【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 冥界宣言から一年が経った。

 物事は何事も始める時が最も大変である。

 後に冥界第二の開闢と呼ばれたこの大変革期もまたその例外ではなかった。

 

 冥界が誇る《個我持つガルラ霊》十余万騎を組み込む組織編制。

 大目標『比類なき死者の楽土』の具体化と周知。

 冥界運営計画表(ロードマップ)の策定と実行。

 他、これまで冥界でこなしてきたルーティンワークなどエトセトラエトセトラ。

 

 文字通りの不眠不休で溢れ出る仕事をやっつけ続けてきた一年間。

 時に遅延し、時に大幅な見直しを迫られながらも、その成果は実りつつあった。

 その筆頭が地上における信仰の獲得だろう。

 冥府の女神(エレシュキガル様)が大黒柱として冥府を支えている現状、地上で獲得出来る信仰とは冥界発展のリソースとイコールであった。

 通貨とはまた異なる概念だが、何事もリソースの余剰はあるに越したことは無い。

 有り余る資産で上からぶん殴る戦略は古今東西、あらゆる時代とあらゆる地域で有効なのだ。

 特に冥界の現状は、エレちゃん様が冥界宣言によって得た莫大なリソースを初期投資とする非常に不安定なもの。

 言うなれば莫大な借金を背負っての自転車操業だ。

 そんな不安定な状態から一刻も早く脱却するためにも、信仰獲得は冥界一丸となって励むべき急務であった。

 そして先んじて語ったように、ある程度の成果は実った。

 

 ウルクに建てられたエレシュキガル様を祀る小神殿は昼にはクタから派遣された神官が、夜には我ら《個我持つガルラ霊》が常駐し、《死》を司る祭儀を取り仕切った。

 冥界はそうした葬儀以外にもウルクとは関係を持っていたので、小神殿は坑道採掘方面での嘆願や問い合わせなどの冥界宛のホットラインとしても機能した。

 そして信仰獲得の柱として、ウルクと契約した坑道採掘の守護役勤めだが、これは中々の当たりだった。

 思った以上の深い信仰を得ることが出来たのだ。

 人間、やはり実利には弱い。

 坑道採掘は実入りが良いものの、やはりその危険性は他の仕事と比べても高い。

 そんな中、何度もガルラ霊の働きによって危機一髪の窮地から脱する事例が起こり、また前年に比べて死傷者の数がぐっと減った事実は坑道採掘の職人達に信仰を植え付けるのに十分な()()だった。

 実利故に信仰する。

 人間とはいっそ身も蓋もないくらいに逞しいものだとつくづく実感する話であった。

 閑話休題(それはさておき)

 そうした次第でガルラ霊は冥府の女神に仕える神使としてウルクの民の一部に崇められつつあった。

 更に規定の量として採掘した鉱石の1割を儀式とともに収めていたが、やがて自主的にそれ以外の供物も献上し始めたのだ。

 鉱石ではなく職人らが自主的に行う小さな儀式に、手製のささやかな宝石細工を献上したりといった形だが、それを笑うガルラ霊は一騎たりともいなかった。

 重要なのは豪華かどうかではない。

 心が籠っているか、なのだ。

 少しずつ、少しだけ、だが着実に冥界の存在はウルクの民の心に根付きつつあった。

 

 ◇

 

 さて、目先を変えて人材獲得(ヘッドハンティング)である。

 冥界が誇る《個我持つガルラ霊》十余万騎に象徴するように、今現在に限って言うなら冥界には単純なマンパワーは有り余っている。

 しかしそのマンパワーを持て余しているのも確かだった。

 彼らは熱心で優秀だが、彼らの力を最大限生かすために必要なものが欠けている。 

 それは専門家、スペシャリストと呼ばれる人材だ。

 指導者と言ってもいい。

 優秀で熱意はあっても、実務に関する経験は浅い。

 あらゆる事柄でそれは例外ではない。

 ならば一刻も早くその道に熟達するためには、経験を持つ先駆者から学ぶのが一番手っ取り早い。

 足りなければ他所から持ってくるのは基本。

 という訳で今日も夜のウルクに出張する俺であった。

 

『シドゥリ殿、突然のお願いで恐縮なのですが』

 

 考えてみればいつもシドゥリさんに無茶ぶりじみたお願いをしている気がする今日この頃。

 ……しゃあないねん。伝手があって有能でこちらに好意的な有力者となるとどうしても限られるのだ。

 いつもニコニコ笑顔で対応してくれるシドゥリさんが例外であって、基本的にガルラ霊は冥府の先触れ、不吉さを身に纏う死霊なのだから。

 

『職人をご紹介頂けませんでしょうか』

「はあ、職人ですか」

 

 困った、とばかりに頬に片手を当てて小首を傾げるシドゥリさん。

 女神かな? 

