「………ふぅ」
茶を啜る。
特に誰か見ているわけでもないのに、わざわざ正座して、手を添えて飲んでしまうのは先代の教育の賜物だろう。
先日、無縁塚に行ってやるべきことをやってきた。まあ大それたことではなくて、あの事件で何があったのかとか、そういうのの手がかりがあるかどうかを確かめに行ってきた。
結論から言えば何もわからなかった……というか、今更地獄からやってきた死神が全部綺麗さっぱり掃除した後だった。
あのあとすぐに見知った顔の死神と閻魔がやってきて私に謝罪してきた。…まあ、霊が溢れるのはいいとしても、そのあとの不始末が原因の一端なのは確かだろう。
謝る相手が違う気がしたから、適当にあしらって退散してきたけれど。
「おう霊夢!今日は起きてんな!」
「もう昼過ぎよ……病人でもなけりゃみんな起きてるわ」
騒がしい金髪頭がやってきた。
「今日こそは!私が本を借りに行ってる間に何があったのか教えてもらうぜ!」
「だーかーらー、あんたに話すことなんかないって言ってるでしょうが」
「だーかーらー、そう言われたら俄然気になるって言ってるだろうが」
「あー?」
「おー?」
これで3度目だ、いい加減にしてほしい。
「おし分かった、弾幕でケリつけようぜ」
「お断りよ」
「ハァ〜?」
魔理沙……というか、何も知らない人にとっての認識は、人里に急に黒色の化け物が現れて、私がどうにか解決した……くらいの認識でしかない。
もちろん人里は騒然としていたけれど、誰も死んだり、大怪我を負ったりしていないことが幸いして、時間が経てば忘れられるような出来事となっている。
「…そんなに言いたくない理由があるのか?毛糸も何か知ってる風だったが何も教えてくれなかったし」
「………まあ、そうね。あまり愉快な話ではないから」
「…そっか」
……急に折れたわね。
「まあいいや、そのうち酒の席で聞かせてもらうからよ」
「じゃああんただけ宴会出禁にするわね」
「そこまでするかぁ?やれやれ………私にもお茶出してくれ」
「いやよ、何座ってるのよ」
「腰を落ち着かせたくてな…」
「帰れ」
はぁ、とため息をついて再びお茶を啜る。
「…まあ、言えない事情があるってだけで何か悲しいことがあったとかそういうんじゃないから、心配しなくていいわよ」
「そうかい。まあ別に心配なんてしちゃいないが、気に病むようなことがなかったんなら何よりだよ」
まあ色々大変ではあったし、引っかかることがあったのは事実だけど、自分なりに答えは出せたつもりでいる。
全てを肯定するだけでは立ち行かない。歪みも理不尽も全部に目を向けて、その上で認めなければならない。
だからこそ変わって行ける。
次に託すことができる。
「……あなたは、どう思ってるんでしょうね」
「あ?何が」
「なんでもない。……お茶、淹れる?」
「お騒がせしたねホント…」
「いえいえ、まあびっくりはしましたけど、丸く収まったようで何よりです」
「丸く……収まったのかな。正直実感ないや」
文に時間を作ってもらって、二人きりで話す機会を設けた。
人里から私も泥を連れ出すのを手伝ってもらったのと、あと他にも色々世話になったから。
「文の新聞のおかげで火消しもどうにかなりそうだし、助かったよ」
「まあこちらとしてはいいネタを最速で頂けたので大丈夫です」
「ネタて。…まあそうか」
文の新聞にはまあ……なんというか。
正体不明の怪異が突如人里に出現、博麗の巫女によって退治されたものの現在も調査続行中……的なことを書いてもらった。
あんまり評判がよろしくない新聞らしいが、他に情報を持ってる相手もいないということで実質独占状態。言いたい放題やりたい放題である。
「……それで、その子は今はどうしてるんです?」
「つい昨日人里に送ってきたとこだよ」
「あれま、そうでしたか」
まあ、本当なら既にお別れは済ましていたから。今更わざわざ惜しむようなこともない。
会おうと思えばいつでも会えるわけだし。
「早苗さんも心配してたみたいですから、無事なら良かったです。次会った時に伝えておきますね」
「あっ、ついでにお礼もよろしく。……もしかしたら全部早苗のおかげなのかもって思ったりするし」
「全部?」
「早苗ってなんかこう……奇跡を呼んだりできるんでしょ?」
