花嫁は割り切れない   作:葉川柚介

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花嫁は割り切れない

『陸上部のみなさん、インターハイ進出おめでとうございます!』

 

 マイクを通して響く称賛の声。

 巻き起こる無数の拍手。

 お嬢様学校と称される黒薔薇女子だけに、賑やかながら淑やかで、心からの賛辞に満ちている。

 

 それらを一身に受けるのは、司会役の教師の紹介に預かった陸上部の面々。だがそれだけではない。

 今回陸上部が快挙を成し遂げられた理由は常の努力のみならず、それを一足飛びに全国クラスへと引き上げた立役者がいるからだ。

 

『特に、協力してくれた中野四葉さんには大きな感謝を』

「えへへ、恐縮です!」

 

 長い髪は艶やかに、頭頂部で結ばれたリボンはウサギの耳のよう。

 その連想に違わぬ脚力は俊足で、陸上部のインターハイ出場に大きな貢献を果たした助っ人だ。

 一目見ただけで目を奪われる美貌を持ち、しかし浮かべる笑顔は人懐っこさに満ちている有名人だ。

 

 なにせ、彼女こと中野四葉は五人姉妹。しかも、一卵性の五つ子という稀有な存在なのだから。

 今も壇上の彼女を讃える生徒たちの中に、スタンダードと融合とシンクロとエクシーズの次元に分かれた元同一人物くらいに顔の似た姉妹たちがいて、他の生徒たちと同じように、いやそれ以上に喜びの表情を浮かべて拍手を贈っている。

 

 それらをはにかんで受けながら、四葉に緊張はない。

 全校生徒の前で称賛される経験は彼女にとって初めてではないからだ。

 

 陸上、サッカー、ソフトボール。四葉が手を貸した部活は数多い。

 スポーツ万能の恵体は過去いくつもの部活に優れた戦果をもたらしてきた。

 頼まれれば断らず、笑顔で引き受ける四葉の力を望む生徒は増えつつある。

 

 

「……ふふふっ」

 

 だからもはや慣れたもの。羨望と尊敬をもって見上げられる眼差しを、四葉は総身で受け止める。

 姉妹同様豊かな胸を反らして堂々と。自分が必要とされている、それにふさわしい人間になれているのだという確信がある。

 勉強の方も姉妹揃って少々難があるということは自覚しているが、それがなんだというのだろう。今こうして称賛され、姉妹たちとは離れて壇上にある。そのことにこそ価値があるのだから。

 

 ゾクゾクと背筋を走る、むず痒さにも似た痺れ。

 それが「優越感」という名の蜜の味だと、四葉はまだ知らない。語彙力も貧弱なので。

 だがこれこそ幼いころに出会った少年と交わした約束の、願ったものの形なのだと、中野四葉は信じていた。

 

 これでいい。このままでいい。

 五人姉妹の、五つ子の一人としてではなく、中野四葉という少女として、認められることができるのだ。

 恵まれた肉体に反比例してか頭の出来の方は自他ともに認めるレベルで少々アレなことになっているが、運動で認められ、求められているのだから十分だろう。

 赤点になったら落第、などというのもどうせ噂。こうして頑張り続ければ、いつかはかつて願った自分になれるはず。

 眼下の生徒たちに向ける朗らかな笑顔の裏に四葉自身でも気付けない一滴の闇を抱え、中野家四女は満たされる。

 

 

 そうなりかけた、そんなとき。

 

――本当に、それでいいのか?

「……っ!」

 

 胸にちくりと刺さる痛み。

 今は遠く、しかし決して忘れたことのない声が、四葉の脳裏だけに囁いた。

 

 忘れもしない、小学校の修学旅行、京都。

 姉妹たちとはぐれた後に出会った一人の少年、風太郎。

 ファンキーな見た目と少しぶっきらぼうなようで、とても優しかった彼と過ごした思い出。

 その時交わした約束が、誰かに認められ、求められる人になるために頑張って勉強するという誓いが、「五つ子の一人」から「一人の人間」として歩きだすための始まりだった。

 

 運動ができるのだから、勉強はできなくてもいい。真剣にそう思う。

 だが、そんな自分が、勉学を切り捨てた自分が、風太郎の前に胸を張って立てるのか?

