【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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「……―――っ! 分かっちゃいたが…」

 

 強い、そう言わざるを得ない。

 大神ネルガルの軍勢は既に六つの門を破り、最後の関門である七つ目の門の攻略に取り掛かっていた。

 冥界の七つの門は招かれざる者を罰し、その権能を取り上げる機能を持つ頑強な防衛施設だ。

 冥府が誇る守りの要の一つでもある。

 ただしエレちゃん様不在によりその機能は大幅に低下し、俺では起動するのが精いっぱいというところ。

 直接的な排除の役に立たない()()()()()()を除けば、ひたすら頑強な城門以上のものではない。

 

「元から簡単に止められるとは思ってない。ない、が…」

 

 もう少し時間を稼ぐことくらいは出来ると思っていたのだが。

 ネルガル神が自身を軍勢の正面に置くことで、その予想は覆された。

 元々地上から冥界の深奥まで続く道はさして広くない。

 そもそも根本的に軍勢を展開することなど考えていない造りなのだ。

 だから冥界の門を守る上での最適解は少数の精鋭を門衛として置くこと。

 とはいえその少数精鋭の当てが冥界には無い。

 ある意味では個我持つガルラ霊全てが精鋭だが、個の戦力という意味では抜きんでた者がいないのだ。

 

「……落ち着け。ネルガル神の神力を僅かでも消耗できたのは悪くない」

 

 元より冥界の七門で決戦を挑むつもりはない。

 各門の前に戦力を置いて向こうの軍勢を少しでも削る。

 その上で預けられた権限を使っての緊急転移による救助を前提とした戦力漸減策に過ぎない。

 エレちゃん様不在の冥府における最大の強みとは個我持つガルラ霊の数。

 つまり物量を生かすには広い合戦場が必要となる。

 そして都合が良い立地は冥府の奥底。このエレちゃん様の宮殿(建設予定地)まで引き込むのが基本戦略だ。

 だからここまでは織り込み済み、なのだが…

 

『フハハ、我が太陽の神威を見よ!』

 

 遠見の鏡で覗いた其処には高笑いを響かせながら無造作にガルラ霊達を蹂躙するネルガル神の姿が在った。

 王錫に似た杖を一振りすれば何処からともなく強烈な光線が武器を構えて突っ込むガルラ霊の軍勢を焼き、一声かければ背後の眷属達が軍勢に開いた傷口を食い破りにかかる。

 

稲妻(ムタブリク)追跡者(ティリド)。思うさま食らい付け』

 

 その号令に応じ、ひと際巨大な死霊―――十四の病魔の二柱がガルラ霊達を薙ぎ払っている。

 十四の病魔以下の死霊達…ネルガル神がその権能で命を奪い、支配下に置いた無数の死霊達の勢いも凄まじい。

 ()()()()()()()()()()()()()()猛烈な勢いで打ちかかってくる。

 最早蹂躙としか呼べない、一方的な戦いだった。

 それでも俺が逐一戦況を把握し、限界を迎えた者や致命傷を食らう直前になんとか退避させてはいるが…。

 

『天空にあって我が輝きに勝る者無し! それは地の底、冥府であっても変わらぬと知るが良い!』

「……実際、言うだけのことはあるな。これは」

 

 やはり太陽の輝きは冥府に属する者と相性が悪い。

 迎え撃つガルラ霊も決して弱兵ではない。

 地上で揃えた装備や冥府で鍛えた魔術礼装を装備し、眷属相手ならば十分に戦えている。

 ただやはりネルガル神という圧倒的強者、それも冥府に特攻となる太陽の属性を持つ神格がいるのが辛かった。

 

「最後の門も突破されたか…」

 

 となるともうすぐここ…宮殿という名のだだっ広い空間に残存する全てのガルラ霊を集結させてある。

 ここからはこれまでの小競り合いとは規模の違う万単位の軍勢と神性同士がぶつかり合う、神代有数の大戦となるだろう。

 如何せん、主力となる神性の格で圧倒的に負けているのが痛いが…。

 

「今更か」

 

 そう、今更だ。

 いまこの一瞬に全てを尽くす。

 それ以上のことなど誰にも出来はしないのだ。

 俺は仕掛けの一つを起動すると、総勢十余万騎の個我持つガルラ霊達とともにネルガル神を出迎えるために腰を上げた。

 

「正念場、というやつだな」

 

 そして最後の砦でもある。

 ああ、だがどうか易々と冥府の支配権をくれてやるとは思うなよ?

