μ's&Ours〜歌姫と僕らと〜   作:ディルオン

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2話 PrologueⅡ

 

翌日の朝、蓮は早速二人の友人を廊下へと呼び出した。

勿論、昨日受け取ったチラシを見せるためだ。

チラシを広げて、友人たちに見せると、ほぉーっと感嘆の声が漏れた。

 

「スクールアイドルのライブ!?」

「ああ」

「マジかよ、お前そんなのと知り合いだったのか?」

 

二人の友人の内の一人、坂本竜司は目を見開いてチラシを手に取った。

 

「知り合いって言うほどじゃない。東京に初めて来た日に道を教えてもらって、昨日偶然また会ったんだよ。そこで、このチラシを渡された」

「すっげえ~」

 

竜司は見た目も派手……というより、どこに出しても恥ずかしくない立派なヤンキーだ。髪は金キラ、制服は着崩し、ズボンは腰パンならぬ腿パンだ。誰がどう見ても問題児にしか見えないし、本人も否定しない。

 

本当は友達思いで面倒見のいい優しい青年なのだが、『ある事件』以降、この姿で通している。

興奮している姿とのギャップも殆どないけど。

 

「スクールアイドルってあれだろ? 今流行りの、女子高生だけのアマチュアアイドル」

「そうらしい」

「そうらしいってお前……もしかしてスクールアイドル知らねえの?」

「彼女達に聞かされるまで、全く」

「嘘だろおい」

 

信じられない物を見る目つきになった竜司。

 

こいつはこういうの好きそうだ。

 

「アンタそういうの好きそうだもんね」

 

一瞬心を読まれたかと思った。

溜息をついて竜司を見たのは、隣にいるもう一人の友人、高巻杏だった。

彼女の言葉を受けて、竜司は不服そうに言う。

 

「だってよぉ、今スクールアイドルっつったら流行の最先端だぜ。テレビとかでも特集やってるし、はっきし言って知らねえ方が少ねえって」

「そうだったのか……」

 

田舎の出身とは言え、どうも自分が不精だっただけみたいだ。

 

「つか、こういうの杏の方が詳しいんじゃねえか? モデルやってるしな」

「だから、私はただの読者モデルだって。それにそういう人とは繋がりないし……あ、でも話は結構聞く。「杏ちゃんはそういうのやらないの?」なんて、カメラマンさんから言われたし」

 

杏は金髪とブルーの瞳が印象的な、見れば誰もが振り向く美少女だった。彼女の髪は竜司と違い、天然ものだ。アメリカ人とのクォーターらしい。その顔とスタイルの良さを生かして、読者モデルのバイトもしている。

『お高くとまってる』なんて陰口を言われることも多いらしいが、彼女も竜司と同じ、素直で友達思いの優しい少女だった。

 

「あ、そう言えば、前に撮影した雑誌なんだけどね」

 

そう言って杏は手元の鞄から、一冊の雑誌を取り出した。彼女が出ているファッション誌のようだ。

 

「この号の表紙に写ってるこの子達、見てみて」 

「A-RISE…」

「……えーりず、か? これ?」

「違うっつの。これで『アライズ』って読むの」

「あ、あー、なるほどな、おー」

 

生返事の竜司。英語力は残念ながら外見通りと言わざるを得ない。

 

「秋葉原にあるUTX学園の芸能科にいる子達で、噂じゃ卒業後はプロダクション入りが内定してるらしいよ」

「うぉー、すっげえ可愛いじゃん」

「歌もダンスも、そこら辺のプロ顔負け。ライブのチケットは即日完売だって」

「マジか…!」

 

竜司がゴクリと息を飲む。大体何を考えてるのか察しはつくが言わないでおこう。

 

「お前そんなのと友達になったのかよ、やべえな!」

「あ、いや、さっきも言ったけど、友達って程じゃ……それに知り合ったのは、この人たちとは違うし、どういうものかまだ……」

「同じスクールアイドルには変わりねーだろ! それにファーストライブってことは、俺達が初めての客ってことだろ? いいじゃねーか、ファン第一号で、色々とお近づきになれるかもしれねーぜ」

「アンタねぇ…」

 