「あー……そういえばそんなことも言ってたような」
実感湧かないっていうのはこれが理由だ。
今まで……りんさんと巫女さんとはこんな上手く行かなかったから。
「私にしてはあまりにも出来すぎてて、運が良すぎて……それこそ、奇跡としか言いようがなくって」
「……まあ、早苗さんはそんなつもりはないでしょうけど。でも、その奇跡は毛糸さん自身が呼んだものって、そう思ったほうが良いですよ絶対」
「流石にそれは自信が…」
成功体験のなさが確信を許さない。
まあ誰がなんと言おうと、奇跡は奇跡なのは確かだ。おかげであの子も私も、この今を生きていられる。
「……まあ、安心しました」
「何が?」
「今回はちゃんと、上手くいったんだなって」
「…そーかもね」
まあ実感がないとか言ってはいるが、それが上手くいったっていうなによりの証拠なんだろう。
今までだって特に何かしてきたわけじゃない。彼女たちと一緒の時を過ごそうとして、ただそれだけなのに何故か阻まれ続けて。
今回もそうだった、本当なら今回も失って終わっていたんだと思う。
ミナが毎日想いと記憶を込めていた花々。あれらがすっぽり抜け落ちたミナの心に帰って行った。
いわばそれはバックアップのようなもので……もしこれを見越してやっていたんだとしたら流石に脱帽モノだったけど……もちろんそんなつもりもなかったらしい。
そもそも花に想いを乗せて霊力を込めただけでそうはならんやろっていう指摘がきそうなものだが……
まあ明らかにこれが原因だろってことを考えるなら、『私が作った花』だということなんだと思う。
枯れない花って言ってたものが、ミナに想いと記憶を託した途端に枯れてしまったんだ、何かこう………その時不思議なことが起こったと思うのが妥当だろう。
他にも、目覚めたミナは花に込めていないはずの記憶……私と泥の中で対話した記憶も持っていた。
これもまあ、ミナの魂というか心というか……それに刻まれていたとか無理やり推測できないこともないけれど……
まあでもやっぱり、奇跡って言葉で表すのが一番しっくりくると思う。
「毛糸さん、今まで辛いことあると分かりやすくおかしくなってましたから………今回はそういうのがないってだけで、上手く行ったんだなって分かりますよ」
「ははっ……んだよそれ」
「こう見えても付き合い長いですから」
「そんならこれからもよろしく頼むよ、射命丸さん?」
「言われなくてもそうしますよ、マリモさん?…ぷふっ」
「おい。……へへっ」
ほんと、良い友達持ったもんだよ。
……………
「マリモは取り消せ」
「……はい」
「忌み子、っていうのは聞いたことがあるかしら」
「知識としては……あー、やっぱないです」
「そう」
向かいに座って淡々と話すその人。
ほころんは隅の方でイノシシになってちっさくなっている。まあ怖がっているんだろう。
「あの子は……知っていると思うけれど、生まれつき霊を引き寄せてしまう体質だった。外の世界でもそういうのがないわけじゃないのよ。異能を持った人間だって現れるし……幻想の境界を超えることだってある」
「……ミナはその忌み子だったと?紫さん」
私の記憶の中にある彼女よりも軽装なその姿で、どこからともなくお菓子を引き出して食べるその人。
会話中に気軽に食べてくるのは、無礼なのか気の置けない相手だと認識してくれているのか………まあ別にどっちでも良いが。
「何かしらの枠に当てはめるのなら、という話よ。彼女は望まれずに生まれたわけでもないし、ましてやその生まれに呪われた背景があるわけでもない」
「………」
「そう怖い顔をしないで。彼女は不運にも、この世に留まろうとする意思に好かれやすい存在だった、それだけの話よ」
「……不運」
実際、あの子の悲劇に誰かの思惑があったわけでもない。
本当に彼女の体質が事故を招いたのかも……分からない。
不幸、不運……それがあの子を境遇を言い表すのに一番適した言葉なんだろう。
「……いつから分かってたんです?」
「いつからと言われれば……最初から」
「……まあ紫さんの役割は理解しているつもりですけど、もうちょっと親切になってくれてもよかったのでは?」
「言ったって結末は変わらないと思っていたから。いつかくる悲劇を知っていて陰鬱な日々を送るのか、知らずに幸福でいるのか……どちらがいいのかは私に決める権利はないから」