 

 誰に言われたわけでもない、だが中野四葉を中野四葉たらしめる何かが、そう囁いた。

 

 

◇◆◇

 

 

「よし、来たよ図書館!」

 

 中野四葉、図書館に行く。しかも勉強のため。

 もしも姉妹たちがその事実を知れば激震が走り、一花が眠りから飛び起き、二乃が砂糖と塩を間違え、三玖が大声を出し、五月の腹が鳴ること請け合いの天変地異が俄かに起きた。

 そういう反応が予想されるので姉妹たちにはただ出かけるとしか言わず、学校外の図書館に訪れたのは慧眼極まりない、と四葉は自画自賛する。

 

 そう、四葉が図書館を訪れたのは勉強のためだ。

 テストで点数が半分を超えたことなどほとんどないので自習による成長にもどう考えても限度があるが、だからといって学校の友人たちに教わろうにも気が引けて、しかし姉妹は誰もが頭の出来は四葉と五十歩百歩。ならば少しでも頭のいい、よく勉強する人たちのいる中で頑張った方がいいに違いない。四葉なりに必死に考えた、とりあえず形から入る理論である。

 

 

「さあ、がんばるぞー」

 

 とりあえず初歩から、と学校の教科書とノートを広げて小声で宣言してから5分。

 

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私なんかがこんなところに足を踏み入れてごめんなさい」

 

 「何一つわからない」という己の頭のアレさ加減を思い知らされ、心折れて頭のリボンも萎れている四葉がそこにいた。

 マジか信じられない、と自分への驚きが超強かった。

 なにこれこんな文章見た覚えない、という感想が教科書全ページに渡って襲い掛かってきた。

 さては自分、記憶喪失とかその辺になったのでは。そんな危惧さえ浮かんでしまうほどだったが、自分の名前も誕生日も姉妹の顔も覚えているのでそんなことはなかった。ほぼほぼ自分のことしか覚えていない、ともいうが。

 あと、友人たちの名前も思い出せた。なお、四葉当人は気付いていないが思い出した名前はことごとくあだ名であり、本名という概念自体浮かんでいない。

 

 ともあれ、勉強したことは何一つ覚えていないが、記憶を失ってなどいない。

 何年も前のことだって、しっかりと覚えている。

 今日こうしてわざわざ図書館までやってきて苦手な勉強を再び頑張ろうと思わせてくれたきっかけ、思い出の男の子、風太郎のことだって。

 

 

 焦りはあり、不安も大きい。

 それでも自分を奮い立たせるため、思い出す度四葉の胸に温かさと頑張る意味をくれた、少し目つきの悪いその顔を思い浮かべ。

 

「……え?」

 

 思い浮かべた、にしてはやけにくっきりと、その顔が目の前にあった。

 

 ここは図書館。

 自習スペース、というものの存在を知らない四葉は普通の閲覧席で勉強をしている。

 当然席間の仕切りなどはなく、目の前に座る人がいればその顔を遮るものもない。

 図書館にそこそこの人出。机の四隅は大抵が埋まり、四葉の正面にもいつの間にか自習に勤しむ学生がいた。

 

 年のころは四葉とほぼ同じ男子。

 真剣な眼差しで使い込まれた参考書に目を落とし、ノートにペンを走らせ目が回るような速さで問題を解いていく。その速度たるや、四葉のペン先がかたつむりの歩みとするならばチーターの疾走のごとし。格が違いすぎる、と思い知らされる。

 

 髪は黒く、目付きは鋭い。

 知り合いではない。女子高通いの四葉が同年代の男子と接する機会などほぼなく、だから彼のことも知らない。はずだった。

 

 なのに、胸がドキドキと鼓動を早める。

 心の奥へ大切にしまった一人の少年の面影と不思議なほどに重なった。

 

「風太郎、くん……?」

 

 だからその声は自然と口をついて出たもので。

 

「ん?」

「っ」

 

 声が届いたのだろう。目の前の青年が顔を上げた。

 その瞬間、「間違いない」という絶対の確信が四葉には生まれた。

 

 だが、反射的に目を逸らした。

 勉強に集中していますよ、という体で顔をうつむける。

 

 きっと、彼は風太郎だ。

 小学生のころに出会い、お互いに頑張ろうと誓い合った男の子だ。

 まさか、こうして再び会えるなんてという喜び。

 しかし、目の前のノートをのたくるどうしようもないほど成果の出ていない今日までの人生の恥ずかしさ。

 合わせる顔がどうしてあろう。

 

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。

 自分もなんだかんだで大きくなった。あの頃はつけていなかったリボンもある。だから気付かれるはずがない。このままやり過ごして、以後この図書館には寄り付かずに勉強しよう。

 そうだ、それがいい。

 確かに今の頭の出来はどうしようもないが、こうして風太郎が近くにいるとわかった以上、勉強だってきっともっともっと頑張れる。

 

