【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
極めて唐突で恐縮ですが、読者の皆様に誠に勝手ながら《名誉ガルラ霊》の称号を贈呈させて頂くこととなりました。
今回のお話の間だけでも、自らを《名誉ガルラ霊》であると心の片隅に置き、読んで頂けますと幸いです。
もしご不快に思われた方がいましたら深くお詫び致します。その場合大変申し訳ございませんが、広い心を以て無視してくださいますようお願いいたします。
では本編をどうぞ。
『いえ、流石に気合いではどうにかならないと思うのですが。というかなんとかなるにしても気合いでどうにかし続けるのもどうかと…』
エレちゃん様? 気合いとかブラック勤務の常套句みたいな発言をなにも女神自らが言わなくてもいいんですよ?
おかしいな、メソポタミアの偉い人(神)は社畜適正が高すぎる疑惑が再燃してきたぞ? これは神話学上の大きな発見では?
「……ああ、そういえばまだ
が、ここで何やら意味深長な言葉が。
首を傾げるこちらに合わせるように、エレちゃん様から懇切丁寧な説明が下される。
「いい、神格はね。その時の精神状態に調子が著しく左右されるの」
それは肉体を持ち、肉体に縛られる人間には理解しがたい感覚だった。
他者からの認識、つまり信仰にその存在の規模を左右される神格の在り方は人間とは根本的に異質なものであるらしい。
「だから意外と気合いが十分なら無理無茶無謀が通せちゃうのよ」
そうあっけらかんと語る女神様。
「それでも少し前の、時間に追われるばかりの私だったら厳しかったかもしれない。でも今は貴方がいる、そして貴方が切り開いた未来がある。なら何年だって無理を通して見せるわ!」
と、請け負うエレちゃん様は言葉通りの力強さが宿っていた。
『……かしこまりました。ならば私は無理を通して頂く期間を短く出来るよう尽力致します』
「ええ、お願いね」
女神自身がそういうものと語るのならば、眷属はその言葉を信じて付いていくしかない。その上で出来ることを全力でやるだけだ。
『しかし神格とは、本当に人間とは根本的に異なるのですね』
「そうね。そもそも成り立ちからして異なる存在だから。でも互いに理解しようとすることは決して無駄にならないと、私はそう思うわ」
と、頷き。
「いい機会だからもう少し神格について詳しく教えておきましょう」
更に補足するようにエレちゃん様は語りを重ねる。
「精神状態に調子が左右されるといったけど、自身の権能と職掌を果たす時がやっぱり一番調子が良いわね。逆に自分の性質と反するようなお役目なんてそれこそ死んだってやりたくないわ。無理にそれをこなせば、存在の規模が小さく弱くなってしまうのだもの」
分かりやすく言えば、と続ける。
「
もし私たちの役割を逆にしたら、そうね、普段触れることのないモノに触れられて、一時的には嬉しいかもしれないけれど、きっとすぐに無理が祟ってすぐに見る影もない程落ちぶれてしまうわ」
けして手に入らないモノに焦がれているような、切ない響き。
語っている内につい零れ落ちた感情の切れ端に触れ、思わず何をと言えずとも声をかけてしまう。
『エレシュキガル様…』
「大丈夫よ…。ええ、私は大丈夫。だって私には地の女主人という役割があり、貴方という眷属もいるのだもの。これ以上のものを私は望まない。私は
泣きながら強がる子どものようなその言葉に…。
普段は抑圧しているエレシュキガル様の隠された本音に触れ。
『……恐れながら申し上げます』
貴女はもっと報われていいのだ、救われていいのだと。
言葉にすれば侮辱になってしまう想いを隠し、我が女神の前に
『貴女様はもっと強欲になっていいのです。貴女が一言望みをお伝えくだされば、この《名も亡きガルラ霊》が万難を排して実行してご覧にいれます』
だからどうか、と祈るような切実さで頭を下げた。
そんな俺をエレちゃん様は少しの間不思議そうな顔で見つめ…。
クスリ、と憂いの晴れた顔で微笑んだ。
「私は本当に大丈夫なのよ?」
反駁しようとする俺をそっと手ぶりで押さえ。
「ありがとう。冥府で擦り切れるのを待つだけだった、
だから私は大丈夫だと、少女は
そしてどこか覚悟を決めるように表情を引き締め、言った。
「ごめんなさい。実はさっき一つ嘘を吐いたわ」
『嘘?』
まさか、という思いでエレシュキガル様を見ると、少しだけ後ろめたそうな、それでいて強い意志を秘めた顔をしていた。
「さっきは気合いで何とかなると言ったけれど、それはウルクとの契約に限った話。貴方はいずれ更なる信仰獲得のため、同じことを他の都市にも持ち掛けるつもりだったのでしょう?」
『……ご賢察の通りです。このメソポタミアの大地における盟主ウルクと契約を結んだとなれば、必ず他の都市も追従すると見込んでいました』
前例の有無は古代にあっても大きい。
そういう意味でもウルクと契約を結べたことは他の都市への影響力という意味でも最上の成果だったと言える。
「そして契約や信仰の規模もいずれは今以上に範囲を広げていくつもりだった」
『全て、仰る通りです』
少しずつ、少しずつ信仰によるエレシュキガル様の存在規模の増大と合わせて慎重に様子を見ながら、冥府と地上の交流の規模を増やしていくつもりだった。
