戦場を駆ける有翼ノ一角獣《アリコーン》 作:お猿プロダクション
Q.なぜこんな事態になった?
A.タナガーを活躍させたかった
Q.元々ポッと出のゲストキャラの立ち位置なのに何故?
A.せっかく作ったキャラだし活躍させたかった
アンポンタンで〜す
「ところで……艦長。」
「なんだ?」
「あの……タナガーは、ここに配属になるんでしょうか?」
「お前がそんな事を気にするのか。………質問に答えるならば、YESともNOとも言えん、というのが正確だな。正式な辞令が来たわけではない。」
アリコーンにとっては、のっぴきならぬ理由により「そんな事」では無く、自身の艤装に匹敵するかそれ以上の大問題である。そして完全に──────少なくとも現時点で──────彼の下に就く訳では無いということを聞き、アリコーンは心中胸を撫で下ろすのだった。
「ええっ!じゃあ今、あたしは艦長のフネじゃ無いんですか!?」
一方、入れ替わるようにして声を上げたタナガーが、机を土台にするようにして上半身を乗り出した。勢いに任せてそうしたものだから、向かい側のアリコーンが少し上体を反らした。
「そうだな。それに、この艦娘艦隊の戦闘教義に沿っていないと言う点で、強ち間違った状態ではなかろう。」
「「ングっ」」
この言葉に、さも引っ掛かったようにして2人は喉を締める。タナガーは現実を提示された事によって出すべき言葉に行き詰まり、アリコーンは「戦闘教義に沿っていない」という言葉に思うところがあり過ぎて、気まずさを思い出したからだった。
アリコーンのそれを他所に、タナガーは新たに言葉を繰り出しブンブンと元気良く腕を振る。
「で、でもあたしは戦艦としても優秀ですよ。ミサイルが使えなくても、敵を殴れます!」
「そんなことは、分かっている。」
ミサイル戦化された航空機や新鋭艦の跋扈するなかで、旧来の重装甲・砲戦型戦闘艦として存在したタナガーがエイギル艦隊の旗艦を務め得たのは、特別指揮通信力の強化に注力されていた訳でも、あらゆる艦艇に追従出来る優れた機動力があった訳でもない──────寧ろ、装甲という余分な"重り"があるタナガーは機動性に劣る側であった──────それはひとえに、タナガーが"戦艦"であったことに由来する。
エイギル艦隊──────ひいては
指揮能力よりも、鋼鉄の籠で艦隊指揮機能を守る事を求められ旗艦となったタナガーからミサイルその他先進兵装を取り上げた所で、残るのは脳筋戦艦ただそれだけであって、そして戦艦はそれだけで十分に強力だ。
「タナガーの戦艦としての能力を、俺が疑う訳はあるまい。」
「じゃ、じゃあなんで……?」
「俺以外の人間はその限りではないというだけの話だ……そら、噂をすれば。」
室外の気配を感じたマティアスが部屋のドアへ視線を投げ掛けるや、見計らったようなタイミングのノックが小気味よく鳴った。マティアスがそれに応じると、ドアを明け放って室内に踏み入った影は2つ──────何れも彼の見知った人物だった。
「アリコーン、お久し振りデース!」
お団子の目立つブラウンのロングヘアを湛えた彼女には、見覚えしかない。快活な所作と片言っぽい喋り口がそれを補強させた。
「ご無沙汰してます。」
ぺこ、とアリコーンが会釈して見せる先で、彼女──────金剛が、朗らかな顔でアリコーンの具合を尋ねてきた。
「調子はどうデース?」
「おかげさまで………悪くはないですね。」
「I'm relieved!なら良かったデース!」
元々の長女柄故か、良く言えば面倒見がよく、悪く言えばお節介な性格をしている金剛は、この艦隊で一番の新参
その2人のやり取りを横目に、マティアスが提督に席を勧める。マティアスには、彼等が来た目的が分かっていた──────と、言うよりは彼等がここを尋ねてくるのは、事前に知らされていた予定の内であったに過ぎない。
「………例の件で?」
「えぇ、
制帽を脱いで髪を整える提督の仕草は、ここ数日何度か目にした。面倒ごとが終わるとよくやっていると、金剛も言っていたが…………「今回の件」については、この鎮守府はおろか日本という国においても収まり切らぬ大事に発展していて、そこから発せられる心労の津波に正面から立ち向かなわければならないのは、最早提督だけでは無い──────という事からも、その度合いも分かろうというものだ。
そして、提督たちがここを尋ねた理由こそが、その心労の原因となっていた「例の件」なのだった。
「そもそもが難しい注文で………けれども向こう側が提示してきた対価が結構なものでね、アレを蹴るわけには行かなかった。」
やれやれ、とばかりに顎を撫でる提督。その手に当たる感触に苦笑を覚えたのは今日が初めてではなかった。芝の様な存在感を示す無精髭が、彼の近況を今更ながらに訴えている様だった。
「それは良いが………実施はいつに?」
「早ければ、今日。」
「本当に早いな………。」
言って、マティアスが視線を向けたのはアリコーン…………では無くタナガーだった。
「……?」
「タナガー………こちらへ来い。」
