夏。僕は六畳一間のアパートの乾いた布団の上でごろごろしていた。
エアコンが壊れていてやたら蒸し暑い。布団より畳のほうがひんやりしているほどだ。
「あちー……」
まるで独房のような間取り――スチールデスク、クローゼット替わりのロッカー、布団、ちゃぶ台――のこの家は、近くにある大学に通うために借りた部屋だ。もっとも、今は中退してしまって通ってはいないけど。今日はバイトもなく、外に出る用事もなく、かといって家で何か暇をつぶせる道具があるわけでもないので、缶ビールをあおってこうして寝っ転がっているというわけ。
今ごろ、僕の後輩や同輩や先輩は夏休みを満喫しているところだろう。うちの大学は夏休みが長いから、まだまだ終わりを気にすることはないはずだ。毎日楽しんでんだろなと思うと、なんだかむなしくなってくる。
とある理由で大学を中退し、親とも絶縁して久しい。この独房からせっせと三つのバイト先に通い、月収十万以下でやりくりする日々。いい加減定職を探そうと思ってはいるんだ。
と、漠然と将来に重度の不安を覚えながら身じろぎ一つしないで暑さに辟易していると、携帯が鳴った。
着信元は
上半身だけ起こし、携帯を耳に当てる。
「……もしもし」
のどが掠れてうなっているような声しか出せなかった。
『あ、もしもしー?
「軽口たたく余裕はないけどね」
のんきに昼寝してたけど。
「何の用? またなんかめんどくさいこと?」
『面倒か面倒じゃないかはあなた次第です、ってことで。ま、やってもらうのは変わりないから。言い訳とかやめてね。どうせ暇なんだし』
僕の姉はこんな風に、少々、というかかなり強引だ。僕が暇なのをいいことに、こうして無理な依頼を押し付けてくる。
この前は旦那の浮気の証拠集めをしてくれ、なんて探偵じみたお願いだったけど、今度は何なんだろう。
『夏休みの間、うちの子預かってくれない?』
「……
姉の娘、つまり僕にとっては姪に当たる。ちなみに小倉というのは旦那の方の姓だ。
『旦那が海外出張、私もちょっと旅行に行くから、小町が一人になっちゃうのよ。連れてこうと思ったんだけど、どっちについていくかでもめちゃってね』
ひどい家庭だ。普通じゃ離婚騒動のときにするもめ方じゃないか――というのは黙っておいた。
「ずいぶんひどいね。というか八月いっぱい旅行?」
『我が家の内実はどうでもいいとして、アンタ暇でしょ? 八月中はうち使っていいから、面倒見てね。よろしくー』
僕が何か言う前に切られてしまった。
物言わぬ電話を耳から離すのもおっくうで、僕はその態勢のままもう一度寝転がった。
しばらくそうしてから、バイト先に電話する。急な家庭の事情で一か月ほど休むと伝えると、長く勤めている古本屋の店長は快く、最近始めた飲食店と事務勤めからは嫌そうに承諾の返事が返ってきた。シフトに影響が出そうな同僚にはあとで謝罪しておこう。
*
というのが、僕こと
中学の入学式ぶりに会った小町は、もうだいぶ成長していた。身長こそ150㎝くらいだが、もう幼さは感じられない。
僕と駅で会ったとたん、小町の姉に似て凛とした顔つきに、屈託のない笑顔が浮かんだ。
「や。久しぶりだね、小町」
「うん、久しぶりー……変わんないね、唯人くん」
「そういう小町はずいぶん変わったよね。身長は……分からないけど」
「む! これでも五センチは伸びたんだぞ!」
なんとなく、よかったなと思う。見た目は変わっても、中身はいつもの小町のままだ。
六畳一間の独房から出所して、八月中はこの素晴らしい戸建て(新築二階建て風呂トイレ有りテレビエアコンインターネット完備)で過ごせることになった。
子守りといっても赤ん坊ではない。小旅行だと思って、僕もこの一か月を満喫することにしよう。
そう思っていた。