【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
休憩なにそれ美味しいの? と言わんばかりの不眠不休状態で働き続け、いつの間にか結構な時間が経った。
冥界のガルラ霊を統制する組織再編は辛うじて…本当に辛うじて、何とか組織的停滞は免れるというレベルだが軌道に乗せることが出来た。
現在は《開闢六十六臣》を中心に各ガルラ霊の適性や意欲を見て、組織化を急ピッチで進めているところである。
そして組織に配属した後は、冥界で行われるルーティンワークと並行してグループ間で連携を取りながら、冥界についての
既に種々の地下資源の活用や他文明の冥府への遠征案など実現性の高そうな案も出ている。現時点では実行が難しい案もストックし、将来的な実現に向けて研究する部署も設立予定だ。
ウルクと結んだ契約に則った地下坑道の守護役も、一部の《個我持つガルラ霊》が中心になって配置が進んでいる。彼らは今後の地上から受ける信仰を支える冥界の大黒柱となる予定なので、是非その力量を振るって欲しいものだ。
その他諸々考えられる限りのことを実行し、とにかく全てのガルラ霊達は忙しく冥界のために働いている。
『何とか…本当に何とかだが、成ったか』
これで莫大なマンパワーがただ遊んでいるという最低の浪費は免れることが出来た。
とりあえずだが、何とかなったのだ。
何とかなったので、これからはエレちゃん様との
『…………』
「…………」
と、言いつつ既に少なからぬ時間、長い沈黙が俺とエレちゃん様の間におりている。
「あの、ね…。その」
『…………』
発端は俺がエレちゃん様の前に跪き、一言も声を発さないまま、ずっと沈黙していること。
最初はにこやかだったエレちゃん様もやがては俺が醸し出す重苦しい雰囲気に気付き、何とも気まずそうな表情を浮かべている。
「お、怒ってる?」
『ハハハ、まさか。私などがエレちゃん様を怒るなどとてもとても。それともエレちゃん様は何か私めに対して後ろめたいようなことでも?』
こうして俺が言葉にせず抗議を行っているのはあの冥界宣言についてだ。
あの宣言の内容に根本的なツッコミを入れるとすると、だ。
そもそも『比類なき死者の楽土』ってどんな場所だよという話である。
こう、目指すべき目標として滅茶苦茶ふわっふわである。
でもそのふわふわな目標を達成せねばエレちゃん様は見る影もなく零落するとかいう難易度ルナティックかつ罰則もルナティックな罰ゲームに強制ご招待。
なおどんな罰ゲームでも
こんな状況では我が主人といえど流石に無言のクレームの一つも入れても罰は当たらないのでは?
「や、やっぱり怒ってるのだわ…」
『いやいや、まさかまさか』
「私の眷属が私をイジメるぅ…」
あー涙目エレちゃん様とか天使かな(尊さに浄化される音)。
いや、個人的な感想を言えば冥界宣言を堂々と布告したエレちゃん様は最高に決まっていたし格好良かったし流石は我が女神さまとガルラ霊達と肩を組んでのシュプレヒコールに参加したかったくらいだが(ここまでワンブレス)。
それはそれとして、彼女に仕える直臣として言わなければならない言葉がある。
『何故、あれほど御身を縛り付ける、強力な誓約を結ばれたのですか。御身こそ冥界そのもの。誓約を破った時の危険はよくご存じのはず』
結局はそこだ。
何を思って彼女はあれほどのリスクを背負った宣言を下したのか。
もう少しハードルが低く、具体的な宣言もあったのではないか。
と、真剣な声音で問いかけたのだが、そこにいたのは何とも後ろめたそうに顔を背け、指をつんつんと突き合わせるエレちゃん様であった。
「こう、その…そのね? 皆の前で立って話してたらつい気が大きくなったり、つい出来そうにないことでも口にしちゃったりとか経験がない?」
ははーん、さては勢いで無暗に意気軒高な目標をぶち上げたな。
エレちゃん様ってそういうところありますよね?
「わ、私の眷属の目が冷たいぃ…」
ハハハ、そんな滅相も無い。
だってガルラ霊に冷たくなるような目とかありませんし?
