前もって書くと明言してた番外編なので、まあ、解説は要らないかな。
期末試験期間をどのように過ごしていたかになります。
最後にオマケもあります。
本編の後の話ではありません。
耳郎家期末勉強編
夏の暑さが本格的にやってくる季節。
通風性のいいそこそこのTシャツの上に一枚薄いジャケットを羽織って、普段使用する鞄とは違うトートバッグを肩から下げて歩いている。
初めて来る土地ではあるが、事前に地図を見ておいたので問題なし。
「……ここか」
表札を見れば、洒落たデザインの名前がローマ字で書いてある。
『耳郎』──どうやらここで間違いない。先日約束した通り、今日は耳郎の家で勉強会をする事になったわけだ。
「時間もピッタリ。流石は俺だな」
「うわ、ナルシっぽいよ~」
「ん、いい匂いがすると思ったら」
「一言目がソレは流石に酷いよ? 泣くよ? セクハラで」
後ろから来ていたらしい葉隠が話しかけてきた。
「冗談さ冗談。仲よくしようぜ、な?」
「人の家の前で何してんのアンタら」
「お、ベストフレンドじゃないか。今日もかわいいな」
「かわっ……」
「あはは、照れてる~」
「照れてないから。どーせ皆に言ってるし」
挨拶みたいなもんでしょ、と一人で納得している耳郎。
そういう部分がかわいいんだよな、そう思いつつも口には出さない。黙ってニコニコ眺めてればそのうち自爆するから。
「ねね、志村くん」
「ん?」
「私は?」
腰の後ろに手を当てて、俺の顔を上目遣いで覗き込む(恐らく)葉隠。
「勿論可愛いさ」
「むー、もうちょっと愛情込めて」
「かわいいね~」
「ペット扱い!?」
犬か猫かで言えば猫だ。
葉隠はなんだろう、犬……いやでも、猫ってタイプでもないな。動物で表すの難しいよ。葉隠はオンリーワンすぎるんだよな。
「はいはい、ふざけてないで入ろうぜ……なんだよ耳郎」
「別に」
別に、なんて言う割には不機嫌だ。
相変わらず女性の機敏は難しい。これを把握して弄ぶ世の中の自己評価クソ高男子達は尊敬するよ、ほんと。たった二人の女の子ですらわからないのが人間の難しい所だ。
「お邪魔します」
「お邪魔しまーすっ」
「ウチの部屋でするから、ついてきて」
誰かに勉強を教える事はあったが、こう、友人としてという事は無かった。
『こいつなら確実に教えてくれるだろ』って感じで頼られることは多かったんだがな。ソレで他人に構ってるのに一位を余裕で取るから、爆豪が毎回テスト期間になると苛立つんだよ。
八つ当たりをするほどではなかったが、俺の顔を見るたびに舌打ちをしていた。
いい思い出だ。
「お、そうだそうだ。耳郎の両親に挨拶しなきゃな」
「マジでやめて。本当にやめて」
「えー、でも耳郎さんにはお世話になってますから……」
「誰目線よ。刺すよ?」
「男には退くに退けない時がある──それは今さ!」
キメ顔をしてる俺にイヤホンジャックが突き刺さる。
「ぐ、アアァ──!! 目が、目があああァァ!」
「じゃ、まあ、特に面白いモンは無いけど……」
「いえーい、一番乗りー!」
苦しむ俺を放置して部屋に入ってしまう女子二人。
疎外感、俺の心に疎外感。思わず川柳を謳おうと思ってしまう程度には悲しい。
「まあ、お前らにはわからないか。この
「馬鹿なこと言ってないで早く入りなよ。……あんまりジロジロ見ないでね」
若干頬を朱に染める耳郎。
耳たぶから繋がるイヤホンジャックもほんのり色付いている。な、なんだこの感情。おれはベストフレンドに一体何を……!?
