【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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 夜の帳が落ちる。

 古代シュメル、神代の大地を満たす闇は殊更に深い。

 夜闇を照らすはただ月明かりのみ。

 が、今宵ばかりは例外も例外。

 

 都市を覆う規模の、淡い真珠色に光る大天蓋が夜に浮かび上がる。

 

 半球状の結界がウルクをすっぽりと覆う。

 その正体はもちろんエレちゃん様から授かった不朽の加護。

 以前イシュタル様とエルキドゥのいざこざに介入した時よりも更に大きく、強力な加護を享けた俺が展開する大結界だ。

 夜のコレを破壊するのは例えギルガメッシュ王でも相応の手管が必要となるだろう。

 断言するがいまウルクよりも安全な都市は古代シュメルには存在しまい。

 それでもなお、都市壊滅の危機が紙一重で迫ってきているのは本当に神代だなと思うわ。慣れたけど。

 

「おおっ…! なんてデカさだ。まさにウルクを守る盾のような…」

「これが、冥府の女神の御力か」

「いや、女神様が遣わしたしもべによる守りと聞いたぞ」

「《名も亡きガルラ霊》殿か。俺も一度話したことがある。善き御仁だ。けしてウルクを裏切らぬ」

「そうか、それは朗報。帰ったら家族に話してやろう。多少なりとも安心させてやらなければな」

「ハハ、この子沢山の贅沢者め。独り身への嫌味か、うん?」

()れるな、()れるな。俺達はただ今日を生き延びることだけを考えてりゃいいんだ」

 

 外に出て盛んに情報交換する男たち。

 事前にギルガメッシュ王とその右腕であるシドゥリさんの周知によってウルクの民は不朽の加護を見ても驚きはしても動揺はない。

 ウルクの民、豪胆なり。彼らこそ古代シュメルという地獄を逞しく生き延びる人類種の最突端だろう。

 ()()ギルガメッシュ王が治めるに足ると評した民。

 不安に襲われながらも王とその友を信じ、徒に心を乱さない。

 それでいて家財を纏め、武装を身に着け、逃げ伸びる道筋を話し合い…。生き延びるための努力も欠かさない。例えその努力が十中八九無駄に終わるとしても。

 グガランナという超抜級の災害を前にし、当たり前のように()()が出来るというのは、実は凄いことなのだ。

 

『流石はウルク。ギルガメッシュ王が治める民だな』

 

 いや、本当に地味に凄い。

 冥府のガルラ霊達も大概頭のネジが外れた猛者達ばかりなのだが、アレらとはまたベクトルが違うというか。

 ガルラ霊はエレちゃん様と言う柱が無くなると途端に崩れ去りそうな脆さがある。

 だがウルクの民はギルガメッシュ王を失っても、涙を流しながらも未来へ向けて自ら歩み出そうとするナチュラルな逞しさを感じる。

 

「冥府の女神エレシュキガル様か…」

「あのイシュタル様のご姉妹と聞いたぞ」

「イシュタル様…、イシュタル様かぁ」

「言うな。悲しくなってくる」

 

 いやほんとウルクの都市神であるイシュタル様がなんでウルクに攻め上って来てるんですかね?

 え、ギルガメッシュ王にフラれたから? まあ神代の常識で考えれば都市神に逆らうギルガメッシュ王の方がおかしいってのは分かるんですけどね…。

 

「なんでも滅多に地上に顔を出さない奥ゆかしい女神だとか」

「もうそれを聞いただけで信仰したくなって来たよ、俺は」

「いや、それが案外馬鹿に出来たもんじゃない。クタはもちろん、ウルクや他の都市でも信者が凄まじい勢いで増えているらしいぞ」

「宝石細工の職人達から噂を聞くが、配下のガルラ霊はいまや坑道採掘に欠かせんらしい」

「気前も随分良いと聞くぞ。奉納した宝石細工に喜び、大粒のラピスラズリを幾つも下賜されたとか」

「しかもイシュタル様のご姉妹だ。さぞ美しいお姿なのだろうなぁ」

「お前またカミさんにしばかれるぞ…」

 

 おおっとエレちゃん様の噂が広まりつつありますねぇ…。一部邪な欲が混ざってるが、基本的にはプラス方向の噂話なのでセーフとしておこう。

 アウトだったら? 夜にガルラ霊の集団に取り囲まれる恐怖を味わってみる? 肝がヒエッヒエになることは請け合いですよ?

