重桜指揮官、アズールレーンの捕虜生活 作:まったりばーん
「私とワシントンの部屋です。下のカフェでも良かったのですが、人目に付くのは嫌でしょう?座って下さい。」
気づくと俺はノースカロライナの部屋にいる。
彼女の一撃を受け、気が動転していたのか少し記憶が曖昧だった。
只、頬にはまだ平手打ちの衝撃が残っていて、相も変わらず口内は鉄の味に支配されている。
ともあれ彼女に手を引かれ、連れてこられたのはノースカロライナ姉妹の寝室。
奥のベットで散らかっている黒いエナメル質のキャミソルはワシントンの物だった。
自分の部屋とはいえ脱ぎ散らかすのはどうかと思う。
目に毒だ。
「どうぞ、ブラックでよろしかったですよね?」
俺の考えを知ってか知らずか、ノースカロライナはコーヒーを差し出す。
その顔から敵意が消える事はないが、来客に飲み物を出す礼儀は忘れないらしい。
真面目な彼女らしかった。
「すまない、ありがとう」
白磁のカップに入った黒い液体を口内へ流し込むと良い薫りが鼻腔に満ちる。
彼女の淹れるコーヒーは美味しい。
でも、美味しい筈の黒い液体が口にできた真新しい傷口に染みてしまい、思わず顔を歪めてしまった。
さっきの平手打ちでできた傷は深いようだ。
「痛いですか?すみませんね?」
痛みに歪めた顔が、ノースカロライナの嗜虐心を刺激したのだろう。
彼女は口角を少し吊り上げる。
「私、嫌いなんです、物事をはっきりさせずに曖昧にして置く事が大嫌い…」
彼女は苦々しげな口調でそう続けた。
「色々聞きたい事はありますが、一つだけはっきりさせておきたい事があります。私は貴方の何だったのですか?」
憎々しげで、それでいて真剣な口調の彼女の問いかけ。
彼女は俺にとって何か?
そんなの決まっている。
勿論…
「そりゃ勿論、キミは優秀な…」
「優秀な部下ですか?」
「…そうだ」
俺の思考を先読みする様な彼女の言動に俺は力なく肯定した。
彼女との間には人に言えない様なやり取りがいくつかあった。
それは本当に申し訳ないと考えている。
だけど、それでも、俺にとってはノースカロライナは優秀な部下。
それ以上でもそれ以下でもない。
俺の肯定は彼女の満足のいく答えではなかったらしくノースカロライナは少し眉間に皺を寄せる。
「私は優秀でしたか?エンタープライズよりも?」
唐突に彼女の口から第三者の名前が出てきて、俺は眉をひそめた。
今はあまり考えたくない人物。
俺をこのユニオンへと引き込んだ張本人。
何故彼女の名前が?
「どうして、そこでエンタープライズが出てくるんだ?」
「別にいいじゃないですか。答えて下さい。貴方のお気に入りのエンタープライズと私と…どっちが優秀だったんですか?」
俺と同じ様に顔を険しくする彼女。
やけにエンタープライズという部分を強調してくる。
あの空母と何かあったのだろうか?
そもそもエンタープライズが俺のお気に入りだって?
ノースカロライナの言葉が理解できない。
「キミとエンタープライズとのどっちが優秀かだって?…というか、そもそもお気に入りってどういう事だ?別に彼女を贔屓していたつもりは…」
「とぼけないでっ!」
訳も解らず困惑する俺に、金色の戦艦は絶叫した。
「ノースカロライナ…?」
昔の彼女から想像できない声に俺の反応は萎縮する。
「とぼけないで下さいっ!指揮官はエンタープライズが好きなんでしょう!?異性として!あれだけ尽くして側にいた私よりも!違いますかっ!?」
彼女の目尻が赤くなる。
ノースカロライナは泣いていた。
「エンタープライズが好き!?」
ノースカロライナの喉から予想外の言葉が飛び出す。
全く理解が追いつかなかった。
「いやいや、ちょっと待ってくれ!俺は別にエンタープライズの事を色恋沙汰の対象として見ていない!」
「何をぬけぬけと…亡命するのにエンタープライズの助けを借りてる癖によくそんな事が言えますね!?大方あの女に会いたいから重桜も裏切ったのでは?そうですよね!」
青色の眼を真っ赤にしながら彼女は大声を上げた。
何と言うことだろう。
ノースカロライナの脳内では俺がエンタープライズに恋をしているという風になっていた。
そんな事絶対にありえないのに。
「それはない…というか俺はユニオンに亡命したんじゃないんだ!」
このままでは埒が開かない。
そう思い、口走る。
多分、反射的で深い考えなどなかった。
だが、取り敢えずこの眼前の戦艦に真実を話せば何か変わるのではないだろうか?