杏が呆れると同時に、蓮の鞄からモルガナがひょっこりと顔を出した。

 

「リュージの発想は単純だな」

「猫に言われたくねえよ」

「猫じゃねえよ! 何回も言わせんな!」

「二人ともうるさい。ここ屋上じゃないんだからね」

 

杏が叱咤し、思わず口をつぐむ二人。

 

以前までは屋上を『アジト』としていたが、生徒会長に見咎められて今は出入り禁止だ。こうして話している分には問題ないが、ネコを連れての登校なんてバレたらコトだ。

それにモルガナの声を人語として解すことができるのは、『力』を持っている彼等だけである。

 

「とにかく…急な話なんだけど、良かったら一緒に行かないかなと思って」

「おお、行く行く! 俺スクールアイドルのライブなんて初体験だぜ!」

「あーえっと、ごめん、私は……」

「杏も、今日は鈴井さんと一緒に出掛ける予定だったんだろ?」

「え…あ、うん」

 

鈴井さん、というのは杏の親友だ。

この学校の元体育教師、鴨志田のセクハラの特に対象となっていた女生徒で、彼女はそれに耐えきれず、半月前にここの屋上から飛び降りてしまった。幸いにして一命は取り留めたものの、まだ回復には至っていない。

 

「お? 鈴井の奴、もうそんなに回復したのか?」

「ううん、まだ全然」

 

竜司の問いに杏は首を振った。

 

「リハビリも、手を動かすとか、それ位。でも、車椅子に乗っての外出許可が下りたから、今日の午後、出かけようって話だったんだ」

「昨日調べたんだけど、この学校、スロープとかのバリアフリーも充実してるみたいなんだ」

「え……」

「入院してる病院からも近いし、気晴らしにはちょうどいいんじゃないかなって思って」

 

杏はチラシに視線を落とした。一応、行く場所は考えていたが、近所の公園を散歩するくらいしか思いつかなかった。

それに改善されつつあっても、この街は障害や怪我を持つ者に優しくない現実がある。

 

「蓮……」

「お、それいいんじゃねえか。こういうのって気分もノッて盛り上がるし、動けなくても関係ねえしよ」

「うんっ!」

 

杏の瞳に、うっすらと涙が滲んでいるのが分かったが、蓮達は気付かない振りをした。

 

「ありがとう! これ、きっと志保も喜んでくれると思う!」

「良かった」

「うっし、決まりだな! 今日の放課後、鈴井の見舞い行ってから、一緒にその学校行こうぜ! あ、ライブってことは色々と準備とかいるんじゃねえか? あの光ってる棒とか、プレゼントとか……」

 

竜司が一人でブツブツと言い始めた。また妙な妄想が始まったらしい。蓮と杏は互いに目を合わせてから苦笑した。

ただ鞄にいるモルガナは呆れたご様子だ。

 

「くれぐれも粗相のないようにしておけよ。お前がバカやってワガハイたちにまで迷惑こうむるのはごめんだぞ」

「あ? お前は留守番だろ?」

「なぬっ!? ワガハイを置いていくつもりか!?」

「たりめーだろ。猫が入れるわけねえっつうの」

「抜け駆けは許さんぞ!」

「おわっ!?」

 

シャーっと、モルガナは前足を出して竜司に突っかかろうとする。

慌てて竜司は手を引っ込めたが、その時勢い余って、手に持っていたチラシまで放り投げてしまう。

 

「あっ…!」

「もー、何やってんのよ」

「俺じゃねえって、こいつが…!」

「アン殿、ワガハイは無実だ!」

 

ぎゃあぎゃあと言い争いと続ける二人と仲裁の杏を尻目に、蓮は溜息をつきながら落ちたチラシを拾おうと落ちた方まで向かう。

数メートル先にまで飛んでしまったそれを拾おうと屈んだ時だった。

 

「ん?」

 

ひょい、と自分よりも先に誰かがそれを拾い上げる。

目線を上にあげると、そこに立っていたのは自分も知っている人物だった。

 

「生徒会長…」

 

チラシを拾い上げたその人は、蓮を見下ろしながら無機質に問いかける。

 

「廊下で騒がないで。他の生徒に迷惑だから」

「……すいません」

「屋上から出てったと思ったら、今度は廊下……ちゃんとルールを守ろうという気があるのかしら?」

「失礼しました」

 

蓮は立ち上がって、チラシを受け取ろうとした。が、目の前に立っている生徒会長、新島真はじっと蓮とチラシを交互に見ている。

 

(なんだ…?)