手招きするマティアスに、何処かネコを思わせるようなコロコロっとした足取りで寄ってゆくタナガー。その背景では、ジト目でそれを見つめるアリコーンと、それを面白おかしく生暖かい目で見る金剛の姿があった。
「うん…‥何?」
「艤装の運用は問題ないのだったな?」
「まぁ、一応………発進手順、航行、機動、戦闘………一通りは。まだ艦隊運動の訓練はしてないから、編隊航行とかは出来ないけど。」
「十分だ。よし、準備しろ。」
言葉少なに席を立ったマティアスにタナガーは目を白黒させた。「じ、準備って!?」と状況を理解出来ず慌てるタナガーへ、諭すような口振りで彼は語った。
「言っただろう。お前の戦艦としての能力を、俺は理解していてもそれ以外の人間はその限りではない……と。だから、お前の戦艦としての
〜〜〜〜〜
鎮守府沿岸
開けた海岸線から沖に目を移せば、そこには何一つ遮るもののない海洋と果てのない蒼天が広がっている。波の少ない、鏡の如き海面に映された空と海が相まって、一つの絵画の如くに完成された情景がそこにはあった──────そこに佇む人影──────
戦艦艦娘タナガーは、この日初めてとなる焦燥の中にあった。尖らせた唇も、頬を伝う汗も、自分にはらしからぬと思いながら、それをやめられなかった。
彼女は数分前の発端を反芻する──────
「いきなり演習?マトモな艦隊運動だって出来ないのに!?」
そういうタナガーはマティアスにはそういきり立つな、と諭されたものだが、いや、いきり立ちもするでしょう、こっちはペーペーだよ?と言内外で訴えるのだが、その後に続く言葉に、タナガーはさらなる衝撃を受けるのだった。
「一対一で彼女と"対決"してもらう。」
「??????」
対決?演習でもなく?しかもその彼女と言うのが──────
「
提督と一緒に入ってきた、元気に腕を振り回す巫女服様の女性は確かコンゴウと言ったか──────流石に着任してから日の浅いタナガーでもその名前と顔は理解している。この鎮守府で最古参、そして最ベテランの戦艦艦娘!何十人と数える艦娘達の中で、唯一の"指輪付き"である事が、それを如実に物語っていた。
…………で、さ。今から
「無理でしょ!負け戦じゃん!」
「そう言うな。艤装の性能はお前の方が上だそうだ。」
「そーいう問題じゃなくない!?」
尚も抗弁するタナガー。だがその光景が少し面白くなかったアリコーンは、タナガーに向け、後ろからプスリと刺す様な一言を投げかける。
「あら……艦長がお望みなのに貴女は及び腰な上、手もつけないんですねぇ。」
「やらないとは言ってない……!」
売り言葉に買い言葉………という表現が似つかわしかろう。アリコーンの言葉は挑発スレスレであったし、カッとなって振り返り、タナガーの畳み掛ける様な反論はその後の彼女の行く末を図らずも決定してしまった。
「では………決まったな。」
「あ……。」
──────と、そんなこんなのトントン拍子で決まってしまった───決められた?───今回の演習もとい「対決」だが、その内容の歪さと決定のされ方にこそ文句はあれど、最初のうちはタナガーも実は乗り気ではあった。何故かと言うに、これはマティアスにも言われた通り彼女の戦艦としての価値を示す絶好の機会に他ならなかったからだ。しかもその相手がこの鎮守府最古参の戦艦艦娘とあらば、これはもう胸を借りるつもりで思い切り打つかるより他にない!見ようによっては楽観視にも思えるそれが、タナガーが今回抱いた感情であった。
そして、タナガーが今回の件を比較的楽観視出来ていたのは、何も彼女の元来の性格から来るものではなかった。「戦艦」タナガーには、9門からなる長大な主砲のほかに、二つの強大にして精密な"槍”が存在した。BGM-109「トマホーク」巡航ミサイルとRGM-84「ハープーン」対艦ミサイルというのが、その名称と運用目的であった。
前者は主砲を遥かに上回る遠大な射程を持たされ、タナガーにとっては主砲を差し置いて最大最強を誇ると言っていい兵装だった。その威力たるや、直撃すればたとえ戦艦であっても無傷は保証されない。後者もまた射程の面では主砲を大きく引き離し、駆逐艦程度であれば一撃で粉砕可能だ──────そしてこの両者は発射から命中直前に至るまで慣性航法によりレーダー網を掻い潜る超低空を飛翔し、敵に回避と察知の間隙すら与えない。
これらのミサイル兵装はタナガーに主砲以上の火力を保証し、エイギル艦隊の対地対艦打撃戦力の中核を成し得るに至ったのである──────のである、が。彼女は自身の艤装に纏わる重大な問題について、彼女自身の上官に問い質さねばならなかった。
「艦長?」
『何だ。』
タナガーの艤装は、大方においてアイオワ級戦艦の艤装に似通っている。しかし仰角を付けた主砲の長大な砲身とは別に、タナガーの艤装には肩から水平線に向けてグンと伸びた、箱の様な物体が存在していた。見てくれだけで言えば駆逐艦娘 時雨の背部マウントされた主砲に似ているが、彼女の主砲は勿論別に存在している──────では、この箱型の物体は何なのか……?
