【外伝開始】メソポタミアの冥界でエレちゃんに仕えたいだけの人生だった…。   作:土ノ子

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推奨BGM:DAYBREAK FRONTLINE




「貴様は我に敗れるのではない。貴様を拒絶する冥府に敗れるのだ」

「余を前にしてなお大言を言い切る自らを誇れ、名も亡き者よ。それ故に我が瞋恚の火に触れる苦難を嘆く代償にな」

 

 そう嘯くネルガル神の頭上に輝く黒き太陽。

 あれこそは太陽が齎す『死』の具象化である。

 ネルガル神は太陽、より正確に言うならば夏至や正午の『最も苛烈に輝く太陽』を神格化した神性だ。

 故に苛烈な日照りや猛暑が齎す疫病を司り、エア神より借り受けたとはいえ『十四の病魔』を従者として従えたのもその権能を所有するが故。

 ネルガルの頭上で輝く太陽がどす黒い炎に染まったのも、そうした太陽が齎す災禍、『死』への誘いと言うべき強力な呪詛がネルガル神の真骨頂であるからに他ならない。

 

「心せよ。この黒き炎、これまでとは一味違うぞ」

 

 太陽の王笏を一振り。

 ただそれだけで黒炎からなる大津波が冥府の大地を舐め尽くしていく。

 焔の大津波に触れた冥府の大地が尽くマグマ化する超熱量を自在に操り、更には致死性の呪詛すら付与する恐るべき災禍の太陽(ネルガル)

 生き残りのガルラ霊が慌てて退避していくのが視界の端に移る。

 余りにも範囲が広すぎる炎の大津波から逃げ切ること叶わず巻き込まれたガルラ霊の生き残りが数騎。

 死に体のエルキドゥを抱えたガルラ霊の逃亡が上手くいったことだけが最低限の救いか。

 だがそれ以外は腹立たしいというものではない。

 火の粉の一片に触れた彼らが大気を引き裂くような苦悶の声と共にどす黒く燃え上がる姿を目に捉えた。

 

「き、さま―――!?」

 

 瞬間的に頭に血が上り、腹の底が煮えくり返る。

 直感したのだ、あのガルラ霊達は()()したと。

 その怒りを見たネルガル神が皮肉気に笑った。

 

「闘争とは! 殺し、殺されること! 貴様らだけが例外と慢心したか、死に近しき者どもよ!」

 

 一度死しても冥府の闇から復活するガルラ霊の不死性。

 だがあの黒き炎はその理を覆す例外。

 魂すら焼き滅ぼす黒き炎によって焼かれた彼らはもう還らない。

 最早冥府の闇から復活することは叶わないのだ。

 

()()()嘆くなと、貴様は言うか!? 天にただ一人輝く孤独な王!!」

「孤独にあらず、孤高なり!! 絶対強者にともに肩を並べる朋友など不要!! ただ孤高の玉座から見下ろす高みだけを知っておればよい!!」

「我らを―――俺と皆を、エルキドゥを見て、彼らを切り捨てろと貴様は言うのか!?」

「言うとも、強敵(トモ)よ! ()()()()()()、最早貴様の『力』は余と競り合う領域に達したのだ! 天地冥界の天秤すら揺らがすことすら能うのだと自覚せよ!! そして()()は小さな他所事に気を取られて勝てる程甘くは無いぞ!?」

 

 俺を対等と認めたからこその孤高の王からの忠告だった。

 ()()()()()()()を気にし過ぎれば死ぬぞ、というネルガル神なりの経験から紡がれた言葉。

 だが、

 

(ふざけろ!?)

 

 大人しく聞き入れるつもりなど毛頭ない。

 此処に辿り着いたまでに払った代償を思い出せば、その選択肢を考えることすら忌まわしい。

 ―――と、舌戦を交わす間も黒き炎は波濤の如く押し寄せる。

 大概の神格ならば抵抗敵わず焼き尽くされるどす黒い炎が冥界を飲み込む勢いで逃がさないとばかりに襲い掛かってくる。

 目の前に迫り来る回避不可能なソレ。

 冥府の一軍を容易く焼き滅ぼし、ギルガメッシュ王やエルキドゥですら相応の応手が必要となる本来絶命不可避の大津波を、俺は―――…。

 

 ()()()()()()()()

 

 手にした剣に魔力を込め、思い切り横薙ぎに振り切る。

 ただそれだけで魔力から成る巨大な大斬撃が迫り来る炎の津波を両断。

 舞い散る呪詛纏う火の粉も続く魔力放出で吹き飛ばしていく。

 結果、火の粉の一片も残るガルラ霊の残兵達に届いていない。

 これが俺からネルガル神へ返す答えだった。

 

