日本代表する浮世絵師葛飾北斎——。
 かの浮世絵師の娘たちの一人である栄女。彼女は何の因果か現代文明を謳歌する存在となっていた。この二次創作は、ますたぁ……「彼」といつの間にか襲名制となった北斎こと「お栄さん」兼「北斎ちゃん」がただいちゃいちゃとする物語である……。

【注意】
 一、史実ネタがあります
 二、オリ主兼ますたぁに「」は付けません
 三、作者は葛飾北斎持っていません

 ※この二次創作には「わかる人にはわかる」といったネタが含まれております。できるだけ後書きにて解説したいとは考えておりますが、たまに忘れるときもあるのでご容赦ください。
 なお、拙作は「Fate/Grand order」の世界線ではなく、どこかの亜種聖杯戦争の終わった後という感覚の世界線でございます。


1 / 1
 一話につき二部の小噺で構成されております。また、「短編」である理由としましては長編にならず短編話が続くためであります。時間のある時に書くという形です。

 ある意味重要なのですが、



 作 者 は 北 斎 ち ゃ ん を カ ル デ ア に 迎 え ら れ て お り ま せ ん 。



 ので、口調等違和感のある部分があると思われます。セイバーの方はいるのですが、あちらは仙女としての側面が強く元来の北斎ちゃんらしさというにはより初々しい面が強いためフォーリナーとの相違がございます。拙作ではハイブリッドで行きたいと思うので、よろしくお願いします。




一、【彼女のマスターがいきなり核心を突く話】【西洋文化を謳歌する話】

【 彼女のマスターがいきなり核心を突く話 】

 

 

 

 いつものようにマスターこと——彼、の部屋で寛いでいるときだった。

 風呂上りで僅かに濡れた髪を揺らしながら彼は、先に風呂に入って薄ピンク色の寝巻きに身を包みながらベッドの上で雑誌を読んでいた北斎に言った。

 

「……おれの容姿?」

 

 葛飾北斎——ならびに、その三女葛飾応為。彼女は今、葛飾北斎であるとともに栄女であるというややこしい状態であるため、普段は北斎としての面は大きく出ていないが、北斎の性質を受け継いでいるがために北斎を襲名義とし、北斎と名乗っている。

 そんなややこしい説明はさておき、彼は北斎の容姿について疑問に思ったようだ。

 疑問符を浮かべたままぽかんとする北斎に彼は持っていたスマートホンを見せた。

 

「『葛飾北斎伝』……トト様について書いた本か」

 

 ちなみにトト様は専用の床でおやすみになっている。

 

「なになに……

 『其の面貌甚だみにくく』……『すこぶる異相』……『アゴ、アゴ』……と」

 

 ふむふむ、と唸るように読み上げた北斎。

 それは評論家飯島虚心によって書かれた『葛飾北斎伝』の一部、栄女について記された部分だった。

 彼に見せられた文を読み切った彼女は突飛もなく笑い声を上げた。

 

「かっかっかっ! なるほどなァ、たしかに上手くおれを表してる!」

 

 現代語訳すると——「栄女の容姿は優れたものではなかった。むしろ醜くいもので、北斎するも自身の娘をその突き出た顎から アゴ と呼んでいた」とあまり良い文ではない。しかし北斎は笑い飛ばすと、目尻に溜まった涙を拭った。

 

「あぁ〜、いきなり見せてくるモンだから何かと思っちまったよ。ナニかやべぇモンでも見せてくれるのかと思ったけど、まさか評論家が書いたモンたぁますたぁ殿も物好きだナ」

 

 一頻り小馬鹿にするように笑う北斎は埃が立つのをお構いなしにベッドを叩く。雑誌の横に、読みながら食べていたのであろうスナック菓子が袋から飛び出そうなのを彼は慌てて防いだ。

 

「これ、信じてるのか」

 

 一変、どこか不安そうな瞳を揺らしながら北斎が尋ねる。スナック菓子のために寄った彼は寝転がっていた北斎の横に座る。

 

「今おれを見てますたぁが『みにくい』と感じたらそうなんだろうさ。でも、ますたぁがそうじゃないと感じたら間違ってるんじゃないか?」

 

 彼は一言「間違ってるな」と言うと、茶を濁すようにベッドの上では菓子は食うなと足した。

 

「だろうサ」

 

 気不味くなった一瞬に彼は指先で頰を掻いた。 

 それを見た北斎は悪戯っ子のような目で彼を見て口を開いた。

 

「まァでも、あってるとこもある。

 たとえば、南沢んとこに嫁いだがおれぁ直ぐに離縁されちまったのサ。残念ながら当時から男を立てるなんてこたぁ出来なくてな。結局夫婦(めおと)らしいこと一つもせず数日足らずで葛飾工房に出戻りだ」

 