「ううぅー…」
まあ、頃合いだろう。
うーうー唸りながら涙目でこっちを見てぷるぷる震えるエレちゃん様を堪能できたのでそろそろ解放するとしよう。
『エレちゃん様、冗談ですよ。いえ、軽率に重すぎる誓約を結んだのはまだ言い足りないところですが』
もう誓約を結んだ以上は後から何を言おうと文字通り後の祭りだ。
エレちゃん様が重い誓約を結ぶことで、冥界が莫大な神力というリソースを得たのも確か。
一方的に責めるばかりなのはアンフェアだ。
『眷属から伏してお願い致します。どうか、ご自愛下さい。貴女様は冥府そのもの。御身に何かあれば、我らは皆向かうべき道先を見失うことになってしまいます』
だがどうか彼女を慕う者達の気持ちも知っておいて欲しかった。
俺だけではない、これほど多くのガルラ霊からもエレちゃん様は慕われているのだから。
「……ええ、ごめんなさい。その、今後はもっと気を付けるのだわ」
『はい。是非そのように』
自重を求める言葉を告げると、彼女はしっかりと頷いてくれた。
とりあえずはそれで十分だった。
「それと」
『はっ』
「ありがとう。貴方は私のために私を怒ってくれるのね」
嬉しそうに、照れくさそうに、少しだけ申し訳なさそうな顔でお礼を言うエレちゃん様に。
『(あ、解脱しそう)』
俺は無言で尊みに焼かれるのだった。
◇
そして話は戻る。
確かに『比類なき死者の楽土』というあやふやな目標を実現するのは難しい。
だがある意味ではとてもシンプルな話でもある。
究極的に言えば、エレちゃん様が目の前に広がる光景を『比類なき死者の楽土』であると認める事が出来ればいい。
ならば答えは簡単だ。
もちろんそれが無理無茶無謀のたぐいであることなど百も承知だ。
だがどのみち達成できねば、エレちゃん様は見る影もない程に零落し、女神の位から転がり落ちる。
ならばどれほど困難な道のりでも、踏破しなければならない。
これはそれだけの話だ。
『では、改めて。エレちゃん様の描く比類なき死者の楽土とは如何なる場所か。多少あやふやでも構いません、エレちゃん様のお言葉で我らにお示し下さい』
「私が思い描く、楽土…」
目を瞑り、脳裏に自らが抱く理想郷を思い描いているだろう数秒の時間を挟み。
「私は、平穏が欲しい」
『平穏…でございますか?』
「ええ」
と、静かにエレちゃん様は語り始めた。
「死者達が安らげる世界であって欲しい。例え冥界がいずれ輪廻の輪に還るまで、ほんのひと時滞在するだけの場所であったとしても、平穏に苦痛なくその時間を過ごせるようにしたい」
『そのために、何が必要とお考えになられますか?』
「暖かな陽だまりが、安らげる家が、気持ちを癒す草花が、身を入れられる手仕事が、喉を潤す水が、皆が憩う団欒が…穏やかな時間がある冥界を私は望みます」
憚るように語られたその願いは、なんと大きくて、私欲のない、ささやかなものだったのだろう。
『エレちゃん様は、欲張りで有らせられる』
だがその壮大で、自分の欲の混じらない願いはとても彼女らしかった。
「ダメ、だったかしら…?」
『まさか』
恐る恐るといった様子の問いかけに俺はからからと笑い、否定した。
『私は貴女の
いや、正確に言えば彼女の望みを肯定した。
前話でグランドデザインと言ったのは大袈裟でしたかね。
エレちゃんが思い描く、スーパーふわっとした冥界の理想的な将来図について語る回でした。
メタ的なお話になりますが、『比類なき死者の楽土』とは細かい条件などはつけずに、エレちゃんがそう思えるかどうかが焦点になります。
なのであまり細かいところまで突っ込まないでいただけると助かります。
細かいツッコミどころについては、ガルラ霊達が10年間の間にめっちゃ頑張ってなんとかしたんだけど本編内では描写していないだけなんだ! ということで。
正直⑪で筆の勢いに任せてぶち上げたけど冷静になって『比類なき死者の楽土』ってなにと考えたら作者自身首を捻ったので、こういう次第となりました。
正直この作品、エレちゃんとのやり取りがメインで内政要素はそこまでガチ目に描写しないというか出来ないんで…。作者の力量的に。
言い訳祭りの後書きでしたが、今後もエレちゃんを可愛く書いて行ければなあと思っております。
どうか応援よろしくお願いします!