彼岸花は普通は人の生活圏内にあるらしいけど青いって言うなら他とは違う場所に有るかもなー、と思った猗禍座は山奥を探索してました

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注文の多い鬼

 人の気配、いいや動物の気配すら無い夜の山中、一人の鬼がいた。

 鬼。

 お伽話で語られるそれとは少し違うものたち。

 

 

 始まりの鬼を基点とし増え、人の血肉を食らい、人より長い時を生き、その力は人の限界を超え、体をバラバラに刻まれても死なない、その化け物が総じて鬼と呼ばれる。

 

 鬼を殺す手段は二つ、日の光を浴びせるか、日の光を浴びその力を含んだ特殊な刀による首の切断によって、鬼は死ぬ。

 

 鬼の始祖、始まりの鬼、鬼舞辻無惨にとってはそれが許せなかった。

 本人の生命力により首の切断による死は克服したものの、日の光を浴びれば死ぬ。

 それが本能でわかり、人間達が日の光の下で生きていける中、己の行動が制限される現状はこの上ない屈辱を鬼舞辻無惨に与えている。

 

 だから無惨は太陽の克服を求める。

 彼が鬼となった切っ掛け、その原因の一部に「青い彼岸花」という言葉があり、無惨はその青い彼岸花にこそ太陽克服の手がかりがあるものとして、探し求めている。

 

 だが自分一人で地べたを這い、夜の闇の中で花を探すような真似はしていない。

 彼は己の血を他者に混ぜることで鬼を増やせるのだから、そんな仕事は配下に任せれば良いのだ。

 

 しかし、それも誰でも良い、という訳にはいかなくなった。

 いつ頃からか鬼に恨みを持ち、復讐しようとする鬼狩りという集団が現れたからだ。

 無惨は配下を作り命令を出してはいるが、配下を信頼しない。

 自身の名前、それ以外にも己に繋がるすべての情報を口にできないよう呪いで縛ってはいるが、それでも尚、信頼していない。

 ゆえに青い彼岸花の情報が万が一にも鬼狩りに漏れないよう、鬼狩りに殺される弱い鬼には、情報を与えていないのだ。

 

 鬼狩りに殺されない強い鬼、それらにのみ青い彼岸花の探索の任務は与えられる。

 

 

 今、この夜の山に立つ鬼はまさに鬼狩りから殺されず、ゆえに情報を漏らす心配の無い鬼の一匹である。

 青い彼岸花を探す鬼である。

 

 鬼の目には夜の闇の中でも花の色、一輪ごとを区別することは容易い。

 ただ立っているだけに見えても広く遠い視野を持って花の区別をしているのだ。

 

 ほんの一瞥でありながら人間には不可能な広範囲を探索している鬼は、不意に舌打ちする。

 奥歯を噛みしめ額には血管が浮き出るほど、怒りを顕にしている。

 

 目的の青い彼岸花が見付からなかったから? そうではない。

 不愉快な気配が近付いているのを感じたからだ。

 

 人の気配ではない。

 獣の気配ではない。

 鬼の気配である。

 それも既知の気配だ。

 

 一直線に迷いなく、己を目掛けて近付いてくるその気配に鬼は吐き気すら覚える不快感を持ち隠そうともしない。

 会いたくない相手であり、この場から去れば良さそうなものだが、それは逃げるようでその鬼の矜持が許さない。

 それにこの速度ならすぐだろう。

 ほらやってきた。

 

「やあやあ猗窩座どの。奇遇だなぁ」

 

 張り付けたようなニヤニヤした笑顔、その両の目には「上弦」「弐」と刻まれている。

 この目に刻まれた文字は鬼の始祖、鬼舞辻無惨を除いて上から二番目に強いという意味がある。

 つまりこの鬼もまた、鬼狩りに殺されない鬼であり、青い彼岸花を探す鬼である。

 

 先にいた鬼、猗窩座と呼ばれた鬼の目には「上弦」「参」の文字が刻まれており、今やって来た鬼より格下である事が一目でわかる。

 鬼、猗窩座の不機嫌の理由でもある。

 

 

 鬼は本来群れることが出来ないように作られているが、広範囲の探索を命じられていれば、時に活動場所が重なってしまうこともある。

 下級な鬼ならその偶然ひとつで始末される事もあるが、猗窩座もその鬼も、その程度の偶然で始末されるほど安い鬼ではないからこそ許された偶然の接触である。

 

 

 猗窩座は上弦の弐の鬼が嫌いだったので、無視しようかと思った。

 しかし。

 

「その格好はなんのつもりだ」

 

 好奇心、という程のものではないが、上弦の弐の鬼の装いの異質さからつい、言葉が口をついて出た。

 

「おーおー、猗窩座どのも気になるかね? これはね、最近の人間の軍人の服なのだよ」

 

 この時代は明治時代、外国からの文明が入りつつあるがそこまで浸透していない時代である。

 だが新しい武器の導入により軍人の装いは猗窩座が人間だった時代とは大きく異なっており、上弦の弐の鬼が今着ているような平たい帽子に詰襟や固いブーツと言った、洋装が主流となっている。