「耳郎はかわいいなぁ」
「……うっさい、はやく入れっての」
耳郎の部屋の中は8畳だった。
折り畳み式のベッドと、電子ピアノかな? ドラムとかギターとか、とにかく音楽関係の道具が沢山置いてある。
「わー、耳郎ちゃんロックロックしてるねぇ!」
「う、や、ハズいから触れないで欲しいんだけど……」
「ちょっとドラム叩いていい? 勿論セッティングは直すからさ」
「勉強教えてよ……」
勉強より先にやらねばならんとメロスだって激怒してる。
椅子の高さとか、ペダルの位置調節とか諸々を行っておよそ二十秒程度。
ドラムに触れるのは久しぶりだ。
楽器屋でフリー開放してる電子ドラムを触った以来だから、もう何年も前の話。一回やっちまえば大抵出来るからそれでいいんだけど、まさかこういう形で活きる時が来るとはな。
「ん、んー、んあー、こんなもんか」
スパパンッ、と腕を操って、基本となるリズムをなんとなーくで奏でる。
初心者には見えないだろうが、上手いとも言えない。そんな感じのお粗末な腕前だ。
「へー、アンタ本当何でもできるね」
「それなりにはな。万能なだけさ」
「そこは冗談でも器用貧乏って言おうよ」
「悪い。自分に嘘はつけないんだ……!」
「嘘つくな」
ハ~ア。
ベストフレンドの懐疑的な視線が辛いぜ。
俺はこんなにも自分に正直に生きているのに。胸に手を当てて考えてみたら頭の中に色々浮かんできたので思考を断ち切る。
それにしても、耳郎の両親が音楽家なのは以前の下調べで理解していたが、耳郎もどっぷり浸かっているとは。
この感じだと本格的に目指す事も出来ただろう設備があるし、ヒーローという道を選んだ理由が気になるな。俺みたいに、絶対どっちか選ばなきゃいけない奴とは違うだろうし。
「古い時代は、音楽が戦争に利用されるなんて事が沢山あったからなぁ」
今の時代はまあ、軽い広告塔としては使われるが滅多な事では起きない。
国と国の戦争すら起きない時代だ。個性大国アメリカの支配の下、ある程度『コントロールされた犯罪』はあるにしろ大きな被害を伴う戦争は起きない。ヴィランとヒーローの小競り合い、って形で大体纏められてしまう。
オールマイト専用BGMとかたまにあるんだよな。
処刑用BGMとか。
「いい時代だよ」
「アンタ幾つだよ」
「知識を語るのに年齢は関係ないのさ」
「あーもー、ほんっとああいえばこう言う……!」
いいからやるよ! と若干キレ気味の耳郎に手を引かれて、これまた折り畳みの机に教材を置く。
机はどう見ても新品で、もしかしてこのために買ったのかと思うとベストフレンドの心遣いに感涙してしまう所だった。
「耳郎……」
「なにさ、いいからやろうよ」
「お前ホントいい奴だな」
うっさい!
俺の目が再度暗闇に包まれた。
勉強会という名の家庭教師を始めて大体三時間程、程よく小腹が空く時間帯だ。
キリがいいので一旦止めて休憩を挟むことにする。
「耳郎は問題ないな。基礎が出来てるし」
「まあ、不安な部分があったからさ」
「葉隠はヤバい。結構ヤバい」
そんな葉隠はと言うと、知恵熱でも出たのかモクモクと頭から煙を出している。個性関係ないよな? ソレ。
「あ゛ぁ゛~~、もう無理~~」
「二教科でこれだぞ。後想像するだけで怖いんだが」
「そこはほら、教師の腕の見せ所でしょ」
「教員を目指した事は無いんだがな」
将来教鞭を揮うことは無いだろう。
人に教えるのは得意ではあるが、まあ……あ、でもそうか。俺にとって最も合う職業の一つではあるな。
生徒の名前と顔は確実に覚えられるし、請われれば詳しく教える事だって可能だ。
「……そんな未来も、あったかもな」
「まだウチら子供だし、わかんなくない?」
普通はそうだろうな。
雄英高校を選んだからと言って、確実にヒーローになるわけではない。雄英高校にはヒーロー科以外にもサポート科・経営科・普通科があるのだ。今はヒーロー志望だが、今後何かが起きて変わるかもしれない。
俺以外は、な。
「うううぅ、褒美、私に褒美をください~」
「合宿いけないぞ?」
「それは嫌だ! けど勉強も嫌だぁ~」
フニャフニャし出した葉隠。
コイツ、勉強に飽きたな。まあ二教科分、特に酷いと自己報告してきた奴は何とかなっただろうし、問題点はクリアしたか。なら俺も乗らせてもらうかな。
「えいっ」
一息吐こうとした瞬間に、胡坐をかいていた俺の膝元に葉隠が倒れ込んで来た。
──瞬間、目の前に居た耳郎の目つきが変わった気がする。
「なんだなんだ」
「ふふふ」
「おーヨシヨシ」
「猫扱いじゃん!」
うがーと暴れる葉隠の、恐らく頭があるであろう場所を撫でる。
うーん、猫を撫でる時ってこんな感じだよな。気まぐれな猫が甘えて来たときに、散々ベロベロ撫でまわすんだが意外と甘えてきたりするもんだ。
結構、その、ラフな格好だけど纏まったセンスのある服装してるんだよ。
上向きでも形が崩れない胸部(独自表現)とか、引き締まった腰のラインとかが見えるんだわ。服だけだから。
侮れん、侮れんぞ葉隠……!
