【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 今回のお話にサブタイトルを付けるなら、『友』…でしょうか。





 今日も今日とてお仕事である。

 冥府に休日などという甘えた制度は存在しないのだ。

 というよりもガルラ霊は気合次第で不眠不休で働けるのでそういう概念が発生しづらい。

 肝心要のエレちゃん様がスーパーブラックなワンオペ勤務を云千年単位で続けていたからな。

 ガルラ霊達もブラック勤務上等というか冥界のために働けるんですねヤッターと喜べるヤッターマンばっかりだし…。

 とはいえ、生前に契約した地上の魂が冥府で働く際には休みが必要になることを想定して、地上のものを参考に取り入れる予定だ。

 それでも紀元前の古代シュメルでは、まだ存在しない西暦2000年代相当の勤務制度とか実現すべくもないのだが。

 

「―――考えごとかい、ナナシ」

 

 涼やかな美声が耳に届く。

 視線を上げればそこには美しい緑の人、エルキドゥ。

 いつものアルカイックスマイルを浮かべ、悠然と立っている。

 冥府の玄関口とでも言うべき浅層での会合だった。

 

『まあ、冥界とガルラ霊達に対して少しな』

「なるほど。それは君らしい」

『俺らしい、とは?』

「君はいつも誰かのために心を砕いているから。兵器である僕は嗜好性が薄いけれど、そういう風にあれる人を好ましいと思う」

 

 や、そこまで大したことを考えていたわけではないのだが。

 唐突な褒め言葉(本人にそのつもりはないのだろうが)に少し面食らう。

 

『それは光栄、と言うべきかな』

「単なる所感を伝えただけだから特段の反応は不要と考えるよ」

 

 機械的でありながら、なんとも明け透けな言葉。

 ひょっとして俺はいま物凄くストーレートに好意を伝えられたのでは?

 もちろんラブというよりはライク、あるいはアガペーと言うべき好意なのだろうが。

 エルキドゥを良く知る人曰く、友に迎える者が博愛精神に満ち、全体主義であり、それでいて自分を第一として考える者であれば特に敬愛と関心を持ち、友となることに喜びを感じるという。

 自分がそこまで上等な人柄であるとは思わないが、多少なりとエルキドゥのお眼鏡にかなったのであれば、そこは素直に喜ぶべきだろう。

 

『いつも冥界まで足を運ばせて悪いな』

「僕にとっては大したことじゃない。それよりも冥界と地上を行き来する許可を出したエレシュキガルの寛容さを褒めるべきだろうね」

 

 とはいえ若干の照れくささは感じる。

 話題逸らしも兼ねて話を振ると、エルキドゥはなんでもないことのように首を振った。

 

『エレシュキガル様も迷っておいでだったが、エルキドゥはかなり特殊だからな。冥界のためになるならと決断されたのさ』

「僕は兵器だ。破壊されれば()()()()()()()()()()()()()()()。それはあらゆる生命に須らく訪れる生と死とは似て非なるモノ」

 

 つまり、とエルキドゥは言葉を繋ぐ。

 

「生きても死んでもいない、稼働するだけの兵器だからこそ地上と冥界の行き来を許されたのだろうね」

 

 何でもない言葉だ。

 事実、本人は何とも思っていないのだろう。

 

『ごちゃごちゃうるせぇ』

 

 だがなんとなく腹が立ったのでスパコーンとエルキドゥの頭を軽く叩く。

 何故かって? 何となくだよ。

 友達というのはこれくらい雑な扱いでも許されるのだ。

 

「……敵対の意思表示かな? 君とはトモダチのつもりだったのだけれど」

 

 残念だ、と本当に残念そうな表情でその繊手に光を宿し、戦闘態勢を取るエルキドゥ。

 この先応答を誤れば斬り捨てる気満々である。

 想定外のガチ反応にちくしょう、こいつ冗談が一切通じねえと頭を抱えて嘆く。

 

「冗談? ……知的生物特有の諧謔か。残念だが僕には理解することが難しい概念だね」

 

 とりあえず理解には至らずとも納得したのか、繊手に宿った危険な光を収める。

 エルキドゥとの付き合いにちょっと地雷が多すぎる件。ギルガメッシュ王の親友やってるだけあるわ(風評被害)。

 

「それで、肝心の進捗はどうかな。僕も叶う限り協力はしているけれど」

 

 切り替え早すぎない?