()()の力を侮るな、孤高の王」

 

 此処に立つ俺がただ一騎だとしても。

 俺の足場は数えきれないほどたくさんの仲間たちが積み上げた死力によって築かれたものだ。

 それを切り捨てろということは俺自身が拠って立つ足場を切り捨てろと言うのに等しい。

 ネルガル神が言う『我ら』と、俺の言う『我ら』。

 同じ言葉を使いながらも互いの間でその意味合いは全く違う。

 その違いこそがきっと俺とネルガル神を分かつ最大の差だった。

 

「……クッ、ハハハ。全く、愚かなことよ。いま貴様は足元の蟻を踏まぬよう努めながら余を打ち倒すと言ったのだぞ。この天地に並ぶ者少なきネルガルに」

「御身が強大であることも、我に残された時間が少ないことも、例え御身の打倒が太陽を射落とすのに等しい難行だとしても―――何一つ、我が歩んだ道を否定する言い訳にはならぬ」

「愚かよな…ああ、全く持って愚にも付かん考えに憑りつかれた男よ」

 

 言葉通り、呆れたようにネルガル神は嘆息する。

 まあ、そうだろう。

 戦術的に考えればネルガル神の言葉には一理あるのだ。

 ただ俺の在り方と相容れないというだけで。

 

「だが、まあ―――見事な愚か振りである。神はな、愚者を嫌うが愚者も過ぎれば時にそれを気に入る奇特な神もいる。エレシュキガルのようにな」

 

 俺を愚かと断ずるネルガル神の頬がほんの僅かだけ笑みの形に歪む。

 後進の無謀さを窘めながらもその真っ直ぐさを眩しく見る先達のように。

 

「愚かである。恐らく死してもその愚かさは曲がるまい。ならばその愚かさ、貫いて見せよ。誰も選ばぬ愚行を敢えて貫いた愚者を時に英雄と呼ぶこともある。貴様はどちらかな? 愚者か、英雄か」

 

 そうネルガルが試すように問いかけてくるが、別に愚者だろうが英雄だろうがどちらでもいいのだ。

 俺はこの冥府を、みんなを、ひいてはエレシュキガル様を守れればそれでいい。

 後世の誰かが俺の行いに点数を付けてどう評価するかなど、今この時の闘争に何の意味も無いのだから。

 

「……興味は無いか。良い、死生勝敗の興趣の味わいを覚えるには相応の死闘が不可欠。貴様にもいずれ分かる時が来よう」

 

 と、一人頷くネルガル神。相も変わらず唯我独尊な神様らしい勝手な言い草だ。

 そしてその言葉をキッカケに僅かに浮かんだ交感の気配は消え失せ、再び燃えるような戦意が戻る。

 

「小手調べはここまでとしておくか。よもやこの程度で息が上がってはおるまいな」

 

 最上位の神性や英雄といった僅かな例外を除き、ほぼ防御・回避が不可能な『必殺』と言い切っていい黒き炎の津波を指して小手調べと評すネルガル神。

 冗談でも何でもないのが最高に笑えない現実だが、絶望するにはまだまだ早い。

 

()()()()。試し斬りの的としては上々なり」

 

 ハッタリではない。

 この霊基に渦巻く魔力ならばあの程度、幾らでもこなしてのける。

 

「クハッ」

 

 俺の言葉に誇張が無いと見抜いたか。

 堪えきれず、と言った風に笑いを漏らすネルガル神。

 その頬には隠し切れない戦意が浮かんでいた。

 

「それでこそ。では、次だ」

 

 一瞬だけ莞爾と笑うと、すぐにその笑みを消して太陽の王笏を大地に突き立てる。

 その地点を中心にさざ波のように黒き炎が冥界全土へ広がっていく。

 だが今度の炎は何も焼くことはなく、ただ波紋を広げていくばかりだ。

 意図は読めずとも咄嗟に黒炎のさざ波に斬撃を向けるが、一部を斬り裂けども全体としての波及は止まらない。

 

(何が目的だ…?)