「私も同じことを考えていたわ。少しずつ、少しずつと」
それの何が問題だと言うのか。
腑に落ちない疑問を抱える俺に、超越者としての視点からエレシュキガル様は語った。
「でも恐らく悠長にやっていては時間がかかりすぎる。そうなれば
『―――!?』
確かに、と胸の内で頷く。
所詮俺は元人間から成ったガルラ霊。時間のスケールも人間のソレだ。精々100年というスパンでしか物を考えていなかった。だが神霊たるエレシュキガル様は既に云万年という時を生きた超越者だ。
その彼女が間に合わないと言うのならば、恐らくその見立ては正しい。少なくとも俺の推測よりも確度が高いだろう。
「でもそれは仕方のないことだと、全力でやっているのだと目を逸らしていた。きっと何とかなるはずだと根拠のない楽観を抱いて」
『いえ、いいえ! それは違います。全ては我が不明! 見通しの甘い俺の失態です! 今すぐ全ての計画を見直します!!』
何という見込みの甘さかと自分を罵倒する。
ウルクと契約を結んだことに安堵している暇など無かったのだ。あまつさえエレちゃん様に労いをねだるなど、何という恥知らずな振る舞いか。
既に死んでいる身だが、発作的に自殺を敢行したくなる。実行に移さないのはただエレシュキガル様に心労と迷惑をかけるからでしかなかった。
「どうか謝らないで。分かっていて見逃していた私こそが罪深いのだから」
そう申し訳なさそうに語るエレシュキガル様に何も言えなくなってしまう。
「いまこここそが分水嶺。そして貴方は私に
だから今度は私の番と、彼女は言った。
「私も貴方の献身に応えるため、相応しい誓約を示しましょう。何故なら神霊にとって誓約とは即ち力となるのだから!」
『なにを、お考えで…?』
言葉通り、エレシュキガル様から尋常ならざる危ういほどの
意図を問いかけながらも、頭の中では高速で思考が駆け巡っている。
(誓約と、力…?)
先んじてギルガメッシュ王との会談で語った通り
我が権能は全て冥府のために。
決して自分のために使わないという誓約がエレシュキガル様を強力に縛り付け、それに比例する強力な支配力を与えている。
そう、
『お待ちください! 御身は既に十分すぎるほどに冥府のため身を捧げています! これ以上の誓約を己に課すのは余りに危険! どうかご再考を!!』
「いいのです。だってこれは冥府の女神たる私にしか出来ない役目。そして私は
エレシュキガル様はとうの昔に覚悟を終えていた。
だから俺が何を言っても、何度反対しようとも断行するだろう。ただ俺の反対にはきっと困ったように笑うのだろうと、想像してしまった。
だから俺に出来るのは、エレシュキガル様に寄り添うことだけだった。
『我が魂は常に貴女とともに。何があろうと、冥府の枠組みが崩れ去った時の果てであろうとも。幾久しく』
「貴方の誓いを受け取ります。私とともに歩みなさい。我が第一の臣下にして唯一の直臣よ」
それは俺を冥府の副王にして宰相とでも言うべき地位に据える言葉だったが、今この時は気付かずにただ溢れ出す情動を押さえつけるために必死で頭を下げていた。
そんな俺を見て微笑んだエレシュキガル様はふわりと浮かび上がり、冥界を一望できる中空へと高く昇った。
『冥府に集うガルラ霊よ、貴方達の女王の声に疾く耳を傾けなさい』
冥界のあらゆる場所に不思議な反響を伴ってエレシュキガル様の声が響く。
冥府を統べる女神の言葉に、冥府で休みなく働くガルラ霊達が手を止め、宙空に座すエレシュキガル様を見つめる。
女王の下知に冥界のあらゆる存在がその意識を女神に向けた。
『貴方たちに、これまで禁じていた
冥界にて働くガルラ霊はエレシュキガル様から分かたれた分霊だ。
だが既に分かたれて何万年と経ち、膨大な時間と数多の魂魄と触れ合った経験の果てに個我を獲得した個体も少なからずいたという。
だが彼らに個我を許すほどに余裕がない冥界の懐事情から、エレシュキガル様の支配力によって個我を出すことを禁じられ、日々の労働に従事していた。
だが言い換えれば彼らをルーティンワークから解放し、自由に個我を許せばその数だけのマンパワーへと姿を変える。人手不足という冥界最大の泣き所を解消できる鬼手となる。
そして彼らを解放することでポッカリと空いた労働力はこれからエレシュキガル様が宣言する誓約によって得られた支配力で補填するつもりか。
『命ず。貴方たちの思う、冥界にとっての
太陽と水がなくても育つ作物を、食べる草がなくても育つ動物を探しなさい。肉体の無い霊魂でも安らかに暮らせる終の棲家を建てる技術を学びなさい。必要なら世界の果てまで旅し、冥界に有益な品を、技術を、発想を持ち帰りなさい!』
やれることを全てやれ、とエレシュキガル様はガルラ霊に自由を許した。
『繰り返し、命ずる。個我を得たガルラ霊よ、我が眷属よ。さあ、
暗き冥府に轟々と大音声が鳴り響き、善きガルラ霊達が女王へ応えるように声を上げる。
地の女主人たる女神に応え、その版図たる冥府が鳴動しているのだ。
『そして続けて告げる。私はエレシュキガル、誇り高き冥府の支配者! 冥府のガルラ霊の大元締めにして、死者たちを統べる女王!