 「トト様に笑われたモンさ」と自嘲気味に付け加えた。

 自身の()を除き彼女がそんな顔をするのは珍しいと思い、彼は頭を撫でた。

 「気にしなくて良い」と言い「北斎の可愛らしさがわからなかっただけだ」と慰めた。

 

「ありがとう、ますたぁ」

 

 北斎は短く返すと、犬が甘えるかのように彼の膝の上に寝転がって腰へと抱きついた

 腹についた顔を彼が伺えることはない。してやったりとどこか小悪魔的悪さをまとっていたとことを彼は知らない。

 

 

 

 

 

【 西洋文化を謳歌する話 】

 

 

 

 

 

 二月十四日はバレンタインである。

 

 日本では女性から男性へチョコレートをあげるのが一般的であるが、最近では男性も親しい女性にあげたり、同僚や同級生に趣味の料理/菓子作りを振るう手前渡してみたりと多様化している。

 かくいう二人——彼とそのサーヴァントである北斎も当然バレンタインを楽しんでいた。

 北斎から彼へではなく、今日は二人でチョコレートを作っていた。

 

「下地がくっきーみたいになってるやつと、普通のちょこれいとを作ってみたいんだが教えてくれるか」

 

 と、北斎から彼に言ったのが始まりだった。

 生前通り、浮世にあちこち柳に風よと生きてきた彼女は当時の女性像からは掛け離れ……と言っても良いのか家事一般は壊滅的だった。そのため、バレンタインという言葉を知り、何をするのかと行事を知ったときチョコレートの製作に彼を頼るほか無かったのだ。

 幸いにも彼は北斎と真逆に位置。料理洗濯掃除に家事と並以上に網羅しており、奇跡的な日常生活のバランスのもと二人の関係は成り立っている。

 

「うっ、ちいと混ぜにくいなァ」

 

 北斎は給仕服にも見える洋服の上に捲った薄紫のパーカーを着ている。エプロンは彼のものを借りたようで、どことなくぶかぶかの印象を受ける。

 しゃこしゃこと自分が食べてみたいチョコレートと彼にあげるチョコレートの二種類に挑む北斎だが、はじめての菓子作りに難儀しているようだった。それを見た彼はまず、一つずつ丁寧に工程を成すことを教え、彼女が食べてみたいと言った下地がクッキーになったチョコレートを作ることから始めた。さすがにクッキーから作ることはチョコレートを含め一日の大半か冷やす時間を含めて明日までかかる可能性があるため市販のクッキーを一度崩し、食べたい味付けをココアやカラメルパウダーで味付けして焼いて成型するという形を取ることにした。もう一種類——彼がもらうので変な感じであるが——はチョコレートのみなので彼女が食べたいと言った方の種類の延長線上で作れると踏んだ。

 

「ますたぁ、アレやってくれよ。てれびで見たんだ。背後から教えてくれるやつ」

 

 思考、理解。

 彼は北斎が言った言葉を飲み込むと、静かに背後に回った。そしてそのまま彼女の腕をとって柔らかく混ぜるように動かした。

 彼と北斎の身長差は三十センチにいかないほど、ちょうど胸元あたりにきた彼女の髪がくすぐったいのを我慢した。

 

「やってみたかったんだ、これ。ますたぁ、おれが台所に立とうとすると怒るだろう?」

 

 「怒るんじゃない、叱っているんだ」と彼は言う。

 それもそのはずで、北斎は料理を何と思っているのか色合いが微妙だと言う理由で絵具を使おうとするのだ。ぎりぎり、本当にぎりぎり植物由来の絵具ならば大丈夫だが、鉱物由来の絵具……たとえばラピスラズリの削り節がかかった唐揚げなど誰が食べたいのだという話である。一般人の感性を持つ彼にとって、料理にまで芸術性をもたらそうとする北斎の考えはややわからないものだった。

 

「こうやれば良いんだナ……なるほど、ちゃんとやれば料理も楽しいモンだ」

 

 下地を作り、チョコレートを溶かす作業に入る。ここまで来ればあとは簡単で、粗熱をとった下地にアルミ製の型を利用してチョコレートを流してやれば良い。

 彼は北斎にそう説明して、彼にあげるチョコレートのぶんも溶かした余りを利用して作ることを教える。

 

「む、ますたぁ。ますたぁの分は余りで作るんじゃねえ。おれの食べたいモンを余りで作るんダ」

 

 やがて一種類目が完成すると、クッキングシートを敷いたトレイに並べて冷蔵に放り込む。

 次は普通のチョコレートなのだが、その頃には北斎が所望した態勢は終了していた。さすがに贈り物になるものは自分のやり方で作りたいというのが彼女の(げん)だ。彼は楽しそうに型作りをする北斎を後ろの座卓で見ており、出来るだけチョコレートの方は見ないように努めている。

