奉心祭直後。氷のかぐや再来に一人翻弄される白銀御行。
なんとか彼女の心情を知りたいと頼った相手、早坂愛は何故か不機嫌な様子で……

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スマホの奥から発掘した一作
時期としては、奉心祭直後。氷のかぐや出現により会長が一人悶々としている頃。
こんな話もあったんじゃないかなーと妄想のまま筆をとった次第


遠い未来に向けた約束

 

 

 

 冷たく乾いた風が木々を揺らす。木枯らしに舞い散る黄色の葉々は、夕日とともにアスファルトを彩り、艶やかにしてどこか物悲しい、冬の黄昏を描いている。

 

 奉心祭開催から早2週間。郁々は伝説として語り継がれる一夜を終え、生徒達は祭りの余韻を抱いたまま、しかし着々と近づきつつある受験の季節に、否応無く身が引き締められるのを感じていた。

受験への懸念。将来への憂慮。いつまでも続くと思っていた学生生活に、突然終わりを意識させられたかのような。憂いや不安も人それぞれだ。

 

「はぁ〜〜……」

 

 そしてここにも。人知れず悩みを抱える者が一人。秀知院学園生徒会会長。かの伝説の立役者にして首謀犯でもある男、白銀御行。

 名門スタンフォード学園への飛級が決まり、逸早く受験の憂鬱から解放されたはずの彼だが、しかし普段以上に濃いくまを目元に浮かべ、突っ伏するようにテーブルに項垂れていた。

 

「そんな、人の幸福まで奪っていくような溜息つかないでください」

 

 どこか不満を帯びる声に、テーブル向かいに座る人物を見やる。知る人ぞ知る有名な喫茶店。その店一番のおススメだというシナモンパイを食べ終えた彼女は、食後の珈琲を嗜みながらも、どこか冷たい目で見下ろしてきた。

 

「その…なんだ。悪かった。急に呼びつけて。怒ってるか?」

「いいえ、構いませんよ。 予定は空いてましたし、今のかぐや様は比較的しっかりしてますから、私の手が要ることも少ないでしょう」

 

 澄ました顔で語る彼女は、たしかに放課後突然呼んだにもかかわらず、万全な変装を為していた。肩まで下ろしたブロンドの髪。柔らかな紺を基本としたカーディガンはフィリス女学院の冬服。唯一、カラーコンタクトはしていないものの、それは白銀が見慣れた『ハーサカ』の姿だった

 

「変装してくる意味あったのか?」

「……貴方はもう少し自分の知名度を自覚してください。いくら校外といえ、秀知院学園の生徒会長が同じ学園の女生徒とお茶してる姿なんて見られて、噂が立たない筈がないでしょう。ましてソレがかぐや様の耳に触れたら…」

 

 重々しい彼女の言葉に、ぞっと背筋が冷たくなるのを感じる。なるほど確かにそれは避けたい。現状、只でさえいっぱいいっぱいなのに、これ以上四宮との関係に問題を増やしたくはなかった。

 

 しかし、その手の噂を避けたいというのならば、フィリス女生徒の「ハーサカさん」よりも、男装である「ハーサカくん」の方が、より確実だったのでは

 

「………」

 

 そう言いかけるや、カップに口をつけたまま、これ以上ないという程じっとりとした

目で睨んでくる早坂。終始無言、視線だけで投げかけてくる抗議に、白銀は口を噤ぐしかなった。

 

 ……何だろうか。今日の彼女からは、顔を合わせた当初から、どこか不機嫌な気配を感じる。

 

「それで?何ですか相談というのは。まあ大方の予想はついてますけど」

「その……なんだ。四宮、家ではどんな様子だ?」

 

 白銀御行が抱える悩み。それは言わずもがな、奉心祭以後、突然態度を変えた想い人、四宮かぐやについてだった。

 かの夜。ウルトラ・ロマンティック作戦にて積年の想いを伝えた白銀。スタンフォードへ入学という将来の約束を交わし、積もりに積もった想い(ハート)を彼女へと捧げた。明確な告白の言葉こそ無かったものの、これまで約一年間、互いに牽制ばかりでおよそ進展のなかった二人の関係からすれば、超がつくほどの大躍進である。想いを告げあった仲として、今後の学生生活においても、より親密な関係を築けていくものと考えていた。

 

 

『お可愛いこと』

 

 だが現実は真逆。突如、再来した『氷』のかぐやにより、進展していくと思われた仲は、奉心祭以前よりもギスギスしたものとなり、3歩進んで2歩下がるどころか、まるで一年前に戻ってしまったかのようだった。

 何故、突然彼女がそんな態度を取るようになったのか。何か彼女の機嫌を損ねることをしたか。留学の件で本家から叱りを受けたのか。

浮かぶ疑問は数知れず、悶々と悩む日々はただでさえ少ない睡眠時間を益々と削り、白銀の心と目元に重い影を落としていた。

 