だが俺にハニトラは通じない!
俺の精神は鋼のメンタル、性欲を抑制して男女間の友情を維持することなど造作も無いわ!
「じゃ、ウチも」
「は?」
反対側から耳郎もやってきた。
ウソだろ……両手に華、全世界の男が羨む光景ではあるがこれは困る。
どう動けばいい? 俺はどうすればいいんだ、誰か俺を導いてくれ……!
一人分は凌げても、二人分になれば違うだろ。
「──……ぐ」
そっと耳郎の髪に触れる。
普段からこう、葉隠と違い『好き好き』オーラの無いベストフレンドだ。人目のある場所でのコミュニケーションばかりであったから抑制していたのか、それとも単純にタガが外れたのか。こんな積極的な身体的接触はこれまでに無い類である。
サラサラで、若さもあるだろうがよく手入れされている。
楽器を嗜んだり、趣味が若干女子らしくない──そういうコンプレックスが内面にあるのが耳郎だ。
この部屋を見ればわかる。普段の言動とか、抑え込んでる節はあるしな。
まぁ、人目も憚らずグイグイ来る葉隠のバイタリティが凄まじいのだ。
「……ま、たまにはいいか」
「──響香、友達遊びに来てんだって!?」
バタン! と扉が開かれる。
明らかに男であり、親し気に呼んでいるあたり家族なのは間違いない。
皮膚を見る感じ男性、ていうか本とか出してる著名な音楽家である。
姓は耳郎。
はい、確実に父親。この状況を見てどう思う?
娘、その女友達、二人揃って同い年っぽい男の膝枕(少し形は違うが)をしている。
この瞬間、俺の脳味噌がフル回転。
どうにかしてこの状況をいい方向に逸らしていく手段は──ある!
「
「黙ってて!!」
「グアアアぁっ!」
「し、志村くーん!」
深々と俺の眼球を貫いたイヤホンジャック。
個性の不正使用は犯罪であり、なおかつ暴力系ヒロインという拡大解釈を受けそうな行動。耳郎、これはマズいぞ。俺的にも。
「見ない間に娘がクラスメイトとイチャイチャしているかと思えば、しかも女の子二人で奪い合ってるし……ロックだな!」
「耳郎、お前の父さん大丈夫か?」
「もうウチを放っておいてくんない?」
「いやー勉強した勉強した! もう私余裕で半分は解ける自信あるね!」
「ウソだろ……何時間勉強教えたと思ってるんだ……」
日が暮れ始める夕方。
青い空が茜色に染まる時間に、俺達は耳郎宅を出た。
「ま、俺と耳郎は大丈夫だし後は葉隠次第だ。俺だって一緒に行けないのは寂しいからな」
「……うわー、ちょっとドキっと来た」
「キメ顔作るから今一度囁いてやろう」
「そういう所が残念なんだよね、アンタ」
勿論耳郎も来ている。
最寄り駅までは見送ってくれるらしい。ラフな格好ではなく、一枚ジャケットを羽織った簡素ではあるがセンスを感じる服装。
「俺優等生じゃん? 自分の顔がある程度整ってるのは自覚してるからな」
「ナチュラルナルシすぎて驚いちゃうよ!」
「まあ峰田よりかはカッコいいんじゃない?」
憐れな峰田はここで流れ弾を食らっている。
峰田のキャラデザが、という訳では無く普段の言動の差だな。好感度というのはこういう状況に限ってとてつもない効力を発揮するのだ。俺はゲージ最大だとすれば峰田は最低値を突き抜けたマイナス値。
セクハラとコミュニケーションは紙一重なんだよ。
「ふー、やれやれ。自分が天才すぎて恐ろしいぜ」
「たまにどういう思考してんのか気になる時があんだよね」
「ポジティブなのは大事だよね!」
ああ葉隠、俺の癒し。
やっぱこういうトコなんだよな、この全力癒しオーラは何物にも代えがたい。いつか個性にも効くようになる。
「ハァ~、耳郎も見習って……いや、そのままでいいな。やっぱりそのままが一番だ。お前はそのままでいてくれ、頼む」
「いや、意味わかんないし。……まあ、ありがとう?」
素直さと照れ隠しが行ったり来たりするトコロがポイント高い。
「んふふ、楽しみだね~合宿!」
「……ん、ウチもたのしみ」
女子二人が楽しそうに話している。
なんだか小説の一節にありそうな光景だ。
