ラブライブは、まきりんぱな。ペルソナ5は祐介加入編です。
2つの作品がどの様に絡み合っていくのか、お楽しみに。
ちなみにペルソナ5スクランブル、先ごろクリアしました!
めちゃくちゃ楽しかったー!
個人的にはロイヤルよりこっちのが好きですね!
初登場の長谷川善吉やソフィアもとても良いキャラに仕上がってて、戦う敵も魅力的でした。
全国を回る旅も、前作では抑え気味だった青春を楽しむみたいで嬉しい感覚でした。
未プレイの方、是非やってみてください!!あ
スクールアイドルの朝は早い。
高坂穂乃果は日が昇ると同時に起き、急いで身支度を整え、朝食を済ませて急いで家を出た。
はやる心、抑えきれない心拍数、それを軽い足取りに換えて、呼吸を整えながらジョギングで目的地を目指す。
「おはよう、海未ちゃん、ことりちゃん!」
「おはよう、穂乃果ちゃん」
「おはようございます」
親友二人と挨拶を交わしたのは、神社へと続く細い階段だった。
この長い階段…通称『男坂』を登るのが毎朝の欠かせないトレーニングだ。
初めは一回だけで千切れ飛びそうなふくらはぎだったが、今は数回は軽く往復できるまでに成長した。
我ながら素質があるのでは? なんて思ったりもしたが、頑固な幼馴染に言わせると『成長期だからこれぐらい普通』らしい。
ここからが大変になってくるそうだ……彼女は決してほめて伸ばすという事をしない。うへえ。
「今日は早いね?」
「うん。何だか最近寝起きが良いって言うか、結構テンション高いんだ。ファーストライブの映像とか見てたら、いてもたってもいられなくって」
と、億劫な気持ちも今や過去の自分と共にさよならだ。
今の自分はちょっとやそっとじゃへこたれない自負があった。
「穂乃果らしいですね」
「それに約束したから。きっとあの人も今頃頑張ってると思うんだ」
思い出したのは、あのライブで来てくれた人たち。
そして、車椅子に乗った女の子との指切り。
『一緒に頑張ること』
『諦めないこと』
『次は絶対に満員にすること』
それをあの場に居る全員が誓い合った。
「……そうですね」
「私たちも頑張らないとだね」
「うん! この調子で映像とかネットにアップしたら、もっと興味を持ってくれる人も増えるんじゃないかなって」
微笑みながら、海未とことりの二人にも決意の色が浮かんでいた。五月に入り、緑色の葉を茂らせている木々も、三人に触発されているようだった。
と、そよ風が髪を揺らした時、ことりがふと思い出したように口を開く。
「あ、それなんだけど……」
そう言いながら、ことりは鞄から手作りのチラシを取り出し、二人に広げて見せた。
「チラシを色々な所に置いてみるのはどうかなって。お店とか見ると、特にアキバなんかスクールアイドルのチラシとかポスター、貼ってあるの多いんだ」
ことりの提案に穂乃果は目を輝かせた。
「それいいよ! 流石ことりちゃん!」
自分も商売屋の端くれ……の、娘の端くれだ。
老舗と言っても、宣伝というものが如何に大切かくらいは知っている。
「地道な方法ですが、そういう積み重ねは大事ですね」
「それじゃあ、早速放課後に近くのお店回ってみようよ」
海未も頷き、満場一致でチラシ配りは決定した。
三人はオーッと手をかざして、微笑み合う。
もっともっとお客さんが来てくれるといいな。少しずつでいい。頑張って行こう。
(あのガラガラのライブを経験したんだから、そうそう恐いものもないよ!)
・・・・・・・・・・
……と、この時ばかりは、そう思っていた。
やはり人生、そうそう上手く行く事ばかりではないのだった。
「だ…ダメだったね……」
「まさか一軒残らず全滅とは……」
「少しくらいあっても良いと思ったんだけど」
敗残兵の如く、三人で身体を寄せ合い、フラフラになりながら、練習場所の神社までたどり着いた三人。
社務所の裏に腰かけると、はぁーっと、深い溜め息をついて壁に背中を預けた。
まさかこんな、圧倒的物量を見せつけられた敗北とは思わなかった。
目の前にはことりが一生懸命作ってくれたチラシやポスターの山がカバンから顔を覗かせている。
お願いそんな目で見ないで……これで私達頑張ったんだよ?