 

この数週間、蓮達は明らかに警戒されていた。鴨志田が突然改心したことの裏には自分たちが関わっていると踏んでいる。事実その通りだ。

だが『はいそうです』と口を割ってやる義理もない。

 

「あの、それ返してもらっていーっすか? 一応、大事なもんなんで」

「……音ノ木坂学院、スクールアイドル…」

「ちょっと話聞いてんスか?」

 

流石に喧嘩を中断した竜司が食って掛かろうとする。取り敢えずそれは蓮が手で制したが、彼女はとても奇妙なもののようにチラシを一瞥すると、蓮にそれを差し出した。

 

「はい、どうぞ」

「……どうも」

「意外ね。貴方って、こういうの興味ない雰囲気なのに」

「俺よりも、そっちの方が意外なんじゃないですか? 生徒会長も、興味があるように見えましたけど」

 

やんわりと蓮は作り笑顔で返す。『怪盗』をやるようになってから、こういうポーカーフェイスも練習しておけよ、なんてモルガナに言われていたが、こんな所で使うとはな。

 

「もしかして、生徒会長もこういうのに憧れるんですか?」

「え……」

 

新島の顔が僅かに紅潮する。後ろでは竜司と杏が僅かに顔を逸らして噴き出していた。可愛い衣装を着た生徒会長さんでも想像したんだな、きっと。

ただそれはほんの一瞬で、すぐに元の鉄仮面に戻る。

 

「……別に。ちょっと変だなって思っただけ」

「『変』ですか?」

「ええ。音ノ木坂学院って、確かもう廃校になるって話よ」

 

そのワードは蓮や仲間を戸惑わせるには十分だった。

誰もがポカンとした表情で生徒会長を見る。杏が目を丸くしたまま尋ねた。

 

「廃校って……それ、ホントですか? だって音ノ木坂って言ったら、結構有名でしょ。歴史あるし」

「『歴史』は、ね……それだけじゃ生徒は集まらないのよ。都心部は今でも過疎化が進んでるし、統廃合の話があるのはあそこだけじゃないわ。厳密には来年度の入学希望者数が一定数を下回ったらって話だけど……正直、今のあそこに生徒を集められるような実績や制度はないから、殆ど決まりかもしれないわね」

 

そういう新島の表情はどこか寂しそうだ。初めて彼女のそういう部分を見た気がする。

 

「多分、このスクールアイドルって言うのも、生徒の一部が廃校を食い止めようとしてるんでしょうね。そういうのに憧れて入学希望者が増えた所もあるし」

「それが、どこか変なんですか?」

「………あっちの生徒会長とはそれなりに付き合いあるけど、こういうのは嫌ってそうだから、活動を認可するのは意外だなって思っただけ。生真面目を絵に描いたような人だしね」

 

(おい、ツッコミ待ちじゃねーだろーな……イッ!?)

 

竜司がボソッと呟いたのを、蓮と杏が同時に肘に小突く。

 

「まぁ…本当に廃校を阻止するつもりなら、志自体は立派だと思うわ。あちこちイタズラするようなどっかの誰かさん達と違ってね」

 

軽く鼻を鳴らす生徒会長の目は挑発的だった。

 

「……それだけの話よ。邪魔して悪かったわね」

 

生徒会長が踵を返し、近くの階段を登っていった。

 

「なにアレ? 相変わらず感じ悪い」

「俺らがやることは何でも気にくわねーんだろ。教師連中の言うことはホイホイ信用してよ」

 

杏と竜司が会長の消えた先を睨みながら忌々しげに言う。そう言うのもしょうがない。

鴨志田の事件の時、学生代表の生徒会が何も動かなかった。せめて体罰の噂ぐらいは知っていた筈だ。

それだけじゃない。竜司が鴨志田に殴りかかって陸上部が無くなった時も、何の弁護も調査もしなかった。

今回の事件でさえ、むしろ被害者の筈なのに、生徒会長は警戒心を抱き隠そうともしない。

 