 

 油断なく周囲を見つめ、相手の出方を伺う。

 脳裏にネルガル神の権能と思考を思い浮かべ、狙いを推測するが、すぐにその意図は知れた。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 大地を震わせる咆哮が幾つも幾つも遠方から木霊する。

 その真紅の巨体にどす黒く燃え盛る炎を妖しく纏う『火の巨人』だった。

 縦横無尽に暴れまわり、この主戦場から離れつつあった『冥府の天牛(グガランナマークⅡ)』と『火の巨人』、『火の尖兵』が正面からぶつかり合う怪獣大決戦。

 両者、無尽蔵とも言える程の体力を以て冥界の構造そのものを打ち崩しかねないほど熾烈な格闘戦を繰り広げていたのだが、そこにネルガル神が一石を投じたのだ。

 『火の巨人』に向けた死の呪詛の付与。

 其れはシンプルだが果てることなく続く大激戦の均衡を崩しかねない一手だった。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 ただならぬ脅威の気配を撒き散らす敵手を警戒し、満身の力をため込んだ天牛がそれを解き放つ大咆哮を上げた。

 グラグラと冥府を物理的に揺らす咆哮は衝撃波となり、正面に立つ実に七体もの『火の巨人』をはるか彼方まで吹き飛ばす!

 元より炎から成る巨体は冥界全土の大気を轟々と掻き回すほどの衝撃波によって吹き散らされ、バラバラの火の粉へと還っていく。

 アレでは如何にネルガル神が復活の神力を注ぎ込もうと戦線復帰までそれなりに時間が必要だろう。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 だが残る半数の『火の巨人』は仲間が瀕死となった光景など気に留めた様子もなく、どす黒く燃え盛る炎を纏い、大地を蹴ってグガランナ目掛けて果敢に打ちかかる。

 比類なきタフネスを誇る冥府の天牛も応じるように突進し、槍のように鋭い双角を振り回して応戦した。

 獣の形をしているのは伊達ではないのか、見上げるほどの巨体の癖に恐ろしく俊敏で身が軽い。

 まさに獣の身ごなしを以て数に勝る『火の巨人』に囲まれないよう狡猾に立ち回っていた。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 そして『火の巨人』の軍勢も負けていない。

 常に数の利を生かしてグガランナを広く囲うように移動しながら、その手に太陽の王笏に似た炎の棍棒を構え、恐れなど無いかの様に一斉に複数方向から打ちかかる。

 それは原始の狩人たちが数を恃みに恐るべき猛獣を狩りたてる光景そのままだ。その力関係も。

 元よりグガランナに対し、個の戦力において劣る『火の巨人』。

 だがグガランナが一体の『火の巨人』の打撃を大咆哮による衝撃波で跳ね返し、体勢を崩そうとも追撃をかける前に他の『火の巨人』がカバーに入ってしまう。

 結果、一進一退。

 どちらが有利とも不利とも言えない戦況がこれまで続いていた。

 

「流石かの天牛の後継よ。だがこれまでの奴らと同じと思ってもらっては困るな!」

「そう易々と天牛は()らせん」

 

 流石にあの巨体が入り乱れる大激戦に横槍を入れるにはサイズが違いすぎる。

 グガランナとの連携を取ることも難しいことからネルガル神へ牽制を入れて邪魔立てを防ぎつつ、その戦いの行方を見ていた。

 いまも見過ごせぬ物言いに反応して咄嗟に切り込み、斬撃を一閃。

 鮮やかに銀の弧を描いた一振りの剣閃は、

 

「もう遅い」

 

 と、不敵に笑うネルガル神が振るう太陽の王笏によって押し留められる。

 その視線の先にはグガランナを完全包囲したまま、迸るような魔力を滾らせる『火の巨人』達の姿があった。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 再びの大咆哮。

 隙間なく包囲され、逃げ場はないと悟ったグガランナが、無理やりにでも包囲をこじ開けようとしたのだ。

 ドドドと地鳴りを挙げながら全方位に向けて噴出する衝撃波が『火の巨人』目掛けて迫る。

 

 ―――雄雄於(オオォ)……雄雄雄雄雄於(オオオオオォ)ッ……―――!

 

 だが包囲する『火の巨人』から迸る黒き炎の濁流がその企みを打ち崩した。

 包囲の中心に位置するグガランナが放つ衝撃波と、包囲する『火の巨人』からうねるように噴出する黒炎の濁流が衝突し―――()()()()()()()()()()()()()()()

 実体無き衝撃波(ソニックウェーブ)が『火の巨人』が繰り出す炎によって焼き尽くされたのだ。

 太陽神が振るう炎はただの炎にあらず。

 本来燃やせぬ物すら燃やす、恐るべき瞋恚の炎である。

 そして遂に―――どす黒い炎の壁がグガランナの巨体を包み隠し、燃え移り、侵略するかの如き勢いでその巨体を急速に覆っていく。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 三度、天牛は大咆哮を上げる。

 だが今度の咆哮は先ほどまでと意味合いが違っていた。

 興奮、攻撃のための咆哮ではなく苦痛に呻く絶叫である。

 これまで『火の巨人』が繰り出す如何なる炎、如何なる打擲にも堪えることなく暴れ狂っていたグガランナが、苦痛に耐えかねて絶叫を吐き出したのだ。

 

