Re;黒子のバスケ~帝光編~   作:蛇遣い座

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第55Q 教えるのではなく、教わる

 

 

第4Q開始のブザーが鳴り響く。得点は、72-81。

 

喰らいついてはいるが、正直なところかなりの劣勢である。残りはわずか5分。黄瀬君はダウン。青峰君はベンチで温存。連携の回り始めたチーム『Jabberwock』。さらに世界最強の選手、火神君の『ゾーン』解放を残している。

 

絶望的な状況に思えるが、皆の顔に諦めの色は一切窺えない。むしろ、この逆境において笑みすら浮かべている。

 

そうだ、これこそが『キセキの世代』。火神君に思い出させてあげよう。土壇場での『キセキの世代』の集中力を――

 

 

 

 

 

第4Q最初のワンプレイは、赤司君から緑間君へのパス。ハーフライン付近、リングから遠く離れた地点で受け取り、即座にシュート態勢に入る。だが、同時に氷室さんが密着マーク。

 

「ぐっ……そう甘くないか」

 

「させないよ。残り5分で点差を縮めるなら、キミの3Pシュートは最警戒に決まってるさ」

 

厳しいマークを受け、苦しげに緑間君はボールを戻す。今度は一瞬マークから外れた灰崎君にパスが通る。1on1を狙うも、マッチアップは火神君。攻め手が見つからない。こちらも再度赤司君に返さざるを得ない。

 

やはり正攻法では手詰まり。今は疲労が最高潮となる第4Q。特に第1Qからフル出場の赤司君と紫原君の負担は増やせない。なぜなら、彼らのマッチアップはPGナッシュとCシルバー。全てを見通すナッシュの『悪魔の眼』、単純な高さと膂力によるシルバーのポストプレイ。これらに対抗できるのは二人だけだ。ラン&ガンの走り合いは減らしたいが、残り時間を考えれば全開でアクセルを踏むしかない。出し惜しみは無し。全てをここで出し切る。

 

その第一弾は、やはり過去でも見せたあの超絶技巧――

 

 

 

「ん?何をしてやがる……」

 

「緑間君、何を……?」

 

それを視認した者が困惑の声を漏らした。3Pライン手前で、緑間君がシュート態勢で跳躍する。いつもの3Pシュートのモーション。しかし、普段と異なる一点。ボールを持っていないこと。

 

「さあ、追撃の狼煙を上げましょうか」

 

ボールを持っているのは緑間君ではなく、赤司君である。しかし彼の眼は、その一瞬を逃さない。切り裂くパス一閃。緑間君のシュートモーション、最高到達点で彼の掌にボールが渡った。寸分の狂いも、数瞬の遅れもない。空中でボールを掴み、そのまま上空へと撃ち放たれる弾丸。それはリングに掠ることなく正確に通過した。未来のWCで猛威を振るった前人未到の絶技。

 

 

 

――『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』

 

 

 

「うおおおっ!何だありゃあ!?」

 

「人間超えてるだろ……!?」

 

観客の驚愕で会場が揺れる。相手の選手達に動揺が走る。

 

「へえ、やるじゃねーか。どいつもこいつも、完全に未来のWCレベルだな」

 

もちろん火神君は別だが。秀徳―洛山戦で見ていますしね。だけど、驚くのはこれからですよ。

 

「しまっ……」

 

姿を隠し、影から忍び寄る。注意が散漫になった隙をつき、氷室さんからスティール。連続攻撃のチャンスを作る。

 

「チッ……何してやがる」

 

そのままカウンターで速攻、とはいかなそうだ。直後に察知したナッシュがカバーに入ってきた。このマッチアップは戦力差がありすぎる。奪われる前に、急いで赤司君にボールを渡す。

 

再び赤司君とナッシュが向かい合った。チラリと緑間君に視線を向けると、シュートモーションで跳躍していた。慌てて氷室さんもブロックに跳んでいるが、やや遅い。

 

――『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュ……

 

いや、赤司君からのパスが出ない。

 