「うちでも変わらずの様子ですよ。氷河期再来、変わった当の本人はあまりにも平然と過ごしているものですから、私たち仕様人の方が戸惑っているくらいです」

「四宮がああなったことに、心当たりはないか?」

「いいえ。寧ろ御行くんの方が知ってるんじゃないですか?貴方があの祭りで大変頑張ってくれたお陰で、今のかぐや様があるんですから」

 

どこか皮肉めいた言葉を残し、再び珈琲に口をつける早坂。

 

「……怒ってるか?」

「怒ってないです。だいたい真相が知りたいなら、かぐや様に直接聞けばいいじゃないですか。生徒会室でいつも顔を合わせているでしょう?」

「……それが出来たら苦労しない」

 

 四宮の変化。何より、あのキスの真相(こと)については、休日中にも嫌というほど考えさせられていた。何せいきなり初めての大人キッス。考えるほどに、思い出すほどに四宮の舌の熱、あのなんとも言えない煽情的な味と感触を思い出すものだから、白銀は悶々とした時を過ごすことになった。

 

(だが、それを正直に話してどうなる)

 

 貴方とのキスが忘れられませんでしたと。ずっとその事ばかり思い出していましたと。まるで四六時中おエロいことを考えていたようではないか。

 付き合い始めの男女において、その手()の話題に積極的になりすぎるのはタヴー。男性側がガツガツと迫るあまり、体目当てなのではと愛想をつかされ、それを発端に別れるカップルも少なくないという。

 だからこそ、この話題はより謙虚に。慎重に進めて行こうと思っていたのに……

 

「奉心祭であれだけ大立ち回り演じた人が、何を情けない事を……」

「言わないでくれ。思い出すと恥ずかしさで死にたくなる」

 

 耳まで真っ赤になった顔を隠すように俯く白銀。文化祭マジックによりブーストがかかっていたといえ、当時の自分が如何に悪ノリしていたか。また一つ増えた黒歴史。しばらくはマントやシルクハットなんかを見ただけで、悶絶してしまう自信がある

 

「ええ、そうですよ。あんな……」

 

 呆れと、微かな憤りの混じる息を零しては、思い出すように宙を見上げる早坂。天井で輝く丸い照明。あの祭りの夜、雅びやかに浮かぶ満天の月が瞳に蘇る。

 

「あん、な……」

 

 幻想的に輝く炎の色。その明かりに灯されながら宙に舞う、星にも負けぬ数を輝く無数の風船たち。そして、その下で想いを交わすーー

 

「……早坂?」

「重い。超引く。超恥ずかしい」

「辛辣っ!」

 

 これでもかと言うくらい冷めたトーンで傷口を抉ってくる彼女に悲鳴をあげる白銀だが、そうした彼女もまた、恥ずかしげに顔を俯かせていることに気づいていない。

 

 あの祭りの夜と同じように、耳まで真っ赤に染まった顔。自然と溢れる熱く荒いだ吐息。

言えるわけがなかった。その姿を想像してしまったなど。

その姿をーー羨ましいと思ってしまったなど

 

「……どうして、もっと早く相談してくれなかったんです」

「なに?」

「奉心祭のことです。あれだけの準備、一人でするのは大変だったでしょう」

 

 仕掛けの設置や資材の調達。祭り全体の運営把握からスケジュール調整に至るまで。ただでさえ多忙を極める生徒会の活動に加え、誰にも見つかることなく準備を進めるのは至難であっただろう。

 まあ厳密に言えば、白銀には協力者もいたのだがーー

 

「それですよ。『龍珠桃』……かの指定暴力団『龍珠組』の一人娘。一癖どころか十癖はあろう彼女を、どうして共犯者に選んだんです?」

「共犯って……まあ龍珠とは昔馴染みだし、ある程度ムリを言い合える仲だ。ダメ元ではあったが、協力を取り付ける手段(カード)も持っていたしな」

「それだけ、ですか?」

「ああ。それにアイツなら計画(ヒミツ)を無闇にバラしはしないって確証もあった」

「…………私だって、別に言いふらしたりなんかしません」

「早坂?」

 

 珈琲カップの柄をキュッと握り、こちらを睨んでくる早坂。変わらぬ何処か苛立ちを湛えた瞳。しかし何故だろうか、不思議と威圧感はなく、そこには憤りで無理矢理隠しかたかのような、寂しさにも似た慕情が垣間見えた。

 

「もっとスマートな方法があったでしょう。私と連絡を取っていれば、当日のかぐや様の動向(スケジュール)を知ることが出来たし、計画がバレるようなリスクも未然に防げた」