「………左様で」
まあ…紫さんの言いたいこともわかる。確かに知らないから幸せな日々を思い出として刻めたのだから、結果的に言えばそれでよかったんだろう。
あの泥も、紫さんからすれば幻想郷を脅かす一員になり得ないものと判断したのか。
それとも霊夢で対処は十分と考えていたのか……まあなんでもいいか。
「正直、驚いたわ」
「……何がです?」
「あなたたちは違う結末に辿り着くと思っていた。あの子は記憶を失い、あなたはもう一度紡ごうとする……それは既定ですらあると」
……最初から予見していたと。
私がミナを消滅させるのを望まず、記憶がなくともせめてもう一度出逢おうと、そうしようとしていたのが紫さんが予想した結末だったと。
「でもあなたは……あなたたちは奇跡を起こしてみせた。花を記憶媒体としたバックアップ……分霊と言ってしまってもいい。あなたの作った無二の花だったから、彼女の心が特別な状態だったから」
「……私も、今思い返すと無性に冷や汗が出てきます。出来過ぎというか、なんというか……何か一つでも違ってたら、こうはならなかったって思うと」
あの子は今も人里で生きている。
生きているはずなのに……私が距離を置くと決めて、あの子もそれを受け入れてくれたはずなのに。
気づかないところで、その存在が霧散してしまうんじゃないか。誰にも見られてないところで消えてしまうんじゃないか。
全ての人から忘れ去られてしまうんじゃないか。
そんな、何の根拠もない恐怖感が何度も襲ってくる。
実感がない、とはそういうことだ。
「…今の彼女はとても安定している」
私のそんな不安を察してか、そう言う紫さん。
「新しい存在として再構築されたと言ってもいい。確かに彼女が普通の人間とは違う在り方をしているのは事実だけれど……でも、普通の人間として生きていける」
「………」
「背は伸びるし、精神も習熟する。好き嫌いも減っていくし、体つきも女性らしくなる。……きっと、恋もするでしょうね」
「わぉ」
最後の言葉に反応したのを微笑まれてしまい、気恥ずかしくて目を逸らす。
し、しゃーないやん、恋とか恋愛とか考えたことなかったし。
「……霊を引き寄せるっていうのは?」
「あれは彼女が無縁塚で霊を抱え込んだ時点で………正確に言えば、彼女が死んで、霊たちによって再度自我を形成された時点で失われているわ。証拠に、今までの幻想郷での暮らしで霊を引き寄せていたことはなかったでしょう?」
「……確かに」
なら今のあの子も大丈夫なんだろう。
……言ってしまえばあの子の体質は文字通り死んでも治らなかったわけで……生き返るまで、なんて可哀想な話だ。
「とにかく、それを聞けて安心しました」
「…そう、なら私はこれでお暇させてもらうわね」
「そうですか。わざわざ時間作って来てもらってありがとうございました」
「気にしないで。それじゃあね」
「…………あの」
スキマの中に帰ろうとしていたその背中を呼び止めてしまう。
本当は聞く気はなかったんだけど、思わず口に出てしまったから仕方ない。
「何かしら」
「あーっと……なんていうかその…」
「………言いづらいこと?」
「いやそうじゃなくて、今言葉考えてる最中で……」
なんとなく気になってたことを今質問しようとしてるところで……やっべめっちゃ焦るぅ〜。
「………今の幻想郷は、あなたたち賢者の思い描いた姿になっていますか?」
急いで捻り出した言葉がそれだった。
一瞬の沈黙、わずかに目を細めたあと、紫さんが口を開いた。
「幻想郷は既に私たちの手から離れているわ。この先どうなっていくのかも予想できないほど不規則に変化し続けている」
「………それは」
「けれど、それは良い変化なんでしょうね」
「………」
良い変化、あなたもそう思っているのか。
「……これからも、変わっていけると思いますか?」
「変えていくのはあなたたちでしょう?」
「………」
まあ、それはそうなんだけど……なんというか。
そうじゃないというか。
「………道は続いている。幻想郷も、あなたも、私も……
「…道」
「どの道を往くのかは、あなたたち次第」
あの子たち、というのが一体何を指しているのか、イマイチ分からなかった。……深い意味なんてないのかもしれないし、本当に文面通りの「あの子たち」かもしれない。
