物語みたいな物語   作:凍傷(ぜろくろ)

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5:笹村絵里-ささむらえり

-_-/おじさん

 

 で……。

 

「まさか直後にキスされるとはなぁ……」

「俺もまさか、双子の姉と叔父のキスを、ファーストセカンドサード、挙句にディープまで一気に見させられるとは思わなかったよ」

 

 そう、結衣は本気だった。本気で俺のことを好きになっていた。

 聞くに、なんでも小学の頃に好きになって、けど初恋は実らないなんて言葉を知って、一度諦めた。

 しかし諦められず想いを膨れ上がらせた中学。人の“好き”は四年で枯れる、なんて言葉を知って、小学から数えてもうすぐ四年……という事実に打ちひしがれて、再び諦めた。

 そして高校。四年経ってもますます好きな気持ちを胸に、三度……と思うも、好きすぎると飽きて離れるのが多いことを知り、試しにべったべたに近寄ってみるも、最高学年になっても惚れたままの自分に自信を以って、18の誕生日に突撃。

 結果……お嫁さんにはなれないけれど、未婚の夫婦にはなりたいと思っていた、なんて俺の言質をしっかり頂き、実はしっかりスマホで録音されていたらしい俺は、もはや逃げられない場所に居たわけで。

 

「姉貴になんて言おう……」

「なにも言わなくていいんじゃない? 10年も帰ってこないんだぜー? 法律は守ってるし問題なんてないない。大事なのは叔父さんとユイがどう思ってるかじゃん」

「………」

「あ、ところで叔父さん」

「お、おう……? どうした……? おじさん、ちょっと現実を見るのが怖くて……」

「俺、今付き合ってる人居るんだけどさ。紹介していい?」

「ち よ つ と ま て」

「わざわざ小文字まできっぱり言わなくていいから。いい? だめ?」

「ばかお前馬鹿お前なんでそういうことばかお前こんな時に馬鹿お前」

「いや、ちょーどいいかなって。俺の好きな人も歳離れててさ」

「───ホイ?」

 

 いやちょっと待て。歳の離れた? こいつ学生よ? どこでそんな人と?

 ……マテ。待て待てまさかまさかっ……!?

 

「っへへー……女教師♪」

(ア゛ア゛ァアアアアアアアッ!!)

 

 白い歯を見せながら笑う、いたずら小僧みたいなイケメンがそこに居た。

 ああ……俺が育てた双子は、どうやら二人とも年上が好きらしい。

 

「おン前そういうことこそ本当の親ダルルォオ!! 俺に言ってどーすんだ! どーすんだほんともー!!」

「だって親って言っても海外だし。叔父さんなら俺の兄貴分って感じだしさ。俺、親よりも叔父さんに許してほしいんだよ。たぶんそれはユイも一緒。他の誰でもなくて、おじさんに認めて欲しいんだ」

「っ……お、お前っ……お前も結衣も! そういうところだぞほんと! そんな無邪気な顔でそういうこと言うからバカお前ほんとお前馬鹿!!」

「あっ、俺今の“そういうところだぞ”って言葉嫌いだったけど、叔父さんのは好きだな。ちゃんとどういうところなのか教えてくれるところ、ほんと叔父さんいい人だよな。顔はアレだけど」

「だぁっ! もう! ほっとけ!」

 

 どうしろってんだ。会えばいいのか。それだけか。

 教師が恥ずかしがりながらお宅のお姉さんの息子さんとお付き合いを……とかいや知らんよ! どんな紹介だよ!

 え!? それに対して俺、“こちらも宅の姉の可愛い娘と歳の離れたお付き合いをしているのですよォ~、ヴィェ~フェフェフェフェ~ヘ~ヘェ~ヘェ~?” なんて千年公チックな笑いとともに言えと!? いや千年公チックの笑いは余計だけども! 滝口順平さん大好きでした! 今も大好きです!

 

「はぁ……わかったよ、連れてこい。ていうか、俺が会ってどうすればいいんだよ」

「え? 賛成か反対か決めてくれるだけでいいよ。ほんとそれだけでいい。俺が惚れてる先生も、保護者の方が~とかそれが壁になってるみたいだからさ」

「はぁ……そっか。わかった。ちなみに相手はなんて名前?」

「笹村絵里って名前」

「───」

 

 あれれーおっかしいなー、おじさんが大学の時に家庭教師に伺ったお子さんとおんなじ名前だぞー?