「太陽の呪詛、かの天牛の生命力すらも蝕むか―――!?」

 

 恐るべきは太陽の呪詛、グガランナをして苦悶の咆哮を上げるほどの激烈な致死性の邪炎だった。

 黒き炎に焼かれるグガランナから呪呪(ジュゥジュゥ)とおぞましく肉を焼き焦がす音と焦げ臭い悪臭が発生する。

 天地に比類なき頑強さを誇る天牛の肉体が冗談のような速度で焼き尽くされていく。

 見る限り既に四肢はその機能を果たせない程ボロボロに焼け爛れ、一瞬ごとにその体積が焼き尽くされて減っている。

 

(マズイ…!)

 

 グガランナもまた冥府の眷属、同胞である。

 何とかしたい。

 何とかしたいが、あの呪詛をどうにかする術が俺にはない。

 俺が得た冥府神の権能に癒しの類はないのだ。

 だがそれでもこのまま黙って見ていることは出来ない。

 見込みが立たないが、とにもかくにもグガランナを覆うあの黒い炎をどうにかしようと一歩を踏み出そうとすると。

 

「■、■■……!」

 

 弱々しい、しかし意志の籠ったグガランナの唸り声が俺の足を止めた。

 グガランナもまた冥府の眷属、俺自身の『皆を繋げる』権能の影響下にある。

 その繋がりが伝える。

 魔力を無駄に使うな、()()使()()()()と。

 天牛の後継が示す最後の意地を貫くための策が脳裏に断片的なイメージとなって駆け巡る。

 

「―――承知」

 

 即断し、その策に乗る。

 仲間がその身命を賭して繋げる反抗の機に乗らずして何時賭ける!

 そのために敢えてネルガル神に向けて剣をかざし、真正面から斬りかかる。

 

「破れかぶれかっ!? いまさら遅いわ!!」

 

 天牛の敗北を機にした無謀な突撃か、はたまたネルガル神の背後にいるグガランナを助けるための正面突破と捉えたか。

 こちらが隙を晒したと判断したネルガル神が黒き炎を身に纏い、こちらの斬撃に応じて太陽の王笏を振りかぶった。

 真っ向から噛みあい、ぶつかり合うヤマの剣と太陽の王笏。

 二つの神器が帯びた魔力をジェット噴射さながらに放出し、瞬間的な速度・威力を大きく向上させる。

 巨竜すら斬り伏せ、あるいは薙ぎ倒す勢いで振るわれる一撃が呵責なくぶつかり合った。

 衝突点から発生する衝撃波が俺とネルガル神の体躯を揺らすが、大地に蹴りつけた二本の足で強引に踏みとどまる。

 両者の足場となった大地が砕け、軋む音が鳴り響く。

 交差する獲物を超えて、視線が絡まり合った。

 燃えていた。

 互いの目に負けられないと炎が宿っていた。

 一挙一動を見逃さないよう目を皿のようにして隙を探り合い、一瞬で互いの立ち位置を変えてまた斬りかかる。

 

(もう、少し…!)

 

 斬りかかっては隙を探り、立ち位置を変えてはまた斬りかかり、この四者が一列の直線に並ぶように少しずつ調整していく。

 いまの位置関係的には俺、ネルガル神、ネルガル神を援護すべくこちらに向かい進撃する『火の巨人』達、消滅寸前のグガランナが概ね一直線に並ぶ。

 だが一瞬ごとに立ち位置を変える俺とネルガル神の位置調整が少し厄介か。

 

(この程度で!)

 

 あるかなしかの機を狙い、魔力放出を全開にする。

 渾身の魔力を込めた一刀がネルガル神を構えた太陽の王笏ごと吹き飛ばした。

 多大な魔力消費を代償に、強引にネルガル神を後退へ押し込み、狙い通り四者が一直線に並ぶ位置へ誘導が完了した。

 死にかけのグガランナと俺の間に『火の巨人』とネルガル神が挟まれた形となる。

 

(ここだっ!)