「あたしのミサイル無いんだけど。」
『そうだぞ。』
「そうだぞ!?」
そうだぞじゃないが!?………タナガーの余裕と言うべきか楽観と言うべきか分からない情緒はこの時点で完全に消し飛んでいた。
戦艦タナガーの艤装に備わった箱型の正体──────それはトマホーク巡航ミサイルの
「何でぇ!?」
『戦艦としての
「うぅ。」
先刻の自分の発言が頭を過ぎった──────「で、でもあたしは戦艦としても優秀ですよ。ミサイルが使えなくても、敵を殴れます!」などと抜かした自身をブン殴ってやりたい衝動に駆られるが、最早詮無い事であった。
『安心しろ、金剛の方も水上機は使えぬそうだ。』
「取られてる物の価値が違いすぎるでしょ!!」
鈍足な水上機と必発必中のミサイルでは、戦術的な重みが綿と鉄球程度には違う!全く何から何まであたしの不利に働いてないか!?こっちは素人だぞ!──────と喚いてはみたくなったもののやはりそれも意味も無く、さして実りある行動とは言えないのであった。事ここに及んで彼女に成し得るのは、覚悟を決め、大先輩を相手取り、せめて無様ではない対決をやって見せる事でしかなかった。
「はぁ……まぁやれるだけやりますよ!……失望だけはしないでよ!?」
『何を言う、するものか。それにお前に注目するのは俺だけではなく………おっと、時間だ。では頑張れ。』
言うや、マティアスからの通信が切られ、変わってこの演習を監督する練習巡洋艦香取の、おっとりとした──────監督者としては些かおっとりし過ぎている様に感じた──────声が、開始を告げるのだった。
「アッサリしてるなぁ。」
て言うかこんな演習とも呼べない演習、艦長たち以外の誰が見るんだよ?正直艦長以外の誰に見られようがどうでもいいか〜〜……と思ったところで、ニヒルな笑いを浮かべた
と、他事を考えているところで状況は進む。それを告げる第一報はタナガーの改修戦闘指揮所、CECより告げられる。
『
きた………タナガーは些かサイズの合わない制帽を被り直す。
そしてその大波の中で、自身の電子線装置が何らかの捜索電波を捉えたことを知る。この海域でそんな捜索電波の発信源は一つしかない。
『……
「まだいい、この距離じゃ却って目立つ。」
ていうか
「砲戦用意。主砲演習弾装填、目標敵艦!」
『───
やはり金剛も此方を察知していた──────だがその事実をタナガーが知った瞬間に、レーダー照射を脅威と判断したタナガーの電子戦装置の放った妨害電波が敵の目を潰している筈だった。
それによって敵艦の射撃統制システムは一時的に倒潰し、その隙を突きタナガーが先手を打つ──────これが、彼女の思い描いた勝利へのプランだった。それを実現するためには彼女に逡巡する暇は与えられない。
射撃管制レーダーの弾き出した距離、方位といったデータが各砲塔に伝達され、指示通りの設定を妖精さんが叩き込み全ての準備が終わる─────
「主砲斉射、撃ちー方初め!発砲!」
瞬間、水平線に向かって伸びた彼女の長大な砲身がけばけばしくオレンジ色に呑まれ、暴風の如き爆圧と雷鳴の如き轟音を伴って主砲弾が打ち出された。単純に戦艦として見た場合の金剛は三度に渡る改装形態を得ているとはいえアイオワ級とほぼ同格のタナガーからすれば遥かに格下だ。発射された弾丸はやはりアイオワ級のそれとほぼ一致し、1発当たりのエネルギー量は3億メガジュールを超える。これが金剛に直撃すれば、如何に雲泥の練度差があろうと被害は免れない──────
砲弾は殆ど曲線を描かずに──────着弾!