緑間君の着地に合わせてバウンドパスが飛ぶ。まだ空中にいる氷室さんをかわして、ドリブルでカットイン。カバーに入る火神君に対し、ジャンプシュートと見せかけてのバックパス。それをボクが軌道変更し、灰崎君の手元に届ける。

 

「ぶち抜いてやるよ」

 

火神君の神速のカバーリングは健在。瞬時に灰崎君の前に立ちふさがる。しかし、態勢は万全じゃない。一方、彼は激烈なボールスピードでドリブルを開始していた。

 

 

――『閃光の(フラッシュ)ドリブル』

 

 

光速のクロスオーバーで、火神君の反応がわずかに乱れる。フェイダウェイからのジャンプシュートに繋げた。

 

「させっかよ!」

 

だが、火神君の立て直しも神速。驚異の跳躍で指先が空中のボールに触れる。弾かれたボールの軌道がズレた。宙空を浮遊したのち、ガツンとリングに落下。リング上をふらふらと回ると……。

 

「チッ……入りやがれ!」

 

「頼む、入ってくれ」

 

息を飲む会場。幸運は帝光に味方した。ボールは穴に入り、皆が安堵の息を吐いた。

 

「気を抜くな!リスタートだ!」

 

「遅えよ、借りは返すぜ」

 

シルバーの剛腕が一気にボールを前線に運び、すでに走っていた火神君がキャッチ。赤司君、緑間君がダブルチームを仕掛けようとしたところで、あざ笑うかのようにノールックで右にバウンドパス。同じく前線に来ていた氷室さんが受け取り、流麗なジャンプシュートを放った。お手本のような精度ですぐさま得点を返されてしまう。

 

こうも危なげなく得点を取られると、やはり3Pシュートで差を詰めたいところ。しかし――

 

「さっきので理解できただろ?オレの前で、二度とあんな曲芸はできないってな」

 

勝ち誇った表情を浮かべ、ナッシュが挑発的に舌を出して見せた。赤司君は無言でドリブルを続ける。

 

やはり、妨害されていた……。さっき、緑間君にパスを出せなかったのは、ナッシュがタイミングを計ってコースを潰したからか。通常のパスとは比較にならないほど、この連携には高い精度が要求される。『魔王の眼(ベリアルアイ)』ならば、パスコースとタイミングを逆算するのは容易い。

 

「今更、そんな弱点がバレバレな技が通用すると……」

 

「想定内だよ。同じ眼を持つお前に通用するとは思っていないさ。――第2段階に進もうか」

 

赤司君が深く息を吐いた瞬間、雰囲気が豹変する。潜在能力の全解放。寒気を覚えるほどの、一目で理解させられる究極の集中状態――

 

 

 

――『ゾーン』

 

 

 

赤司君がドリブルのタイミングを変化させ、ドライブのフェイクを入れた。静かなひとつの仕草だが、真に迫ったその精度は完璧の一言。ナッシュが大きく飛び退く。最大限の緊張を保って腰を落とし、ディフェンス意識を切り替えたらしい。やはり、相手も百戦錬磨。

 

「自力でゾーンに入ったか。だが、それでもオレとは五分だろうが」

 

微細な視線や手足、重心の変化により、赤司君は無数の牽制を仕掛ける。対応するナッシュも、同様に断続的に微細な動きを見せている。ボクでは理解すらできない高次元の駆け引き、勝負が繰り広げられていた。しかし、これまでと異なるのは両者の距離。潜在能力を全解放した赤司君の身体能力は尋常ではない。ドリブル突破に対応するため、普段よりも半歩ナッシュは下がっている。それは高次元の駆け引きにおいては、重要な要素となる。

 

緑間君のシュートモーションに対応して、赤司君がドライブのフェイクを入れた。迫真の欺瞞がナッシュの判断を迷わせる。直後、ゾーン状態の高速バックステップからのパスが放たれる。

 

「チッ……届かねえ」

 

ドリブルの脅威を与えられる今ならば、パスの選択肢も通る。最高到達点で緑間君の手元にボールが届いた。放たれる必中の一撃。

 

――『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』

 

 

 

 

 

 