 が、なにはともあれ布教のチャンスですねこれは(どんな時でも推しの布教を忘れない信者の鑑)。

 

『歓談中失礼。ウルクの衆よ、よろしいか?』

 

 彼らが話している近くにガルラ霊の分体を一つ生成。本体から意識を転写し、即席のアバターとする。

 いまの俺の本体はエレちゃん様から大きすぎる加護を授かった関係で言い知れぬ不吉なプレッシャーを与える仕様になってしまっているので、彼らと直接話すには適当なアバターをその場で作成・運用するのが楽なのだ。

 

「なんだ?」

「っと。……ガルラ霊か。驚かさないでくれ」

「あなた方には耳障りな話だったかな、申し訳ない」

「誤解しないでいただきたいのだが、これは男同士の気楽な馬鹿話というやつで―――」

 

 声をかけても驚いた様子もなく普通に弁解してくるあたりに慣れを感じる。

 一応ガルラ霊は不吉の象徴、死の前触れというのが古代シュメルの共通認識だったんだけどな。

 ここらへんはエレちゃん様を祀る神殿にガルラ霊が常駐しているウルクの民らしい反応だった。

 そして俺のことをその神殿常駐のガルラ霊と勘違いしているようだった。

 

「……その、もしや《名も亡きガルラ霊》殿でありますか?」

『確かに、周囲は私をそのように呼びますな』

 

 が、男衆の中に俺を知る者がいたらしい。いま思ったんだが人間はガルラ霊ってどう見分けてるんだろうな?

 ガルラ霊同士だと魂というか、オーラの気配のようなものがそれぞれ違うので何となく判別がつくのだが、人間だと外見から差異を感じ取るのは無理だろう。

 ……まあいい、いまは重要ではない。恐る恐る問いかけられたので肯定。

 

「「「「―――――――」」」」

 

 すると、彼らは分かりやすく緊張に身を強張らせた。

 無言のまま目配せし、やっちまったーとばかりに盛んに意思疎通している。

 あ、うん。神代って基本的に神に関わる存在は厄ネタですもんね。分かるよ、一身上の都合で女神様に関わることが多いもんで。

 

「いや、これは」

「どうかお許しあれ。こいつもけっして本気の言葉ではなく」

「申し訳ございません。言葉が過ぎました」

『ハハハ、流石はウルクの民。まさにこれ機を見るに敏。が、ご安心なされよ。この程度の雑談で一々罪に問うほど我らも我らが女神も狭量にあらず』

 

 真剣な語調で平身低頭する彼らに敢えて軽い語調で気にしていない旨を伝える。

 すると彼らもほっと肩を下ろした。

 

『貴方がたはどうやらエレシュキガル様に興味があられるご様子。我らは常に地上に生きる民の信仰を歓迎しておりましてな。つきましてはエレシュキガル様について少しばかり語らせて頂きたく―――』

 

 すまんな、俺はいま推しの魅力を語りたくて仕方ないんだよ。

 これから来るだろう超抜級の大難行に向けて、ちょっとでもモチベーションを上げておきたいんだ。

 フレンドリーに語り掛けてくるガルラ霊の存在が物珍しかったのか、彼らは当初戸惑ったようだった。

 が、俺がエレちゃん様の魅力を語ると当初こそ腰が引けていたものの、やがて少しずつ引き込まれていく。

 よし、食いついたな。

 特に滅多に地上に出られないので当然神罰の類も滅多に下さないことと、司る職掌から富強に縁深いことに食いついていたな。やっぱウルクの民は逞しいわ。

 イシュタル様から信仰を移すようなことを何人かほのめかす程度には、彼らの心を掴めたらしい。

 あるいはイシュタル様が彼らの心を取りこぼしてしまったのかもしれない…。

 かくしてウルクにまたエレちゃん様の、そして俺が知らぬ間に()を信仰する種が植えられたのだった。

 




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