(それが狙い、か)

 

あの表情はこちらの様子を窺っている顔だった。何か下手を打てば付け入る隙を与えることになる。

しかし……

 

(…あの人を嫌いになれない)

 

他の生徒と違うことが一つだけある。あの人は自分を色眼鏡では見ない。竜司も杏もレッテルで判断しない。

真面目で頑固、その評価は間違いないんだろう。俺達と方向が違うだけで。こんな形でなかったらよかったのに。

その時チャイムが鳴った。

 

「もう放っておこ。授業始まっちゃうし」

「そうだな。イチイチ相手にすることもねーか。じゃ、放課後に校門前に集合しよーぜ」

「ああ」

 

短く応える蓮。

さっき抱いた気持ちも、心の奥底に仕舞うことにした。

 

モルガナの『あの女は用心しろ』と言った事には蓮も賛成だった。

生徒会長を警戒しなくてはいけないのはしょうがない。

ただ、願う事ならば……

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

スクールアイドルμ's、記念すべき初ライブ。

絶対に成功させよう。できる。私たちならできる。そう心に勢いをつけて、穂乃果たちは奔走した。朝の日課となった階段の上り下り、筋トレ、ダンスや歌の練習もバッチリ。ギリギリまでチラシ配りにも奔走した。

今もクラスメートたちが自分たちに代わって照明や音響のチェックやチラシ配りをやってくれてる。

気合は十分。準備は万端。バックアップも文句なし。

あとは本番を待つのみだ。

 

それなのに……ねえちょっと、

 

「海未ちゃん」

「な、何ですか?」

 

控室代わりに使わせてもらっている小部屋で、穂乃果とことりは既にステージ衣装に着替え本番を待つのみとなった。

そして最後に着替えていた海未を待っ……

 

「なにそのかっこ?」

「ど、どうでしょうか? 似合ってますか?」

「どうでしょうかじゃないよ!」

 

似合う似合わない以前だった。

 

「なにその往生際の悪さ!?」

 

ミニスカートの上にカーキ色のジャージを履いて素足を誤魔化していた海未。

 

穂乃果は呆れた。

完全冬場の渋谷ギャルじゃん。

 

チラシを配ってた時はあんなに張り切ってたのに…

 

「だ、だって……」

「もう……さっきの海未ちゃんはどこへ行ったの?」

「あの、その……か、か…」

「か?」

「鏡を見ていたら……急に恥ずかしくなって……」

「おるぁ!!」

 

四の五の言う前にことりと二人で一気にジャージを引き摺り下ろす穂乃香。

 

「いやあああっ!??」

 

甲高い悲鳴を上げてスカートを抑え込む海未。

穂乃果はしみじみと海未の格好を見た。

なんだ、もしかしたら足が太いのかなとか思ってたけど全然そんな事ない。

 

むしろ一番節制していた分成果は良く表れてる。

 

「別に隠す事ないじゃん」

「そうだよ、海未ちゃん良く似合ってるよ?」

 

ねー! と顔を合わせて笑う穂乃果とことり。贔屓目じゃなくて事実だ。すらっと伸びた手足、腰まで届くストレートヘア、全体から漂う淑やかな雰囲気、ことり特製の青を基調としたステージ衣装にベストマッチだ。

これで恥ずかしがってどうしようというのか。

 

「ほらほら」

「きゃ!」

「海未ちゃん一番よく似合ってるよ?」

「そ、そうでしょうか……」

「それにほら、こうして三人で並べば、恥ずかしくないでしょ?」

「は、はぁ……」

 

大鏡の前まで海未を引っ張って穂乃果とことりは横一列に並ぶ。

ピンクと緑の衣装は、それぞれのイメージカラーを表現したことりのアイデアで、個性を引き立たせた。

 

「そうですね……三人で並べば、確かに」

 

頬を赤くしながらも海未は隣に立つ二人と自分を見比べた。こうして三人で並べば、一人目立つということも少ない……海未はそう思えてきた。

 

「そうそう、赤信号だってみんなで渡れば怖くない! だよ」

「いえ、それは止まりましょうね」

「気にしない気にしない! じゃ、始まる前にもう一回合わせようか!」

「そうだね」

 

穂乃果の言葉に頷いて、ことりも一緒に空いているスペースに立って立ち位置や動きを確認し始める。

海未もそれに倣い、一緒に確認しようとするも………

 

(………やっぱり恥ずかしいです!!)