 可憐な仕草に魂をピカーと発光させつつ、普段よりは落ち着いて話を続ける。

 

『無論、ウルクに対し恩を仇で返すつもりは毛頭ありません』

 

 俺の言葉をそのまま捉えればヘッドハンティング(物理)だからな。

 腕利きの職人をとっつかまえて冥府に引きずり込むとか、地獄の極卒よりもえげつない所業である。

 そうした懸念を否定した俺に安心したのか、先ほどよりは安堵した表情で問いかけてくるシドゥリさん。

 

「では、どのような人材をお求めですか?」

 

 それはもちろん互いにウィン・ウィンな考えが。

 

『そうですね。分野にはこだわりません。なにせ冥界にはあらゆる点で地上と比べて技術的蓄積が薄い』

 

 ギルガメッシュ王に鍛えてもらってはいるが、流石に国家運営というマクロ視点の技能と、実際に両の手を使っての加工技術などというミクロ視点の技能は土俵が違いすぎる。

 

『人並外れた熱意と傑出した技術の持ち主で、文字通り死んでからも技を追求したいと思っているような、極め付きの腕っこきがいれば、是非』

 

 生きている内は当然ウルクの職人だが、死んでから冥府で働くように契約するのはセーフ。

 ウルクに迷惑をかけることもない。

 死後は冥界の管轄だし。

 え、ブラック勤務への契約書?

 実情伝えたうえで本人の意思は尊重するので…。

 というかそれくらい魂の熱量とでも言うべきエネルギーの持ち主でなければ冥界では働けないのだ。

 冥界では気力=体力がまかり通る超精神論的世界観だ。

 死後も魂を燃やす情熱があるならば、今の冷え冷えとした冥界でも問題なく活動できる。

 逆に言えば気力が尽きた魂魄はやがて少しずつ摩耗し、冥界の深淵へ還っていく。

 世の中には死んでからも熱心に働こうなどというイカレた人間は少ない。

 だがウルクにならば、一人や二人それくらいの極まった人格の持ち主がいるかもしれない。

 

『とはいえ今すぐになどとは申しません。自らの死後を預けてもいいと言ってもらうために、時間をかける必要があるとは承知しております』

 

 流石にもうすぐ死にそうな、などというろくでもない条件は付けなかった。

 死に際に救済の手に見せかけたブラック勤務の強制契約を結ぶとか良心を持っているなら絶対に出来んわ。

 だから今すぐでなくても十年後二十年後辺りにぼちぼちそうした人材が顕れてくれれば重畳、と言ったところだろうか。

 

「なるほど…。残念ですが今のウルクにはご要望の職人はいませんね」

 

 ですよね。

 一瞬女神もマジギレするレベルでフリーダムなとんでもジジイの気配を感じたのだが、勘違いであったらしい。

 

『無論、そのような傑物は早々現れるものでもありません。死後を預けてくれるかも分かりません。しかし我らがそうした傑物を求めていることをウルクの民にも広めていただけるとありがたい』

「そうですね。我らウルクの民は飽くなき探求心の持ち主であると自負しています。今はおらずともいずれは現れることでしょう」

 

 ああ、その点は少なくとも疑いようは無い。

 ここはウルク、英雄王ギルガメッシュが治めるに足ると断じた、人類でも最も繁栄を迎えた都市の一つなのだから。

 

 ◇

 

 こうしてウルクを先例として確立された信仰、人材獲得のマニュアルを元に、古代シュメルの他の都市でも同様の手法が展開されることとなる。

 信仰獲得はともかく、人材については長らく目立った成果は見られなかった。

 だが流石は神代に生きた人類と言うべきか、その後十年に一人いるかいないかくらいの頻度で死後も喜んで労働に勤しむバイタリティに溢れた人材が冥府と契約し、その手腕を振るう事例が増えていくのだった。

 

 

 

 




 普通に書いていたら何かパンチが弱いなと思って、多分誰も予想していなかっただろう劇物こと宝石の翁を投入。
 仕方ないんだ…。書いててFateで宝石と言ったら宝石魔術、宝石魔術と言ったら例のあの人だろと思いついてしまったんだ。
 当然原作設定なんてまるっと無視だけどネタのためには仕方が無いんだ…。
 それに夢は広がるし。
 平行世界に広がる数多の冥界と次元連結して偽・無尽エーテル砲を第二の獣めがけてぶっ放すとか凄くやりたい(小学生並の感想)。
 そしてやりたいと思ったら書いてしまうのが物書きなのだ(小説家並の感想)。

 まーいつか日の目を見るかもしれないネタが仕込まれたくらいに思ってもらえますと幸いです。

 宝石の翁について、原作設定等とのコンフリクトが激しい、このとんでもジジイの起用や所業はやりすぎという意見が多く見られたので、本話の後編を修正しました。
 彼の存在は『無かった』ことになりました。
 連鎖的に冥界から宝石魔術関連云々は無くなりましたが、ネタの一つという扱いなので特に気にされなくても問題ないかと思います。
 ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

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