 ……まさか。

 

「笹村っていうのかー。なんか左目に泣きボクロとかありそうな名前だよなー」

「え? おじさんなんで知ってんの?」

「もうやだこの人生!!」

 

 教え子が甥とデキてました。挨拶に来るそうです。仕事、残業で帰ってこれない、なんてことにならねぇかなぁああ……!!

 

……。

 

 …………。

 

「………」

「…………! ……!!」

 

 で、ほんとに居た。

 仕事から帰ってきたら、まだこたつにはなってないこたつテーブルに、スーツを着た女性。

 かちんこちんに緊張しているそいつはきっちりとあの頃の面影を残して、そこに居た。

 

「なななっ……な、ななななんでここに先生が!?」

「おいやめろ」

 

 どっかの漫画のタイトルになっちゃうだろが。

 むしろ俺がお前に言いたいわ。お前今教師だろが。なんで甥が恋人紹介する場面でお前なんだよ。なんでここに先生がってお前のことだお前の。

 

「あー、笹村、久しぶりだな。俺がお前の家に家庭教師しに行ってた時以来か」

「あわわわわ……! え、そんな、まさか先生の息子さん……!? でも、だって苗字が……!?」

「あのな、俺が結婚なんて出来るわけないだろが。姉の息子だ姉の」

「あ、お姉さんの! なら納得です! そーですよね先生ですもんねー!」

「おいこら」

 

 言葉に遠慮がないのはあの頃のままらしい。

 まあいい。

 

「で、ユーダイと付き合ってるんだっけ?」

「ひうっ!? ハ、ハワワ……! ぁ、はい……あの、ユーダイ、くん、とは清い交際、を……!」

「こいつ大人しい顔して結構強引だろ」

「そうなんですよぅ!! 私が戸惑ってるのをいいことにどんどんぐいぐい! 気づけば一緒に勉強したりおべんと食べたりデートしたりっ!! どういう教育してるんですか先生っ!!」

「そういうお前はどういう教育したんだ? ン? 笹村」

「ひうっ!?」

 

 真っ赤だった顔色が一変、真っ青になった。

 俺か? 俺は自分を犠牲にして幸福にしようとしただけだ。あとは知らん。

 

「まあお前のことだから、普段はピシッとして主導権握ってんのにどうしようもないところでポカやらかして、誰も見てないところで“うえーんユーダイー”とかドチャクソ甘えてんだろ」

「なんで先生がそのことを!?」

「ユーダイー、あとで家族会議なー」

「うわっ、とばっちりっ!? ちょ、先生しゃんとしてくださいよっ!」

「無理だもん! 私口で先生に勝てたことないもん!」

「そんな簡単に諦めないでくださいよ! そんなポンコツなところに惚れたんだけども!」

 

 あー……うん。ユーダイのやつ、弱った女の子とかほっとけないタイプだしなぁ。

 そんなことの延長で心が本気モードになってしまったんだろう。

 

「うー……! なんですかさっきからこっちをおちょくってばっかで……! 先生! わたしちゃんと挨拶に来たんですよ!? もう大人なんですから大人の対応をしてください!」

「じゃあ近所のザーマスおばさまにこのことを報告して、常識的に考えてOKもらえるか試してみるか」

「やめてくださいなんてこと言い出すんですか先生は私を泣かせて楽しみたいんですか!?」

「おーい、大人の対応~……」

 

 本気でするつもりないからちょっと落ち着きなさいっての。

 

「うぅ……あの。先生もやっぱり、歳の差カップルとか……嫌うタイプなんでしょうか」

「ん? アホぬかせ、本当に好きなら結ばれるべきだろ。そんなん本人同士の問題だ。親がするべきなのは、結ばれて本当に幸せになれるのかどうかの判断くらいだろ。だから一つ。ひとつだけだよ笹村。……お前は、ユーダイと幸せになりたいか? なりたくないか?」

「っ……! 先生……!」

「5、4、3、2、1───」

「ほんと先生ってそういうところ変わってませんね!? ここ急かすところですか!? 好きです、本当に好きですからお付き合いを認めてくださいお願いします!」

「最初っからヘンな意地とか屁理屈抜きにそう言え、ばかもの」

「うう……先生だって教師と生徒、なんて歳の差がある好いた惚れたを経験すればこうなりますよぅ。私、先生なんですよ? 気づいたら好きになっちゃってて、ふとしたときに考えてるのがユーダイくんのことで、頭の中から振り払おうとしたら本人に声かけられて、って……」

