【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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幕間の物語 カルデアの何でもない一日

「おススメの本、かい?」

 

 ロマニ・アーキマンはマシュ・キリエライトからの質問をそのまま鸚鵡返しに答えた。

 

「はい。私が学習可能な時間は限られています。より効率的な学習を行うため、周囲からの情報提供を求めたいと考えています」

「なるほど。勉強熱心なのはいいことだね」

 

 ロマニが面倒を見始めて少しずつ情緒が芽生えてきたものの、まだまだ機械的な言動が多い少女の言葉に相槌を打つ。

 少しの間考え込み、やがて脳裏に一つの候補が浮かび上がった。

 

「うん、話は分かったよ。今度来る時にお勧めの著作を持ってこよう。それでいいかい?」

「はい。ありがとうございます、ドクター・ロマン」

 

 その日はそうして何事もなく終わり。数日後、ロマニはカルデアの施設で目当ての書籍を手に入れて少女の部屋へと向かった。

 

「『ギルガメッシュ叙事詩』と『冥界の物語(キガル・エリシュ)』、ですか」

「ああ。前者は言わずもがな。後者もほぼ同年代に成立した古代シュメルの死生観をよく描いた資料だ。翻訳版は幾つかあるけど、僕が一番おススメできる物を選択した。物によっては誤訳や解釈の差異が激しいからね。

 魔術世界においてもこの紀元前2600年代は神代の『決別』にあたる重要な時期だ。教養の一環として読んでおいて損は無い。それに……僕はお話としても結構この物語が好きなんだ」

 

 ギルガメッシュ叙事詩と違って、という言葉は呑み込んで無垢な少女へ勧めた。

 かつてロマニがソロモン王であった頃、遠見の千里眼を通じてギルガメッシュやマーリン達と互いを観測し合っていた。

 その頃に幾度となく思ったものだ、なんて性根が捻くれた性格破綻者達なんだろう…と。その頃の認識は今も変わっていない。

 カルデアにどんな英霊が召喚されるにしても、奴らだけはゴメンだとロマニは心の底からそう思っていた。

 だが時折ギルガメッシュの周囲に姿を現していたかの《名も亡きガルラ霊》は別だ。

 ソロモン王だった頃は何も思わなかった。神の啓示に従ってコトを為すだけの人形がソロモン王だったから。

 しかしソロモン王がロマニ・アーキマンになってから見え方が変わった。かの霊魂が示した輝きを……今は、尊く思っている。 

 王でも、戦士でもない彼だが、その在り方は確かに英雄だった。死した魂でありながら、世界に挑み、世界を繋げ、世界を広げた開拓者。生者ではなく死者のために、冥府という世界を拓き続けた者。

 ロマニは彼に敬意を抱いている。

 何故ならその旅路には眩い程の浪漫(ロマン)があるからだ。

 

「特に『冥界の物語(キガル・エリシュ)』のほぼ主人公格にあたる《名も亡きガルラ霊》は、個人的な好みの話になってしまうけど、中々愉快なキャラクターだよ。彼は主であるエレシュキガル第一主義であり、好んで苦労を背負い込むタイプだが、誰よりもその苦労を楽しんでいる」

 

 冥府に在りし頃、エレシュキガルの名をシュプレヒコールする光る霊魂達の姿を瞼の裏に思い起こしながら語る。

 なおその絵面は客観的に見て大分変態的と言うか、頭がおかしいものだったが、語った言葉に嘘は無い。

 

「そして彼はガルラ霊という神代の住人でありながら、成し遂げた業績の多くにほとんど神秘を用いなかった。彼がその力を振るったのは常に理不尽から誰かを守る時だった。何かを成し遂げる時、彼は常に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼の業績を一つ一つ詳らかにすれば、彼だけにしか出来ないことはほとんどない。けれど彼は一つ一つ積み重ねることで、彼にしか出来ない偉業を為したんだ」

「なるほど。ドクターがそれほど強く勧めるのであれば、私も興味が湧いてきました。読破した後、また話を聞きたいです」

「アハハ、僕で良ければ喜んで」

 

 思い入れのある人物について、少し熱く語ってしまったかもしれない。

 マシュの言葉にそう思いいたり、ロマニは少しバツが悪くなって苦笑した。

 

 ◇

 