「それは……」

「私の立ち位置やその有用性も、貴方なら直ぐに気づいた筈。それなのに……せっかく連絡先を交換して。せっかく友人になって……どうして相談してくれなかったんです?私、そんなに信用なかったですか?」

 

 怒気に弾んでいた声も、不安からか徐々に小さくなり、最後には弱々しい問いかけになっていた。

 ああ、そんな気は無かった。彼女を嫌厭するなど。

 それでも一年に一度しかない奉心祭。何より、妹同然でもある四宮のことで、蚊帳の外に追いやられてしまうのは、どうしようもなく寂しさを覚えてしまうものなのだろう。

 彼女の心情を察しなかった失態かーーーいいや本当は気付いていた。彼女の有能さも。計画を進めることで、彼女自身を欺く結果になってしまうことも。

 それでも

 

「まぁ、なんだ。フェアじゃなかったからな」

「……フェア?」

 

 どこか恥ずかしげに頬をかく白銀に、不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ。もし計画のことを相談していたら、きっとアンタは全力で協力してくれたんだろう。それこそ近従としての地位、持てる技術の全てを使って。それが分かっていた。そう信じていたからこそ……甘えてしまうわけにはいかなかった」

 

 四宮にとって、早坂愛という人物はあまりにも親しく、近すぎる存在だ。自分にとっての妹(、いいやそれ以上に。仮に早坂の協力を得られれば、四宮の籠絡は確実と言えるほど、この恋愛戦を決定し得るジョーカーでもあった。

 だがその強すぎるカードを手にして……。人身掌握のプロ、得てすれば四宮の心情までをも決定づけてしまう彼女をアテ(・・)にするのが、本当に正しいことか。

 この想いの丈を。四宮に伝えるべく溜め込んできた溢れるほどの恋情(ハート)を、“誰かに渡してもらう”など……そんなことが許されるのだろうかと。

 

「だから、別に嫌っていたわけじゃなくてだな?……寧ろアンタ程、敵に回したくない相手はいないというか……」

「……」

「早坂?」

「それなのに今日はかぐや様のこと探りにきてるんですね?さっき自分が何て聞いてきたか覚えてます?『四宮、家ではどうしてる?』……これ以上なく直球(アンフェア)じゃないですか」

「ぐぅうぅ……!」

 

 思わずぐうの音が漏れ出る糾弾に再び机に突っ伏する白銀。彼女物真似の練度もさることながら、あまりにキザったい自身の仕草に顔中から火が吹き出そうだった。

 そんな様子を、ふぅと静かに息を吐いて見下ろす早坂。白銀は気付かなかったが、その口元には納得と、そしてとても安心したような穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「まあ、こんな風に弄られたくなかったら、今後はちゃんと私を頼ってください。今からの練習です」

「……練習?なんのことだ」

「だってそうでしょう?かぐや様と付き合うということは、将来は私にとっても旦那様(主人)になるということ。命令の一つや二つ、平気で下せるようになってくれなくては困ります」

「なっ、旦那様!?命令って……!」

「……エッチなこと考えました?」

「考えてない!!」

 

 揶揄うようにクスクスと笑う姿は何処までが本気なのやら。嗚呼……主従の話を抜きしても、やはり彼女には一生敵わないような気がする。きっとこの先も、幾度と無く弄られるのだろう。

 ……だが何故か、不思議と不快感は覚えない自分がいた。

 

「まあ冗談のつもりで言いましたが、案外相性は悪くないと思いますよ?」

「そう言ってすぐ揶揄う」

「本当ですってば」

 

 ーーそう、本当のこと。

 いずれは四宮家に立ち向かうことになる二人。そこにはきっと、側で支え力になれる人間が必要になるだろう。

 彼ならば、私という人間の能力やその活かし方もよく理解してくれると思う。誰かさんのように無理難題やぞんざいな扱いを押し付けもしないだろう。共に見栄っ張りの似たもの同士、この難儀な性格もよく分かってくれる……嗚呼ーーほんとに悪くない。

 

悪戯(それ)が嫌なら、もっと私を大切にしてください。無二の友人として。将来有望な近従として。そうしてくれる限り、私が貴方を裏切ることはありませんから」

「聞き方によって恐ろしい話だな……。おまけに随分と先の話だ」

「さあ?案外すぐかもしれませんよ?」

 

 楽しげに笑いながら、小指を立てた左手を差し出す少女。淡く熱を帯びた頬は差し込む夕日のせいかーー。始めは恥ずかしげに顔を顰めていた白銀も、折れたように手を伸ばしては小指を結んだ。

 

 あるいは夢を語り合うように。

 あるいは見えない糸を繋ぐように。

 

 

 それは、遠い未来に向けた約束だった。

 

 

 

 

 

 



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