自分の欲望を満たすために……
「はぁ、最近売れ行きがよろしくないわね」
ある紅魔館の一室。この館の主人であるレミリア・スカーレットは頭を抱えていた。
紅魔館ではワインを製造し、幻想郷中に卸している。他にも料理店を出したり、本の貸出、金品の融資や鑑定、道中の護衛などなど紅魔館は様々な事業を展開しており、お酒の販売もその一つだ。
しかし、ここは幻想郷。現代から忘れ去られた存在が来る場所でもあるが、大の酒好きが集う場所でもあった。最初は売れに売れたが、次第にじゃあ自分とこも作ってみようか、となって様々な勢力が酒を造っては売り始めたのである。
守矢の「麗神」 山の勢力が作る「天狗愛」 永遠亭の作る「白兎」などなど。
紅魔館誇る赤ワイン「スカーレットワイン」が他の酒のかげに埋もれているのだ。私がプロデュースし、美鈴が葡萄を育て、パチェの作ったシステムと妖精メイドの努力によって仕上げられた逸品がその他雑多なお酒に負けているのだ。こんなことあってはならない。紅魔館は常に一番でなければならないのだ。そういうわけでレミリアは他の勢力のお酒にも負けないためにも頭を悩ませていた。
「あーあ、何かいい案はないかしら」
「お嬢様、一つ提案があります」
そう言ってレミリアのそばに仕えるのはこの館のメイド長、十六夜咲夜である。彼女は優秀であった。何でも卒なくこなし、料理・掃除はもちろん、戦闘や弾幕ごっこも強い。その高い能力をいかんなく発揮して紅魔館の事業拡大にも一躍買っている。そんな彼女のことだ、きっと何かいい案があると、レミリアはそう思っていた。
「口噛み酒、というのをご存知でしょうか」
「くちかみさけぇ? 何それ。知らないわ」
舌足らずな声で疑問を投げかけるレミリアの声を聴いて脳がとろけるかのような快感に襲われる咲夜だが、主人の問いかけに答えるために時間を止め、一呼吸おく。
「口噛み酒とは、お米やお芋などを口に入れて噛み、それを吐き出して溜めたものを放置して作るお酒のことです」
「却下」
「お嬢様!聞いてください!これは絶対流行ります!テッペン取れますって!」
嫌な予感は当たった。自分が飲みたいだけなんじゃないのか。優秀ではあるがたまに変なことを言い出す時があり、それが玉に瑕であった。しかし何か根拠あってのことと思い直し、深く聞きたくはないが無下にもできず話を掘り下げる。
「そもそもそんなやり方でお酒なんてできるのかしら?」
「もちろんです。この口噛み酒、実は日本で古くから伝わるお酒の作り方だそうで、神に献上するお酒でもあったらしいです」
「そうだったの、意外ね。ん?てことはそこらへんの神はそれを飲んでたってこと?」
「恐らく、守矢の二柱や豊穣の神々も飲んでいるかと。たまに人里でも見かけますし、ここら辺ではポピュラーなお酒で、我々が出しても抵抗なく受け入れられると思います。
(うげぇ、あの神どもはそんなものを好んで飲んでたのか)
という思いを飲み込む。
「なるほどねぇ。で、それを誰が、どうやって作るのよ」
「もちろんお嬢様です!お嬢様が作れば売れます!吸血鬼!ロリ!美少女!この三拍子がそろった上で初めてこの口噛み酒は成功するのです!お嬢様にしかできません!!」
と、鼻息荒くして熱弁するメイド長にレミリアは若干引き気味であった。
「まず、吸血鬼の唾液には吸血する際に対象をおとなしくさせるために催淫効果があるといわれています。これによりアルコールによる多幸感がさらに増すと考えられます」
何かプレゼンが始まってしまった。そう言えばそんな効果あったなぁと、自分よりも吸血鬼について詳しい咲夜に関心する。