はあ、もうちょっと追い風吹いててもいいじゃない。
ボーナスタイム終わるの早過ぎるよ…
「フランチャイズやチェーン系のお店は規約があるから駄目……個人経営の所は全部と言って良いほど別のスクールアイドルのポスターが貼られていました……」
「アキバは殆どがA-RISEだったね」
「考えてみれば、A-RISEのいるUTXは秋葉原ですから、当然かもしれません」
海未とことりが今日の釣果がゼロの理由を冷静に分析する。
そりゃそうだ。
そもそも『スクールアイドル』と概念自体を生み出したのがA-RISEだ。他のグループよりあらゆる面で一歩先を行っている。先駆者とはそういうものだ。
それを思うと、ちょっと虫が良すぎたかなとも思う。
「アイデアは凄く良いんだけどねえ…」
「ごめんね…二人とも無駄足踏ませちゃった」
「ことりちゃんのせいじゃないよ」
「そうです。それにまだ全部ダメと決まったわけではありません」
海未がことりの肩に手を置く。
「明日はもっと活動範囲広げてみましょう。外に出てみれば、きっと可能性はあります」
海未の言葉に、穂乃果も刺激された。
そうだ。ここで諦めていては廃校を阻止するなんて夢のまた夢。
確かにA-RISEと同じことをしてては駄目だ。しかし継続は力なり、これもまた真実。
「よし、今日は気を取り直して、練習しよ!」
「…うん!」
穂乃果は立ち上がると、力と気力を漲らせた。出来ることから始める。頭もよくない自分に出来るのは前を走ることだった。
そう思うと、物事の歯車も噛み合い易くなるものだ。
偶然だとしても、動き続ける者たちの方がチャンスをより多く掴みやすいのだ。
「……あれ? 先客がいるのかな?」
声を掛けられて、三人は揃って階段の方を見る。
彼女たちが昇って来た方向に、一人の青年が立っていた。
グリーングレーのブレザーを着た、優しそうな面持ちで、セミロングの髪が似合う好青年だ。
というか…結構、いやかなりイケメン。
「えっと…」
「ああ、ごめんごめん。この時間帯、ここでよく一人お茶してたんだ。日差しが気持ちいいからね」
「あ、ごめんなさい…」
「気にしないで。僕も最近ご無沙汰だったし、別に食べる場所はここだけじゃない」
「はぁ…」
青年は朗らかに笑いながら手を振る。
おずおずと頭を下げる三人だったが、彼のその仕草にも厭味ったらしいところはまるでない。
とても爽やかだ。マンガとかだったら歯が光ってる。きっと。
「それに、それだけ頑張ってるってことでしょ? スクールアイドルって、全部自分達だけでやらないといけないから、色々と大変だろうしね」
「い、いや~、実はそうなんですよ…もう授業中に先生の目を盗んで寝るのが大変で……」
「穂乃果」
「じょ、冗談だよ…」
隣で海未が目を光らせるのを見て、慌てて穂乃果は手を振った。同じ仕草でも、目の前のイケメンとでこうも違うものか。
「あはは。廃校の話、無くなると良いね。君達が有名になったら、もしかするかもしれない」
苦笑しながらも穏やかな態度を濁さない彼の言葉に、あれ、と海未は疑問を持った。
「あの……私たち、スクールアイドルって言いましたか? それに廃校の事まで……」
そう言えば…と、ことりも指を唇に当てる。目の前の青年は表情を崩すことなく答えた。
「ああ。君たちの服装とか見て、多分ダンスの練習とかをやってるのかなって。それに音楽プレイヤーも置いてるから、多分今流行りのスクールアイドルだろうなって思っただけさ」
「あ、そっか」
「しかし、どうして廃校と……?」
「いやなに、それこそ初歩的なことだよ」
キラン、と目が一瞬光ったような気がしたのは気のせいだろうか。しかし穂乃果の意識はすぐに青年の解説に向けられた。
「この時間帯に、こんな神社で練習するってことは、多分人数が少なくて部室がないんでしょ? それを考えると、近いのは統廃合の話が持ち上がっている音ノ木坂学院しかないからね。スクールアイドルの活躍で人気が上がってる学校は沢山あるし、君達もそれが目的でアイドル部を立ち上げた、っていう所かな? 廃校阻止の為に」
「す、すごい…当たってる! その通りです!」
「はは、良かった。ここまで言って外れたら恥ずかしいからね」
口を挟む隙も穴もない。立て板に水、とは正にこの事だ。
思わず穂乃果は彼に向かって拍手してしまった。
ことりも海未も彼の流暢に話す様子に一瞬聞きほれてしまったほどである。
「まるで漫画に出てくる探偵さんみたい…」
と、ことりがポツリとつぶやいた時だった。
神社の境内の方から声がする。
「吾郎ちゃん」
三人が横を向くと、社務所の影からひょっこりと一人の女の子が現れた。
「あ、希先輩?」
穂乃果達が通う音ノ木坂学院の生徒会副会長の、東條希だ。彼女はここでバイトをしていて、朝は境内を掃除する彼女と何回か顔を合わせている。
と、目の前にいた青年は何事も無く彼女に向かって話しかけていた。
「やあ希ちゃん。こんにちは」
「また日向ぼっこ? お参りもせんで参内するような人、吾郎ちゃんくらいなもんやで?」
「トレーニングのために来る人も、彼女たちくらいだと思うけど」
「この子らはええの。後輩やし、君と違ってちゃんと毎日お参りしとるから」
「相変わらず手厳しいなぁ」
穂乃果達が目を丸くしているのを横に、二人はいつもと同じような感覚で会話を続けている。
あれ? 希先輩、この人のこと知ってる?