水平線の一角に立ち昇った黄色混じりの水柱──────タナガーは今回、黄色い染色料の演習弾を宛行われている──────を見た時、タナガーは舌打ちする──────外した!煩わしげに、長い前髪を弾く。弾着を確認した妖精さんの報告も同様であった。
「次発装填急げ!」
砲煙に塗れた視界の、その隙間に見える水平線は未だ沈黙を守っている──────だがそれもすぐに終わるだろう。こちらが撃った以上その位置は暴露されている訳で、如何にこちらの
「総員衝撃に備え!」
そう言い終わった殆ど直後。時間にして10秒にも満たない間──────水平線の煌めきは針の一点の様な光点から、視界いっぱいにまで押し迫る黄白色の光源となってタナガーの眼前にまで迫って来る!
「ウワッ……!」
ドドドォォッ!!!!!………爆発と衝撃で、海を破る様な真白い巨大な水柱が何柱も現れ、それらが崩れ去った後にはタナガーは艤装と言わず身体と言わず全身を海水で洗われていた。その中でタナガーは、残滓の様に主砲の砲身で結晶化した塩を払いながら、額の青筋に冷や汗を注いでいる──────誘因はやはり、突き抜けた金剛の砲撃──────その精度!
「初弾でこの距離だと……!」
落ち着きを取り戻した海面とは裏腹に、タナガーの内心は艦の引波の様に、静かで、だが穏やかではなかった──────それを振り払うためにも、タナガーは次なる砲弾を撃ち出さなければならなかった。
『
『
「撃ェ!」
妖精さんからの報告に、間髪入れず発射される主砲!発射の衝撃に耐えるタナガーの揺れる視界で、水平線に伸びてゆく流星の如き砲弾の連なりが遠ざかる。ややもせず瞬いた水平線の一角──────だがそれは予期された光ではなく、寧ろ異変として彼女の脳で処理されていた。こっちの着弾じゃない、1秒早い!
自弾の効果を目視で確認する術を諦め、タナガーは着弾の衝撃に備える。しかし、到達した砲撃の衝撃の激しさと、突き立てた水柱が作り出す摩天楼の最中で受けたタナガーの衝撃は別種で、かつ更に強烈だった──────それを覚える度、水平線を睨む翠の瞳が露骨に歪む。
「……!」
夾叉──────
──────この状況は、危険だ……!
今ので分かったが、装填速度は向こうのほうが早い──────彼女は知らなかったが、金剛改二丙の主砲として装備されている「35.6cm砲連装砲改ニ」は射撃精度以外にも装填速度の向上により単位時間あたりの投射量が大きい──────門数と口径では勝るが、射撃速度で差をつけられてしまっては意味が無い。
加えて、この交戦距離が問題だった。
考えてみれば、戦艦同士がこの距離で殴り合う事が可笑しいのだ──────生身(?)の戦艦から生身の人間サイズに落ち込んだ事で、目に見える距離への認識に圧倒的な齟齬があった!そしてこの戦艦同士からすれば「接射」と言い切って良い距離では、多少の砲口径のサイズ差は存在しないのと一緒だ。金剛の主砲弾が直撃すれば、たとえタナガーより一回り以上小さい35.6cm砲弾でも彼女の
(少しでも距離を稼ぎつつ、ヒットアンドアウェイに徹する……か?)
