雨が降った時、男はいつもその傘を使う。


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ここまで文字数の少ない短編を書いたのは初めてです。ぶっちゃけ物語になってるのか怪しくすらあります。



愛用の傘

俺には愛用の傘がある。

 

平日──言わば仕事がある日。その日に雨が降っていると俺は必ずその傘を使う。家から仕事場に向かうその道のりで濡れることを避けるため、俺はそうするのだ。

そして仕事場から家に帰る時も、雨が降っていればその傘を使う。

その傘は何とも大きく、そしてとても可愛らしい傘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平日に雨が降っていると彼女は必ずそこにいる。玄関を開けたその先、すぐ目の前。そこに彼女は立っているのだ。

まるで壁に立て掛けられた傘のように。彼女はじっと俺を待っている。

 

「おはよう、小傘」

 

仕事へ行くため、玄関を出て現れたのは、水色の髪を持つ一人の少女。名前を『多々良小傘』。もう知り合って何年にもなる俺の友人だ。

一見、人間のように見えるが、本人いわく“人間に捨てられ、付喪神となった妖怪”なのだそうだ。そんな彼女の腕には大きな傘が収まっていた。

一つ目に大きな口、長い舌、下駄履きと言う、まさに化け傘といった外見の奇妙な傘だ。

 

「……おはよう」

 

俺は朝の挨拶をしたが、彼女はそれに返事をすることなく、ジトッとした目線で俺を見上げるばかりだった。その様子はどうにも少なからず怒っているようにも感じられた。

 

「なんだか不機嫌な気がするが……どうしたんだ?」

 

俺はなぜ彼女がそのような様子であるのか気になり、素直にそう尋ねた。

 

「……別に何でもない。じゃあ行きましょ」

 

しかしその答えは得られず、その代わりと言わんばかりに彼女は手に持っていた傘を無造作に開いた。バサリ、と空気を弾く音が雨音を打ち消し、俺の耳に潜り込んだ。

そして彼女は開いた傘をずいっと俺の方へと差し出す。俺はそれを受け取り、その傘の中に彼女が入ったのを確認すると、雨の降る空へと足を踏み込んだ。

雨の降る平日はこのようにして一日が始まる。傘の付喪神である彼女がこうして自宅から仕事場へと送ってくれるのだ。切っ掛けは忘れてしまったが、彼女と友人になってしばらくし、いつの間にかこの様な出来事が日常の一つとなっていった。

 

だが今日はいつもと違い、彼女の身に纏う空気が重苦しい。いつもは雨の湿気をものともしない、気さくな会話をしているのだが、どうもその切り口を見い出だせそうにない。

なぜ不機嫌なのかは分からないが、どうにかして彼女の機嫌を直そうと俺は自分の頭を最大限に使い、解決方法を模索する。

そうする中で、俺は仕事の同僚のある言葉を思い出した。

 

 

──女性を喜ばすには、その人の持ち物を誉めるのも手だ。

 

 

俺は今の現状を解決する為の最適解とも言える言葉を、過去から発掘できたことに安堵を覚える。きっと小傘の機嫌も良くなるに違いないと確信を持ちながら、俺はそれを実行することにした。

 

「小傘の傘は可愛らしいな」

 

「うえっ!? 急にどうしたの!?」

 

小傘は俺の言葉に驚愕の声を発する。驚きによって見開かれた目で彼女は俺を見上げる。

そう、小傘の持ち物と言えば傘。と言うことで俺は彼女の傘を誉めたのだ。彼女の反応を見るに効果はあったかと思われたが、しかしすぐに彼女の目はじめじめとしたいぶかしみの視線を俺に突き付け始めた。

 

「……ホントにそう思ってる?」

 

俺はその言葉を聞き、視線を頭上へと移し、自分の手に持っている小傘の傘を今一度、観察する。

“一つ目”、“長い舌”、“手元に下駄”。

なるほど、これは──。

 

「よくダサイって言われるんだけど……」

 

「やはりそうなのか? 俺もそう思っていた所だ」

 

俺が素直な感想を述べた瞬間、足に痛みが走る。どうやら小傘に足を踏まれたらしい。

彼女は機嫌が良くなるどころか、先程より一層不機嫌さを顔に刻み付けた。そして彼女はツンと俺から顔を背けながら、口を開いた。

 

「そんなダサイ傘なんて使いたくないでしょうね。私じゃなくてもう玄関にあるあの傘でも使えばいいじゃない」

 

──玄関にある傘?

 

一瞬、身に覚えの無い単語に疑問符を浮かべるが、それが何なのか直ぐに思い出した。しかしあの傘は俺が使うわけにはいかない。使えない理由があるのだ

 

「あれは友人の忘れ物だ。勝手に使うわけにはいかない」

 

そうあれはこの間、遊びに来た友人が忘れていった傘なのだ。来る時は雨が降っていたものの、帰る時には雨が上がっていた為に忘れてしまったもの。だからこそ、友人の傘を俺が勝手に使うわけにはいかない。

小傘にその傘の詳細を説明しようと、隣に視線を移した所で俺は思わず口をつぐんだ。先ほどまで刺々しかった小傘の雰囲気が鳴りを潜め、角の無いいつもの様子に戻ったからだ。

 

「……あれって、忘れ物だったの?」

 

「ああ。そうだが」

 

俺は簡潔にそう返す。

 

「なんだ、私てっきり(うわ)──ごほん!何でもない」

 

小傘が何かを言おうとしたが、それを誤魔化すように彼女は咳払いをする。

そもそも俺の家に傘が無いことは小傘は知っていた筈だが……。

もしかして忘れているのだろうか?