 マジで殺っちゃう五秒前の空気がいつの間にか消え失せてますよ。

 まあ聞かれれば真面目に答えるのだが。

 

『……まだまだ道半ばだな。技術班が単一機能に絞って再現を試みているが、それでも現状は手探りの連続だ』

「僕の躯体を再現した、疑似的な肉体か。死霊達に与える仮初の体。上手くいくといいのだけれどね」

『冥界はとにかく寒すぎるからな。魂一つなら尚更に。肉体(カラダ)があれば大分マシなはずなんだ』

 

 冥界は寒々しい空気が覆う世界。太陽の恵みを導き、僅かなりとも改善したが、更なる改善策が求められる。

 その一つがエルキドゥの肉体、泥から出来た万態の器とも言える肉体の組成を解析・再現したかりそめの肉体の創造である。

 原料となる泥は冥界には幾らでもある。『あらゆる物を再現する』特性を敢えて切り捨てて『魂に適合した肉体を創造する』機能に特化させれば、再現も不可能ではないという見込みだった。

 

『ところで』

「なにかな?」

『いや、前も伝えた話だよ。お礼の件、考え直してくれたか?』

 

 それはこうして冥界に大小無形の手助けを施してくれるエルキドゥへの礼の話だった。

 前にもエルキドゥへ冥界からの返礼について話すと柔らかい語調で、しかしはっきりと拒絶されたのだ。

 

『随分と冥界に肩入れしてもらっているからな。流石に何もないというのは心苦しいを通り越して申し訳ない』

「ああ、なるほど。返答は変わらない。前にも伝えたように僕に気を遣う必要は無い」

 

 エルキドゥは足繫く冥界に立ち寄り、自身の肉体を研究する試みにすら手を貸してくれる。

 だがこちらからの礼を不思議と受け取ろうとしない。

 

『はい、そうですかとは言い辛い。礼の押し売りは趣味じゃないが、冥界にも面目がある。せめてその理由だけでも教えてくれないか』

「……本当に、気にしないでくれると嬉しいのだけど」

 

 どこか困ったように小首を傾げるエルキドゥ。

 だがなおも促すとゆっくりとだが、はっきりとした口調で話し出した。

 

「元々僕はエレシュキガルに敬意を抱いていたんだ。冥界と言う閉じた世界でただ実直に職務を果たす彼女に。せめてその慰めにと冥界で咲く花を探しに出かけたりもしたけど、成果は得られなかった」

 

 淡々と、少しだけ悔やむようにエルキドゥは語る。

 

「兵器として有り余る性能を持ちながら自らに課した任を果たせなかった。あの時胸に宿った空虚さは耐えがたかった」

 

 いつも通りの微笑み。

 そこに悔恨の残滓を感じたのは果たして気のせいか。

 

「僕が果たせなかった任を、君たちは果たした。素晴らしい功績だ。僕はその功を為したいまの冥界にも敬意を抱いている。その助けになることは僕にとって喜びだ」

 

 語調はそのままに、声音に賞賛と喜びが混じる。

 

「だから僕に返礼は要らない。こうして君たちの助けになることで、僕は十分に報われているから」

 

 淡い微笑みをほんの少し深め、優しさを込めて冥界を見つめる美しい緑の人。

 それは兵器を自称するには似つかわしくない、余りにも不器用で優しい感情表現だった。

 

『そう…か』

 

 エルキドゥの胸に宿る思いを込めた独白に、俺は相槌を打つことしか出来なかった。

 相も変わらず気の利かぬ自分に少しだけ嫌気が差す。

 