と、穂乃果が聞く前に、海未が希に向かって訪ねていた。
「……あの、希先輩、お知り合いですか?」
「ん? ああ、そう言えば、会うのは初めてやったね。カレ、都内の進学校の三年生で、明智吾郎くん」
「あ、自己紹介が遅れたね。初めまして、明智吾郎と言います」
そう言うと、青年がまた朗らかに笑いながら軽く頭を下げる。
あっ、と、ことりが両手を合わせて声を張りながら言った。
「それって…もしかして、最近よく聞く高校生名探偵のっ」
「ことり、知っているのですか?」
「あ、私もテレビとかで見た気がする。『探偵たまご』の再来って!」
「それ、多分『玉子』やのうて『王子』やね」
穂乃果が間違えたのは『探偵王子』と呼ばれる少し前に有名になった、私立探偵『白鐘直人』である。
高校生ながらにして多くの難事件を解決し、数年前にとある田舎町で起こった奇怪な連続殺人事件の犯人逮捕にも活躍したという噂もある程の天才児が、話題になったことがあるのだ。
彼…『明智吾郎』は、その人物を彷彿とさせる知性とカリスマ性で一躍人気となっている名探偵なのである。
「あ、あはは、ご、ごめんなさい」
「いや、いいよいいよ。確かにまだ卵みたいなものだから。あ、これ名刺。最近作ったんだけど、よかったら」
「おお……!」
そう言って差し出された名刺には、横書きでプリントされた彼の名前が印字されていた。名刺と言うものを渡されるのも初めてだが、目の前に自分とそう変わらない歳でテレビにも出たことのある人物が立っているのはただ単純に憧れるし、興奮した。
「なんか凄いっ。芸能人みたい!」
「そんな大したものじゃないよ。さっきも言ったように、素人に毛が生えた程度の駆け出しさ」
「そんなこと言うて。この間も女の子たちに囲まれてたやないの」
「『囲まれてた』って?」
「吾郎ちゃんのファンのこと。最近テレビにも沢山でとるし、一時この神社に人だかりが凄かったんよ、出待ちの子で溢れかえってて。最近来ないのも、それでやろ?」
「まぁ……宮司さんは何も言わなかったけど、流石に神様相手に迷惑はかけられないからね」
そう言えば、近所でやたら人だかりが多かった時期が少し前にあったような…
自分と同い年の女の子から主婦まで女性陣が詰めかけて、一体何かと思った。彼目当ての追っかけだったのだ。
「すごぉい……」
苦笑する明智を見て目を輝かせる穂乃果。
世俗の流行りごとには疎い海未も、名刺と本人を見比べては感心しながらしきりに頷てる。
「僕なんて大したことないよ。彼女の方こそ、僕の分からないことまでバシバシ当てちゃって。希ちゃんが本気出したら、僕は廃業だね」
「せやから言うてるやろ。ウチはそう言う事に占いはやらへん、それは吾郎ちゃんの仕事やって。ウチにわかるんは、今日の君の目当てくらいやな」
はい、希は持っていた紙袋を彼に差し出す。
目を輝かせながら、明智はそれを受け取って中を見た。
「あ、これ頼んでた奴だね! ありがとう! 僕、ここのどら焼き大好きなんだ」
「…ウチは巫女さんやで。通販サイトでも運送屋でもないんやけど」
「そう言わないでよ。あそこの店、取り置きしてくれないんだ。でもよく分かったね、今日僕が来るって」
「せやから、わざわざ買うておいたんやで。今日あたりに来るって、星が言うとったから」
「星ねぇ」
くすくすと笑う明智に対して、希は困ったように笑い返す。
一瞬ポカンとなって、穂乃果は二人の様子を見ていた。この二人、昔からの知り合いなんだろうか?
音ノ木坂は女子高だから男性と触れ合う時間が短い。たまに他校の男子と付き合っているクラスの子の話を聞くとそれだけで話題になるほどだ。
会長の絵里に次いで生徒からの人気が高く、その私生活の殆どが謎に包まれている不思議系スピリチュアル少女、東條希。その一面が垣間見れたのは良いことだが、まさかこんな有名人と知り合いというのはまたも意外な事実である。
彼女は一体何者であろうか……そんな事をぼんやり考えていた時に、希がこちらに声をかけていた。
「……あ、そうや。三人とも」
「はい?」
「朝、チラシのこと話しとったやろ」
「チラシ?」
明智がふと自分たちの鞄から顔を覗かせているポスターを一瞬見る。
あぁ~、と昼間のことを思い出しながら苦笑いを浮かべる穂乃果。
それを見て疑問符を浮かべる二人に、実は…と海未が代わりに説明してくれた。
「なるほど、お店に置きチラシを…あー、それは難しいだろうねえ」
話を聞いて、初めて明智は難しい顔をしながら視線を泳がせていた。お店を巡り巡っていて成果なしの自分達と同じ顔つきである。
「そうなんです……A-RISEではなくても、他のグループのポスターが貼られてたりして」
もう少し活動範囲を広げようかと考えている、と話したところで、希がポン、と手を打った。
「吾郎ちゃんに頼んでみたら? こう言うの顔が利くから」
「え?」
その突然の提案に、明智は目を丸くして驚いたように希を見る。
「吾郎ちゃん、お店巡りが趣味って、前に言うとったやん。隠れた名店とか、それなりに詳しいんと違う?」
「あ、ああ。そう言えば。そう言ったね」
「え? そうなんですか!?」
「うん、まあ…」
「それじゃあ、どこか良いお店とかありませんか!?」
穂乃果が食い入るようにして明智に詰め寄る。これこそまさに天の助けだ。
巷で噂の探偵の紹介なら、もしかしたらここから一発逆転あるかもしれない。
一瞬で天高く舞い上がったが、地に叩き落されるのも一瞬だった。
「あー……その……大変言い辛いんだけど……」
「はい?」
「えっと……そういうお店は、もう既に知り合いに紹介してしまってて…」
