前に立った男を見て驚いた、でっぷりとした巨体、自分の会社のオタクなのだ。

 「お迎えしたいと思います、監督、このシリーズはリメイク前から根強いファンもいるんですが、今回に当たって無名の女優さんも出ている事が話題になっていますね」

 「ええ、経験のないまったくのない素人なんですが、とてもいい味をだしてくれたと思います、それで、もし、次回作を作るなら」

 その言葉に場内がざわめいたのも無理はない。

 「今回の映画の自主制作ということですが」

 「ええ、出資者が自由にやれといってくれたので、これでもかというくらい好きなモノを詰め込んでみました、オタク趣味前回です」

 はははと男が笑い出すのを山路は複雑な思いで見ていた。

 「監督は、お二人でしたよね」

 「ええ、相棒です、僕の手の届かない部分を手伝ってくれています、佐伯っ」

 手招きされて壇上に上がった女性を見て山路は驚いた。

 仕事帰りの紺のスーツ、派手さの欠片もないショートカットの女性が姿を見せるといきなり場内が割れんばかりの拍手が響き渡った。

 

 その夜、自宅に戻った山路は色々な事、頭の中を整理するのに一杯だった、彼女、佐伯は正社員からパートになりたいと人事に申し出ているそうだ、無理なら仕事を辞めるらしい。

 あのオタクは一週間後には仕事をやめてアメリカへ行くそうだ、今は人に任せているそうだが、あちらで本格的に制作に本腰をいれるそうだ。

 「佐伯さん、君は日本に」

 「色々と忙しくなるわ」

 少し疲れた顔で答える彼女はサインを求められるなんてびっくりと笑っていたが、その顔を思い出すと山路は落ち着かない気分になった。

 数日前彼女に付き合わないと言い出した自分が恥ずかしいと思ったのだ、何故か分からないが、断られる事など思っていなかった。

 そう、彼女から返事を聞いていない事に、彼は初めて気づいた。

 

 

 



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