しかし、いかんせん些か無様………更にいえば、多少距離を取ったところで誤差であった。しかし幸い速度と電子兵装の利はこちらにある、と考えたタナガーは距離を取ることを選んだ。距離が無いよりはマシであるし、僅かとはいえ有利の芽を掴めるならばそちらに傾くべきだ。
「レーダー、敵艦の進路は?」
『
現在、南下する金剛に対し北上するタナガーがほぼ真正面から相対し、反航戦で砲戦を演じている様相となる。これを可能なら同行状態とし、速度の優位を持って距離を保ち、金剛の修正よりも速くレーダーと弾道計算コンピューターの力業で先に命中を得、打ち勝つ──────戦場はやはりベテランのテクニックが頼られるが、それが無い者がテクニックに対抗するにはやはりテクノロジーだった。
「……両舷前進最大戦速!増速後取舵一杯、針路2-1-0につけ!」
『
足を引っ張られる様に、グンと増速する。その間に飛来した金剛の砲撃がタナガーの両脇を掠めてゆき、ドン!ドンッ!と派手な水柱を立てた。追いすがる飛沫を振り払うように姿勢を低く前屈みにするタナガーが最大戦速の33ノットに達した時、装填を終えたタナガーも応射の咆哮を上げる。
暫くして水平線にそそり立った水柱の中に、タナガーは微かに影を見た気がした。それこそは、間違いなく今彼女が砲戦を演じている戦艦金剛改ニ丙であった──────そして今度もこちらの砲撃は挟叉で命中してないのだが、その原因が単純に運の良し悪しや散布界の影響だけではない事を知った。
金剛は、まるでスピードスケートの走者のように、スムーズに体重移動をしながら、脚を交互に斜め前に押し出す動作を繰り返していた。これによってスケートで弧のトレースを描くような、速度変化の少ない───即ち、速度低下が少ない───微妙な蛇行運動をしてるのと同じになるのだ。
この微妙な蛇行が、タナガーが金剛に対し命中弾を得られていない主因になっていた──────そんなの分かるか!ていうか知らん!…………と彼女が地団駄を踏みたくなる気になるのも、やむなしであった。
「取り舵ッ一杯!針路2-1-0!」
つっけんどんに言い放ち、怒らせた眉もそのままに傾いてゆく水平線を睨めつけるタナガー………その上でぽつねんと佇む影──────その影が背景の蒼天に溶け込むような光を発した瞬間、タナガーは自分でも驚くくらい「ギョッ」と言った。
嘘?……撃ってきた!?
回避──────いや回頭中で速度が乗ってない!
そもそも──────殆ど横っ腹を見せている今の状況──────艤装の投影面積が大きい!
ブラーを帯び始めた視界の端が引き伸ばされ、ぐんぐんと大きくなる四つの光弾を認めたとき、タナガーの翠の瞳はかつて無い程に見開かれるのだった。
ドゴンッッ!!!──────直撃!予期された衝撃は、だがやはり予想以上に彼女の全身を強かに打ち海面で
水飛沫で着飾ったタナガーがその白衣を脱ぎ捨てた時、彼女は付き纏う様な黒衣を従えていた──────それは煙突への被弾によって溢れ出た黒煙───を模した煙幕───であった。
『
「……クソ!」
演習弾とはいえどもその衝撃は本物だったし、受けた被害を再現する為の工夫や装置が幾つも整えられていた。今回は煙突側面に破孔が穿かれそこから排煙が漏出した想定で、煙幕展張装置が一つ使われている。
タナガー自身の視界は、以外にも悪くなかった。破壊された想定の第二煙突は彼女から見て艤装の右側にあったが、風向きと彼女自身が遅からぬ速度で前進する関係上煙は尾を引く様に後方に拡散していた。
一方で、彼女は肉眼で金剛の位置を見失う。金剛とタナガー、それぞれが南下と北上を行う中でタナガーが折り返し、金剛を右後方に見据えるほぼ同行状態となった現下の状況。このせいで、煙が完全に金剛を確認出来る筈の方位を覆ってしまったのだ──────だが、タナガーが悪態を突いたのはそれによってではなかった。
後方に流れてゆく波間が目に見えて緩やかになってゆく様を、タナガーは忌々しげに見ていた。速度の低下──────煙突の破損は排気の機能不全を齎し、機関の全力運転を許さず、加えて罐の燃焼効率が低下して発揮可能な速力が低下する。もしそうすれば、排気が逆流し艦内部へ深刻なまでに流入、艤装妖精さんや彼女自身に様々な面での悪影響を与える事は勿論、艤装そのものにもダメージが重なる。
「……これ以上速度は出ない?」
『──
「運だったらツキが無さすぎるし、狙ってるんなら滅茶苦茶だよ……!」