 そうして、せめて赤点を取らなくなったらまたここに来よう。

 再び会えるかはわからないが、せめてそのくらいはしなければ……。

 

 

 ペンを握る手に力が入る。

 かつて一度は挫折した勉強の道だが、この出会いは四葉に力をくれた。今度こそ、きっと頑張れる。

 今度こそ、一人で……。

 

 

「――久しぶりだな」

 

 

 声変わりをしていた。

 あの頃聞いたものよりも低い声。

 でもそのしゃべり方には覚えがある。

 ぶっきらぼうで、不器用で、でもその奥底には人を思う確かな優しさがあって。

 

 思わず顔を上げたそこには、髪の色が、声が変わっても、あの人変わらない笑顔があった。

 

 

◇◆◇

 

 

 中野四葉は、上杉風太郎と再会した。

 正体を誤魔化そうとする四葉の言葉はことごとくが論破され、結局あの日京都で会った女の子です、と白状させられた。

 その過程で、そしてそのあとで、いろいろと話もした。

 風太郎はごく普通の高校に、四葉は分不相応にもお嬢様学校に通っていること。

 風太郎は信じられないくらい頭がよく、逆に四葉は努力が実を結んでいないこと。

 それでも運動は得意であることを告げると、風太郎は嬉しそうに驚き、褒めてくれた。

 それだけで、胸が熱くなる。

 

 だがそれだけではいけない。

 黒薔薇女子のテストに対する姿勢は厳しいという噂であるし、こうして風太郎と再会した以上苦手だからと避けるなど、できようはずもない。

 

「……お願い、風太郎くん。私に勉強を教えて!」

「ああ、任せろ。ただし、ビシバシ行くからな」

 

 この期に及んで頼ってしまうことは心苦しいが、せめて少しでも風太郎に近づくために。

 胸の奥が高鳴れば、女の子はなんだってできるはずだから。

 

 

 その後、四葉と風太郎はこの図書館で待ち合わせて、一緒に勉強をするようになった。

 それに伴い四葉の成績はぐんぐんと成長を……見せることは、残念ながらない。

 

「四葉ァ! この問題さっきも教えただろ!」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

 

 四葉の物覚えの悪さは、全国模試にて十指に入る風太郎の頭脳をしてすら想定外のものだった。

 3歩歩けば忘れる鳥頭の比喩に対し、四葉は3文字書けば忘れるという有様で、甘やかなカップルの仲睦まじい勉強風景は秒で消し飛び、スパルタ気質な風太郎に四葉の頭のリボンが何度掴まれたか知れない。

 

「まったく……。もう一度最初から説明するぞ? さっきはできていたんだ。次こそ出来ると信じろ。俺は信じる」

「……うん」

 

 だが、そのたびに風太郎は必ず四葉のリボンの乱れを整えてくれる。

 厳しくはあるが、そこには同じくらいの信頼があった。四葉ならやれる、頑張れる。そう思ってくれているのだから応えたい。

 苦手で苦手で、一度は挫折した勉強に再び食らいつこうというその意思を支えてくれているのは、間違いなく風太郎の優しさだった。

 

 だから、四葉は再びペンを握る。もう一度、いや何度でもがんばろう。

 そうすることが、かつての約束と今の幸せへの恩返しになるのだから。

 

 

 そして同時に四葉は思う。

 この時間は、この関係は姉妹たちには秘密にしよう、と。

 

 特に報告する必要のある話でもなし、ましてあの姉妹たちが風太郎の存在を知ったらどれだけ冷やかされるか、わかったものではない。

 修学旅行を風太郎と巡った思い出は四葉の中で黄金よりも眩く輝くものであるが、その最後にちゃっかり自分と勘違いされたまま風太郎と仲良くトランプで遊んでいた某長女のこともまた絶対に忘れない。

 これまでの経験的に姉妹の誰かと人違いしているのだろうと分かっていただろうに、あっさりと見ず知らずの男の子に誘われるまま遊ぶとか、チョロいどころの話ではない。もしもあと少し風太郎と接点があったりしたら……。五つ子とはいえ長女としての立場を生かした幼少期の暴虐の数々、四葉に警戒を抱かせるには十分すぎる前科だった。

 

 

 だから、絶対に秘密にしよう。

 風太郎と四葉の二人だけの時間を、もう少し楽しむために。

 

 

◇◆◇

 

 

「ごめん! 風太郎くん、今度私のうちに遊びに来て!」

 

 が、速攻でバレた。

 