「…なら、私からもいいかしら」
「ん、どうぞ?」
少しだけ、空気が重くなる。
ただでさえ漂っていた緊張感が、まるで凍りつくように。
そして彼女は口を開く。
「あなたは幻想郷が持つ別の面を目の当たりにした。理想郷なんて言葉とは程遠い、残酷な面を」
「………」
妖怪、結界、無縁塚。
幻想入り、食糧、霊。
残酷というのなら、それのことなんだろう。
「それでもあなたはまだ、この世界が好きだと言える?」
何を思ってその質問をしているのやら。
確かめたいのか、試しているのか……でもまあ
「そりゃ愚問ですよ、紫さん」
「あなたのことならよく分かってる。無縁塚の話、見て見ぬ振りはできないのでしょう」
「………まあ」
「それでもあなたはまだ、この世界が理想郷だと言える?」
……答えを出す時か。
今までこの世界に生きて、生かされてきた私の出せる答えを、この人に。
「…完璧なものなんてないんですよ、きっと」
世界のどこに行ったって問題はある。形を変えて困難というものが私たちの前に現れる。それは争いだったり色々だ。
でもそれは、私たちが乗り越えるべき課題なんだろう。
「色んな試練を乗り越えて私たちは前に進んできた。それは人間だけじゃないし、妖怪だってそうです」
「………」
「完璧な人なんていないし、完璧な世界なんてない。いつだって後悔ばっかり………だから進めるんです。少なくとも、私は」
何度片道を振り返ったのか覚えていない。道に迷って傷ついて、足を止めたことだって何回もある。
「私が
「だったら、このままでもいいと?」
もちろんそんなわけがない、が。
この人はこの幻想郷を作った張本人だ。この世界の暗いところも、誰よりも知っている。それこそ私よりも。
「自分の理想のためであれば、このままでもいいと?」
「停滞は私は否定しませんけど……さっき紫さんが言ったじゃないですか。『変えていくのはあなたたち』だって」
「………」
ああ、でもよかった。
ちゃんと私は答えを出せる。
見て見ぬ振りをせず、正面から向き合える。
無縁塚も、今までの犠牲も、妖怪と人の在り方も。
ちゃんと私は、その答えを持っている。
「変えていきますよ、私たちは。私たちも、世界も。まるで幻想みたいに手の届かない、綺麗事の理想郷を目指して」
きっと不可能なんだろう。
でも、それを追い求めることに意味がある。
だから私たちは変わっていけるのだから。
「今までだって、そうして来たんだから」
「……そうね」
言ってしまえば、現状に満足していない。
今回の一件は、今まで幻想郷が食い物にしてきたものの清算だ。結局力で退けてしまったけれど……それから目を逸らしてはいけない。
だからここからだ。
ここからまた変わっていく。
霊夢が弾幕ごっこを作ったように。
次だって、きっと。
「想いを受け取って、託して、そうやって繋いで、また次へと……先の見てない明日だけど、でもきっと変わっていけるって、そう信じて」
いつか霖之助さんに言ったことと同じだ。
繋いでいくのが、私の役割。
そして繋いで行けるのは、私たち妖怪だけじゃない。
「これからも変わっていく。私の望む幻想のような理想を追い求めて、この世界は。……だから大好きなんです、この世界が。明日はもっと、私の好きな幻想郷になってるかもしれないな、って」
この世界に生きる、1人のヒトとしての答えを、他でもない彼女に示した。
「……そう、よく分かったわ」
……いまいち浮かない顔だ。
この人結構罪悪感感じがちなところあるんだよなぁ。未だに私や霊夢にいらない後ろめたさ抱いてそうで……
「…きっと霊夢に聞いても、同じ答えが返ってきますよ」
「…フフッ、そうでしょうね、あなたたちは」
うーん……
あ、そうだ、これ言っておかないと。
「紫さん」
「…何?」
「今更だけど改めて……」
息を吸って、吐く。
万一にも噛んだりしないように、気をつけて。
「ありがとうございます、この世界を作ってくれて」
純粋な感謝の気持ち。
なかなか言えなかったから、この際にって軽い気持ちで。
「———………私も」
「はい?」
「私も、この幻想郷にあなたがいてくれて良かったって、そう思っているわ」
「……そっすか!」
お互いに笑顔を浮かべる。