そして、これはタナガーの持つ金剛への優位性が一つ消え去った事を意味する──────速度優位の消失──────それはタナガーにとって最も避けられるべき事だった。視界を遮られている中で、彼女の優秀なレーダーが後方から迫る金剛との距離が迫りつつあることを示していたのは、皮肉にしか感じられないタナガーだった。
「主砲斉射!っ撃ェ!」
発射の衝撃に圧された煙幕が円状に晴れ、その間隙に見えた影に向かってタナガーの放った砲弾を見送った直後、再び視界は暗灰色に覆われてしまう──────さしものタナガーのレーダーでも発射した弾丸の軌道をまでは、捉える事は出来ない。タナガーの弾着観測手段は失われたのだ。翻って金剛は、煙幕の先頭目掛けて砲撃を打ち込めばよい。
バリバリと海を裂きタナガーに飛沫と衝撃を与えてくる金剛の主砲弾に、タナガーは絶叫する。
「どーやって当てんのよ、これ!」
『
「バカ、また的になるだけよ!」
タナガーは距離の如何に関わらず金剛の前で側面を見せるのを明らかに嫌うようになっている。金剛がこちらの回頭するタイミングに合わせて砲撃しただろう事を、たった一度の被弾を経て確信めいて看破したのだ。そうでなければ、あんな被弾はしない───だが、どうやって此方が回頭する事を金剛は見破ったのか?───それを分かった上で再びリスクのある戦法に傾倒するほど彼女は無能ではなかった。
では、どうするべきであろうか?タナガーはつい先ほどの会話の中でそのヒントを得ていた──────それは、「反転」という単語。彼女にとって、何も敵に向かって向き直るだけが反転ではなかった。
「───取り舵、針路1-0-5へ転舵!」
『……!?』
困惑混じりに艤装妖精さん達は困惑混じりにながらも、傾斜してゆく艤装内で手近なものに捕まり姿勢を保つ。艦橋から外に目をやると、傾いてゆく筈の水平線は煙に紛れ、殆ど見えなくなっている………そうか!と艤装妖精さんは小さい手を打った。発生した煙を実際の煙幕に見立てて使うことで、金剛の射撃の精度を欠けさせるのがタナガーの狙いだったのだ。こちらからも金剛の姿は相変わらず見えないが、精度の面で言えば電子戦兵装に優れる此方に有利の筈だった。加えて、金剛の索敵能力はタナガーの発した妨害電波で大きく減ぜられていることも、この方法が有効と考える事に拍車をかけた。
向こうの発砲のタイミングは分からないが──────ドバァーー……ンッ!!!と轟音を立てて屹立する水柱の群れが精度を欠いていたのは、彼女の目にも明らかだった。
「主砲左砲戦、撃ち方始め!」
ドゴン!と吐き出された砲弾。それが煙の向こうに消えていった後に彼女にできることは最早ない。レーダー照準されたとはいえ、煙幕発生時とさして変わらないこの状況ではタナガーの命中精度も恐らくは低下しているだろう。
「……!」
その中で、金剛の針路が微妙に変わっていることをタナガーは知った。針路1-9-0──────タナガーに向けてほぼ真っすぐ突入を図るコースだ。陣形で言えば丁字戦の格好になり金剛が不利となる所だったが、素の装備スペック以外殆ど全てで勝る金剛にとって、恐らくそれらは今日出来る範囲だったのだろう。最大速度の30ノットを発揮してタナガーに向け直進している──────そしてこれは、排煙を利用して金剛の射線から逃れようとするタナガーを逃さないための動きでもあった。当たらない銃砲を命中させる最も効率的な方法は、的に近づく事であるからだ。
………受けて立とうじゃないか!
前触れもなく膨れ上がった海面が轟音と共に、溢れるような白々とした鐘楼を作り出し、その中を突き進むタナガーの顔に影を落とし込む。だがそこに
貼り付けられた表情には緊張と焦燥を混じえながらも、有力な敵手を前にした
──────その後のタナガーと金剛の砲撃戦は、第三者から見ればややタナガー不利に進んだように見えた。タナガーの砲撃に怯む事なく驀進を続ける金剛に対して、速度が遅いうえ金剛に対しほぼ直角の運動を行うタナガーはみるみる内に距離を詰められていたからだ。煙を巻いて姿を隠そうとする関係上、タナガーはある程度直進した時点でほぼ180度の反転を強いられていて、その都度にも金剛の砲撃は集中したのだ。金剛は、タナガーの反転するタイミングを凡そ掴んでいるようであった。
『
「ッ撃ぇっ……!」
はたして何度目かも忘れた主砲発射の衝撃に耐え切った時、タナガーは主砲の発射を止めさせた。数度の反転を経て、彼我の距離は著しく狭まっていて、発射音すら聞き取れる様な近接距離になっていたからだ。その音で位置を同定されてはたまったものではない。
「可能な限り引きつけてから撃つ!レーダー、目標を逃すな……!」
『リョウカイ!《了解!》』