 そも、中野四葉という少女の頭脳は隠し事などという高等テクニックを使えるようにできていない。

 昨今四葉が見せる妙な機嫌の良さ。

 最近じわじわと上がっている成績。

 部活も頑張っているが、時々ふらりと一人だけでどこかへと出かけていく日課が増えたこと。

 

 五つ子の経験、女の勘。そんなものに頼るまでもなく「男」の存在を感じ取るのは自然なことで、中野家五つ子裁判に被告として引っ立てられた四葉が「修学旅行の時に出会った男の子と偶然再会して、二人きりで勉強を見てもらっている」と白状させられること、加えてその男子を家に連れてくるよう判決が下るのは水が低きに流れるよりも自然な成り行きだった。

 

 

 

 

 そして、数日後。

 

「ここ……か?」

 

 風太郎が訪れたのは、四葉とその姉妹の済む家。

 というかもはや塔。部外者は入口のテンキーに番号を入力して訪問先の許可を得ることで初めて足を踏み入れられる金持ちの巣窟、タワーマンションというやつだ。

 安らぎのレジデンス、とかそんな感じのマンションポエムが思わず脳裏をよぎる。妹のらいはが見ていたテレビで新人だというアイドルがなんかそんなことを言っていた。

 ともあれ、事前に四葉から聞いた通りの番号を入力して許可を得て、エレベーターに乗って遥かな上層階へ。貧乏暮らしの染みついた風太郎からすれば文字通りの雲の上にすら届きそうな時間の果て、中野家へとついに辿り着く。

 

 扉が、開いた。

 

 

 

 

「いらっしゃい、風太郎くん。ごめんね、呼び出しちゃって」

「……ああ、いや」

 

 

 出迎えたのは当然と言うべきか、長くまっすぐな髪に大きなリボン、活発そうな表情を浮かべるいつものあの顔だった。

 

「それと、来てもらったんだけど、まだ他のみんなが揃ってなくて。しばらく私の部屋で待っててくれるかな」

「……おう」

 

 そして、風太郎は促されるまま部屋へと足を踏み入れる。

 マンションの一室、であるながら廊下の先にはすでに上杉家一同が起居するボロアパートの一室が丸ごと収まりそうなリビングがあった。

 大きな窓、ピカピカのシンクが輝くキッチン、高そうなソファとローテーブルに妹のらいはの表面積と競り合えそうなサイズの巨大なテレビ。

 マンションの一室、だったはずなのになぜかリビングの隅には階段があって2階があり、そもそもリビングは吹き抜けで、風太郎は次元の扉を越えて異世界へ迷い込んだのではないかという錯覚に苛まれる。

 

 見慣れた笑顔についていくので精いっぱい。リビングを抜け、階段を上り、5つ並んだ扉の一つの前にまでものすごい気力を消費してようやくたどり着き。

 

「ここが私の部屋だから。入って入って」

「……」

 

 部屋へと招かれ、しかし風太郎の足は動かない。

 

「……? どうかした、風太郎くん?」

「いや、入っていいものか迷ってな」

 

 怪訝そうにのぞき込むその顔に、風太郎は至極当然といった声で。

 

 

お前は、四葉じゃないだろう(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 風太郎の言葉に、返事はなかった。

 しかしそれまで四葉と見紛う笑顔を浮かべていた顔を、陰のある無表情が塗り替えた。

 これが素なのだろうか、と慌てずに思う風太郎。

 四葉が五つ子の四女だという話は聞いている。つまり姉妹の誰かであることは想像に難くない。

 いつも見慣れたものと同じ顔であっても、風太郎にとってそれは自明の理で。

 

 

「第一段階突破おめでとう!」

「でも、本当の試験はこれからよ!」

「さあ、五つ子ゲームのはじまりです!」

「……」

 

 しかし、振り向いたら同じ顔の女子が4人もいるとは思っても見なかった。

 四葉のふりをしていた子もするりと風太郎の横を抜け、リボンを取ってどこにしまっていたのかヘッドホンを首にかけて合流すれば、髪型以外はほぼ同一人物5人が並び立った。

 ショートカット、2つのリボン、ヘッドホン、星型のヘアピン、いつもの四葉といった細かい違いはあるが、顔立ちは全く同じ5人。なるほどこれが五つ子か、と風太郎は話に聞いていたとはいえその実質を甘く見ていたと思い知らされた。

 