その後、危なげなく得点を返されるが、相手に成功率100%のシューターはいない。引き続き、緑間君を主軸に得点を詰めたいところだ。しかし当然、相手も警戒感は最大レベル。緑間君を自由に打たせはしないだろう。ナッシュのディフェンスがそれを表している。

 

「……先ほどより半歩近いですね」

 

さらに緑間君との間のパスコースを潰せるように位置取りを変えている。ゾーン状態の赤司君に全ての選択肢をケアできないと判断したか。ドリブル突破は捨てた。緑間君へのパス供給と、自身での3Pシュートに絞った対策だ。たしかにゾーン状態ならば、3Pシュートの精度は格段に上がっているはず。理にかなっている。この判断を初見ですぐにできるとは、敵ながら驚きのバスケIQの高さだ。

 

ゾーンは万能の魔法ではない。いかに赤司君でも、この状況でタイミング丸見えの緑間君と連携したパスはできない。余裕のある逆方向にパスを出し、ボクがタップして灰崎君に回す。しかし決め手はなく、再び赤司君へ。ぐるぐると不毛なパス回しが続く。そう、相手からは見えているだろう。

 

「なるほど。どうも自分で攻めないと思ったら。テメエ、体力に不安があるな?」

 

選択肢から捨てたドリブル突破を避けることから、ナッシュが見抜いたらしい。ゾーン状態は体力消費が激しい。アクセルを全開でふかしているようなもの。赤司君は動作を最小限にすることで、試合終了までゾーンを保とうとしているのだ。

 

「ハッタリで勝てると思うなよ」

 

しかし、ナッシュは気を緩めない。徹底して緑間君へのパスとシュートだけを最警戒し続ける。ただグルグルとパスを回すだけの状況に、会場中からも心配の声が漏れてくる。

 

「安心しなよ。無駄に時間を使ってる訳ではないさ」

 

小さく赤司君がつぶやいた。その通り、状況は整いつつある。未来で猛威を振るった『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』――その最終進化系を見せてあげますよ。

 

 

 

 

 

 

 

半年前、練習後の体育館にて。

 

「率直に教えてください。どうでしたか?二人の眼から見て、ボクの視線誘導は……」

 

本日のミニゲームの感想を、赤司君と青峰君に尋ねる。今回、両者にはゾーンに入ってもらい、その上でボクも普段通りにプレイしてみたのだ。結果は予想通り。

 

「見えてたぜ」

 

「そうだね。普段はオレの眼からも逃れるが、ゾーン状態ではそれも起こらなかったよ」

 

二人はタオルで汗を拭いながら答える。

 

「やはりそうですか……」

 

落胆はしないが、やはりこのままではマズイ。新たに編み出した視線誘導の深奥『影の(シャドウ)ミスディレクション』。広大な視野を有する赤司君の眼から逃れるために創り出したソレも、ゾーン相手には通用しないらしい。

 

WCでの敗北を経て、過去に遡ってから構想した2種の視線誘導。片方は『天帝の眼』対策、もう片方は『ゾーン』対策である。広域の視野を持つ相手から逃れたり、効果を持続させたりという『影の(シャドウ)ミスディレクション』は簡単に言えばこれまでの技法の延長線上。視線誘導の技術を磨いた先にあるものだ。しかし、『光の(シャイン)ミスディレクション』は全く異なる技術が求められる。

 

 

過去の歴史において、火神君がゾーンに入ったとき、あるいは対戦相手の『キセキの世代』の面々がゾーンに入るとき。そこにボクの存在価値は無かった。結局はゾーン状態の選手同士の戦いで、洛山戦でも火神君が赤司君に敗れるのをただ眺めることしかできなかったのだ。だからこそ、ゾーン同士の戦いに割り込めるチカラを欲したのである。

 

つまり、『光の(シャイン)ミスディレクション』の設計思想とは、ゾーン状態の選手との連携。他人の一挙手一投足を観察し、操ってきたボクだからこそできる。コート全域の選手ではなく、ゾーン状態の味方と相手だけに洞察眼を集中することでの対応を考えたのだ。

 

しかし、それでは不足していた。

 

「完成がまるで見えませんね……」

 