「え…?」
目を泳がせながら、気まずそうに言う明智。
出来るだけ、言葉を選んで穏便に優しく言ってあげようという心遣いが読み取れた。いや、見えてしまった。
「さっき、言ってたでしょ? 殆どのお店に張られていたって。実は、最近テレビ収録があって、その時の縁で知り合ったスクールアイドルに、同じ話をされたんだ。それで……」
「ま、まさか…」
ごくりと息を飲む海未。
ぶっちゃけ嫌な予感しかしない。
「うん。お察しの通り、A-RISEにね」
「…」
なんてこったい。
こんな風に謎を解いてほしくなかったよ探偵王子様。
つまるところ、話は単純だ。
あれだけお店を回っても一発のヒットもないというのも考えてみれば変な話だ。
幾らA-RISEの本拠地と言っても、秋葉原のお店全部にチラシを置くのは難しい。誰か本人以外の、それも外部に協力者がいたと考えるべき。
つまり……
「じゃ、じゃあ、アキバのお店がA-RISE尽くしだったのは、もしかして……」
「ああ、うん……僕のせい、ってことになるのかな……」
「がぁーんッ!! そんなあっ!」
がくりとその場に膝をついてうな垂れる穂乃果。
とんでもない話だった。目の前に現れたのは救世主……かと思いきや、商売敵……もとい、目標としているトップスクールアイドルの宣伝隊長だ。
何という皮肉、なんという滑稽。
これじゃ完全なピエロだ。
「ご、ごめんよ! まさか、こんな事になるとは思わなくて」
すまなそうにしゃがみ込んで穂乃果に声をかける明智。
慌てて海未が横からフォローを入れた。
「い、いえ、気にしないで下さいっ。間が悪かったというか、偶然ですから」
「まさかのダブルブッキングなんて……!」
「仕方ないよ、穂乃果ちゃん……考えてみたら、同じこと思った人がいてもおかしくないし」
「そうだよね……そりゃそうだよね…」
ことりが、この世の悲劇を一身に受けたような穂乃果の背中を優しく撫でる。
掌の温かさが背筋に伝わって、はらはらと落涙しそうだった。
優しさと愛しさと切なさが今は痛いよ、ことりちゃん……
「…参ったなぁ」
その様子を見て、さすがに明智も顔に罪悪感の様なものが浮かんでいた。と、後ろから冷やかに希がため息交じりに呟く。
「吾郎ちゃん…」
「い、いや、仕方ないじゃないか。僕だって何とかしてあげたいけど、でも……あ」
「あ?」
「いや…そうだな。アリと言えばアリか」
ふと何かを考え込み思考を巡らせ始めた明智。何やらブツブツと二言三言呟くと、すぐに三人に向かって言った。
「どうしたんですか?」
「置いてくれそうな雰囲気のお店なら、心当たりがあるよ。僕も最近見つけたばかりなんだけど、多分あそこなら、どのグループも手付かずだと思う」
「本当ですか!?」
がばっと起き上がって食い入るように明智を見つめる穂乃果。その眼には先程のまで落ち込んだ気持ちは微塵も見受けられない。呆れるほどの変わり身の早さに明智は少し驚きながらも、平静を保って続けた。
「ただ、ちょっとここから離れちゃってるんだけど、それでも良いかな?」
「大丈夫です!」
そう言うと、穂乃果はことりと海未を交互に見て、微笑んだ。拳を握りしめる。小さいが、確実な一歩だ。
これを機にどんどん増やして…と、上手くいかないかもしれないが、何か掴めるかもしれない。
確かに、三人が彼と知り合えたのは僥倖だった。
これをキッカケに、μ‘sが大躍進を遂げていく。
・・・・・・・・・・
「ここかぁ」
スマホに映し出された文字と、目の前にある店を交互に見比べる。
近くのお巡りさんにも教えてもらったし、目的地で間違いないだろう。
「喫茶ルブラン。なんか良い雰囲気かも」
『四茶の駅の近くに、小さな喫茶店があるんだ。そこのマスター、無口だけどいい人だから、根気よく話せば協力してくれると思うよ』
そう言われて、明智から教えてもらった住所をメモし、翌日の放課後に四軒茶屋まで行くこととなった穂乃果。
本当なら三人で活きたかったのだが、海未は弓道部の練習があり、ことりも次の衣装やらポスターのデザインやらを決めるための買い物に行くと言って、結局一人で向かうことにした。
「私一人っていうのが不安で心細いけど……だいじょーぶ! まずは当たって砕けろ!」
一番不安で心細そうな顔をしていたのは穂乃果ではなく海未だったが、それを彼女本人が知る由もない。
何はともあれ、まずはマスターに会って相談してみることだ。先日のチラシ巡りで、コツは何となくつかんだし、大丈夫、何とかなる。
意気込み、喫茶店の扉を開けた。
「ごめん下さーい」
カランカラン、という音とともに踏み込んだ穂乃果を迎え入れてくれたのは、煎ったコーヒー豆の香ばしい香りと、何やら鼻をくすぐる美味しそうで華やかな香り。
エスニックというかオリエンタルというか、ワクワクすると同時に気持ちが穏やかな……ああ、良い気持ち。
と、穂乃果がその匂いにうっとりしていると、店の奥からトタトタと歩く音が聞こえてくる。
「あ、はい、すいません。今ちょっとマスターが」
と、低い声で奥から一人の青年が顔を出した。
ただ白いシャツに緑のエプロンをつけたその姿を見た時、今まで嗅いだ香りが一瞬で吹っ飛んだのを感じた。
「……あるうぇっ?」
「え?」
こんな偶然があるもんだろうか。夢中と思って自分の頬を引っ張って見たくなる。
目の前にいた青年は、あの時、渋谷で迷子になり、桜が舞う音ノ木坂の校門前でチラシを受け取ってくれて、そしてお客さんが一人も来なかった講堂に友達と来てくれた、あの眼鏡の高校生だった。
・・・・・・・・・・