「また、処女であり、吸血鬼でもあるお嬢様のお口の中には有害な雑菌が少ないと考えられるため、雑味のない美味しい酒になると予測されます。さらに美少女が作った口噛み酒となれば男性はほおっておかないでしょう」
「しょ、処女じゃないわよバカ!!」
「お嬢様!やりましょう!!このままではほかの勢力のお酒に負けてしまいます!それでいいんですか!!」
すごい気迫を感じる。しかし、その条件ならとふと思う。
「ていうかそれ、私じゃなくてフランでもよくない?」
あまりやりたくはないので妹を売ろうとしたレミリアであった。
「じゃあ、お嬢様とフラン様で作りましょう」
「私は決定なんかい。というかフランが作ってくれるなら私は作らなくてもいいんじゃないかな」
「ダメです。紅魔館を代表するお酒なら紅魔館のトップたるお嬢様が作らなくてはいけません。これは決定事項です!!」
「はぁ、そもそも販売するにも問題が多々あるでしょう。色々ばっちぃ」
「そこはほら、パチュリー様の魔法でちょちょいと」
「やってくれるかしら」
「では許可を取りに行きましょう」
「はいはい」
あの魔女はきっと面倒臭がってやらないだろう、そう考えながら魔女の住処に向かうレミリアと、どうやってお嬢様を説得しようかと悩む咲夜であった。
…
場所は変わってヴワル図書館。紅魔館の地下に位置し、その本の埋蔵量は幻想郷一である。
「…何? 」
図書館のの片隅で本を読んでいる少女、パチュリー・ノーレッジは来訪したレミリアらには目も向けず、声だけで答えた。
「パチュリー様。実は新しいお酒を造りたいのですが、協力してくれませんか」
「いやよ」
即答である。
「どっかの誰かさんが本の貸出しサービスなんてもの始めたせいで私の時間が減っているの。これ以上私に時間を取らせる気かしら。」
そう言ってレミリアの方を見る。主に業務を担当しているのは小悪魔だろうに。心の中でレミリアは思うものの、パチェが作るのを反対してくれれば咲夜も引き下がるかもしれないと淡い期待を抱いていた。
口噛み酒を販売するために色々と問題があるためであり、その問題を魔法で解決させようと咲夜が考えたのである。口噛み酒を造るのは簡単だ。レミリアが炊き立てのお米を口に入れて数分間噛みつづけ、容器に吐き出してそれを溜める、これを繰り返せばいい。しかし売るとなると問題が出てくる。衛生的観点と量産性だ。
販売するからにはお腹を壊しましたなんて苦情が来るのはもってのほかだ。そして幻想郷で売るとなると酒飲みが多いこの世界、十分な量を供給するとなったらレミリアがただお米を噛むだけの存在となってしまう。そんなの絶対に嫌だ。この二つの条件をクリアできるならと、レミリアが了承したのだ。生物の選択的処理と物の複製。中々面倒な作業だ。パチェだってこんなことに付き合うほど暇じゃない。きっと断る。そしてこの話はお流れだ。そう思っていたのだが。
「そうですか。残念です。口噛み酒は売れると思ったのですが」
「面白そうな話をしてるじゃない。私も混ぜてくれないかしら」
空間に裂けめができ、そこから出てきたのは和風の服に身を包んだ女性、八雲紫。
「紫、何の用かしら」
「あら、そう邪見にしないで頂戴。私も興味あるし手伝いたいのよ」
「嫌がらせか!!」
突然現れた来客者に妖力と怒気を持って対応するレミリア。それとは対照的に魔女は突然の来訪者に声をかける。
「触媒の準備と媒体微生物の選択。あたながこれをできるなら、何とかなりそうね」
「お安い御用よ。報酬はそのお酒一本」
「オ、オリジナルは私が!!」
「咲夜、彼女が協力すればある程度の複製はできるわ。一本ぐらいあげなさいな」
「で、でもパチュリー様ぁ」
あれ?おかしくね?何でパチェ話を進めてるの?作る流れになってるの?
