【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
エレちゃん様から謹慎を食らった一年間。
俺がその間何もしていなかったと言えばもちろんそんなことは無い。
組織編制で大分ましになったとはいえ、基本的に冥界の業務は少なからず俺の目を通さねばならないのだ。
来る日も来る日も冥界を回すための報告に耳を傾け、上がってきた提案にゴーサインを出したり突き返したり、たまにくるギルガメッシュ王のお叱りにも対応し。
あわただしく数か月を過ごす間に、気付けばエレちゃん様の冥界宣言からはや数年が経過し。
(なんとか準備が整ったか…)
何の準備が整ったかと問われれば、ある意味エレちゃん様の本願である冥界の環境を整備する内政事業の開始の目途が立ったのだ。
いま思えば謹慎を食らったのも、冥界そのものに手を加える大規模事業に携わるまとまった時間が取れたという意味で悪くなかったのかもしれん。
地上にまつわる諸々の引継ぎでかかった苦労を考えると良かったこと探しのような気がしないでもないが、まあ、気にするな!
「ようやく、と言うべきかしら。それとも」
『皆の働きで、やっと、ここまで来れたと言うべきかと』
「そうね。皆、よく働いてくれました。キチンと言葉にして労わなければね」
『まだ準備が整っただけ。皆の働きが全て形となった暁にこそお言葉を賜りますよう』
そうじゃなきゃ(少なくとも俺は)エレちゃん様の尊さに焼かれて死ぬ。
いや、よくよく考えると結局最後には焼かれて死ぬしかないのでは…?
まあいいや。未来のことは未来の自分に任せればいいのだ。それに我が女神の尊さに焼かれて成仏するならそれはそれで本望では? 仏陀はまだ生まれてもいないけど。
「分かったわ。ならば、まず手を付けるべきは…」
『皆と纏めた献策を申し上げます。冥府は暗く、冷たき世界。我らガルラ霊はそれを痛痒に感じませんが、地上から来た魂魄たちは違います』
「私に太陽の権能があればね。この冥府を照らし、人間達を暖めてあげられるのに」
ハァ、と憂鬱そうに溜息を吐くエレちゃん様。
基本的にエレちゃん様の所有する権能は冥府神らしく、冥府における絶対権限、生前の行いを裁く司法神の権能、地上から然るべき魂を選別して冥府に招く疫病の支配者、幾十万のガルラ霊の大元締め、神々すら死へ導く時間と腐敗……などなど、ぶっちゃけ生産的な事柄には不向きなラインナップとなっている。
いや、神々すら逆らえない死の支配者という大神ではあるんですけどね。
自身の権能とやりたいことが致命的にかみ合ってないというか…。
『しかし、この企てが成功すれば、天の陽光を僅かなれど冥府にも導くことが叶うはず。その先にいずれは冥府全てを陽光で照らす未来も』
「ええ。冥府を照らす策の第一歩…決して失敗は出来ないのだわ」
と、生真面目に頷くエレちゃん様。
うーむ、気負い過ぎているように見えるが、ここで気負わないとかエレちゃん様じゃないしな。適度に茶々を入れて気負い過ぎを抜いていこう。
『なぁに。失敗すれば成功するまで続ければいいのです。世の中の大概のことはこれで片が付きます』
「フフ…、言われてみればそうね。私も諦めの悪さは筋金入りだもの。一度や二度の失敗で挫けてたまるものですか」
こちらの繰り言に頷き、両手に力を入れてガッツポーズを取るエレちゃん様。
あの、エレちゃん様。気合いを入れているポーズのつもりなのかもしれませんが、ちょっと傍目からは健気で可愛い女の子過ぎて逆効果って言うか(尊みに焼かれながら)。
「そのために―――この水晶片達をまとめあげ、一つの巨大な塊としましょう」
『はっ。地上にてエレちゃん様は宝石の採掘と加工にまつわる神格として崇められ始めています。元より地中の事物はエレちゃん様の職掌に入るもの。ならば、これらの屑石に干渉することも叶うかと』
ピカ―と光る俺を慣れた様子でスルーしたエレちゃん様が言うように、俺たちの目の前に鎮座するのは、文字通り小山程の大きさにも積み重なった莫大な量の水晶片だった。
例のギルガメッシュ王との会談で盛り込んだ条件、屑石でも良いので水晶を多めに冥府へ引き渡す約束の成果である。
加えて冥府のガルラ霊達がせっせと集め、こうして積み上げた量は中々のもの。計算上地上から冥府の浅い部分までぶち抜くだけの質量は確保している。
そして水晶には神力により地上の光を直接採取出来るよう特殊な加工を施す予定だ。想定通りなら地上から水晶を通じて十分な量の光を採り入れることが出来るはず…。
同じ量を後七本分、冥府の各所に集結させている。この第一号が成功に終われば、順次エレちゃん様のお力を借りて量産に入る予定だ。
「地上と冥府を水晶塊で貫き、太陽の恵みをこの冥府に一片なりと導くのだわ」
『ははっ! どうかそのお力を冥府のために存分に振るわれませ!』
気合いを入れるエレちゃん様と後方で応援する俺。
しゃあないねん、所詮一介のガルラ霊がこんなデタラメに関われる力など持ち合わせがないのだ。
(まーちょっと地上が騒がしくなるかもしれんが仕方ない。コラテラルダメージ、コラテラルダメージ)
え、後世こんなデタラメな代物が見つかったら歴史が変わる?