天よ、聞け! 地よ、叫べ! 我が宣言を世界の果てまで疾く伝えよ! 地の女主人の命である!』
女王の威厳を以てエレシュキガル様は古代シュメル世界へ己の誓約を宣言した。
『私は我が第一の臣下とともに、この冥府を比類なき死者の楽土と為さん! 是とする者に慈愛を、否とする者に恐怖を与えましょう! 私はエレシュキガル、万物呑み込む《死》の支配者なればそれが叶う! 我が誓約を耳にした者は、願わくば我が志を認めることを望みます』
冷たく、苦しみに満ちた今の冥界を比類なき死者の楽土と変える。
余人が言えば妄想と一蹴されそうな、あまりにも高すぎる目標。その分今のエレシュキガル様にはこれまでと比較してなお別格と言える、恐ろしく強力な支配力に満ち満ちていた。
だがそれはリスクと表裏一体。この宣言を為しえなかった時、恐らくエレシュキガル様は女神の座を失い、見る影もない程に衰退するだろう。
地の底から放たれた宣言は大地を、大気を伝い、その宣言を受け取る資格ある者の耳に届く。
その反応は千差万別だった。
英雄王は小癪な、と不敵に笑った。
天の女主人はあの引きこもりが、と嚇怒した。
恐ろしき夏の太陽はその意気やよし、と興味を覚えた。
だがいまは冥府の女主人が世界に向けて不敵に笑うばかりである。
この宣言こそがのちに幽冥永劫楽土と神話に称えられるメソポタミアの
というわけでエレちゃん様による冥界DASH企画参加募集のメッセージでした。
読者にして名誉ガルラ霊の皆さん、皆のアイデアで冥界をNAISEIしようぜ!
名誉ガルラ霊の皆さんの中で本作の冥界DASH企画に参加される意欲のある方は、私の活動報告にあります『メソポタミアの冥界で(略)、冥界開拓アイデア募集欄』にコメントする形で冥界発展のためのアイデアを投稿いただければ幸いです。
要するにお持ちの冥界開拓のアイデアを私宛にお伝えいただければ、アイデアによっては本作内にて日の目を見るかもしれないという読者参加型の企画です。なおシチュエーションの要望などは受け付けておりません。
あまり具体的なアイデアではなく、他所の神話では冥界で育つこういう作物があるとかそういった情報提供だけでも全然OKです。
もちろん全てを採用できるわけではありませんし、そのままの形で採用出来るかも分かりません。
正直冥界は立地が極めて特殊かつ逆レジェンド級のベリーハードモードなので相当秀逸なアイデアじゃないと日の目を見るのは難しいかもと考えています。
ただまあ既に最低限ストーリーの骨格は出来ているので、最悪参加される方が一人もいなくても執筆上問題ございません。あくまで読者の皆様がガルラ霊の気分になって冥界開拓に参加できるおまけ要素、お遊びのようなものとお考え下さい。
アイデア採用の基準ラインは高めですが、その分ストーリーには大きく関わらないのでお気軽に参加いただければと思います。
参加されない方も作者が何か変なことを始めたぞと生暖かい気持ちで見守って頂ければ幸いです。
もしこれらの企画にご不快な思いを抱かれた方はお手数ですが、作者宛までメッセージをいただけますでしょうか。内容によっては企画を取り下げさせていただきます。
以上、ご参加をお待ちしております!
追記
今回の名誉ガルラ霊称号を(勝手に)贈呈致しました件は頂いた感想返しのやり取りにて思いついたネタとなります。
何人かの方々には先行して(やっぱり無断で)称号を贈呈させていただきましたが、勝手ながら本作執筆のため使わせていただきました。
ご理解いただけますと幸いです。
追記の2
身体がちょっと悲鳴を上げてきたの、流石にこれからは毎日投稿が厳しくなってきそうです。
次回の投稿まで間が空くかも知れませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。