レミリアの頭の上にはてなマークがてんこ盛りである。
「……あのー、パチェさん、時間がないんじゃなかったの? 」
「一番面倒なところをその女がやってくれるならだいぶ手間が省けるわ。そして、その程度の時間なら、あなたの嫌がらせに割いてもいいかとと思っただけよ」
レミリアはこの性悪魔女を一発本気で殴ろうかと思ったが、さすがに死んでしまうので一歩とどまる。
「うー3人して何なのよう、もう!!」
「それに、悪魔の口噛み酒、何かの媒介になりそうだし興味もあるわ」
性格悪いなぁこの魔女は。味方を増やしたつもりが逆に敵を作ってしまった。状況は1対3。
「フランは?フランも作ることにしたのでしょう?」
「面白そー!!私もお酒作ってみたい!!」
「お嬢様、フラン様はもうやる気満々です」
この子はいつの間にここにいたのだろうか。
「フラン、この口噛み酒作る作業ってのはね、少しばっちぃし大変よ。やめときましょう」
「えー、でも私もお酒作ってみたいー。お姉様と美鈴だけお酒たくさん造って売ってさ。私もやりたーい!!」
あぁ、フランは色々試してみたい年頃だからね。そうなっちゃうようね。あきらめの境地に達するレミリアであった。
「仕方ないわねぇ」
レミリアは後ろで咲夜とキャッキャウフフしてるフランを見て、楽しそうならまぁよしとしようと思い直した。
「お嬢様! 御飯をお持ちしました!」
「わかったよ。やるよやればいいんでしょ」
若干投げやりになりながらも米を口に突っ込むレミリアだった。
「ひぃふはへはみふふへればひひのよ」
「パチュリー、顎つかれてきたー」
ひたすら米を噛み続けるだけの機械のになったレミリアとフラン。その頬は若干膨らみ、もぐもぐ動いている姿は正にその姿だけで見るものすべてを魅了する魅惑の生き物となっていた。米を噛むたびに膨らんだり縮んだりするほっぺは小動物のような可愛らしさがあふれ出し、その姿だけでメイド長はすでに瀕死である。ある映画を見てこの案を出したが、ホントによかった。あの映画を作った人には感謝をしてもしきれない。
「っぺ!!」
結構作った。顎も疲れてきた。
「パチェ~もういいででしょ。あとは魔法でちゃっちゃと何とかしてよもう」
「まだまだよレミィ。まだコップ一杯もたまってないわ。あ、フランはもう大丈夫よ」
「え?」
「え?」
レミリアは一瞬思考が停止した。私の聞き間違いだろうか。それともパチェの頭がおかしくなったのか。ペースとしては私の方がフランより早かった気がする。かれこれ1時間は顎を動かし続けている。それでコップ一杯分もたまっていないわけがない。あまり見たくもない壺の中身を確認すると本当に少量しかなかった。
「えぇーなんでよ!全然たまってないじゃない!」
「お嬢様。フラン様よりお口が小さい様ですの、絵そんなものですよ」
「そういうものなのかなぁ」
疑問に思いながらも、ふとメイド長の顔を見ると口の周りに白い後がついていた。
「咲夜?」
「はい、何でしょう。お嬢様」
次の瞬間には綺麗さっぱりそのあとが消えている。
「さーくーやーー!!」
「お嬢様!!申し訳ありません! ほんのちょっとつまみ食いしたかっただけなんです!!後生です」
お米を噛み続けるお嬢様を見ながら、お嬢様の口噛み酒を飲むという至高ののひと時を想像し、我慢しきれなかった従者は作業が終わるまで十字架の磔にされるのであった。
そんなこんなで2週間。遂に悪魔の酒は完成した。通常の口噛み酒はアルコール度数は9~10%であるが、吸血鬼により作られた口噛み酒はアルコール度数15%、ワインレベルのアルコール度数である。さらにパチュリーの複製魔法による増産と品質保証が行われ、早速販売された。レミリアが作ったお酒を『悪魔口神酒 紅』、フランドールの物は『悪魔口神酒 虹』と名付け、このお酒は私たちが作りました。という吸血鬼姉妹の絵画も添えられて。