せいぜいが1on1や2on2で多少動きが良くなる程度。今回、赤司君と青峰君の1on1に割り込んでみたが、ハッキリ言って邪魔をしただけだった。二人の速度や精度にまるで追いつけない。確かに洞察眼で彼らの微細な動作から意図を掴むことはできた。だが、その意図が多すぎる。視線の動き、まばたき、息遣い、筋肉の動き、重心の変化。最高効率で行われる彼らの動作は情報量の塊。それを処理して選択肢を絞っている間に、すでに行動を終えているのがゾーンの反応速度なのだ。

 

「なんつーか。目の前に集中しきってるんだけど、周りの様子も見えるんだよな」

 

青峰君の言葉は、ゾーン状態の厄介さを表している。潜在能力を開放して自身のベストパフォーマンスを発揮することと、周辺視野や予測による高度な空間把握を両立する。

 

「オレの場合は処理できる情報量が増える、というイメージだね」

 

「情報量……ですか」

 

「オレ達が知覚している情報の内、それを認識して解釈できるのは極一部だ。だが、集中力の向上によって、目の前の相手から読み取れる情報量も精確になり、正確に周囲の空間把握もできる。アウトプットで言えば身体制御の精密化により、身体能力やスキルの向上も見込める。そんなところじゃないか」

 

補足するように、赤司君が理屈立てて説明してくれた。ボク自身はゾーンに入れないので、体験談は参考になる。ボクのゾーン対策は机上の空論だった可能性も十分にある。特に赤司君の話には、重要な内容が含まれている気がした。顎に手を当てて、彼の言葉を思い返す。

 

「にしても珍しいよな。テツの方から色々質問されるなんて」

 

「そうですか?」

 

「いっつもオレから質問してばっかで、テツは答えたりアドバイスしてくれたりじゃねーか。たまにはこういうのもいいな」

 

そう言って、青峰君は笑いながら自主練に戻っていった。

 

確かにそうだったかもしれない。まあ、中学校生活は2周目だし、無意識に年上感を出してしまっていたかな。こちらから教える気持ちが強くなってしまって……

 

「あっ!そうか……。発想が逆だったんですね」

 

天啓がひらめいた。見つけた。『光の(シャイン)ミスディレクション』の最も重要なピース。

 

 

――教えるのではなく、教わる。

 

 

 

 

 

 

 

最終第4Qも残り3分半。80-85。点差は5。ここは緑間君の3Pで詰めたいところ。

 

「ダメだ……。完全に赤司からのパスコースが潰されちまってる」

 

満員の観客が見てもわかるほどに、ナッシュの立ち位置が緑間君側に偏っている。これでは、いかにゾーン状態の赤司君といえど厳しい。ドリブルでボールを保持しつつ、小刻みにポジションチェンジを繰り返す。緑間君の絶技『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』を成立させるには、モーション中の最高到達点の一瞬前に、ピンポイントでパスを届ける必要がある。到着が0.5秒ズレても、位置が5cmズレても、シュートは失敗するだろう。それほどの高精度が求められるのだ。パスをわずかでも狂わせればよい。赤司君とシュートポイントを結ぶ直線さえ塞げばよい。未来でも露呈したその弱点の――

 

 

――対策はできている。

 

 

ボールを持たず、緑間君がシュートモーションに入った。ゾーン状態の赤司君は即座にパスを出す。

 

 

緑間君ではなく、ボクに向けて。

 

 

「何だと……?いや、フェイクだったか」

 

手を伸ばして緑間君へのパスコースを消したナッシュがつぶやく。囮を使ってパス回し、そう思ったのだろう。とはいえインサイドは火神君とシルバーが守っている。他へのパスは、彼にとっては織り込み済みの選択肢。しかし、赤司君は緑間君の3Pを諦めたわけではない。

 

パスをやり取りするほんの数秒間に最大限に意識を集中する――

 

パスを放つ直前の赤司君とのアイコンタクト。視線の動き、ボールの軌道や速度、回転。そしてボク自身の体勢。

 

これは赤司君からのメッセージだ。ゾーン状態の赤司君の放つ究極のパス、その変化形。極限に圧縮された濃密な意図が、このパスには込められている。磨き抜いた洞察眼でそれを読み取り、指示に従って動くだけでいいんだ。未来を見通す『天帝の眼』。