茜色の空の下、クラスメイトの女子二人と仲睦まじく歩いてる。
ま、青年誌みたいなエロは無いわけなんだが。
俺なんかの事を慕ってくれる友人は、大切にしなければならない。
「──志村くん、駅前のお店寄ってこー! 耳郎ちゃんオススメなんだって……さ……」
「いや、ほら、そんなに食べた訳じゃ無いんだけどさ。老夫婦のやってる雰囲気がいいドーナツ屋さんってあるじゃん、そういう感じの……」
急に話すのを止める二人。
俺の顔を見てピタリと止まってしまった。思わず口角に触れて、例の顔をしているかどうかを確認する。
「え、なに。なんかあった?」
「……い、いや。なんでもない」
「ねー、なんでもないよねっ」
そそくさと歩いてきて、俺の手を引く葉隠。
「行こ行こ!」
「なんだよ気になるなー」
「気にしなくていいの」
柔らかく笑いながら、耳郎が空いている片手を手に取る。
──ま、いいか。
たまにはいいんだ、こういう感じで。
──―
──
―
──どうして今になって思い出したのだろうか。
まだ、手遅れになってない時の記憶。
それに踏み込むべきだった時の記憶。
「……ね、耳郎ちゃん」
「……うん」
「私さ、本当にね、迷惑掛けちゃったんだ。一緒に先生たちの場所まで行けばよかったのに、見られないからって、変な自信もってさ」
ぽつぽつ言葉を漏らす友達の、見えない背中を摩りながら相槌をうつ。
「捕まった私を助ける為に、我全くんがね……」
「……ウチも一緒だよ。情けなくて情けなくてしょうがない」
ヴィランが現れて、ヒーロー志望なのに抵抗する事も出来ずに──連れ去られた。
大事な人だったのに、反応する事すら出来ずに。
「こ、これで何かあったらどうしようっ!? 私もう取り返しのつかない事を──」
「──透」
不安を口にする友人の言葉を遮り、顔があるであろう場所を見る。
見えなくてもその不安は容易に想像できる。私も同じ気持ちだから。
「大丈夫。きっと大丈夫だよ」
透に言うようでいて、自分に言い聞かせる。
アイツは大丈夫。いつも飄々としていて、真意を隠して薄笑いを浮かべている彼。私の淡い想いを知っていて尚踏み込ませようとしない憎たらしい彼。
頭に浮かぶのは、口角を上げて不器用に笑う顔。
大丈夫、絶対大丈夫なんだ。
──そして、浮かび上がってくる血塗れの姿。
ああ、だめだ。あの姿を思い出してはいけない。ぐちゃぐちゃと音を立てながら少しずつ肉が戻って行くあの異常な光景は、覚えていていいモノではない。
込み上げてきた吐き気を抑えこんで、激しくなり始めた動悸を押さえつけて、思考を入れ替える。
「本当にさぁ、いつもああやって心配させるよね。ウチらがどんだけヒヤヒヤさせられてるか……」
自分の気持ちと場を紛らわせるために文句を言う。
「暴露するけど、ウチ、振られたんだよね」
「えっ……?」
「友達で居たいって言われたよ、遠回しに」
悩んでいる事以上のショックを教えればいい。
正直話すつもりはなかったけど、この際仕方ない。自分の恥を飲み込んで、感情を抑えれば話題の一つだ。
「ウチの事嫌いとかそういう事じゃないと思うけど、でもさ。……言いたい事わかる?」
「…………うん」
「すっごい悔しいけど、納得してる。だってウチ、いつだって恥ずかしがってたもん」
恥ずかしがって、言い訳ばかりして、一歩引いた場所に居た。
この関係が変わらないと思って、いつまでも楽しんでいられると楽観視していたのだ。きっと選ぶことは無いだろう、そして、選ばれる事も無いだろうと思って。
「はーあ、もっとグイグイいけばよかったなぁ」
後悔先に立たず。
いつも馬鹿なことばかり言ってるくせに、誰よりも抱えてるモノが多かったバカなやつ。アイツの思考が移ったような気がする。
「だからさ、言いたいことは沢山あるし。きっと大丈夫だって信じよ?」
「──……ん!」
特に根拠もない自信を掲げて、二人で笑い合った。
──一時間後。
テレビ中継で、身体が崩れていく“彼”を見た。
ヒロインズ視点を望んでる人が多かったので付けておきました。