主砲が蠍の尾にも似て剣呑な長砲身を、まだ獲物を見出せぬ煙の向こうへ睨めつける──────カクン、と主砲が微妙に動いたのをタナガーは見た。ずっと砲戦を繰り返していたから気付かなかった、どうも潮の流れが強いうえ複雑らしい。
これを利用して何か不意打ち染みた事は出来ないだろうかと考えてみる。潮流に乗って船足を速められたら面白いが………この距離でそれをやってもしようのない事ではあるか…………そしてそれ以前に──────
『
──────もはや距離も時間も彼女には残されていない。彼女の右舷側に迫った金剛は、目と鼻の先にいる。
「全砲門開け!金剛を仕留める……撃てェ!」
発砲……!同心円状に圧され晴れてゆく煙の向こうで、ブロッケンの如くに突き進んで来る影──────それを囲むように立った水柱は、神殿のエンタシスにも似て、金剛の姿を佇む彫刻の如くに彩っている。
光──────撃った!………スゴンッ!!着弾……!その衝撃たるや先程の比では無かった。『
なおも迫る距離──────「面舵いっぱい!方位0-5-0!」
その言葉にギョッとして妖精さんが豆みたいな口を開いた。
『
「ぶつけてでも勝つんだよっ……!」
たとえ砲戦で撃破出来なかったとしても、そのまま押し潰してやる………!それくらいの勢いで臨まなければ、勝てないのだ!舵を切ったタナガーの目前に、同じく針路を衝突コースにとった金剛の姿が、今はまでよりもはるかにハッキリと目に出来た。
紅白の巫女服とレースの付いた黒を基調としたスカートを纏い、小洒落たカチューシャ型の電探艤装やお団子を結ったブラウンの長髪などは柔和な女性的な印象を受けたかもしれない。だがそれらの上には、凄絶な戦意と攻撃意思が牙を剥き、とぐろを巻いた毒蛇にも似て此方を見ていた。
その毒蛇は猛進してくるタナガーの大重量に怯みもぜす、ずんずんと距離を詰めてくる──────お互いの顔まで目に見える距離!
「撃ぇッ!」
タナガーの第二主砲が咆哮する!吐き出された砲弾はだがしかし、直前に「カクン」と鋭い舵を切っていた金剛の左側面を僅かに掠め、約100m先で虚しく水柱を上げる。この距離で避けるのか………!?
『
「退くな!」
文字通りのド正面!眼前で急速なまでに拡大する金剛の艤装とその姿に浮き足だった艤装妖精さんを、タナガーは一喝する。
「タナガーは一歩も退かん……!!」
彼我の艤装、突出した装甲板に存在する空間が瞬く間に狭まり、そこに影が落ち、そしてその狭隘な空間が消え去った時──────接触!
ギリリリリィッ!と絹を裂くような激震。ブチ当たった互いの装甲板からのたうつ様な火花が無数に飛び散って、互いの姿を派手やかに彩った。
更に──────ガァァ………ンッ……!と新たな衝撃が加わる。金剛がタックルを繰り出す様にしてタナガーの艤装に向け舵を切ったのだ。艤装が悲鳴の様な軋みを上げて、血飛沫にも似て火花を吐き出した。その光の小川の向こうで揺らめいた砲身の陰に、タナガーの翠の瞳がギョッとして見開いた。
「ファイアーーっ!」
金剛の声が聞こえるや否や、眼前の景色が白濁に覆われ、それを認識する前に吹っ飛ばされる様な衝撃をほぼ真横から喰らった。金剛の第一、第二主砲がタナガーの第三主砲塔に向けほぼゼロ距離で発射し、これを破壊したのだ。
艤装を絡み付かせるほどの距離で、二人は
質量でも推力でも優っている筈のタナガーの艤装を以てしても、如何ともし難い
金剛の姿が視界から消え、振動と音響がほぼ同時に消え去る。このたった一度の交錯でタナガーの火力は三分の一にまで落ち込んだが、それでも彼女炉の戦意は衰えていない
それどころか火に薪をくべた様に燃え上がって、磁石のように金剛の背を追おうとした。
(また第二主砲は生きてる……これを叩き込めれば、まだ勝機は死んでない!)
そして、ほぼ同じ事を金剛も考えている筈だった。太極図か、互いの尾を呑むウロボロスを描く様に、互いの背を取り合うドッグファイトの発生を彼女は予期する──────だがそれでは金剛に勝てない。小回りは明らかに向こうの方が上だった──────だからタナガーは、ドッグファイトには乗らず、ただ金剛を射線に入れることだけに全神経を注いだ。
「面舵いっぱい!第二主砲、金剛を狙え!」
艤装も身体も使って、全身で第二主砲塔を真後ろに向けることだけを考えれば、小回りの不利を一時的にも解消出来るはずだった。だがこの一撃を外せば後がない──────
「見張り、目標を逃すな……!」
「
レーダーはさっきの衝撃でダウンしてしまった。頼れるのは己と妖精さんの目のみ。舵を切り、上体を捻って、砲塔を回し、考えうる限り最速で金剛の姿をその内に見据え、そして──────捉えた!
