【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。 作:土ノ子
英雄王ギルガメッシュと天の鎖エルキドゥ。
古今東西に比類なき最強の英傑達と天の牡牛グガランナが繰り広げる死闘は既に六日六晩続いていた。
断続的に続く雷鳴の如き轟音、昼夜を構わず放たれる太陽の如き光の炸裂、ウルクの面積の三割近い構造物を倒壊させつつある地震がその証左だった。
―――ギシギシと
古代シュメルの山々を地形ごと磨り潰し、ペルシャ湾に臨む海岸線はその形を変え、一瞬で雷雲を呼び込み、激闘の余波で雷雲が消し飛ぶ超常の死闘。
ただの余波でウルクを倒壊させつつある激闘が生み出す被害を、俺が生み出す不朽の加護は致命的な領域へ突破しないよう何とか防いでいた。
―――ギシギシと
不朽の加護でもって激戦が生む衝撃波を防ぎ、雨のように降りしきる落雷を弾き、天から落下する
自画自賛となるが、不朽の加護が無ければ既にウルクという都市は僅かな残骸と僅かな生き残りだけがその名残りを示す廃都となっていただろう…。
―――ギシギシと
「《名も亡きガルラ霊》殿…。私の声が聞こえますか…?」
『……ああ、これは、シドゥリ殿』
「良いのです。お返事は、良いのです。どうか…どうか、もう少しだけ―――」
シドゥリさんの声が、途切れつつある俺の意識に届く。
届いて……さて、俺は何をしていたのだったか?
―――ギシギシと
「どうか、お気を強く保たれませ…。不朽の加護が、薄くなっています」
……ああ、そうだ。ウルクを、この偉大なる都市を守っていたのだった。
ならば今一度、気合いを入れて……入れて、そうだ、不朽の加護を張り直さねば。
幾百度かの余波がぶつかり、脆くなった不朽の加護を…。
―――ギシギシと
嗚呼、でも、辛い…。
こうしてただ考えていることが億劫だ。
―――ギシギシと
死闘は既に六日六晩が過ぎ…今が、丁度七日目だったろうか。
ハハ、我ながら根性だけで持たせるものだ…。
既に
負荷に耐えかねて
元よりどこにでもいるガルラ霊の霊基でしかない俺には本来荷が勝ちすぎる仕事なのだ。
特に夜が明け、本領発揮の時間が過ぎ去った今、ただ不朽の加護を維持するだけで自分の中の大切なものがガリガリと削られていくようだった…。
―――ギシギシと
「グガランナの咆哮は遠ざかり、地響きも弱まりつつあります。ギルガメッシュ王が勝利を得るまであと少しなのです…っ!」
ギルガメッシュ王の名が耳に届く。
ウルクを任せると俺に託した、偉大なる王の名が。
それなら、もう少しだけ頑張らなきゃ…。
―――ギシギシと
「どうか…お持ち堪えください。エルキドゥが、あの美しい緑の人が貴方を友と言いました。友との再会を、彼は楽しみにしているはず…!」
ああ、その通りだ…。
帰ってきたら時間がかかりすぎだと文句を言ってやろう。
それで、きっと困った顔をするだろうあいつに張り手の一つも入れて手打ちとしてやるんだ。
だから、もう少しだけ頑張らなきゃ…。
―――ギシギシと
「見えますか…? ウルクの民が、
集中するために閉じていた視界を開く。
視界に移る老若男女、知っている顔もいれば知らない顔も。
数えきれないほどのウルクの民がいた。
皆、真剣に俺を見つめ、祈りを捧げていた。王の勝利を、緑の人の帰還を、俺の健在を。
もう少し、もう少しだけ頑張ってみよう…。
―――ギシギシと
「……なによりエレシュキガル様が、きっと冥府で貴方の無事を祈っているはず。かの女神は貴方の無事をこそ何より喜ばれましょう。どうか、気を強く持ってくださいませっ!」
エレちゃん様の名前を聞いて、少しだけ意識が明瞭になる。
そう、だ。エレちゃん様のために、あの可愛くて、頑張り屋で、自分に自信がないのに誇り高い、誰よりも報われるべきあの子のために、俺は…。
―――ブツリ、と意識が断ち切れる音が聞こえた。