【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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名誉ガルラ霊のみんな、《名も亡きガルラ霊(オラ)》に祈り(元気)を分けてくれ!!




 神代とは、神秘と魔力に溢れたる原初の時代である。

 現代の科学技術が解き明かした物理法則の前に、神々が振るっていた『権能』こそが世界の法則として敷かれていた。

 故に世界の摂理(システム)である神々が斯くあれかしと望んだことは、その権能の職掌に収まる範囲において理屈も原因もなく、ただ結果として現実に具現する。

 そうした理不尽極まりないデタラメが罷り通るのが神代という時代だ。

 大地に穴を掘っていけば冥界に辿り着き、天へひたすら飛び上がれば神々のおわす天界に辿り着く。

 現実と神秘が地続きだった太古の時代。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 話は変わって、人々が崇める神格―――神霊は三つに大別できるという。

 一つは、太陽や月、地震のように『元からあったものが神となったもの』。エレシュキガルやイシュタルなど太古から存在する神々の多くがこれに当てはまる。

 次に、『宇宙から飛来したものが神となったもの』。捕食遊星ヴェルバーによって生み出された尖兵、白き巨人セファールがこれにあたる。

 最後に、初めは人間寄りの存在だったが、様々な要因から人間の枠から逸脱し、信仰の対象へと至った『()()()()()()()()()()()()()』。

 その実例が……いま、まさにウルクの民が捧げる祈りによって生まれようとしていた。

 

 ◇

 

「―――殿、ガルラ霊殿!」

 

 シドゥリは懸命に《名も亡きガルラ霊》……で、あったものに呼びかける。

 六日六晩を超え、七日目の中天に至るまでウルクを守り抜いた、矮小なれど偉大なる霊魂。

 最早これ以上の献身を示せなどと、シドゥリは毛頭思わない。

 故にその呼びかけはどうか無事であれ、意識を取り戻してくれという願いを含んでいた。

 

(神よ、冥府の女神よ。御身に最も忠実なるお方をお救い下さい…!)

 

 ギルガメッシュ王が勝利の暁を迎えるまで耐えきれなかった彼を責める気などシドゥリには一片もない。

 (いいや)、もし彼を不甲斐ないと侮辱する者あらば例え我らが偉大なる王だろうと遠慮なく頬を張って怒りを示そう。

 破綻の兆候は実のところ、一日目の夜を超え、朝日を迎えたその瞬間に現れていた。

 本来冥府の女神の眷属たる彼が最も力を発揮できるのは当然夜だ。

 逆に太陽が昇る時間は著しくその神威は弱まる。

 彼はその弱体化を補うため、眷属として与えられた過大過ぎる恩寵を無理やり行使することで、日中の弱体化をなんとか補っていた。

 だが当然無茶には相応の代償が付きまとう。

 夜の間、ほんのわずかな時間は気を抜いて気力を養っていたようだが、それでも不朽の加護を張り続けるために意識を繋ぎ続けなければならない。

 そんな状況に身を置き続け、六日六晩を超えた七日目に至るまで、彼はただただその使命を果たし続けたのだ。

 

(お望みなら私の生命を貴女様に捧げます。どうか、どうか慈悲深き女神よ。どうか…!)

 

 半身がグズグズに溶け崩れたガルラ霊が崩れ落ちるや否や、ウルクを覆う大結界、不朽の加護が消滅。

 当然ウルクはこれまで不朽の加護によって遮られていた余波を直接受けることとなる。

 既に都市外縁部から民を避難させ、聖塔を主にしたウルク中心部の建造物へ詰め込めるだけ人を詰め込んである。

 倒壊した建造物の復旧に従事していた人員も、不朽の加護消滅と同時に各所へ伝令を走り回すことで回収済み。

 あとはただ余波の被害がウルク外縁部の建造物に留まることを祈るのみだ。

 そう、最早出来ることは祈ることのみ。

 言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()―――そして、それが転機となる。

 

 救いたまえ、救いたまえ。

 

 ウルクの民は、懸命に、一心に祈りを捧げる。

 かのガルラ霊に向けて、祈る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 ウルクの民は知っている。

 ()が神ではないことを。

 小さく、弱く…民草と肩を並べ、言葉を交わし、時に王へ向かって直言し、ガルラ霊を取りまとめ―――この古代シュメルという過酷過ぎる原初の地獄を懸命に生きた自分達の同胞(トモ)

 地上と冥府、本来交わらぬ二つの世界を繋いだ、偉大にして親愛なる隣人を知っている。

 

 彼は、力を尽くした。

 

 全身全霊を使い果たしたのだ。

 その身が溶け崩れるほどに、限界を超えてなお限界の先に挑んだのだ。

 ギルガメッシュ王は言う、自らの意思で限界に挑むことが出来る獣こそが、人なのだと。

 そして彼らはギルガメッシュ王が認めた、誇るべきウルクの民だ。

 限界を超えた限界の先に挑み、果てたガルラ霊になお縋る無様を彼らが晒すはずがなかった。

 

「ガルラ霊殿、目をお覚ましくださいっ。ガルラ霊殿!」

 

 人々の祈りが、そして冥府にて同胞の無事を祈るガルラ霊達の願いが淡い光となって《名も亡きガルラ霊》に届く。

 幾千の願いが、幾万の祈りが崩れ落ちた消滅寸前の霊魂へと集っていく。

 

「ガルラ霊、殿…?」

 

 不可思議な光がガルラ霊に集う。

 光は黒き繭となって、溶け崩れたガルラ霊の姿を覆い隠す。

 繭の色は闇の如き漆黒、だが不吉な気配は無く、どこか暖かく親しみ深い闇の色。

 これまでは絶え間なく不朽の加護の展開という外向きに力を行使していたからこそ、溜まりに溜まった信仰という力を内向きに受け容れることが出来なかった。

 だが限界を迎えた《名も亡きガルラ霊》から神力の放出が途絶えたことで、その莫大な力を受け入れる準備が整った。

 怒涛のように注ぎ込まれる祈りという名のエネルギ―によって、ガルラ霊の霊基が劇的な拡張を始める。

 

「これは、一体…」

 

 困惑したシドゥリが困惑を言葉にして呟く。

 ウルクの信仰を取り仕切る神官長にしてギルガメッシュ王の右腕である彼女すら初めて見る現象。

 数多の人々から捧げられた祈りを糧に、人に近き存在から神に近き存在へと変性する霊的位階の向上。

 即ち、霊基昇格。

 いまこの時、《名も亡きガルラ霊》と絆を繋いだ全ての人の祈りが、時の果てから訪れた稀人(マレビト)の魂に収束する―――刮目せよ、本来古代シュメルの地に生まれるはずが無い、最も新しき神性の誕生である。

 


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