 

何で二人は平気なんですか!?

 

こんな所でライブなんてできません! 私は実家に帰らせて頂きます!

 

叫びたくなるのを必死で抑えた。

一人だったらとっくに耐えられない。今も回れ右しそうな足を止めるのにどれだけメンタル削ってるか二人は分かってない。

 

「海未ちゃん、どうしたの?」

「早くやらないと間に合わないよ」

「あ、は、はい…!」

 

慌てて弱い考えを振り切った。

もうこうなったらやるしかない。やるしかないんです園田海未!

 

ここまで来て羞恥心で踊れないなんて二人に…特に穂乃果には体力トレーニングでボコボコにした手前、それだけは許されない。

 

良くも悪くも彼女は根が真面目過ぎた。

 

「よし、じゃあここのシーンもう一回やろう」

「うん」

「はい」

 

そうだ、赤信号みんなで渡れば怖くない。

海未はそれをモチベーションにした。

 

確かに、このライブは常に赤信号だった。

 

だが人間、『自分はたぶん大丈夫』なんて高をくくっているものだ。ピンチにならないと置かれた状況が分かるわけないんてない。

 

そう、まさにその通り。彼女達は分かってなかった。

 

『人に自分を見せる』ということの本当の意味が。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

海未が自分の羞恥心を必死に取っ払おうと奮戦していたその頃。

 

秀尽学園のメンバーは音ノ木坂学院正門前から中に入って行くことに成功していた。

警備の人が、割と優しい。

 

「おい、俺たちスクールアイドル観に来たんだよな」

 

ただ、別の問題が勃発。

 

「そのはずだけど」

「じゃ何で目の前にアルパカがいるんだよ!?」

 

正面、けむくじゃらの四つ足動物を指しながら竜司が叫ぶ。

 

「触ってみるか?」

「やらねえよ!」

 

蓮の言葉にも竜司はちゃんと突っ込む。笑いの相方としても優秀みたいだ。

 

「やっぱりさっきの道反対側だったんじゃないの?戻った方が」

「いやでも案内はこっちだったぜ」

「そうだよね……ってか、ここ広すぎない? 秀尽の倍近くある気がする」

 

杏がため息を漏らしながら言った。

確かにここの敷地面積は自分達の学校を遥かに上回っている。伝統校らしく、校舎も厳かで気品があった。

 

「生徒数減ってんだろ……もうちょい土地削れよ。ちょっとはマシになんじゃねーの? こいつらとかどう考えてもうゔぉわっ!」

 

竜司の顔面に白いネバネバした液体がぶちまけられる。

二匹のアルパカのうち、茶色いふてぶてしい態度の方が唾液を吐きかけたみたいだ。

 

「ぺ! オエ!うゔぇ!? くせ! 何しやがるコイツ!」

「エッエッエッエッ」

 

小馬鹿にしたような態度で鳴くアルパカさん。

いや、割と本気でバカにされた竜司。

その様子をアホらしいと言った様子で見ている杏。

ただ彼女が引いている車椅子に乗った少女、鈴井志保はクスクスと面白そうに笑っていた。

 

「ごめんね、志保。なんかグダグダっていうか……」

「ううん、大丈夫。こういうの久しぶりだったから、なんだか楽しい」

「具合大丈夫? 気分悪くなったらいつでも言ってね」

「うん、平気だよ。みんな、わざわざありがとう。私の為に…」

 

そう言って、僅かに俯く。意識が回復しても、立って歩けるようになるまで時間が掛かるらしい。

数週間前まで昏睡状態だったのを考えれば順調過ぎる回復だが、ここからのリハビリも相当辛いものになるという。

 

(なんで鈴井さんだけこんな…)

 

口では言えないことさえ強要させられ追い詰められ、挙げ句の果てが指を動かすことも満足にできないその身体……

それを思うとやりきれない。

だが、そんな彼女の前に立って、杏は笑いかけた。

 