 俺達はここからがしぶといのだ。

 

 ◇

 

「見事な統率である。まさに一糸乱れず、と言ったところか。誉めてやろう、名も無き冥府の神性よ」

 

 さして間を置かず、二度目の再会。

 その第一声はやはり上から目線の賞賛だった。

 代表として俺がガルラ霊の集団の前に立ち、その背後では数えきれない数のガルラ霊が整然と隊列を組んで待機している。

 ざわめきの一つもない完璧な統率……に見える。

 だがその実態は有り余る殺意を抑え込み、一刻も早く目の前の侵略者を殺害するためにウズウズしている狂信者の群れ…が正しい。

 

「我が功績ではなく、我が主の威光の賜物。賞賛には及ばず」

 

 ああ、いや本当に。

 例え皮肉のつもりだろうと、そこは訂正しておきたかった。

 

「クハハ、どうでもよいわ。さて、小競り合いはお終いか? ようやく互いの軍勢をお思う存分にぶつかり合わせることが出来るな。心躍るわ」

 

 言葉通りに楽し気な、戦意に満ちた顔。

 自分が負けることなど考えてもいない、そういう顔だ。

 冷ややかな視線を向けるが意に介した様子もなく。

 あまつさえ、エレちゃん様を侮辱する言葉すら投げかけてきた。

 

「しかし、返す返すも愚かな女神よな。むざむざと余の手中に堕ちたことに如何なる思惑かは知らぬ。知らぬ、が……この惨状は予測が出来たはずなのだ」

 

 ネルガル神は言う、この結末はお前たちの不手際。自業自得であると。

 

「何より愚かしいのは冥府をただ開拓したことよ。

 この不毛の地を拓く。それは良い。そしてその大難事をやり遂げたこと。これも称賛に相応しき偉業よ。偉大なる余を以てして、偉大であるとしか言えぬ」

 

 言葉に虚偽の気配は無い。

 確かに畏敬の念を以てネルガル神は冥界の開拓事業を称賛していた。

 もちろんただの賞賛では終わらず、続きがあったが。

 

「だが、自らの強大さにかまけ、姉妹神(イシュタル)という己が隙を晒したのは不手際よ。事実、こうして余の手によって冥界は蹂躙されようとしている。他者の手によって育てられた果実をもぎ、思う存分欲するままに貪る。さぞ美味であろうなぁ?」

 

 二ィ、と煽るような笑みを浮かべ、嘲るネルガル神。

 それは見え透いた挑発だった。

 だが挑発と分かってなお、俺の背後で整列するガルラ霊の軍勢から()()()と熱気のような殺気が溢れ出す。

 俺たちガルラ霊にとって、エレちゃん様の侮辱は到底許して置けるものではない。

 開戦直前でなければ、何人かは怒りに身を任せていたかもしれない。

 

「かの女神が持つべきは慈悲ではない。姉妹の情に流されず、イシュタルめを捕らえ、虜囚とする非情さよ。それを怠った弱者が強者に食われる。冥府が余の手に堕ちようとしている現状こそがそれを証明しておるわ」

「……………………」

 

 ああ、確かにネルガルが言うことは()()()

 結局のところ、エレちゃん様が、俺達が冥界のためを思って最適解を実行し続ければこの惨状を避けることが出来たかもしれない。

 あの時、イシュタル様の気持ちなど一顧だにせず俺の宝具を展開し、無理やりにでもその身柄を冥府の管理下におけば恐らく冥府は神代が終わるまで安泰だったかもしれない。

 でもなあ、そんな有り得たかもしれない未来を考えた上で俺はこう思うのだ。

 

「―――ふざけんな、クソッたれ。犬の糞より薄汚い言葉であの方を語るな」

 

 冥界にそんな正しさは必要ないと。

 

「ほう? 余の言葉に価値なしと侮辱するか」

 

 むしろ楽し気にネルガル神は応じた。

 

「価値が無いどころかいまあんたは自身の無様を満天下に晒したぞ、愚かな神様」

 

 用心を怠った者が悪い?

 狡猾さを持たなかった善良さが悪い?

 

(馬鹿言ってんじゃぁねえ…!)

 

 なんだ、それは。

 そのクソッ垂れた理屈を自慢げにペラペラと垂れ流すお前が、あの子を笑うのか?