お店には『CLOSE』の看板が掛かっていたのだが、どうやらそれを見落としてしまったらしい。自分も客商売をしているのだからわかりそうなものだが、失敗失敗、と頭を掻いて苦笑しながら謝った。
大丈夫ですよ、と彼は短く応えると、カウンター席まで通してくれた。
「いやぉ、びっくりした〜。まさかお客さんのお店だとは思いませんでした…」
「俺も、こんな形で会うのは考えませんでした……どうぞ」
と、彼は冷水の入ったグラスを差し出してくれた。それなりに慣れた手つきだ。
「あ、どうも。ありがとうございます」
それを少し口に運ぶと、ひんやりとした感触と水気が渇いた喉を癒してくれた。はー、と息を吐いたところで、彼がこちらを見て少し申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。今、マスターが出かけてしまってて。すぐ戻ると思うんですけど」
「あ、もう全然大丈夫です。気にしないでください」
慌てて手を振った。
考えてみれば今の時間、この手のお店はだいたいが休憩時間である。
店の人はご飯を食べたり、必要なものを買い出しに出かけたり、あるいは夜の仕込みをしている……しまった、お店の人ってそういう時に来られても困るよね……う~ん、前もって電話しておくべきだった……あ、やば、これ海未ちゃんが居たら怒られるパターン……
「どうかしました?」
「あ、い、いえ、大丈夫です。すみません、こんな変な時間帯に来ちゃって」
「ああ、いえ、気にしないで下さい。どうせ俺しかないから」
「あ、あはは。そうですか?」
脳内で暴れる海未を何とか手なずけながら、穂乃果は笑顔で務めた。
優しそうな人でよかった。いや、実際優しいんだろう。私達のライブにわざわざ来てくれたのだから。
「あの」
「?」
「あの時はありがとうございました。ライブに来てくれて」
「いや、こちらこそ。とってもいいもの、見させてもらって」
「いえ、そんなこと。まだまだ練習不足だし、皆が来てくれたから、何とか頑張れたようなものですし」
えへへ、と穂乃果は笑いながらふとお店を見渡した。
「……ここ、いいお店ですね。落ち着いてて、ホッとする感じで」
「ありがとうございます」
入る時に感じた印象をそのまま告げる。
お店の内装こそ、ごく普通の純喫茶だが、ソファやテーブル、カウンターも綺麗に磨かれているし、奥の棚に並べられたコーヒー豆の入ったビンも趣が感じられる。
こういう個人経営ならではの感覚は好きだ。
「お客さんは、ここで…って、今ここでお客さんって言うの、変ですよね」
「ははっ、そうですね」
(あ、笑った……この人、こんな感じで笑うんだ…)
青年ははにかんだように笑っただけだったが、不思議と嫌な感じはしなかった。初めて会った時から表情の変化が余り少ないような感じだったが、別に無愛想という感想は持たなかった。むしろなにかこう……秘めている様な
(考えすぎかな…あ、そうだ)
「名前、言ってなかったですね。私、高坂穂乃果。音ノ木坂学院の2年生です。よろしくお願いします」
「ああ、俺は私立秀尽学園高校の2年、雨宮蓮です。よろしく」
挨拶に合わせて、青年…蓮と名乗った彼はぺこりと頭を下げる。
意外な言葉に、穂乃果は驚いた。
「え、じゃあ同い年ですか? 大人びてたから、先輩かと思ってた……」
「そうですか?」
「そうだよ。今だって、すっごい落ち着いた雰囲気で…って、あ」
くすりと笑って、蓮はお冷のおかわりを注ぎながら言った。
「気にしないでください。今は高坂さんがお客様ですから」
「…そう? それじゃあ、私も敬語使わなくて大丈夫だよ。同い年なんだし」
「……それじゃあよろしく、高坂さん」
「こちらこそ、雨宮くん」
そう言って手を差し出すと、蓮はゆっくりと手を差し出して、握手する。考えてい見れば、同年代の男の子の知り合いなんて久しぶりにできた気がする。小学校以来だろうか。
『次のニュースです。先日、都内で起きたの地下鉄暴走事件で、国交省には大きな波紋が広がっています。自栄党青年部代表の獅童正義氏は、この件に対し…』
「えっと……雨宮くんは、ここでバイトしてるの? 田舎から出てきたって言ってたけど」
テレビから流れてくる何だか堅そうな、自分とは縁遠く感じる世界のニュースを耳に流しながら尋ねると、いや、と苦笑しながら蓮は答えた。
「ここは俺の下宿先。面倒を見てもらってるお礼に、たまに店の手伝いをしてるんだ」
「下宿ってことは、もしかして一人?」
「まあ、一応は」
「へえ〜、偉いねぇ」
心の底から自然と出た本音だった。
「実家から一人でしょ? ご飯とかお風呂とかどうしてるの?」
「こういう日はマスターが賄い用意してくれるけど、それ以外はコンビニかな。風呂は、近くに銭湯があるから、大体そこで」
「ほへぇ〜、なんか大学生みたい。私なんて朝一人で起きるのも大変なのに」
「俺も朝は苦手だよ。必要に迫られて、仕方なくかな」
「大変だねぇ」
自分だったらまず不可能だという自慢にもならない絶対の自信があった。
今言った以外にも確実に何かをやらかし、何故か海未にお説教される図がありありと浮かんだ。
離島や過疎地に住んでいる場所ではそう珍しくないというのを祖母から聞いたが、高校生から東京まで来る人を間近に見るとは思わなかった。
「…どうしてわざわざ東京に来たの? 進学のため、とか?」
「……」
「雨宮くん?」
「まあ、そんなところかな。就職するにしても、こっちの方が何かと有利だから」
「そっかぁ」
一瞬の沈黙の後、蓮は答えた。
穂乃果は敢えてその垣間見えた「何か」を聞かないようにした。
確かに…あれ?