「志保はそんなの気にしなくていいんだよ」

「そうそう。俺もこういうの興味あったしよ。一緒の方が楽しいだろ、お互い」

 

蓮が渡したタオルで顔を拭いていた竜司が笑いながら手を振って答える。

杏なんて、自分以上に憤っている筈だ。それでも彼女のためにそれを抑えている。

その芯からの強さに、蓮はつい微笑していた。

 

「今日は思い切り楽しもう。その為に来たんだから」

「雨宮くん……うん、そうするね。ありがとう」

 

鈴井さんもそう言って微笑む。彼女も強い人だ。今の状況から必死に抜け出そうとしているのだから。

 

「……っていうかよぉ、しっかし、それはそれとしてどうすっかな? このままじゃ迷子になって終わりだぜ? なぁ?」

 

照れ隠しなのか、竜司が頭を掻きながら言った。

確かにまだ時間に余裕はあるが……と言うか既に迷ってんじゃないか、これ?

 

「ここの人間にもう一回聞いたらどうだ?」

 

と、口を開いたのはさっきから蓮の鞄の中に潜んでいたモルガナだ。

確かに一番手っ取り早い。

 

「近くの人に聞いてみよう。案外近いかもしれない」

「そうだね」

「最初からそうすりゃよかったな」

 

そう言って辺りを見渡したが、中々見つからない。

 

どうも今日は新入生歓迎会らしい。部活紹介や勧誘日も兼ねているようで、生徒の殆どは表の校舎側に集まってる。

どうしたものかと思案していた時だった。

 

 

「かよちん、早く早く!」

「ま、まって凛ちゃん、わ、わたし、あの、講堂に…」

 

 

遠くから女の子の声が聞こえる。見ると制服姿の小柄な女子が二人、奥の方にある建物へと移動しようとしている最中らしい。

ショートカットの女の子が、眼鏡をかけたショートボブの女の子の手を引いていた。

 

「お、ちょうどいいや。俺がちょっくら聞いてきてやるよ」

 

渡りに船とばかりに竜司が二人に駆け寄っていく。この時、恐らく杏は自分と同じ事を考えただろう。

『こんな竜司で大丈夫か?』

 

「あの、すんませーん」

「は、はい……あ、え!?」

 

急に呼び止められて、眼鏡の子は竜司に向き直る。

一瞬で顔がビクッと引き攣った。

 

「ちょっと聞きてーんだけど、いいか?」

「あ、え、あ、あの、私、その……!」

「俺達秀尽から来てて、道教えてほしいんだけど」

「え、あの、えと…!!」

 

嫌な予感的中だ。

根は悪い奴じゃない。悪い奴じゃないけど、あの外見では怯えられても仕方がない。

なんとかフォローしなければ、そう思い前に出ようとするが……

 

「あの」

 

眼鏡の子の手を引いていたショートカットの女の子が竜司の前に立ちはだかった。頭一つ分も身長差がありながら、眼鏡少女を守るようにして立ち、竜司を正面から見上げる。

 

「男の人が何の用ですか?」

「あん?」

「ここ、女子校なんですけど」

「はぁ?」

 

明らかに警戒されていた。まずいな。迷子になった上に不審者に間違えられたらとてもライブの時間には間に合わない。許可を貰ってはいるが、最悪警備員でも呼ばれたら…

 

「あのバカ…あれじゃタダのチンピラじゃねえか」

 

鞄からモルガナが苦言を呈する。このままでは泥沼だ。

 

それに蓮は余り警察には厄介になりたくない…と、いうよりなってはいけない理由がある。

説明しようと前に進み出ようとしたその時だ。

 

「んだよ、おま……ん?」

「あれ?」

 

ふと、二人の反応が変わる。

 

一瞬キョトンとした表情を浮かべた二人は、ジロジロとお互いの顔を見合い、観察している。

急な変化に杏や蓮は首を傾げていたが、突然竜司が何かに気付いたようにはたと手を叩いた。

 

 

「お前……ひょっとして、星空か!?」

「もしかして、坂本先輩!?」

 

 