 

 

――その支配に従うことこそが、最大の連携。

 

 

「このパスを最もスムーズに中継できるのは……!」

 

無駄な変化はいらない。赤司君の未来の一部になれ。身体の赴くまま、自然と右腕を振り抜いた。中継点でパスが鋭角に曲がり、まっすぐに目的地へ。

 

「緑間の手にボールが渡った!?ってことは、そのまま……」

 

――『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』

 

 

 

 

「決まったあああああ!」

 

「うわあああっ!信じらんねえっ!?」

 

高く打ち上げられたボールがネットを通過し、3点が追加される。あと一本で逆転だ。

 

常識を踏み越えた連携に、観客のボルテージが上がる。どよめく会場で、赤司君とボクはハイタッチを交わした。

 

 

「この調子で、次も頼むよ」

 

「ええ。もう一度緑間君で行きましょう」

 

『Jabberwock』のオフェンス。曲芸のごとき超絶連携に度肝を抜かれたのは、観客だけではない。衝撃を受けるのは相手チームも同じだ。中継点ができたことで、赤司君と緑間君のホットラインが繋がり続ける。パスが通った瞬間に3点が確定するということ。すなわち、常に銃口が頭に突き付けられる形である。この追い上げに、少なからず動揺は生じているはず。ボクは姿を隠し、機会を待つ。

 

「隙ができましたね」

 

「あっ……」

 

アレンの不用意なパスをカット。終盤のスタミナ低下と動揺が相手のミスを誘発した。スティールから反撃の速攻。

 

「チッ……バカが」

 

しかし、相手の戻りも早い。すでにナッシュと火神君が自陣に帰還している。並走するのは赤司君ひとり。さすがに2on2は厳しいか。赤司君にパスを出すと、即座にワンツーで戻ってくる。

 

なぜ?しかし、赤司君の眼を見た瞬間に意識を切り替える。

 

強いバックスピンの掛かった、後方に戻る形のバウンドバス。細心の注意を払ってこのボールの誘導を読み解く。

 

パスミスではない。このボールに込められた意図に従うならば、ボクの動きはこうだ。

 

 

 

――『光の(シャイン)ミスディレクション』

 

 

 

数多の選手を観察し、数多の選手の行動を誘導してきた。だからこそボクは――

 

 

 

――理想的に誘導されることだってできる。

 

 

 

自然と右腕を後方へと振り抜いた。まっすぐに後方へと逆走するパス。コートを縦断するそれが向かう先には、すでにシュートモーションで跳躍する緑間君の姿があった。

 

「なっ……アイツ、後ろなんて見てなかったのに」

 

誰もが前方へ走る中、ただひとり自陣でパスを信じた男がいた。その姿を、赤司君の眼は逃さない。空中でキャッチしたボールを、そのまま高く投げ放つ。

 

結果は見るまでもない。帝光メンバーは全員、ボールの行方も追わずに自陣へとゆっくりと戻りだす。数秒後、絶対を誇るシュートがリングを貫いた。

 

「逆転!逆転だああああっ!」

 

割れんばかりの歓声が会場を支配する。ついに『Jabberwock』に勝ち越し、勝利が見えてきた。本日一番の盛り上がり。

 

「とはいえ、ここからが正念場ですね」

 

ボクのつぶやきに呼応するように、相手チームの纏う雰囲気が変わっていく。追い詰められた怪物達の底力。先ほどのような安易なミスは期待できそうにないな。そして何よりも……

 

 

 

――火神君のゾーン解放

 

 

 

明らかに纏う威圧感が増した。触れれば切り裂く刃のごとき、鋭利な集中力。刹那の隙すら見つからない。

 

続く『Jabberwock』の攻撃。ナッシュから火神君へとパスが渡る。

 

「させっかよ」

 

「止めます」

 

ボクと灰崎君のダブルチーム。ゆったりとドリブルする火神君に灰崎君がプレッシャーを掛ける。それと同時に彼を囮に姿を隠し、死角からのスティールを狙った。

 