「ふ、ふーん」

「なんですかふーんってー! 真面目に考えてください! たとえばですよ!? 双子で同じクラスの因幡結衣さん! さっきから黙ったまんまですけど、その子と先生が付き合う、なんてことになって、お姉さんに挨拶するなんて段階になったとしたら、きっと先生だって同じ気持ちに───!!」

「「「ぶっふぉおっ!?」」」

「なって───…………え?」

「………」

「………」

「………」

「あの……先生?」

「………」

「………」

「………」

「ユーダイくん? 結衣ちゃん?」

「………」

「………」

「………」

「え? え? ─────────えぇえええええええええっ!?」

 

 沈黙は肯定ナリ。

 笹村絵里は絶叫し、どういうことですか先生!! 先生ぃいいいいっ!! と叫びながら俺の胸倉掴んでがっくんがっくん。

 

「しししししし信じられません! え!? さっきまでキリッとした不細工顔でいろいろ語ってたのに既に歳の差カップルなんですか!? ていうかあの先生!? 叔父と姪は結婚できませんよ!? え!? 遊びなんですか!? どうなんですか先生!!」

「あー、姉貴ー? お前の息子がなー、最低最悪の性格の女教師にたぶらかされてなー」

「きゃあああああああああ嘘ですだめです私なにも見てません聞いてません!! うそですからお義母様わわわ私はー! ってこれ通じてないじゃないですか!!」

「とりあえず落ち着け笹村……恋人の意外な一面を見て、ユーダイが尊い顔してるから」

「ひうっ!? う、うぐ、うー……!!」

「見られて恥ずかしいけどユーダイに喜ばれるのが嬉しい複雑な乙女心であった」

「先生ッ!!」

 

 相変わらずわかりやすい。こいつはあの頃からこうだった。

 きっと学校の方でもとっくにバレにバレて、黙認されとるんだろうなぁ……。

 ちらりとユーダイを見て、疑問を飛ばすような仕草を見せれば、苦笑して肩をすくめられた。バレバレらしい。

 

「まあ、そんなわけだから俺から止めることも妨害することもないよ。好きになったんならその気持ち、大事にしろ」

「……なんか納得いきませんけど。はい、ありがとうございます、先生」

 

 こんな言葉でも安心は得られたのか、ほうと溜め息を吐く笹村。

 しかしそれはそれとしてとばかりに、ソソッと俺の方へ回り込んできて、小声で話しかけてくる。

 

(あの……先生? ところで先生はどうやって結衣ちゃんと……?)

(だよな、気になるよな。俺もそこが不思議でしょうがない。だってこの顔だぞ?)

(えっ? 先生が強引に言い寄ったんじゃないんですか?)

(PTA召喚するぞこら)

(やめてくださいごめんなさい!! って、それ先生も困るやつじゃないですか!)

(ただの仲良し叔父姪だって言う。お前は?)

(~~~……!! 先生いじわるです! 先生はいじわるです!!)

 

 涙を散らして俺をゾスゾス人差し指で攻撃してくる元生徒。

 俺から仕掛ければセクハラになるので反撃出来ないのが辛い。ていうかユーダイ、その尊い顔やめろ。

 

「で、だ。笹村」

「むぅっ……な、なんですか、先生」

「お前さ」

「はい」

「……結衣のこと、姉さんって呼べる?」

「~っ……!! いじわるぅううっ!!」

 

 散らした涙が再び目じりにたまり、そしてまた散った。

 結衣は結衣でなにやら頬を支えるように手で包み、女の子座りでぺたんとしたまま「え、え? お姉ちゃん? わたし、先生のお姉ちゃん? え?」などと言っている。

 

「あの。あーの、おじさん? 俺の恋人あんまりいじめないで欲しいんだけどー……」

「緩んだ顔で言われてもなぁ。そんなこと言ってお前、顔に“知らなかった恋人の顔見せてくれてありがとう”って書いてあるぞ?」

「うえっ!? ナ、ナンノコトヤラ……っあ、いや先生!? ちがっ……くないけど、誤解っ……でもないけど、可愛いからっ! 綺麗だから! 惚れ直したっていうよりさらに好きになったっていうか! だからその、顔真っ赤にさせたまま涙目でゆっくり手を上げて近づいてくるとかっ……あ、あっ、あーーーっ!!」

 

 恋人ゲンコツがユーダイを襲った。ナイス、笹村。


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