「どういう事ですか?」
案の定…いや、狙い通りにノースカロライナは俺の発言につっかかる。
「聞いてくれ、これは"キミ"だから話すんだ。」
そして俺はノースカロライナに囁く様に言葉を続けた。
「…」
ノースカロライナにだけ通用する魔法の言葉。
"キミ"だから
…こう言えば大抵、ノースカロライナは俺の言うことを聞いてくれた。
アズールレーン時代に覚えた、姑息で、卑怯で、自分本意な、浅はかな方法。
自分でも嫌になる。
俺は自己嫌悪で顔を歪めないように平静を装い、目の前の…俺にとって都合の良い艦船に事の顛末を話し始めた。
利用できるかもしれない…そんな畜生みたいな心持ちで…。
───
「うぇぇ…どこにいらっしゃるのでしょう…」
白髪の少女は一人、異国の地で震えていた。
会いたくて会いたくて震えていた。
今にも泣き出してしまいそうな顔で俯き、道端に立ち竦み、こうやって独り言をぶつぶつ吐き出している。
勿論、彼女の事を心配に思い、この白髪の少女に近づく人間がいなかった訳ではない。
だが、そんな心優しい人々も彼女の両手に握られた物を確認すると、関わらない方が良いと考えそそくさと反転、引き返す。
それほどまでに彼女の手に持つソレが異質であった。
「うぅ…迷子になってしまいました。こんなシリアスみたいな失態…普段ならありえないのに…。」
遂にベソをかき始める少女。
アスファルトにポツポツと彼女の涙が跡を作る。
というのも彼女、上司と一緒にここ新大陸の同盟国へと交渉の為やってきたのだが慣れない人混みの中、いつの間にかその上司とはぐれてしまったのである。
「こんな重要な交渉役を陛下から任されたのに…このままでは捨てられてしまうかも…?」
人は不安になると、あることないことを思い浮かべさらに負の感情が沸き上がってしまう。
少女の場合それがかなり極端だったのだ。
「お国から捨てられたら…きっと二束三文で売り飛ばされて…!うえええええええええええええ…そんなの、そんなの嫌です!やっとやっとここまで順当にやってこれたのにぃ…!」
絶叫し両手に抱き締めたの物にギュッと力を込める。
それに呼応する様に、抱き締められたソレは縫い目からコットンの綿をはみ出させた。
不安な事があるとソレを力一杯に抱き締める癖。
そんな子供じみた癖が少女にはある。
だからかであろう、少女の両腕に挟まれたボロボロの人形は、所々縫い目がほつれていて何度も何度も修復した跡があった。
心なしか人形の回りに黒いオーラが漂っている様に見えるが、それは多分気のせいである。
「うぅ…うぅ…スクラップは嫌ですぅ…。……あれ?」
だが、失意の中で彼女はある物…正確には白の制服に身を包んだ金髪の女性が男性の手を引っ張り部屋へと入っていく様子が見えた。
「あれは…」
少女にはその二人に見覚えがあった。
片方は戦艦ノースカロライナ。
同盟国、ユニオンの新鋭戦艦にして抜群の頭脳と嫉妬せずにはいられない完璧なプロポーションを持つ艦船。
アズールレーンで一緒に仕事をした事もあった。
そしてその艦船に黙って手を引かれていたのは…。
「ご主人様っ!?」
そう今回の目標である重桜の指揮官であった。
陛下に連れてこいと下命され、彼女が会いたくて会いたくて振るえていた…初めて会った時から少女の心を掴んで離さない…そんな男性。
こうして目に捉えるのは何年振りの事か…。
言葉を交えた訳でもないのに少女の心の中に名状し難い感情が噴出する。
この白髪の軽巡は気持ちの切り替えも割りと早い。
すぐに充血した眼を手の甲で拭う。
「これはっ!これはっ、天命です!ご主人様っ!」
数年越しに飼い主と再開した犬の如く、ダイドー級軽巡洋艦一番艦ダイドーは駆け出した。
───
俺はノースカロライナに全てを話した。
エンタープライズが俺を奪取した事から今までの事、全てを。
キミだけにと言った癖にエセックスにも同じ事を話していたが、そんなのノースカロライナは知る由もない。
「それが本当の事だとしても…貴方が私の事を捨てたのは変わりません。」
ノースカロライナは俺の話を飲み込んだ後、ポツリとそう言った。
俺を責める彼女の口調。
ぐうの音もでない。
あの夜の事は俺が一方的に悪い。
只黙って消えれば良かったのに、心の内に秘密を溜め込んで置くのに耐えられず、アズールレーンを離れる事を彼女に漏らしてしまった。
告白した処で何かある訳でもないのに。
ノースカロライナに慰めて欲しかったから…。
俺のせいではないと、そんな風に。
「あの夜の事は本当に申し訳ないと思っている。」