 

 『火の巨人』の背後にはいまも黒き炎に覆われ、焼かれ続ける往時の三分の一程にまで体積を減らしたグガランナの姿が在る。

 最早虫の息、四肢を失い一歩動くことすら難しい文字通りの死に体。

 その死にかけの巨体に向けて、冥府の魔力を注ぎこんでいく。

 この身は冥界全土に敷いた回路と同調し、冥府の魔力を右から左へと自由に動かせる。

 今も俺の権能で繋がるグガランナに魔力を注ぎ込む程度は容易い。

 

「■■■……!」

 

 最初は小さく、弱い唸り声。

 

「■■■……!」

 

 だが続く咆哮は力強く。

 死にかけたグガランナは急速に力を取り戻していく。

 とはいえこれは復活の兆しではない。

 ネルガル神が操る黒き炎の呪詛はそれほど安いものではない。

 これはグガランナがほんのひと時だけ息を吹き返したことを示す、いわば蝋燭の炎が消える前に放つ最後の輝きだ。

 

「■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 グガランナが放つ最後の大咆哮。

 体躯を構成する魔力すら変換して放つ末期の悪足搔きだ。

 その威力、七体の『火の巨人』を消し飛ばし、ネルガル神の神体にすら深手を与えて余りある。

 そしてネルガル神に対処する暇を与えぬために俺もまた機を合わせて挟み撃ちとする。

 これがグガランナが最後に遺す策の骨子である。

 そしてその策は成った、と俺は確信(ゆだん)した。

 ―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「見え透いておるわ、愚か者」

 

 冷ややかな声音が俺の耳朶を叩く。

 誘いこまれたのだ、という理解が氷を背筋につっこまれたような危機感に変わる。

 

「これにてお役御免だ、『火の巨人』よ。全霊を懸けて余を守れ」

 

 俺がグガランナを使い潰したように、ネルガル神もまた躊躇なく『火の巨人』を使い潰した。

 これ以上の供は不要と残った『火の巨人』を構成する魔力を全て熱量(エネルギー)に変換し、グガランナに向けて収束・放出したのだ。

 その鮮やかな紅蓮はさながら太陽のフレア。

 『火の巨人』七体分の純粋熱量を収束した太陽面爆発の一撃が、『火の巨人』七体を消し飛ばす大咆哮と激突する。

 炎が咆哮を焼き尽くし、衝撃波が灼熱を吹き散らす。

 上手く決まればこの戦場の趨勢すらひっくり返し得る二つの超火力砲撃は―――相殺。

 互いに食らい合い、打ち消し合う。

 結果として俺達の策が潰される形となった。

 なんという鮮やかな手並みか。こちらの策を読んでいなければこうはなるまい。

 

「この一矢を以て死闘の幕を下ろそう。せめて絢爛たる光輝を目にして旅立つがいい、名も亡き者よ」

 

 厳粛とすら言っていい語調で呟かれる勝利宣言。

 見ればネルガル神が握る太陽の王笏が巨大化し、三日月形に大きくたわんでいる。

 更に弓形にたわんだ王笏の両端を炎の弦が繋ぎ、弦に矢をつがえたその姿はまさしく大弓そのもの。

 つがえられた一矢には『太陽』と『病魔』の属性を宿す莫大な魔力が込められている。

 その姿を見ただけで最上位神性と化した俺が戦慄するだけの凄味。

 間違いない、あれこそがネルガル神が必殺を期して放つ『宝具』。

 そして俺が目を見開いて集中するその先で、ネルガル神がつがえた矢を引く指をゆっくりと放し―――絶死絶命の宝具が解き放たれる!

 

「是、蒼天陽炎む災禍の轍(ニルガル・エラ・メスラムタエア)

 

 是なるは《災禍の太陽》であるネルガル神そのもの。

 地上に顕現した極小規模の太陽と大地から湧き上がる病魔と瘴気を組み合わせて放たれる災禍の矢。

 灼熱と病魔の二段構えによって射線上に存在する生ける者死せる者を区別なく絶滅させるフレアハザードである。

 

「―――」

 

 最早一言を紡ぐ余裕すらない。

 回避不可能な必殺の宝具が、俺の目前に迫っていた。

 




 蒼天陽炎む災禍の轍(ニルガル・エラ・メスラムタエア)

 「陽炎む」ってなんて読むんだ(マジレス)
 漢字名はFGOクリスマスイベントから。
 ルビのニルガル、エラ、メスラムタエアは全てネルガルの別名。
 つまりネルガル! ネルガル! ネルガル! ジェットストリームアタックを仕掛けるぞ! との掛け声みたいなもの。
 作中で《災禍の太陽》であるネルガル神そのものと記述したのもそのためである。

 詳細も概ね作中に記載した通り。
 極小規模の太陽に病魔と瘴気を組み合わせて放つフレアハザード。一度放てば敵のみならず土地そのものを殺し尽くす災禍の矢である。
 イシュタルの『山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』、エレシュキガルの『霊峰踏抱く冥府の鞴(クル・キガル・イルカルラ)』と比較しても一切劣らない神代の大神に相応しい強力な宝具。

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