 その上で銃まで担いでいるのだから、見た目だけは軍人のようである。

 

「いやね、我が団体の入信者の一人が夫が代々続く軍人家系で結婚したは良いが、子供が中々出来ない自分に対する当たりが強くなって、耐えられないと言うのでね。保護してあげたんだがその信者の夫やらが押し掛けてきたから殺したんだよ。まあうっかりその姿を見られたから新しく入った信者の女は騒がないように食べてしまったわけだが。それはそうと軍人の服や装備一式が手に入ったから戯れに来てみたと言うわけさ」

 

 どうだい、似合うだろう? と服を見せびらかす上弦の弐に対し、猗窩座は一言。

 

「くだらん」

 

 そう言い残し去った。

 が、上弦の弐はその後ろにピタリとついて走りながら話しかけてくる。

 

「いやいや猗窩座どの。確かに銃のような武器は我々には無意味でつまらなく感じるかもしれないが、こと人間を殺す用途だと思えば中々のものだよ。多少の練習は必要だが武術で鍛えた人間を指一本で殺せるんだからね。ただでさえ女の方が栄養価が高いのに銃を持てば鍛えた男より強くなるんだ、猗窩座どのだって銃を持った女なら」

 

 食べられるんじゃないかな?

 

 そう続くはずの上弦の弐の言葉は止まった。

 言葉を言い切る前に猗窩座の拳が上弦の弐の下顎を殴り飛ばしたからだ。

 尋常な生物なら致命のその一撃、しかし。

 

「うーん、久しぶりだけどやっぱり成長してないね。猗窩座どのも偏食はやめて女の血肉を食べた方が強くなると思うよ」

 

 瞬く間に再生してしまい、下顎が吹き飛んだ事実を忘れるほどに流暢に話しかける始末。

 

 上弦の弐のその言葉と態度、さらに好き放題言わせてしまう自分の弱さに猗窩座は人間なら奥歯が砕ける程歯を食いしばりビキビキと音が立つほどに青筋を立て殺意すら走らせる。

 

 が、そんな猗窩座の態度など関係なく。

 おや、と上弦の弐は声をあげる。

 

 少し目を凝らした先に、山の中に似つかわしくない立派な建物があるからだ。

 

「西洋料理店、山猫軒と書いてあるね。日本の言葉と西洋の言葉で書いているよ。軍人だけでなく料理店にまで西洋の文化は入ってきてるんだねぇ」

 

 上弦の弐は面白がるように、感心しながらその店を指差した。

 

「猗窩座どの、せっかくの縁だ。今日はここで食事にしないかい?」

 

 その誘いに猗窩座は興味を示さず、去ろうとするがそこをガッと肩を組んで上弦の弐は止める。

 

「まぁまぁ、猗窩座どのは人の社会に詳しくないから知らないかもしれないが、料理というのはかなりの重労働らしくてね。腕の良い料理人は結構鍛えた体をしてるそうだよ。ましてやこんな山奥に店を構えるほどだ、店主も相当の強者かもしれないよ? 猗窩座どのは武芸者とは立ち合っても職人とは立ち会った経験が無いんじゃないかな? たまには新鮮な気持ちで食事が出来るかも知れないぜ」

 

「……チッ」

 

 上弦の弐の言うことを聞くのは癪だと思う猗禍座だが、珍しい相手というものに心が引かれるのも事実であったから、不機嫌そうな顔を隠しもせずに、西洋料理店、山猫軒へ足を向けた。

 

 

 どなたもお入りください遠慮なく、ことに太ったお客様は大歓迎します。

 店の扉を潜った先の硝子扉にそんな事が書かれていたが二人は特に太っていない。

 

「まぁ肥満ではないけど俺たちは肉付きは良いから招待されてる方さ」

 

 上弦の弐はのほほんとそんなことを言う。

 妙に戸の多い作りの建物に対しても、外国式だろうと気分を良さそうにしている。

 

 当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください。

 

 書かれたその言葉に偽りはなく、戸をくぐる度に髪をきちんとし履き物の泥を落とせ、銃を預けろ、帽子と外套と靴を置いていけ、金目のものを外せ、などの注文が次々とやって来る。

 猗窩座は苛立ちを隠しもしないが上弦の弐はいっそう楽しそうな態度である。

 

 クリームを顔や手足に塗ってください、頭から香水をかけてください。

 こんな注文にもニヤニヤ顔で従う上弦の弐、もはや無表情で従う猗窩座。

 

 さらに戸を開ける。

 

「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」

 

 いよいよ長かった注文もここまでのようだ。

 猗窩座も上弦の弐も、ここまで来ればこの店の注文の性質は理解できている。

 だけど構わずに二人揃って塩を体にもみ込んだ。今さらである。

 

「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。さあさあおなかにおはいりください」

 

 どうやらここが最後の扉らしく、大きな鍵穴からはキョロキョロと、こちらを伺っている様子が見える。

 