「どの夜の事ですか?指揮官と私には沢山一緒過ごした夜がありますから…解りません。」
「…」
彼女の言葉に俺は押し黙る。
ノースカロライナは勝ち誇った様な顔になった。
俺はそんなノースカロライナと眼を合わす事ができなくなって、俯いて視線を反らしてしまう。
「でも、少しは安心しました。エンタープライズとはそういう関係じゃないんですね。ねぇ、指揮官、貴方はどうしたいんですか?」
「どうしたいか?」
「えぇ、指揮官は本当はどう生きていきたいんですか?貴方の願いを私に教えて下さい。」
少し機嫌が良くなった感じで、戦艦は俺にそう問いかけた。
そう言えばいつだか前、二人きりだった時にノースカロライナに打ち明け事があったかもしれない。
俺の願い、本心、願望。
「辞めたいんだ。」
自然と口は開いていた。
「辞めたいんだ、指揮官を…戦う事を…。本当は普通に生きたかった。今でもそう思ってる。海軍軍人の家に産まれたから決められたレールを進んできた。でも、指揮官になって軍艦でも指揮するのかと思っていたら、こんな、キミ達みたいな訳の解らない、得体の知れない存在を闘わせて…今度はこれだ。正直もう嫌になる。普通に暮らしたい。」
「普通って?何です?」
ノースカロライナはやはり答えを知っているのだろう。
勝ち誇りながらも、哀れむ様な目で俺の事を見下していた。
「普通だよ、普通に…会社勤めでも、なんなら日雇いでもいい…普通の仕事をして、お金を貰って、結婚して、子供を授かって、家庭を築いて暮らしたい。」
「そんな普通も知らないのに良くそんな事を言えますね?」
「お前に何が解る?」
「解りません。解りたくもありません。」
彼女の声が何だか冷たく鼓膜に響く。
「ですが、指揮官。私がチャンスを上げましょう。」
しかし、一転してノースカロライナは優しい声で俯く俺の耳元でこう囁いた。
「チャンス?」
「ええチャンスです。私は最後の夜、貴方に捨てられました。でも今は立場が逆…」
ノースカロライナは吐息をわざと俺の耳に当ててるかの様な距離感で喉を震わせる。
「私が指揮官を拾って上げます。あのエンタープライズが嫌なんでしょう?だったら私が拾って上げます。一緒に暮らしましょう?私も軍を辞めて普通の女になります。田舎に適当な家を買ってそこに二人で住むんです。収入は元KANSENなら国から保証されますよ?子供はできるか解りませんけど…でも今よりよっぽど普通ではないですか?」
ノースカロライナからの提案。
それはまるで。
「えぇ、私から指揮官へのプロボーズです。こんなに都合の良いプロボーズないでしょう?私、ノースカロライナが指揮官を飼って上げるって言ってるんです。可愛がって上げますよ?」
「だけど…」
一瞬、俺が指輪を渡した相手…三笠の事が頭を過った。
俺がエンタープライズから逃げてノースカロライナへついていったら三笠の処遇はどうなるというのだろう?
「言い訳やご託はいりません。イエスかノーで答えて下さい。今までと違って拾うのは貴方ではありません。私が捨てられてる貴方を拾うんです。ノーならエンタープライズの所へ帰ってもらいます。」
しかし戦艦は獲物を前に容赦はしない。
更に言葉を重ねて畳み掛ける。
「さぁエンタープライズと私どっちがいいですか?」
「俺は」
「さぁ?」
「俺は…」
「さぁ?」
「俺は…!」
「ちょっと待ったああああ!」
その時、この部屋の玄関が爆ぜた。
誰か艦船が擬装を展開させたのだろう。
扉を吹き飛ばした人物のシルエットが、舞い上がる粉塵の中に見える。
「なっなに…?」
「先程から聞き耳を立てていれば、ご主人様を飼うとか飼わないとかそんなうらやまっ…いや、いかがわしい事を言って!相手がユニオンの戦艦であろうとそんな事は許しませんっ!」
「あっ貴女は…」
自分の部屋の入り口に立つ少女にノースカロライナは狼狽える。
俺の位置からは調度、太陽が逆行になってその人物の顔が判別しづらい。
誰だ?
「ご主人様は飼われるのではなく!私の事を飼うのです!」
ご主人様…?
俺の事を言っているのか?
指揮官の事をそんな風に呼ぶ奴は…それにこの声!
「まさか、キミかっ!?」
「はいっ!ご主人様のダッ…」
「キミなのかシリアスッ!!」
「うわあああああああああああああんっ!違いますううううううううううううううううっ!どうしていつもシリアスばっかりいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
シリアスブレイカー、ダイドー!