「ナナシ、()()()()()

 

 と、その心の動きを読み取ったように柔らかい語調で、きっぱりと否定する。

 俺の目を真っ直ぐに見つめるエルキドゥに、俺は心まで射抜かれたようだった。

 

「君は言葉を一番の武器としながら、軽々に言葉を使わない。必要な時にこそ言葉の刃を抜ける者だ。耳障りの良い軽い言葉よりも、思いの籠った一言にこそ()()()()は宿る。それは魔術や権能よりもずっと強い力だ。君を見て僕はそう思うようになった」

 

 そして、と言葉を継ぐ。

 

「その力を君はただ誰かのために使い続けた。冥府の女王を援け、人の王たるギルを動かし、地上と冥府の民を導いた」

 

 見てごらん、と冥府を指し示す。

 

「これが君の持つ力を導いた『結果』だ。兵器である僕には導けなかった『在り方(モノ)』だ」

 

 笑顔があった。

 穏やかな活気があった。

 優しく淡い光が冥界を照らしていた。

 いまだはるか遠き幽冥永劫楽土。

 だがそこへ少しずつ近づいているという証だった。

 

嗚呼(ああ)…』

 

 嘆息する。

 ただ女神のため走り続けた年月だった。 

 振り返る余裕などなく、ただ駆け抜けた日々。

 一つコトを為しても次々に難題は押し寄せてくる。

 いつしかそれが当たり前になって心が硬く強張り、澱のように積み重なるドス黒いものがあった。

 エレシュキガル様の笑顔は尊い。

 その笑みに触れたひと時は確かに心が安らぐ。

 だが元はただの人間に過ぎない俺の心は積み重なる労苦に少しずつ軋んでいた。

 

「だから君は君のままいて欲しい。君のその在り方をこそ、僕は尊んだのだから」

 

 エルキドゥの言葉に、不意に実感した。

 失敗はあった、間違いもあった、自身の愚かさに後悔など何度抱いたことか。

 だがそれ以上の報いが、確かに此処にある。

 きっとこの先も弱い俺の心は何度も揺らぐだろう。

 それでもきっと、エレシュキガル様とともに目指したこの光景があれば大丈夫だ。

 俺はこの先の果ての見えない道を走り続けることが出来る。

 

「君が君である。その一事で僕が君を助けるべき百万の理由に勝る価値があるんだよ、ナナシ」

 

 故に、と言葉を継ぐ。

 

「これは誓いだ、友よ。僕と君の友誼が続く限り、僕は兵器として許される僕の全能をもって君を助けよう」

 

 俺は押し黙り、ただエルキドゥの手を取ってその誓いを受け取る。

 これほど重い誓いに返す言葉を持っていなかったからだった。

 だが、ただ受け取ったままでいられるものか。

 だって俺とエルキドゥは友なのだから。

 友とは助け合う者であり、対等であるべき者なのだ。

 

『なら、俺も誓おう』

 

 俺の言葉が重いというのなら。

 俺の在り方を友が肯定するのなら。

 俺はその全てを嘘にしないため、ここで言葉にしてみせよう。

 

『俺は必要な時、友を助けよう。例え友が不要と撥ね付けようが、俺に出来ることが無かろうが』

 

 我ながら酷い台詞だ。

 余計なお世話を煮詰めたかのような愚かしさの極まった誓約。

 

「なるほど」

 

 そんな愚かな誓いを、どこか嬉しそうにエルキドゥは受け入れた。

 

「それは、とても、君らしい誓いだね」

 

 どこか彼/彼女の親友に似た、涼風のような微笑を伴って。

 




 エルキドゥ、ベストコミュニケーション。()()英雄王の親友やってるだけのことはありますよ。
 このシーンの有無で冥界が辿る結末は大きく変化します。
 具体的に言うと、最悪の場合異聞帯化して剪定事象でナイナイされる。

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