竜司とショートカット女子が同時に互いの顔を指差しながら叫ぶ。アルパカが後ろでヴェ~と鳴いた。

 

「なんだよ、やっぱ星空じゃねーか! お前音ノ木坂行ってたのか!」

「わぁ!坂本先輩だにゃ! おざっす!」

「おう、おざっす!」

 

唐突な変化に周りが付いていけない中、二人は顔を綻ばせ、ハイタッチを交わす。竜司はいつになく嬉しい表情だった。

こんな風に盛り上がっている竜司を蓮は初めて見た。

隣に立っている杏を見てもどういうことか分からずにキョトンとしている。

 

「り、凛ちゃん、知ってる人…?」

「知り合い?」

 

眼鏡っ子と蓮が質問するのも殆ど一緒だった。

 

「ん? ああ。中学ん時の部活の後輩だ」

「星空凛です。よろしくお願いします! ほら、かよちん、陸上部で一緒だった、坂本竜司先輩だよ」

「え……あ、もしかして、凛ちゃんに走り方教えてくれてた…?」

「そうそう!」

 

凛と呼ばれた少女も、後ろにいた眼鏡の女の子に竜司を紹介する。今までおそるおそる竜司を見ていたが正体がわかって幾分緊張がほぐれたらしい。

 

「でも本当に久しぶりだにゃ。頭キンキラになっちゃって気づかなかったにゃ」

「あーこれ? あーなんつーか…イメチェン、っつうの? まぁそんな感じだ、はは。にしても相変わらずだな、その猫っぽい喋り方」

「えへへ、そうですか? あ!そうだ! あれから凛、またタイム縮んだんですよ!」

「お、やったじゃねーか!」

 

蓮達がぽかんと立っている中で、二人は会話を弾ませていた。相当仲の良かった二人らしい。

と、後ろで見ていた杏が手を叩く。

 

「あ。そうだ、思い出した。どっかで見たことあると思ったら……」

「そう言えば、杏と鈴井さんも同じ中学だったっけ?」

「まあね。陸上部はよく知らないけど、あんな子見かけた気がする。それに竜司、よく後輩の面倒見てたし」

「あれ? そっちの人って……」

 

竜司と話していた凛がこっちを見てまた何かに気付いた様子だった。実際には蓮の隣にいる杏に。

杏は軽く手を振って挨拶した。

 

「あ、こんにちは。私、竜司のクラスメイトで、中学もだったんだけど…」

「高巻さん…?」

 

ぽつり、と凛の後ろから呟くように小さな声が届いた。

さっき手を引かれていた眼鏡の女の子が杏を凛の背中越しにじっと見つめている。

 

「え?」

「高巻杏先輩……ですか?」

「あ、うん、そうだけど……」

「やっぱり!」

 

突然声を張り上げて目を輝かせる少女。しかし杏はあまり思い当たる節がないらしく、ん〜と頭に指を当てていた。

 

「えっと、ごめん、覚えてなくて……もしかして、あなたも同じ中学だったりする?」

「え、あ、はあ、はい、あ、わ、私、そうです…! 小泉花陽と、い、言います……!」

 

ハッと我に返ったようになって慌てて頭を下げた少女。

随分と忙しい子だなぁ、と蓮はぼんやりと感じた。

 

「あ、やっぱりそうだったんだ。ごめんね、すぐ思い出せなくて」

「い、いえ、そんな……私が一方的に知ってるだけですから」

「そうなの?」

 

一瞬きょとんとした杏だが、納得したように苦笑する。

 

「あ、まぁそりゃそっか……私悪目立ちしてたもんね〜…」

「い、いえ、そ、そんなことないです! とっても綺麗で、憧れてました!」

「え?」

「あ……!」

 

勢い良く大声をだして飛び出した主張。

ど直球だなと思う蓮。

三人の視線を受けて、再び顔を真っ赤にして小泉さんは俯いてしまった。

 

「あ、やっぱり、この人ってあの高巻先輩? かよちん、いっつも遠くから見てたよね? 美人で素敵って言ってたにゃ!」

「り、凛ちゃん!!」

「あ〜、えっと、あ、ありがと?」

「い、いえ、そんな……」

 

弱点突かれて1more……

完全に小泉さんは熟れたトマトよりも真っ赤に染まってしまった。

なに、この甘酸っぱい謎の花園感?