「クッソ……」

 

「……完全に捉えられてますね」

 

ゾーン状態の火神君には波状攻撃も通じない。ボクの伸ばした手をバックチェンジでかわし、続けてチェンジオブペースで灰崎君を軽く抜き去った。その後の2歩で急加速し、高高度まで跳躍。そこから放たれるのは――

 

 

 

――『流星のダンク(メテオジャム)』

 

 

 

天空からの投げ込み式ダンクが無人のリングに炸裂する。水を打ったように静まり返る会場。あまりに隔絶した戦力に、逆転の興奮が冷まされてしまったのだ。たった1プレイで。アウェイで『Jabberwock』を応援していた観客さえ、盛り上がることを忘れてしまったかのようだ。これこそが世界最強。

 

やはり立ち塞がりますか、火神君。

 

「お前たち、呆けている場合ではないぞ。切り替えろ」

 

檄を飛ばす赤司君に呼応するように、帝光ボールのリスタート。

 

ハーフコートの攻防で、皆がマークを外そうと走り回る。PGの赤司君は引き続きゾーンに入っているが、体力は限界に近いはず。ドリブル突破は無い。影と化して、コート内に身を隠す。パスとなればやはり……。

 

赤司君とのアイコンタクト。直後に放たれるパス。意識を切り替え、『光の(シャイン)ミスディレクション』での連携を試みる。パスの軌道、速度、回転を基に自然に左腕を振り上げた。ボールの軌道を変更し、パスを中継する。

 

その間、一度シュートフェイクを挟み、マークの氷室さんのタイミングを外していた緑間君。改めてシュートモーションに入る。

 

「ブロックが駄目なら、パスの方を止める!」

 

即座に氷室さんがステップ。ボールが届くはずの緑間君の左側に身体ごと割り込んだ。まっすぐに切り裂く一閃を止める、つもりだったのだろう。

 

しかし、赤司君の未来予測が上だ。

 

「なっ……ループパス?」

 

焦りの声を上げる氷室さん。今回のパスは山なりの軌道を描くループパス。上空に伸ばした彼の手は空を切る。ふわりと浮き上がったボールは、ゆっくりと緑間君の手に届く……

 

 

 

――寸前で、飛び込んできた火神君によって叩き落される。

 

 

 

「そんな!」

 

驚愕の声が漏れる。いくら何でも守備範囲外のはず。読まれたのか?

 

着地と同時にボールを確保し、ワンマン速攻。あっという間にダンクを決められてしまう。

 

「ああっ、また突き放された」

 

「やっぱ強すぎだろ」

 

得点は3点ビハインド。動揺を抑えるため、深く息を吐いているとブザーが鳴った。白銀監督の選手交代かと思いきや、『Jabberwock』のタイムアウトのようだ。

 

「よお、黒子」

 

ベンチに戻る前に、火神君が声を掛けてきた。ボクも息を整えながら返事をする。

 

「いやあ、楽しかったぜ。ありがとな。予想より遥かに強くて最高だった」

 

もうゾーンは解いたらしい。楽しげな様子で口元を緩めている。

 

ですが、そのセリフは癇に障りますね。

 

「気が早いですね、もう勝ったつもりですか?」

 

「最後まで全力で楽しませてもらうつもりだけどな。まあ、その通りだろ。このタイムアウトは休憩のためのもんだ。ここで一息つけば試合が終わるまで、オレは『ゾーン』に入り続けられる」

 

残り時間は2分半。自慢する様子はない。ただ自明なことを話している、そんな確信を含んだ言葉だった。

 

「ゾーン中なら、お前の姿は問題なく捉えられる。今の緑間へのパスみてーにな。赤司から直接のパスならさすがに間に合わねえが、中継で遠回りしたパスなら別だぜ」

 

この先、『空中装填式(スカイダイレクト)3Pシュート』は通じないということか。いや、それどころか……

 

「WCで分かったことだろ?ゾーンに勝てるのはゾーンだけ。そして黒子――」

 

これもまた当然のように火神君は言い放つ。

 

 

 

「――お前じゃ、その戦いについてこれねーだろ」

 

 

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