今何か、大事な事を見落としてしまったような気がする。
この時、一瞬過ったこの想いを、そう遠くない未来で、再び思い出すことになるが、まだそれを語るには時間が要る。
なので穂乃果はこの時、ごく自然と彼の言葉に合わせて話を進めていた。
「けど、家族と離れて寂しくない?」
「…まぁそういう時もあるけど。でも、悪いことばかりじゃないよ。友達も出来たし、それにスクールアイドルなんて地元じゃ絶対見られなかったから」
「え、あ、そ、そう?」
そう言って微笑を浮かべる蓮。自分のことを話題に振られたというのに気付くには少し時間が掛かってしまった。
「あの後、一緒にいた二人ともよく話すんだ。すごい良かったし、これからも応援したいって」
「え、ほんとに!?」
「うん」
「い、いやぁ、て、照れちゃうなぁ、そう言ってもらえるっていうのは…」
はにかみながら、えへへと頭を掻く穂乃果。
あの後、反省会もしたし、実際に感想をゆっくり聞く機会もなかったから、こうして改めて意見を聞けるのは嬉しかった。お世辞でも、素直に喜べる。
「ん? あれ、ってことは」
と、言うよりも……今、自分の耳が正しかったとすれば……
「そ、それじゃあ、もしかして……これからもライブとかあれば、観に来てくれたりとか?」
「もちろん、是非」
「えっと…」
落ち着けー、落ち着けぇー、わたしぃ~…
ここは慎重に言葉を選ばないと……
しかし高坂穂乃果の頭の辞書に冷静という文字はあっても、本人が滅多に辞書を引かないために表には出てこない。
流行る気持ちを抑えられずに恐る恐る尋ねた。
「つまりそれって…私たちのファン………ってことで、良いのかな…?」
「…あ、ああ、うん。そう言うこと、になるかな? 高坂さんたちが良ければ、の話だけど」
おずおずと出たその言葉に、天国への扉が開かれたような気がした。今度こそ聞き間違いではない。
ライブを良いと言ってくれた。また来るとも言ってくれた。
そして、そして…
「…やった」
「え?」
「やったぁ!! ついに初めてのファン獲得だよぉ〜! ありがとう! そしてありがとう!!」
勢いよく跳ねあがって、椅子から跳び上がるように立った。その場でクルクルとバレエのように回転した。
いきなりの変化に蓮は一瞬後ずさるが、そんな事を気にしないぐらいに舞い上がっていた。
ファン。ファン、ファン!
この言葉をどれだけ待ち焦がれていたことか。あの日秋葉原でA-RISEを見た時のような、彼女達に惹きつけられていた多くの人たち…あんな風に自分たちを見てくれる人がここにいる! しかも三人もだ! こんな素敵な事は無い!
「え、あ、え、えっと」
「ああ、この感動、誰に伝えよう!? あとで海未ちゃんとことりちゃんにも教えないと!」
「あ、あの…」
「これからもライブとか見に来てね! 絶対待ってるから! なんなら特典でウチのお店のお饅頭もつけちゃう!」
「もしもーし…」
声をかける蓮をよそに、一人はしゃぎ続け、感動の海に溺れる。それは思わず蓮の手をぎゅっと握りしめて、そのままブーンブーンと振り廻すほどだった。
いきなり異性に手を握られては、おまけに急にこんなはテンションになられたら戸惑う。慌てて声を掛けようとした時だった。
「あの、高坂さ」
「おい、うるせえぞ。外まで聞こえるじゃねえか」
「あ…」
カランカラン、とドアが開くベルが鳴り、蓮の視線は入口の方へ移動する。その先には彼が待っていた人物の顔があった。
「やった、やった!」
「一体何騒いでやが…?」
「やっ…へ?」
右から聞こえた音と声にふと我に返って穂乃果も入口を見つめる。
そこに立っていたのは、ワイシャツに蓮と同じエプロンを着た中年の男が一人、気難しそうな顔をしてじっとこちらを見ていたのだった。
「……」
「……」
さっきそのままの姿勢で固まる二人。
目の前に現れた男性、純喫茶ルブランのオーナー兼マスター、佐倉惣治郎はじいっと二人を観察していたが、ややあって目を丸くしながら穂乃果を指差し、素っ頓狂な声を上げた。
「…え、カノジョ? お前、いつの間に作ったの?」
「違います」
・・・・・・・・・・
蓮が即答してくれたおかげで取り敢えず誤解は解けた。
穂乃果は改めて挨拶をし、どういういきさつで彼と知り合い、またここへ来た理由をかいつまんで説明する。
無愛想っぽい第一印象と違い、意外にも惣治郎は穏やかに、それでいて気さくに話を聞いてくれた。
「ふーん……スクールアイドルねぇ」
穂乃果が渡したスクールアイドルについての特集が組まれた雑誌を読みながら、しみじみと惣治郎は首を傾げたり頷いたりを繰り返している。