きっとこうするのが一番だった。
私にとっても、この人にとっても。
スキマを開いてその先に歩き出す紫さん。
話すことも話し終えた、お別れだ。
「じゃあ、今度こそお別れね。話せてよかったわ。また会いましょう、
「はい、また会い……なんて?」
聞き返そうと思ったら既に消えてしまっていた。言い逃げはよくないなあ……
「…浮き人ねぇ」
まあ人かどうかは怪しいところではあるけれど……
私が、この幻想でちゃんと浮けているということなのであれば、そう呼ばれるのも悪くはない。
「……でもまあ、私はただの変な毛玉ですよ」
色んなものから浮いているけれど、それでもこの幻想で生きている。
そんな大層な妖怪でもなくて、本当は弱い。
ただただこの世界が大好きなだけの一人の妖怪、そう思ってる。
「……お前のなんかいい感じの二つ名も考えてやろうか?」
「センスないから遠慮しとく」
「つれないなあ」
「名前考えるのに1週間もかけたやつの感性信用できると思う?」
「事実を陳列するのは良くないことなんだぞ」
……名前か。
そういえば紫さんとこ……橙は違ったはずだけど、藍さんは苗字あって、それが八雲で紫さんと同じなんだよね。
「……でも、あんまり日陰から出ないけど、私は自分のこと、ちゃんと好きだよ」
「……そっか」
「うん」
日隠誇芦………ね。
「ちゃんと意味覚えててくれて嬉しいよ」
「なんの話かさっぱり」
「んなこと言っちゃってえ」
「チッ…」
おぉ、こわ。
……まあでも、私がつけた名前を気に入ってくれてるならそれでもいいか。よそはよそ、うちはうちってことで。
「……さてと、そろそろ迎えに行こうかな。ほころんは?一緒に行く?」
「いい。待っとく」
「了解、留守番よろしくね」
公園のベンチに座り込む。
外の世界では見慣れた公園が、こんな世界にも同じようにある。この寺子屋もえんぴつと消しゴムがある。
河童とあの人が仲が良くって、あの人と慧音先生が仲がいいから、文房具とか、寺子屋の周りの施設とかは私のいたところと同じような感じになっているらしい。
院の人にはちゃんと前もって外で泊まる許可っていうのを出してきた。
あそこでの生活が特別いやってわけじゃないし、よくしてくれるから楽しくないわけでもない。同じくらいの歳の子もいるし。
それでもやっぱり、帰りたい。
だからここにくる前、一つお願いをした。
定期的にある寺子屋が休みの二日間を人里の外で過ごしたいっていう、わがまま。
それでも嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうにお願いを聞いてくれた。
最初の頃、人里の外へ行っていたのは。
自分でもよくわからないけど、きっと、消えてしまいたかったからなんだと思う。
誰もいないところで、誰も知らないところで、ひっそりといなくなってしまいたかったからなんだと思う。
そういうのはもうとっくになくなった。
前を向かせてもらえたから。
「あ、ミナちゃんだ、一人?」
通りがかった同じ組の女の子が私に話しかけてきた。
よく勉強を教えてと泣きついてくる子で、私よりも二つくらい下っぽい。
「あたしはねー、おつかいしてるところ」
「おつかい……」
「ミナちゃんは何してるの?」
「別に、待ってるだけ」
少し早く外に出すぎちゃったのか、待っている時間がみちょっと長い。
「そうなんだ。ねえねえ、ミナちゃんはおつかいしたことある?」
「……ないけど」
「へぇ〜……ちなみにあたしはもう四回目だよ!凄いでしょ」
「頼りにされてるんだね」
「うん!」
おつかい……
外の世界にいた頃はあんまり外に一人で出ることはなかったし、ここに来てからもそういうの頼まれたことはなかった。
「ちなみに今日はねぇ」
「…おつかいの途中なら寄り道しない方がいいんじゃないの?」
「あっそれもそっか。じゃあねミナちゃん!また遊ぼうねー!」
「うん、バイバイ」
みんなからはよく、落ち着いてるねって言われる。
年の割にとも言われるし……あんまり動じないとか、どっしり構えてるとか。
そうかもしれないけど、そうじゃなくって。
多分、人として大切なものが欠けたまま、ずっと戻ってないんだと思う。
あの日の事故から……全部を投げ出したあの日から、今日までずっと。
