【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 さて。

 過日、イシュタル様に謁見した後の顛末についてまず語るとしよう。

 

「貴方は! 一体! 何を考えてるのっ!?

 

 当然、バレた。

 エレちゃん様の滅多にないマジギレモード顕現である。

 感想は一言に留めよう。二度と見たくない。

 

「……()()()の気紛れで貴方の存在は芥子粒のように消し飛んでしまったかもしれないのよ? 眷属(あなた)がいない冥界で、私にただ冥界の女神として責を果たせと言うの?」

 

 今にも眦から涙が零れ落ちそうな、震えた声で。

 

「私を変えた責任、取りなさいよぉ…バカッ」

 

 最後の方は聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、そんなことを詰られたら俺にはもう両手を挙げて降参するしか選択肢がなかった。

 

『……申し訳、ございませぬ』

 

 なんというか罪悪感で凄まじく心が痛い。

 ただただ頭を下げる他ないが、それがエレちゃん様の望みなどではないことも当然分かっていた。

 俺なりにお二人の仲を取り持つための試みだった訳で、それは上手くいったと思う。

 だから俺自身、この独断にそこまで後悔はしていなかった。

 だがエレちゃん様の中での俺の存在の大きさを見誤っていたのかもしれない。そこは純粋に俺の不徳であり、無自覚の自己軽視の顕れだったのだろう…。

 

「バカ、鈍感、大っ嫌い…嘘よ、嘘だからね? でも私に黙ってあいつに会いに行ったのは許さないのだわ…」

 

 最後の呟きは流石冥府の女神というべきか無いはずの背筋にゾクゾクと悪寒が走る執念深さに満ちていた。正直、怖い。が、嬉しい部分もある。複雑だ。

 

「バカ……この、おバカ」

 

 なんとかして俺を罵ろうとして失敗し、ただ可愛いだけのエレちゃん様だった。

 根本的に人の悪口を言い慣れていないのだろう。口にする悪口のバリエーションが少なかった。

 

『……眷属の愚行、どうかお許しください』

「許さないのだわ。許さないからね。そ、そんなに頭を下げたって簡単に許したりなんかしないんだからっ…!」

 

 かくして俺は相当に長い間、涙目のエレちゃん様に詰られながら、ひたすらに頭を下げ、詰る言葉に応じる行為を繰り返すのだった。

 

 ◇

 

 体感で半日から一日以上の時間をかけてなんとかエレちゃん様の機嫌を宥め。

 ようやく落ち着いて本題であるイシュタル様との謁見について話すことが出来た。

 で、肝心要のイシュタル様と謁見した際に交わした会話だが。

 

「それで、あの女にどんな無理難題を言われたの? 本当に大丈夫? 変な約束とかしてない? しつこい性格の女だから迂闊に言質を与えたらとんでもないことになるからね?」

 

 当然問い質される。

 それも大分猜疑心に凝り固まった口調で。

 ただ眷属(オレ)の身の危険を慮った上での発言なので、なんとも応じ辛い。今となっては俺の中でイシュタル様はエレちゃん様に次ぐ崇敬の対象だからだ。それはそれとして邪神要素も持ち合わせているのも確かなのだが。

 

『……は。その件でございますが』

 

 そして問い質された俺はイシュタル様の心を汲んで黙秘を続け…と、いうことにはならず。

 むしろこっちからエレちゃん様から問いかけられるように誘導した。

 ほら、俺はエレちゃん様の眷属なので、命じられたら従わなきゃならないからね。仕方ないね!