 

「いちいち都合の良い強者の理屈でテメエを正当化しなきゃ冥府を()れないのか、身下げ果てた下衆野郎。

 その傲慢さを詰め込んだ空っぽの頭に大事なことを教えてやるよ」

 

 一息、吸い込み。

 俺は心の底からの怒りと共に、冥府に陰々と響く絶叫を放った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 いいや、違うな。

 言葉は正しく使わなければ。

 

「ああ、悪党は言い過ぎたな。正しくは悪党にも成れない卑怯者! 言い訳の一つも無ければ悪党の真似事すら出来ない、煌びやかな肩書きだけの犬畜生―――それが太陽神ネルガルの正体だ。

 自分で自分の名前に思う存分糞を塗りたくった気分はどうだ? 教えてくれよ、神様」

 

 まさに神をも畏れぬ罵倒を、俯いて表情が伺えないネルガル神へ思う存分叩きつける。

 自尊心の強い神性ならば俺を八つ裂きにせんと気炎を上げるだろう、痛烈な罵倒を。

 

「クハハ―――負け犬の遠吠えが心地よいわ」

 

 ネルガル神は明確な嘲笑を浮かべ、俺の叫びを踏みにじった。

 ただ力こそが全てなのだと己が言葉を証し立てるかのように。

 ある意味では一本筋の通った、俺の言葉を歯牙にもかけないその立ち姿に、腹の底を焼く黒い憤怒の炎が燃え盛る。

 

「結末は変わらぬ。あの女神は我が手に墜ちた。貴様らに、あの女神に救いなど無い」

 

 どす黒く燃え盛る炎を紙一重の理性で以て制御する。

 ただ怒り、燃え尽きるだけの無様はもう晒さないと、あの王様に約束したのだから。

 だから正しく怒る。

 

「いいや、ある。勝ち目はある―――救いだってある。いいや、()()()()()()()()!」

 

 怒るべきことを、その怒りを正面からネルガル神にぶつけよう。

 だって、あんまりにもあんまりではないか。

 こんな結末は、例え全ての神が認めようと、俺だけは絶対に認められない。

 何故なら……。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 この時零れ落ちた俺の叫びこそが、きっと俺が初めから彼女に抱いていた()()だった。

 もう記憶も朧げな時の果てで、彼女の生き様を垣間見た。

 その時俺は思ったのだ。

 自らを傲慢と知って、滑稽と知って、それでもなお―――()()()()()()()()()()()()()()()と、理不尽な怒りを抱いた。

 

「頑張ったんだ、あの子はあんなにも頑張っていたんだ!」

 

 彼女と出会い、彼女を助けると誓ったすべての始まりを思い出す。

 擦り切れそうな精神を奮い立たせ、ただ冥府のためと尽くし続けた彼女を。

 全てはあの出会いから冥府を開くための戦いが始まり、いま、ここに続いている。

 嬉しかった。

 歩む道程の中で少しずつ増えていくあの子の笑顔が、歩み続けた足跡が目に見える成果となったことが。

 そして何よりも俺と彼女だけではない、同じ思いを共有できるたくさんの仲間(ガルラ霊)が出来たことが。

 

「あんな健気で、努力家で、自信が無いのに責任感が強くて、誰かのために戦える娘が、報われないなんて嘘だろうが!!」

 

 だから俺はネルガルを許せない。

 あの子が得るべきささやかな幸せを無惨に踏み躙ろうとしている、ただ強くて偉大な()()の神様が心の底から気に食わない!

 

「神様があの子を救わないなら、俺…いいや、()()がその結論を否定する」

 

 誰かのために頑張れるあの子にどうか救い有れ。

 それこそが俺のスタートラインだ。

 救いを求めて祈る神にこそ救い有れと祈った、身の程知らずの愚か者の戯言。

 初めて会った時、王が身の丈を弁えないド阿呆と評したのは全く的確だったわけだ。

 けれど同じ思いを抱いたのはきっと、いや絶対に俺だけではない。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 俺は一人ではない。

 絶対に一人ではないのだ。

 

「……お前の意気を認めよう、祈る者よ。その祈りは尊きものであると。だがそれでもお前の祈りは届かない」

 

 俺の叫びに価値を認めたのか、神妙な表情で応じるネルガル神。

 だが変わらず握る王錫には神力が漲り、むしろその戦意は高まったように見えた。

 

「いいや。まだ、まだだ」

 

 勝利の道筋は確かにある。

 逆転のカギのありかを俺は知っている。

 

「まだ何も終わってなんかいない…」

 

 そう、全てのカギはドラ〇もんが握っている…!





※この小説は全編大真面目(シリアス)成分で出来ています。
 二部五章終盤で地球国家元首 U-オルガマリーを出した公式を信じる作者を信じろ…!

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