 

「小傘」

 

「何?」

 

「そもそも俺は傘を買う必要がない。お前がいるからな」

 

「き、急にどうしたの!?」

 

小傘は驚きの表情と共にすっとんきょうな声を出す。

 

「お前がいるから俺に傘は必要ないんだ」

 

「うえっ!?」

 

「俺の傘はお前だけだ」

 

「わ、分かったから! 分かったから口を閉じて!」

 

小傘は顔を真っ赤にしてうつ向いてしまった。そして手を前に組み、もじもじと粘土でもこねるように小さく指先を動かし始めた。

そのせいか、パタリと会話が途切れる。雨粒が次々と地面や建物に落ちる音が酷く強調されて聞こえてくる。

俺はこの音が好きだった。この音は言わばベルなのだ。俺の大切な友人が尋ねてくることを知らせるベル。彼女はいつもこの音と共に現れ、この音が去ると同時に消えていく。だから俺は朝起きた時にこの音が家の外から聞こえると、思わず胸を弾ませる。朝のちょっとした“小さな幸せ”と言うものだろう。こうして二人、傘の下で他愛もない言葉を交わらせることを俺は楽しみにしていた。

 

ふと俺は足を止めていないのにも関わらず、目を閉じた。耳には水の音ばかりが聞こえる。不思議なものだ。同じ水の音だと言うのに、一つ一つがこんなにも違う。雫が傘に当たる音。地面に当たる音。屋根に当たる音。そして俺の足音。小傘の足音。そのどれもが水によって成り立つ音だと言うのに、こんなにも違う。

 

──不思議なものだ。

 

俺が再びそう思った時だった。ふと俺の着物の裾がちょんちょんと引っ張られた。

俺は(まぶた)を押し上げ、その感触がした部分に目をやる。そこには小傘の小さな手があった。

 

「ねぇ。もうちょっとそっち行っていい? 肩が少し濡れちゃった」

 

小傘はそう言う。どうやら俺が場所を取りすぎていたようだった。

 

「ん、それはすまない。体をもう少し外へ寄せよう」

 

俺は小傘が傘の中心に来れるよう、彼女から離れようとしたが、しかしそれを引き留めるように再び着物の裾が引っ張られた。

 

「いいわよ。私がそっちへ行くから。そのままでいて」

 

彼女はそう言うや否や、俺の腕に自分の肩をピタリと密着させた。そして更に首をコテリとこちらに傾けさせた。

確かにこれなら小傘が濡れる心配はないが、狭くはないのだろうか?俺はそう思ったが、彼女がそれでいいなら俺が口を挟む必要はないかと、黙ってそのまま歩き続けることにした。

それからは無言だった。俺も小傘も何も話さず、ただ無言で歩き続けた。ふと小傘を見てみれば、彼女は眼を閉じていた。眼を閉じて嬉しそうに微笑みながら、うっすら頬を血色良く染め上げていた。

もしかすると彼女も耳を澄ませているのかもしれない。雫の音。雨の音。水の音。それらをより取り入れる為に彼女は視覚に蓋をしているのかもしれない。

もしそうでなくても、俺のやることは変わらない。彼女が目を閉じているなら、俺は目を研ぎ澄ませておかなければならない。彼女に邪魔が入らないように、その嬉しそうな表情が崩れてしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタートがあり、ゴールがあり、そして進む者がいるのならいつか終わりは来る。

俺たちは目指している目的地の前に着いた。人里の中で一番大きな屋敷──稗田家の屋敷。そこが俺の職場だった。雨に濡れた木造の大きな屋敷はその仰々(ぎょうぎょう)しさがより引き立たっていた。

 

「ありがとう、助かった」

 

俺は屋敷の玄関先の屋根に入ると同時に振り返り、小傘に礼を言った。

彼女は雨に打たれる傘を持ったまま、小さく頷いた。

 

「うん。じゃあ六時に雨が降ってたらまた来るね」

 

彼女はニッコリと笑う。

 

「ああ」

 

俺は小傘に返事をして屋敷の中に入ろうとした。

 

「あ、あのね!」

 

しかしそれを引き留めるかのように小傘は大きな声を俺の背中にぶつけた。雨音たちを押し退けて、私の耳に到達した声は俺の鼓膜を大きく揺さぶった。

俺は再び体を彼女の正面に向ける。小傘は口をきゅっと結び、そして何かを言いた気に開いてを繰り返してした。

それから意を決したように深く息を吸った後、彼女は言い放った。ずっと迷い続けていたであろう言葉を。

 

「わ、私は貴方だけのものだから!」

 

彼女は両の拳に力を込めて、頬を染めながらそう言った。

ふむ、なかなか意味が分かりづらい言葉ではあるが、おそらく彼女は自分の傘に入れてくれるのは俺だけだと言っているのだろう。きっと、それくらい特別な友達として見てくれてくるのだ。

 

「ああ、ありがとう」

 

俺はそんな小傘の言葉に感謝の意を伝えるべく。簡素で、それでいて最も伝わりやすいであろう一言を返す。

すると何故か小傘は呆れるように小さく息を吐いた後──

 

「もぅ……ばーか」

 

一瞬だけ微笑んだ。そして彼女は駆け足で雨の中へと消えていく。

何故罵倒されたのか分からないが、彼女のあの笑顔を見るに、不快な思いはさせていないのだろう。

俺はそっと小傘から背を向け、未だに雨を落とし続ける空に向かって小さく願った。

 

──どうか、今日は雨が止みませんように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、モチベがかなり低いのでリハビリで書きました。

因みに私も雨が好きです(どうでもいい)。


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