かくして、お酒は大ヒット。
人里に、妖怪に、色々な方面で売れに売れた。妖怪に至ってはこのお酒を飲むと強くなれる気がするといって大量に買っていくものもいたぐらいだ。
しかし、しばらくしないうちに、問題が多発する。まず生産面の問題。いくら複製魔法が使えても限度がある。複数できる回数は決まっておりしかも複製を重ねるごとに劣化するのである。紫の協力だけではどうにもならなったらしい。これにより、複製品はオリジナルより数段劣化した味となるため、定期的に本人に作ってもらわなければいけなくなったのだ。しかもそれはレミリアの物だけ。顎関節症の危機である。
次に催淫効果、中毒性が非常に高いことである。しかもその効果はこれまたレミリアが作ったものしか発揮せず、フランのお酒はごく普通のお酒としてしか効果はなかった。
「恐らく、吸血鬼としての存在がレミィの方が濃いからよ。フランは人から直接飲んだことないじゃない?それよ」
とパチュリー談。
希少価値が高い上に、依存性があるとなればそれは爆発的に値段が吊り上がり、お酒を欲しがる人々が暴徒と化した。その暴徒の中によく見かけるメイドの姿が見られたような気がするが、気がするだけだった。
悪魔のアイディアによって悪魔に作られた酒は、まさに悪魔的であった。
「この酒販売禁止」
幻想郷の警察である巫女のこの一言で「悪魔口神酒_紅」は販売禁止となり、人間の治療費も払わされ、損益はトントンになってしまった。『悪魔口噛み酒 虹』だけ市場に出回ることになったのである。
「やったー!フランのお酒、お姉様のに勝ったよ!!」
売上本数を見てフランは楽しそうにレミリアに報告した
レミリアは言う
「あぁ、もう絶対、作らない」
………………
「まぁ、個人で楽しむ分にはいいお酒なんでしょうけどね」
和風な部屋のこたつの中でお酒を一人楽しむ女性。そのテーブルの上にあるお酒は間違いなくオリジナル『悪魔口神酒 紅』である。
「こんな極上のお酒を広めるなんてもったいないわ。出回るのはもう一方だけでいい」
製造を手伝った紫はもちろん試飲している。紫ははじめから問題が起こることは想定済みだった。あえて片方は放置し、もう片方は調整した上で販売した。そして残るオリジナルは自分の手の元に。
「このお酒は私だけの物。あのメイドでも魔法使いでも、ましてや妹の物ではない」
一口飲むたびに幸福感があふれ出る。彼女の一部が自分の体の中に取り込まれているということを実感する。液体が口の中から胃に流れ込み、通常はそれで終わるはずの美味しいという脳への刺激は、それでもなお残り続け、幸福感に包まれる。一口飲むたびに下腹部が熱くなるのを感じる。このお酒は今まで飲んだことのあるどのお酒よりも美味い。酒神の作るお酒のそれよりもなお。
「紫様ー。お酒ばっかり飲んでないでこちらの仕事も手伝ってくださいよー。この騒ぎの原因でもあるのですから」
「んーもう少ししたら行くわ」
このお酒の作成に関わった紫も当然のことながら後処理をしなければならないが、そこは従者八雲藍に任せて一人でお酒を楽しんでいる。
あのメイドに映画を見せてよかった。まさかこうも上手くいくとは。
あの子の作る口噛み酒がおいしく分けがない。飲みたい。しかし、そんなことを直接頼んだらどうなるか。好敵手(として振舞ってる)私がそんなことを言ったら、イメージが崩れ、嫌われるかもしれない。冗談交じりに言ってみようか。でも言っても作ってくれるとは思えないし、「気持ち悪い」とかあの子に言われたら多分立ち直れないだろう。
だから、紫はあのメイド長にある映画を見せた。必然、作ろうと言うだろう。
それは好意か、独占欲か、支配欲か、また別の感情か。かつてのライバルにそのお酒は一人占めされるのであった。