「今時、何が流行るかわかんねえもんだな。俺の若え頃のアイドルなんつったら、文字通り偶像っつうか、とても手の出せねえ高嶺の花だったんだが、まさか自分たちでなっちまうとはね」
「でも、今はとっても大人気なんです。これのおかげで入学希望者が増えたところだってあるんですよ!」
「そりゃ大したもんだ。で、ライブで知り合ったって話だったが」
惣治郎は顎を撫でながら、蓮を指で招きよせると、彼の耳元で囁いた。
「……本当に彼女じゃねえのか? こっそり連れ込んだとかじゃなくて?」
「違います。知り合って二週間くらいで、会うのは4度目です」
「…そうか」
何やらぼそぼそと話しこんでいるが、良く聞きとなれない。じぃーっと彼等を見ていると、慌てて惣治郎は咳払いをして向き直った。
「えっと、それでお嬢ちゃん達は廃校の危機を救うためにアイドルをやって、生徒数を増やそうって訳か?」
「はい! その為にも、是非こちらのお店に、チラシとかポスターとか、置かせていただければと思って……お願いします!」
「…ふうん」
勢い良く頭を下げる,
眼鏡の位置を直しながら雑誌や穂乃果を交互に見比べる惣治郎だったが、不意に蓮が口を開いた。
「……あの、俺からもお願いします」
「あん?」
「俺も彼女達のライブを観て、本気で応援したいと思いました。俺なんかが頼める立場じゃないのは分ってますけど……どうか、お願いします」
そういうと眼鏡を掛けた青年も同様に頭を下げる。
不思議な縁でまた会うことができたとはいえ、殆ど付き合いのない自分の為にここまでしてくれることに、じんと来てしまった。
まさかこんな風にまで思ってくれていたなんて思わなかった。
もしこれでダメだったらどうしよう……
「……構わねえよ」
「え?」
「いいんですか!?」
ポツリと出たその苦笑を聞き間違える筈もない。パァと顔が明るくなる穂乃果に対して、惣治郎は苦笑しながら雑誌を返す。
「ただし、ウチは見ての通りしがねえ個人経営の純喫茶だ。客も常連の中年層しかいねえ。どれだけ効果があるか保証できねえが、それでも良いかい?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
がばっと満面の笑顔を浮かべながら再び頭を下げた。
まさかこんなに上手く行くとは思わなかった。今まで断られ続けた反動だろうか、初めてオーケーを貰えたことに舞い上がりそうになる。
蓮もゆっくりと頭を下げてお礼を言った。
「……ありがとうございます」
「別にお前の為じゃねえ」
ルブランのマスターはポリポリと頭を掻く。
「女の頼みは断らねえのが俺の流儀だ。それに……俺もあそこがなくなるのは気持ちのいいもんじゃねえからな」
「はい?」
「なんでもねえよ。それより……穂乃果ちゃん、だったっけか?」
「え、はい」
「コーヒー飲めるかい?」
「あ、はい、大好きです」
急に名前で呼ばれて戸惑いながらも、穂乃果が真顔で頷くと、惣治郎は面白そうに笑いながら微笑んで言った。
「なら良かった。お前この子にコーヒー淹れてやれ」
その言葉に蓮の顔に一瞬嬉しさが浮かんだように穂乃果には見えた。
その前に惣治郎が腰に手を当てながら言った言葉に、とても興味が沸いていた。
コーヒーを淹れると言うと、喫茶店でバリスタがやる、あれだろうか。
「…良いんですか?」
「そこそこの腕にはなったからな。知り合いに味見てもらうにはちょうどいいだろ」
と、そこまで言うと惣治郎は携帯を取り出す。メールの着信があったらしい。画面をしばらく見ていた彼は、首を傾げて唸り声を上げたかと思うと、すぐにポケットへ仕舞った。
「すまねえな。ちょっと用事が出来た。俺はまた少し出るぞ……じゃあ、今度チラシとやら持ってきな。場所作っといてやるよ」
「あ、あの! 本当にありがとうございました!」
ん、と惣治郎は頷きながら手をひらひらと振って、店を後にする。
カランカランという音が鳴り響き、それが過ぎ去ると、ようやく自分の身に起こった出来事を顧みる余裕ができた。
「……いやぁ、良かったぁ。まさかこんなに上手くいくとは思わなかったよ」
そう言って再びカウンターの椅子に腰かけると、自然と笑みが零れた。
自然と目はついさっき自分と一緒にお願いしてくれたファン一号へと向けられる。
「雨宮くんのお陰だね!」
「俺は何も」
「そんなことないよ。一緒に頼んでくれたでしょ? やっぱり持つべきものは良きファンだね!」
「……」
「?」
蓮は応えない。ただ微笑を浮かべてこちらを見てくるだけ。
私何か変なこと言ったかな?