「ドクター、以前お願いした件ですが、今は大丈夫でしょうか?」

「ごめん、何の件かな?」

「はい。以前おススメしてもらった『冥界の物語(キガル・エリシュ)』の感想会についてです」

「ああ…。アレ、もう読破したのかい? それは早いな。それなりに量もあったと思うけど」

「ドクターのおススメだったので…。優先して読みました。でも、すぐに読破できたのはそれだけでは無いと思います」

「と、言うと?」

「あの著作を読破したことで、ドクターがおススメした理由が分かった気がするのです。あの物語に登場した全てのキャラクターは…何と表現すればいいのでしょう。恐らく、ドクターが言う浪漫(ロマン)を持っていたのだと思います」

「―――! そうか、僕も同じ意見だ。うん、これは楽しい感想会になりそうだ」

 

 ふわり、と珍しく心からの笑顔を浮かべたロマニは今このひと時は自身が背負う重荷を忘れてマシュとの感想会を楽しんだ。

 

「やはりこの物語のハイライトは天の牡牛(グガランナ)から城塞都市ウルクを護り切った『七日七年の荒廃戦争』ではないでしょうか。《名も亡きガルラ霊》の献身、英雄達の奮闘、彼の主である冥府の女神エレシュキガルが振るう神威。単純に物語として見た時、最も盛り上がるシーンでは?」

「ううん、個人的には後半の()()()()()()()()()()()()で《名も亡きガルラ霊》が決戦直前にネルガル神と問答するシーンとか好きなんだけどね」

「ああ…。はい、私も『冥府の女神』というテーマを語ったあのシーンは心を動かされたと思います」

「そうだろう!? 僕は彼が持つ一番の武器はその『力』ではなく『誰かと紡いだ絆』だったと思うんだ。あのシーンこそそれが最も現れていたと思う」

「私も同意見です、ドクター・ロマン。ですが《名も亡きガルラ霊》はその後…」

 

 ()()()の先を思い起こし、少しだけ声を押さえるマシュ。

 応じるロマニも声を神妙にして答えた。

 

「……ああ。ネルガル神による冥府侵攻の後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はい。彼がどのような結末を迎えたのか、現在に残る史料は欠損部分も多く詳細を読み取ることが出来ません。しかし文脈を考えれば恐らくネルガル神との決戦で消滅したと想定するのが妥当です。妥当ですが…」

「が?」

「……彼が迎えた結末が、望ましいものであればいいと思います。今はまだ、彼の結末を描いた資料はない。故にその結末は誰の手にも渡っていない…。それなら私がほんの少し、願望を混ぜても許されるのではないでしょうか」

 

 少しだけ恥ずかしそうに頬を染めたマシュ。

 それを見てとても嬉しそうにロマニは笑っていた。

 

「良いね、マシュ。その考えにはとても浪漫(ロマン)があると僕は思う」

「はい! フフ、もしカルデアに《名も亡きガルラ霊》が召喚されたらお話を聞けますね。そうなったらと思うととても楽しみです」

「どうかな? 彼は『七日七年の荒廃戦争』で神霊に至ったという研究もある。それが事実ならカルデア式の英霊召喚術式では召喚は難しいかもしれない」

「……ドクター・ロマン、その考えは浪漫(ロマン)がないと私は思います」

「ハハハ、これは参ったな。うん、やられたよ。降参だ。これ以上は勘弁してくれないか、マシュ」

 

 両手を上げて苦笑するロマニに仕方がないと溜息を吐くマシュ。

 そうして和んだ空気の中、こそりと一つ呟きを漏らす。

 

「……いやぁ、本当に彼がカルデアに召喚されてくれれば助かるんだけれどね」

 

 かつてソロモン王だったロマニは彼を知っている。

 そして人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に彼が辿った軌跡を(つぶさ)に知る者として断言できる。

 彼を召喚できればその戦力、有用性はともかくとして間違いなく信用できる存在であると。

 いずれ来ることを幻視した人類滅亡の危機において、それがどれほど心強い助けとなるか。

 そんなことをふと思い、弱気だなと自分を戒める。

 

 人理継続保障機関カルデアがまだ穏やかな日々を過ごしていた、ある何でもない一日のお話である。

 




 ラストエピソードに向けての助走みたいなお話でした。
 なおキガル・エリシュは語感優先の造語であり、冥府の物語という意味は持たず、もちろん実在もしないことをお伝えしておきます。

今更ながらの質問ですが、㉞と㉟で記載した推奨BGMは閲覧の上であった方が良かったでしょうか?

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