──────刹那。
かくん、と舵がずれた。
「───!?」
一瞬が1分にも2分にも感じられた感覚の中で、タナガーの目が泳いだ。第二主砲は確かに金剛を捉えているはずだった。しかし、それは残酷にも左に僅かにズレていて、一方で金剛の主砲はその砲口の中にすっぽりと自分を納めている。
──────まさか。
転舵し速度が落ちたところで強い潮流に捕まり、船体の立て直しが効かない。流れに向かって斜めに突っ込むような舵の切り方をしたのもまずかった。余計流れを喰らい、船の安定を欠いたのだ。
──────誘い込まれたのか………!
愕然とし、そして全てを悟った。彼我の間に横たわる圧倒的な差を………一発に賭ける──────その一発すら無かった!ただ強く、戦いが巧いだけではない。賭けの一撃すら許さないのが、本物の強さなのか……!
引き攣った笑いを貼り付けたタナガーに向けて、左手を突き出して大きく口を開けて号令を下す金剛の姿。その様は、フラッシュバックにも似てタナガーにとって仇敵の姿を思い起こさせる。
(鬼神……!)
煌めいた光の向こうから覆い被さるようにして赤熱化した砲弾が飛来した直後、彼女の意識は混濁と
〜〜〜〜〜
「う〜ん……」
なんだか恐ろしい夢を見ていた気がする………そんな感慨を受けたのも初めてだったが、その初めてがこんな寝覚めの悪いものに取られたのは何だかイヤな気になるな、などと思いながら、重たい瞼を開けてみると、其処には──────
「大丈夫デース?」
鬼神がいた。タナガーは喫驚して飛び起きた。
「ウワーーーーッッ!!鬼神!!!!」
「鬼神!!?!?」
心配して顔を覗き込んでたら、開口一発"これ"では金剛も驚くというもので、お互いに天敵にばったり出会した兎にも似て距離が離れた。
「何があった?大丈夫か!?」
次いで驚いていたのは提督で、医務室のドアをまあまあな勢いで開け放って飛び込んできた。その後ろにはマティアスとアリコーンがいる。その眼前で変な姿勢で佇んでいたタナガーは、頭に湿布と包帯を巻いていたものの、痛々しいという感想を持つには本人の姿勢も状況も軽挙な印象を持たされる。
「……何をやっとるんだ?」
「タナガーにイジワル言われたデース。」
「な!ちょっ……」
抗弁を試みるも開口一発「鬼神」は流石にギリギリ悪口だし、そしてだいぶ言い訳のできないレベルでそれを口走ってしまっていたので、タナガーはムグムグと口を紡ぐより無かった。
直後、ふふふ、と肩を笑わせる金剛に気付いて、自分が彼女に揶揄われた事を知るや「金剛さんっ……!」と抗議の声を上げるのだった。
「Sorryネ、でもこれでワタシのmissはチャラにして欲しいデス!」
「……ミス?」
「お前のそれな、金剛の砲弾が間違って当たったんだ。」
提督がタナガーの頭の湿布と包帯を指さして言う。演習弾が顔面に直撃して、それで伸びていたらしかった。思えば、頭に変な鈍痛が残っている様に思う。
「チョット焦ってたからターゲティングする暇がなかったデ〜ス……。」
「焦ってた??」
「彼女も一筋縄では無かったという事だ。よくやったなタナガー。」
「……!」
タナガーには満足感が湧き上がった。これがマティアスをはじめ彼らに自分の力を認めて貰えたからなのか、それともあの対決それそのものへの感慨なのかは、判断するすべを今のタナガーは持ち得ない。
負けはしたものの、その悔しさも有りはするものの、それ以上の心地よさが湯船のようにタナガーの心を緩ませた。
「……ま、貴女も少しは、腕が立つようですね。」
「……アリコーン。」
「艦長が自ら指揮した船ならば、その程度は出来なくては困りますけどね!」
「あんたはひと言余計だな!」
やいやいと言葉を浴びせ合う二人を何処か和ましく眺めながら、提督はマティアスに話を振る。
「ところで、見学者の方は?」
「満足しているようだ。タナガーにとっては吉か凶か分かりかねるが………」
「彼女は……反対しそうだ。」
「そうだな………事前に話をしておくつもりが、遅れてしまった──────タナガー!少し話がある。」