そんな風に首を傾げていると、蓮は苦笑しながらメガネをかけ直した。光の反射で瞳の奥は上手く読み取れなかったが、悪いものではなかった気がする。
「何でもないよ。それより、そこに座って。今コーヒー淹れるから」
「え、い、いいの?」
「ああ。マスターに教わって練習してるんだ。まだまだだけど、味見してもらえるかな? 高坂さんが、最初のお客さん」
そう言って彼はカウンター奥に置かれている器具の様なものを置き始めた。コーヒーを淹れる用具なのだというのは穂乃果も何となく察しが付く。
喫茶店で本格的なコーヒーを味わうのは初めてだし、遠慮するのも逆に失礼かもしれない。ここはお言葉に甘えちゃおう。
「うんっ。じゃあ、ご馳走になろうかな」
「ありがとう。それじゃ、ちょっと待ってて」
そう言うと彼はビンを取り出すと、そこからスプーンで台に乗った丸皿のような容器に豆を入れていく。
と蓋をして、一番上に付いた取っ手を回し始めると、豆を削り砕く音と共に香ばしい香りが再び穂乃果の鼻をくすぐった。
テレビで見たことがある。あれだ。豆を挽くヤツだ。
コーヒー豆とは挽くとこんなにいい香りがするものなのか。
少し楽しくなってくる。
「…よし」
挽いた豆をフィルターに移し、淹れる準備を整える。
お湯の温度を目盛りで測っていたが、いい塩梅になったのか、彼はヤカンを持ち上げて、ゆっくりと粉の上にお湯を注ぎ始めた。
「砂糖とかミルクはいる?」
「あ、ううん、平気、苦いの割と好きなんだ」
「そうなの?」
とと
一回目のお湯を注ぎ終えた蓮が尋ねると、穂乃果はえへへと少し得意げに答えた。
「ウチ、実は和菓子屋さんなの。ほら、甘い和菓子って、苦いお茶が一緒でしょ? だから結構昔からお茶とかコーヒーは飲んでるんだ」
「和菓子屋さん?」
「揚げまんじゅうが美味しいんだよ。神田にあるから、よかったら一度来てみてね」
「うん。そうするよ」
実際は味に飽きて、色々バリエーションを付けようとコーヒーと合わせて飲んだだけなのだが、それは黙っていることにする。
「…」
「…」
じんわり、暖かで、穏やかに流れていく時間。ここだけ切り離された空間のような、独特の感覚を覚えながら、穂乃果は蓮の手つきをじっと見ていた。まだ少したどたどしいが、それでもコーヒーに集中しているのが分かる。
何処か、父の和菓子を作る手さばきを思い出すような、そんな雰囲気だった。
「できた」
やがて何度目かをお湯を注ぎ終えると、蓮はドリップされた中身をカップに少しだけ移し、それを口に運ぶ。
目を瞑りながらうんうん、と何度か頷くと、別のカップに茶がかった黒い液体を注ぎ入れ、穂乃果へ差し出した。
「どうぞ」
「おお~……いい香りがするね」
「ルブランのオリジナルブレンドです」
「じゃあ、頂きま~す」
取っ手を持って口元へ運んでいく。と、蓮と目が合った。
い、いやいや、そんな風に見つめられると、飲みにくいよ?
確かに他人に初めていれたコーヒーの味がどんなものなのか、それは気になってしまうだろうが…そう言えば、お父さんも新作の和菓子を試食させてくれる時は黙ってじいっとこちらを睨むように観察する。まあ、あれに比べればましか。
一瞬のうちにそんな事を考えつつも、ゆっくりと口の中に蓮の淹れたそれを含んだ。
「…」
温かい、それでいて柔らかな香りが鼻を吹き抜ける。苦みや酸味も程よく抑えられて、僅かに甘い風味が口当たりを良くしている。
初めてこの店に入った時に飛び込んできた臭いはこのコーヒーの味だったらしい。
「どう……かな?」
「何だか……安心する」
穂乃果の口から出た言葉は短かった。
「ホッと一息って言うか、安らぐって言うか……これ飲んで落ち着いたら、また頑張ろう! っていう気持ちになれるような……そんな感じかな」
ボーっと、コーヒーに映った自分の顔を眺めながらそんな言葉を口にする。
安らぐ。それは自分の胸の中の素直な気持ちだった。もちろん美味しいことは美味しいけれど、それよりももっと優しい感触が自分の心の中を撫でてくれるような気がする。
「……」
と、蓮が沈黙しているので、慌てて穂乃果は我に返った。
しまった。もしかして私、変なこと口にしちゃったかな? もしかして通ぶって訳わかんないこと言っちゃった?
「い、いや! そ、そう言う話じゃないよね、これっ」
あはははは、と苦笑しつつ、再びコーヒーを飲む。しかし慌てて飲んだせいか、あれ程素直に出た言葉が、ちっとも今度は上手く再現できない。うひゃあ、どうしよう。
「ご、ごめんね。私、好きは好きなんだけど、味の評価とは、こういうの苦手で」
「ありがとう」
「え?」
「とっても嬉しいよ」
唐突に出たその感謝の言葉に、一瞬キョトンとして彼を見る。それはさっき見た時とも違う、彼の笑顔だった。
味を褒められたから安心した…のとは少し違うような気が一瞬した。そういうのじゃない…もっと何か…救われた、みたいな、雰囲気で…。
「お代わり、いかがですか? お客様」
「あ、うん、いただきます!」
しかしそれは一瞬だった。
微笑みながらコーヒーの入ったサーバーを手に取った彼を見て、すぐさま飲み干したカップを差し出す。
再び穏やかな時間が流れていく中で、穂乃果は結局彼のコーヒーを二回おかわりしてしまった。
これが、これから先で何度も口にする彼の味。蓮のくれた、苦く甘く、それでいてたおやかな時間の流れを味わいながら、穂乃果は一瞬だけチラシやμ‘sのことは忘れ、ただ朗らかな春の陽気さと不思議な空間に浸る。
スクスタ、上級Sランクがエグすぎるでござる。
ただまぁ、個人的には音ゲーの才能が死ぬ程皆無なので、育成式で音ゲー自体の難易度は低いの方が好きかも、とは思います。
神プレイしてる人は指6、7本あるとしか思えませんww
ともあれ、これで本格的に穂乃果と蓮が出会えました。
ここから他のキャラも絡んでいきます。