当たり前だろ何言ってんだって話である。
いないはずの俺が古代シュメルの冥界にいて、わちゃわちゃやってるんだから多少歴史が変わるくらい起こりうるだろう。
その結果歴史がおかしくなったら? たかだが個人が頑張ったくらいでおかしくなるような世界が悪い(断言)。
俺は
それだけだ。その結果の論評だの批評は、後世の誰かが適当にやってくれってなもんである。
一応予防線を引いておくと、所詮冥界とは終わった者達のための世界。地上にも進出してはいるが、影響はそれほどでもない…はずだ。多分。
「繰り言を一つ、良いかしら」
『? なんでしょう?』
さあいざ取り組むか、というタイミングでクスクスと僅かに楽しそうな笑みを漏らしながらエレちゃん様は言う。
「この案を聞いた時にね、驚いたけどそれ以上にこう思ったのよ。
『と、仰いますと?』
正直、この時点ではピンとこない。
含意を尋ねるとエレちゃん様は笑い、答えた。
「小さな力を纏めて大きな成果と為す。私が貴方、そして《個我持つガルラ霊》の皆を束ねて冥府を統べるように。それってまるで
楽しそうに…いいや、嬉しそうに。
水晶片の山の前で屈みこみ、優しい手つきで水晶の欠片を拾い上げるエレちゃん様。
「一つ一つは小さくても、その輝きには全て価値がある。そう思ったらこの石達が愛おしくなったの」
ゆっくりと水晶をその指先で撫で上げる姿は慈愛に満ちていた。
ほんとさぁ…この方がさぁ、なんで地上では恐れられてるんだかなぁ。
推しの良さが大衆から理解されない辛さが染みるわ…。
「……繰り言が過ぎたわ。これより我が権能を行使します」
無防備に心の内を明かしたことに羞恥心を覚えたのか、顔付きをキリっとさせたエレちゃん様が話を戻した。
『はっ! 不肖《名も亡きガルラ霊》、及ばずながら後方でエレちゃん様を応援いたします!』
いやほんと応援くらいしかできない自分の無力さが憎いわ…。
「ええっ! 貴方の応援があるのなら百人力なのだわ!」
が、そんな俺にも価値を認めてくれるエレちゃん様は力強くそう請け負う。
尊みを感じる…(光に焼かれる音)。
「水晶よ、輝く玻璃の欠片達。貴方の支配者たる地の女主人が命じます。汝ら、集い、固まり、大きくなれ!」
エレちゃん様の神言に従い、ピキン、ピキンと硬質な音を立てて水晶の欠片たちが形を変えて寄り集まっていく。その勢いは最初ははゆっくりと、次第に勢いを増していく。
『おおっ…』
まるで春が訪れ、地中に埋まった種子から若芽が芽吹くような、水晶塊の成長だった。
無数の水晶片を取り込み、急速に成長する大水晶。
瞬く間にその背丈を上に伸ばし、やがてその先端が冥府の大天上に届く。そのまま大地に潜り込み、ねじ込みながらもさらに成長を続けていく。
少しずつ少しずつその体積を減らしていっている、いわば大水晶の栄養源となる水晶片の小山こそがその証明だった。
『首尾は如何でしょう?』
「もう少しよ、もう少しで地上まで行けるはず…!」
ひっそりと問いかけると、気合いの入った返事が返ってくる。
その力強い声に成功を確信する。
もし失敗しそうならエレちゃん様の声はもっと不安に揺れるはずだ(確信)。
そして待つこと幾ばくかの時間が経ち…。
「やった!!」
『―――!?』
変化は劇的だった。
最も明るい場所でさえ、どこまでも続く薄い暗がりが蟠る。
それこそが冥界という場所だ。
そんな世界に、淡くとも闇を切り裂く暖かな光が一筋、射している。
「―――見てっ、光よ! 私の冥界に、光が…! わあっ、凄いのだわ! 凄いのだわ! 嗚呼、お日様ってこんなにも暖かいのね!」
今は地上の時間で言えば、ちょうど朝に当たる時間帯。
地上に咲いた大水晶から採りこんだ光は優しく、淡いものだったが、同時にこれまでの冥界には決してあり得ないものだった。
『―――』
言葉を失う。
冥府に射す一条の
美しい光景だ。
だが俺の目には朝の光に手をかざし、はしゃぎ、遊ぶエレシュキガル様の姿は、それよりも更に美しく映った。
遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
今年も本作をどうぞよろしくお願いします。
……今年一発目の投稿では完全に新年のことが頭から抜けてました。出来上がったばかりの疲れた頭で投稿するのはやっぱりダメですね。
今年中に本作も完結したいところ。
完結目指して頑張ります。