 そして、五つ子ゲームなる闇のゲームの詳細も、すぐに知れた。

 5人はぱたぱたと吹き抜けの階下に降りたリビングへと降りていく。

 何が起きたのかわからずしばらく呆然とした後についていくと、そこにはぐるぐると立ち位置を入れ替えていく5人。

 いつの間にか全員ウィッグでも付けたのか髪型まで同じでアクセサリもつけず、そこには風太郎があの日ともに過ごした思い出の少女の正しく成長した姿があった。

 ただし5人。頭がおかしくなりそうである。

 位置を入れ代わり立ち代わりしていたので、既にして元々誰がどこにいたのかはさっぱりわからなくなり、誰が誰やらとなっている。

 そして。

 

 

『さあ、私はだあれ?』

 

 

 5人が声を上げたというのに、一人がしゃべったようにさえ聞こえる揃い具合。

 代わる代わるで語るには、四葉と最近仲のいい風太郎が真に仲良くなるに足りるかを試すのが、この「五つ子ゲーム」であるという。

 リボンを取り、服を揃え、顔は元から同じ。

 そんな五つ子の区別をつけられるかどうか。それが課題であるという。

 

 

◇◆◇

 

 

 中野四葉は、五つ子ゲームとしての体裁のために他の姉妹と同じ表情を浮かべながら、内心で恐怖に震えていた。

 

 何度も繰り返し思い出した通り、風太郎と出会ったのは小学校の修学旅行で行った京都にて。

 偶然から一日を共に過ごしたことはかけがえのない思い出であり。

 

 しかしその夜、風太郎は一時身を寄せた四つ葉たちの宿で、四葉と勘違いした一花とトランプに興じていた。

 仕方のないことだと理解している。

 自他ともに似ている自分たち五つ子を、しかも当時は髪型を含め本当にそっくりだった自分たちを見分けることは至難の業だった。

 まして、あの日四葉は自分が五つ子であるということを伝えていなかった。風太郎とてまさか同じ顔の別人がいるとは思ってもいなかっただろう。

 だから、仕方のないことなのだ。あの日刻まれた胸の痛みは、四葉自身の迂闊と欲が招いたこと。そうだと思う。

 まあ、そんな風太郎の勘違いにあっさり乗って自分のフリをして楽しい時間を過ごした姉に思うところはあるが。

 

 

 だが、今は。

 年経てなおよく似た自分たち五人。

 髪型までそろえてしまえば、そして五つ子全員を今日初めて目にした風太郎には、自分たちを見分けることなどできるとは思えない。

 

 

「……すまん、わからん」

 

 

 ――ほら、やっぱり。

 でも仕方のないこと。この程度は姉妹たちも許してくれるだろう。

 この後種明かしをして、みんなにも風太郎を紹介して、その後少しずつでも仲良くなって、そして自分のことを見分けられるようになってくれれば。

 

 四葉なりに、足りない頭で考えた未来のプラン。

 目を伏せ、顔をうつ向かせ、必死に風太郎の良さを姉妹たちに知ってもらうにはどうすればいいかと知恵を絞り。

 

 

 

 

「――こいつが、四葉ってこと以外は」

 

 肩に置かれる手の温かさに、弾かれるように顔を上げた。

 

 仏頂面で、勉強を教わるときは厳しくて。

 でもその実とても優しく、ずっと自分との思い出を覚えていてくれていた風太郎の微笑みが、四葉の目の前にあった。

 

「え、あ……なん、で……?」

「いや、正直俺もよくわからん。だがお前が四葉だろう? それだけはわかる」

 

 

 おじいちゃんが言っていた。

 五つ子を見分けるために必要なもの。それは「この気持ち、まさしく愛だ!」と。

 自分たちを愛してくれていた母も、当然に見分けがついていた。

 

 なら、これは。

 

 四葉の目に涙がにじむ。

 姉妹たちは驚いたような呆れたような笑みを浮かべながらウィッグを取り、髪飾りをリボンをヘッドホンを身に着け、二人を見ている。

 風太郎は四葉の様子にぎょっとして、おろおろして、と忙しない。

 

 でも、それでも。

 

「ありがとう、風太郎くん……ありがとう!」

 

 

 喜びも悲しみも、五等分にしてきたのが中野姉妹。

 だがこの思いだけは。大好きな人だけは。

 

 風太郎との絆は、中野四葉だけのものだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 なお、「この時点では」という言葉をつけなければならなくなるような事態がこれから先ぽこじゃか頻発するほど仲が良いのが中野姉妹であり、最近は分化の傾向が見えていたのに「同じものを好きになる」という昔の傾向が再発しつつあるのだが、この時の5人姉妹はまだ気付いていなかったという。



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