 身も蓋も無く言うと、あれだ。

 イシュタル様がエレちゃん様の身を案じ続けていたこと、せめてしっかりと伝えておきたかったのだ。

 賭けてもいいが、この二人が直接顔を合わせても意地を張り続けて、互いの心知らずの状態になると思われる。

 

『……斯様に、イシュタル様は表向きはエレちゃん様に反発を露わにしていらっしゃいましたが、御心の裏側では確かな思いをお持ちでいらっしゃいました』

 

 かくして一部始終をしっかとお伝えしたところエレちゃん様は。

 

「そう」

 

 と、相槌を打った後。

 

「………… ………… ………… ………… …………そう、なの」

 

 なんというか、とても長い沈黙を挟み、凄まじく複雑な表情と声音でもう一度、そうとだけ言った。

 気持ちは分からないでもない。

 何と言うか、イシュタル様とエレちゃん様は互いが互いの鏡像なのだ。

 羨望と嫉妬、自尊心と自己嫌悪、劣等感にコンプレックスがごちゃ混ぜになった相当複雑な関係である。

 

「……だからと言ってこれまでの数千年、数万年の確執が無くなる訳ではないわ。私はエレシュキガル、地の女主人たる女神。天の女神たるイシュタルとは永劫交わらぬ者」

 

 しばらくの沈黙のあと、迷いを振り切るように、責任感に満ちた女神の顔でエレちゃん様は言った。

 だが、同時に。

 

「でも…でも、ね?」

 

 私の弱音を聞いてくれる? と声なき声で尊きお方(エレシュキガル様)はひっそりと呟く。

 

「知らないよりは、きっと、ずっと良かったのだわ。だから、ね…」

 

 それはエレちゃん様の、女神ならざる少女としての一面だった。

 

「ありがとう」

 

 そう、か細く、蚊の鳴くように小さな声音で礼を告げた。

 きっとその声は至近で話す俺の耳にしか届かなかっただろう。

 余人に聞かれるべきでないと思ったからこその呟きだった。

 

『…………』

 

 故に俺はただ黙って頭を下げた。

 今の言葉はエレちゃん様にとって冥府の女神に相応しい発言ではない。

 それでも彼女が伝え、確かに聞いたと暗黙裡に応じることはきっとエレちゃん様にとって意味のあることだから。

 

「『…………』」

 

 フ、と互いに見間違いと思えるほど僅かな笑みを頬に浮かべ、俺とエレちゃん様は笑い合った。

 二人の間に宿る沈黙は、きっと言葉に出来ない()()があった。

 故に俺は思う。

 俺は間違えたが、その間違いには確かな価値があったのだと。

 

「だからって今回の勝手な働きを見逃したりはしないのだわ! 貴方にはしっかりと罰を言い渡します!」

『ははーっ! どうか如何様なりと処分をお申し付けくださいませっ!』

 

 そんな空気を振り切るように、また生真面目な口調で俺に罰を告げる。

 俺もまたその空気に乗っかるように応じた。

 そして罰が言い渡される。

 

「とりあえず貴方は謹慎ね。地上へ出向くことを禁じます。期間は……そうね、一年としましょう」

『い、一年ですか…?』

 

 いや、理屈は分かりますよ。

 今回俺が取ったのは相当にギリギリなスタンドプレーだ。

 上手くいったから良いものを、下手をすれば天と地の女神の間にわだかまる確執が俺と言う火種で盛大に燃え上がり、地上が物理的に熱く燃え上がる可能性が十分あった。

 

(一年……一年かぁ。なんとか、なるか…? ならんなぁ…。やっぱり俺が地上の事柄を抱え過ぎてるのは問題だな。さっさと仕事を下に割り振らないと)

 

 でもですね?

 すげーさらっと一年間冥府に軟禁しますと言われると、こっちとしては対応に困るんですがそれは。

 基本的に俺は地上におけるエレちゃん様の名代なのだ。

 その引継ぎの目途すら立っていない状況で突然言われてもですね。

 やらかした身で言うのはなんだが、結果としてエレちゃん様の不利益にもなるといいますか。

 

『エレちゃん様、そのう…。()()()()()身で直訴するのは憚られるのですが、期間についてはご再考願えませんでしょうか?』

 

 と、俺の嘆願にエレちゃん様は顎に手を当てて俯き、考え込む様子を見せて。

 

「……やっぱり、短すぎる? 周囲に示しが付かないかしら?」

『えっ』

「えっ?」

 

 ………… ………… えっ?

 




 恐らくこれが今年最後の投稿になると思われます。
 来年には本作も完結したいところ。完結目指して頑張ります。

 それでは皆さま、良いお年を!

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