 二人は躊躇わず扉を開けて中に入った。

 

 

 

「アハハ、楽しいなぁ、こいつら鬼でもないのに人間を食ってるみたいだぜ猗窩座どの!」

「つまらん、時間の無駄だったな」

「おっと、皆殺しはやめておこうぜ、こんな珍しい生き物だ、あのお方がご所望するかもしれないぜ?」

「チッ」

 

 扉の中で待ち構えていたのは、知恵を持つ山猫の化け物たちだったが、人間を超えた鬼が来るとは思っても無かったのだろう。

 噛みつきより早い速度で払われ、引っ掻きより強い力で握られ、逃げようとしても、建物の扉が凍り付いたように動かなくなり逃げ場なく、人を待ち構え罠にはめ、食べてしまう化け猫たちは、それ以上の化け物たちによって蹂躙されてしまった。

 

 

 

 べんべん!

 

 古い琵琶の音が鳴る。

 音と同時に視界が変わった。

 世界が変わった。

 

 天井、壁、床、全てがデタラメな配置の城の中に猗窩座と上弦の弐が立っていた。

 

 猗窩座の手には人の身の丈を超える程に大きい山猫が、手足を砕かれ満身創痍ではあるが生きて捕まっている。

 上弦の弐は両手に一匹ずつやや大きめの猫の首根っこを持って逃げられないようにしている。

 

 べん!

 

 更に琵琶の。

 猗窩座達がいる床より段差が区切られ、一段高くなった部屋に一人の男の姿があった。

 

 その姿を認めた瞬間、猗窩座と上弦の弐の鬼は膝を付き頭をたれた。

 誰の目で見てもわかる、従属の意だ。

 

「貴様ら、群れて何をやっていた?」

 

 上座の男は何かの作業をしているのか、猗窩座たちに背中を向け一瞥もくれずに言う。

 

「いやいや群れてなど。ただ本日の探索の途中で猗窩座どのと場所が近くなったことから挨拶を、と思ったら面白いものを見つけまして、土産になればと思った次第であります」

 

 上弦の弐の言葉に、上座の男はようやく振り向いて視線を向けた。

 

「土産と言うのはまさかそのけだものの事ではあるまいな?」

 

 ピキリ。

 男の言葉とともに、猗窩座の身体中の血管が暴走し、体の内外がボコボコと膨れ上がる。

 耳や目、鼻から泡上の血液が溢れだすその様は、どれ程の痛みを与えているとも知れない。

 

「我ら……鬼とは……起源を異にしながら、活動していた妖物であれば……あなた様にも多少の興味が持たれるかと思いました」

 

 体の中でどれ程血液が暴れているのかは定かではないが、猗窩座はその痛みに負けることなく言葉を言い切った。

 口から大量に血液を吐き出すような不様な姿を見せることなく。

 鬼の身であれどどれ程の克己心があればなせる技か。

 

 しかし上座の男にとってはそんな姿は無価値なのか。

 

「青い彼岸花はいつ見つかる? 目障りな鬼狩りどもはいつ全滅する? 獣とりが自慢か? 上弦の参も落ちたものだ」

 

 再び背中を向け目線を向けることなく、吐き捨てる。

 

「いやいやしかし! 猗窩座どのにこの獣の経営する料理店を進めたのは私なれば、私も同罪かそれ以上かと思われます。ささ、どうぞ罰として目玉でもくりぬきましょうか」

 

 同僚のフォローのつもりか、上弦の弐は笑顔が貼り付いたニヤニヤ顔のまま、殊勝にも自分にも罰をと言うが上座の男は取り合わない。

 

「貴様の目玉を抉って何になる? 私が求めるものがなにかは知っている筈だ。お前たちはそれ以外をする必要はない」

 

 その言葉とともにべん! と琵琶の音が鳴れば猗窩座が消えた。

 さらにべん! となった時には西洋料理店、山猫軒があった場所に上弦の弐は立っていた。

 料理店の注文に従い途中で置いていった銃や軍服は木にかかって風に揺られていたが、特に回収する気にはなれず、上弦の弐はそこから去った。

 

「あのお方は君たちに興味がなかったようだ、運が良かったね」

 

 山の茂みに隠れていた化け猫のしたっぱには気付いていても、彼だって猫なんかを食べる趣味はないからだ。

 

 その猫の子孫は鬼への恨みから、やがて逃れ鬼の珠世と接触し無惨との戦いで大きな働きをするかも知れない、そんな可能性には気づきもしないまま。

 

 

 一方で、猗窩座と上弦の弐を追い出した男は二人が捕まえた猫の化け物を、何だかんだで食べて調べていたが化け猫を食べるみっともない姿を見せたくなかっただけのようだ。

 結局猫の肉体から得られるものはなく無駄にゲテモノ食いをしたという屈辱が溜まっただけに終わった。

 

 

 最後に猗窩座は、体の中の痛みが引いてからは再び青い彼岸花の探索に戻ったが、人間の少ない山奥へ足を向けることはしばらく止めておこうと思うのだった。


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