 

確かに杏は相当な美人だからファンがいてもおかしくないが……

 

「杏、人気者だね」

「ちょ、ちょっとやめてよ……!」

 

鈴井さんだけが、くすくす笑いながら事の成り行きを見守っていた。

 

「杏に憧れてる子、結構いたよ。口に出してはいなかったけど」

「そ、そうなの……?」

 

彼女の言葉に視線を泳がせる杏。

杏本人の言葉では、あまり友人は多くない印象だったが…少し違うらしい。

 

「あ、あの! あの…ところで、そちらの人って」

 

この空気がいたたまれなかったらしい。

小泉さんはとにかく話題を変えようと目の前の車椅子に座っている少女に視線を移した。

 

「あっ……」

「まさか、高巻先輩と一緒にいた、バレー部の…」

(やべっ…)

(マズイな…)

竜司と蓮が思ったのはほぼ同時だった。

飛び降りた事実を目の前で知られるわけにはいかない。セクハラ被害の事も連鎖的に知られてしまう。

 

「そ、そんなことよりよ、星空、ちょうどよかったぜ! 俺たち、講堂に行きてえんだけど、どこにあんだ?」

「講堂?」

「おう。スクールアイドルのライブがあんだろ? 俺たち、それに来たんだよ」

 

咄嗟に竜司が大声を出す。

すかさず蓮は手元にあったチラシを持って前に進み出た。

 

「ここを通りかかった時に、チラシをもらったんです。これなんですけど」

「あ、これって廊下にも貼られてたやつ…」

「それで今日来たんですけど、道に迷ってしまって」

「はぁ」

 

しみじみとチラシを見つめる凛。キョトンとした目つきだった。

あんまり興味はなさそうだ……

アイドルって言うから、もっとこう、盛り上がっているのを予想してたけど……

その時だ。

真っ赤になっていた小泉さんが、瞬間鋭く目を光らせてこちらへとにじり寄った。

 

「あの!」

「はい?」

「み、皆さんも、それを観に?」

「あ、ああ、そうだけど」

「それでしたら、私、案内します!!」

 

山がそびえ立つごとく挙手をした小泉さん。

思わず蓮は頷いてしまった。

竜司も思いがけない提案に顔を輝かせている。

 

「お、マジで?」

「かよちん、部活は?」

「あ、あとで行くから! こ、こっちです!」

 

そう言うと小泉さんは顔を輝かせて走り出した。ピョンピョン飛び跳ねるように先導する姿はまるで別人だ。

 

「え、ちょっと、かよちん!? あとってな〜に〜!?」

 

慌てて星空さんも後を追いかける。その様子を蓮達はお互いマジマジと観察しながら眺めていた。

 

「な、なんだあれ?」

「急にキャラ変わっちゃった……」

「おい、早く行かないと見失うぜ。こっちはゆっくりとしか行けないだろ」

 

モルガナの言葉でハッと我に帰る一同。杏はゆっくりと志保の乗る車椅子の方向を変えた。

 

「志保、いこっか」

「うん」

 

できる限りのスピードで小泉さんとその後ろにいる星空さんを追いかける3人と一匹。アルパカはそれを遠目で見送っていた。

放課後の音ノ木坂学園の校舎では、あちこちで勧誘の声と生徒の喧騒が響いている。

 

ふっと、蓮は思った。

 

これ、ライブを観に行こうとしてる人の声かな?

いや、それにしてはここに来るまで……

そうだ、今気が付いた。ここの人達、今までに一度もスクールアイドルなんて言葉を口にしてないな…。

ほんの少しだけ嫌な予感がした。

 




今回はここまでです。
更新は不定期になりそうですが、頑張りたいと思います。
竜司・杏と凛ちゃん&かよちんが同じ中学の設定はオリジナルです。
ラブライブってどうも媒体によって設定がまちまちなので、基本骨子はアニメ準拠として、たまに他の媒体の設定やコラボした独自路線で書きたいと思います。
皆さんが感情移入できるように、出来るだけ設定そのものはいじらずに行きたいですが…。

次回、ライブシーンです。
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