 

「ますたぁ。どんな形が良いと思う。星型とか、生き物が良いか? それともやっぱはぁとまぁくが良いか?」

 

 ちらちらと彼を見る北斎は彼の反応から最適解を見つけようとするが、普段からあまり感情が表に出ない彼から察するのは難しい。彼にとって北斎が料理、菓子作りをしているだけで微笑ましい、嬉しいことでどこか好々爺のような雰囲気になっているのは内緒である。

 一通り彼に渡すチョコレートも作り終わった。あとは固まるのを待つだけで、今日の予定は終了だ。お昼時なので、彼は手早く洗い物を済ませると昼ごはんを用意して二人分を机に並べた。

 

 

 

 

 

「なァ、どうだ? できてるカ?」

 

 二段重ねにした銀色のトレイ。一段目には贈り物のチョコレート、二段目には北斎が食べたいチョコレートを置いているため彼から北斎が作ったチョコレートは見えない。一番上のチョコレートを彼が見ると、無事しっかりと固まっていることが確認される。後ろから不安そうにみていた北斎は安堵を浮かべると「そうか」と呟いた。

 彼は早速食べようと提案するが、彼女によって待ったをかけられる。

 

「先におれからのちょこれいとを食べてくれよ。あとから食べたら、最初に食った方の味と混ざっちまうだろ?」

 

 同じチョコレートなのだからそんなことはない、という言葉を隠して彼は頷いた。「待ってろ」と背中を押され、定位置ともいうべき椅子代わりのベッドに座ると北斎を待った。

 ものの直ぐに、上機嫌な北斎がやってくる。

 

「どうだ、おれ手ずから作ったちょこれいとだっ!」

 

 大きさも、形も、そして色もシンプルなハート型のチョコレートだった。食べやすいように一口サイズよりはひと回り大きいくらいで、本当に彼女が作ったのかと疑ってしまう。だが、目の前で作ったのだから事実である。

 手を伸ばそうとすると、ぺしんと叩かれた。

 

「待ちなって。おれの作ったモンにはおれなりの食べさせかったてモンがあるのサ」

 

 北斎は彼の隣に腰を下ろすと、いそいそとチョコレートを摘んだ。人の半分ほど空いていた距離をさらに詰め、太ももが互いに触れるほどまでに寄るとチョコレートを自身の口へと挟んだ。

 

ほら、どうだ(ふぉら、ふぉうふぁ)?」

 

 少し気恥ずかしそうに、しかし期待するかのような瞳を揺らしながら彼女は顔を赤らめている。まさかのシチュエーションに一瞬戸惑った彼ではあるが、何とか把握し、流れるような動きで北斎の瞳へ掌をかざした。無言のままに目蓋を閉じた彼女は唇とチョコレートを突き出すように待っている。

 何だかんだ乗ってくれるやつだと弾む北斎だが、数秒しても伝わってこない感触に我慢出来ず目を開いた。

 

「ますたぁ——」

 

 そして、ぱしゃりと音が鳴った。

 

「なっ……」

 

 思わず漏れた反応に加えたチョコレートを溢すが、咄嗟に彼が拾いあげた。

 

「な、なにしてんでぇ!」

 

 恥ずかしさがピークに達した北斎は彼の持ったスマートフォンを奪おうと手を伸ばすが、もとより身長差のある彼がさらに手を挙げると届くわけもなく無念に終わる。しかし諦めきれない彼女も何とかして取ろうとするが取れずにあたふたとしてしまう。

 てんやわんやと文句を言いながら撮影された写真に言及しようとするが、それよりも早く空いた口にチョコレートが差し込まれた。

 彼女の唇の温度に、それとも彼の温度が理由なのか定かではないが僅かに溶けている。

 「むぐ」と戻されたチョコレートに驚きながら身を下げると彼女の肩を寄せるように彼が腕を回した。

 

「ふ、ますたぁ(ふぁすたぁ)……」

 

 まさに、『胡蝶の夢』三秒前である。

 

 

 

 

 

 




・『葛飾北斎伝』
 飯島虚心著作。葛飾北斎の人生や生活が細かく載っている。北斎について興味のある方は間違いなく読む史料。また、応為——お栄についても少し載っている。およそ現代に伝わっている彼女の話はこれが出典である。

・栄女
 葛飾応為が名前。比較的一般。
 近年、新しい彼女の画と思われるものも発見され、研究に拍車がかかれば良いな。というかかけたいな(願望

・南沢等明
 生前の旦那……と、言うのだがかわいそうなひと。
 割と良いとこに師事しており、詞書とかの挿絵を書いていた。あんまり著名な……むにゃむにゃ。



 わかる人にはわかるタイトル。
 できれば次は北斎ちゃんの画が飾られている某浮世絵美術館に一緒に行く話を書きたい。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。