それでもたくさんのものは、一緒に拾い集めてもらった。
今この心に足りない大切な何かも、きっとそのうち取り戻せる、そう信じてる。
だから明日も生きようって思える。
そうすれば、その次の明日が今よりも楽しくなるはずだから。
「………ずっと気づいてなかったのになあ」
二人はずっと、私の心のうちにいてくれて、ずっと一緒にいてくれて。
あの時、私の背中を押してくれた。
ずっと気づいてなかったから……きっと、私のことを見てずっと辛い思いだったと思う。たくさん心配させちゃったと思う。
一緒にいてくれてたんだって気づいた時、一気に心が温かくなって。
これでもう本当に会えなくなったんだって思った時、急に寂しくなった。
今まで一緒にいてくれたことも知らなかったくせに……
でも、あの二人は背中を押してくれた。
前を向いて生きていてほしいってことなんだと思う。
「……うん、頑張るから、見守ってて」
私を後押ししてくれたあと、二人がどうなったかは分からない。
でもきっと、空の向こうで私のことを見守ってくれているんだと思う。
そう、信じてる。
足音がした。
その方を見ると、見覚えのある髪の毛が風に靡いて、優しいその二つの真っ暗な目が、私の方を見ていた。
「待たせた?ごめんね」
「ううん、別にいいよ」
「そう?…んじゃま、行こっか」
「…うん!」
もっと自由に生きてみてほしいなって思った。
きっと彼女はこれまで自分に枷をはめていたと思う。自分が親を殺したって思ってたり……それだけじゃないにせよ、色々なことが彼女を縛っていたと。
今までは、この子が自分を取り戻すための時間だった。
それなら、これからは?数十年という時間は子供にとってはあまりにも長い。
きっと、もっと自由に生きれるようにさせてあげるのが私の役目なんだろう。
「ほころんは?」
「家で待ってるって。外に出ればいいのにね」
「私が行くから、別に人里に来る必要ないって思ってるんだと思う」
「んー……まあそのうち無理やり連れ出して会いにくるよ」
この子が私の家で泊まりたいっていうのを許可したのも……まあ断るつもりもさらさらなかったけれど。
それがこの子にとっての、自由に生きる…ってことなのかなって、そう思ったから。
自分でそうしたいって言ってくれたんだから、そうさせてあげたい。
「晩御飯は何?」
「秘密ー」
「えー?」
何しろここは幻想郷、どんな生き方をしようと、どんな辛い過去があろうと、全てを受け入れる理想郷。
自由でいい、でなきゃ生きてる意味なんてない。
せっかくなんだから、幻想郷らしく。
「……帰ったらさ、空の飛び方教えようか」
「え…飛べるの!?」
「うん、練習すればね。……言ってなかったっけ?」
「言ってない!飛びたい飛びたい!!」
「食いつきいいな…?」
……実はあんまり心配する必要もないかもだけど。
楽しく、何気ない話をしながら、帰り道を歩いていく。
一度は諦めた光景が、今こうして現実としてある。
ふと、思い出したようにミナが言ってきた。
「あの綺麗な弾幕の出し方も教えてほしい」
「………どの弾幕?」
「あの時の、花がパアッて咲くような綺麗なの」
あまり愉快な出来事ではなかったろうに、心底綺麗に感じたと、そう言わんばかりに楽しそうに話すミナ。
私のあのスペルカードのことを言ってるんだろうけど……
「…………綺麗だった?あれ」
「…?うん、今まで見てきたどんな花よりも、一番」
「……そっか」
綺麗……か。
私もちゃんと、変われてるんだな。
前へと、進めてるんだな。
「いいよ、そのうち教えてあげる。空飛べるようになったらね」
「やった」
「………フフッ」
君の前にはいくつもの道がある。
なりたい自分を見据えて、これだと思った道を進んでいけばいい。
時には迷って、悩んで、立ち止まってしまうこともあるだろう。振り向いて、うずくまって、泣き出してしまうこともあるだろう。
それでも、君の道は前にしか続いていない。
振り返っても、立ち止まっても、泣き出しても、前へと進もう。
私たちもずっと、そうやって生きてきたから。
先はいつだって明るいわけじゃないけれど、時間は待ってはくれないから。
先が見えなくても、明日への希望を標にして進もう。
隣で私たちも一緒に歩んであげられるから。
「さあ、明日は何をしようか」